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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と狂気の王子(下)
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望む未来2


「望んだ未来が同じだからって、それぞれの感情まで同じとは限らないものね……」


 アーリアはポツリと呟くと、チラリと第一王子殿下へと視線を投げた。


 兄王子イリスティアン殿下はこれまで成り行きをーーというより、弟王子シュバルツェ殿下の動向を(つぶさ)に観察していた。

 様子から見るに、『口を挟まなかった』のではなく『口を挟めなかった』のだろう。現に、弟王子の言動に信じられぬものがあったのか、首を横へ振る場面も見られた。

 首を振った弾みで黄金色に輝く柔らかな髪が肩を滑り、翡翠の瞳が揺れる。官能的で艶やかな容姿には影が落ち、表情は晴れない。


「シュバルツェ、玉座を望まないというのは本当なのか?」


 僅かな震えを帯びた声。流石のシュバルツェ殿下も無視し続けるのも忍びないと感じたのか、弟王子は兄王子へと身体を向けた。


「ええ。兄上、私は玉座など望んでおりません。それはこれまでも、これからも、変わらない思いです」


 ドキッパリと言い切るシュバルツェ殿下。その反論の余地もない発言に、イリスティアン殿下の目が見開かられる。


「私はこれまで一度として『玉座を望んでいる』と口にした事などないのですが、兄上の耳にはそう聞こえた事があるのでしょうか?」


 はっと息を飲む第一王子殿下。瞳孔を開かんばかりに目を見開くと口元に手を置く。そして、過去を振り返り「い、いや……な、かった……」と否定を口にした。


「兄上が私へと玉座を渡そうとなさっていた事は存じておりました。その為に兄上は王都を去り、東都で仲間を、そして不穏分子を集めていた事も。ですが、そのどれもが私の望んだ事ではないのですよ、兄上」


 掛け違えたボタン。二人の間にある『望む未来』の差異。これこそが王子二人が起こした内乱に対する、得体も知れぬ違和感の正体なのだろう。

 噛み合っているように見えて噛み合っていなかった、想い。

 其々が己が望む未来の為に、第一王子は第二王子と対立したフリをして仲間を集め、第二王子殿下は現王陛下を幽閉して政権を握り、現王陛下は二人の王子の意思を尊重した上で幽閉に甘んじた。

 互いの思いを尊重していたからこそできた溝、その深さに気づかなかった。いや、気づいていながら無視し続けたのかも知れない。


「私はライザタニア王宮の内政さえ整えられたなら、後は誰が王座に着こうと構いませんでした。勿論、兄上が玉座に着いて頂けたならそれが最上なのですが……兄上は玉座を望んでおいでではないご様子でしたので……」


 シュバルツェ殿下のふと伏せられた瞳に、一瞬、悲しさのようなものが過ぎる。

 幼い頃のシュバルツェ殿下は兄イリスティアン殿下の『一の家臣』となる未来を信じ、教育を受けてきた。現王陛下に代わり、玉座へ座った兄王子の傍らに立つ事を夢見て、只管に努力を重ねた。

 しかし、その夢は第一王子暗殺未遂事件を機に絶たれてしまった。しかも、現王陛下から遠ざけられたと感じた第一王子殿下は、弟王子を守る為に自身を犠牲にし始めたのだ。


 目に見えて対立を深める現王陛下と第一王子殿下。

 第一王子殿下の代わりに新たな王太子と目され始める第二王子殿下。

 分たれた家族。割れる王宮。貴族たちによる派閥争い。自身の意思を無視して、対立を強いられる状況が着実に作られていく。


 成人前の第二王子殿下に自らの身を守る術は少なく、また第一王子殿下の配慮から、『危険から遠ざける為』とは聞こえが良いが、実質、蚊帳の外に置かれる事となってしまう。

 大切な家族の確執。国の行末。その双方に関われない自身を情けなく思わなかった訳がない。大切な家族の絆が分たれていく事に、シュバルツェ殿下が心を痛めなかった訳がないのだ。


