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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と狂気の王子(下)
381/500

※裏舞台1※後進の育成ー蜃気楼ー

side:Sistina

 ※(システィナ国王視点)


「あれはヤマブキか?確か花言葉は『崇高』であったか……?」


 静寂に包まれたその室には、しとしとと降り続く雨音のみが微かに耳へ届く。窓越しに見える庭園ガーデンには鮮やかに咲き誇る春の花々。アネモネ、フリージア、ガーベラ、ゼラニウム、バラ……どれも目に鮮やかでいて華やか。まるで淑女のドレスの様だ。

 草花のアーチ、小川に掛かる橋、ひっそりと佇む東屋あずまや、鈍色のベンチ。まるで絵本に描かれるお伽の国へ迷い込んだかのようなデザイン。そのどれもが計算の上に配置されている。

 このように王城の各所に設けられた大小様々な庭園ガーデンには国中から集められた草木が植えられており、王城に住う者、働く者、訪れる者、皆の目を楽しませている。そしてそれは、この楼閣でも同じこと。草木を育て整える庭師の努力には、本当に頭の下がる思いだ。


「本当にアレで良かったのか?ラドフォード」

「ええ。何もかも、全てがこの上なく重畳でございますよ、陛下」


 格子窓の隙間から庭園を見つめていた彼は、私の声に反応して此方に言葉を返してきた。向けられた瞳は柔らかく、声音には何の後悔も禍根もないように思えた。それこそ、『自身の名誉や生命など、崇高な目的の前では塵芥と同じ』とでも言おう態度に、感嘆を通り越して呆れしか浮かばない。


「今も昔も、本当に容赦がないな?」

「ハハハ。誉め言葉として受け取っておきましょう」


 仮にも一国の国主たる私にこのような不遜な態度を取れるのは、後にも先にも、この者しかおるまい。

 ラドフォード・フォン・サリアン公爵。彼は前宰相として長年私に仕えてくれた重臣だ。ーーいや、重臣だった。

 反逆罪との汚名を着た今では、誰も彼もがラドフォードを悪役として語るが、彼の功績はそんなものでは無くなったりはしない。彼が齎らした改革や政策は今もシスティナ全土で基盤となり、人々の暮らしに役立っている。あの事件さえなければ、今も私の側には彼が居ただろう。それ程に信頼を寄せる臣下であったのだ。少なくとも、今でも互いにファーストネームを呼び合う仲ではある。


「ルイス……アルヴァンド公をオモチャにするのは、もう今更ゆえ止めぬが、止めぬがな?そろそろアレもキレるぞ?」


 渋る護衛を下がらせ、私はラドフォードの向かいに腰を下ろせば、彼は組んでいた長い脚を下ろして此方へと向き直った。正面から見据える彼の目には反省や後悔といった類の感情はなく、あるのは目的を達成した事への満足感、あるいは充足感だ。それも『してやったり』といった大変大人気ない感情が一番強いのではなかろうか。


「その方が何かと面白いでしょう?」


 ニヤリと笑むラドフォード。反対に私はゲッソリとした。冗談でもキレたルイスを相手にしたくはない。


「冗談を!キレたアルヴァンドを相手にするなど、儂は遠慮したい」


 私とルイスーーアルヴァンド公爵とは旧知の仲だ。歳も同じくしており、学園では机を並べた事もある。王太子の頃より側近の一人として働くルイスの事は、同じく長年側にあったラドフォードと同様にその性質を熟知している。良くも悪くも伝統あるアルヴァンド公爵家の気質をそのまま引き継ぐルイスは、基本的に生真面目な性質を持つ。所謂『熱血漢』だ。

 一方ラドフォードは一代公爵家として成り立った元王族。元王族としての威厳はそのままに何処か奔放な性質を持つ。故にルイスとは何かと馬が合わず、これまで何度も衝突を繰り返している。若い頃などは一人の女性を巡り、恋敵同士であった事もある。あの頃の事を思い返すと、甘酸っぱい想いよりも苦々しい想いの方が強くある。なにせ、国が真っ二つに割れるところだったからな!


