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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と狂気の王子(下)
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混乱と騒乱の合間に6

 アーリアが囮になりルスティアナ侯爵に捕まった後、大人しく引き返す訳もなく、アベルたちは侯爵の後を追っていた。

 先導を担ったのは妖精猫(ケット・シー)

 妖精としての特質か、それとも仕様なのか分からないが、妖精猫は何故か王族専用の地下通路に精通しており、アベルたちがトアル将軍から聞き出した地図よりもずっと詳細な情報を持っていた。

 馬鹿正直に後をついて歩けばすぐに見つかっていただろう。しかし、普通に通っていては気づかない扉や通路そして罠、それらを駆使し、距離を取りつつ侯爵たちを尾行しているので、侯爵たち一向には未だ追跡を気づかれてはいない様子だった。

 そして今正に、『こんな所に?』と思う隠し扉から隠された通路に入った時、妖精猫はアベルに向けて口を開けた。


『そうか。そなたら兄妹はゼネンスキー侯爵家の……』

 

 姿隠しの魔法で気配を偽装するアベルたちだが、それでも安心する事はできない。ルスティアナ侯爵には兵士が数名付き従っているので、油断は大敵だ。互いにしか聞こえない程度の声音で会話するのは当然であり、この時、妖精猫から問われたアベルも慎重に、加えておっかなびっくり声を発した。

 何せ相手は妖精。しかも、人の言葉を話し、交流が可能な稀なる存在だ。想像よりもずっと人間社会に精通しており、ともすればアベルよりも詳しいくらいで、アベルは『タダモノではない!』と、初見から妖精猫に対して尊敬の眼差しを向けていた。


「知って……いえ、ご存じなのですか?」

『無論。ゼネンスキー侯爵家は代々軍事の役所に就いている武門の家。ゼネンスキー侯爵家の忠義は、誰よりも王家が一番よく理解している』


 喜びも束の間、サッとアベルの顔に影が刺した。


「え、そんな……なら、なんで王家は、現王は、ゼネンスキー侯爵家を裏切ったんだ……?」


 妖精猫までもが知る『ゼネンスキー侯爵家の忠義』。それを王家も認めているというのなら、何故、王家はゼネンスキー侯爵家の忠義を蔑ろにする行為を平然と行うのだろうか。

 アベルの疑問は憤りとなり、終いに爆発した。

 俯き、項垂れるアベルの口から怨嗟にも似た言葉が呟かれ、妖精猫は思わず『なに?』と首を捻った。


「現王は、俺たちの母を殺したんだ!ゼネンスキー侯爵家の忠義を知るなら、なんでそんな事をしたんだ……⁉︎」


 握られた拳に、喚きたいのを堪えたのが見えた。

 急に声を荒立てたアベルにソアラが寄り添い、「お兄様」と気遣う声をかける。するとアベルはハッとなって顔を上げ、「すみません。カッとなって……」と謝罪を口にした。


『よい。そなたは当然の疑問を口にしたのみ。叱るつもりも、まして責めるつもりはない』


 とばっちりを受けた妖精猫だが、その顔には憤りも責める気持ちもないと分かり、アベルはホッと肩を下げた。


「すみません。俺には、なんでこんな事になったのか、今だに分からなくて……。大人たちが何をしようとしているのか、父上が何をお考えなのか、どうしても分からないんです」


 震える拳。震える唇。感情が溢れでる。分からないからと指を加えて待つには、アベルの気持ちは限界だった。周囲の状況が、空気が、身体中を雁字搦めにする。広がる闇に足を取られて身動きができない。それでも現状を打開したいと足掻く。焦り、怒り、そして憤り。幸せだったあの頃の記憶が、アベルを駆り立てた。

 すると、そんな人間の子どもの気持ちを察してか、妖精猫はふうっと息を吐いた。


『世の中、上手くいかぬ事ばかりだな。善かれと思っても相手にとっては迷惑になる事があるし、そうと思っておらぬ事が相手の喜びとなる事もある。……いずれにせよ、その憤りは現王(元凶)にぶつけるがよい。その為にこんな所まで来たのであろう?』


