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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と狂気の王子(下)
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反撃はできるうちに8


「ケッ!どいつもこいつもドヘタレばかり。こんな奴らに仕えて来たかと思うと、吐き気がするな!」


 成人済みとはいえ可憐な少女を前に、誰が先に引っ叩かれるかと盛り上がる各国の主要人物たちに、一人の名もない兵士は罵声を浴びせた。

 焦茶の髪に燻んだ金の瞳。高い鼻に張り深い瞳。年齢は二十代前半。軍服から兵士はライザタニア中央軍に属する者と判った。肩の階級章は縦に小さな星が二つ。准尉を表している。恐らく城詰めの兵士の一人で、騒動に巻き込まれた王族たちを追って来た護衛だと推測できた。

 しかし、それにしては横柄な態度が腑に落ちない。

 尉官ならばそれなりの家格と人格を有している筈であるし、また職務上、どんな会話であろうとも上司や上官、異国の使者たちの会話に割り込むという無礼な真似はしてはならない。

 その規則をこれ程あっさり破るとは、余程の無知者か、それとも破滅願望者か、理解に苦しむというもの。

 だが、そんな周囲の困惑や疑問などまるで関心などないとばかりに、兵士はあまりにも堂々とした態度で罵詈雑言を吐いていく。


「よぉく理解(わか)ったよ。この国の王族がどれだけ腑抜けなのかを。(ボス)にしとけねぇ理由もなッ……!」


 忠誠を持って仕えるべき者たちに対する暴言に良い顔する者は少ない。王族を守る騎士たち揃って顔を歪め、軍人の統括者たるゼネンスキー侯爵の眼光には殺気が滲む。


「黙れ。ゼッペル准尉、誰が貴様に発言を許可したか」

「五月蝿えよ、ライゼンターニャの狗がッ!」


 ライザタニア全軍を指揮指導する軍務省長官(ゼネンスキー侯爵)に対してさえこの暴言。自暴自棄になった。或いは出世を諦めた。そう捉えられても仕方ない兵士ーーゼッペル准尉の態度だが、それにしては自信が溢れている。どう見ても自殺願望者の態度とは思えない。


「どいつもこいつも日和ってやがる。いつまでこんな茶番に付き合ってりゃ良いんだ?5年、10年、100年か?バカか!待ってられるか、そんなもん!」


 ゼッペル准尉のとても高貴なる者たちに向けるべきでない態度。足元の小石でも蹴り上げるかの様な足取り。兵士の仮面を完全に脱ぎ捨てている。


「だから決めたんだ、もう待つのはヤメタってな!」


 何を言いたいかは分からないが、いち兵士の戯言を何時迄も聞いている訳にはいかない。他国の使者があるこの場で自国の兵士の反乱など、見過ごせるものではないのだ。

 近くにいた騎士たちは暴言振りまく兵士を取り押さえるべく動き始めた。ーーがその時、足元から突き上げるような揺れが人々を襲った。


 ーズズンッ……ー


「地震、でしょうか……?」

「ああ、これが……」


 革靴の底を伝い身体を震わせる振動に、システィナの者たちは自然と身構えた。

 知識で知るのと実際に体験するのとは違う。いくら急場に慣れた面々であっても、この手の災害などの不確定な事態には、多少の心の機微はあった。

 一方、ライザタニアの者たちは、この程度の揺れには慣れたもので、一瞬の揺れに驚いたものの平静を取り戻すのも早かった。

 騎士たちはヘラヘラとした笑みを絶えさないゼッペル准尉へと、再度足を踏み出した。すると、ゼッペル准尉へと接触する以前に、向かってきた騎士を隔てるように空気が揺れ、接触と同時にパンッと空気が乾いた音を立てた。


「何ッ⁉︎」

魔宝具(マジックアイテム)かッ⁉︎」

「ハ、当然だろ?」


 透明な薄い壁を隔てた向こう側で、うっすらとゼッペル准尉がほくそ笑む。


「あ、自衛はしている訳ね……」


 敵対関係にある国の主要人物が集まる場で、この様な謀反めいた行動を起こしたゼッペル准尉に対する感情は『無謀』の一言に尽きる。例も漏れず、アーリアもそう事態を捉えた。

