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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と狂気の王子(下)
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正当な八つ当たり

 大司教が姫巫女を連れ去った後、神殿の奥まった所にある庭園では、剣戟の音が響いていた。

 向かい合って剣を交わすのは、白い神官服を纏う茶髪の青年神官と、革鎧を纏った赤髪の青年兵士。神官と兵士。どちらが有利かと言えば、それは考えずとも荒事に慣れた兵士だろう。しかし、この時は何故か、およそ戦いには不慣れな神官の方が兵士を押していた。


 ーガキンッ!ー


「チッ、外れた」

「ちょ、待っ、いきなり何すっ……⁉︎」


 徐に抜かれた剣を振り翳し、そのまま斬りつけた神官ーーリュゼ。そのリュゼの攻撃を難なく受け止めた兵士ーーセイは、驚愕を顔に滲ませた。それ程にリュゼの攻撃には容赦がなく、一切の迷いもない。ただただ相手を傷つける為だけに振り上げた剣には、明確な殺意が宿っていた。

 その事に気づいたセイは、ゾッと背筋を凍らせた。

 恨まれてはいるだろうとは思っていたが、ここまで明確な殺意を向けられるとは予想していなかったのだ。


「ヤバ、これ、急所狙って……⁉︎」

「くそっ、避けるんじゃないよ!」

「避けるに決まってんじゃん⁉︎」


 亜人であるセイが潜伏中のシスティナでは隠していた身体能力の高さ。それを持って応戦するのは可能だ。しかしそれでは目的は達せられない。ここでリュゼを仕留める事は容易いが、それは甚だ本意ではないのだ。


「ちょ、リュゼさん、待って待って!」

「何を待てって?」

「とりあえず剣を収めてよ!こんな事してる場合じゃないでしょっ⁉︎」

「ハハッ!そりゃ無理な相談だねッ」


 防御の間を縫って放たれる剣戟。ヒュッと耳を掠める風に身を捻れば、頬を短剣が横切っていた。セイは思わず「危っね⁉︎」と毒づく。


「ーーちょ、先輩もリュゼさんを止めて下さいよ!」

「ムリだ。というか、止める必要性を感じない」

「なッ⁉︎ この裏切り者ぉ!」

「ん?誰が裏切った?俺じゃないだろう?」

「くっ……!」


 確かに裏切り者は自分の方だ。他国の騎士団へ潜伏し、騙し、彼らが後生大事に守ってきた主を攫って来たのは自分たちなのだから。

 これまで味方と信じてきた仲間の裏切りに、騎士たちは激怒している。そう予測はできていても、ここまでマザマザと見せつけられるとなれば、セイの心中も複雑だ。

 裏切り者の自覚は当然ある。任務として行った以上、割り切ってもいた。『仕方のない事だ』と。けれど、それに納得出来てきたかと言えばそうでもなく、どうしてもグズグズした思いが心を騒つかせるのだ。


「え〜なになに?セイってば後悔でもしてんの?」

「うっ、煩っいですよ!こっちにも事情ってもんがあってですね……!」

「へぇ、どんな事情なんだろーね?けど……」


 攻撃を受け止めるセイの腕に力が篭っていない事を見透かしたリュゼは、それらの言動からセイの心中を読んだ。そして、仕事と割り切れず、ぐずぐず言い訳を並べる中途半端な態度に、苛立ちを覚えた。その結果ーー


「てめぇの事情なんざ、関係ないんだよ!」

「ぃーー!」


 リュゼは怒りに任せて攻撃を叩きつけた。

 戦闘技能スキルを使い脚力を上げ、速度を上げたリュゼの剣戟がセイを襲う。セイはそれを真正面から受け止めると、思わず息を止めた。それほどまでにリュゼの纏う殺意は本物だった。


「騎士団を裏切って、それを後悔してるかどうかなんて、心底どーでもいいんだよ!」

「なら、なんで、そこまで……⁉︎」

「セイ、お前、アーリアに傷を負わせたろ?」

「そっ……それは!だって……ッ⁉︎」


 戦闘中に負った傷ならば、それは不可抗力だ。そう言おうとしたセイは、リュゼが目を細めるのを見て口を噤んだ。


「……ライザタニアの間者がシスティナに紛れていた。それも塔と塔の魔女を守る騎士団に。それと気づかずに襲撃を受けたのは、紛れもなく騎士たちの怠慢だ。俺たちはそれに対してお前たちに恨み言を言うつもりなどない。全ては自分たちの怠慢が引き起こした事なのだから……」


 説明が面倒になったリュゼに代わり、両腕を組み、傍観を決め込んでいたもう一人の青年神官ーーナイルが口を開いた。ナイルは深々と溜息を吐くと、ハラハラとした様子で成り行きを見守っていたリンクたち親子に目線を送り、案ずるなとばかりに手を振る。


