悪役令嬢、奮闘す1
「「記憶が、ない?」」
漸く雪も溶け、新芽が芽吹き始めたエステル帝国の帝宮。次期皇帝たる皇太子殿下の居城に相応しき宮に響く声には、ハッキリと驚愕の感情が現れていた。
「そんなバカな……⁉︎」
「何かの間違いではございませんか?」
この日、国外追放した元公爵令嬢リアナ嬢から『アリア姫をライザタニアの神殿で発見した』との報告が挙がった。その報告自体は喜ばしい物であったが、皇太子殿下は読み進める内に書かれてあった内実に立場も忘れて叫んでいた。
本来なら殿下を諫めるべき側近の顔からも冷静さが剥がれ落ちていた。それほど迄に驚愕すべき内容が、密書にあったのだ。
大帝国と呼ばれるエステル帝国は文字通り大陸の覇者であり、揺るぎない治世を確立してはいたが、隣国ライザタニアの暴走からは目を離せぬ状態にあった。その為、帝国はライザタニアへ幾人もの間諜ーー諜報部員を放っていた。
元公爵令嬢リアナもその一人であり、帝国皇太子たるユークリウス殿下の命を受け、間諜の役割を持ってライザタニア入りしていた。
リアナ嬢は公爵令嬢時代のコネを使い、本来配属される予定であった地方の教会から王都の神殿へと転属を果たしていた。しかも、着任早々姫巫女付きの修道女として重要なポストに就いていた。
「コネがあるとは云え、まさかこんなに早く神殿の内部に侵入できるとは思ってもおりませんでした。さすが、元ルスティル公爵家の令嬢と言った所でしょうか?」
皇太子殿下の忠実なる側近ヒースは、国外追放された元公爵令嬢リアナの実力を再確認していた。
ルスティル公爵家とは帝国興国から帝室と共にある由緒ある家系だが、この春、お取り潰しが決定した。と言うのも、ルスティル公爵とその令嬢の起こした事件が帝室の琴線に触れたからであった。
本来なら、あの様な稚拙とも呼べる策謀を持って事を謀らずとも、ルスティル公爵家の権威は揺るがしようもなかったのだ。千年という長き時を帝国と共に歩んできたルスティル公爵家の忠誠心は、誰もが認めるところであったのだから。
「これが本来の忠誠心を取り戻した公爵令嬢の実力というもの、ですかね?」
神殿へ侵入を果たしたリアナ嬢は、そこで偶然にもトアル人物を発見する。その人物とは、冬ごろまで皇太子殿下の婚約者として帝国に滞在していた『アリア姫』であった。
『システィナの魔女姫発見』の報は皇太子殿下の心を激しく揺さぶった。彼女こそが皇太子殿下が探していた人物であったからだ。
だが追加報告には『記憶の混濁が見られる』、『自分がアリア姫である事も、姫であった時の記憶もない』とあり、皇太子ユークリウス殿下とその側近であり近衛騎士ヒースは、目眩に揺れる視界の中、信じられぬ思いで二度三度と書簡に目を通した。
「さぁな。それよりも、何故アーリアが神殿の姫巫女になっているのだ!」
因みに『姫巫女』とは神殿の頂点に立つ者の総称である。
ライザタニア王家の影とも呼ばれ、『血の保管庫』としての役目もある神殿。その長たる姫巫女は、建国の王の妹姫の血を受け継ぐ者でもある。それは国内外で知られた事実であり、現にエステル帝国からはこれまで幾度もライザタニア王家や公爵家等に姫を送った記録があった。
しかし、神殿の目的が『血脈の保存』ならば、神殿の長が部外者ーーそれも、システィナから連れて来られたと魔女姫が就ける役職ではない。ならば、魔女が姫巫女となっている理由とは何であろうか。
リアナ嬢から送られてきた密書に書かれていた遽に信じられない事実に、皇太子殿下ははじめ、冷静沈着たる側近ヒースも頭を振った。
「報告に虚偽が書かれているという事は……」
「まずないでしょう。何か事情があるのではございませんか?」
「そうだな。兎に角、もう少し様子を見てみようか……」
ユークリウス殿下は手にした書簡を机上に置くと、背後を振り仰いだ。窓越しに見る空は蒼く、薄雲の棚引く様は如何にも帝国の春らしい情緒が感じられた。その空を煌めく銀の軌跡が数本。幾頭かの飛竜が南東へ向かい羽ばたいて行くのが目に留った。
「ヒース、南東部隊はどうなっている?」
