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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と狂気の王子(下)
403/497

遠い日の約束


「え〜〜!俺も連れてってくれるんじゃないの?」


 アーリアがルスティアナ侯爵に連れて行かれた後、リュゼたち隣国からの工作員一行には一悶着も二悶着もあった。

 まず、リュゼがセイに突っかかり『正当な八つ当たり』とやらを実行したこと。これは余りに早く侯爵に追い付いては不審に思われる可能性もあった為、程良い時間潰しになった。

 次に、セイが移民親子とこの場で別れる事を告げたこと。セイに課せられた指名は隣国の騎士二人の案内であって、これに移民親子は該当しない。そもそも足手まといの子どもを連れて行くメリットがない。

 しかし、告げられたリンクとしては、当然、同行できると思い込んでいただけにショックは大きい。後先考えず飛び出す猪のように「なんで⁉︎」と文句が飛び出したのは、大人たちからすれば想定の内ではあった。


「なんで連れて行ってもらえると思うワケ?置いてくよ。君が来ても邪魔になるだけ。君も足手まといになると分かっていてワガママ言わないよね?」

「うっ……!」


 少し背が伸びたからといって中身は子どものまま。ほんの少し魔法が使えるだけの子どもが、敵国のど真ん中でそんな物が通用するとは、リンク自身にも思えなかった。

 すると、俯いたリンクの顔に影が落ちた。騎士団随一の常識人ナイルだ。ナイルはリンクの目線の高さに合わせる様に少し屈むと、リンクの肩を叩いた。


「リンク、お前は別働隊だ。退路を確保するのも、大事な仕事だろう?」

「う、うん……」

「それに、お前が怪我を負えばアーリア様が悲しまれる。そんな事態は、お前も望まないだろう?」


 他人の犠牲の上に助け出されたとすれば、彼女はどう思うだろうか。きっと、彼女は他人の犠牲を当然だと受け取らないだろう。リンクは悲しみに暮れる彼女ーーアーリアの姿を思い浮かべウッと胸を詰まらせた。

 結局、リンクは渋々引き返した。その際、セイはリンクへ通行証を渡していたので、セイは最初からそのつもりで連れて来たのではないかと推測できた。


「ーーんで、ホントに案内してくれるんだろうね?」


 リンクたち親子を見送った後、有言実行、敵国の工作員を先導し始めたセイの背に声かけたのはリュゼ。その目は、胡散臭いモノを見つめている。肩越しに目線が合わせたセイは自分とまるで同じ騎士服ーーライザタニアの騎士である証を纏ったリュゼたちを見るなり嘆息。再び正面へ向き直ると軽く片手を上げ門番へ合図し、王宮へと続く門を開けさせた。


「今まさにしてるでしょ、何が不服なのさ?」


 門兵が馬を引いてくる。神殿と王宮とは目と鼻の先だが、歩いて行くには遠い。馬か馬車での移動が通常。セイが当たり前のように一人に一頭ずつ馬を当てがう。騎士服の手配といい移動手段の確保といい、ここまで段取りが良いと、セイーーというよりセイを動かしている何者かの思惑通りである事は明らかであり、掌の上で転がされているかとも考えられて、リュゼは余計にムカムカ来てしまうのだ。

 自分たちが巻き込まれているならば、未だ納得できる。けれど、現状は自分たちはオマケであって、真に巻き込まれているのは自分たちの主なのだ。


「騙されている可能性大だろ?僕たち敵国の工作員を助けて、お前らに何の得があるんだよ。ないだろう?」

「うーん、なくはないんだなぁ。だから案内しているんだし」

「ハァ?」

「じゃなきゃ、わざわざアンタたちを迎えに来たりしないよ。でしょ?」


 ヒョイっと馬の背に跨るセイ。それに倣い、リュゼたちも不服に思いつつも鎧に足を乗せた。騎座に尻を乗せ、馬の調子を見つつその場で一回転。悪くない。

 

「それが胡散臭いんだよねぇ〜。君らは彼女を攫った張本人だよ。そんな奴の言う事やる事、どうして信じられるっての?」

「まーねぇ。コッチも色々あるんだよ」

「色々ねぇ」

「うんうん。これでも一途なんだよ、俺たち」

「一途?君みたいな軟派男が一途?」

「あはは、それを言われるイタイなぁ!」


 セイは馬の腹をひと蹴り。並足で馬が歩き出す。

 追随するリュゼとナイル。本当なら全力で追跡し、一刻も早く救い出したい。そんな衝動をリュゼは理性で抑える。何者かの思惑に乗るのは癪だが、今はセイに従い行動するのが一番の近道だと、直感で判断したからだ。