 ー何の冗談か⁉︎ー


 女性を取り合って国が傾きかけたのだ。この笑うにも笑えない過去は、間違いなくシスティナの黒歴史として刻まれている。


「私もですよ、陛下。弾けたポップコーンのように何を仕出かすか分かりませんからな!」

「ならば何故止めぬ⁉︎ いや、それどころかけしかけたのは貴殿だろう?」

「何の事ですかなぁ……?最近は物忘れが酷くて弱ります。これだから年を取るのは頂けない」

「っーー!」

「ハハハ!その様に拗ねても可愛くありませんぞ、陛下。今や貴方も立派な中年男なのですからな」

「お前に言われたくないわっ!」


 ラドフォード・フォン・サリアン公爵。システィナ先先代国王の実子。元王族。私からすれば大叔父に当たる。

 私はラドフォードの事を物心つく頃から知っており、しかも彼が歳上とあって、今でも頭が上がらぬ時がしばしば。しかも彼は最側近として、そして宰相として十年もの間を国王わたしの片腕としてあった戦友でもある。『何時迄も頭の上がらぬ兄』。それがラドフォードの認識なのだ。


「嗚呼、お互い年をとりましたな?陛下」

「ああ。あの頃が懐かしく感じる。そなたを兄と呼び慕ったあの頃が……」

「そう呼ばれた頃もありましたな……」


 懐かしげに目を細めるラドフォード。蜃気楼のような過去に想いを馳せているのだろうか。そのまま溶け消えそうな儚い表情にドキリと心臓が跳ねる。だから私は敢えて「私は今でもそう思っておるぞ?」と彼の注意を惹いた。


「それはそれは……!ある意味、反面教師な兄でありましたでしょうな?」


 ラドフォードの顔に嬉しそうな笑みが浮かび、内心ほっと胸を撫で下ろす。


「確かに。悪い遊びは大概貴方に教わった。酒の飲み方も、女の口説き方も、喧嘩の売り方も……。どうせなら、女の尻に敷かれた後の対処の仕方も教えてくれたら良かったものを……」

「それはご愁傷様としか申しようがありませんなァ」

「心にもない事を……!」

「私自身もその対処法は存じておりません。知らないものは教えようがないというもの……」

「なッ⁉︎」


 サラリと知らされた事実に驚愕を挙げれば、ラドフォードはハッと口を押さえた。どうやら口を滑らせたらしい。


「……」

「……」

「「ハハハハハ!」」


 システィナの女は実にしたたかだ。芯の強さは男顔負け。己が大切に想う者の為ならば、己が生命を賭してまで守ろうとする意志の強さ。見た目のか弱さから背に庇い守ろうとすれば、眼前の尻を蹴っ飛ばして追い立てるだろう。「貴方の背は私が守ります。共に戦場へと参りましょう!」と……!いつの世も男は惚れた女に弱い。その強い眼差しに逆らう事などできぬ。

 示した様に互いにコホンとワザとらしく咳払いを一つ。流れた汗を無視して話題を変えた。


「ラドフォード。そなたが自身の娘御を『東の塔の魔女』に推したのは、この状況を読んでの事だったのだな?」

「ええ。私は彼の国の王子から内々に相談を受けておりましたので。我が娘ならば、彼の国の王族ともそれなりに渡り合えましょう。ーーそれは陛下、貴方にもお伝えしておりましたが?」


 潔い肯定は想定の内。我らは今、事実を確認しているに過ぎない。


「うむ。だが、それでもこれ程の状況になろうとは、遽に信じらぬでな……」

「それこそ今更ではありませんか。相変わらず貴方はツメが甘い」


 自覚があるだけにぐうの音もない。システィナの王族として、そして一国の国主として我が人生の全てを国の為に捧げてはきたが、それでも時折現れる自身の甘さに嫌気を覚えるのもまた、自身なのだ。しかも、その甘さ故に失敗を招く事が大半。


「北にエステル、東にライザタニア、南にドーア、西に外海……。長年周囲からの脅威と向き合っているつもりが、その実目を逸らし続けてきた。その皺寄せがきた。それだけのこと」

