反撃はできるうちに1
※(アーリア視点)
第二王子シュバルツェ殿下の告白に一堂沈黙の中、私はひっそり溜息を吐いた。
これまで、思った以上にシュバルツェ殿下の周囲の者は、殿下の『狂気の王子』を信じてきたのだろう。殿下の演技に騙されてきたとも言う。けれど、それはただ『偽装が上手かった』のではない。誰もが殿下の本質を見ようとしなかった。これに尽きるのではないかな。
私とシュバルツェ殿下の関わりはここ1、2ヶ月といった浅いものだけど、その期間だけで殿下が愛国者だという事を知っている。自国の為に夜中まで馬車馬の様に働いている事を知っている。
他人に厳しく、自分にはもっと厳しい人。自分を厳しく律しているからこそ、他人にも同じ価値観を求めてしまうのだとも。
シュバルツェ殿下の最上にあるのは勿論『国』。
国第一だから仕事に妥協はないし、国益が損なわれるような不正も許さない。
そんな殿下が許すと思う?現王陛下に取り入り、甘い蜜ばかりを貪ってきた名ばかりの貴族たちを。
答えは否。
現王陛下を隠れ蓑にして悪事を働いてきた貴族たちーー例えば、現王の命だと嘯き、隣国に侵攻し、懐を潤していた貴族。所謂、『全ては現王陛下の為』だとしらばくれる貴族。そうした者たちを、現王の地盤を引き継いだ第二王子殿下が重用したかと云えば、そうじゃない。
殿下は事ある毎に『狂気』を発動し粛正していた。それを他者は『狂気の王子の気まぐれ』と考えていたようだけど、それこそが偽装だよ。まぁ、気に入らないからと斬り捨てていたのは本当だろうけど、国に必要ならば、気に入らなくても斬り捨てたりしない。殿下はそういう人。
殿下には公私の区別がつけられてる。
当たり前だよね。彼は『一国の王子』なのだから。
明確な政策もなく隣国へ侵攻する国を他国はどう思うかなんて、民間人である私ですら分かること。信頼も信用もない。これまでの他国との付き合い方が『話し合い』ではなく『殺し合い』なのだ。それでどうやって信頼を培うというの?
自国だけで完結できるだけの国力がライザタニアにあれば良かったのだろう。けれど、これまで戦争を唯一の産業にしてきたライザタニアに於いてはそれも無理な話。
このままでは他国に見放された挙句、遠からず滅亡する。未来を読める者ならば、その結論に至るのに時間は掛からなかったと私は推測する。現王陛下の傍ら国政について関わっていた殿下もまた、そうに違いない。
ーーで。
愛国心溢れる第二王子殿下が自国の未来に憂いを持たぬとでも?
聡明な殿下のことだもの。自国のヤバさに気づいて、それを無視できる訳がない。
ただ、現状回復に努めようとする以前に問題になるのは、やはり現王陛下の存在。
『闘い狂い』と称される現王陛下だが、随分前から政にやる気がないのは誰の目にも明らかだったという。国政に興味がないのではなく、利権利益欲しさに群がる貴族たちに嫌気をさしていた事が原因ではないかと思う。それも、周囲の思惑によって自身の想いが曲げられ、愛する家族が傷つけられ、また自身から離れていった一連の事件が、現王陛下に影を落としていたのだと。
『皆が強き王をーー【狂乱の王】を望んでいたに過ぎぬ。我はその妄想に付き合ってやっただけだ。我は強き者と戦えさえすればそれで良かった』
『我が愛する妃らが産んだ子らだ。愛しい子らだ。なにゆえ害さねばならぬ?』
あの妖精猫の言葉が本当なのだとしら、第一王子殿下が害された痛ましい事件は、現王陛下の望んだ未来ではない。
けれど、この事件をキッカケに王家が分裂してしまった。
王太子位剥奪された第一王子殿下は東都へ離され、現王陛下の狂気は凄さを増し、侵略国家としての名を恣にした。利己利権を欲する貴族が増長し、国を憂う貴族が追いやられ、荒れていく国政を見て、第二王子殿下がどう考えたのか……?