「で、一途って何がさ、仕事だなんて言うつもり?」

「うーん、仕事って言えば仕事なのかな……」


 空惚けた様な声のセイは、雲一つない青い空を見上げた。


「俺たちはね、ずっと昔ーー遠い日に交わした約束の為に行動しているんだ……」


 高い空を、遠い過去に思いを馳せているのだろうか。セイの呟きにリュゼは「約束?」と問い返す。


「厳密には俺たちが交わした約束というと語弊があるかな。俺たちの隊長がある人と交わした約束なんだけどねぇ」

「なら、君には関係ないんじゃないの?」

「まぁそうなんだけどさ。亜人(僕ら)は多かれ少なかれ、隊長に救われているんだよね。だから、隊長がこうするといえば、俺たちもそれに従うのが当然なんだよ」


 亜人部隊を束ねる隊長レオニード・ファル・デ・ローデス。彼の男は亜人がまだ奴隷以下の地位しかない時代、後に初代ライザタニア国王の手足となり、その背を守り、建国までの道のりを共に歩いて来たとされる。真実か虚偽か、真実を知る者は本人たちしかないが、その時の功を持って将軍に遇され、代々の国王を守護の任を受けている。

 本人にその気があったかは別としても、亜人の地位向上の先駆けを行った者とし、亜人たちから尊敬を一身に受けている。セイもその一人であった。


「それだけ慕われるなら、よっぽどデキタ人なんだね?」

「出来た人、かな?うーん?あの隊長(ヒト)、かなり変わってるからなぁ……」


 敬ってるのか貶してるのか、セイの隊長に対しての評価がバラついてる事に「なんだそりゃ?」と疑問符を飛ばす。

 そうしてリュゼは脳内に黒髪の男を思い浮かべた。

 夜の闇を切り取ったかの様な気配を持つ男。長い黒髪に血の様に紅い瞳。張り深い顔立ち。恐ろしく整った容姿。感情のない表情。

 アーリアを攫った男の顔には喜怒哀楽、どの感情も浮かんではいなかった。それが一層恐ろしく感じたのを、リュゼは覚えていた。勿論、良い印象は一つもない。


「そだね、飼い犬になっていたくらいだしねぇ〜」

「アハ、そーゆーこと!」


 ターゲットと接近するにしても、他にやり方は色々あっただろう。何処にターゲットの飼い犬に収まる必要があったのか。

 天の悪戯か偶然か、それとも策略か。セイとしも良い逃れのできない上司の行動に冷や汗が止まらない。


「要するに、その隊長と誰かが交わした約束、それを果たす為に君らは動いていると?」

「そう」

「その隊長の命令で隣国に潜入し塔の魔女を攫った?」

「そうだよ」

「そして今、隊長の命令で隣国の工作員に手を貸すと?」

「そういうこと」

「ハッ、馬鹿げてるッ!」


 カッと鞭を一振り。馬は命令を受けて緩やかに駆け出した。

 みるみる景色が後ろへと流れていく。


「アハ。そう怒らないでよ。世の中が理不尽だらけだってことは、リュゼさんなら理解しているでしょう?なら、そこまで怒る必要ないじゃん!」

「っ……!」

「まぁ、人間の感情がそう割り切れるものじゃないってのは、俺にも分かるよ。亜人である俺だって、割り切れない時があるからね。俺たち亜人より遥かに短い時間を生きる人間だからこそかも知れないけどね……」


 自分以上に軽い男に諭され、リュゼの額に青筋が疾る。

 舌打ち一つ。大人気なく反撃に転じる。


「亜人、亜人ねぇ……」

「納得できない?リュゼさんだって、俺が妖精(黒竜)に変化した姿を見たよね?」

「そうじゃくて、君が僕らよりずっと年上ってのがねぇ……」

「なっ⁉︎」

「だってさぁ〜、ね、先輩?」


 目の前に王城のシンボル、黄金の大屋根が近づく。

 王宮の造りはどの国も似通っており、王城を中心に政治機関各所、騎士の詰め場、鍛錬場、治療所、図書棟、研究機関、そして王族の住まう寝所、妃の住まい後宮など、一個の街ほどの広さがある。

