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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と獣人の騎士
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追手からの逃亡

〈逃亡生活1日目〉


 乗り合い馬車で揺られて2時間、アーリアは隣の街へと無事到着した。

 長い間、馬車の荷台で揺られていた人々は思いおもいに馬車から外へと降りると、それぞれが身体を伸ばしたり屈伸をしたりして固まった筋を伸ばしている。

 アーリアはそれらに目をやりつつ背中をぐんと伸ばした。


(あ〜〜疲れたぁ……!)


 2時間の馬車での道中、子ども連れの夫婦に話しかけられたり、護衛のお兄さんたちに話しかけられたりと、とても落ち着く暇がなかったのだ。逆に心労を溜め込んでしまったほどで。しかも、言葉が出ない理由ーー話しが出来ない理由をどのように説明するかが、なかなか大きな課題である事も分かった。

 一番、無難なところで風邪。その理由が最も怪しまれにくいが、風邪ーーつまり病ともなれば「感染るから降りろ」と忠告され兼ねない。かといって、アーリアにはそれ以外の妙案は浮かばなかった。全く口がきけない事がバレれば、益々、トラブルに巻き込まれる可能性もあるのも悩ましく思われた。

 だからこそ、道中アーリアに出来た事といえば、親切な家族連れの夫婦の言葉に分かったような振りしてにっこり微笑み頷いていた。すると、相手が勝手に勘違いしてくれる。親切にも『喉に良いから』とフルーツもご馳走になったくらいだった。


(ほんと、気が滅入るなぁ……)


 女性が社会へ進出するようになって数十年。だが、まだ男尊女卑が根付いている。女・子どもには優しくない。

 また、国によって住む街によっても価値観は違うだろうが、見返りなく弱者へ親切にできる者がいる一方で、人を害する事に何の罪悪感も持たない者も存在する。どの街にも一定数のゴロツキが存在するのは言わずもがな。

 弱者に対し惜しみない愛を注げる者、相手の弱みに付け込んで暴力を振るう者、どんな事柄にも無関心な者……様々な人たちが集まって暮らしている。だからこそ自衛する事が当たり前であり、『己の身は己で守る』のが鉄則。『武力には武力を持って迎え撃つ』しかないのも、実情なのであった。

 しかし、何処にでもプロという者はいる。それぞれの領土にはその地を治める領主がいて、領主は税の徴収と共に自治をも任されている。街には治安を守る憲兵や法の遵守を促す官吏も駐在しているのだが、万全に機能している訳ではない。残念ながら、どこにでも抜け道は存在する。


(やっぱり、魔術が使えないのはイタイなぁ……)


 これまで、非力な女性の身ながらもアーリアが自身を守って来られたのは、偏に、魔法や魔術が扱えたからだ。それが今、アーリアには全く使えない。しかも悪い事に、アーリアの引篭りはダテではない。世の引籠り同様に『人間ヒト人間ヒトとのコミュニケーション能力』が低く、対人関係に苦手意識を持っていた。


「ーーねぇ、今日はどこに泊まるの?」


 家族連れの一人、子どもを抱いた婦人がアーリアに話しかけてきた。アーリアはそれに対してサッとノートにペンを走らせ文字を書き込む。書き終わると意図を知らせるべく、そのノートを婦人に向けて見せた。


『まだ決まっていません』

「そうなの。良かったら良い宿を紹介するわよ?」

『ありがとうございます。お願いできますか?』

「ええ、もちろんよ!……この坂を上がって右手に曲がったらすぐのところに『白馬亭』という宿があるから、そこへお行きなさい。ご亭主も女将さんもとっても良い人たちだから、きっと親切にしてくださるわ。ーーあ、でも、その前にお医者さんかしら?」

『ご親切にありがとうございます。』

「早く治るといいわね。今日はゆっくり休むのよ!」


 そう言うと婦人は小さな子どもを抱いていたご主人と共に去っていった。このご家族はこの街に住んでいるそうだ。


(親切なのは良いんだけどなぁ……)


 筆談ではどうしても箇条書きになってしまう。しかもこの調子で筆談ばかりしていたらその内、話し方を忘れてしまいそうだ。そう思えど、これ以上の方法を思いつかないアーリアは、溜息を漏らしつつ、メモ帳を閉じた。




〈逃亡生活2日目〉


 とりあえず、アーリアは朝一から街を出ることにした。

 『白馬亭』の経営者のご夫婦は、アーリアにとても親切にしてくださったが、何せお喋りであった。気にかけられ過ぎて少し疲れてしまったのだ。

 女将さんのお喋りの所為で宿泊客の全員が、アーリアが声が出ぬ事情を知ってしまったのではないかと心配になってしまった程だった。


(逃亡している身としては、どうかと思うなぁ……)


