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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と狂気の王子(下)
380/500

※裏舞台1※後進の育成ー先達ー

side:sistina

 ※(アルヴァンド公爵視点)


 一切の抵抗なく拘束され牢へと繋がれると、彼は以降、誰の言葉にも(イエス)と答えた。どんなに不利な言葉を投げかけられようともその全てに是と答える彼に、取り調べを行った尋問官も遂に匙を投げた。

 私はそんな彼の態度に「やはり」との思いを抱いた。彼の信念が生半可なモノではない事を理解していたからだ。

 そもそも、彼は自己保身の精神を持ち合わせていない。当然、自己弁論(言い訳)も存在せず、だからこそ他者からどう思われようと何の関係もない。己が意志は己だけのモノ。他者の理解など求めてはいない。


「……なぜ、とお聞きしても?」

「聞いてどうする?罪人の言い訳を」


 魔力光の灯る洋燈(ランプ)の炎に照らされた彼の表情には何の後悔も未練もなく、いっそ清々しいほどの明るさすら感じた。彫りの深い目元のシワにすら威厳を感じ、私は暫く話を切り出せずにいた。ついに切り出せたと思えば、随分と稚拙な言葉が口から溢れ落ち、羞恥から内心舌打ちするも、彼はそれほど気にしてはいない様子で切り返してきた。


「貴方は罪人(つみびと)ではない」

「大罪人だ。私は国に弓引いた逆賊なのだから」

「そうさせてしまったのは国ではありませんか?」

「仮にそうだとしても。アルヴァンド公爵、いや宰相閣下。私は私の起こした事態を正確に理解している。貴殿は甘い。反逆を起こした暴徒に(なさけ)を見せてどうするのだ?」

「情ではありません」

「ならば何だ?事実を見ようともせぬ者に未来はないぞ、アルヴァンド宰相」


 砥いだ刃のように鋭い言葉、土足で心を覗かれるかのような鋭い眼光に、一瞬の躊躇が生まれた。やはりと言おうか、その隙を見逃してくれるような甘い相手ではなかった。


「自身を正当化し、他者を貶める。私はその様な貴族には成り下がるつもりはない」


 事実、彼を知る誰もが彼を卑怯者と呼ぶ事はない。

 私自身、彼ほど高潔・豪傑・精錬を体現するシスティナ貴族を、他に知らない。だからこそ、利益を求めて損得勘定のみであの様な事態を引き起こしたとは、考え難い。


「貴方の中にある国への忠誠心は腐ってはいない。そうでしょう?閣下。でなくば、私は閣下がこのような事件を起こした理由に意味を見い出せない」


 そう言い募れば、彼は漸く表情をほんの少し軟化させた。どこか困ったように微笑む。その苦笑に、ほんの少しの懐かしさを覚えた。


「閣下はよせ。最早私は閣下と呼ばれる立場にない」

「ならばバークレー侯爵。貴方は何故このような事態を起こされたのか?お答えいただこう」

「随分と強情だな?宰相。聞いた所で何の意味のないと言うのに」

「それを判断するのは宰相たる私です」


 私は旧友としてではなく、一国の宰相として彼に相対している。そう告げれば、彼はーーバークレー侯爵は「嗚呼」と呟き、苦笑と共に眉根を寄せた。侯爵は私を『宰相閣下』と呼ぶ割には、己が前に現れた私を『旧友』と見てくれていたのかも知れない。そう思えばこそ、胸の内が僅かに締め付けられる気がした。


「そうか、そうだな……だが、それでも私は、自身を正当化する気はない」

「そうですか。なれば、私の『勝手な想像』が『真実』となりますが、宜しいか?」


 そもそもの話、バークレー侯爵が尋問官からのどの言葉にもイエスと答えたからこそ、こうして宰相たる私が駆り出されたのだ。宰相(わたし)相手ならば、少しは真実を語るのではないかと見越して。

 そうでなくとも、尋問から得た言葉を全て間に受ける事はない。裏付けを行い、事実関係を明白にした後に、漸く判決が下りるのだが、それでも、よほど本人の納得の得ない『事実』が捏造される事もしばしばあるのが実情。