 思惑は判らないが、ゼッペル准尉は直属の上司を無視し、自国の王族の前で、しかも国主たる現王のいる場で『謀反の意志あり』と自白しているのだ。この事態を好転させるだけの方策を持ち、また、それ相応の見返りを得る確約を得ていると見て間違いない。その方策の一つが魔宝具の所持であろう。

 アーリアが用心深く兵士の出方を観察していると、ゼッペル准尉は相対する騎士から視線を外さぬまま、他国の魔女へとその視線を向けてきた。


「ハハッ!悪名高き魔女サマはご存知かな?魔宝具は何もシスティナ人だけのオハコではないと。ほら、こうしてライザタニア人にも使いこなせているだろう?」


 何が気に触ったのか、目の敵の如く視線をアーリアへ寄越すゼッペル准尉。これ見よがしに首に掛けた装飾品ーー《結界》の術を込めたであろう魔宝具を指し示す。浮かべた表情にはこれ以上ない程の自信が溢れている。


「……たしか、ライザタニアでは魔宝具の輸入だけでなく、製作にも取り組んでいたんだよね?」

「そうさ!今やライザタニア製の魔宝具はシスティナ製と遜色ない。いや、ライザタニア製の方が優秀だとも言える!」

「それは『戦争の道具として優秀』って意味でかな?」

「当然!魔宝具は戦争の道具なのだからなッ」


 優越感に浸る兵士へ向けるアーリアの視線が曇っていく。

 『魔宝具とは人の生活の為にある物だ』とするシスティナの魔宝具理念から外れたゼッペル准尉の言い分に、この場で異論を唱えるつもりはアーリアにない。魔宝具が国を渡り、国を隔てた今、その国でどんな立ち位置を得るかは、その国の文化や生活スタイル次第という事を理解していたからだ。

 しかし、ライザタニアという国が納得しているのなら文句を言う筋合いはないと思う一方で、ゼッペル准尉は決定的に思い違いをしているとも思えてならなかった。


「魔宝具を誇るのはいい。けれど、あまり過信してはいけないわ」

「負け惜しみか?」

「事実を言ったの。どんな物も『使い方次第』だって聞いた事ない?使いこなせてこそだと」

「ハッ、使いこなせているさ!見ろよ、誰も俺を止められないだろう⁉︎」


 大手を広げるゼッペル准尉。その視界に王侯貴族たちを収めると、勝ち誇った顔で嗤った。

 いつも偉そうに命令を下す軍務長官、澄ました顔で他者を見下す第二王子、兵士を小間使いか何かだと勘違いしている貴族共……。プライドの高いゼッペル准尉にとって、自身の行動を他人に左右される事態は、何より耐え難いものだった。

 それでも彼ヘイト・ハン・ゼッペルが軍人となったのは、軍事国家の体を為すライザタニアでは、文官であるより武官であった方が出世し易いと考えたからだ。

 戦いの多いライザタニアに於いて、軍人であれば、幾度か戦場に出れば位階を幾つか昇る事ができる。目に見える功績を残し難い文官では、それこそ自身の望む位まで昇るには、年を重ね過ぎるのだ。

 だが、現段階に於いてこれらの算段は、准尉の思う程上手く進んではいなかった。


 この三年、戦争という戦争が起こらなかったのだ。


 狂気と名高い第二王子殿下だが、あの現王をあっさり玉座から追いやったと思いきや、それ以降自身が玉座に座る訳でも、王宮を腐敗させる訳でもなく、それどころか腐敗の原因にあったとされる貴族の首を次々落とし、正常とも思える政治運営を行ってしまった。

 これはゼッペル准尉にとって完全に計算外であった。

 現王似だと言わしめた狂気は現王とは全く別次元。確かに気に食わない者を容赦なく斬り捨てるやり方は狂気だが、無闇矢鱈に強権を振う真似はしない。必要だと思えば、耳煩い者も重用する。ーーそんなマトモな言動に、ゼッペル准尉はあからさまにガッカリした。


