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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と狂気の王子(下)
384/500

※裏舞台3※嘆願書

side:Sistina

 

「ーーえっ、これだけ?」


 塔の騎士団所属の若手騎士は、街の雑貨屋で注文しておいた品を受け取るなり、素っ頓狂な声をあげた。受け取った品物は注文数よりもずっと少なかったのだ。

 いつもなら注文数にプラスしてオマケをくれるほど気前の良いオヤジさんが、今日はどことなく余所余所しい。いつも通りの営業スマイルにも違和感がある。どうしたのだろうか。


「申し訳ございませんねぇ〜〜。最近、流通が滞っているようで、今回ご用意できるのはそれだけになります」

「え。でも、そこにあるのは……」

「失礼を、まだ仕事が残ってますので。いやぁ、誠に申し訳ございません〜〜」

「あ、え、ちょっと待っ……」


 パタン。閉められた扉の向こうに消える店主を前に、若手騎士は片手を伸ばした格好で固まる。しかし、何時迄も油を売っていても仕方ないので、取り付く暇もない塩対応に困惑のまま帰路についた。


「先輩、すみません!頼まれてた物なんですけど……」


 騎士団の寮に帰ってきた若い騎士は、品物の入った麻袋片手に扉を潜る。そこは騎士たちの憩いの場、食堂。広々とした空間で、数多くの長机と椅子が等間隔で並べられており、休憩中の騎士が思い思いの場所で寛いでいた。

 若手騎士の目当ての人物は食堂の料理人とカウンターで団欒していたが、若手騎士の姿を目の端に留めるなり、軽く手を振って居場所を知らせた。そして、足早に近づいてきた若手騎士から麻袋を預かるなり、その軽さに目を開き、理由を求めたところ、先程の店主とのやり取りを知る事となる。


「あー、お前もか」

「へ?」

「最近多いんだよ」


 スミマセン!と頭を下げる後輩騎士に先輩騎士は「気にするな」と手を振る。そんな先輩の様子に後輩騎士は首を傾げた。普段の先輩騎士は優しくないとは言わないが、こんなに簡単に後輩の失敗を許す事はない。頼まれた役割を果たせなかった者に向けるにしては生優しい視線を向けられた後輩騎士は、内心盛大に訝しんだ。


「多いって何がです?」

「頼んだ品が届かないことが、だ」

「えーー、それって……?」

「まぁ、意図的にだろうな」


 仕方ないと苦笑する先輩騎士に、後輩騎士はらしくないと声をあげる。注文した数を用意できるのにしない。これは立派なクレーム案件だ。

 騎士団には貴族が多数所属しており、そこからの注文となれば、貴族子弟への心情を良くする為にも、商人は納期に合わせてキチンと仕入れておかねばならない。それが出来なければ信用問題にも関わり、場合によっては騎士団との取引がなくなる可能性とてあるのだ。そんな愚行を商人たちが起こすとは考え難いが、取引を見直す為にも一言物申す必要はあるのではないか。


「それ、クレーム入れた方が良いんじゃないですか?」

「あ、いーのいーの。仕方ないんだよ、これは」

「仕方ないって……⁉︎」


 何を呑気な!と後輩騎士の顔色は真っ赤だ。

 商店や行商人が揃って騎士団からの注文に否定的な態度をとる。塔の騎士団が侮られている。そう捉えた後輩騎士は、商人たちに対して怒りの感情を抱いた。

 だが、一方先輩騎士の態度は冷静なもので、怒る後輩騎士を宥めるに努めた。それは、商人によるこの様な対応の理由を知るからだ。


「そう怒るな。本当に仕方ない事なんだよ。俺たちは『主を守れなかったマヌケども』なんだから……」

「えっ⁉︎ あの事は領民たちには知らされてないっすよね?」

「ああ。でもな、知らされてないから知らないなんて、ないよな?」


 後輩騎士の言う『あの事』とは、先頃起こったアルカードへの襲撃の際、『東の塔の魔女』がライザタニアへ誘拐されてしまった事だ。

 アルカードの主要施設を同時多発的に襲撃され、その混乱に乗じて魔女は連れ攫われた。勿論、塔の騎士団に属する騎士たちは指を加えて眺めていた訳ではない。襲撃者に対して一歩も引かず攻防したのだ。だがその甲斐虚しく、彼らの大切な主は敵の手中へ堕ちた。