「特段、変わりありません。様子見に遣わしたカイトからも定期的に報告が上がっております」
ユークリウス殿下は側近ヒースの言葉にガックリと肩を落とした。南東部隊とは帝国とライザタニアとの国境線を見張る部隊の事を指し、その指揮は皇太子殿下の手にあった。
「そうか。空挺部隊には『くれぐれも国境線を越えぬように留意せよ』と再度通告しろ。あのバカーーカイトが先頭切って張り切っているのだ。うっかり国境を越えてしまえば、戦争の火蓋が切ってしまうではないか!」
ぐっと拳を握り断言する皇太子殿下の顔には苦悩の表情。周囲の者たちを抑えねば暴発し兼ねぬ現状に、苛立ちさえ感じていた。本当ならば自分自身が出向いて報復の一つや二つ行いたいというのが本心である。
「は。ーーしかし、張り切っているのはカイトだけとは限りますまい。空挺部隊の中には魔女姫の信奉者が幾人もおりますれば……」
宥めるどころか爆弾投下した側近ヒース。
一時、皇太子殿下の偽の婚約者を演じたアリア姫(仮名)を本物の姫と認め、また、魔女姫と慕う者が一定数いる事は事実。彼らが今回のライザタニアの奇行にどれだけの憤りを持っているか、それが分かる一例が正に『空挺部隊による国境線防衛演習』であった。
「くそっ……アイツら……!」
「諦めてください。今回の事態はライザタニアの自業自得。それに、私とて彼女を案じる者の一人なのですから」
ーーだから、彼らを止める事など出来ませんよ。
暗にそう続くであろう側近の言葉、そして浮かべられた微笑に、皇太子ユークリウス殿下はハァと深い溜息を吐いた。
※※※※※※※※※※
システィナ王家を侮り、皇太子殿下の婚約者たるアリア姫を亡き者にしようと諮ったルスティル公爵とその息女リアナは、叛逆者の罪に問われて投獄。後にルスティル公爵の処刑され、リアナは帝国から追放が決められた。
一度は叛逆者として処されたリアナであったが、当初よりエステル帝国と皇族を謀っていた訳ではない。帝国の由緒ある公爵家の一員として、帝室への忠誠心は確かに抱いていたのだ。
事実、ルスティル公爵家は長年の悪習から自分たちの権威と権力が永遠のものかのように感じていた。その為、少々横暴な所もあっただろう。しかし、それは何もルスティル公爵家に始まった事ではない。権力を持つ者は少なからず、同じように傲慢を持ち合わせているのもの。それでも、ルスティル公爵家が処罰されたのは、傲慢さが目に余ったからに他ならない。
一度でもエステル帝国皇室を貶めた者に、未来はない。
千年もの長き時を大陸の覇者として君臨してきたエステル帝国、エステル帝室の持つ誇りはルスティル公爵家の比ではない。貴族よりも遥かに地位も身分も勝る帝室を謀るなど、許される事ではないのだ。皇族と貴族には越えられぬ壁があり、同一である筈がないのだから。
帝室への叛逆者として捕らえられたリアナは、ルスティル公爵家と自分自身の過信と傲り認めた事で、再び、エステル帝国への忠誠心を取り戻した。
元来、帝室貴族の持つ帝室への忠誠心は強く、深い。リアナも例に漏れず、国外追放された今であっても、帝室への敬愛の念は薄れてはいない。ーーいや、それどころか、益々、深まるばかりであった。
ーやっぱりオカシイわー
帝室への忠誠心を爆発させたリアナは、大司教ルスティアナ侯爵に取り入り、見事、姫巫女の世話係の一人に収まる事に成功していた。そして現在、姫巫女の世話をしながらせっせと自国へと密書を送っている。
ーどういうお考えかしら?ー
リアナから見る件の姫巫女とは、実に不思議な女性であった。
姫巫女の名と地位を持つというのに、神に仕える心得どころか神殿の在り方すら理解していない。王家と神殿に担がれている身であるくせに、何一つ染まっていないのだ。
今日も今日とて求められるままに怪我人を治療し、祝福を与える姫巫女には、何の感情も浮かんではいない。ただただ怪我からの回復を祈るだけ。その姿を見て『淡々と仕事を熟す役所の職員のようだ』と酷評していた程であった。
「アナタ、本当に何も覚えていませんの?」
手慰みなのか、自身の髪を指に絡めては離しを繰り返している姫巫女に、リアナは不躾な質問を投げかけた。すると、寄る方もなく窓の外を眺めていた姫巫女は声の主へと視線を移し、僅かに首を傾げ、「ごめんなさい」と頭を下げた。