「俺とお前、システィナの騎士とライザタニアの騎士、どちらも国や主を守らんとする想いは同じだろう。お前が自国の為にした事に文句などない。けどな……」


 そこで言葉を切ったナイルは伏せていた視線を上げ、真っ直ぐセイを見定めた。


「騎士が大切な主を傷つけられて、黙っていられる訳ないだろう?」


 頼れる先輩であり、目標とすべき先輩であったナイルからの視線。自分を見る目には静かな怒りが立ち込め、殺意にも似た感情を真っ向からぶつけられる。常に冷静沈着で、物事に動じぬ男だと思っていただけに、ナイルがここまで自分の怒りを正直に曝け出すのは、セイにとって盛大な誤算であった。


「……セイお前さ、あの時、楽しんでたろ?」

「それは!アンタらがしつこいから……!」

「言い訳なんていらないよ。お前は必要以上に騎士たちを翻弄し弄んだ。アーリアの心を折る為だけに……」


 リュゼの追求にセイの顔色は悪い。2対1。元より分が悪い上、セイには負い目があった。騎士たちを弄んだのは本当だが、アーリアを傷つけたのは本意ではなかったからだ。

 しかし、顔色の優れないセイにかける優しさは、リュゼにはない。役目の為の行動、セイからの主張を否とは言わないが、それだけでは説明できない行動が、あの時にはあった。


「どれだけアーリアの心が傷ついたか、お前に分かるか?」

 

 アルカードが襲撃を受けたあの日あの時、アーリアが下した判断は、決して間違ったものではない。騎士たちをーー延いてはアルカード領民を守る為に自身が囮になり、騒動を引き離した事は、正しい判断だとも言えるだろう。

 だが、『正しい判断』と『正しい選択』は別だ。

 アルカード市内の混乱を最小限に留めようと、自身が捕虜となるを受け入れたアーリア。結果、襲撃者たちは目的達成と共にアルカードより撤退し、火事の鎮火と共に騒動は収まりを見せた。けれど、日常を取り戻したアルカードには、争乱前までの明るさは戻らなかった。

 主を守り切れなかった騎士たちは後悔と絶望に囚われ。

 領民たちは東の空を見上げながら呆然と佇む。

 まるで3年前の再来かのような空虚な日々は、いつまでも晴れない空の如く、人々の心に陽は射さない。


「アーリアに、あんなこと言わせやがって!」


 別れ際、永遠の暇乞いの言葉を口にしたアーリア。穏やかな微笑みを湛えた「さよなら」。相対したリュゼに対して、そして、システィナに住まう大切な者たちへ向けた言葉は、未だリュゼの脳裏にこびり付いて離れない。

 きっと、あの時の判断を後悔しているに違いない。そう断言できてしまえるリュゼは、どうしたってアーリアの心を慮る。身体カラダの傷以上に、精神ココロに深い傷を負ったであろうと。


「自分から捕虜になって、囚われの身となったからには、意地でも戻って来ない。彼女はさ、めちゃくちゃ頑固なんだ、見た目によらずさッ!」


 リュゼは力任せに長剣を振り下ろす。当然、セイは受け止める。力勝負でリュゼがセイに勝つ見込みはない。が、セイの身体が僅かに下がる。


「んな事言ったって、彼女の性格は俺には関係ないし……」

「ああ、関係ないよ!」

「なら何で俺こんなに責められるワケ⁉︎」

「そんなの、八つ当たりに決まってんだろッ!」

「八つ当たりィ⁉︎」


 リュゼから飛び出した発言に青筋を浮かべるセイ。


「オレ、八つ当たりで責められてるワケ⁉︎」


 ガン!鈍い音を立てて刃と刃がぶつかり、小さな火花をあげる。責められて仕方ない事をした、と殊勝にも反省しかけたセイも、八つ当たりされているとなれば話は違う。元より短絡的な思考を持つセイは、反論の余地アリとでも言わんばかりに文句を口にし始めた。


「そりゃあんまりじゃないのォ⁉︎」

「どこがあんまりなんだよ、正当な理由だろ?」

「どの口が……⁉︎」


 反論と呼ぶには稚拙な叫び。真正面から怒りを受けるものの、余りに平然と返すリュゼの態度に、セイは苦虫を噛み潰したように鼻を歪ませた。「それがどうした」とでも言わんリュゼ。セイは縋る様に、今度は頼れる先輩へと視線を向ければ、ナイルもリュゼとまるで同じ表情をしているではないか。


「センパイからも何とか言ってくださいよ!」

「はぁ……セイ、お前が理解できていないようだから教えてやるが、これは塔の騎士団に属する騎士たちの総意だ」

「は……?……。……ハァッ⁉︎」


 暫くの放心の後、素っ頓狂な叫び。ナイルの言葉を理解するのにかかった時間はゆうに三秒。『騎士たちの総意』と言うのを鵜呑みにするならば、リュゼによる八つ当たりは個人的感情のみではない事になる。何ならば、歴とした任務の一環とも捉える事ができるのだ。


「だから『八つ当たりだ』って言ったろ?」

「えっ、え、なに、八つ当たりって、でも……」

「やだなぁ〜!誰も僕一人の八つ当たりだなんて言ってないじゃん。騎士も一人の人間だよ?恨みぐらい持つって」

「っーー」


 凶器を片手に満面の笑みを浮かべるリュゼに、思いっきり顔を引き攣らせるセイ。いつもなら止めに入る常識人にさえ見放されたのだ。騎士たちの総意を受けたリュゼの八つ当たりに逃れる術は、セイにない。