 当然、この事実はトップシークレット。アルカード領主カイネクリフ・フォン・アルヴァンドによって情報統制が敷かれ、アルカード市民及びア領民には『塔の魔女は無事だ』と伝えられた。領民たちも東の空に《結界》を確認し、一時的にそれを信じていた。ーーが、しかし、それも争乱から三月も経てば、俄かな噂が出回り始めるというもの。争乱以来姿を見せぬ魔女について『病気か怪我で寝込んでいるのではないか』と、訝しみ始めたのだ。


「俺たちの行動にも問題があったんだろうな……」

「っても、こんな時に呑気に飲みになんて行けないでしょう?」

「まぁな。いつも通りってのは難しくても、どうにか平静を装ってさえいたら良かったんだ。ま、それも言っても遅いんだがな」


 休日にはアルカードの街に繰り出し、買い物や飲みに出かけていた騎士が、この三月、すっかり顔を見せなくなった。来るのは専ら御使いで、それも御使いが済めばとっとと寝ぐらへ帰っていく。魔女の事を尋ねても『問題ない』の一点張り。いくら平民の学力が貴族のそれに劣るとはいえ、不信感を覚えるのは当然だろう。


「あとはアレだ。やっぱり何と言っても、魔女様が心配なんだろうさ。誰だって、大切な人の姿が見えなくなったら心配に思うだろう?」

「だからってあんな態度取らなくても……って、あれ?先輩のその口ぶり、まさか……!」

「ああ。バレてるぞ、きっと」

「えぇ⁉︎ マジでぇぇ⁉︎」


 先輩騎士の暴露に驚愕の声をあげる後輩騎士。


「なな何で?……あ。あの不良騎士アホどもがバラしてた、とか?」

「あー、それもあるか。あとアレだ。アーリア様、しょっちゅうお忍びでアルカード市内をプラプラなさっておいでだっただろう?その度、こっそり騎士が護衛していたし、気づく者は気づくんじゃないか?」


 先輩騎士の推理に後輩騎士は「あちゃー!」と額に手を置いた。善かれと動いた自分たちの行動が墓穴を掘っていたのだ。居た堪れないとはこの状況を言うのだろう。


「ミシェルなんて、それを理由にパン屋の看板娘にフラれたんだぞ?」

「え〝⁉︎ マジっすか……」

「『主を守れないでそれでも騎士なんですか?』ってな」

「キッツ‼︎」


 惚れっぽい若手騎士ミシェルはアーリアに告白して玉砕し意気消沈も冷めやらぬまま、たまたま立ち寄ったパン屋の看板娘に一目惚れし告白。その後、秒でフラれたのだ。


「そのパン屋、どうやらアーリア様の行きつけだったらしくてな。常連だったアーリア様がパタリと来なくなったのを心配していたらしい」

「そこをアホヅラ下げたミシェルが……?そりゃ、フラれますよね」


 主を攫われたアルカード争乱は、騎士たちに新たな傷を作った。その傷は未だ癒えていない。

 だが、塔の騎士団は未だ諦めていなかった。ライザタニアに対し復讐を誓い、刻一刻とその機会を伺っているのだ。その為の刺客を敵国の内部へ放っており、密偵の情報を得て、主奪還へ向けコツコツと状況を整えている最中であった。


「だから『仕方ない』って言ったんだ。彼らの思いも分かるし、それに、物資の流通が滞っているのも本当だろうしな」


 アルカード争乱を受けて、他国から運ばれてくる物資が減りつつある。その際たるは東のライザタニア、そして南のドーアだ。東からは乳製品、南からは魔宝石の輸入量が減り、その影響が領民たちにも出始めている。

 ただ、アルカードはライザタニアとの玄関口であり、侵攻の危険が高い地域の為、商品が届くように王宮が計らっているが、それも優先すべきは騎士団を含めた軍事施設。しわ寄せは領民たちへと降ってくる。これで文句を言うなと言う方が酷というもの。


