※裏舞台7※ 時には男同士の話を
ジークフリードはアーリアをベッドに寝かせると一階の食堂へと戻った。すると、そこはもう片付けも終わっており、カウンターテーブルの前に居たダンは降りて来たジークフリードに向けて酒瓶片手に手を振り上げてきた。
「おーいジーク。少し飲まないか?」
「え……あ、はい」
ダンはグラスを二つ出すと、そこに氷を入れて琥珀色の液体を並々と注いでいく。
「今度はブランデーオンリーだ!」
ジークフリードはダンの言葉に苦笑して、ダンからグラスを受け取った。グラスを少し揺らして中身を眺めてから、グラスに口をつけた。ブランデーを口に含むと甘い香りが鼻から抜けた。
「オッ、お前さんいける口だね?」
「え、ええ、まぁ……」
ジークフリードはアーリアを思い出して笑った。アーリアが酒を口にしたのは2度目だが、やはり酒には滅法弱かったらしい。アルカードでは酒を飲まさなかったので遽に判断はつきにくいが、紅茶に入れたブランデーくらいで潰れるくらいなのだから、相当弱いと断言できるだろう。
「前にも一度、似たような状態になったことがあるんですよ」
「そうか。なら、お前さんが気をつけてやらなきゃいけないな!」
「ええ……。でも、まさかあの程度の量でダメだとは思いませんでしたよ」
「アハハ!あれには俺たちも驚いたよ。子どもでももう少し飲めるだろうに」
「本当に」
グラスの中身をゆらゆらと揺らし、中の液体の流れを目で見て楽しんでいたジークフリードは、目線をグラスに置いたまま同意を口にする。
ーこのようにゆっくり酒を飲むのはいつ振りだろうか?それに、このようにゆっくり時間を過ごしたのも……ー
獣人の呪いを受けてからずっと、ジークフリードには心休まる日が一日もなかった。また、アーリアとの逃亡旅の道中も、常に危険との隣り合わせだった。だからこそ、ジークフリードは常に神経を研ぎ澄ませなければならず、このようにゆっくりと酒を嗜む時間が持てた事は、幸運としか言いようがなかった。
二人にとってここ数日間は思わぬ休息だったのだ。あのまま旅を続けていたら、二人とも、いつか行き詰まっていただろう。
「本当に……本当に、君らには感謝しているんだ」
「は……?」
ダンはグラスをカウンターに置いて話し始めた。その顔には昔を思い出して懐かしむようだった。
「俺たちには娘がいたんだ。顔の造りと目の色は俺に似ていたが、髪色は家内似でな。性格は誰に似たのか少しぼんやりした娘だった」
赤髪に赤目の穏やかそうな少女を想像したジークフリードは、ダンの言葉に静かに耳を傾けた。
「娘は小さい頃から身体を壊す事があってね。あまりにも症状が治らないものだから心配になって、魔術医の先生に診て頂いたんだ。すると、彼女の中に魔力があったんだよ」
「魔力って……」
「ああ。大なり小なり、誰もが魔力を持っている。だけど、娘が持つ魔力はあまりにも強大過ぎた。人間が持つ魔力にしては大き過ぎたんだ、その魔力に器が耐えきれないほどに」
ダンがグラスを持つ手に力が入った。
「うちの先祖には魔導士なんて誰もいない。俺も、そして家内もだ。だから、それは突然変異としか考えられなかった」
人間一人ひとりの身体には、個の性質に合わせた肉体と、魔力の入れ物である器とが存在する。けれど、注ぎ過ぎたグラスは、時を待たず溢れ出るもの。人間の器に入り切らない魔力を持つならば、その者の死期はおのずと短くなるのは想像に難くない。
「内包する魔力に身体が耐えきれなくて、娘は成長するごとに身体を壊す事が多くなってね。魔術医の先生たちも手を尽くしてくれたんだけど、その甲斐もなく成人する前に死んでしまった」
ダンはグラスの中身を一気に飲み干して、そのグラスに新しく酒を注いだ。ついでにジークフリードのグラスにも。
「俺もそうだが、家内はそりゃあ悲しんでね。だが、悲しんでばかりいても生きていけない。そのうち魔術医の先生が考案したティオーネ紅茶の生産が家内の生きがいになっていったよ」
