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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と狂気の王子(下)
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混乱と騒乱の合間に1


「なんて野蛮な!育ちが知れますわね⁉︎」


 バタンと乱暴に閉められる馬車の戸。耳元に届く怒声に引き摺られるように閉じていた意識の扉を開けたアーリアは、先ず自身の置かれた状況把握に努めた。


 ー何がどうなって……?ー


 突然の任命により巫女として神殿で働くようになってからおよそ半月。婚約者たる第二王子シュバルツェ殿下と軍務省長官を務める兄リヒャルトの頼みならばと、慣れない仕事に務めた。『自身の力が何かの役に立つのなら』と献身した。事実、自身の持つ力は、他者を救うに足るものであった。

 癒しの力。どんな傷も立ち所に癒す力。

 その力を使い、傷つき倒れた者たちを癒す。

 元より神殿とは傷つき迷う者たちに救いの手を伸ばす場所。そこへ所属する巫女ならば、この力を有効に使う事ができる。そう思い、アーリアは二人の指示を受け入れた。

 本当なら貧富の差なく、平等に、救いを求めた人々を癒したかった。実際、巫女として赴任して直ぐはそうしていた。先の地震によって傷ついた人々を癒していたのだ。しかし、救われた者たちが、信者たちがアーリアを『姫巫女』と仰ぐようになってから、徐々に行動範囲は狭まっていった。

 当然、困惑する思いは多々ある。それでも第二王子(婚約者)軍務省長官()の頼みならば、今更辞めるという選択肢はない。

 だからこそ、アーリアは黙々と眼前の傷つきし者を癒した。老人も子どもも、女も男も、貴族も平民も、善人も悪人も関係なく。他国民であろうとも……


 ーそうだ、あの青年(ひと)は……?ー


 今日も今日とてアーリアは何の迷いなく、目の前に差し出された傷つきし者を癒した。あの時に限って信頼する修道女リアナの姿が見えず、ほんの少しの不安と戸惑いを覚えつつも、いつも通り仕事に取り掛かった。

 旅の途中事故に巻き込まれたという異国の行商人、腹違いの兄弟という二人の青年。全身に血の滲む包帯を撒かれた青年。痛々しく横わる義兄を見つめる義弟の表情も痛々しく、アーリアは早く良くなるようにとの思いを込めて力を解放した。

 柔らかな光に包まれ、間も無く治療は完了する。

 本来ならばこれで患者との面談は終わり。怪我の治療を終えた患者は神官に付き添われて退室する習いであった。が、しかしこの時どういう訳か出迎えが現れず、アーリアは思いがけず患者との対話の時間を得た。

 大怪我を負った義兄に付き添って来た義弟。顔面半分を血の乾かぬ包帯に覆われた青年の、隠れぬもう片方の瞳。その琥珀を溶かしたかのような美しい瞳に見つめられたとき、アーリアの心臓は鷲掴みにされたかのような錯覚に陥った。

 訳も分からぬ動揺、困惑。青年の眼差しにどこか懐かさを感じる一方、一目散にその場から逃げ出したい衝動に駆られた。自然、交わす視線は挙動、言葉はしどろもどろ。つい、余計な話までしてしまったのはその所為だろう。


 ーあのひとに手を掴まれて……?ー


 暗転した意識。気を失わされ意識が戻ったのがたった今。そこまでの記憶がスコンと抜け落ちている。状況から推測して、あの青年に誘拐でもされたのだろうか。殺害が目的なら今の今まで生かされてはいまい。

 そう考えに至ったアーリアは、やっと重い瞼を開け放った。思考を遮る耳に聞き覚えのある声が、それも悲鳴に似た叫び声が飛び込んできたからだ。


「ーーねぇ、ねえったら!呑気に寝てる場合じゃないわよ。いい加減目を覚ましなさい!」

「っ……リ、リアナ⁉︎ あれ、ここは?」


 鮮やかな橙色(オレンジ)が飛び込んできた。

 咲き誇るマリーゴールドの花弁の様な鮮やかな髪色。肩を揺らす白い手指。キッとつり上がる気の強そうな瞳。姫巫女付き修道女の噛み付かんばかりの表情が間近にあった。


「いつまで夢の中におりますの⁉︎ 早く起きなさい!でないと後悔しますわよッ!」

「えっ、そ、どう、いみ……」


 余程神職者とは思えぬ気の強さを持つ修道女(シスター)だが、アーリアには彼女の強さに惹かれるものがあった。自分にはない強い意思とそれに伴う行動力を、いつも羨ましくも感じていた。


