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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と狂気の王子(上)
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倒錯の巫女殿下1

 ※(巫女殿下視点)


「嗚呼、シュバルツェ殿下……今宵も麗しいわ」


 夜会の会場となった神殿内の一施設、庭園の小池の中に建つ楼閣の側に佇む美青年の姿に、ホウと頬を染める。

 スラリとした体躯。美しい青銀の髪。月光の輝きを怜悧で切れ長の双眼。嗚呼、あの美しい瞳で見つめられたなら、どれほど幸福でしょうか。


 ーもうすぐわたくしのものよー


 あの美しい青年を自分のモノにしよう。そう結論づけたのはもう随分と前のこと。

 『狂気の王子』との渾名あだなを持つ第二王子シュバルツェ殿下だけど、その噂には語弊があると思うわ。だって、殿下は王族ーーそれも次期国王陛下に一番近いと目されているお方だもの。国は国王陛下の私物もの。当然、国民ーー臣民たちも国王陛下の私物ものだわ。だから、私物である臣民を国王陛下がどのように扱われたって良いの。それこそ、一国のあるじに与えられた当然の権利というものだわ。シュバルツェ殿下は未だ玉座にはつかれてはいないけれど、それももう目前のこと。第一王子殿下さえ黙らせてしまえば玉座は第二王子殿下のもの。そして……


 ーいずれわたくし私物ものになるのー


 私は神殿を統べる姫巫女。巫女殿下の称号を併せ持つ者。生まれた時から姫巫女と成るべく育てられた。お父様はアーレンバッハ枢機卿。ライザタニアでは公爵位を賜わっていらっしゃる。公爵と云えば貴族の中では最高位に当たるわ。けれど、アーレンバッハ公爵家は王家に仕える貴族とは立場が異なるの。建国の王ーー賢王の妹姫。初代巫女殿下の流れを組む高貴なる血筋。アーレンバッハ公爵家を興した日からもう百五十年、神殿の頂点に立っている。神殿経営こそが我が家の仕事ーーいえ、使命なのよ。

 そして、私は当代の姫巫女。神殿を統べる者。近頃は国民たちから『聖女』とも呼ばれる神殿の秘宝、それが私なの。


 ーわたくしは人々から崇められるべき存在なのよー


 私には多くの使用人たちがかしずいている。勿論、信者たちは無条件にこうべを垂れるわ。常に下級貴族たちは媚び諂ってくる。皆、神に近しい存在である姫巫女を愛しているの。だからこそ信者たちは私に真摯な眼差しを、尊敬の眼差しを私に向けてくる。私の事を心底愛し、仕える事に喜びを感じているのね。

 彼らから『姫巫女さま』『巫女殿下』と呼びかけられるたびに、私の胸の中には優越感と多幸感が溢れてくる。悪くない気分だわ。でも、それも当然の感情、当然の権利だと思うの。だって、それらは与えられて然るべきモノばかりなのだから。

 だけど、信者たちが姫巫女わたしという存在を崇め奉っているのは、盲信的な信仰心を持ってるからという理由だけではないの。ただの盲信信者ばかりじゃないのよ。彼ら信者たちは姫巫女わたしに縋り仕える代わりに、己に降りかかる不幸を取り除いて貰おうと思っているのだもの。欲が見え透いていて反吐が出るわ。姫巫女わたしを崇め奉るフリをしながら、本当は自分たちの幸福の為に姫巫女わたしへと取り入り、あまつさえ利用しようと画策しているのだから。


 ーみんな不幸になればいいのよ!ー


 王家に次ぐ高貴なる血を引く姫巫女わたしを利用しようとするなんて、許せると思う⁉︎ いいえ、許せる筈がないわ。だって、私は賢王の妹姫の血を受け継ぐ姫巫女ーー聖女なのよ!


 ー許せないわー


 信者一人ひとりに意思意見なんて必要ない。本当に姫巫女に心酔するなら、何も言わずに神殿に金を落としていけばいいのよ。私が『神の巫女』だからと無条件に、それも無償で奉仕して貰えるとは思わないで頂きたいものだわ。厚かましい!厚顔無恥とはこの者たちの事を指すのよ。


 許せないと云えば、信者の事ばかりじゃないの。最近ではお父様ーーアーレンバッハ公爵の事も気に食わない。お父様は私を姫巫女に担ぎ上げた張本人。残念ながら、神殿の権力を一番お持ちなのは枢機卿たるお父様なのよ。お父様は姫巫女わたしを擁立して以降、己の権力を欲しいままになさっている。お父様も他の信者たちと同じなの。姫巫女わたしを利用している内の一人ーーいえ、神殿で一番甘い汁を吸っている人なのよ。


