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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と狂気の王子(上)
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創られた予言1

 神が地上に住まう小さき者たちを苦難から解き放つために齎す助言。迷える仔羊を未来へ誘う言葉を『神託』という。また、これから起こり得る未来を指し示す内容の含まれた神託を『予言』という。

 

 ー星墜つる 二つの綺羅星ー

 ー月出でる 顕現せし明星ー


 またひとつ、ライザタニアに神託が降りたその日、枢機卿より姫巫女による予言を奏上された第二王子シュバルツェ殿下は、狂気を匂わせる微笑を浮かべた。


「この期に及んでなお予言とはな。よほど国政を乱したいのだろう。欲が透けて見えてならん」

「全く、どれほど王家を軽んじれば気が済むのか!」


 神殿の長たる巫女姫より齎される神託ーー予言。天上神から託される言葉は、決して逃れられぬ『運命』だという。定めらされた未来、予測される未来、予定された未来であるというのが、神殿の主張。

 しかし、運命などと云う不確かなモノに、第二王子殿下の機嫌は下降の一途であった。何故なら、第二王子殿下は神殿の根拠なき主張に、強い嫌悪感を抱いていたからだ。

 そもそも国の命運は、運命などという不確かな定めに委ねて良いモノではない。国の命運は王族のーーいや、国王の掌の上にある。そして、国王を側で支える為に臣民が集い、国をより良い未来へと針を進める為に運営していくものだ。このどこに、神の手が入る余地があるというのか。


「神もいちいち下界になど干渉しないだろう?」


 第二の王家とも云われる神殿には、国王が道を違う時には意見具申する権利と権限が与えられていた。元は賢王の妹姫が姫巫女を務め、国民の声を集める場となっていた事から許されていた権利と権限。王家に次ぐ発言力を有する神殿の権力は、時を経て次第に肥大していった。時の姫巫女が亡くなって以降ーー神託を受け取る者がいなくなって以降も、制度は継続した。太陽の王家、月の神殿と呼ばれて早百五十年有余。神殿は予言を通して国運までもその手で操ろうと暗躍している。


「生臭坊主供め。賢王時代から幾年の年月としつきが流れているか知らぬ訳でもあるまい。何時いつまでも同じに嵌まると考えているとは実に浅慮な。神殿の言に振り回される王家ではないぞ!」


 バンッと机に神託の記された羊皮紙を叩きつけると同時に手を置いた第二王子殿下の気迫に、眼前に居た第二王子殿下の忠実な臣下は眉根を少し潜めただけだった。しかし、臣下が眉を潜めた理由は第二王子殿下の所作に非ず。彼もまた、神殿が齎らした『神託』に喉の奥からツンと臭う吐き気に似た嫌悪感を感じていたのだ。


「彼らは時代錯誤な妄執に囚われているのでしょう。現に、これまでどの予言も成就していますしね。前回の予言に於いてもそう、『天を穿つ塔』ーーその魔女は既に此方ライザタニアの手に堕ちているのですから」

「そのように導いたのは我らなのだが?」

「関係ないのですよ、殿下。彼らからすれば『誰』が『どのように』して導いた結果であろうと、最終的に予言が成就され、神殿が持つ権威を維持できれば、それで良いのですから」


 第二王子殿下の忠実なる臣下ーーゼネンスキー侯爵は言うなり唇の端を弧に引き絞り、歪な笑みを浮かべた。心からの笑みではないその表情に侯爵の本心が垣間見えるようだ。

 侯爵の微笑を視界に写した第二王子シュバルツェ殿下は苦々しく口を閉じた。『神殿の思う通りにはさせまい』と動いた策謀ですら、神殿の思惑の範疇になってしまったのだ。これまでも姫巫女がーー神殿が下した予言に抗い、神殿の都合良い結果にならぬ様に行動してきたシュバルツェ殿下たち。だが、そのどの策略もが神殿にとっては少しも痛手になっていない。そう思えばこそ、受けた屈辱は深い。


「だが……だからと云って、神殿やつらの好きにさせる訳にもゆくまい?」

「仰る通り。何時迄もこのようなデラタメな予言に真面目に付き合う義理はございません。彼らの指す『墜つる綺羅星』とやらがライザタニアの未来を担う方々であってはならぬのですから……!」