「まぁ、今暫くの辛抱さ。もうすぐそれも解決する」

「えっ、それじゃあ……」

「ああ。近々決行されるぞ」


 先輩騎士の言葉に後輩騎士は瞳を煌かせた。漸く、事態が動きを見せ、加えて騎士らの悲願は近いという。


「ま。そんな訳だから、お前も準備しておけよ?」

「了解です!」


 久々の朗報に、後輩騎士は目をキラキラさせて頷いた。



 ※※※※※※※※※※



 一方、臨時領主会館では、アルカード領主カイネクリフ・フォン・アルヴァンドは目の前に突きつけられた難題に頭を抱えていた。


「これが本日分となります」


 ドンッと置かれた紙の束。置いた側近は太々しい態度を隠しもせず、くの字に設置された机の左側へと背を向ける。そのままドスっと音を立てて腰を下ろす側近は、どうに見ても機嫌が宜しくない。また、瞼の下には青々とした目の隈。機嫌もさる事ながら体調も芳しくないのだろう。主たる領主が側にいてさえその態度なのだ。彼の体調の悪さが知れるというもの。


「随分と多いな」


 机上へ置かれた嘆願書を一枚、二枚と捲っていき、最後までザッと目を通す。どれも内容は似たり寄ったりなので、読むのに苦労はしない。要はその量が問題なのだ。


「それだけ領民たちは知りたいのですよ」

「語れるものはない。特に真実ともなれば尚更だ」


 側近リロードの言葉ーーいや、領民の言葉に無碍なく言い放てば、直後リロードは眉の溝を深め、そんな表情を煩わしく感じると共にアルカード領主からは溜息が漏れた。何も、イジワルでやっている事ではないと云うのに、何故この様に責められねばならないのかと。


「こう見えて私はデキル領主だけれど、今回に限ってはその限りではない。この者らの願いを、私は聞き届ける事はできない」

「ならばせめて、魔女殿がご無事である事だけでも伝えてみては?」

「魔女が無事だという事は既に伝えてあるだろう?それに、魔女の生存を知りたければ空を見上げれば良い。《結界》を確認すれば済むじゃないか」

「それで納得できないからこそ、こうして嘆願書が送られてくるのですよ⁉︎」


 声を荒げたリロードに私は眉を顰めた。「リロード」と呼べばハッとし、「申し訳ございません」と謝罪を口にする。


「……少し、休憩しようか?」


 その言葉に侍従は一礼し、休憩の準備をし始めた。暫くすれば、執務室に茶葉の芳しい香が漂ってきた。


「私とて状況は理解できているつもりなのですが……」

「いい。君が一番この案件に関わっているからね。領民たちの声を無視できないのも分かっているよ」


 互いに言葉なく紅茶を口に含み一息ついた時、側近リロードが先に口を開いた。反省の色濃いリロードに対して、領主カイネクリフは苦々しく笑む。

 三月前に起こったアルカード争乱の傷跡はまだまだ深く、街の修繕を含め、領主会館の職員には仕事が山積みであったのだ。流石の女好き領主も夜会にも顔を出さず仕事三昧で、当然側近にも休みがない。三十代前半の領主と二十代後半の側近は未だ衰えを知らぬ身体を持つが、それでもここまで働き詰めでは体調を壊すのは時間の問題だった。


「やはり、皆、気づいていると思うかい?」

「十中八九。騎士たちの動きに戦時中のような緊張感が見えますし、どうしても敏感にならざるを得ません」

「情報統制もそれに拍車をかけている、か……」

「これまで出回っていた噂の類が、ある日を境に綺麗サッパリなくなりましたからね」


 アルカード争乱に於いて『東の塔』及び『塔の騎士団関連施設』が攻撃を受け、その際甚大なる被害を受けた。幸い騎士たちに死者は一人もなく、建物のみに被害は留まったが、未だ傷跡は深く残っている。何故なら、騎士たちの主たる『塔の魔女』が敵の手中へ堕ちてしまったからだ。

