かくも儚き夢の跡6
※(選ばれし戦士視点)
『全ては君の手腕にかかっている』
上官直々のお言葉に、俺の胸は熱くなった。胸を張って敬礼する俺は、緊張の余り上官の顔を正面から見る事ができず、胸に光る勲章に視線を向けた。
そもそも、俺は上官と対面して話す事のできる身分を持っちゃいない。
貧しい農村の生まれ。母親は平民だが父親は何処の者とも判らぬ片親家庭。父親の判らぬ俺をーーそして、母を農村の者たちは皆、哀れみの目を向けてきた。そんな俺たち親子に村長は何かと気にかけ、召使として雇ってくれた。
満足に三食の食事を与えられる訳ではなかった。けれど、それでも奴隷よりはマシな生活だ。温かな寝床と、少ないけど給金も与えられた。その金で身体の弱い母の薬も買う事ができた。
俺は小さな時から身体が丈夫だった。ガタイも良くて農作業に向いてるからって、村人たちには良く頼りにされた。頼りにされるのは嬉しいもんで、俺はガムシャラに働いた。働いた分だけメシも食えた。
ーそんな俺が、まさか『亜人』だってなんてなー
『亜人』ってのは人間の血に精霊の血が混じってる者の事をいう。多数の精霊族が住まうライザタニアじゃ精霊族の血が混じった奴なんて珍しくもない。それでも片親が精霊族っていうのは珍しい。濃い精霊族の血を持つ者の事を『亜人』と言って区別するくらいだ。ハッ!笑えるよな?自分たちの中にも少なからず精霊の血が流れているっていうのに、『亜人』は差別の対象になるんだから。
そんなある日、俺は農村に訪れたとある軍人様の目に留り、そのまま軍に迎えられた。『亜人』は精霊族の血の影響で人には無い能力を持つ。その能力を軍が欲したんだ。
俺は軍人様の従僕として言われるがままに軍人として従事した。
軍人様は俺に殊更従順であるように求めてきた。
当たり前だよな。俺は『亜人』なんだ。暴力的なチカラが暴走しちゃ、軍人様にとっちゃ迷惑でしかない。軍人様は俺をダシにして旨い汁を吸いたいだけなんだ。自分の手を汚さずに地位と名誉を手に入れる為に。
そんな軍人様の諸事情なんて俺には関係なかった。
軍での生活は農村での暮らしよりも豊かで給金も数十倍に増えた。女たちも群がってきた。俺の事を卑下し忌避する軍人たちの視線すら、俺の多幸感を高めた。
ー実にイイ気分だー
何より、故郷の母ちゃんに良い薬を買ってやる事ができた。小さいけど清潔な屋敷を買ってやる事も。
俺にとって母ちゃんは特別な存在なんだ。父親の判らぬ俺を守り愛しみ育ててくれた。俺の所為で苦しい生活を強いられたってのに、俺の事を詰ったり痛ぶったりした事もなかった。俺が突然『軍人になる』と言った時も反対しなかった。ただ心配そうに微笑んだだけだった。
ー母ちゃんに楽をさせてやりたいー
それが俺のただ一つの『願い』だった。母ちゃんの幸せこそが俺の幸せだ。それは似合わぬ制服を着て正式に軍人となり、良い暮らしを手に入れた後も変わる事はなかった。
そんな時、俺に舞い降りてきた『任務』。
『亜人のチカラを使い、王都を解放せよ』
王都には今、第二王子殿下がおいでになる。病気の現王様の名代として政治を取り仕切っておいでなのだと。
それはこの国の者なら誰でも知っている事実。次期国王となるべく育てられたのが第一王子殿下ではなく、第二王子殿下なのだと言うことも。
第一王子殿下はエルフ族から娶った側妃様からお生まれになった見目麗しい王子様だ。賢王の再来とまで謳われた剣技の腕に、賢妃と名高い側妃様から受け継がれた英知。国民は当然、第一王子殿下が次期王だと疑わなかった。けど、それを好しと思わなかった者がいたんだ。
そう。それは言わずもがな、現王様ご本人だった。
現王様は美しく賢い第一王子殿下がお気に召さなかった。親が子の才能を羨んだ。それは王侯貴族じゃなくても一般家庭にでも起き得る事態だし、想像の範囲内だ。それに、俺みたいな平民が下手に口出しできるワケのない問題でもある。