 早くこの街を離れることに越した事はないだろう。そうアーリアが思い立ったのは仕方のない事だった。


 ーヒヒィン……ー


 アーリアは馬と馬車の間をするりと抜けると、チケットカウンターへと足を急いだ。乗り合い馬車のチケットを買う為だ。

 アーリアの予定では、この日は行けるところまで行くつもりだった。追手の有無が全く予測できなかったからだ。昨日は何事も起こらなかったが、かと言って今日も何事も起こらないとは限らない。追手の有無が全く分からないのだ。


(よく考えればあの怪しい黒ローブの男……バルドとかいう魔導士と獣人たちは、どうやって私を探し出すのかな?やっぱり魔術⁇)


 あのように怪しい一団が昼間から街中を闊歩していたら、いくらなんでも憲兵から職質を受けるだろう。あからさまに怪し過ぎる。それに、あの怪しい一団以外にも彼らの仲間がいないとは考えられない。アーリアは追手の正体も人数も分からないのに、バルド側はアーリアの正体を知っている。


(不利すぎるよね?もぉ、お師様のバカァ〜〜!)


 アーリア心の中で大絶叫して、空を仰いだ。

 今日も有り難いことに快晴だ。ポカポカ陽気がアーリアの身体を包み込む。


 昨晩、アーリアは宿の一室で師匠から渡された魔宝具を観察してみたが、あれは特段、誰かに欲しがられるような特別な代物ではなかった。施されている魔術の効力も測定してはみたが、獣人を率いて強盗を行う程高価な魔宝具モノではないように思えた。

 だが、蒼く澄んだ魔宝具は高価な宝石のようにも見える。アーリアの師匠があのように意味深なことを言ったものだから、バルドにはさも価値がある魔宝具っぽく見えたに違いない。魔宝具マジックアイテムは魔導士が手に取って測定しない限りは、どのような効力があるのかは判らないのだ。


(あの不審者たちが何を狙っていたのかは分からないけど、コレがソレっぽく見えた可能性が大きい。きっと彼らは追ってくる……!)


 アーリアは服の上から師匠に託された魔宝具をぎゅっと握った。

 これがバルドの求める魔宝具にしろ、そうでないにしろ、バルドは直接これを手に取って確認したがるに違いない。そう思えばこそ、アーリアの胸は『やられた!』という気持ちで締め付けられるのだ。


(お馬が一匹、お馬が二匹……)


 アーリアは昨日と同じように、乗り合い馬車の待合室で馬車を待った。暫くすると、従業員専用の部屋から護衛の男たちが複数人出てくる。装備品がまちまちのその集団をアーリアは何気なく見ていると、ふと、そのうちの一人と目が合った。


「あぁ〜〜!お前、昨日の?」


 大柄な身体に似合った大声に驚きながら、アーリアはぺこりと頭を下げる。

 短い茶髪に褐色肌。腰には長剣を装備している。どの装備類も年季を感じるが、それを身に纏う男の年齢はまだ二十代前半に見えた。


「今日も乗って行くのか?」


 アーリアは一つ頷く。目立ちたくはないのに男たちからの視線を一斉に浴びてしまった事に、内心苛立ちを覚えていた。


「どこまで?」


 アーリアはチケットを男に見せた。


「アレクサンドラまでか?そうか、そうか。俺たちもそこまで護衛だ。よろしく頼むなっ!」


 男の言葉に対してアーリアは小さなお辞儀をして、やんわりと微笑んだ。するとそこで、何故かざわりと空気が揺れ動いた。男たちが色めき立ったのだ。


(なんで?可笑しな事をした訳でもないのに……?)


