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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と狂気の王子(下)
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混乱と騒乱の脱出劇2

 ※(リュゼ視点)


 手の中にある彼女、その身体を抱き上げた時、あまりの軽さにギクリとした。離れていた三月の間、彼女が健やかな毎日を過ごしていたなんて、考えちゃいない。彼女は捕虜だったんだから。


「くっそ軽いなぁ……」


 捕虜として最低限の衣食住はあったとは思う。けど、ろくな扱いを受けていなかったに違いない。精神的疲労ストレスも相当掛かっていただろう。でなければ、こんなに痩せ細る筈がないじゃないか。

 元々華奢で年頃の女の子より細くて軽かったけど、ここまで痩せ細ってはいなかった。この袖から覗く手首なんか、小枝みたいに細い。ちょっと力を込めたら折れちゃうんじゃないかって思うほど。

 でも、本音を言えば、良く生きていてくれたと思う。

 彼女の状況を考えたら、自ら命を絶つ事で事態の解決を図ろうと考えたとしても、不思議じゃなかったからね。彼女は本当に自分勝手な女なんだ。いつも自分一人で完結させようとする。

 だからこそ、生きて会えたこと、それだけで今は満足しなきゃならない。死体とご対面なんてコトにならなくて、本当に良かったってさ。この際、記憶喪失でも何でもいい。生きていてくれただけで、それでーー……


「ここに来るまでは、そう思ってたんだけどなぁ。やっぱり僕も自分勝手な男なのかもね……」


 どういう訳か記憶を失くしてしまった彼女を追い詰めるような真似をしてしまった僕自身に、ホトホト嫌気がさす。心が小さいったらありゃしない。溜息を吐いて頭を振っていると、ボソリと呟いただけの言葉にナイルが反応して目線だけ寄越してきた。「何か言ったか?」と問われ「イイエ」と目線で返す。僅かに思案顔になった後、僕の奇行をやり過ごす事にしたナイルは、言葉ではなく念話を放ってきた。


『ところでリュゼ、彼女は何者だ?知り合いなのだろう?』


 ナイルの言う『彼女』とは自主的に僕たちの先導を担った修道女シスターの事を指すのだろう。

 修道女シスターリアナの背をチラリと一目する。スッと伸びた姿勢が美しい。貴族然とした佇まいから高貴さが滲む。すれ違う誰も彼もが、彼女をタダの修道女だとは思わないだろうね。


『ああ、リアナ嬢のこと?ナイルは知らないんだっけ。彼女は帝国の元公爵令嬢ダヨ』

『帝国の、公爵令嬢?』

『元ね。んで、リアナ嬢は皇太子殿下からの寵愛を狙っていて、システィナから来たアリア姫を追い落とそうとした過去があるんだけど……』

『はぁ?皇太子殿下の……?』


 当たり前だけど、ナイルは明らかに訝しんでいる。だからって敵地(こんな場所)で長々と説明なんてできないし、ナイルの探るような言葉を適当にいなす事にした。


『その辺り色々フクザツだから、また今度ね』

『うむ……では、その元公爵令嬢がなぜ神殿ここに?』

『さぁ?理由ワケは知らない。多分、国外追放でもされたんじゃないかなぁ?』

『穏やかな話ではないな』

『まーね。でもいくら女同士の争いとはいえ、帝室の尾を思いっきり踏んじゃってたからさ、リアナ嬢は』


 リアナ嬢が由緒ある公爵家の令嬢とはいえ、彼女の起こした争いはキャットファイトの域を超えていたんだ。悪口を綴った手紙や罵り合い程度なら帝室は目を瞑っただろう。だけど、それが帝室の威信を傷つける類いのモノだったなら、とてもじゃないけど女同士のケンカだと笑って済まされるワケがない。

 部外者である僕たちには、リアナ嬢たちが起こした騒動の結末は知らされちゃいない。だけど想像だけならつく。きっと生粋貴族のナイルにも。だからナイルは一瞬の沈黙の後、こう切り出した。


『それで彼女は……リアナ嬢は信用できる人物なのか?』


 ま、そうだよね。リアナ嬢のこれ迄の人生イキサツよりも、彼女が僕らにとって有益かどうかの方が重要だ。


『さぁ、どうだろうねぇ?』

『は⁉︎」


 表情に出さないまま、憤るナイル。責めるような目線が背中に突き刺さる。ちょ、殺気立たないでよ。


『だって、僕はリアナ嬢が小説ノベルの悪役令嬢よろしく振る舞っていた時しか知らないからさ』

『ならば……!』

『まぁでも彼女、腐っても帝国民だからさ。多分大丈夫だと思うよ?』


 僕なりに納得できる弁明をしたつもりなんだけど、大帝国エステルをシスティナ方面からしか見た事がなければ、なかなか理解し難いのかもね。案の定ナイルは『それはどういう意味だ?』と詰め寄ってきた。