ただ、この事態を国民は『暗黙の了解』のように知っているってだけだ。ライザタニア王家に逆らうなんて恐ろしいこと、受け身のライザタニア国民ができるワケない。
そんな最中、二年くらい前に王都で争乱が起きて第一王子殿下が王城を追われた。
王城は第二王子殿下が手中に収め、以降、現在まで第二王子殿下が内政を治めていらっしゃる。王都を落ち延びた第一王子殿下はエルフ族の里の近い東の地へお移りになり、そこへ第一王子殿下を慕う貴族たちが次々に合流を果たされた。第一王子殿下は自身を慕う貴族たちと共に再起を図るべく、チカラを蓄えられ……そして、たちまち国を東西に分けた内乱状態へと突入した。
第一王子殿下派に入るか。それとも、第二王子殿下派に入るか。または、それ以外の派閥へ加わるか。
どこの陣営に入るかで、自身の未来が決まる。
そして、俺が所属する軍隊は此方側を選んだと言うワケだ。
『君の能力を我らの未来の為に遺憾無く発揮してくれたまえ』
我々の未来ーー俺の未来の為に、俺はこの能力を解放する。この作戦が成功すれば、見返りは莫大だ。金銀財宝、地位、権力、女、そして……
ーもう、母ちゃんを泣かせずにすむ!ー
俺が英雄になれば、母ちゃんは『亜人』を生んだ女と蔑まれる事もなくなる。苦労させる事もなくなるんだ。
「内から外へ、力を、解放……」
ふぅ、ふぅ、ふぅ、と口から漏れる息。早鐘のように鳴り響く心臓の音。煩いくらい耳につく心臓の音。緊張からカチカチと歯が鳴る。
苦労して潜り込んだ王城の地下。俺はこれから此処で化物となり、王族を含む貴族たちを蹂躙する。王都を第二王子殿下の手から解放するんだ。
命令されたと言っても、王家の忠実な臣下であるべく軍隊がーー軍隊に所属する軍人が守るべく王族を手にかけるなんてコトはあっちゃならない。そんな事実知ってる。分かっているんだ。でも、成功すりゃ、俺には薔薇色の未来が待ってる。失敗なんてアリエナイ。俺はこの作戦に成功して、王家を守護する亜人部隊『月影』のような名誉を手に入れる!!
「俺は選ばれし戦士となる!」
心臓がドクドクと音を立て、煮えたぎる血液を身体中に行き渡らせる。身体が熱く、熱くなっていく。今にも爆発しそうなほど身体が暑くなる。沸き立つ魔力によって精神が高揚していく。目の前が陽のように紅く緋くなるーーーー
ーウォォオォォオオオオオオオオッッッ!!ー
咆哮。耳を劈く獣の声。これは俺の聲だ。どこか冷静な部分でそう判断したのも束の間、俺の精神はケモノに乗っ取られ、そしてーー
ードンッ!!ー
激しい揺れが王都を包み込んだ。
ああ、これで俺は英雄になれる。そう思った瞬間だった。けれど、本当は地獄の始まりだたんだ。
ー辛い、苦しい、助けてくれ!ー
身体中が燃えるように熱い。血が沸騰し、脳みそが飛び出そうだ。気が狂いそうな痛みが全身を刺す。今にも発狂しそうになる。いや、もう発狂している。痛みを紛らわせる為に見境もなく身体を振り回す。目の前が暗い。何処にいるんだ。何をしているんだ。誰か、誰でもいい、俺を止めてくれ!ーーそう叫んだ時だった。
俺の身体に何かが覆い被さり、そして光が、轟音が、突き刺さったのはーー……
※※※※※※※※※※
ードオンッ!ー
黒雲から伸びる光の矢。魔力の網を全身に絡み付かせた黄竜の背に、天からの鉄槌が落ちた。耳を劈く轟音が響き、音が収まった後には、煙を上げる黄竜が白目を剥いて転がっていた。
よしっ!とガッツポーズ。あとは五月蝿い程飛び回る亜竜だけだ。そう意気込むアーリアの耳に、セイの思わぬ言葉が飛び込んできた。
『あちゃーー!ありゃ死んだんじゃない?中の人、大丈夫かなぁ?』
セイの言葉は、アーリアの興奮した頭に冷水を浴びせた。
「せせセイ、あの、中の、人って……?」
『え?知らなかった?アレ、亜人だけど?』