「そなたは昔からこの問題を挙げていたいたな」

「ええ。その度、古参たちには嫌な顔をされていましたがねぇ……」

「だが、今それが現実となった」


 ラドフォードは古参官吏にどれだけ嫌な顔をされようとも、『その時』に備えて場を整えてきた。元王族としての立場、宰相としての立場を利用して秘密裏に、そして着実に。自国のみならず他国の王族とも繋ぎを取って。その中には敵国ライザタニアの元王太子、第一王子イリスティアン殿下の名もあった。


「自国の事は自国で。それが鉄則。自分たちの事を自分たちで何とかできないとは、未熟としか言い様がない。しかし、まつりごととは上手く運ぶ事ばかりではない……」


 長年凝り固まった思考。縦横に伸びた癒着。それらが膠着状態を生み出す。身分、情勢、派閥、政党……それらに雁字搦めにされ、身動きの取れぬ状態になったとき、どうやってそこから抜け出せば良いのか。内部からの働きがけに期待出来ないのなら、外部からしかない。そう。外部からの圧力で無理矢理瓦解させるしかないのだ。

 あの大帝国エステルでさえ外部からの圧力を欲し、皇太子殿下自らの働きがけで我が国の魔導士を召喚した。とある魔女を『システィナの姫』として擬態させ、漸く内部改革へと踏み込んだ。

 そして妖精王国ライザタニア。彼の国の王子たちもまた、他国からの圧力を欲していた。自国の自浄を求めて。


「まぁ、これは我が国にも旨味のある話。だからこそ受けたのですが……それにしては、なかなかに難しい状況になりましたな?」

「何を悠長な……!」

「既に我が手を離れた案件ですので。この上は後進の手並みを拝見するのみ」


 再び組んだ手を腹に置いたラドフォードの顔には穏やかな笑み。己が後継たる者たちを信じている。私にはそのように見えた。これはラドフォードなりの教育方法、所謂『後進の育成』なのかも知れない。


「そなたの目論見では、今後どうなる予定だ?」

「半月。あと半月もあれば片がつくかと」

「そうか。半月か……」


 ラドフォードが半月と言うのならそうなのだろう。それに否を唱える事はない。彼の目論見がこれまで外れた事など、女関係にしかないのだから。


「しかし、そなたがあの者ーーバークレー卿と組むとはな。そなたが離宮より消えた時には、どうなる事やらと内心狼狽たものよ。……ルイスからの視線の痛いのなんのって……」

「バークレー卿の持つ葛藤に共感しましてな。彼の計画と私の計画、それが合致した故の共闘。ただ、それだけの関係ですよ、我々は」

「『己が持つ矜持故に自国の腐敗を許さんと行動した』と……?愛国からの忠誠心。なかなかに分かりにくい愛情表現ではないか」


 アルヴァンド公爵家と並ぶ忠義を国へ捧げるバークレー侯爵家。その当主たるあの男が、まさかこれほど大それた事を起こすとは。

 バークレー侯爵家は代々国防に関わる仕事を担っている。バークレー侯爵家からはこれまで優秀な騎士や魔導士を輩出し、中には『塔の魔女』を務める魔導士もいるほど、彼らの忠義心は硬く強い。

 その彼が秘密裏に他国へと通じていた事も驚きだが、今回のように不安分子を受け入れ、煽り、侵攻させた事にも驚愕を覚えた。何故なら、それらの行動全てがバークレー侯爵本来の性質から大きく逸脱する物であったからだ。そして、ラドフォードの行動にも……。


 ー目算が外れた。いや、儂の見る目がなかったのか?ー


 ラドフォードが進めていた事案、それをルイスは全て引き継いだ訳ではない。反逆者と位置づけられたラドフォード・フォン・サリアン公爵。彼は事件後即座に牢へと繋がれ、離宮へと送られた。その為、人事交代の時にすべき引き継ぎが満足いくものとはならなかったのだ。

 しかし、だからと己が片腕たる宰相に、秘密の案件を抱いていて良い訳がない。


「陛下からそんな目で見られるのは、いくら私でも辛いものがありますな。と言いいますか陛下、何時迄も秘密にしておくからですよ。自業自得では?」

「ぐっ。しかし、表立って動くのは不味かろう?」

「知らねばそれで済む問題。知ってしまう事で生じる軋轢を見越しての処置。愛されておりますな、現宰相殿は……!」


 元はラドフォードが持ってきた案件だというのに。なんだろう、この遣る瀬無い敗北感は。


「自由なる翼持つ不死鳥アルヴァンド。王家の忠実なる剣。羽ばたこうとする鳥の脚を引っ張るなど、無粋な真似はできぬ」

「国と王を守る盾にして剣。王家の影。不死鳥アルヴァンド。建国より三百五十余り、いや、それ以前より王家に仕えてきた臣。ーー私も王族時代は彼らの守護を受けておりましたが、あれは大変有能な盾です」

