(続)悪役令嬢、奮闘す2
「ーーシスター、どちらへ参られます?」
一人の修道女が奥之院から二名の神官を伴って出てきたのを見留めた衛兵は、仕事の一環として言葉をかけた。すると何故か声をかけられた修道女ではなく、声をかけた衛兵の方がハッと驚いた。
目の覚めるような橙色の髪。白磁の肌。彫りの深い目鼻。整った容姿。金盞花の様な鮮やかな髪を持つ修道女から向けられる眼光に、衛兵の職につく大の男が射すくめられていた。
「どちらって?お客様をお迎えにいくのよ」
「そ……そうでありましたか……」
修道女の眼力に押されて口籠る衛兵。持ち場交代直後であった為、衛兵は奥ノ宮への客人についての詳細を持ち合わせていなかったのだ。間が悪い事に、衛兵の相棒は所用で席を外している。相談しようにもこの場には誰もいない。どうしたものかと視線を泳がせる衛兵の姿を怪訝ぶった修道女は眉を顰め、あからさまに不機嫌な表情を浮かべた。
「まだ、何か聞きたいことでも?」
「いえ……」
「そう。じゃあ、行ってもいいわよね?」
「あ、はい……」
その煮え切らぬ様に僅かに首を傾げた修道女は、神官に合図を送ると衛兵に背を向ける。
「あ、あのっ……!」
美しい女だ。地位も名もないいち衛兵の事など興味がないに違いない。そんな修道女の背中に慌てて衛兵は言葉をかける。修道女は再び振り返りはしたが、その表情は不機嫌そのもの。だが、衛兵はその迫力ある美女の怒り顔に負けじと話しかけた。
「君って最近、神殿に来た修道女だよね?」
「……それが何か?」
修道女からの視線は冷たい。仕事の邪魔だと言わんばかりの目だが、衛兵はこの出会いを逃す気がなかった。
「もし良かったら君の名を教えて貰えるかな?ーーあ、俺はダンベッド。ダンベッド・ヒル・テンネル。テンネル伯爵家って言えばわかるかな?実家は地方にあるけど、武器の輸出業も担っていて、資産はなかなかのものがあるんだよ?それで……」
仕事に関わる内容か、それともーーと耳を傾けていた修道女は、自身の出自や実家自慢を続ける衛兵に、溜めていた息を吐いた。それも深く。
「なぁに?もしかしてこれってナンパなの?」
「えっ!あ〜……そう、とも、言うかなぁ……アハハハハ……」
職務中に見かけた修道女を口説く行為ーーそれをナンパと言わずして何と言うのか。自身の行動を思い返した衛兵は、焦りと恥ずかしさにハハハと笑う事で誤魔化した。
彼は伯爵家の三男だが、衛兵ーーそれも、神殿の衛兵に選ばれるだけの実力を持っていた。この神殿は場の特殊性もあって、王宮に次ぐ規模の守護がなされている。その為、神殿の衛兵に選ばれる者は、王宮を守る近衛騎士と同様金を積んでなれる職ではない。名ばかりの職ではないのだ。神殿に仕える神官は金を積んだ貴族子弟ばかりだが、彼はそうではなかった。それは神殿の衛兵という職が軍務省の管轄だからでもあるのだが、それでも神殿の衛兵という職を、彼はそれなりに誇りに思っていたのだ。
「ハァ。仕事の用件でないのでしたら、もう行っても構いませんこと?お客様も待たせてしておりますので」
「そうだよね……」
こんな美女が自分の相手などしないか、とアハハと頭を掻いて自身の所業に呆れていた時、任務に戻ろうとしていた衛兵の背に向けて、今度は修道女の方から「そうそう」と言葉をかけられた。
「え、やっぱり名を教えてくれ……」
「宮の中には今も姫巫女様が待機しておられます。衛兵として、何人も近づけないでくださいませね」
「それは勿論……!」
「それと!まさかとは思いますが、決して中をご覧になってはなりませんよ?」
天罰が下りますからね?ーーそう忠告された衛兵は、修道女の微笑みに「了解であります!」と返事すると同時に敬礼した。その対応に満足した修道女は満足げに頷くと、待たせていた神官を伴って宮から離れていった。
※※※
「あ〜驚いた。早速、捕まるかと思った」
「そうね……」
暫く後、衛兵から離れいくつか角を曲がった修道女は、伴っていた神官の一人から声をかけられ、ハァと息を吐いた。思った以上に緊張していたようだ。
「でもマサカ、ナンパだったなんてねぇ?」
袖で口元を隠していてもクククと笑い声は漏れている。そのなんとも人の精神を逆撫でするかのような笑い声に、修道女ーーリアナの心にどうしようもない苛立ちが募る。
「ええまぁ、これでも元公爵令嬢ですから……」