「私の事はいいのよ、覚えてなくとも」
「え、でも……」
「殿下の事よ!アナタ、本当にあのお方の事を忘れてしまったの?」
パチンと手元でハサミが音を鳴らす。怒り任せに切った花の茎がポトリと落ちた。リアナは手元に残った花を器に生けると、新しい花を手に取ってそれを姫巫女に突きつけた。
ぶしつけに突きつけられた花を受け取った姫巫女は瑞々しい花の香を楽しんだ後、「あのぉ……」と唇を開けるが、その後に続いた言葉にリアナは再び青筋を浮かべる事になるのだ。
「因みにその『殿下』というのは……?」
「ユークリウス殿下のことよッ!ーー嗚呼、麗しの皇太子ユークリウス殿下。美しい銀の髪、尊きアメジストの瞳、鼻筋の通ったお顔立ち。聡明でいて明敏な美男子。多彩な才覚を併せ持つ帝国皇太子」
ザクリと花器に突き刺さる薔薇。リアナはハサミを両手に握り込むと、「嗚呼!」の感嘆の溜息に酔いしれている。その奇怪な様子をやや呆れたように、楽しそうに眺めやる姫巫女。それほど付き合いの長くない修道女リアナの事を、姫巫女は気に入り始めていた。
どこか余所余所しい修道女が多い中、リアナは初対面からズケズケと言葉をかけてきた。本来なら忌避するべき対象になるのだが、姫巫女にはリアナのその態度が不思議と嫌に感じなかった。それどころか、気遣いのない態度には好感さえ覚えた。
「あの甘いマスクで見つめられたら、天にも昇る気持ちになるわ……」
姫巫女は脳内トリップしている修道女リアナを楽しそうに観察しながら、「ふーん、へー、そーなんだ」等と適当な相槌を打つ。
「ーーってアナタ、なんて顔で見てますの⁉︎」
我に帰ったリアナは赤らめていた頬を元に戻す。
「楽しそうだなぁって。リアナはよっぽどその皇子の事が好きなのね?」
「なッ⁉︎」
「だって、美男子対決ならシュバルツェ殿下も負けてないでしょ?」
「うっ……そ、それは、そのぅ……」
「青銀色の髪に黄金の瞳、容姿端麗で胸襟秀麗」
「っ……」
「いつも難しそうな表情をなさっておいでだけど、微笑まれたらきっと素敵だろうなぁ」
「と、尊き方たちを天秤にかけるなんて……」
「そう?他の修道女たちは『第一王子殿下と第二王子殿下、どちらが麗しいか』でよく盛り上がっているよ?」
「わ……私には、比べられませんわっ!」
「そっか!リアナにはユークリウス殿下が一番だものね?」
「〜〜⁉︎」
裏表ない感想、屈託のない表情を向けられたリアナは自身の顔色を赤と青と交互に変色させ、最後には息を飲んで真っ白になってしまった。
「リアナ、可愛い」
花弁の隙間から覗く姫巫女の表情に悪戯心を読み取ったリアナは「もう!」と憤慨。
「私を揶揄うなんて、いい度胸してますわね?」
カタリとハサミを机上に置いたリアナは、腰に手を置いて姫巫女と向き合う。すると、姫巫女は嬉しそうに笑った。まるで親しい友人に対するように。
「どんな人なのかな?その皇子様って」
姫巫女は『帝国の皇太子』に想いを馳せる。だが、どれだけ修道女から話を聞こうとも、その麗しの皇太子殿下の顔を思い出す事はない。
リアナの話では、姫巫女の実の正体は『エステル帝国の皇太子殿下と婚約を結んだ隣国システィナの姫アリア』との事だが、当の姫にはその記憶がスコンとなかった。
名を『アーリア』、家名を『ゼネンスキー侯爵家』、『軍務長官の兄』を持ち、恐れ多くも『第二王子殿下の婚約者』という肩書きを有するが、姫巫女アーリアは自身をごくごく平凡な侯爵令嬢と称していた。それがつい先日、成り行きから姫巫女の役職へ就いた自身の正体であると、信じていた。
信じるからこそ、姫巫女にとって修道女の語る話は全て夢物語ーー所謂『作り話』に聞こえしまう。『第二王子シュバルツェ殿下の婚約者という立場の自分が、エステル帝国の皇太子殿下などと婚約を結ぶ訳がない』と。
理屈の上では否定せざるを得ない状況なのに、どこか腑に落ちない違和感は何なのだろうか。「何故かしら?」と姫巫女は首を僅かに傾げる。すごく現実味のない、この感じは……?