「ーーシュバルツェ殿下が『ライザタニアの馬鹿どもを纏めて葬りさりたい』と思ったとしても、私は不思議に思わない。だって、その為に私は招かれたのでしょう?」
私とシュバルツェ殿下以外の者たちが一斉に眉を顰める。
「『招かれた』とは?拉致されたのでは……」
そう思うよね。かく言う私も当初は拉致されたと思い込んでいたし。でも、これにはちゃんと理由がある。『招かれた』と言うに足る理由が。
「ええ。私も当初は『拉致された』のだと思っていたわ。対システィナの為の捕虜だと。でも、そうじゃなかった」
殿下は捕虜である私を自身の宮で匿った。加えて温かいベッド、温かいご飯、温かいお風呂。衣食住を補償した。侍女に面倒を見させ、治療士を呼び、自身の目で生存を確認し続けた。
宮中だけに限られたけれど、行動の自由も与えられていた。
毎晩、その日の出来事を話させて、何か不備がないかを思案した。
これが捕虜にする扱いかと言われたら否だろう。どう見ても食客扱いじゃないか。
「再びアルカードで悲劇が起これば、さすがにシスティナも黙ってないわ。誇りを傷つけられ怒らぬ筈がないもの。システィナという国が腑抜けではない事を証明する為にも、システィナはライザタニアに攻め入るでしょう」
三度目はない。システィナは魔導国家の名を堕とさぬ為に、ライザタニアに攻め入る。無言の抗議の時間は終りを告げる。
「それでは、殿下は本当に……」
「そんなっ⁉︎ 殿下は国を滅ぼすおつもりですか!」
未だ私の言葉に否を唱えないシュバルツェ殿下。殿下に向ける貴族たちの視線は険悪に曇る。そんな貴族たちを目にしたシュバルツェ殿下の不快そうに顔を歪めた。
「くだらん」
ライザタニアには、自分の利や自己保身を第一に考える貴族達が大多数。自身の利益を得る為に他人を傷つけるを厭わないのに、自身が害される事には敏感。自分勝手なのだ。
何せ、人間社会に於いて王侯貴族はヒエラルキーの頂点。貴族対平民なら、確実に平民の負け。どんな理不尽な事情があれども泣き寝入り決定だ。
法が重視されるシスティナに於いても貴族は特別。それが奴隷を所有するライザタニアなら……?
本来、平民である私を王族であるシュバルツェ殿下がどう扱っても、私に文句を言う権利など与えられない。システィナで『東の塔』を管理する地位あろうとも私の身分は平民。身分制度を盾に取られたら、勝ち目はない。それは此処にいる貴族たちも同じ。けど、その状況を覆せる状況が一つだけある。
戦争。
戦時中であれば、身分関係なく相手を攻撃できる。
名もない一兵士が将軍の首を挙げた。そんな話は、良くあること。戦争とは殺し合いなのだ。相手が誰であろうとも、敵であるなら容赦しない。油断すれば生命を落とすのだ。死にたくなければ生き残るしかない。敵国人を殺すしかないのだ。
「本当に。お偉い貴族様が随分とくだらない事を言うのね?」
「下賎な魔女如きが我々を侮辱するか⁉︎」
「侮辱?これは戦争なんだよ。戦場では身分なんて関係ない。しかも仕掛けたて来たのはソチラ。相手を殺そうとするなら、自分も殺される覚悟を持つべきじゃない?」
「そ、それは……!」
貴族たちは狼狽するばかりでマトモな反論をしてこない。何を言い淀む事があるのだろうか。私は当たり前の事を言っているだけなのだけれど。
「先に手を出したのはライザタニアでしょう?アルカードに攻め入り、システィナの魔女を拉致したじゃない」
「は?貴様は先程『シュバルツェ殿下が招いた』と言わなかったか?」
「それは私的な見解。一般的な見解は『拉致』だよ。勿論、当事国の見解もコチラ」
困惑に顔を歪めてはいるが、まだ致命的に危機感を覚えはいないようだ。現に貴族たちは私に向けて優位に立っていると思っている。だから饒舌になる。他国の捕虜よりも自分たちが優遇されると信じて止まない。シュバルツェ殿下が味方である貴族を見捨てないと、本気で考えているのだ。
それこそ勘違いというもの。
それはシュバルツェ殿下の嫌そうな表情を見れば明らか。こんなに分かりやすい人もいないのにね?