 勿論、アルカード領主によって即時情報統制が敷かれ、表面的には事態は鎮静化した。《結界》が無事であるのは一目瞭然で、領民たちにも疑問の声が上がらなかった。昨今までは。


「噂って、まさか塔の魔女のかい?」

「はい。どうも魔女殿を迎えた塔の騎士たちが、酒場などで話していたらしいのですよ」

「ハァ?何でまた……」

「あ、いえ、悪口の類ではありません。寧ろ逆です。余程、主を得た事が嬉しかったのではないでしょうか?この街には『塔の魔女』信奉者が多い。その中には騎士も含まれますからね」


 主自慢は『守秘義務違反』には当たらない。騎士たちは単純に新たな魔女を褒め称えていただけなのだから。しかし、事態を見るに、そんな悠長に構えてもいられない様だ。


「これまで主自慢していた騎士がある日を境に魔女殿の話を口にしなくなった。当人らは主を思って、変な噂が出回らないようにしただけなのでしょうが……」

「ああ。それは不自然に見えるよね。領民たちもバカじゃないんだ。察しの良い者は、騎士たちの主ーー塔の魔女に何かあったんじゃないかって想像する」


 側近リロードの言葉に続く領主カイネクリフの言葉は随分と歯切れが悪い。明確な証拠でなくとも、そうではないかと確信するだけの現象が起こっているのだ。領民たちの疑問と不安が嘆願書の数に比例しているのだとしたら、いくら領主として言葉を発しても、聞き入れられはしないだろう。


「これまで気軽に声をかければ魔女殿の近況が手に入ったのに、それがパッタリとなくなった。どうかしたのかと尋ねても『問題ない』としか返ってこない」

「この三月であの争乱の跡も修繕され、人々の心に余裕が戻ってきたからこそ、魔女殿の安否に気が回るようになった。人間の心理ってホント身勝手だよね?」

「魔女殿の生存=平和。魔女殿がまた害され、お隠れになるようになれば、再び戦火に晒されるのは必至ですからね」

「このアルカードに残る傷跡は、まだまだ内外に残っているワケだ」


 この国で一番、戦果に晒されてきたのはこのアルカード。システィナ極東、軍事都市アルカードは、他の街に比べ平和への祈りは強い。


「『塔の魔女』は平和の象徴ですからね。年寄り中には女神と崇める者もおります。その魔女殿の事なれば、過剰に反応するのも当然でしょう?」

「それこそ身勝手な偶像崇拝と言わざるを得ない。彼女は女神なんかじゃない、ひとりの人間なのだから」


 弾圧とまではならないが、積極的な宗教活動には否定的なシスティナに於いても、一定の宗教は存在する。特に多いのがエステル帝国からの宣教師によって齎された『精霊信仰』で、次点でドーアから齎された『九頭竜信仰』だ。そのどちらもが精霊を神と称えており、精霊を通じて神と親交できると信じている。

 魔導士によって齎された魔宝具マジックアイテムにより発展したシスティナでは、元来神への信仰は根付き難い。現実主義的な思考を持ち合わせている者が多く、精霊の力を魔力へ変換し、魔術という奇跡を具現化するに長けるからこそ、神への絶対的な信仰が芽生え難いのだ。『祈る前に自身の頭で考えろ』がスタンスで、領主カイネクリフもこの意見には激しく同意している。

 だからこそ、自分たちの未来を他人任せにする宗教には嫌悪感を抱く。しかもそれが魔女一人を犠牲にした身勝手な偶像崇拝なら尚更だ。


「ホント、イヤになる。他人がつくった平和を甘受する領民も、この制度をつくった大昔の王族も、そして制度を利用している領主わたしも……みんなバカの集まりだ」

「閣下……!それは余りにも……」

「分かっている。不敬罪だって事はね」


 誰が聞いているかも知れぬ場では余りにも無防備な発言。側近リロードは思わず領主カイネクリフを嗜めるが、領主当人にはあまり反省の色はない。寧ろ『裁けるものなら裁いてみろ!』と言いたげに口を歪ませ、挑発的な表情をしているではないか。


