(続)悪役令嬢、奮闘す1
※(リアナ視点)
ーやっぱり、オカシイと思ったのよー
この時期、行商人とはいえ、他国からの者がこの国をーー王都を訪れるなんて。だってそうでしょう?ここは蛮国ライザタニアなのよ。
ライザタニアは母国エステルでは『野蛮人の国』と呼ばれていた。だって、『精霊の化身である妖精族が住う地』だというのに、精霊への信仰心が薄くて、何より妖精を敬ってなんかいないもの。それもこれも、この国には『亜人』なんていう人間たちがいるからなんだけど。
亜人とは妖精族と交わった人間の子孫の事を指す。妖精大国ならではの現象よね。恐れ多くも妖精族と交わるなんてサスガは蛮国民だわ。
妖精族との間に生まれた亜人たちには、人間にはない力があるの。その力の差は一目瞭然。体力、魔力、そして寿命さえも違うのよ。
そして何より、亜人たちは片親のーー妖精族の特性を受け継いでいる。片親が竜族ならば竜の、エルフ族ならばエルフの特性を……!
ーなのに何故、これ程に愚か者ばかりなのかしら⁉︎ー
ライザタニアを建国した国父をはじめ、歴代の国王たちは皆が皆、争い事を好んだ。自国を潤す為との名目に、他国に攻め入ってはその国にある富を自国のものとしていった。領土、家畜、金品、財宝、食料、そして人間を。
侵略によって自国の力を増強しているのは、何もライザタニアだけではない。帝国だってそう。大陸の覇者として君臨する帝国もまた侵略国家だわ。だけど、ライザタニアはそのやり方にはまるで優雅さがないの。亜人族を捨て駒のように投入するやり方、そして、人を人とも思わぬ奴隷たちの扱いが、帝国民には受け入れ難いのよ。
ーこの『神殿』もそうー
神殿との名を持つこの場所は、精霊への信仰心から建立されたものではない。ライザタニアの祖王の妹姫が建立した神殿は王家の互助組織。その長たる姫巫女は恐れ多くも『神の声』を聞く能力を持ち、王家と王国を正しき道へ導く責務を担っているのだそうよ。
ええ。こんな事とても信じられない、眉唾ものだわ。
それに、建立当初はそうだったのかも知れないけれど、今ではもう本来の役割は担ってはいないのでしょうね。現に、神殿は迷える子羊の心の拠り所にはなってはいるけれども、王家を正しき道へ導いてはいないもの。
きっとこの神殿は、王家の血を守る『血の保管庫』の意味合いの方が強いのではないかしら。だから調子に乗って『影の王家』なんて名乗れるのよ。
ーまったく愚かな話だわー
ライザタニアの内紛は第一王子殿下と第二王子殿下による王座の奪い合いだと聞くけれど、そこに密かに神殿が参入していても不思議じゃないわ。ーーいいえ、ひょっとしたら、背後で手ぐすね引いて待ち望んでいるのかも知れないわね。二人の王子様たちが共倒れするのを。そして、共倒れの末にノコノコ姿を現すのよ。
そんな内紛中のライザタニア王都へ他国より行商人が入り込んでいる。オカシイと思うわよね。世間知らずの元公爵令嬢ーー私にだってそれくらい想像つくのだから。
確かに、豪商人たちの中には危険を承知に戦地を渡り行く者までいると聞くわ。所謂『死の商人』ね。戦争を金儲けとしか見ていない商人。奴らは武器や防具、馬車や食糧に留まらず、人材まで売るのよ。そう、奴隷ね。彼らは金儲けの為にわざと戦争状態を引き起こす事さえあるという。
彼ら義兄弟商人が死の商人であるならば、この混沌のライザタニアに足を踏み入れている理由にも理解できるというもの。だけど、この商人たちは様子が少し違った。
ー悪徳商人っぽくなかったのよねぇ……ー
チラリと背後を見る。青白い姫巫女の顔を心配そうに見つめる青年たち。彼らのその表情はとても嘘を語っているようには見えない。意識のない姫巫女を抱き上げる仕草も紳士的だわ。
元帝国の公爵令嬢たる私は、これまで幾度となく行商人たちとやり取りをしてきた。その中には表では絹や宝飾品を扱っていながら、裏では違法魔宝具を扱っていた者もいた。それどころか、武器や防具……それこそ砲台や野戦具といった戦争の道具を扱う者、毒草や毒薬など暗殺の道具を扱う者、更には人材ーー傭兵や暗殺者、奴隷などを扱う者も。
美しく着飾って優雅にお茶を飲んでいるように見える貴族令嬢でも、一皮むければ、何を考えているか分かったものじゃないわ。「私こそが皇太子妃にーー!」私の周囲にはそう考えている令嬢が大勢いた。令嬢たちは他家の娘より、より良い装飾品を、より良いドレスを、より良い家臣を……と競い合っていたの。お茶会ともなれば、それこそ足の引っ張り合いよ。その為、誰もが欲したモノ、それは……