「ほら水よ。まずはこれを飲んで」

「あ、ありがとう」


 陶磁の水筒から注がれた水。手渡された陶器のカップを訝しみながらも、アーリアはカップ充たされた水を口に流し込む。冷たい水が体内を潤す。無意識にホッと息を吐けば、修道女リアナは「少しはシャキッとしたかしら?」と満足気に肩を下げた。


 ーカラ、カラカラカラ……ー


 程なく馬車は動き始めた。

 車輪が石畳を叩き、足下に振動を伝えてくる。


「いま、何が起こっているか、貴女には理解できていて?」

「あっ、その、よく分からなくて……」

「でしょうね」

「リアナには分かっているの?この状況が……」

「いいえ。でも……」


 ーー何かが起ころうとしているのだけは分かるわ。


 苦々しく呟かれた修道女の言葉。修道女の曇りゆく表情を見るアーリアの眉は自然下がる。その『何か』と自分たちとは無縁ではないからだ。


「シャキッとなさい!」

「リアナ……?」

「あのね。不安なのは分かるわ。けど、不安に飲み込まれちゃダメなの」


 リアナの眼光はいつになく鋭く、アーリアの瞳を射抜く。眼光に反し、肩に置かれた修道女の手には小さな震えを持っている。その微かな震えにアーリアは唇を噛んだ。不安なのは自分だけではないと知って。


「いいこと?これから何が起こっても、どんな事態になっても、動揺しちゃダメ。誰がの思う壺になっちゃダメなのよ。私たちはただのか弱い女で、この世界では大した力も影響力も持たないちっぽけな存在だけど、だからって誰かの思う通りになる必要なんてない。私という存在はこの世でただ一人、勿論貴女もね。私たちには私たちの人生を選ぶ権利があるの」


 掴まれた両手から伝わる熱。燃えるように熱く強い視線。まるで頬を打たれたような衝撃。それらにアーリアは驚き、そして何かを得た。言葉には出来ない何かを、確かに得た。


「女は度胸よ!顔を上げて胸を張りなさい」


 リアナからの激励がアーリアの心を震わせた。

 停滞していた血が通い出す。肌が産毛立つ。アーリアは唇をキュッと閉じると強く頷き、リアナの瞳を見据えた。


「ありがとう、リアナ」

「ふんっ、礼を言われるものではないわ」


 荒々しく鼻を鳴らす修道女。素直に感謝を伝えられる事に慣れていないのか、顔を明後日の方へ逸らす。


「うん。でも、ありがとう」

「なら、恩に着てもよろしくてよ」

「ふふふ。照れてるリアナ、可愛い」

「な、何を言い出すの⁉︎」


 揶揄われ狼狽する修道女。顔を紅くさせて慌てふためくその様を見て、アーリアは笑みを漏らした。


「さ、さて、今のうちに状況を整理しましょうか?」


 互いに過分に入った肩の力を抜けるのを待って、揺れる馬車の中で膝を突き合わせた。声音は極小。外の気配にも気を配りつつ、互いに情報を出し合った。


「因みに。貴女はこの状況について何も分からないーーいいえ、知らないのよね?」

「ええ、私はいつも通り怪我人を治療していただけで……」

「そうね。そしてその怪我人が貴女の気を失わせて、奥ノ院から連れ出した」

「あ、やっぱりそうなの?」


 真面目な顔して頷くアーリアにリアナは「他人事ではなくてよ」と呆れ顔だ。


「良く平静でいられるわね?誘拐される事なんて、そうそうない事なのよ?」

「それはそうなのだけど……現在いまの私は私の事すら分からなくて、何が真実ほんとうで何が嘘偽うそなのかも分からなくて、だから……」

 

 平静かと問われれば実際そうでもない。ただ、アーリアには理解が追いついていないだけだった。


 自分は一体何者なのか。

 自分の本当の居場所はどこなのか。

 自分は何をすべきなのか。

 自分は何をすべきでないのか。


 記憶喪失を言い訳に、他人に言われるがまま姫巫女という役を演じてきたが、アーリアには此処が自分の居場所だと思えた事は、ただの一度もなかった。それどころか、どうしようもない程の違和感が増すばかりで、何一つ不安な心を満たす物はなかったのだ。