「分かっているんだ。ーー国に平和を齎す為に犠牲はつきもので、塔の魔女に限らず国の為に働く貴族官吏は皆、私欲を殺して仕事をしている。戦争へと赴く騎士や兵士もそうだろう。けれど彼らには自由がある。自身にかかる重責から逃げようと思えばいつでも出来る。一方、彼女たちはどうだ?塔に縛られ、自由を縛られ、一度就いたら辞職は許されない」


 実際には、自分たちの地位や職を捨てて野に降る貴族は少ない。貴族は多かれ少なかれ、家に縛られて生きている。家の存在の為に下手な行動は極力犯さないし、犯せない。政略結婚が常であるから、男も女も常に身辺を綺麗にしている。

 それでも、嫌だと思えば仕事を辞める事も、転職する事もできる。領主カイネクリフが良い例で、彼は騎士から文官へと転じており、今では商売人としての顔まであるのだ。

 そんな領主カイネクリフから言わせれば、『塔の魔女』に選ばれる女魔導士のなんと不自由な事か。


「彼女たちは『選ばれし者』です。国に選ばれた塔の魔女という立場を誇り、忠誠心を持って職務に従事しています。故に、国から任された仕事を途中で投げ出した者は……アッ!」

「そ。つい最近あったよね。その例外が」


 塔の魔女への敬意から弁明を口にした側近リロードであったが、自身の言葉に矛盾を感じ、眉を歪めた。

 先頃起きた『北の塔の魔女』による謀略。北の魔女シルヴィアは『東の塔の魔女』を北の塔の展望台より突き落とし、殺害を目論んだ。調査によれば、シルヴィアは第二王子ナイトハルト殿下に懸想しており、そこをエステルの貴族に漬け込まれ唆されたとのこと。要するに、愛する殿下に振り向いて欲しい一心で、同じ立場にある魔女に嫉妬し、亡き者にしようと目論んだのだ。

 その後、エステル帝国皇太子の機転により、『東の塔の魔女』は事なきを得、紆余曲折を経てシスティナへと無事帰還を果たした。


「魔導士を脅威に思っているからこそ、その対処法に余念がない。甘言を持って魔女を籠絡しようとしても、何ら不思議じゃない。諸刃の剣なんだよ、『塔の魔女』制度は」


 領主カイネクリフは二杯目の紅茶にクリームを垂らすと、銀の匙でくるくるとかき混ぜ、茶器の中の渦に視線を定めたまま愚痴を漏らした。


「ライザタニアは経験からそれを良く分かっている。もし私がライザタニア側であったなら、当然この制度の脆さを突いた。これ程判り易い弱点もないからね」

「ああ……閣下の魔女を籠絡する姿が想像できますね。いつも通り、甘ったるい言葉を使っておいででしょうよ」


 側近リロードも領主カイネクリフの言葉に賛同。女好きの領主は麗しい見た目も相まって、女性には人気の的だ。その手練手管は見事なもので、女性を口説き落とす事に関しては側近からの信頼厚い。


「ーー話が脱線したね。領民たちからの嘆願書は確かに受け取ったよ。その上で言わせてもらう。『塔の魔女殿については何も答えられない』と」


 カツン。紅茶を混ぜていたスプーンが茶器を叩く。


「あのねリロード、君は彼女が本当に無事であると思っているのかい?」

「それは……しかし、捕虜として誘拐したのなら、殺される事はないのでは?」

「ライザタニアは捕虜に対し礼節を持って待遇すると?」


 領主カイネクリフは側近リロードの言葉に視線を鋭くさせる。側近の実直な態度は好意的だが、たまに出る楽天的な思考には辟易していた。世の中、綺麗事だけでは片付かない問題は山ほどある。


「確かに殺されてはいないかも知れない。だけど、肉体が無事だからって精神まで無事とは限らないよね?」

「っーー!」

「アーリア嬢は力ある魔導士だけれど、彼女はか弱い女性なんだ。無事に帰って来られたとしても、他者からの誹謗中傷は免れないだろう」


 すると今度は側近リロードが反論した。領主の現実主義的な思考を尊敬するが、人の心に寄り添う立場なれば、それは致命的なミスになると知るからだ。


「戦争の犠牲になった魔女殿に対して誹謗中傷など……!」

「無いと良い切れるかい?君も、貴族社会の汚さを知っているだろう。自分をよく見せる為に他者を貶める。そんな事が平気で行われている社会なんだ。きっと彼女に対しても良くない噂が立つだろうね」