 ーそんなのオカシイわ!ー


 神殿を統べるのは姫巫女と呼ばれる私なのに、その部下たる枢機卿おとうさまが姫巫女より優雅な生活を送っているなんて。


 私、知っているのよ。

 お父様が外で何をしているのかを。


 お父様は枢機卿なんて名乗っているけど、その実、神殿の仕事なんて何もなさっていない。仕事は全て部下たちに任せっきりで、本人は神殿の内外で酒池肉林を貪っていらっしゃるの。美酒を浴びるほど呑んで、美女を大勢侍らせて、美食に舌鼓を打って……この世の栄華を思う存分愉しんでいらっしゃるのよ。

 外にお母様以外の女を作っていること、私や兄たち以外にも兄弟姉妹と呼べる者たちがいることも、随分前から知っているのよ。


 ーなんて穢らわしいの⁉︎ー


 姫巫女には『身の潔白』をーー生涯のミサオを立てさせておきながら、自身は色に溺れているなんて不潔だわ!それに……そんなのズルイじゃない!姫巫女わたしには日に三度のミソギを強要していおいて、お父様は美女たちに囲まれて愉しんでいるなんて。


 ー私にも色に溺れる権利はあると思わない?ー


 私の中に色欲が芽生えたのは、私に私と同じ年頃の義妹いもうとがいると分かったあの日。しかも、義妹は私の代替品かわりとして育てられていると知ったあの日なの。


 ー何よそれ⁉︎ー


 あの日まで私は自分にーー姫巫女に代替品が、つまりスペアがいるなんて知らなかった。考えた事もなかったわ。

 姫巫女は数十年に一度の間隔で交代を余儀なくされる。その事は在位する以前から知っていたし納得してもいた。『姫巫女』と呼ばれる神殿の秘宝には『神の声をその身に降ろす』という使命がある。姫巫女になるにはその力が備わっている事が必須条件なのよ。だから、能力が持続する期間のみ『姫巫女』として在位する事ができるというわけ。そして、年齢によって能力の低下が見られてきた時、次代の巫女と交代する慣しになっている。


 でもね。そもそも、そんな『特別な力』を持つ人間なんて、本当にいると思う?そう、居ないのよ。


 確かに賢王の妹姫様には不思議な力が備わっていたそうよ。『神の声をその身に降ろす』お力をお持ちになっていたというの。神のお言葉ーー神託を得て、ライザタニアに起こる災害を回避したり、対策を講じたりなさったとの伝承があるもの。

 だけど、妹姫様の力はーー血は、代を経る毎に薄まり、現代に於いて神力を継ぐ者が顕現しなくなってしまった。それはもうずうっと前の世代からのこと。

 当たり前だけど、神殿はこの事実を隠蔽してきた。王家に報告する義務があるにも関わらず、ずっと隠匿してきたのよ。

 騙し合いは王侯貴族の嗜みのようなもの。有益な情報を引き出す為に相手を言葉巧みに騙し誘導する。この事を何も知らない平民たちが聞けば、『卑怯だ』、『卑劣だ』などと騒ぎ立てるでしょうね。でも騙し騙されーーこれは政治的な駆け引きなのよ。決して卑怯な事をしている訳ではない。

 それでも神殿が、いいえ臣下である貴族が王家を騙すなんてやって良い事じゃないわ。しかも『姫巫女に神託が降りなくなった』なんて一大事のことだもの。隠匿してよい事実じゃない。

 ライザタニアに於いては、王家と神殿は表裏一体の関係。太陽と月。昼と夜。王家に()()()の事が起これば神殿が王家の代理を名乗り、民衆を指導する事になっている。だけど、神殿が王家の代理を名乗る事ができても、神殿が王家に成り代わる事はできない。そんな事、許されないわ。でもね……


 ー騙される方がいけないのよー


 王侯貴族の世界では騙された方が負け。騙されたらそこで『敗者』になるの。だから私は王家を欺く神殿を悪だとは思わないわ。神殿は『勝者』なのだから。

 王家が神殿の言をお信じになったおかげで、私はいま姫巫女の地位に就く事ができているともいえる。マヌケな王家のおかげで今も神殿は甘い汁を吸い続けられてるの。だけどね、私はもう姫巫女という立場だけでは満足できそうにないのよ。


 ーわたくしは神に選ばれし姫ー


 私は神に選ばれし姫なのよ!だってそう思わない?私には『神の声をその身に降ろす』能力なんて備わってはいない。神託を受けた事などないの。けれど、初代巫女の血筋というだけで私は今の地位を得た。

 それはお父様のーーアーレンバッハ公爵家の地位と権力があったからという理由もあるけれど、数ある姫巫女候補の中から私が選ばれたのは確かなの。加えて私に施された幼少期からの教育と、私自身の努力の賜物だとも思っているわ。姫巫女に選ばれるには『確かな血筋』、『確かな教養』、『確かな美貌』が備わっていなければならないもの。少しばかりトクベツな力がーー例えば魔力が強くても魔法が扱えてもダメなものはダメ。