「貴殿の『想像』が『真実』と?ハハハ!それは面白い」

「笑い事ではありません。侯爵、貴方はそれで宜しいのですか?」


 心底愉快そうな笑い声に対し、眉間に痛みが疾る。


「異論はあるが、仕方ないと諦めるしかあるまいて。何せ、私は語る事を拒否したのだから」


 侯爵の強情っぷりに思わず「閣下!」と叫べば、再び侯爵からの叱責が飛んだ。


「だから閣下はよせ。それに敬語も。私と貴殿とは、そう年齢(とし)も変わらぬではないか?」

「……私の方が一年歳下です」

「成る程。貴殿は一年歳上である私を立ててくれるのだと言うのだな?」

「勿論です。ーー昔から貴方は私の見本だった。目標だったのです。尊敬すべき先達に敬意を示すのは当然ではありますまいか」


 一級上の尊敬すべき先達者。学園で『先輩』と呼んでいたあの頃から、貴方は私の憧れだった。そう告げれば、侯爵は心底意外そうな表情を浮かべた後、実に愉快そうに笑みを深めた。


「それは初めて聞いた。今をトキメク宰相閣下から己が目標だったと言われるなど、なかなかに気分の良いものだな?」


 面白そうに口端を弧にする侯爵。その何処か意地悪そうな笑みに、口の中に苦い物が生まれる。


「話をはぐらかすのはおよしください。貴方は昔から、人を煙に巻くのが達者でおられるのですから……」

「なに、若者ならば大概がこれで煙に巻かれてくれるのだかねぇ?」

「私はそう若くはありませんので」

「拗ねるな。でなくば、宰相の地位になど着けまいて」

「閣下!」

「では、そろそろ聴かせてもらうとしようか?貴殿の想像とやらを」


 侯爵は『閣下』と呼んだ事を咎めなかった。それどころか私の態度も言葉も丸ごと無視して、長い指を腹上で絡ませ、ザッと脚を組み直したのだ。

 尊大とも呼べる態度、躰から溢れ出す威圧感。空気がピリピリと張り詰める。言動を用いて場面に緊張感を持たせた侯爵の手腕に、未だシスティナ貴族としての矜持と誇りは死んでいないと確信する。


「閣下、貴方はこの機に国内にある不安分子を、一気に片付けてしまおうとお考えになったのではありませんか?貴方は各省庁を経て軍務省長官へとお着きになられた。その期間、様々な分野に繋がりを得られたはず。しかも、手の届く範囲は自国のみではない……」

「私は生粋の外交官ではなかったが、国境警備の観点から他国と繋がりを持つこともあった」


 暗に『自国のみならず他国との繋がりがある』と示唆すれば、侯爵は『外交官ではない』事を念頭に、示唆に対して肯定を示した。


「貴方は常々、国境警備の在り方に疑問を呈しておられた。特に『塔の魔女』に固執するシステムには反対を示されていた」

「私以外にも、同じような疑問を持つ貴族はいる」

「しかし、内部瓦解を謀るほど憎んでいた者を、私は多く知らない。情けない事に、我が国の貴族は自己保身を一番に考える者が大多数を占める」


 特に最近、自己保身に奔る貴族が増えたように思う。

 平和な日常を甘受し、私利私欲から富を蓄え、富を得る為に暗躍すら行う貴族。この数十年の平和が『何』を犠牲にして成り立つ物なのか、理解しようともしない貴族。ーーいいや、理解しながらそれらを『当然の権利』と受け取る貴族の多さに辟易する。特権階級に胡座をかく者の傲慢さ、これこそが我が国が抱える大きな問題なのだ。


「実に情けない事態(こと)だ。自身の地位と名誉、権力と利権、そして領地さえ無事ならば良いとする貴族のなんと多いことか。太極を見る事のできぬ者に未来などない」


 侯爵はイヤハヤと頭を降る。


「我が国は長年八方美人を気取り過ぎた。今の時勢、それでは他国と渡り合えない」


 事実、他国からの我が国の評価は低くなるばかり。


「我が国は四方を大国に囲まれた小国に過ぎぬのだ」


 真に彼の言には頷きしかない。『井の中の蛙大海を知らず』とのコトワザを今の若者のどれ程が知るだろうか。きっと侯爵に先導されたあの若者たちは、自国の状況を多方面から分析した事など無いに違いない。

 魔術や魔宝具といった特質すべき『技能』や『技術』でのし上がれたこれまでと違い、認識の広がりが一旦まで終了した現在、他国は我が国に対して対抗策を講じ始めている。対抗策ーーつまり、我が国は他国から攻略されようとしていると云えるのだ。それがどれ程マズイ状況なのか、考えるだけで背に震えが疾るというもの。