「え……?え?ええぇぇぇえええっ⁉︎」
アーリアは驚き慄き、素っ頓狂な声をあげて背を仰け反らせた。
目の前で魔術の網に絡み取られながら焦げた煙を上げる黄竜を指差す人差し指が揺れる。地底湖の更に地下から突如現れた黄竜。それをアーリアは『召喚獣』だと決めつけていた。しかし考えてみれば、突然現れただけなら『召喚』ではなく、『変化』という可能性もあった。ただ、その可能性がスコンと抜け落ちていたというだけで。
「妖精か亜人かなんて、見分けつかないよ⁉︎」
『フツーのヒトには分からないかもねぇ』
「え、じゃあ、本当にアレって……」
『だから亜人だって。ありゃ、多分初めて変化したんだな?まるで力をコントロールできちゃいない』
亜人が亜人としての自覚を持ち、人体から妖精体へと変化させるには、訓練が必要だという。最初から自由に変化できる訳ではないらしい。
セイの場合、幼い頃に力を暴走させ、妖精体となり、生家を壊滅させかけた事があるとか。その時は、たまたまその地を訪れていた亜人により鎮圧されたという。
その後、紆余曲折を経てレオニード将軍率いる部隊へ引き取られ、亜人としてのレクチャーと、自在に変化できる様になる訓練を受けた。今では、竜体となった上でも人体としての意識を保ち、会話も可能となった。
当然ながら、セイの様に自身の身体を自在に操作できるまでには、大変な苦労がある。黄竜が初めての変化で竜体となった亜人ならば、竜体となっている今、人体としての意識は勿論、自在に力をコントロールしている可能性は無い。そもそも、竜体程の身体を自在に動かすのは、他の妖精体と比べても難しい事は予想できた。
『人体と竜体とは生態がそもそも違うでしょ?ない器官を有るものとして自覚しなきゃならないし、それが自分の体だって感じられなきゃならないじゃないか』
「そ、そうだね……」
『あの黄竜はさ、飛ぶ事もままならなかったじゃない?だから、ああ、初めて変化したんだなぁーって思ったワケなんだけど』
「な、なるほど」
アーリアは黄竜が現れた時の状況を思い出していた。召喚獣にしては、その行動が不可解であったと。定められた人物を襲う事も、無差別に人間を襲う事も、開けた穴から飛び立つ事もなかった。ただ、翼と脚をバタつかせて、咆哮を上げていただけだったのだ。
「まさか、亜人だったなんて……」
そもそも亜人に親しみがないアーリアには、現れた黄竜が亜人が変化したモノなどとは判断がつかないというより、思いつかない。せめて知っていれば多少手加減しただろうが、それを考えてももう遅い。
「悪いこと、したかなぁ……?」
『仕方ないよ。イキサツはどうであれ、彼が自分から竜体へ変化したのは覆りようのない事実なんだ。自分がしでかした事への責任は、自分で取るしかない』
だから君が気にする事はない。そう念話で語るセイは、どこか達観した気配を漂わせている。セイ自身の経験がそれを言わせているのかも知れない。
『本当に気にする必要なんてないよ』
「そう?なら、済んだことを言うのも何だし、アレは貴方たちに任せても良いかな?」
亜人の対応に最も通じているのは同じ亜人。アーリアは魔術をゆっくり解くと、目を回した黄竜を王城の庭へ下ろした。庭には亜竜を対処する為に集まった兵たちがいる。その中には亜人部隊の顔もある。黄竜の正体が亜人だと知る者があれば、虫の息の黄竜にトドメを刺す事もないだろう。時間が経てば人体へ戻るかも知れないし、やはり、ここはプロに任せよう。
「餅は餅屋っていうし?」
『ま、妥当だよね』
アーリアの丸投げした発言をセイが肯定する。
「じゃあ残りは亜竜、害虫駆除だけだね」
『了解、お姫様。どこまでお連れしましょうか?』
「とりあえず、王都を見渡せるとろこまでお願いできる?」
『アイアイマム!』