 まるで年を重ねた人間の様な顔で諭す妖精猫。人間の生活には関わりなく過ごす妖精にしては、随分と人間の心理を理解している様に思えた。この妖精猫にも人間の様なフクザツな想いを抱いた事があるのだろうか。

 少なくともこの妖精猫はアベルが子どもだからと煙に巻こうとしている訳ではなく、個人として相対している。その事に気づくも、アベルは返答するのも忘れてポッカリと口を開けていた。


『ふむ、そろそろ見える。其方ら、無闇に声を出す事を控えるがよいぞ』


 妖精猫の静止により歩みを止めた人間たちは、天使の像の影に身を隠した。すると、視線のずっと先にゆらゆらと淡い光が揺らめいた。同時に衣擦れと、ガチャガチャと重い足音が聞こえてくる。目を凝らせば、魔法の火を灯した短剣片手に先導する一人の兵士と、次いで、薄汚い穴蔵には似つかわしくない豪奢な司祭服を纏った中年の男が姿を現した。


「……くそ!なんだこの通路は。本当にこんな場所にあの方が幽閉されているのか?嗚呼、なんと親不孝であろうか!こんな場所に幽閉するなど、あの王子たちに親子の情はないのか⁉︎」


 毒吐きながら腕に纏わりついた蜘蛛の巣を払う中年の男。


「陛下の性質を抜きにしても、仮にも大国の王なのだぞ?臣下として一国の王に仕えるのは当然ではないか!それなのにあの王子ときたら……」


 足下に絡む埃に舌打ちし、地面を蹴り歩く。


「陛下の期待を裏切り、幽閉し、陛下に代わり国を我が物にしようとは罰当たりな!今に天罰がーーいや、陛下の怒りが下るに違いない!」


 一人ブツクサ文句を垂れているのはルスティアナ侯爵。場所にそぐわぬ豪奢な衣装の裾が汚れて大変御立腹の様だ。何せ、神殿の清められた廊下を歩みと同じ速度で闊歩するので余計に汚れが付くのだが、そんな事は考えに上らない。

 先行く兵士を怒鳴り、後行く兵士に毒づき、捕えた少女に当たり散らす。まるで癇癪を起こした幼児のようだ。


「まだか、まだ着かんのか⁉︎」

「……落ち着かれませ。目的の場所は間もなくでございます」


 兵士の一人に宥められ、苛立ち隠さぬまま視界を横切って行く。光が遠くなるにつれ足音も小さくなり、次第に声も届かなくなる。

 頃合いを見計らい、気配を消していたアベルたちは立ち上がり彫像の影から抜け出した。明かりは最小限に絞り足下へ。アベルはソアラの手を引き、妖精猫の小さな背を追って歩き出した。

 先行くルスティアナ侯爵たちに気取られぬ様にアベルたちは精霊の力を借りてはいるが、それは先方も同じこと。ルスティアナ侯爵は仮にも大司祭という立場であるし、何より兵士たちの中には魔法に通じる者がいるかも知れない。後を追う者の気配を察知するのは可能だろう。

 しかし、兵士は兎も角、ルスティアナ侯爵は後方に全くと言って良い程意識がないようだ。逃した女子どもの行方を気にしていないどころか、自身の目的しか視界にはない。


「……何処に向かっているんだ?」


 足音に気をつけながら歩くアベルが独り言を漏らす。

 対第二王子の人質としての確保ならば、来た道を引き返せば良いだけだ。けれど、ルスティアナ侯爵は姫巫女確保の後、地上へと向かう事なく地下に留まっている。しかも、何処か目的地でもある様な動きで、兵士に先を急かしているのだ。


『ふむ。案外、其方らと目的を同じくしているかも知れぬな』

「は……?えっ、それって……」

『奇しくも、この先には其方らの望む場所がある。その先へ行けば地上に出られない事もないが、地上に出るだけならこんな場所まで潜ってくる必要はない。引き返せば済む話だからの』