 訝しむアーリア。理由が分からなかった。

 首を傾げるアーリアを他所に、護衛の男たちは「あの子と知り合いか?」、「なぁ、どこで知り合ったんだよ?」など言い合い、騒ぎながら外へ出て行ってしまった。




〈逃亡生活3日目〉


 昨日、アーリアは一日かけて乗れる所まで乗り継いで、アレクサンドラという街までたどり着いていた。この街には大きな教会や魔導士組合など各施設が揃っている情報は、アーリアは手元にある小冊子パンフレットから知り得たものだった。因みにパンフレットは、乗り合い馬車の待合室で無料配布していたものだ。


(わぁ!ラスティよりも大きな神殿がある)


 アーリアは今日、備品調達しながら教会へ行くつもりだった。神殿には天上神に仕える神官が、協会には研究に明け暮れる魔導士もいるので、自身にかけられた呪いを解く事ができる術者もいるのではないかとの考えに、至ったからだ。


(鳩があんなにたくさん……)


 宿泊施設のある通りから領主の館のある中央区へと歩く道すがら、アーリアは右へ左へと首を動かしていた。まるでお登りの観光客のように。

 石畳み道はとてもよく整備されていて歩きやすい。整備された街並や街中の治安の良さが、街の豊かさを物語っていた。

 アーリアはフードを目深に被り下を向いて歩く。日差しも強くなってきたので日除けにフードを被る事は理に適っているし、何より同じようにフードを被って歩いている者も幾人か見受けられるので、アーリアの様子は特段浮いて見えはしない。

 白い壁沿いを真っ直ぐ歩き長い階段を上がると、壁の一面が真っ白に塗られた美しい教会が目に入ってきた。


【サン・アレク教会】


 アーリアはフードの隙間から教会を足元から空へと見上げる。そこには視界に収まり切らぬ程の大きな扉があり、その隣には通用口があるのが分かった。一般客はこの通用口から入るらしい。


(え⁉︎ 入場料とるの?せこい!)


 神様の世界も金頼み。

 アーリアはこの旅で初めて『世知辛さ』を知った。

 アーリアは口をへの字にしたまま、通用口に立っている教会職員の一人に近寄って行く。


「観光ですか?チケットをこちらでお買い求めください」


 アーリアはそこで予め書いて文言を見せるべく、ノートを開けて見せた。


『解呪をお願いしたいのですが』

「……え?あぁ、解呪ですね?少々お待ちください」


 職員はアーリアをその場に放置すると、通用口から教会の中へ入っていった。暫く待つと、アーリアの元に職員が帰ってきた。


「先生が見てくださるそうですよ。こちらからお入りください」


 職員に促され、アーリアは素直に後へついていく。通用口から教会の中へ。ヒンヤリとした空気。花の咲き乱れる回廊を通り、教会の深部へと案内された。


(『悩める信徒の相談室』のような所かな?)


 実は、アーリアが教会へ来たのがこれが初めてだったのだ。だから教会内部はアーリアには物珍しい所ばかりで、緊急時にあるにも関わらず、アーリアは落ち着きなくソワソワしていた。

 相談室へ入ると、初老の魔導士が待ち構えていた。

 ゆったりと纏う純白のローブの所々には金糸が施され、いかにも『高位な魔導士です』といった雰囲気が醸し出されている。が、その時アーリアが気にしたのは解呪の有無ではなく、解呪にかかる料金だった。


(ひぇぇ。いくらくらい取られるんだろう?)


 アーリアは魔導士と向かい合わせになるように、机を挟んだ向かい側の椅子に腰を下ろした。


「『解呪』を求めて我が教会に来られたとか。ーーさて、どのような呪いですかな?儂によく見せてみなされ!」


 初老の大魔導士(仮)大仰しくせかされて、アーリアはそっとフードを外した。


「ほう。珍しい髪色ですな?さては、それが呪いですかな……?」


 大魔導士(仮)の発言に吃驚びっくりしたアーリアは首をブンブン振って否を伝えた。すぐさま、ノートに書いておいた文字を見せる。


『とある魔導士に声を封じられました。この呪いを解いてくださいませんか?』

「ほう?声を?ーーいやはや、それは『禁呪』ではないか⁉︎ そのようなモノをどこで……」


 大魔導士(仮)がアーリアの喉に手を伸ばす。が、しかしーー……


 ーバチンー


 火花が飛び散った。

 アーリアにかけられた呪いが大魔導士(仮)の手を跳ね除けたのだ。


「えっと……」


 魔導士が一瞬戸惑った声をあげる。


「い、いやいや!まだ何とも言えぬわ!そ、そう、取り敢えずこの聖水を飲みなされ!ほれ、ぐいっと!」


 大魔導士(仮)に手渡された銀のコップ、そこに並々と入った聖水をアーリアは一気に飲み干す。更に大魔導士(仮)は銀の盆に入った水の中ぬ両手を浸すと、もう一度アーリアの喉へと手を伸ばした。