 噛み締めた奥歯の隙間から吐き出すように呟かれた言葉。鬼畜長官、冷徹長官の名で知られるゼネンスキー侯爵の劉美が釣り上がり、怒りにより瞳が赤く染まりゆく。すると、突然、眼前の美丈夫が突然クツクツと笑い出した。


「殿下……?」

「そうだな……神殿あちらがその気なら王宮こちらが下手に出る必要などない」

「と、申されますと?」


 ゼネンスキー侯爵の質問にシュバルツェ殿下はフッと笑うと、神託が書かれた用紙を指差した。



 ※※※※※※※※※※



 軍事用語には『戦略』『戦術』と云う言葉がある。


 『戦略』とは戦いに勝つために兵力を総合的かつ効果的に運用する方法であり、また、大局的・長期的な視点で策定する計画手段である。一方、『戦術』とは戦いに勝つ為の兵士の動かし方であり、実行上の方策の事である。

 昨今では政治や商売でも戦略や戦術という言葉が使われる事がしばしばある。『戦略』は組織などを運営していく為の将来を見通した方策や目標を達成するための道筋を指し、一方『戦術』は目標を達成するための具体的な手段や実践的な計画を指す。

 つまり、目標を達成するための総合的・長期的な計画手段が『戦略』であり、その戦略を行うための具体的かつ実践的な計画手段が『戦術』なのだ。


 人に個性があるように、軍人にも個性が存在する。


 軍を指揮するにあたり『戦略』を優先する傾向のある者と、『戦術』を優先する傾向のある者。二者卓越。それは此処、東国ライザタニアを守護するライザタニア国軍内部に於いても云える事であり、軍部を総括する軍務省長官ゼネンスキー侯爵と軍団を指揮するライハーン将軍とがまさにそうであった。

 ゼネンスキー侯爵は堅実で長期的な計画を立てる事に定評のある『戦略家』であり、ライハーン将軍は実践的な計画を立てる事に定評のある『戦術家』であったのだ。双方ともに第一王子殿下に忠誠を誓う忠臣であったが、その性格は両極端。水と油のように反発し合っていた。


「脳細胞まで筋肉で構築できている猪め。猪突猛進とはまさにヤツのこと。バカの一つ覚えもほどほどにしろ!」

「ヘタレ制服軍人が!よもや慎重論を履き違えてはおるまいな?」


 面と向かって互いを『筋肉馬鹿ノーキン』『鶏野郎チキン』と呼び合う二人だが、作戦行動中はそのような性格の齟齬そごなどなかったかのように不思議な程の協調性を見せた。



 そう、この満月の夜もーー……



 神殿主宰による夜遊会。姫巫女が新たな神託を下した事への宴席であった。王家と神殿とは表裏一体ともいわれるライザタニア、巫女殿下直々の御出馬とあっては無視する事もできず、王宮から第一王子シュバルツェ殿下が参加を余儀なくされていた。

 護衛には王家直属の近衛兵ではなく、中央軍総指揮ライハーン将軍。ライハーン将軍はライザタニア国軍全軍を指揮する最高指揮官。最高司令官たるゼネンスキー侯爵と軍部の双璧をなす人物だ。本来ならば、王族の護衛は近衛兵が行うのが筋なのだが、この日に限ってライハーン将軍は客人の立場ではなく、護衛の立場で第二王子殿下に付き従っていた。


「おい、気づいたか?」


 ライハーン将軍は金糸で刺繍された黒い軍服の袖を翻しながら、濃紺の夜会服に身を包んだ優男に近づいた。鳶色の髪は獅子のように逆立ち、瞳は獣のように鋭い朱。獰猛な魔獣を思わせる視線を一浴びすれば、生存本能から思わず萎縮してしまう者は少なくないであろう。だが、優男はそんなライハーン将軍の威圧をサラリと受け流すと、口をつけていたグラスをゆっくりと下ろした。


「何やら不穏な空気が流れておりますね」


 優男はその涼やかな瞳で周囲を見渡すと、ライハーン将軍の言わんとする事に納得の表情を浮かべた。

 今宵の夜遊会は神殿の管轄下にある施設内で行われているのだが、特段他の夜会と変わりはない。顔ぶれこそ神職衣を着た貴族が多いものの、神職者がいるからと肉も酒も出ない訳ではない。至って普通の夜会風景だ。緩やかな管弦楽の調べ。香水の香り。まさに酒池肉林。