「……シュバルツェ。私は、お前を守りたかった。お前を王にする事が唯一、お前を守る方法だと信じていたんだ……」


 唇を噛み、拳を強く握り締めるイリスティアン殿下。

 シュバルツェ殿下()を守る為、そして国の未来を守る為に行ってきた事全てが、独りよがりでしかなかったのだと気付かされたイリスティアン殿下()の苦悩は大きい。


「兄上が私を守ろうとなさっていた事は、十分理解しておりました。勿論、今も……」

「優しいな、お前は……っ……!」


 兄王子の勘違いを正す事は何時でもできた。けれど、それをしてこなかったのは、間違いなく弟王子の意思。

 本人が口にしたように、シュバルツェ殿下は兄イリスティアン殿下の想いを十分に理解していた。それは痛いほどに、幼いシュバルツェ殿下の心に刻まれていた。

 だからこそ、兄王子の気持ちを第一に考慮した。

 時間が兄王子の心を癒やすのを待ったのだ。



 ーー思い出すのは、数ヶ月前。



『兄上、何やら機嫌がよろしい様ですね?何か喜ぶべき事でもあったのですか?』

『ウフフ!わかる?わかっちゃう?』


 工作員に混じり、密かに隣国システィナへ入っていた兄王子からの定期連絡を王宮で受けたシュバルツェ殿下は、兄のあまりのテンションの高さに驚いていた。

 王都から追いやられて以来、笑顔の一つも見せなくなっていた兄の朗らかな笑い声など、近年、ついぞ聞かなくなっていたからだ。


『……でね、ほんっとに可愛いのぉ〜!』

『へぇ【侍女は見た!ごっこ】ですか。なかなかに良い趣味をなさっておいでですね』


 相手が兄王子でなければ小馬鹿にしていただろう話題。兄があまりにも楽しそうに語るものだから、苦言を指すのも忘れて苦笑していた。


『でしょう⁉︎ お買い物もとっても楽しかったわ〜!』


 騎士に荷物持ちをさせ、乙女の買い物とやらを楽しんだと話す兄王子に、シュバルツェ殿下は『何が乙女だ』とツッコミたい気持ちを抑える。正確には騎士(男)と治療士(男)と魔導士(女)。男二人と女一人。乙女は魔女一人だけだ。

 王都を出て以来自身の美貌に磨きをかけ、自身を『乙女』ナドと真顔で言い切る兄王子を、未だ諌める者はいない。唯一諌められそうな人物、側近の一人シュバーン将軍が側にいないのだ。止める者なくば暴走に拍車が掛かるのも、仕方がない。

 兄王子曰く、自身の性格変遷は『現王陛下()の所為』だとの事だが、弟王子からすれば、それだけだとは思えなかった。

 幼い頃より『王太子としてあるべき姿』を強いられてきただけに、王太子ではなくなった事、皆から期待されなくなった事は、第一王子殿下の人生を狂わせるには十分だったのではないか。それが感情抑制の憂慮に繋がったのではないか。そう考えられたからだ。


『兄上、お願いですから部下の前ではその口調はおやめくださいね?』

『なによぉ!シュバルツェまでお小言くれちゃうワケ?』


 側妃譲りの容姿と知性を併せ持つ第一王子殿下に憧れ、身近な見本として目指してきた第二王子殿下にとって、兄王子の劇的変化を受け入れるのには、大変な労力と時間が掛かった。今でもどうかと思う事が多々あるが、この様に生き生きした姿を見せつけられると、もう何も言う事ができない。


『それより、今代の魔女は随分と型破りな女性のようですね?』

『ええ!とっても可愛くて、とっても強いの』

『強いですか……?それは【塔の魔女】なのですから、当然なのでは?』


 選ばれし者なのだ、『塔の魔女』とは。塔の管理者として赴任する事ができる魔女が、弱者である筈はない。なのに、兄は何故か《通信》魔宝具越しに軽やかに笑った。


『兄上……?』

『ふふ、ああ、ごめんなさい。そうよね、彼女は【塔の魔女】なのだもの、弱い筈はない。けれど、彼女の強さは貴方が思う様なモノじゃないわ』


 ではどの様なモノなのか。その答えは兄はくれなかった。


『シュバルツェ、計画を少し変更しても構わないかしら?』

『構いませんが。どのようにですか?』


 元々ライザタニア内乱、そしてそれに伴うシスティナ侵攻も兄王子の指示で始めたこと。今更、多少計画の変更があろう支障はない。そもそも、シュバルツェ殿下には兄王子を止める気も諌める気もなかった。兄王子の始めた内乱状態を利用しているだけに、止める必要がないとも云うが。

 その後、兄王子から語られた計画の変更点は、魔女を『殺害する』のではなく『誘拐する』というもの。システィナを混乱状態に陥らせるのならどちらでも構わない。そう考えたシュバルツェ殿下に反論はない。ーーが、ただ一点、兄王子の見せる魔女への執着が気になった。『兄が執着する程の価値があるのか』と。