 そこへ自分を知る者が現れた。

 一緒に帰ろうと手を差し伸べられた。

 けれど、アーリアにはその手を素直に取る事ができなかった。あの美しい、琥珀の目から逃れた。


 ー帰れない!ー


 心の奥底から放たれた声。目を閉じ、耳を塞ぎ、外界を遮断して閉じこもっている自分の声。あの時はその声に逆らう勇気がなかった。


「ーーそれは仕方のない事ではあるけれど。でも、それに甘えていてはダメよ」


 リアナの言葉は厳しい。

 アーリアの見たくない現実を突きつけてくる。

 けれど、アーリアにとってリアナの言葉は救いだった。


「前にリアナの言っていた事は、本当だった……?私の居場所は此処ではないのね?」

「ええ、そうよ。貴女の居場所は此処ではないわ」

「システィナの魔女って……?」

「ええ。システィナの魔女姫。それが貴女の正体よ」


 以前から聞かされていた与太話。修道女が語るホラ話。

 システィナの魔女姫。アリアという名の姫。システィナ王陛下の義理娘。エステル帝国皇太子の婚約者。

 本来、システィナ王城にいる筈の存在が、どういう訳か隣国の、それも戦争中の敵国ライザタニアの王宮にいる。しかも、ライザタニアの第二王子シュバルツェ殿下の婚約者として。

 何がどうしてそうなったのか、全く意味が分からない。

 だからこそ、アーリアはリアナの話を与太話と片付けた。

 けれど……


「迎えが来たのよ」

「迎え……?」

「そうとしか考えられないでしょう?」


 暫く前に庭園で会った少年。そして怪我を負って姫巫女の前に現れた青年。その二人の顔がアーリアの頭を過ぎる。


「でも、事はそう簡単なものではないわ。ライザタニアは貴女を素直に渡す気はないもの。だからこそのこの状況ね」


 修道女はそう言って溜息をひとつ溢す。


「私が、捕虜だから……?」

「第二王子殿下にとってはそうね。でも、殿下以外からすれば違うのかも知れないわ」


 リアナの言う事が本当ならば、自分の役割は捕虜だろう。対システィナの(カード)だ。

 冷静に考えれば理解できる状況であったが、素直に納得できるかは別で、アーリアはシュバルツェ殿下とゼネンスキー侯爵、そして侯爵家の二人の弟妹の顔を思い出すなりシュンとした。


「貴女には使い道がありますもの。現に、ルスティアナ侯爵には別の考えがあるようだし……」

「ルスティアナ大司教?」

「ええ。この馬車を動かしているのは彼よ。どうやら王宮に向かっているみたいだけど、その意図が分からないわ。第二王子殿下の指示って可能性もあるけれど、ルスティアナ侯爵は王宮を心底憎んでいる。命じられたからと言って素直に言うことを聞くかしら?」


 ライザタニアに来て日が浅いリアナであるが、ルスティアナ侯爵家の置かれた状況を知るに至っている。帝国から追放される時に潜伏に必要な情報を渡されていたのだ。それに独自に集めてい情報を加味すれば、この状況は素直に喜ぶべきものとは考え難かった。


「ルスティアナ侯爵の目的は神殿のトップに収まること。だけど、それならもう叶ったも同然だわ」


 アーレンバッハ枢機卿が王族への叛逆罪で処罰された事を知るアーリアも、リアナの意見に頷きを見せる。


「けれど、この状況は彼の望んだものでは決してないわね」

「どうして?」

「首輪を繋がれた状態じゃ好き勝手できないもの」


 これまで王宮と対等ともいえる存在感を放ってきた神殿。姫巫女を餌に信者数を増やし、無視できない存在として王宮に自我を通してきた。我儘を通してきたのだ。今更、飼い犬の様に尻尾を振れる訳はない。


「言い難いけど、これまでが異常だったのではないの?」

「そうね。けれど、人間、一度手にした権利を手放せるほど出来てはいない。理不尽だと思えば余計に抵抗したくなるものよ」


 えらく説得力がある言葉は、修道女の生い立ちが言わせたもの。帝国の公爵家令嬢として過ごした日々。何の不自由もなく、全てが思い通りで、『自分の意思が全て罷り通る』と信じて過ごした日々は、リアナの心を堕落させていった。次第に何をしても許されるとまで考えるようになり、終いには帝宮に弓引く叛逆者へと堕ちた。