 ライザタニアの神職者は肉も食べるし酒も飲む。驚くべきに、女人禁制でもない。司祭、神官たちは神職にあるにも関わらず所帯を持つ事は禁止されていないのだ。寧ろ、神職者は他の貴族よりも良い暮らしをしている程であった。勿論、彼らの財源『金の成る木』は『姫巫女』であり、姫巫女を餌に集めた『信者』であるのは言うまでもない。

 優男はそんな生臭坊主たちを鼻持ちならぬ表情を隠しませずに一笑する。ここに集まる神官たちの資産を没収すれば、どれほどの飢えた国民を食べさせてやる事ができるだろうか、とーー


「キナ臭ぇな」

「ええ、ホントに」


 先ほどから優男と形容してはいるか、決して優男ではない。まして女性のように華奢な体型でもない。筋肉隆々たるライハーン将軍と並んでいるからこそ、そのように形容されるだけで、優男ーーゼネンスキー侯爵が一軍人いちぐんじんとしても優秀な戦士である事は周知の事実。現に、剣を握らせれば五指に入る実力を持っていた。


神官ヤツら、今頃になって現実が見えたってワケではねえよな?」

「流石にそれはないでしょうが、これだから馬鹿は困ります。最後までピエロを演じておれば良いものの。このように劇の中盤で舞台を降りようとするとは、なんと無粋な」

「劇は劇でも、こりゃあ喜劇だ」

「違いない」


 顔を突き合わせば睨み合い嫌味の応酬となるは必至の二人だが、特段、仲が悪い訳ではない。だが、彼らの関係性を知る者が少ない事も確かであり、今も、軍務のトップ二人の邂逅に緊張感を持つ者もあるくらいであった。

 しかし、遠巻きにする貴族や神官たちの視線が鬱陶しくあるものの、人は危うきには近づかぬもの。遠巻きにチラチラと視線を送るだけで、声をかけてこようとする者はいなかった。

 無駄な勇気を振り絞り、オベンチャラを言いにくる若手貴族や無能貴族が来ない事は、彼らにとって実に好都合であった。ぺちゃくちゃとさえずる人々の会話で騒つく会場内では、少し距離を置くだけで会話内容を聞かれる心配はない。しかも、周囲には信頼ある部下たちが注意深く警戒している状況。マズイ会話を聞かれる事など、まずない。


「んで、どーするよ?長官殿」


 ライハーン将軍はニヤリと八重歯を覗かせた。全軍の指揮権を持つライハーン将軍であろうとも、軍務省長官トップの指示もなく軍隊を動かすは違法行為に当たる。だからと云って、わざわざ『長官殿』と口にするのは嫌味に聞こえるのだが、それをゼネンスキー長官は眉も動かさずに目をやや細めるだけに留めると、そっと薄い唇を開けた。


「役者は監督の指示通りに動かねばなりません。こんな場面ところで勝手に舞台を降りてもらっては困ります。ーー彼らには最後まで役を演じきってもらわねばなりませんからね」


 役者たちとは言わずもがな神殿の神官たちを指し、監督とは彼らの主君ーー第二王子殿下を指す。ライザタニアに愛国心を持つ彼らは自国の未来の為、如何様にしても、主君の描いた筋書き通りに事を運ばねばならなかった。その筋書きの先にこそ、彼らの求める『正しき未来』があるのだから。


「だな。じゃあ俺はーー」


 ゼネンスキー長官の言葉の奥にある意味を読み取ったライハーン将軍は犬歯を覗かせながら笑う。するとゼネンスキー長官も女性でも口説くような柔らかな微笑を浮かべると、ゆっくりと頷いた。


「ええ。お願いしますね」

了解ヤー


 ライハーン将軍はカッと一口にワインを喉に流し込むと、巨体には似合わぬ俊敏さで颯爽と身を翻し、ゼネンスキー長官に背を向けて去って行った。

 残された長官はワインを舌の上で転がすようにしてその香りを楽しむと、ゆっくりと喉の奥へ嚥下した。その瞳に映るは夜会で咲き誇る社交界の華たちではなく、主君に仇を成す敵であったのは言うまでもない。





お読み頂きまして、ありがとうございます♪

ブックマーク登録、感想、評価など、ありがとうございます!励みになります(*^▽^*)


『創られた予言1』をお送りしました。

二人の王子の内乱を良い事に動き出した神殿。

対するシュバルツェ殿下とその側近たちは、どのように対処していくのでしょいたか?

次話も是非ご覧ください!



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