「それ以上に、かの者たちの剣は鋭い。一度、喉を見せれば食いちぎるまで攻撃を止めない。それこそ、息の根を止めるまで……」


 そこでラドフォードは「嗚呼」と呻いた。私の意図を察して。


「成る程。陛下はアルヴァンドを使って敵の息の根を止めるおつもりですな?」

「無論だ。我が国に牙を剥いた敵に容赦をしてやれるほど、私は優しい性質をしていない」


 元来、王族の矜持は山よりも高いく谷よりも深い。それも一国の責を担う国主ならば、より一層……。

 元より、我が国に手を出した不届き者に対して優しい対処などする必要はない。無益な戦いは好まぬが、だからと敵が振り上げてきた拳を無防備に受けてやる義理もない。優しさには更なる優しさで。暴力には更なる暴力で。昔から『恩には恩を、仇には仇を』と云うではないか。

 そも、『恒久平和』とは、それは自らを律する者だけが得られる日常モノなのだ。労を厭わずに得られる物などない。


「さすがは私が見込んだ主君です」


 無意識に浮かべていた笑み。それを見たラドフォードは満面の笑みを浮かべて頷いた。未だ、私はラドフォードの主君であるようだが、それを素直に喜ぶべきかは些か迷う。何故なら……


 ー私はラドフォードだけの主君ではあれないー


 王国の未来の為とはいえ、一度は反逆者とレッテルを貼られたラドフォードを、これまでのように庇ってはやれない。いずれ、それ相応の処罰を下さねばならぬ時がくる。それも、そう遠くない未来にーー……


「サリアン公爵。敵勢力を測る為の工作、大義であった。我が国の自浄はそなたのお陰で早まるであろう……」

「は。有り難きお言葉、身に余る光栄でございます」


 膝をつき頭を垂れるラドフォードーーいや、サリアン公爵へ、私は王として言葉をかける。



「そなたの忠誠、有り難く受け取ろう。だが、これからは後進へその道を譲るがよい。ーー長らく、ご苦労であったな。ゆるりと休むがよい」



 最後の命令に、サリアン公爵は深々と頭を下げる。



「御意」



 これからは後進の時代。あの蜃気楼の様な時代は過去となり、新たなる未来が若者たちの手によって形作られていく。そこに、我々の様な旧時代の石器は必要ない。しかし……いや、だがな……?


「ーーだかな、小国たる我が国に遊ばせておく余剰戦力はない。今暫くは我らに力を貸すがよい」

「……は?」

「なんだ、もう休ませて貰えると思ったのか?そなたも甘くなったものだ。まだおしめも取れぬ若者たちに譲ってやれるほど、我々は歳をとっておらぬぞ?」


 『休む』の意を『永遠の暇=処刑』と受け取っていたラドフォードは、柄にもなく呆然とした表情を見せる。そんな彼の表情かおに「してやったり」という気持ちが沸き起こった。ようやっとこの男に勝った気がして。


「さぁ立て。仕事が山積みなのだ。ちっとばかし手伝っていけ」

「陛下、それはいくら何でも……」

「ほら、早く」

「は、はぁ……?」


 何が起こったのか理解できぬという表情。珍しく困惑するラドフォードに、私は手を差し伸べた。









お読み頂きまして、ありがとうございます!

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裏舞台1『後進の育成ー蜃気楼ー』をお送りしました。

システィナ国王とサリアン公爵、長年主従関係にあった二人の間には、何者にも断ち切れぬ硬い絆があります。

きっと、若い頃の苦い思い出も強く作用しているのでしょう。(過去編などあれば、面白いかも知れなません)


徐々に明かされる真相。

アルカード争乱の裏にあった策略。

運命に翻弄される者たち。


次話も是非ご覧ください!





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