「ですから貴方は自身の殻に閉じ籠る盲目共の尻に、火をつけて回ったのではありませんか?ーー他家の領地()が火に見舞われていても、自身の領地さえ無事ならば他人事と捨て置く貴族が大多数だとしても、自家の領地(にわ)に燃え移る可能性を知れば、誰もが慌てざるを得ません。嫌でも火消しに動かねばならなくなる」

「ほぅ、だからこその『火つけ』か?」

「はい。遠くから眺めている分には観客に過ぎませんが、近くの罪禍なれば役者(キャスト)にならざるを得ない。閣下は大多数の穏健派貴族を観客席から引きずり下ろしたのですよ」


 己の処罰に関わる事だと云うのに、侯爵は私が話す講釈を愉しそうに聞いている。その態度に苛立ちを覚えるが、そんな私の心境こそ、侯爵にとっては心躍るモノになり得ているように思えてならない。


「自身が役者の一人と知れば、再び傍観を決め込む事などできはしない。いつ自身に罪禍が訪れるとも知れぬのです。最低限の自衛と防御、そして情報収集は必須となりましょう。勿論、横や縦との繋がりも計らねばならない。正しい情報を得れば、自ずと無関心を貫く事はナンセンスだと気づくでしょう」

「余程の偏屈者か、それとも自殺願望がある者でもない限りは、か……?」

「我が国の貴族がそれ程までの無能に成り下がってはいないと、信じたいものです」


 いまいち自信を持てずに尻すぼみになる言葉。尋問中であるにも関わらず、弱音と溜息すら吐きたくなる。すると、伏した視界の上から快活な笑い声が聞こえてきた。


「そこが貴殿の甘いトコロよ!周囲が優秀な者でばかりだからなのか、見る目が鈍っておるのではないか?盲目は身を滅ぼすぞ?」

「耳に痛い。しかし、ご忠告には感謝申し上げる」

「なぁに、私は貴殿の先達なれば……」


 言葉こそ辛辣に聞こえはするが、侯爵の声音には温かさすら感じた。内心ホッとしてしまった。これこそが侯爵が云う『精神の甘さ』なのだろう。けれど、なかなかにこの甘さは捨てようがないのだ。特にこの様な温かな瞳で見つめられては……


「そんな貴方だからこそ、私は貴方が無作為に事を起こしたとは考えられぬのです。貴方は狂者でも愚者でもない。誰よりも我が国の未来を憂いておられる」

「買い被りすぎだ」

「いいえ。現に、貴方だからこそアルカードは保っていたのだと、私は確信します。貴方が軍務長官でなければ、今頃我が国は戦乱の最中であったでしょう」


 国を揺るがす騒動を起こした侯爵だが、それこそ、何ぞ壮大な理由があったと考える方が納得がゆく。

 前任の軍務長官であったバークレー侯爵、彼が長年、軍事都市(アルカード)を治めていたからこそ、我が国は平和を甘受してこれた。侯爵が履き溜まる闇を堰き止めていたからこそ、システィナは寸前で瓦解せずにおれたのだ。

 それは、私が宰相と云う立場に着いたからこそ見えた我が国の状況、その危うさであった。


「私は貴殿が思うほど清廉潔白ではない。現に私は軍務長官の地位を利用して、他国と違法魔宝具の取引を行っていた。不当に利益を得ていたのだ。そして、この度は地位を傘に若者を先導し、隣国へと攻め入ろうとした。逆臣、それこそが私の正体であるぞ?」


 侯爵の語る『悪事の告白』は既に裏が取れてある。確かに侯爵は地位を利用し私服を肥した。若者を先導し他国へ攻め込もうとした。しかし、それは冷静沈着な侯爵の性格からは考え難いほどお粗末に露呈した。そこに裏があると考えて、何がいけない?


「多かれ少なかれ、見えぬ所で違法魔宝具の取引は存在します。それに、魔導士の流出も」

「国が推進している訳ではあるまい」

「ですが放っておいても近く同じような事態に発展していた筈です。偶発的か自発的かの差でしかない。ならば、自発的に引き起こした現象であった方が、幾分かコントロールが効くというもの」