ー新鮮な情報ー
誰よりも早く、どれよりも新しい『情報』。それこそが、自身を引き立たせる為に必要な武器になる。有益な情報は高価なの。それこそ宝石にも勝る価値があるわ。
商人たちは『新鮮な情報』にこそ重要な価値を見いだし、貴族たちとやり取りした。商品を通じて様々な貴族と繋がりを持つ商人には、それこそ商品と同じだけーーいいえ、それ以上の情報が集まってくる。それを分かっているからこそ、貴族は信頼に値する商人を囲い込み、情報を買う。豪商人と呼ばれる商人は、情報にこそ重きを置いている。
かつて公爵令嬢だった私も、そんな豪商人たちから情報を買っていた一人。だからこそ判るの。この者たちが『元来からの商人ではない』と。『身体つき』、『足運び』から見てもそれは観て取れるわ。ーーって、そもそもこの青年、アリア姫つきの専属護衛じゃない⁉︎
ー嗚呼!私ったら、なぜ初見で気付かなかったのかしら⁉︎ー
私はこの青年を知っていた。出会ったのは勿論エステルでよ。私は帝国の公爵令嬢として、アリア姫に付き従う彼を目にした事があった。
帝国皇太子の正妃候補としてシスティナから招かれた姫、アリア姫は皇太子殿下の婚約者として注目の的だった。
だって、どの令嬢にも見向きもされなかったあの皇太子殿下が、ワザワザ隣国から姫を招かれたのよ。しかも、皇太子殿下の正妃候補としてーー婚約者として招かれた。そんなの、指を咥えて黙ってなんていられないでしょう⁉︎
あの時、主だった貴族令嬢たちは元より、帝国に属する貴族たちは皆、色めき立った。
我こそは皇太子殿下の正妃に、と考えていた貴族令嬢、その親たはちは、皇太子殿下が招かれた姫の情報を必死に集めたわ。素性はもとより、名こそ表に出ていなかった姫の情報を。
だけど、手を尽くして判った事といったら、『システィナ国王夫妻の養女』、『王家の血を継ぐ姫』、『先々代国王のご落胤』程度のものだった。これまで社交界へ出ていなかったアリア姫の情報を、誰も知り得てはいなかった。
にわかに現れたアリア姫の事を不信に感じつつも、誰もが姫の情報を欲した。だって、アリア姫は皇太子殿下の婚約者ーー皇太子妃となる者だもの。誰だって繋がりを持ちたいと考えるわよね?
その時、集められた情報は何もアリア姫の物だけじゃない。システィナからたった一人で来訪したアリア姫に付き従うただ一人の騎士。彼も同時に注目された。だけど、姫の騎士ーー彼の情報も殆どが作りめいたモノばかりだった。
ーたしか、『リュゼ』という名であったかしら?ー
記憶の底から、公爵令嬢時代に知り得た情報を引っ張り出した。
システィナの宰相ーーアルヴァント公爵閣下の信頼厚き騎士。年は若いけれど、騎士としての実力を王家よりも認められた者だそうよ。
まぁ、騎士の実力とやらは判らないけれど、私は『信頼だけは』あると判断したわ。だって、停戦状態の敵国ーー大帝国エステルに送り込まれた姫のただ一人の護衛騎士なのですもの。姫の生命を獲ろうとする暗殺者共から彼はたった一人、己が身を挺して守らねばならないのだから。
アリア姫に何事かあれば、騎士にも生命はないわ。それこそ首を斬られるでしょう。無茶を極める状況。文句の一つや二つあっても不思議はないわ。なのに彼は、彼の姫に付き従っていた。それも自らの意志で。
アリア姫も己の身をすぐ側で守る護衛騎士の事を大切に想っているようだった。一時期はアリア姫と護衛騎士との間にナニカあるんじゃないかってウワサの種があったくらい、仲睦まじいと聞いたわ。
そんな騎士が、主君の危機に駆けつけない筈がない。
チラリともう一度背後を盗み見る。片目を包帯で覆っていた茶髪の青年は、最早用済みとばかりに包帯を取り去ると、血糊を拭い、白い法衣に袖を通した。そして身嗜みを整えると、床に寝かせていた意識のない姫巫女ーーもう、アリア姫でいいかしら?ーーの髪をそっと梳き、顔が隠れるように深くベールを落とす。そして、真綿で包むように法衣で身体を包むと、ぐっとその腕に押し抱いた。髪の間から覗く琥珀色の瞳には、困惑と後悔と苛立ちが入り混じったような色を浮かべている。
まぁ、分からなくもなくてよ。だって、隣国に攫われた姫を迎えに来てみたら、当の姫は記憶を失くしていたのですもの。誰だってそんな展開、想像だにしないでしょうね。
かく云う、私だってそうよ。
なぜ、自国に戻っていた筈のシスティナ王家の姫が、蛮国ライザタニアに誘拐されているのかしら?