『帝国民ってさ、帝室第一主義の集まりなんだよねぇ〜。先輩も知ってるでしょ?帝国が精霊を信仰してること』

『あ、ああ』

『きっと、ナイルが考えてるよりもずぅっっと根深いからね、彼らの信仰心。対してシスティナには殆ど宗教的思想がナイじゃん。だから信仰心って言われてもピンとこないでしょ?僕もそうだし』


 ココが一番重要。きっと、システィナとエステルの戦争が長期に渡って膠着状態になったのって、戦争を起こす定義に『宗教』や『信仰心』が混ざっていたからだと思う。システィナがエステルの最も重要視する『精霊への信仰心』を理解しなかったーーいや、出来なかったからに違いない。

 国同士が歩み寄ろうとするなら、少なくとも『互いの国で一番何が重要視されているか』を理解しなきゃならない。なのにシスティナにはエステルの信仰心を充分理解できず、エステルもまたシスティナの魔宝具に対する想いを毛程も理解できなかった。


『……それとこの件がどう関係するんだ?』


 ほらね。真面目なナイルですらこうなんだから。

 僕は内心首を竦めると、説明を続ける。


『リアナ嬢はね、帝国のーーそれも公爵家の令嬢だった。勿論、精霊に対しての信仰心は折り紙付きだよ。帝室への敬愛心もね。それに彼女は皇太子殿下の正妃の座を狙ってた。要するに、皇太子殿下にベタ惚れで……まぁ所謂【片思い】だったってワケ』


 ここまでは良い?と尋ねれば即座に続きを促された。


『だから、リアナ嬢は皇太子殿下の頼みなら何だってするってコト』

『そんな単純な……』

『単純だよ。敬愛する皇太子殿下の為だもの。死ねと言われたら死ぬし、殺せと言われたら親でも刺すさ。だからこそ、彼女はここでも死ぬ気で働くに違いないよ』


 これは確信できる。だって、僕は帝国でーーそれも、皇太子殿下のすぐ近くで、皇太子殿下に仕える者たちを見てきたんだから。


『それにさぁ、この時期に彼女が神殿にいるのは意図したものだと思うよ。きっと皇太子殿下が画策したんだ』

『ユークリウス殿下が?まさか……』


 ナイルは驚いているけど、これも確信に近い。理由は色々あるけど、その一つに『皇太子殿下はシスティナの姫にベタ惚れだから』がある。本当なら認めたくないケドね、こんな事は。


『不信感を持つのは分かる。けど、彼女の手助けは願ってもないものだと思わない?』

『そう、だが……』

『じゃあナイルはさ、彼女の言動を見て判断してくれたら良いよ。僕が煽ってみるからさ!』


 そして始めた茶番劇。結果は推して知るべし。リアナ嬢は僕の期待を裏切らなかった。いや、それ以上だったんだ。



※※※



「そのような目で見ないでくださらない?裏切ったりしないわよ」


 ふっと息を吐くと、リアナ嬢は僕の視線から逃れるように目線を外した。俺のあからさまな口撃に耐えかねたとも云えるね。


「大丈夫よ。アナタたちの姫を必ずシスティナへ返すわ」


 ーーそれがあのお方の『願い』ですもの。


 口内で留め置かれた言葉こそ、彼女の行動理念。    

 帝国から追放されたリアナ嬢だけど、彼女の心は常に帝国に置いてあるに違いない。例えライザタニアに国籍を移そうとも、帝国民としての誇りを捨てる気なんてないんだ。そして帝国民であるならば帝国の為、延いては帝室の為に生命を賭す事は、当然のこと。

 僕は内心ほくそ笑むと、表情は変えずに問い質した。


「キミの行動は、キミの身に危険を呼び込むものだよ?」

「それがどうしたの?私の身の心配なんて、する必要があると思う?」


 この答えには、流石に背後で成り行きを見守っていたナイルも、決して小さくない驚きを抱いたみたいだ。


「ないでしょう?私の身の心配なんて」

「帝国に追求が行くかもよ?」

「そうね。でも、これはわたくしが勝手にしていること。帝国には何の関係もないわ」


 ツンと顔を逸らしたリアナ嬢は、公爵令嬢であった時と何ら変わらない。いや、それどころか、まっすぐ芯の通った立ち姿は、あの頃よりもずっと彼女を大人に見せた。


「それに私は帝国を追放された罪人よ。帝国は私の身に何があろうとも、関知なさらないわ」


 キッパリと言い放つリアナ嬢に、リアナ嬢の行動理念を追求した僕たちの方がたじろぐ事態になった。


「……キミはそれで良いの?最悪、殺されるかも知れないんだよ?」

「かもね?」

「かもねって……」

「あぁ、もう良いかしら?そうやって脅しても、何にもならないわよ」

「脅してたワケじゃ、ないんだけどねぇ……」


 確信を得て問い質したハズなんだけど、ここまでドキッパリと良い放たれると、なんだか聞いた僕らの方が大人気なく見えてくる。思わず威圧を解いて苦笑すれば、背後のナイルもリアナ嬢の言葉に思うところがあったのか、先ほどまで放っていた警戒心をほんの少し緩めた。