「私がその操り人だと?」

「ええ。貴方がコントロールしていたからこそ、今も事態はそこまで深刻な物にならずにある」


 我が国は『魔宝具の軍事転用禁止』を法律で定めてはいるが、実際には、もう何十年も前から違法魔宝具の流出は起きていた。それは何もライザタニアだけではない。

 『誰もが扱える』をコンセプトに作られる魔宝具。その利便の良さから一般家庭にも普及する魔宝具だが、『誰にも扱える』という点には、利点と不利点とが混在する。

 多少の魔力さえ扱える素養があれば、誰にでも扱える魔宝具。言い方を変えれば、我が国の人間でなくとも扱えると云うこと。しかも、タダの生活魔宝具ーー例えば洗濯掃除を担う魔宝具であっても、扱い方を工夫(意訳)すれば、殺人の道具にもなってしまう。

 要は、使い方次第で善にも悪にもなるのだ。

 この近年、市井で生活魔宝具を使った犯罪が増えているとの報告が挙がっている。また、出力を高めた生活魔宝具が闇に出回っているという報告もある。

 どれほど国が法で定めてはあろうとも、起こる事件は起こるのだ。人間に欲望がある限り。


「かの魔女は隣国へ拉致までされたのにか?貴殿はこの事態を深刻とは捉えておらぬのか?」


 脳内に一人の少女の姿が思い出された。私にとって恩人とも呼べる少女は、現在他国の空の下に在る。


「東の魔女アーリア殿の誘拐。私にはそれも貴方の計画の内にあったのではと思えてならない。貴方の御母君は前代の塔の魔女でした。『塔の魔女』が自国にとって、そして他国にとってどの様な存在かを誰よりも理解しておられた。加えて長所に限らず短所をもーー塔の欠点すら把握しておられた」

「それが軍務長官の仕事であったからな」

「なればこそッ!何処が弱いか、何処を突けば崩れるか、アルカードの弱点も当然ご存知であったでしょう?」


 侯爵は激昂する私の言葉を軽く躱すと肩を竦ませて「さてな」とすっとぼけた。その何ともワザトラシイ態度に苛立ちが募る。


「アルカード争乱。あの襲撃は計画的に行われたもの。それも長期に渡り水面下で練られた計画です。用意周到に組まれた作戦。あの様に隣国の工作員を紛れ込ませるには、相当な下準備が必要だったに違いありません」

「……それを為せたのは私だと?」

「貴方以外には考え難い」


 口元を引き締め、冷静さを装う。ジッと見据えた侯爵の顔。悔しい事に、どれほどの言葉を掛けようとも、その笑みが崩れはしない。しかしーー……


「ハ!やはり貴殿の考えは甘いと言わざるを得ぬな」

「……どう云う事です?」

「私一人で国家を揺がす程の計画を練ったと云うは、些か早計な考えではないか?」

「そう。貴方一人の力では此処まで用意周到には事態が動かなかった、『あの方』の力がなくば……。本当に『あの方』は何処まで見据えておいでだったのでしょうね?きっと私が考えつかぬほど、遠く未来を見据えておいでだったのでしょう」


 漸く獲物がかかった。殊更に彼を『あの方』と強調して語れば、侯爵は浮かべた笑みの一切を消した。眼光が一切の光を失い、ボウと闇に浮かぶ灯籠の炎のように揺蕩う。


「恥ずかしながら、私は『あの方』の事を長年誤解してきたのです。いや、誤解と言いましょうか……あの感情を言葉に表すならば『嫉妬』『羨望』と云ったものが近い。そう。私は『あの方』が羨ましかった。常に毅然とした態度で物事を判断し、国王陛下の信を(ほしいまま)にしてきた彼がーー……」


 国王陛下のすぐ側にあって毅然と佇む『あの方』の姿は、ともすれば国王陛下よりも強い存在感を放っていたように思う。清廉潔白。質実剛健。絢爛豪華な王宮にあって、『あの方』に羨望の目を向けぬ者はいなかった。あれこそが生粋のシスティナ貴族を体現なさしめた存在だと。

 一時期、私は嫉妬から『あの方』を目の敵にしていた。やる事なす事すべてに裏があるように思えてならず、反発心から対抗した事もあるほどだ。それこそ、現在の地位に着くまで、私は『あの方』の思惑や意図を測れずにいた。


「国と王を守護する一族アルヴァンド公爵家と云えど、歴史のみ長いだけの腰巾着に過ぎない。長く王家の側にあったと言うだけで胡座をかく無能者だ。ここ数代、我が公爵家から宰相を排出していなかったのがその証拠。血の濃さに縋る、正に王家に縋りつく害虫だ」