ジークフリードも山の中腹から斜面に広がる茶畑を見たが、青々と整列するその風景はとても美しかった。
「若先生がジークたちを連れてきた時は、本当に驚いたよ。一体何事かと思った。だが君たちーー特にアーリアを見た時は、本当に娘が帰って来たのかと思ったんだ。家内の喜びは相当なモノでね、喜び勇んで世話を焼きすぎているわけだが……。君たちには迷惑かもしれないな」
「いえ、そんなことは……。俺たちのような見ず知らずの者に親切にしてくださって、本当に感謝しております。アーリアも同じ気持ちだと思います」
この数日のアーリアの様子を思い起こしてみても、実に生き生きとしていた。常に気を張って、ジークフリードが何かすると直ぐに謝っていた。苦い顔をしていた方が多いくらいだ。
だが、不可抗力にも此処を訪れて以降、アーリアは実に年相応の娘さんらしく、感情豊かに過ごしている。ジークフリードはアーリアのそのような顔を、此処へ来てから始めて見たのだ。
「彼女には、親がいないのですよ……。だからでしょうか。すごく自分を卑下する事があって……。」
「そうか、アーリアには親がいないのか……?俺たちは余計なことをしたかな?」
「そんな事はないですよ。ここでダンさんとテルシアさんに娘のように接して貰って、本当に嬉しそうにしています。まぁ、恥ずかしくて隠してるみたいですが」
ジークフリードは肩を竦めた。アーリアの恥ずかしくてどうしたらいいのか分からない!と言った表情は見ていて面白かった。
ジークフリードなど、幼い頃から親兄弟と過ごすことが当たり前だったので、今でこそ両親の事は心から尊敬しているが、思春期には両親に小さな対抗したりしたものだ。だが、アーリアは親と過ごした事がない。だからなのか、あの年齢で親のような年齢の人にどのように対すればいいのか分からないのだろう。人との距離感も測り損ねているようだった。また好意に対してどのように自分の思いを伝えれば良いのかも分からないようで、テルシアに対しても引いたり押したりして具合を確認していた。
ジークフリードはその様子を観察して、毎日苦笑するしかなかった。これは習うより慣れだ。これは生活の中でしか身につかない。
「……もうすぐここを出て行くんだろ?」
「はい」
ダンとテルシアにはジークフリードとアーリアがある魔道士から逃げるために旅をしていることを伝えてあった。追手がいることも。
「アーリアをしっかり守れよ!」
「ええ分かっています」
「あのタイプはなかなか難しいぞ〜〜。そもそも女っていうのはなかなか素直に守られてくれないもんだからな〜〜」
「……分かります」
「そんでもって、女は下手したら男より強いんだ!男を差し置いてどんどん先に行ってしまう」
「……」
「最後には男たちの助けなんていらんのじゃないかって凹んでしまうんだ」
ジークフリードは思い当たる事が多過ぎて黙ってしまった。
「でも、やっぱり女を守ってこそ男だ。強く見えてもその内は繊細で脆い。男みたいに鈍感じゃない。ジーク、アーリアを頼む。俺たち夫婦の分も守ってやってくれ!」
「はい」
ダンはグラスを傾けてジークフリードのグラスにカチンと当てた。
「まぁ、親としてはそれでいいとして。ジーク、アーリアみたいなタイプは難しいぞ〜〜。ぽやんとしてるようで、中身は結構堅いんじゃないか?あのタイプはきっと雰囲気で流されてくれないからなぁ。お前みたいに顔が良くても、なかなか難しいんじゃないか?」
「……何のことです?」
「とぼけるなよ〜〜!ジーク、お前の気持ちのことに決まっているだろう?」
「……俺は彼女の護衛ですよ?」
「またまた〜〜とぼけちゃって!で、どうなの?」
「ダンさん、酔ってますね?」
「海の男がこれくらいで酔うか!」
この後テルシアの助けが来るまで、ダンのからみ酒に付き合った。しかし、ジークフリードは酔った勢いで己の秘めた内側を晒すほど軽い男ではなかったのだった。
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