反撃はできるうちに2
※(第二王子シュバルツェ殿下視点)
「さぁて、お仕置きの時間としましょうか?」
そろそろ覚悟もできたでしょう?ーーそう問う魔女には満面の笑み。問われた貴族たちは顔面蒼白だ。だが哀れには思わない。どう考えても自業自得でしかないのだから。
呪具によって足枷がつけられていた時ならいざ知らず、今の魔女は自由の身。鉄壁と評されるシスティナ東の国境、そこへ何物も通さぬ《結界》を施す魔女の実力がどうかなど、考えるまでもない。
人畜無害な見た目をしているばかりか、その儚げな印象から『か弱い淑女』だと思われがちだが、魔女はこう見えて気が強い。そもそも、繊細な人間が報復など考える訳がなかろうが。少なくとも、戦場に出た事もなく、剣を振るう事もない貴族らが敵う相手ではない。
「こ、この者は本気で我々を……?」
魔女の瞳が紅く染まる。高まる魔力、膨れ上がる威圧感に肌が産毛立つ。圧倒的な暴力を前に、生き物としての生存本能が警鐘を鳴らす。
「で、殿下、お助けを……!」
「お見捨てになるか⁉︎ 殿下の忠実な臣であった我々を!」
ここに来てやっと恐怖を覚えた貴族たちが吠え始めた。
縋るような目で私をーー我々ライザタニア王族に視線を寄越す貴族たちのその身勝手な姿に、最早怒りを通り越して呆れを覚える。
「散々王家を侮り続けてきた貴様らに、なぜ義理立てせねばならん?」
庇う理由などないと現実を突きつけてやる。すると貴族らは呆然と口を開け、更に顔を青くさせた。
ー何故庇われると思う?ー
魔女の報復対象には第二王子も含まれている。言い換えれば、ここに居るライザタニア人に除外者はいない。それを理解するアタマが無いのか、それとも無駄に選民意識が高いからなのか、いずれにせよこの者らは自分を特別視する傾向が強いようだ。
そも、己が利益にしか興味のない貴族たちは、これまで現王陛下を隠れ蓑に、散々甘い汁を吸ってきた。何事か問題が起これば『現王陛下のご意向』だと圧力をかけ、事件を揉み消し、金品を要求してきたのだ。その事を私が知らぬとでも?
本来なら、私が政権を握った段階で処罰の対象であった者たちだ。こうして生き永らえているには理由がある。
世の中面白いもので、程良い濁りが必要なのだという。
人間には八割の善人と二割の悪人が存在し、しかも初めは善人ばかりを集めて置いたとしても、必ず悪に染まる者が現れるという。
当初、前軍務省長官をはじめ幾人もの貴族たちをこの手で葬ってきた。それこそ一族郎党根絶やしにする勢いでだ。だが、その粛正の途中でハタと正気に戻った。いや、気づいたのだ。これでは意味がないと。
『面倒者たちを一箇所に固めておこう』
無駄を嫌うリヒャルトは即座に賛同した。それ所か『無用になった時には一度に塵箱へ入れるのですね?』と言葉の先を読むに長けた側近の、その後の行動は素早かった。不穏分子を内部に抱え込む危険性を説くより、如何に不穏分子を使うかを思案し始めたのだ。
大勢の中から不穏分子を見つけるのは難しいが、始めから不穏分子だと分かっているのなら簡単だ。その貴族たちさえ見張っておけば良いのだから。
「お前たちこそが我ら王族に楯突く反逆者ではないか。まさかその自覚がなかったとでも言うつもりか?」
「「「ーー‼︎」」」
『我こそが第二王子の側近だ』と声高に言うを憚らない貴族らにとって、仕えてきた主(仮)に見捨てられる事がよっぽど驚愕だったのだろう。揃って顔を青白くさせている。
自覚があろうがなかろうが、この者らの処罰は既に決定している。我々王族を侮り、国家を卑しめた者たちをこのまま野放しにはしない。我が手で必ず引導を渡す。ーーが、その処罰を前に、少々魔女に痛ぶられるというだけのこと。
「はっ、反逆者と言うのならば、ゼネンスキー侯爵がそうではありますまいか⁉︎ 主たる殿下に逆らい、敵を手引きし、陛下に刃を向けたのですぞ!」
そう捲し上げる貴族の視線は、私の背後に向けられる。
私の肩を支えるリヒャルトの手が僅かに動いた。表情こそ分からぬが、おそらく険しい表情をしているのだろう。
「我が忠臣と貴様らを一緒にするな」
強過ぎる忠誠心故にクーデターを起こしたリヒャルト。心の奥底には奥方を亡くした原因ーー現王陛下を恨む気持ちも確かにあったのだろうが、リヒャルトが現王に刃を向けたのは『愛国心』故だ。愛国心のアの字も知らぬこの者らとは、事情が違う。
「リヒャルトは我が治世の為に発起したのだ。私利私欲で発起したのではない!」