「 ー親愛なる神のもと我に力を与えよ!ー《聖なる光》」


 ーバチンー


 またまた火花が飛ぶ。

 アーリアは『冬の日の静電気のようだ』と、不謹慎にも思ってしまった。


「…………」

『…………』


 痛いほど沈黙が落ちる。『いやいやいやいや、待て待て待てぃッ!儂に解けぬとは、一体どういうことぞ⁉︎』といった大魔導士(仮)の心の声が聞こえそうだ。額に汗する大魔導士(仮)はスクッと立ち上がると、アーリアの手首をおもむろに掴み、アーリアを半分引きずるように歩き出す。


「そう!真剣さが足りなかったのじゃ‼︎ 聖堂にて解呪を行おうぞ!神の御許でなら、儂に解けぬ呪いなどないわッ‼︎ 」

『え、えぇええ〜〜⁉︎ 』


 観光客を締め出した聖堂では、大魔導士(仮)による解呪大会は夜が更けるまで行われたが、結局、呪いは解けなかった。言うまでもなく、アーリアはゲッソリと精魂尽き果てた。




〈逃亡生活4日目〉


 遅くまで大魔導士(仮)による解呪を受けたがアーリアの呪いは全く解けず、そのまま夜も更けた為、大魔導士(仮)の好意で教会の寄宿舎へ泊めてもらえる事になった。

 有難い申し出を受けたアーリアは、精神的な疲れもあり、とっぷりと眠り。朝。礼拝などはパスしたアーリアは食堂で朝食を頂くと、部屋へ引っ込んだ。


(あの大魔導士おじいちゃんには、悪い事をしたなぁ……)


 大魔導士(仮)は魔力が切れる寸前まで解呪を行なってくれはしたが解呪は成らず、歳のせいもあって、大魔導士(仮)は力尽きて寝込んでしまったのだ。因みに、このような事例は初めてのようだ。

 その後、アーリアは他の魔導士たちに呪いの解呪についての方法を色々教えてもらう事ができた。


 《解呪について》

 ①術をかけた本人に解いてもらう。

 ②更に高位の魔導士に解いてもらう。

 ③自力で解く。

 ④術をかけた本人が死ぬのを待つ。

 ⑤術をかけた本人を殺す。

 ⑥ひょっとしたら自然に解けるかもしれない、と傍観して待つ。


 明らかにハードルが高いその項目に、アーリアは目眩がしそうだった。奇しくもその中にある一番可能性のある項目に、たった今、躓いてしまったからだ。


(バルドとかいう魔導士の追尾をかわしつつ解呪を行う、解呪しつつ追尾をかわす……)


 どうにも、自分には出来そうに思えない。


 アーリアは2つの行動を同時に出来ない不器用なタイプだった。『一つずつコツコツと』がこれまでのスタンスだったのだ。事ここに来て『人生のハードモード』が発動しても急に人は変われないし、動けもしない。


(因みに捕まるとどうなるの……?)


 アーリアは思案を続ける。

 

 ・捕まる→解呪→解放


 などという都合良い展開が待っているのだろうか。


 ・捕まる→身包み剥がされる→殺される

 ・捕まる→身包み剥がされる→売られる


 という展開の方が、可能性が高いように思えてならない。

 若い女が悪逆な不審者に捕まってしまったら、その後どうなるかなど、悪い想像しか浮かばないではないか。


(ぜったいロクな扱いを受けないに違いない!)


 顔を真っ青にさせたアーリアは頭をゆるゆる振る。ベッドに腰掛けると、ゆっくりと呼吸を整えて目を閉じた。

 自分の内面に意識を集中する。すると、アーリアは自身が何もない空間にポツンと立っていた。

 内面世界アストラルサイドだ。

 アーリアは内面世界アストラルサイドを見上げれば、そこには闇が轟く。通常の穏やかな空間が消え失せており、黒く靄がたち込めた暗雲とした空間の中に、鈍色に光る長蛇が畝る様子が見て取れた。


(これが、私にかけられた呪い……!)


 アーリアは禁呪ヘビに触れないように、じっくりと観察を続ける。


(人に解けないなら自分でやるしかない、よね?)