セイは調子の良い返事と共に翼を羽ばたかせた。フワリと浮遊感が全身を包む。結界による作用なのか、身体への負荷はそれほどない。リュゼがアーリアの背後からがっしり支えている事と、ナイルの騎乗スキルが高いのも、この負荷軽減に繋がっている。
黒竜は見る間に上昇し、遥か下方に王都の全貌が見える場所に位置にすると、緩やかに下降し始めた。
王都は突如現れた亜竜によって大混乱している。それに対処しているのは、駐屯している騎士や兵士。そして北から白煙を上げながら駆けつける紫の一軍はライザタニア中央軍。王都の危機を察知した中央軍は東軍との戦を止め、急ぎ帰還する途中であったが、王都目前で蜥蜴人の急襲を受けて足止めを食っている。
そしてもう一つ、突如街中に現れた白い騎士服の集団。白地に青を基調とした刺繍の施された見慣れぬ騎士服。胸元にある金の塔の紋章。塔を背負う騎士団と云えば、一つしかない。隣国、システィナの東の国境を守護する『塔』、その騎士団だ。
「……地上にある個体は後にして、先ずは空中にいるものを駆除しようかな。彼らの見せ場を取っちゃ悪いし」
誰に言う事なく独り言を口走ると、アーリアはスキル《探査》により感知した亜竜たち、その半数をマークした。
視界に入る限り、マークされたモノは全て魔術の適応範囲となる。ただ、魔術の効果拡大は術者の魔力容量次第なので、術者本人が自身の魔力容量を知った上で術を構成する必要があった。
アーリアはヨシと一呼吸整えると拘束魔術を構成。並行し殺傷力の高い攻撃魔術を練り上げた。
「《銀の鎖》!」
アーリアの力強い言葉に呼応し、天空に幾つもの魔術方陣が花の様に咲き乱れる。魔術方陣からは幾本もの鎖が飛び出し、獲物を捕らえんとその手を伸ばす。いくら亜竜が空を駆ける翼を持つとはいえ、アーリアの虹色に輝く瞳から逃れる事はできない。
アレンジの加えられた魔術の鎖は亜竜へと絡みつく。
亜竜は抵抗し逃れようと身を捩った時、あまりの痛みに悲鳴をあげた。鎖からは鋭い棘が飛び出し、亜竜の硬い皮膚を突き破ったのだ。
ーギャァアアアアアアアッ!ー
けたたましい悲鳴の輪唱。大きく開かれた口からは涎と共に血を飛ばし、目は痛みと怒りで血走る。
今まさに地上を這い回る人間へと飛び掛かろうとしていた亜竜たちは、その身を空中へ縫い止められ、しかも身動き一つ出来ずにいる。この様な無様な目に遭わせた不届者は何処だと首を巡らせ、その存在を視界に捕らえた亜竜は、ギクリと全身を強張らせた。
上空を優雅に泳ぐ黒き竜。その背に在る小さな人影。そこから肌を突き刺す程の鋭いプレッシャーが降り注いでくる。
長く白い髪は風にたなびき、相玉は七色に輝く。
人間など亜竜からすれば、か弱く、取るに足らぬ生き物。野山を駆ける子兎らと何ら変わらない。食料としての価値しかない。それなのに、これ程まで恐れを抱くのは何故だろう。無性に惹かれてしまうのは、何故だろうか。
血走る眼で呆然と見上げていると、黒竜の背に在る人間がその白く細い手を高く掲げた。
吐息の如き儚い呟き。精霊が舞う。次の瞬間、天上に無数の花が咲き乱れ、そこから煌めく何かが飛び出し地上目掛けて降り注いだ。
ーザシュ!ー
亜竜の身体に太い氷の槍が突き刺さる。
背から腹へと突き破る氷槍。脳天を突き抜ける痛み。脳が痛みを拒絶する。視界が曇る。口から悲鳴と唾を飛ばし抗議の声を上げたその時、二本目の槍が身体を貫いた。
眼がグルリと回り、今度こそ亜竜の意識は闇にのまれた。
意識が途切れる最後の瞬間に目にしたのは、数多の精霊に愛される人間の虹色の瞳だった。
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『かくも儚き夢の跡6』をお送りしました。
地中から現れた竜の正体、それは妖精の血を引くヒトが変化した姿でした。
次話、裏舞台10『裏切り者の末路』も是非ご覧ください!