「ま。それほど、キミの殿下への愛が深いってコトだね!」


 リアナ嬢の言葉を『帝国皇太子のご意志こそ最上』と要約して良い放てば、パッとリアナ嬢の顔が赤らいだ。おやぁ、これは良いカモ見つけたかも。煽ってみたら面白いんじゃないの?これ。


「キミってほとほと殿下のコトが大好きだよねぇ!」

「なーー! アナタ、何を仰ってるの⁉︎」

「アハハ!素直じゃないんだからっ……!」


 僕は帝国民の帝室愛がどれほど深いものかを知っている。しかもその愛は、他国民が考えているよりもずっと奥深い。いや、根深いって方が合ってるかな。マジで『底無し沼』だと思うし、実際『とても理解できない』とも思う。なのに、好きなモノを好きだと素直に言えないのも、また帝国民の性質サガなんだよねぇ。


「っ〜〜〜〜⁉︎ さぁ、行きますわよッ!」


 これ以上の追及は無用とばかりに、リアナ嬢は赤い顔を隠すように前を向いてしまった。ツマンナイとは思ったけどもう目的は達成したから、僕もこれ以上の無駄話は止めた。



 ※※※※※※※※※※



 ーーその頃、厨房の裏手、神殿の裏口に当たる場所では。


「両手を上げ、投降しろ」

「ひぃ⁉︎」


 仲間たちの退路確認と退避準備とを行っていたリンクたち親子は、神殿の内部へ通ずる一番簡単なルートに位置を置いていた。と言っても特段難しい事ではなく、仲間の位置をモニターしながら、神官たちが使う食堂の下働きとして仕事をするだけのこと。

 何食わぬ顔をして他の職員に混じり、皿洗いや野菜の下準備、ゴミ掃除に勤しんでいた二人であったが、すっかり他の職員に馴染んで賄いを食べていた所、突然声がかけられた。


「あの、何かの間違いではありませんか?」

「煩い。貴様ら、間者であろう」


 剣の柄に手をかけた兵士に詰め寄られた二人は、両手を上げたままジリジリと壁際へ下がった。あれほど上手くライザタニア人に紛れていたというのに、兵士たちは迷わず二人を名指しした。その事に驚かぬ筈はなかった。


 ー何でバレちまったんだ?ー


 リンクの焦りは最もでもあったが、リンクの父バイゼンはそれを噯気おくびにも出さず知らぬ存ぜぬを貫いた。しかし、そのバイゼンの態度を兵士は一刀した。


「や、やめろよっ!俺らは何もしちゃいねぇ!」

「黙れ、この非国民め」


 壁際に追い込まれたリンクは頬を壁につけながら喚く。容赦のない罵倒がリンクは更に気持ちを焦らせた。逃げるべきか、戦うべきか、それとも……。兵士はたったの二人。今ならばまだ逃げられるのではないか。押さえつけられている父へと目線を向ければ、抵抗するなとばかりに首を振られた。悔しさに唇を噛む。ーーとその時、緊迫した場に削ぐわぬユルイ声が降ってきた。


「そーそー、ムダな抵抗はやめなよね?」


 リンクの眉がハの字に歪む。


「君らが無茶して何になるよ?」


 ブラリとした足取りで現れたその人物に、リンクたちは愚か兵士たちもまた驚きを覚えたようであっが、だからと咎める様子もない。


「まさかとは思うけど、こんな場所で戦闘バトルやらかす気?彼ら、こんなんでもライザタニアの兵士だ、戦闘のプロだよ。小さな怪我じゃ済まなくなる。そんな事になれば、あのお人好しの彼女の事だ。きっと、悲しむんじゃないかなぁ?ーーね?少年」


 まるで珍しい毛色の猫を眺めにように、壁に押さえつけられたリンクの顔を覗き込んだその人物に、リンクは眉をハの字にしたまま閉じていた口をポカリと開けた。その人物の顔を何処かで見た覚えがあったのだ。


「え、あ、あんた……⁉︎」

「さ、連行して」

「「は」」


 リンクの驚きを無視し後ろ手に両腕を拘束され、今度こそ問答無用で兵士二人に拘束され引き摺られていく。そんな最中「なんで?」と大きな疑問符を浮かべながら、文句もそこそこに連行されて行くリンクたちに、その人物はニヤニヤした笑みを浮かべたままヒラヒラ手を振り見送った。



ブックマーク登録、感想、評価など、ありがとうございます!大変励みになります(*'▽'*)


『混乱と争乱の脱出劇2』をお送りました。

突然手を貸すと言われても、その人物の事を知らなければ、疑うのは当然で、ナイルがリアナに不信感を持つのもまた当然ではないでしょうか。だからこそ、リュゼから憶測込みの動機を聞いても、俄に信じられない気持ちでいます。

それでもリアナを信じる気になったのは、相棒であるリュゼがリアナを信じているからです。


次話『混乱と争乱の脱出劇3』も是非ご覧ください!



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