『兄上は、魔女をどうなさりたいのですか?』


 いっそ殺してやった方が魔女の為になるのではないか。

 捕虜として捕らえられた者の末路は、決して明るくない。生命(いのち)こそ永らえるだろうが、その精神(こころ)はどうなるだろう。平穏無事である保証はどこにもない。


『死んで欲しくないのよねぇ。ううん、幸せになって欲しいと思っているわ』


 暫くの沈黙の後、囁くような声音が呟かれた。即座にシュバルツェ殿下の目が細められる。『殺したくない』ではなく『死んで欲しくない』とはつまり、魔女は自分たち以外の誰かからも生命を狙われているという事に他ならない。兄王子はそれらの脅威から遠ざける手段として、『誘拐する』としているのではないか。憶測が憶測を呼ぶ。


『兄上、ご自身の矛盾を解っておいでで?』

『解ってるわよ』

『なら、良いのですが……』


 自分たちの行動は間違いなく魔女を不幸にする。例え、どんな偽善で言葉を飾ろうとも。『助けられた』と感謝する訳などなく、寧ろ、恨まれる可能性の方が高い。

 言葉を交わさず他人のままでいれば、魔女の生死ーー未来など望む事もなかっただろう。なのに、兄王子は魔女と関わりを持った。しかも、親しいと思える関係を築いている。


『何故ですか、兄上?』

『アハ、何故かしらねぇ?』


 シュバルツェ殿下の目に、困った様に微笑む兄王子の顔が浮かんだ。まるで、矛盾を起こす自身の行動に戸惑いを覚えている様なそんな顔を。そんな顔を、かつて一度だけ見た事があった。

 兄王子は、彼の婚約者候補だった令嬢が弟の婚約者となった時に見せた、あの時とまるで同じ様な顔を、今、浮かべているのではないか……?


『……ならば、魔女は私が守りましょう』

『シュバルツェ……?』


 あの時救えなかった彼女の分まで。


 口内に留め置かれた言葉は、正真正銘のシュバルツェ殿下の本心。兄への言葉ではなく、婚約者を救えなかった自身に向けた言葉に、偽りはない。


『兄上のご意志を尊重すると言っているのです。どうせ拐った魔女は王都へ届けられるのでしょう?』

『え、ええ……だけど……』


 渋る兄王子へ『東都には連れては行けないでしょう?』と言葉を付け加えれば、渋った後、兄王子はシュバルツェ殿下へと魔女の保護を命じた。自身の身勝手を自覚があるからこそ、その身勝手に突き合わせるが悪いと感じたのだろう。

 『願い出る』のではなく『命じた』のは、上位者からの命令であれば、それがどんな理不尽な命令でも、下位者は応じねばならないからだ。

 兄イリスティアン殿下と弟シュバルツェ殿下の関係は、決して対等ではない。王太子でなくともイリスティアン殿下は第一王子としての立場で行動し、シュバルツェ殿下は第二王子としての立場で兄王子をサポートする。

 誰に何と言われようとも、シュバルツェ殿下にとって兄王子は『理想の兄』であり『仕えるべき者』であったのだ。けれどーー……


『シュバルツェ、彼女をお願いね?』


 こうして上位者としての立場を貫かず頭を下げてしまう兄王子の言動は、王者の器ではない。向いていない。それはシュバルツェ殿下だけでなく、兄王子自身も感じていること。だからこそ、兄王子は弟王子に王座を渡そうとする。自分よりも上手く国を回す能力があると信じて。

 しかし、それはシュバルツェ殿下の望む所ではなかった。

 自分は王となった兄王子に仕えたいのだ。

 だからーー時間が兄王子の心の傷を癒やし、再び王太子として立つ力を得るその時を待った。兄王子の策に乗ったフリをして、慎重に下準備をした。内乱が終わった後、なるべくライザタニア国内に傷が残らぬ様に、慎重に策を練った。


 そして今、舞台は整った。


 兄イリスティアン王子はゼネンスキー侯爵の手引きで王都入りを果たし、身動きのできぬ現王陛下を弾級し、玉座から降ろす。加えて、現王不在の王宮を占拠していた第二王子殿下を断罪し、王位継承権を剥奪する。そして、イリスティアン王子が再び王太子として立ち、玉座を得て新王として国を治める。


 これこそが、シュバルツェ殿下の願う未来。望む未来であった。だがーー



「上手くいかないものだな……?」



 シュバルツェ殿下は、自身の望んだ未来とは違う現状を視界に収めるなり、深い溜息を吐いた。




ブックマーク登録、感想、評価など、ありがとうございます!励みになります!


『望む未来2』をお送りしました。

兄王子の望む未来と弟王子の望む未来。

『ライザタニアをより良い未来へと進める』という目的は同じでも、2人の望んだ未来は同じではありませんでした。

しかも、シュバルツェ殿下は掛け違いに気づいていながら、これまで正してはきませんでした。それは全て、兄王子の意思を優先する気持ちからのものでした。


次話『反撃はできるうちに1』も是非ご覧ください!

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