「ホント参ったよ、シュバルツェ殿下には。全く戦争を起こそうとなさらないのだから!」


 今頃左官どころか将官にでもなっていた筈なのに、未だ尉官のままなのは、全て第二王子殿下の所為だ。

 他国を侵さず、自国に籠り、内政に心血を注ぐなど、マトモなライザタニア王族のやる事じゃない。ちゃんちゃらオカシイじゃないか!ーー准尉の心は荒波に揉まれる。


「せっかくの内戦だというのに、実際に対戦したのは数えられるほど。武勲を挙げようにもその機会がないんじゃ、それこそ軍人になった意味がないというものだ」


 加えて、内戦そのものが二人の王子たちが起こした茶番だと知れた今、兵士の心は冬のイネス湖の様に凍え、決意は益々固まった。

 力こそが全て。権力、知力、腕力……『力』が支配するライザタニアに於いて、いつまでも無能者を玉座に着けておく必要はない。賢王イスタールもそうして七部族の長となった。ならば、自分がそうなっても良いではないか、とーー。

 そうなれば善は急げだ。元より、敵国の捕虜となった小娘にすら気を遣うゼネンスキー長官には辟易していたし、声と態度だけのライハーン将官には絶望していた。そして、そう思うのは何もゼッペル准尉だけではなかった。


「ーーなぁ、そう思うだろう?」


 ゼッペル准尉は、誰に声を掛けたのだろうか。


「今更、臆したのか?ならば、俺が見本を見せてやるよ!」


 何をしようと言うのだ?ーー突然始まった茶番に、ライザタニアの者たちは勿論、システィナの者たちも身構えた。内戦に巻き込まれる算段はつけてはきたが、この様な訳の解らぬ茶番に巻き込まれるなど、予想できていなかった。


「これ以上、貴様の勝手を許す訳にはいかない」

「武器を捨て、投降せよ!」


 王族の守りを他の騎士に任せた騎士の二人が、長官の言葉を待たず動いた。自国の恥をこれ以上他国に晒す訳にはいかないと、自ら恥を漱がんと行動したのだ。


「へぇ、軍門会議にでもかけようってか?」


 余裕の表情を消さないゼッペル准尉に対する騎士たちに緊張感が生まれる。

 既に、前面に展開していた《結界》は消えてはいるが、あれが使い捨てでなければ、准尉への攻撃は再び阻まれる事になるだろう。

 准尉が所持する魔宝具が一つとは限らない以上、こちらから迂闊に仕掛けられない。それを全て承知でいるから、准尉は騎士らを小馬鹿にしたかのように見下すのだ。


「来ないのか?ならばコチラから動くまでだ!」

「なに、をーーっ⁉︎」


 騎士の言葉を遮ったのは振動。ズズン、ズズンと足裏に響く振動は、まるで鼓動のように遠く近く、耳へ身体へと伝わっていく。ピリピリと肌を刺激する空気の震え。心の臓が跳ね脳が警鐘を鳴らす。生物に備わっている危機意識が、身に迫る危険を察知した。

 連続して起こる振動は、今はまだ両足で立っていられる程度だが、これが余震の延長なのか、それとも本震へのカウントダウンなのかは判らない。

 転ばぬように脚に力を入れたアーリアは、周囲を油断なく見渡して一つ気づいた事があった。これまで好き放題に飛び交っていた精霊が一斉に羽ばたきを止め、ただ一点を見つめているという事を。


「これ、地震じゃない?地底湖……いえ、地下に何が……?」


 先程まで現王が囚われていた地底湖。池底まで見通せる清水は振動によって僅かに泡立っている。アーリアがしばしそれを凝視すれば、次第に気泡の粒が徐々に膨らみを見せ、やがて沸騰したかの様にブクブク泡立ち、弾け始めた。そしてーー


「みんな、離れてっ!」


 ードンッー


 注意喚起が先か、それとも水面が弾けるのが先か、地底湖の中央付近から水柱が高く弾け上がった。

 

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『反撃はできるうちに8』をお送りしました。

突然、名乗りをあげた兵士のひとり。

この土壇場で何を企んでいるのでしょうか?


次話、『反撃はできるうちに9』も是非ご覧ください!

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