「ならば、殿下が『招いた』とする理由は何と申す?貴様が対システィナの捕虜でないのなら、そもそも拉致した理由ーーその目的は何なのだ?」
質問に対して、私はにこりと微笑む。
「私に、この国を滅ぼさせる為だよ」
「「「なッ⁉︎」」」
拉致された私には、この国に復讐する権利がある。シュバルツェ殿下が国政の一環としてアルカードを襲ったのだとしたら、その責は国が背負うべきじゃないか。
「私は敵国人。ライザタニアに拉致されてきたシスティナの魔導士。まさか、敵国の魔導士を拉致監禁しておいてタダで済むと思っているの?」
済む訳なかろう。ーー首を竦め、溜息を吐くシュバルツェ殿下の表情は暗にそう語る。
そもそも、魔導士とは『己の欲望に忠実な自由人』の総称。自身の信ずる道を歩む自由人。興味の赴くままに研究に没頭する世捨人。非凡な才能を有するが上に、平凡な思考の待ち合わせがない。自己中心的で身勝手。他者に興味がなく、勿論自国の情勢にも関心がない。敬愛する師匠を見ればそれは一目瞭然じゃない。
そんな魔導士だけど、プライドだけは人一倍に持っている。
私も『他者から謂れもない被害を受ければ、相手を完膚なきまで叩きのめすのは当然の措置』と習った。魔導士としての存在意義を保つ為に必要な措置なのだと。
それら気質を十二分に知るシスティナは、魔導士を管理するには多大なる対策を要している。国家資格と補助金を理由に魔導士を管理するのは、ともすれば暴走しがちな魔導士を国に繋ぎ止めておく為だ。放っておけば気の向くまま水風船の様に飛んで行ってしまうので、それを阻止する為の対策に余念がないともいうけれど。
『魔導士の為』ではなく『国家の為』の方策、それが魔導士の国家資格取得なのだ。魔術の研究にはお金が掛かるので資格取得が必須になりつつある現状があるのだが、これはまた別の話。
「貴方たちだって喧嘩を売られたら買うでしょう?」
「いやしかし……」
「傷つけられるのがイヤなら、傷つけなければ良い。それが分からなかったから手を出したのでしょう?」
「……!」
未だ言い募るお貴族様たちにそろそろ嫌気が差して来た。すると、天は私の機嫌を知ってか生贄を与えてくれだ。
「き……貴様一人に何ができる⁉︎」
強気な姿勢を崩さぬ一人のお貴族様。
「ここは妖精王国、小娘一人に何が出来ると言うのか!」
高笑いを挙げんばかりのお貴族様。そんなお貴族様の強がりに内心笑いが止まらない。
「愚かな人たち。本当に現実が見えてないのね?」
だからこの国は滅びるのだけれど。
この人たちには自覚が足りないーーいいえ、無いもの。自分たち一人ひとりがライザタニアの未来を作る役目があるって自覚が。でなければ、『現王陛下の名代たる第二王子殿下が招いた』とされる魔女を屈服させようとは思わない。
殿下が招いた客人を侮辱すれば、その責を負うのは殿下。システィナから責められるのはライザタニアという国じゃない。
国や国王に忠誠を誓う貴族ならば、自国の恥になる事はしない。言わない。
そんな基本的な事も分からない彼らを、誰が助けるというのだろう。普通の感性を持つ国なら、国を守る為に生贄としてその首を差し出すに違いない。
「あらら。うっかり、シュバルツェ殿下が気の毒に思えてしまう……」
思わず気苦労の多いだろう第二王子殿下に視線を送れば、「うっかりとは何だ?」とシュバルツェ殿下が目を眇めてくるので、「そのままの意味だよ」と笑顔で返しておく。自衛は大事だね。
基本的に、自国の事は自国で解決しなければならない。そうでなければ他国から舐められてしまう。にも関わらず、シュバルツェ殿下はこの内戦に『システィナの魔女』を巻き込んだ。その意味がーー殿下の気持ちが、彼らには通じていない。
それこそ、この国が危機に瀕している理由。
本来あるべき自己再生能力が破綻している。
一度、根本から見直さない限り回復は見込めない。
例えるなら焼畑。全てを燃やした後に新芽が出る事を期待して行われる大革命。それには多大な被害が出るだろう。けどーー……
「シュバルツェ殿下、そんな感じで始めても良いかな?」
「構わん。遠慮なく壊せ」
めちゃくちゃ投げやりに許可が出た。
「で、殿下……⁉︎」
「シュバルツェ殿下⁉︎」
「我々をお見捨てになるのか……⁉︎」
貴族からの悲鳴が飛ぶ。
「何を言っている?私も復讐の対象であるというに。ーーそうであろう?」
呆れた表情を隠しもせず、第二王子殿下は呟く。
「復讐の対象ライザタニア、この国全部だ。貴様らだけの生命でどうこう片がつくと思っているのか?」
「それでは……⁉︎」
「ライザタニア王家である私は勿論、そこな父と兄、そして貴様ら貴族、国民全てが対象だ。当たり前だろう。我が国が仕掛けた戦争なのだ。それにより利を得た全ての者が対象になるに決まっている」
今更気づいた所で遅い。これまで自分たちに都合の良く戦争を仕掛けておいて、他人事では済まそうとは傲岸不遜にも程がある。この者たちはきっと一度も戦場へ出た事がない。だから、こんなにも他人事で居られるのだ。
「さぁて、お仕置きの時間としましょうか?」
今までの分、キッチリ利子をつけてお返ししなければ、失礼に当たるものね?ーーそう問えば、お貴族様たちは一様に顔を強ばらせた。
ブックマーク登録、感想、評価など、ありがとうございます(*'▽'*)励みになります!
『反撃はできるうちに1』をお送りしました。
さて、ようやくアーリアによる反撃ターンがはじまります。災厄の代名詞たる『システィナの塔の魔女』を前に、ライザタニアの人々は対処できるのでしょうか?
次話、『反撃はできるうちに2』も是非ご覧ください!