「殿下……」
貴族たちの傀儡となっていく現王。狂っていく現王を側で見ていた我々は、現状を改善するには現王を取り巻く全てを壊すしかないと結論付けた。しかし、その為にはどうしても現王自身が邪魔だった。
「反逆者と言うのならそれは私の事だろう、違うか?」
現王陛下を病床の人としたのは、私なのだ。それを知らぬ者は此処にはいない。『国を想う故に王を追い落とした』とは聞こえが良いが、要は『簒奪した』という事なのだから。
私にはそうした理由を言い訳にするつもりはない。後悔もない。あれは必要な措置だ。そう今でも言い切れる。
しかし、そんな私の言葉に否を突きつける声がすぐ側から挙がった。
「……殿下、それは違います」
「リヒャルト……?」
「貴方は反逆者などではない!」
手が、声が震えている。
「貴方は我々ライザタニアの民を想って起ったのです。それによって他者からどう思われても己が信念を歪めなかった」
肩が、背中が熱い。リヒャルトの熱が伝わってくる。
「地位、名声、他者からの甘言。それら全てを否定した。自身への見返りなど求めず、『狂気の王子』の渾名すら利用した。全てはライザタニアの未来の為に。そんな貴方だからこそ、私は主と仰いだのです」
誰が言い出したのか、『狂気の王子』という渾名を、私は存外気に入っていた。だが、リヒャルトは少なからず気にしてくれていたのだろう。
「私の殿下を侮辱するのは止めてもらおう……!」
「何を……⁉︎」
「生意気な!貴様は殿下を裏切ったではないか!」
その言葉に、腹の傷も忘れて否定の声を挙げていた。
「裏切ってなどおらぬ」
そうだ。リヒャルトは私を裏切ってなどいない。
誰がどう思おうと関係ない。私がそう信じていれば、それで良いのだ。
「リヒャルトが私の意志を無視して行動した理由など、私の為以外には、なかろう……」
私自身に現王を殺させない為。王族殺し、それも現王の殺害ともなれば、否応無しに『簒奪者』の汚名が付き纏う。それを阻止するが故の行動。
「……気づいて、おられたのですね……?」
「ああ。いつお前が動くかは分からなかったが……」
騒動に乗じてとは考えていたが、まさか自らが主犯となりクーデターを起こした上て行動を起こすとは、思いも寄らなかった。
クーデターが起これば、その主犯たる者に注目が向く。しかも、そのクーデターが主を裏切って行われたものならば、世間はリヒャルトを主犯格とし大罪人と決めつけるだろう。
私にはこのクーデターが、狙って起こされたのではないかと思えてならない。
「裏切り者とは、果たしてどちらを指すか?貴様らか、それともゼネンスキー侯爵か……」
ツイと視線を上げればリビンス伯爵と目が合った。伯爵は悔しげに顔を歪ませ、私と私の背を支えるリヒャルトとに視線を向けてくる。黙っているのは、自分たちが私の忠臣と言えるだけの仕事を熟した事がないから。
側近に名を連ねならがら、やっていた事は水増し請求に文書改竄。悪徳貴族や不良軍人から賄賂を受け取り、私腹を肥やしていただけだ。その自覚があるからこそ、否定の言葉は紡げない。紡げる筈はないのだ、本当ならば。
ーどいつもこいつも身勝手な事をー
自称側近を名乗る貴族ら、日和見主義を決め込む自称愛国者共、そして現王と第一王子。誰も彼もが己の欲する未来ばかりを押し付けてくる。そこに第二王子の望む未来は無くとも構いはせぬとばかりに。
だからこそ、私は己を優先する事に躊躇いはなかった。
皆が皆、好き勝手しているのだ。誰も私の行動に否など言えまい。ーーとしても、問題の山積み感は拭えず、結局は馬車馬の様に働かねばならなくなった訳だが。
勿論、抱いた不満は山ほどあった。だからと放り出す事などできず、今日この時まで何とか過ごしてきた。
「ハハ、一番私の心を把握していたのが敵国の魔女とは、何の因果であろうな?」
胸中で呟いた筈が、どうやら口に出ていたようだ。私の呟きに周囲の幾人かが息を呑んだのが分かった。
だが、罰せられるならばこの者が良いと思っていたのも確か。自他の不運を背負い、関係のない争いに巻き込まれたこの者こそ、私をーーいや、我々を罰するに相応しい。
「えっと……あのぉ、もう良いかな?」
「ああ、待たせたな」
私の顔を覗き込んでくる魔女。律儀に私たちの会話の終わるのを待っていた魔女だが、つぶさに会話を聞いていた割に表情には同情のカケラもない。魔女からすれば私もーー奴らも等しく『敵』なのだから当たり前だろう。