元帝国の公爵令嬢のプライドから、おちょくってくる神官を口汚く罵るのを堪えたリアナは、震える拳をぐっと握りしめた。
「だよね!やっぱり修道女ってのは婚姻相手を探すまでの腰掛け程度のモンだよねぇ。王城の侍女みたいにさ。キミほどのお人がこんな場所で終わるハズないし……」
神官はその琥珀の瞳を意味深に輝かせた。ニヤリという擬音語が相応しい笑み。とてもではないが神に仕える神官が浮かべる類の笑みではない。
ー本当にあの騎士と同一人物なのかしら?ー
下世話な話題を好むニヤついた笑みを神官ーーシスティナの工作員であり騎士もあるリュゼという男に、修道女リアナは訝しげな視線を向ける。
「……。アナタ、そんな性格でしたの?」
「そんなって……?まぁ、僕の性格なんてどーでも良いじゃない?」
元公爵令嬢たるリアナだが、帝国にいた時分、大勢いる騎士たちの性格をいちいち把握してはいなかった。名家の子息ならまだしも、貴族とは名ばかりの者たちの名や性格を覚える必要などなかったからだ。
そもそも、騎士と名のつく者は帝国にはゴマンといた。帝宮直属の組織として数えられるだけでも十三の部隊。それ以外にも騎士の名を持つ者は、帝宮が管轄する様々な部署に派遣されている。
その中でもリアナが知るのは、帝宮を守護する近衛部隊ーーそれも隊長、副隊長格にあたる人物だけだ。それも名と家名、年齢、略歴を知る程度。性格まで把握している訳ではなかった。
「それもそうね」
他国の騎士の性格がどうであろうと、自身には何の関係もない事だ。今重要なのは騎士の実力であって、性格如何ではない。そう判断したリアナはアッサリとリュゼへの興味を霧散させた。
「にしても、堂々としたもんだね」
「は……?今度はなに?」
「君の態度がだよ」
茶髪の神官は顔を正面に向けたまま、前方を歩む修道女へと言葉をかけ続ける。ボソボソとそれほど大きな声ではないが、耳に通る良い声だ。両腕の中には白い荷物。その荷物を壊物のように抱いている。その背後には周囲を注意深く観察しながら歩む黒髪の神官の姿があった。
「こういう場合、かえって堂々としていた方が良いの。不審な行動をするから目立つのよ。私たちは不審者じゃない、関係者ーーそう行動すれば、誰も私たちを不審者だなんて思わないわ」
学院、職場、公共施設……どんな場所でも、皆が皆を認識しながら働いてはいない。自分の仕事、自分の持ち場、自分の担当以外は、存外疎かに考えているもの。特に大勢の人間が出入りするような場所では、組織の人間以外が混ざっていたとしても、容易には気付かない。自分の知らない者だとは思っても、その者の行動が堂々たるものならば、自分の知らない部署の誰かだと考えるだろう。
「成る程ね。人間の心理を利用しているワケだ」
「ここには何百人もの人が出入りしているもの。修道女や修道士の顔なんて、いちいち覚えてはいないでしょう?」
「特に神官長のような組織の上に立つ者たちは、かな?」
「……ええそうよ」
分かっているなら聞く必要ある?ーー言葉を先回りされたリアナはムッとしながらも同意しつつ、「アナタこそ、堂々とした態度じゃない?」と内心毒づく。
神殿の奥深くに隠された姫巫女、それも『狂気の王子』たる第二王子殿下の寵姫を拉致しようと画策している他国の工作員ーーシスティナの騎士たちの行動は、何も知らぬ神職者から見ればいち神官にしか見えないだろう。それ程、彼らは用心深く気配を馴染ませていた。
実際には、彼らは己が主を取り戻す為に生命をかけた工作活動中なのだが、彼らの行動は事実を知るリアナから見ても実に堂々たるものであった。
神殿の外へと続く道すがら幾人かの職員とすれ違っているが、その誰もが彼らの行動に違和感を持っていない。しかもさりげない動作で、手の中の荷物が何かを悟らせないようにしているようでもあった。
「なら何で、君は僕らに神官用の衣服を着せたの?」
その言葉にチラリとリュゼの顔を見たリアナは、心の臓をドキリとさせた。頭の後ろに聞こえてくる声こそ巫山戯た調子のモノだが、ニヤついた口元の上に乗る瞳は、笑いを含んではいなかった。
「修道士はともかく、神官は貴族子弟じゃないとなれないんでしょ?これじゃあかえって身バレしちゃうんじゃないのかな?」
痛いと思うほど突き刺さる視線。リアナは威圧に飲まれないよう腹に力を込めると、わざと胸を逸らした。
「あら、そのようなこと聞かずともお分かりでしょう?修道士と神官では、通行可能な道が異なるからだと」