「我々騎士は、騎士として恥じぬ態度を求められる」

「でしょ!なら、八つ当たりなんてもんを推奨するなんてコト……」

「だがな、何事も例外というものはあるものだ」

「ええーー!」


 常に平常心を求められる騎士だが、どうにも出来ない感情というものは生まれる時はある。プライドを傷つけられた時だ。守るベき主を守れず、敵に連れ攫われた騎士のプライドは粉々に砕け、そして、復讐に燃えて動き出した。自分たちの失態を挽回すべく動き出したのだ。


「と言うワケだ。セイ」

「どーゆーワケさッ!」

「甘んじて八つ当たりを受けろってコト!」

「ぎゃーーッ!」


 笑顔を貼り付けたリュゼの攻撃にセイはおよび腰で応戦する。それを平然と見守るナイル。敵地のど真ん中で繰り広げられる茶番劇に、先程まで人質となっていた移民親子はハラハラとした面持ちで成り行きに身を任せる。そんな無駄に思える時間だけが無為に流れていくかと思われたが、茶番劇はセイの一言で呆気なく終わりを迎える事となる。


「もぉぉ!アンタらこんな事してる時間ないでしょーが!」


 キレたセイが声を張り上げ、剣の柄に力を乗せた。風を斬る刃の奇跡。神速で放たれた刃をリュゼは大きく地を蹴る事で避け、両者の間には凡そ5メートルの間合いが生まれた。


「ワザワザこんな所まで来た理由は何です⁉︎ 彼女を迎えに来たんでしょ? なら、こんな所で油売ってる場合じゃないですよね⁉︎」


 鼻息荒く叫ぶセイの額には青筋。リュゼとナイルが目的の為に敵地にあるように、セイにも目的があり、この場にあった。セイ個人の感情はどうであれ、セイには課せられた任務があり、当然その遂行は個人の感情より優先される。しかもそれは、ただ敵国の工作員を排除するという単純なものではなかった。


「だね。さ、セイ、案内してよ」

「へ……?」

「油売ってる場合じゃないデショ?」

「は……?」


 腰を沈めた体勢でセイの間合いの外にいたリュゼは、音もなくその場にスクリと立ち上がる。手にした刃はいつの間にか腰へ収められ、その顔には先程まで浮かべていた殺意はない。


「元はと言えば、彼女も悪いんだ。自分だけが犠牲になればなんて、自分勝手な判断でしかないんだから……」


 リュゼはハァと溜め息一つ。首の右側を右手で摩る。《契約》の印が疼く様な気がした。契約主が近くにいるからなのかも知れない。


「リュゼさん……?」


 その変わり身の速さに、セイは放心。頭上に疑問符を浮かべたまま立ち尽くしている。


「何を呆けている。時間は有限だと教えただろう?」

「あの……センパイ……?」

「あーもー!ぐだぐだしてないで、早く案内してくれよ!兄ちゃんだけが頼りなんだからなッ!」

「……キミ、ホントにいい度胸してるよね?」


 柱の影にいたナイルは壁際に張り付いていた移民親子を連れて、セイに案内を促す。その態度、変わり身の速さに、最早セイの口は塞がらない。


「なんだよ、もうっ……!」


 クシャッと前髪を掻き上げ、やるせない感情をどうにか落ち着けるセイに、頼れる先輩ナイルは一言。


「それだけ俺たちも苦悩は深いんだ。元凶の一人として、甘んじて受けるんだな」


 システィナの騎士を弄んだ元凶の一人セイは、ナイルの言葉にそっぽを向き、「へいへい」と悪態を吐きつつも、何故か八つ当たりされた事態を前向きに受け入れる気持ちになっていた。何故ならーー


「どうしたんだ?セイ」

「いいえ。何でもありません、センパイ」


 にへりと間の抜けた笑みを浮かべるセイ。「頭でも打ったか?」と首を傾げるナイル。以前の様に「センパイ」と呼んでも否定されず、忌避されない。何ら変わらない態度。それらにどこかむず痒さを覚えながらも、セイは口元に笑みを浮かべた。




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『正当な八つ当たり』をお送りしました。

リュゼとナイルに責められるセイ。しかもそれは『東の塔の騎士団』経由の『正当な八つ当たり』でした。

因みに、これだけ敵地で暴れても人が来ないのは、セイが人払いをしていたから。それを状況から判断したからこそ、リュゼは八つ当たりを結構しました。


「あーもー、兄ちゃんたち何してんの⁉︎」

「……八つ当たりじゃないか?」

「マジで?そんな事してる時間ないよね⁉︎」

「……まぁ、そうカリカリするな、リンク」

「なんでそんなに悠長に構えてられるの?父ちゃん!」

「焦った所で俺たちにできる事はないだろう?」

「そーだけどさぁー」


以上、正当な八つ当たり中の親子の会話でした。

次話も是非ご覧ください!



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