 青白い顔のアベルとは対照的に妖精猫の血色は非常に良い。『ふっ、我ながら罪作りだな。人を惹きつけるに止まぬ魅力があると云うのは……』等と意味の分からぬ言葉と共に自嘲の笑みを浮かべている。

 しかし、アベルにはそんな妖精猫の不思議言動はまるで目に入らない。薄々気付いていた事実を指摘されて胸を鳴らしている。まさか自分たち以外に幽閉の現王に接触を図ろう等と思う者がいるなんて、考えもしなかったのだ。


「なんでだ?侯爵に何のメリットがあるんだよ……?」

「何を驚いているのよ?仮にも現ライザタニア王はあの方だもの。幽閉先からお救いできれば、それなりのご褒美が望めると考えるのは、当たり前ではなくて?」


 呆然とするアベルに向けて呆れも隠さず告げるのは修道女リアナ。これ以上妖精猫に子どもの面倒をかけるのはどうかと、口を出したのだ。


「まさか引き返したくなったのかしら?」

「なッ!そんなワケないだろう⁉︎」


 所詮、貴族の子どもが言い出したワガママ。途中で飽きたからと放り出す事は良くあること。寧ろ、驚きはない。ーーリアナの言わんとする事を正確に読み取ったアベルの顔が一瞬で朱に染まる。ここまでハッキリと『子どもの戯れ言』と言われる事がなかっただけに、襲いくるショックも大きい。


「良いのよ、別に。引き返したって」

「バカ言うなよ!俺の気持ちはそんなカンタンなモンじゃないんだ!ここまで来て引き返せるか!」


 鼻息治らぬまま、ズンズンと地下道を進んでいく。ソアラは兄の言動を恥じてか妖精猫とリアナに頭を一つ下げると、アベルの背を慌てて追いかけた。


「お子様ねぇ。言い過ぎたかしら?あのまま引き返してくれても良かったのに……」

『違うな。ソナタはあの童の決意が鈍らぬ様に背を押したのであろう?ああまで言われてあの手の童が引き返す訳がない』


 仕方ないと、子どもたちを追いかける修道女。肩を竦める修道女の自嘲を妖精猫は否定した。

 同じ目的だからと先を譲る位なら、そもそも此処へ来るべきではなかった。況して、アベルは他人を自分の事情に巻き込んだのだ。そうまでして遂げたい願いならば、どんな障害が立ち塞がろうとも諦めてはならない。

 怪我する前に帰れば良いのに。これも本音のひとつ。貴族の子どもが怪我をして帰ったとなれば、親が黙ってはいない。それに、リアナだけならアーリアから引き離される事もなかっただろう。その方がずっと都合が良かったのだ。


「まぁ!買い被り過ぎですわ。その様な事はございません。(わたくし)は心底、彼らには帰って頂きたかったのですから」


 オホホと口に手を当てて微笑む修道女。如何にも貴族令嬢たる微笑みに、妖精猫も『そうか』と笑って返した。暫く外に出ぬ間に、随分と面白い人種が集まったものだと、ほくそ笑みながら。

 暫く早歩きでアベルたちを追いかけると、すぐにその背は見えてきた。怒っていたからと突っ走るのではなく、きちんとルスティアナ侯爵との距離を取っていたようだ。

 アベルは白い壁に張り付いて、闇の中目を凝らして道先で揺れる小さな光を目で追っている。灯は小さな物だが、灯を反射して兵士が纏う銀の鎧が光るのだ。


「ーー侯爵、間もなくでございます」

「そうか!そうか、これで私の願いも叶うに違いない。いや必ず叶う!そうだろう?」


 誰に問うているのだろうか。ルスティアナ侯爵は頬を紅潮させ、叶うであろう己が夢を脳内で反芻している。そんなルスティアナ侯爵を背に魔女のか細い声が問い掛ける。「何が叶うのですか?」と。「何?」と侯爵の眉が跳ねる。