侯爵令嬢という身分。
第二王子殿下の婚約者という立場。
姫巫女として在る現状。
全てが全て、リアナの語る話と同じように『夢物語』に思えてならないのは、何故か。
今が何時なのか、此処が何処なのか、自分が何者なのか……頭の中が霞で覆われているかのような感覚に、姫巫女は不安そうな表情を浮かべた。
「早く思い出しなさいよね!アナタにはあのお方を思い出す義務があるわ」
トンと肩に置かれた温かな手に、姫巫女は現実に引き戻された。
口を尖らせ眉根を吊り上げる修道女。笑っている時より怒っている時の表情が、姫巫女は好きだった。生き生きしていて何より彼女らしいと感じるのだ。
姫巫女は肩の力をふっと抜き「皇太子殿下の婚約者、だから?」と問えば、修道女は苦々しく笑って「そうよ。その腕輪が何よりの証拠でしょう?」と姫巫女の手首にある金の腕輪を指した。
「腕輪にそんな意味があったなんて……」
姫巫女は左腕にはめた金の腕輪に視線を下ろす。緻密な模様が彫られた腕輪には、大粒の紫水晶があしらわれている。手首には十分な余裕があるのに、どれだけ引っ張っても手から抜けない不思議な腕輪を、姫巫女は密かに『呪いの腕輪』と呼んでいた。
「兎に角!アナタは殿下の婚約者なのよ?システィナで療養中だと聞いていたのに、なぜこんな隣国におりますの?」
「私がシスティナの姫だなんて信じられない。本当に本当のハナシなの?」
「私が虚言を申しているとでも仰るの?」
「だって、リアナの知るシスティナの姫と私とでは、髪色が違うのでしょう?」
「アナタはシスティナの魔女姫ですもの。魔術はお手の物でしょう?髪色くらい何とでもなりますわ」
「あー成る程。魔術を使って髪色を……」
ズキリ。言葉を言い終わる前に突然襲った痛み。姫巫女は頭痛に眉を潜め、そのまま頭を押さえて背中を丸める。
「どうなさいましたの⁉︎ 誰か人を……」
「だめ!平気だから誰も呼ばないで」
心配そうに寄り添った修道女の手を取り懇願する姫巫女。
偏頭痛は今に始まった事ではなく、定期的には起こっていた。いちいち医官を呼ばれていては困る。
以前などは心配した侍女によって大袈裟にも王宮から治療士を派遣された挙句、兄ゼネンスキー侯爵まで駆けつけた事があったのだ。そんな事態を姫巫女は望んでいなかった。
リアナは頭の痛みに蹲る姫巫女の背をそろそろと撫でる。その仕草があまりに慈悲の満ちたもので、痛みが和らぐと同時に安堵さえ覚えた姫巫女の脳裏に、ふと『まるで姉さまみたい』との感想が浮かんだ。そして直ぐにまたアレ?と頭を捻る。
ー私に姉上なんて、いたかしら?ー
自分の記憶なのに、まるで他人の記憶のように混濁している。プカリプカリと水面に浮かぶ泡のように、浮かんでは弾けて消えてしまう。パチン、パチンと弾けては消える泡の様に儚く。
「ありがとう、リアナ」
暫くすると、姫巫女はそれまでの苦痛がウソだったかのように、けろりとした表情を修道女に向けた。
「私、貴女といる時が一番楽しい」
「えっ……」
「照れてるリアナ、ホントに可愛い」
「も、もう!」
何かを誤魔化されたと思いながらも、リアナは顔色の良くなった姫巫女の笑顔に肩を竦めた。
「アナタの記憶喪失も、魔法や魔術で治れば良いのにね……?」
記憶の喪失。確かに姫巫女と修道女との間には記憶の齟齬があった。二人の間にある認識には大きな隔たりがあった。