なぜ、誘拐された姫が人質ではなく巫女をしているのかしら?
なぜ、アリア姫は記憶を失くしてしまったのかしら?
なぜ、第二王子殿下はアリア姫を保護しているのかしら?
『なぜ?』と考え出せばまだまだ疑問はあるわ。だけどその『なぜ』は、私のような者が考えたって仕方ないのでしょうね。
私に課せられた仕事は『なぜ』を考える事ではなくて、この事態を何とか切り抜ける事にあるのだから。『アリア姫を神殿から連れ出し、無事祖国システィナへ送り届ける』。そうすれば、帝国にいらせられる皇太子殿下の憂いも晴れるに違いない。ええ、きっとその為にこそ、私はこの国へ送られたに違いないのだわ!
「準備はできまして?」
私は扉の隙間からチラチラと外の気配を伺いながら、青年たちに声をかけた。すると、茶髪の青年は腕に抱いた巫女の身体を揺らさぬように立ち上がり、黒髪の青年は法衣の裾に隠し持ってきた長剣を隠しながら、油断なく私の言葉に頷いた。
二人とも真白の法衣を纏っている。姫巫女の奇跡を覗き見ようとして、その辺を用もないのにぶらついている神官たちから拝借した法衣よ。二人とも騎士だと聞いたけれど、容姿が良いからかしら?元の持ち主よりも良く似合っている。この神殿にはニワカ神官ーー布施を払う事で神官の座を得ている貴族子弟も沢山いるから、その者たちと比べても、きっと遜色ないわね。カモフラージュには丁度良いわ。
「準備できたよ。ーーにしても大胆だね?リアナ嬢。マサカ公爵令嬢の君が追い剥ぎの真似事を推奨するなんて」
「『元』公爵令嬢よ。今はもう、私は一介の修道女でしかないわ」
「一介の修道女ねぇ……」
「手段を選んでなんていられないでしょう?」
「まぁね」
先ほどとは打って変わって、青年の表情はとても緩いものになった。ヘラヘラ笑みを浮かべていて、とても騎士には見えない。こんな表情を帝国で見る事はなかったわ。
「お二人とも覚悟はよくって?此処は敵の巣窟。脱出には危険が伴うわ」
青年の言動に苛立ち気に問えば、スッと青年たちの瞳が鋭く細められた。
「覚悟?そんなもん、ずっと前に決まってるよ」
「問われるまでもない。我が主君を敵国よりお救いする、それこそが我々の目的であり悲願だ」
聞くまでもなかったわね。『主君を救い出す』との目的を持つ騎士を前に、私は「そう」と頷いた。
覚悟を決めた殿方を前に、とても浅はかな質問をしてしまったわね。そうねーーと、もう一度小さく呟くと、私は鮮やかに笑んだ。そして長衣の端を摘むと、ゆっくりと頭を下げた。
「では参りましょう。その覚悟をカタチにする為に……」
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『(続)悪役令嬢、奮闘す1』をお送りしました。
元帝国の公爵令嬢リアナですが、追放され、修道女としている今の方が、生き生きとしている様に思えます。
元より、努力家で素直なリアナ。親の教育方針が間違っていなければ、今頃、帝国皇太子の婚約者になっていたかも知れません。
次話、『(続)悪役令嬢、奮闘す2』もご覧ください!