試すような視線に試すような視線で返すリアナ。食うか食われるか、弱肉強食の世界は何も野生においてのみに起こる現象ではない。人間社会においても起こる現象であった。
久々に味わう感覚。リアナは公爵令嬢時代を思い出し内心ほくそ笑んだ。令嬢同士の対立では、よくこの様な目で見られたものだと思い出して。
「そのような目で見ないでくださらない?裏切ったりしないわ」
ふっと息を吐くと、リアナはリュゼから目線を外す。自身が全面的に信用されてはいない事は分かっていても、こうもアカラサマに口撃されては、心労が溜まるというものだ。
「大丈夫よ。アナタたちの姫さまは必ず国へ返すわ」
ーそれが、あの方の『願い』ですものー
口の中に留めた言葉こそ、リアナが彼らシスティナの騎士に力を貸す理由であった。
帝国を追放され、今はライザタニアに身を置くリアナであったが、心は常に帝国に置いていた。例えライザタニアに国籍を移そうとも、帝国民であった誇りを捨てる気は更々なかった。そして何より帝国民であれば、帝国の為ーー帝室の為に生命を賭す事は、当然の事であったのだ。
「君の行動は、君の身に危険を呼び込むものだ」
「それが何か?私の身の心配なんて、する必要があると思って?」
この答えにリュゼはーー背後で成り行きを見守っていたナイルも、小さな驚きを得ていた。
「ないでしょう?私の身の心配なんて」
「……帝国に追求が行くかもよ?」
「そうね。でも、これは私が勝手にしていること。帝国の意志とは関係がないわ」
ツンと顔を逸らしたリアナは回廊の奥に神官の集団があるのを見て立ち止まると、リュゼたちを柱の影に押し込んだ。
「それに私は帝国を追放された罪人よ。帝国は私の身に何があろうとも、関知なさらないわ」
キッパリと言い放つリアナに、リアナの行動理念を追求したリュゼの方がたじろいだ。
「それで良いの?最悪、殺されるかも知れないんだよ?」
「かもね?」
「かもねって……」
「あぁもう良いかしら?そうやって脅しても、何にもならないわ。無意味よ」
「脅してたワケじゃ、ないんだけどねぇ……」
手が空いていたら頬でも掻いたであろう。リアナの行動に強い信念を見たリュゼは、先ほどまで向けていた鋭い気配を解いていた。漏れる苦笑。ナイルは表情こそ変えぬものの、リアナの言葉には何か思うところがあったのか、先ほどまで放っていた警戒心をほんの少し緩めていた。
「ま。それほど、殿下への愛が深いってコトだね!」
リュゼの出した結論こそ全てであった。リアナの言葉を要約するなら、『帝国皇太子のご意志こそ最上』となるのだから。
「君ってば、ホント、殿下のコトが大好きなんだねぇ!」
「なッ⁉︎ 何を仰っるのッ⁉︎」
「はぁ〜あ、これだから帝国民ってやつは……」
焦るリアナ。一瞬で薔薇色に染まった頬。湯気が出そうなリアナの表情を目にしたリュゼは、どこか遠い目になった。
一時期、帝国に身を置いていた事のあるリュゼは、帝国民の帝室愛がどれほど深いものかを知っていた。神の使者たる精霊をこよなく愛する帝国民は、精霊に愛される帝室に属する者たちを『神子』と呼んで慈しんでいる。その愛は、他国民が考えているよりもずっと奥深い。
リュゼはそれを見て『底無し沼』だと評した事があった。『とても理解できない』という意味を込めて。
しかし、帝国臣民たるリアナにしてみれば、帝室を尊び慈しむのはアタリマエのこと。それこそ自身の生命よりも尊ぶべき事なのだ。だからーー
「も、もう宜しくって?さ、行きますわよッ!」
ろくに関わりのない他国の騎士に、自身の行動理念が『帝国皇太子への愛』からくるものだと断言されたリアナは、俄に否定もできず、頬を僅かに膨らませると、赤い頬を隠すようにぷいっと顔を逸らした。
その様子は、ゴテゴテに着飾っていた公爵令嬢時代よりもずっと人間らしく、一人の愛らしい女性のそれであった。
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『(続)悪役令嬢、奮闘す2』をお送りしました。
祖国に在る皇太子の為、神官に偽装したシスティナの騎士たちを伴って神殿からの脱出を謀りましたが、いきなり衛兵に声をかけられてしまい……。
司祭、神官、修道士、修道女、信者……様々な立場の人々が行き交う神殿から、果たして上手く脱出できるでしょうか?
次話も是非ご覧ください!