 内に行くほど厳重で、限られた者しか入場できない。リュゼたちの様な部外者にとっては、第一関門である王城への入場口すらハードルの高い場所だった。

 だが、それもセイに着せられた騎士服で難なく突破。東門と呼ばれる入場門の一つに馬で乗り込み、馬車や馬を停める専用の宿舎の前で停止。先に入場を果たしていた豪奢な馬車、その側面に神殿の現す印を見つけるなり、馬を馬房の職員に任せて乗り捨てた。

 ルスティアナ侯爵はじめ、周囲に人影はない。あるのは馬車や馬を管理する職員と、入場門を見張る下級門兵だけだ。


「そうだな。勤務態度はそこそこだったが、プライベートはマトモとは言い難かったからな」

「ちょ、先輩まで⁉︎」


 馬車を探りながらそれまで黙っていたナイルが口を開けた。

 背後、馬房ではリュゼが豪奢な馬車の御者を見つけ、口先八寸で宥め脅し、馬車に乗っていたルスティアナ侯爵たちの行方を聞き出している。御者はしどろもどろ、手振り身振り交えてルスティアナ侯爵の行動をゲロっていた。あまり忠誠心はないようだ。


「特に女性関係にはだらしがなかったな」

「そ、そんな事は……」

「なくはないだろう?お前が毎回違う女性を連れている所や、引っ叩かれている場面を幾度か見たが?」

「うっ……!」

「よく良く考えてみれば、どの女性もお前からすればずっと年下じゃないか。何故、引っ叩かれる事態になる?年長として相手を労わり、リードする事が可能ではないか」

「お、仰る通りです……」


 生粋の騎士であり、仮にも侯爵家の子息であるナイルにとって、女性を取っ替え引っ替え口説き、泣かせ、恥をかかせるといった愚行を侵すセイは、男として未成熟であり、理解不能な生き物である。加えて、セイの言葉が本当なら自分たちよりずっと年嵩があり、その分、経験を積んでいる筈。ならば何故、自分より年下の女性を泣かせる事態を引き起こすのか、引き起こせるのか、益々、意味不明であったのだ。


「まぁまぁ先輩、彼も反省くらいはしてるって、きっと」


 ぷくく、笑いを多分に含んだリュゼのフォローに、セイが一縷の希望を見たとき、ナイルの容赦ない言葉がセイを崖っぷちから突き落とした。


「反省だけなら小鬼(ゴブリン)でもできる。そもそも、コイツは反省しているか?していないだろう。悔いているなら同じ轍は踏まんさ。ダメだと思っていても同じ事を繰り返す。典型的なクズではないか?」

「「…………」」


 これにはセイは節句。リュゼも苦い顔して押し黙った。ナイルからこれ程辛辣な言葉が飛び出して来るとは、思いもよらなかったのだ。


「大体、俺はお前を許しちゃいない。お前は俺の大切な主を傷つけた。いや、今も傷つけている」


 腰に手を当てたナイルのまつ毛が上を向く。


「上官からの命令に忠実にあるのは下士官として優秀と言えよう。だからと盲目的な忠誠を向けるのは感心しない。納得できない結果が出た時、全てを上官の所為にするのか?自分の選んだ結果なら兎も角、いや、それでも後悔する事があるというのに……」


 ナイルの視線が真っ直ぐにセイを貫く。


「お前の薄っぺらな言葉を、俺は信用しない」

「っーー!」


 ナイルは呆れた様に肩を竦め「何を驚く?お前自身も気づいているだろうに」と嘆息する。


「ただ、お前が俺たちを彼女の下まで案内するという言葉には嘘がないようだから、ついて来た。それだけだ」


 リュゼはナイルを促して城門の一つを囲む生垣へ。一定間隔に並ぶ背丈の高い生垣と、間隔をあけて並ぶ天使の彫刻、その間を歩み行き、ある神像の彫像の下で足を止めた。

 空には白煙が上がり、時折、砲弾が弾けた時の様な轟音が響くようになった。門兵たちは其方へ気を取られ、リュゼたちの行動に注意する者はない。


「何を傷つく必要があるのかな?君と僕たちは敵同士。命を取り合った仲じゃない!優しい言葉がかけられるハズがないだろう?」

「ま、まぁね。そんな事は知ってましたよ」


 強がるセイにリュゼの、そしてナイルの目は冷ややかに細められる。言う事成す事ウソだらけのセイ。今も、毛程も信頼はない。勿論評価は地ほど低い。


「と、とりあえず!俺らの目的は国の利益とは何ら関わりがない。ぶっちゃけ、王子たちの内乱や貴族たちの利権争いなんてどーでもいいんだよ。『ある人の願い』が叶うこと。それが、いつの時代も俺たちの原動力なんだから」