「自身の出自を悪く言うのはよせ」

「事実でありましょう⁉︎ 我々はこれまで『アルヴァンド』の名を語るには過ぎた名誉が与えられてきた。だからこそ、『あの方』は我らアルヴァントに鉄槌を降された……」


 苦々しく辛い経験。まるで『天井神の鉄槌』とも呼べる経験は、我々アルヴァンド公爵家の者に現実を突きつけた。我が息子は犯罪者へ堕とされ、我が娘は社交界を爪弾きにされ、我が家名は著しく停滞した。遂には私自身も『獣人』へと姿を変えられ、昼の世界を歩けぬようにされた。ーーあの状況になって初めて、これまでどれ程ぬるま湯に浸かり切っていたのかという事を、思い知らされた。


「我々アルヴァンドは罪人に堕とされて初めて、その事実に気づいた。『忠義や忠誠心のみでは国は守れぬ』と覚ったのです。盲目的な忠義など、邪魔にしかなりますまい?」

「『真実は小説より奇なり』とは云うが、世の中は綺麗事ばかりでは罷り通らぬ。現実も然り。そうだろう?」

「ええ。現実は物語のようには動いてくれない。美しい物語には必ず裏がある。裏工作があって初めて物語は美しい結末を迎える事ができるのですから」


 世の中に出回る絵本には、『美しい少女が王子に見染められて結婚、幸せに暮しました』との物語が幾つかあるが、それには少女が王子と『幸せな生活』を送れるように『誰か』が裏工作を行ったと考えるのが妥当。でなくば、身分の釣り合わぬ双方が『幸せな生活』を送れる筈がないのだから。


「貴殿らアルヴァンドは正道を歩む者、態々(わざわざ)悪道を歩む必要はない。その役目は貴殿らには与えられていないのだから」

「闇を知らぬまま光を歩めと?」

「人には分不相応があろう?アルヴァンドに裏工作は似合わぬ」

「しかし、それではこれまでと何ら変わらぬではありませんか⁉︎ この国を終わらせぬ為に、『あの方』は我らを奮起させる起爆剤を処方してくだされた。変わるキッカケは、既にこの手の中にある。これで変わらねば、存在意義そのものがなくなってしまう!」


 我が国の自浄を押し進める為、『あの方』が自ら泥を被り、国にーー自国に住う者たちにある種の危機感を突きつけた。そうでもせねば、平和な今日(こんにち)を甘受する我々システィナの民は、身近に迫る危機に目を向ける事はなかった。


「貴方の遣り方は『あの方』の遣り方にそっくりです。自身を悪に貶め、他者を善に引き上げる。後進の育成とはよく言ったもの。ーーまぁ、トクベツ辛辣な遣り口ではあると思いますがね?」


 後進の育成ーー自分の後から進んでくる後輩に、自分の知識や経験、技術などを伝えて、それらを後の世に伝える為の人材を育て上げること。後継者の育成の為だけ『あの方』動き、眼前の侯爵も動いた。


「貴方のーー貴方がたのお陰で、自浄は早まりました。ありがとうございます」


 苦々しい笑みを浮かべる侯爵をとっくりと眺めた後、深々と頭を下げれば、眼前の侯爵はハァと深い溜息を一つ。放つオーラは明らかに『気に喰わない』といっている。漂う哀愁。私は漸く、彼ら先達者から一本取れたかのような晴れやかな気持ちになった。


「『あの方』は、何と……?」

「なにも。貴方と同じです。全てを受け入れると仰っている」

「そうか……」


 今頃、『あの方』には私よりも相応しい人物が尋問を行なっている。どの尋問官にもダンマリな『あの方』も、かのお方ーー国王陛下の前には、立場なく全てを語るだろう。


「全て、貴殿らの掌の上という事だったのですね?」

「さてな」


 最後の最後に「(イエス)」以外の言葉を引き出せた事は、この上ない成果に違いない。ーーそう思えばこそ、私は苦々しく笑う侯爵を目に留め、この日初めて心からの笑みを浮かべた。




 数日後、システィナでは近年稀に見る事態が起ころうとしていた。システィナ国王の命によって、勅が下されたのだ。



「勅命である。システィナに弓引く逆賊を討伐せよ」



 ーーと。


お読み頂きまして、ありがとうございます。

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裏舞台1『後進の育成ー先達ー』をお送りしました。

アルヴァンド公爵とバークレー侯爵との対話。アルカード争乱の裏舞台が徐々に明らかになってきました。

どうやら争乱はライザタニアだけの企みではなかったようで……?


次話『後進の育成ー蜃気楼ー』も是非ご覧ください!


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