事実、姫巫女には抜け落ちた記憶があり、その事について治療士から『頭を強く打った事での一時的な混乱』だと聞かされていた。先の地震で侍女を庇い頭を強く打ったのだと。
「魔法も魔術も、人が思うほど万能じゃないから」
「私には万能に思えますわ。現に、アナタの魔術は瀕死の者をも見事に治す事ができますもの」
「どんな怪我にでも効く訳じゃないよ」
内臓破裂や頭部破損、時間が経った怪我等、魔術を用いても治らない傷がある。臓器の傷を修復したとしても、内部に血が溜まりによって、或いは血が流れすぎて完治に至らない場合があるのだ。特に頭部破損ーー脳に破損が起こった時には、いくら外傷を修復したとしても身体は動かない。身体が生きていても脳が死んだ状態、脳死状態となるのだ。
「頭の傷は繊細だから……」
「アナタのそれも……?」
「多分ね?」
姫巫女はまるで何かを誤魔化すように苦笑したのだ、そう感じたリアナはムッとすると同時に姫巫女の両手を掴んだ。
「だったら余計、帰るべきよ。アナタのいるべき場所は神殿ではないのだから」
真剣な目。真剣な表情。マーガレットの花弁の様な美しい髪、同色の瞳が鮮やかな輝きを放つ。強い生命力を感じる視線に捕らえられた姫巫女は、息をするのを忘れて見入っていた。
「神殿には救わねばならない人が大勢いる。私は私に任された仕事を全うする義務があるの」
「それでもよ!百歩譲ってアナタがシスティナの姫じゃなくても構わない。ユークリウス殿下の婚約者でなくともね!でもね、少なくともアナタの居場所は妖精王国ではない、魔導国家なのよ」
握られた手から穏やかな温もりが伝わってきて、姫巫女は凍った心が溶けていくような感覚に囚われそうになる。けれどーーどれだけ自分の為を思って掛けられる言葉でも、無理なものは無理。自身の事すら分からぬ者が、何処に行けるというのか……⁉︎
「あの国にはアナタを待つ人がいるでしょう?」
「……知らない。覚えてないもの」
「家族は?兄弟は?恋人は……居ないわよね?なら、親しい友人は?」
「分からない……」
「あ、ほら!あの騎士はどうなの?一時期アナタと噂になっていたあの護衛騎士のーー」
「分からない!知らない、そんな騎士‼︎」
ふるふると頭を振っていた姫巫女は、突如、声を荒げた。拍子にパッと繋がれた手が離れた。姫巫女は修道女からの視線から逃れるように、一歩また一歩と後退り、顔を背けていく。まるで全てをーーいや、現実から目を背けるように。
「私はアーリア。ゼネンスキー侯爵家当主の妹。神殿の姫巫女。シュバルツェ殿下の婚約者……」
「アナタねぇ!」
「私は此処に、シュバルツェ殿下の側にいる」
「⁉︎」
サッと修道女から背を向けた姫巫女。その背に拒絶感を見た修道女リアナは、それ以上の追求をやめた。ーーいや、できなかった。
いつの間にか姫巫女の背後から現れた麗しい紳士。その鋭い視線に貫かれ、恐怖と共に膝をつくと深々と頭を垂れる。その背にドッと汗が流しながら。
「私は殿下の側にいる……」
姫巫女は麗しい氷の王子の胸に抱かれながら、虚な瞳でそう呟いた。
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『悪役令嬢、奮闘す1』をお送りします。
敬愛してやまない皇太子殿下の為にせっせと密書を送るリアナ。強引に近づいた姫巫女から少しでも情報を引き出そうと必死です。しかし、自身の身を顧ないやり方は時に、藪蛇を突く事もあるようで……?
次話、『悪役令嬢、奮闘す2』も是非ご覧ください!