 姫巫女は『神殿の顔』なのだから。ライザタニアにいる多くの信者たちが『愛し崇めたい』と、『生命を投げ打ってでもお助けしたい』と思うような容姿が必要なのよ。

 私には姫巫女となるに相応しい物を全て兼ね備えていた。だからこそ、私は今の地位にある。


 そんな私が我慢する必要があるかしら?いいえナイわ。我慢する必要なんてないの。欲望のままに求めて良いの。私は姫巫女。神に最も近しい者ーー『ライザタニアの聖女』なのだから。

 欲しいものを欲しいままに欲して良いの。何だって手に入れて良いのよ。宝石もドレスも。地位も名誉も。そして、あの麗しい王子殿下も……!


 ー嗚呼、愛しい王子……シュバルツェ殿下ー


 あの麗しい第二王子殿下ーーシュバルツェ殿下を私のモノにする。私は第二王子殿下の正妃になるの。

 私は賢王の妹姫様の血を引くアーレンバッハ公爵家の姫。王家の次に尊い血が流れているわ。王家に嫁ぐ姫として相応しい血を持っている。これまでに例はないけれど、姫巫女が王家に嫁ぐ事がダメだなんて法はない。例外にはなるかも知れないけれど、特段、可笑しな事ではないと思うの。

 それに、神殿の頂点に君臨する姫巫女には巫女殿下との異名があるけれど、これはタダの渾名あだなではないわ。巫女殿下の地位にある者には『王位継承権』があるの。それこそ、王家の代理を務める権利と共に神殿に託されたもの。だから、神殿が『当代の姫巫女を王家に嫁がせたい』と王家に上申しても、一瞥の元に突っ撥ねる事なんてできないはずよ。神殿の姫巫女をーーアーレンバッハ公爵家の令嬢を王家の一員にする利益メリットが、王家にもある筈なのだから。

 それに何より、神殿の姫巫女が王家に嫁ぐ事は神殿にとってーーそう、お父様にとっても利益メリットのある話だわ。

 お父様は二人の王子殿下が争っているのを良い事に『王子二人を潰し合せ、最後には神殿が王家に成り代わり王座を手に入れる』という筋道を思い描き、暗躍しておられる。国の覇権を狙ってらっしゃるの。でもね、そんな手間のかかる事をしなくても、私が王家に嫁ぐだけで、王家の力を手にする事ができるのよ。


 ーほら、その方がずっと楽でしょう?ー


 私は次期王の正妃という地位と権力を。お父様は次期王の義父という立場からの王家の権力を。二人で王家を内側から侵食していくの。そして私と第二王子殿下との間に御子が産まれたなら、その子を次の王へと押し上げて私が国母となるわ。その時、お父様は国王の祖父という立場を得られる。

 ほら、一石二鳥でしょう?私の計画通りに事が進めば、遠くない未来に於いてライザタニアは私たち親子の物になるわ。


 ー嗚呼、その日が待ち遠しいわー


 麗しい王子シュバルツェ殿下の正妃となる私。

 麗しい王子の御子を授かる私。

 麗しい王子の御子の母として国母となる私。


 ーなんて素晴らしい未来なの!ー


 これこそ私に相応しい未来。相応しいゴールだわ!

 今から少し先の未来を想像するだけで、私の胸は張り裂けそうなほどドキドキと高鳴る。目の前には未来への階が天高く伸びている。その階を一段、一段と登っていく。そして最後には私の頭には国母に相応しいティアラが乗る事になる。その為にも先ずはーー



 ーー愛しい王子様には私の胸の中に堕ちてもらわなければ……。



 高鳴る胸の鼓動に頬を紅葉させながら、私は泉の楼閣の中に囚われた王子様の方へと、一歩また一歩と歩みを進めた。




お読みいただきまして、ありがとうございます。

ブックマーク登録、感想、評価など、とても嬉しいです。ありがとうございます!


『倒錯の巫女殿下1』をお送りしました。

当代の姫巫女を名乗るアーレンバッハ公爵令嬢。父親に似て、随分と欲望に忠実な娘のようです。


【以下、ネタバレ】

イケメン好きそうな巫女殿下が第一王子殿下ではなく第二王子殿下に狙いをつけたのは、単に、第二王子殿下の方が身近にあり、本人とも対面する機会が多く、タイプだったから、というのが理由です。

第一王子殿下に取り入り第二王子殿下を陥れる、という考えもなくはなかったようですが、姫巫女という立場から神殿より動く事が叶わず断念。その実、第一王子殿下側からめちゃくちゃ警戒されていた為、ほぼ接触はムリでした。


次話『倒錯の巫女殿下2』も是非ご覧ください!

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