「ひぃぃっ⁉︎」
「くそっ、くそくそくそっ……!」
自分たちの味方がどこにも居ないと分かり、漸く自らの置かれた状況を理解したようだな。貴族らは汚く罵りながら、各々武器になりそうな物に手を伸ばしていく。
「貴様らがその者を欲していた事は知っている。折角だ。自分らで確保してみてはどうか?」
私からの提案に貴族たちは苦々しく顔を歪ませ、魔女は面白そうに唇を孤にした。
帝国のみならず我が国に於いてもその勢力を伸ばす精霊を信仰する狂信者集団。その名も『精霊神党』。此奴らと狂信者どもとの繋がりを、私たちは知っている。
「へぇ、捕まえて剥製にでもするのかしら?」
「っーー⁉︎」
大方、狂宴での会話を覚えていたのだろう。馬鹿共が、敵国の魔女を前にぺちゃくちゃとお喋りに花を咲かせおって。それが弱味と言質を取られる行為だと、何故気づかない。
「ふぅん。えっとアナタ、リビンス伯爵だっけ?西方ニールの堤の建設はどうなったの?あの辺りは乾燥地で川が氾濫するなんて、百年に一度もないけれど。あんなに沢山お金どうするのかな?」
「なっ⁉︎ 何故それを……」
「そちらのアナタはクベリオ子爵で合ってる?子爵は美術品の収集家ですってね。絵画は勿論、彫刻、茶器、宝石、それに見目麗しい少女たち。彼女たちは何処ーーいいえ、誰から買ったのかしら?」
「ななな何の事だ……⁉︎」
リビンス伯爵とクベリオ子爵は揃って悲鳴を挙げた。
まさか自分たちが犯した罪の一部を敵国の魔女が知っているとは、夢にも思わなかったのだろう。
「そしてそこのアナタ。えっと、タジタリス男爵かな?」
「ヒィッ⁉︎」
「帝国にお友だちがいるみたいだけど、仲良くする相手は選んだ方がいいよ?」
フフフと楽しげな笑みを漏らす魔女。口元は笑んでいるが瞳は笑っていない。怒りが透けて見える。そんな魔女に対する貴族らは既におよび腰だ。
「ききき貴様ッ!誰からそれを……」
「まさか殿下が我々の情報を……?」
この時点で自白したも同じなのだが、本人たちにそのつもりはないようだ。
「バカね?アナタたちが話していたんじゃない」
「ハァ⁉︎ 何を馬鹿な……」
「ほら、あの夜会で。私の前でペチャクチャ喋っていたでしょう?」
「アッ!」
奴ら、やっと自身の愚行を思い出したのか、顔面蒼白だ。
「ば、化け物がッ!」
「ええ。化け物なの。今頃分かったの?」
憎々しげに睨んでくる貴族らを、魔女は冷えた蔑みの目で見つめる。まるで塵や害虫でも見るように。
「ほら、一人と言わずに纏めて掛かってきなさい」
「くそっ!舐めていると痛い目を見るぞ」
「負け犬の遠吠えかな?」
「ほざくな!」
魔女の挑発に踊らされ、己が腰から、或いは近くにいた兵士から強奪した剣を抜き放つ貴族たち。そして、何の躊躇いもなく一斉に飛び掛かっていく。己の中に流れる妖精族の血が、魔女を見下すに至る要因であろう。魔導士と言えども所詮は人間の小娘だと。
明らかな殺意を向けて、各々その刃を魔女へと突き刺していく。がーー
ーパキンー
「なにぃッーー⁉︎」
「刃が、砕け……⁉︎」
「て、手がッーー⁉︎」
魔女を覆う光の膜。光を纏う竜の鱗の様な美しい網が、凶刃を易々と受け止め、砕く。まるで硝子の様に割れた長剣に目を剥く貴族らを他所に、魔女は防御から攻撃へと転じた。
魔女の指が煌めく。同時に幾多もの魔術方陣が展開され、そこから鈍色に輝く鎖が伸びた。
「なんっ……⁉︎」
「ひっ⁉︎」
「ぬ、抜けない⁉︎」
避け様もない素早さで身体に巻きつく鎖。逃れようともがくが、鎖は一層強く貴族らの身体に巻き付いていく。と、そこで魔女の楽しげな声が響いた。
「そぉ〜れ!」
軽快な掛け声と共に鎖が滑車のついたロープの様に巻き上げられ、簀巻きにされた貴族らの身体が宙を舞った。
最初の威勢が嘘の様に女々しい悲鳴を挙げる馬鹿共。その悲鳴を聞き終わるまでに、ザバァン!という水飛沫と共に肢体が水底へと消えていった。
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『反撃はできるうちに2』をお送りしました。
ついに始まったアーリアによる反撃ターン。
たまりにたまった鬱憤を晴らすべく行動開始です。
シュバルツェ殿下サイドのゴタゴタなど、アーリアには関係ありません。十把一絡げで皆平等に成敗です。
次話『反撃はできるうちに3』もどうぞご覧ください。