 覚悟を決めたアーリアはその日、一日中『あーでもない、こーでもない』と、術に対する対策や今後のことを考えていた。やはりと言おうか呪いは早々には解けず、漸く内面世界から出てきた時には日が暮れていた。




〈逃亡生活5日目〉


 教会でもう一晩宿を借りたアーリアはその日、アレクサンドラより大きな街に行く事に決めていた。

 教会の魔導士たちに首都オーセンに住まうという高名な魔導士の噂を聞いたのだ。四大賢者と呼ばれる魔導士の内の一人らしい。その大魔導士以外にも、首都には有名な魔導士が幾人も居を構えているそうだ。

 そのような有名人にこんな一般人が会ってもらえるかは分からなかったが、アーリアはダメ元で訪ねてみる事にした。


「はい。王都オーセン行きは9時発よ」


 アーリアは乗り合い馬車の乗り場で首都行きのチケットを購入した。

 因みにアーリアの今日の作戦は『眠っているので、声をかけないでくださいね』である。

 アーリアは一目散に乗り合い馬車の荷台へ乗ると、早速、俯いて顔が隠れるようにし、『眠ってますよ』のポーズを決めた。『我ながら賢い案だ!』とアーリアは自画自賛していた。


(眠ってる相手に話しかけないよね!ふつーは!)


 声が出ない。つまり話せない事を誤魔化す偽装カモフラージュだ。

 ここまでの道中は無難に来だと思っていたアーリアには大きな誤算があった。どういう事か、言葉の話さぬ自身の事が、乗り合い馬車の護衛たちの間で噂になっていたのだ。

 自身の容姿に無頓着なアーリアだが、彼女の容姿はそれなりに目立つ。天使の羽の如き純白の髪。白磁の如く透ける肌。虹色に輝く瞳。貴族令嬢かと見紛う整った容姿。言葉を話せない事情も相まって、乗り合い馬車に関わる者たちの中で、変に有名になっている事を、アーリア本人は気付いていなかった。『人の口に戸は立てられない』とは、昔の人はよく言ったものだ。


(王都までは馬車で4時間の長旅。途中、何回かの休憩を挟むみたいね?)


 ガタゴトと石畳を揺られながら、乗り合い馬車は一路王都を目指す。道路は一応整備はされてはいたが、砂利や石が絡むと車輪が一瞬跳ねて、その振動が身体を揺らすのだ。加えて、同じ姿勢で座っていると、だんだん腰やお尻が痛くなってくるので、アーリアは少しずつ姿勢を変えざるを得なかった。


 ーバサ、バサバサバサ……!ー


 森を入り少し経ったころで、それは起こった。馬車が急停車したのだ。護衛の男たちが武器を片手に次々と立ち上がる。


「な……なんですの?」

「何があったんだ?」


 乗客たちも騒ぎ出す。

 流石に眠ったポーズのままとはいかず、アーリアは身体を起こした。


「何者だ⁉︎」

「山賊か?」

「なにぃ⁉︎ 獣人だと……?」


 ざわざわと木々が揺れ、鳥が一斉に飛び立った。

 ゆらゆらと蠢く複数の影が3台の馬車を囲みこむ。山賊とは異なる襲撃者の姿に、訝しむ傭兵たちは各々の武器を構え始めた。


「この中に、白髪の女がいるだろう⁉︎ そいつをコチラに渡してもらおうか!」


 大きな男の声が後方から聞こえてくる。アーリアはその男の言葉に肩に、身体に力が入るのを感じた。


(獣人⁉︎ しかも狙いはわたし……!)


「そんなもん、ここには居ねぇよ!」

「痛い目を見たくなければ、大人しく去れ!」


 乗客たちは荷台の奥に固まり、その出入り口を傭兵たちが守るように立ちまわる。

 アーリアは小刻みに震える身体に叱責しつつ唇を噛み、腰のポーチに手を伸ばし、いくつかの魔宝具を右手に掴んだ。


「シラを切るつもりか?仕方ないな。ならば、勝手に探させてもらおうか!」


 その言葉を合図に、乗り合い馬車に獣人たちが襲いかかってきた。途端、悲鳴や怒号が飛び交う空間に変わった。

 アーリアの乗る馬車担当の護衛二人も、獣人たちと切り結んだ。隙をついた熊の顔をした二足歩行の人間ーー熊獣人が、馬車内へと踏み込んだ。


「キャァ!」


 悲鳴。息を飲む声。焦燥感が室内を包む。

 自分の声か。それとも他人の声か。

 熊獣人が人間たちへ近づく一歩手前、一番後方で身を潜めていたアーリアはスクッとその場に立ち上がると、予め魔力を込めていた魔宝具を思い切り獣人の足元目掛けて投げつけた。


 ーカッ!ー


 魔宝具は凄まじい光を放つ。光は馬車内を須く満たし、人間たちを更なる混乱へ陥れた。


(ごめんなさいっ!)


 アーリアは素早く馬車奥から先頭へ行き、仕切りカーテンを開け放つと、馭者の小父さんが驚く顔を横目に外へと飛び出した。



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