「今はわたくしの事など関係がないわ」

「リアナ……?」

「まして、アリア姫(貴女)の所為では決してない」

「?」


 突然、溜息を吐いたリアナにアーリアはキョトンと首を傾げる。

 自身を追い落としたシスティナの魔女姫と、こうして追放先のライザタニアで行動を共にしている。リアナは「人生、何が起こるか分からないものね」ともう一度溜息を吐いた。


「貴女は、自分が生かされる理由をどう考える?」

「システィナに対抗するカードにする為ではないの?」

「表向きはね。私が聞きたいのは裏の理由よ。裏の。だって、貴女の生存には様々な要因が絡んでいるのよ。たまたま生き残っているのよ」

「たまたまって……」

「あらだって、貴女を殺したい人物なんて山ほどいるじゃない。ここは敵国なのよ。()()の都合で生かされてきたと考えるのが妥当ではなくて?」


 あっけらかんと言い放つ修道女に悪気はない。


「貴女が第二王子殿下の庇護から神殿に押しやられたのも、また()()にとって都合が良かったに過ぎないわ」

「誰かって……?」

「さぁ?」


 戯けた様に苦笑するリアナにアーリアは「ええー」と声を挙げた。その間抜けな顔に満足したのか、リアナはコロコロと楽しげに笑った。


「待っていれば答えが与えられるなんて思わないことね。さっきからの話だって、私の想像でしかないわ。それを貴女は全て鵜呑みにするの?できないでしょう?」


 突き合わされた膝、そして顔、瞳。あまりに真っ直ぐ見つめられ、アーリアは視線を気まずげに泳がした。

 

「アナタ、本当に嘘のつけない人ね?」

「う、その……ごめんなさい」

「いいのよ。当然だわ」


 置かれた状況を理解すればこそ、リアナにアーリアを責める気持ちはない。むしろ同情さえしていた。


「とりあえず、状況を整理すると……」


 システィナから誘拐されライザタニア王宮へ

 →何らかの理由で記憶を失くす

 →神殿の姫巫女に就任

 →システィナからの迎えが神殿へ侵入

 →連れ出された先でルスティアナ大司教に遭遇

 →神殿から王宮へ搬送中(今ココ)


「って感じで合ってる?」

「まぁ、そんな感じでしょうね」


 これまでの状況が分かったところで、これから起こる事に対応できる訳ではない。二人の王子、王宮、神殿、そこに他国の情勢、様々な思惑が絡みすぎている。

 過去がどうであれ、未来に於いては『誰』の思い描く筋書きが採用されるかなど、それこそ神のみぞ知るだ。


「さて、最後に『誰』が勝つのかしらね?」


 祖国に座す帝国皇太子へ望む未来を差し出したい。これもまた誰か(リアナ)の望む未来の一つでしかない。だが、その未来を現実の物にする為にも、システィナの魔女姫にはどうにか生き残って貰わなければならない。自分の生命を引き換えにしてでも。


「リアナ。無茶しちゃダメだよ?」

「は……?」

「私の為に無茶しないで、お願い」


 虹色の瞳がリアナをジッと見据えている。心が暴かれる。

 リアナはギクリと身を強ばらせた。


「わ、わたくしは国を追放された身だけど、今でも私の故郷はエステル!これは貴女の為じゃない。私がその故郷に返り咲く為なのよッ!」


 リアナは声を荒げた。元公爵令嬢としてのプライドが叫ばせる。追い落とされた相手に心配なんてされたくない!と。

 

「ありがとう、リアナ」


 リアナの言葉をどう捉えたのか、にっこり微笑むアーリア。リアナは腕を組みぷいっと顔を背ける。「ムカつく笑顔ね」と苦い顔だ。そして、終いには羞恥から負け惜しみのように吐き捨てた。


「この私を蹴落としたのは後にも先にも貴女(アナタ)だけなのよ!こんな所で死なれちゃ寝覚が悪いわ。せいぜい生き残って、私の役に立ちなさい!」


 ーーと。




ブックマーク登録、感想、評価など、感謝です!

すごく励みになります(*'▽'*)


『混乱と騒乱の合間に1』をお送りしました。

かつては帝国の皇太子妃の座を巡って争った二人(歪曲した事実)ですが、今は互いを良き理解者として支え合っています。特にリアナは、敬愛する皇太子殿下からの命を受けている為、何とかしてアーリアを生かす事に必死です。そんなリアナをアーリアはいつも無茶しないでほしいと思っています。


※そんな元公爵令嬢リアナですが、ライザタニアの食文化には受け入れ難いものがある様です。


「あんなモノを食べるだなんて、ほんっと、信じられないわ!」

「リアナ、あんなものって……?」

「ほら、あれよ。黒くて、長くて、ヌメヌメしていて……ああ!思い出しただけでも怖気がはしる!」

「黒くて長い、ヌメヌメ……って、あ、ウナギの事かな?」

「そうよ!滋養に良いとかなんと言うけれど、あんなモノ食べるくらいなら死んだ方がマシよ!」

「そうかな?美味しいと思うけど……」

「昨日なんて、スープに入っていたのよ!信じられる⁉︎」

「あー、うん。(そうなんだ、気づかなかった……)」

「ああ、帝国の料理が恋しいわ……」

「リアナが恋しいのは皇太子殿下でしょ?」

「⁉︎」


 この後、アーリアは怒ったリアナにさんざん噛みつかれたました。(以上、夏の土用の丑の日、ウナギネタでしたヽ(´▽`)/)


次話、『混乱と騒乱の合間に2』も是非ご覧ください!

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