 東の魔女がエステルで偽姫生活を終え、システィナへ帰ってきた時にも同様の噂が立った。『傷物令嬢』という不名誉な噂が。魔女はそれらの噂を聞いても気にしていない様子ではあったが、だからと傷つかない筈はない。


「幸い、《結界》自体は無事なんだ。今はそれで満足して貰わねば困る」


 この場での言い争いは無用とでも言いたげに、領主カイネクリフは会話を切り上げた。ここでどれだけ話し合っていたとしても、領主には結論を変える気はさらさらなかった。


「未だ争乱は収まっていないんだ。いちいち領民の不満になんて構っていられない」

「未だ、争乱が終わっていない……?」

「そうさ。リロード、気づいていないとは言わせないよ」

「確かに、ライザタニアによる《結界》への攻撃は絶えておりません。今も塔の騎士団団長が部隊を率いて国境付近に待機していると、報告が……」

「当たり前さ。ライザタニアも必死なんだ。内乱の隙を突かれちゃ堪らない。でも私が言っているのはソレじゃあない」


 一拍を置いて、領主カイネクリフはその長い脚を組み直した。


「王都からの一団が留まっているよね。彼はーー彼らは『何を』企んでいるのかな?」


 王都よりウィリアム殿下がお越しになり、塔の騎士団に滞在して早二月になる。たまに王宮へ顔を出して、王都不在をバレないようにしている様だが、まさか領内での出来事を領主にまで隠し通せるとは思ってはおるまい。または、バレても構わない段階にあるのかも知れないが。

 事実、塔の騎士団では何やら動きがある。

 騎士団がライザタニア内部へ密偵を放った事を、領主カイネクリフは知っていた。大方、その報告を待って行動を起こそうとしているのではないかとの予測も立てていた。


「全く、領主にも知らせず困った子らだ」

「ご領主!それで宜しいのですか?」

「ああ。『知らない』という事は最大の武器になる。なまじ知ってしまうと、身動きが取れなくなるからね」


 あっけらかんと言い放つ領主カイネクリフの顔は実に爽やか。『何が問題でも?』と余裕の表情だ。


「私が領主としてできる事は限られている。何より、一番に優先するのは領民と領地の平和だ。その為なら、私は何でもするよ」


 そう側近リロードに言い放つと、領主カイネクリフはニッコリと微笑んだ。


「あ、貴方はいつもそうだ。肝心な事はいつも言わない……」

「だけど、君は言わなくとも分かってくれるだろう?」

「ええ。私は貴方の、一番の、味方です、か、ら……」


 領主カイネクリフの微笑みに苦い笑みを浮かべた側近リロードの身体が、ゆるゆると傾いだ。瞳を閉じて机に突っ伏した側近に、領主は「あぁ、やっと効いたか」と苦笑。

 魔宝具によって毒が効かない貴族に対し、一番有効的な方法は『眠らせること』だ。睡眠薬は毒には分類されない為、毒の代わりに用いられ易いが、貴族たちは睡眠薬に対しても耐性がつけられており、ある程度の分量を飲んでも効かないのだ。


「君は少し頑張りすぎだ。時には休息も必要だよ」


 まさか己が仕える主に睡眠薬を盛られるとは考えてもいなかったお人好しな側近に、領主は淡い笑みを浮かべた。

 願わくば、この生真面目な側近が夢の中だけでも穏やかでありますようにとーー……。







お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、とても嬉しいです!ありがとうございますヽ(´▽`)/


裏舞台3『嘆願書』をお送りしました。

アーリアのいなくなったアルカードには争乱の後も消え日常生活が戻りつつありますが、平和な日常が戻るにつれ、人々の心にも余裕が芽生え、その結果が大量の嘆願書です。その嘆願書のどれもが塔の魔女の無事を願った内容でした。


次話も是非、ご覧ください!



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