「ルスティアナ侯爵、貴方の目的は何です?」


 ルスティアナ侯爵の視界に一筋の光が飛び込んだ。赤、紫、青、緑、黄、橙。魔法の光を受けて様々な色に変化する虹色の瞳。敵国システィナの東の国境を守る魔女、まだ少女と呼べる年若い魔女から放たれる眼光は、ともすれば吸い込まれそうな魅力を持っていた。その瞳に射抜かれ、ルスティアナ侯爵家の首筋はゾクリと泡毛立った。

 ルスティアナ侯爵に正常な判断能力が残っていたなら、これは生存本能が告げる警鐘だと直ぐに理解しただろう。しかし、この時の侯爵は既に正常な判断能力を放棄しており、欲望と本能に支配されていた。自身が成功する未来しか見えていなかったのだ。


「願いは決まっている。『認められること』だ!」


 誰に。何を。言葉の足りなさを補うつもりのないルスティアナ侯爵は、周囲の奇異な目に気づかぬまま興奮に頬を紅潮させた。

 これまでの地位に満足していないルスティアナ侯爵は、今以上の地位と名誉を求めた。しかし、名誉は兎も角、地位とは上位者より与えられるモノだ。そして、この国で地位を与えられるのは一人だけ。それはつまり……


「おぉ!ここが我が王の座す幽閉の場か……!」


 両側に神像の控える扉の向こうから光溢れてくる。水分を含む清涼な風が頬を撫でる。ルスティアナ侯爵は興奮冷めらぬまま足を踏み入れ、目の前に広がる光景に感嘆の声をあげる。

 四方を壁に囲まれた大きな空間には、等間隔に真白の神像が並んでいる。巨大な神像が天井を支えているのだ。表情のある神像は天上神話を思い起こさせる。

 その足下にはどこまでも澄み渡る清水。濁りない清水を湛えたそこは、地底湖というより人工的に作られた貯水庫の様だ。

 目線を上げれば、水面は奥へ奥へと広がっており、霞によって先が見えない。元からあった地底湖を利用し、そこに地下通路を繋げて作った場所ならば、地底湖と表記するのが正しいだろう。

 天井と壁の隙間からはチョロチョロと僅かな水が流れ落ちている。本来なら、滝の如き流れなのだが、初めて此処を訪れたルスティアナ侯爵がその違和感に気づく事はない。


「アッ!あれはっ……!嗚呼ッ……」


 転びそうな勢いで駆け出すルスティアナ侯爵。長位の裾に足を取られつつ地底湖の(きわ)まで走ると、そこで突然の急ブレーキ。水中を指差して震え出した。


「あれは……人?男性(おとこ)の、人……?」


 兵士に背を押され進み出たアーリアは、ルスティアナ侯爵の指差す先に長身の男性を発見した。

 ほとんど揺れない水面は鏡の様で、見下ろせば底まで見通せる。初めは神像が映し出されているのではないかと思っていたが、目を凝らせばその予測が外れているのは明白であった。

 腰まである淡い金の髪。血の様に紅い瞳。掘り深く整った容姿。面の細さに反して肉体は鍛え上げられた戦士の様だ。金糸の施された紅いマント。宝石が散りばめられた豪奢な衣装。長い髪の間に光る金の王冠。分厚い氷に覆われていてもなお、光り輝き水面に映る。


「現王陛下、お会いしとうございました!」


 ルスティアナ侯爵は涙を流さんばかりに感動し、膝を付いて両手を胸の前で組み合わせた。


 

お読み頂き、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、とても嬉しいです!

ありがとうございます(*'▽'*)


『混乱と騒乱の合間に6』をお送りしました。

これまで不透明だったルスティアナ侯爵の目的、それが少しずつ明らかになってきました。それはやはりロクデモナイ類いのものである様で……?


次話も是非ご覧ください!

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