 地面には複数の足跡。足跡を辿り三人は神像の背に回る。

 セイが迷わず台座へと手をかける。ガコン。神像の台座が動き、地下へと続く入り口が開く。


「事実は変えられない。けれど、未来は変えられる」


 セイが先導して穴蔵を降り、次いでリュゼ、ナイルと地下通路へと降り立った。リュゼが光を灯したのを見てセイは天井の扉を閉める。


「その為に、彼女は必要なんだ」


 コッチだ。セイは迷わず左を指し、スイスイ通路を進んでいく。網の目に伸びる複数の通路、不法侵入者を退けるワナ、それらを難なく対応し、まるで知った道かのように進んでいく。


「アーリアに何をさせようって……?」

「ヒミツ。てか、俺も細部までは聞かされちゃいない。だからその物騒な物は収めようね?」


 いつの間に抜いたのか、短剣の刃がセイの首筋に当てられていた。両手もろてを上げたセイと短剣を突き付けるリュゼ、両者の視線が交差する。


「大丈夫だよ。俺はーーそれに隊長も、きっとあの方も……みんな、彼女を傷つけようなんて考えちゃいない。だって彼女は救世主なんだよ?」


 救世主と言う割には相手の人権を無視し、悪びれもせず利用しようとするセイ、そしてライザタニアの者たち。他人を使う事に慣れ、それを当たり前と捉える王侯貴族の在り方に、リュゼの怒りの沸点は振り切れた。


「いい加減にしろよ。他人の力を借りなきゃどうにかならないって?そんな奴らーーいや、そんな国はとっとと滅べ!」

「同感だ。特質する個人がいなければ立ち行かぬ組織など、潰れて然るべきだ。そんなものに未来はない」


 怒りに任せて投げられた短剣が壁に突き刺さり、八本足の節足動物の息の根を止める。引き抜かれた長剣が空を切り、爬虫類を両断ささた。


「キッツぅーー!だから好きだよ、システィナ人って。現実がよく見えてる。ココの人間も、もっと他に視野を広げるべきだよねぇ〜?肌が濃くて目鼻立ちが良い女ばかりが美女とは限らないじゃない?外には色んなタイプの美女がたっくさんいるのに、食べず嫌いなんて勿体ないじゃないか!」


 獲物を鞘に片づけたリュゼとナイル。世界各地の多種多様な美女を思い浮かべて頬を染めるセイに、怒りを通り越して呆れの表情を向ける。


「セーンパーイ!コイツ、全然反省してないよ?」

「だな。先ず、コイツの人格を一度壊して新しく入れ直すのが先決じゃないか?」


 長年培われた人格の矯正は、諦めざるを得ないようだ。


「さて、馬鹿なコトばかり言ってたら、ほら、そろそろ目的地だよ。俺は鼻が良いんだ。うーん、彼女の芳しい香りがあの先に……」


 通路の先にポッカリ空いた扉。その先から眩い程の光が漏れ出ている。亜人の特性を活かして、アーリアの魔力の匂いを感知し辿り着いた場所には、広いひろい地底湖が広がっていた。


「なっ!?」

「アーリア!!」


 開けた空間から溢れる光。その中へと足を踏み入れたリュゼたちが目にしたのは、アーリアが豪奢な司祭服を纏った中年の男に首根を掴まれ、今まさに、清水の満たされた水面へと突き落とされようとする瞬間だった。



お読みくださり、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、とても嬉しく思いますヽ(´▽`)/


『遠い日の約束』をお送りしました。

リュゼたちの案内を進み出たセイの思惑。それはどうやら、セイたち亜人の存在意義を初めて認めた初代ライザタニア王に起因するようで……?


次話も是非ご覧ください!

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