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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と狂気の王子(上)
361/500

※裏舞台18※三日月の誓い

side:Sistina

 夜空に浮かぶ三日月に見下ろされながら、ひと組の男女が楽しそうに語らっている。互いの間に流れる空気は柔らかく、その気安い言動から、信頼関係にあるように思われた。男女の仲にあるのではないかと思えるほどに。

 そう長くない時間を立ち話に費やした後、女は男の整った相貌を見上げながら優雅に頭を下げた。


「今宵は、本当にようこそお越しくださいました」

「こちらこそお招きに感謝を、伯爵夫人」


 恭しく差し出された手を受け取った男ーー『東の塔の騎士団』に於いて副団長を務めるアーネストは、そのまま甲に唇を落とす。白く滑らかな肌。そのどこにも小さな傷さえなく、爪先まで美しく磨かれている。

 唇を離せば、頭の上から女の声が落ちる。「どうぞ此方へ」との言葉に促され、アーネスト副団長は女ーー伯爵夫人の手を取ったまま月光の差し込む窓際の丸卓(テーブル)まで移動した。互いに椅子へ腰をかけると使用人が用意したのは客人を迎える為の茶葉(ティー)ではなく葡萄酒(ワイン)。銘柄はエステル産の古酒(ビンテージ)


「少しくらい、構いませんでしょう?」

「そうですね……丁度、職務時間外になりました」

「まぁ、真面目なこと」


 懐から取り出した懐中時計で時間を確認したアーネスト副団長に対し、伯爵夫人は口元を扇子で隠してころころと笑う。


「さぁ、乾杯しましょう」

「はて、何に?」

「今宵の出会いにですわ」

「喜ぶべきものでしょうか?」

「勿論、喜ぶべき出会いですわ。何せ、あの副団長様が我が家へお越しくださったのですから」

「あの副団長とは、どういう認識をなされているのでしょうか……?」

「ふふふ、貴方は良くも悪くも噂がございますもの」

「なるほど、噂は誰にでもつきものですからね」


 掲げられたまま交わされぬ杯。そのグラス越しに伯爵夫人を覗き見た副団長はフッと意味深に笑むと、徐にグラスに口をつけ中身を飲み干した。その様子に伯爵夫人は「あらあら」と苦笑し、杯を交わさぬままグラスに口をつける。


「本当に嬉しい限りですわ。まさか(わたくし)の手を取ってくださったのがアーネスト様、貴方だったなんて」

「私では役者不足でしょうか?」

「まさか!商売の相手として、貴方様ほど理想的なお方はおりません」


 騎士団という納入先に於いてこれ程理想的な協力者はいない。団員からの信頼は勿論、騎士団長、そして領主からの信頼も厚い副団長。例え、息のかかった部下が侵入していようとも、そして例え血の繋がった甥が騎士団に在籍していようとも、そんないち職員、いち若手騎士よりも、騎士団ナンバー2たる副団長が味方にある方が心強い。何より安心感がある。ーーそう付け加えた伯爵夫人の頬は紅潮していた。


「では伯爵夫人。今宵はどのような提案をしてくださるのか?」

「勿論、有益な提案をですわ。私にとっても、そしてアーネスト様ーー貴方にとっても」

「ほう?」

「我がライズ伯爵領はシスティナでも有数の魔宝具生産量を誇りますもの。アルカードに於いて、そして騎士団に於いても魔宝具は有効なカードではございませんか?何せ、ライザタニアからの侵攻は未だ止まぬのですから」


 システィナに於いて魔宝具(マジックアイテム)とはメジャーになりつつある道具だが、それでも、効果の高い魔宝具となると決して安価ではない。高価な魔宝具ほど作成するには時間も労力も、そして金も掛かる。しかも、作成できる魔宝具職人(マギクラフト)も限られてくる。安定した供給を考えれば、自ずと値段は跳ね上がる。

 その為、王宮にはお抱えの魔宝具職人が存在する。それは職人をーー魔導士を保護する意味合いも含まれる。有益な魔宝具をつくる有能な魔導士を無益な争いに巻き込ませぬ為に。それだけ、世の中には利用されるだけ利用された挙句、廃人にされ捨てられる魔導士が後を絶たない。

 伯爵夫人の有するライズ伯爵領は優秀な魔導士を集め、魔宝具職人として育てる養成所を運営しており、その者たちが作った魔宝具はこのアルカードにも卸されていた。回復や解毒といった魔宝具は勿論のこと、通信系の魔宝具は特に数が必要で、通年を通して大量発注さるている。しかも、アフターケアとして定期点検も任されているので、今では『ライズ伯爵家の関係者』と云えば顔パスで基地内へ入れてしまうほど信頼が厚い。


「それで、今宵の御用向きは?」

「あらまぁ、随分とせっかちでいらっしゃるのね」

「なにぶん、忙しい身でありますので」

「なのに直接脚を御運びになった。それ程、我が甥に持たせたモノがお気に召したという事なのかしら?」


 アーネスト副団長は懐から一通の封筒を取り出す。何の変哲もない白い封筒には僅かな膨らみ。案の定、中から手紙と共に小さな指輪が現れた。指輪を模した魔宝具だ。


「ええ。これには私も驚かされました」

「まぁ!そうでしょう?性能は折り紙付きですのよ」

「所謂、逆転の発想というものですか?団より配布された魔宝具の性能を疑う騎士などいない、と……」

「アーネスト様なら、お分かりになって頂けると思っておりました!」


 興奮した面持ちで、伯爵夫人はグラスを置いたアーネスト副団長の手を掴んだ。


(わたくし)、貴方というお方を誤解しておりましたの。貴方は誰よりも副団長という立場を正しく理解され、そして正しく活用されていたのですわ。なのに私ったら、世間の噂ばかりを鵜呑みにしていて……。貴方のようなお方が本気であんなチンケな小娘に仕えているだなんて、少し考えれば可笑しいと気づく事でしたわ。ーーですが今回、甥を通じ貴方からお手紙を頂いて、貴方のお心を知ってからというもの、私、興奮して夜も眠れませんでしたのよ」


 テーブルを挟んで手を伸ばした伯爵夫人。アーネスト副団長の手を両の掌で包み込み、引き寄せ、頬を擦り寄せる。そんな伯爵夫人へ向けられる副団長からの視線は甘く、見つめ合う様はまるで恋人同士のよう。

 若くして()()()()()で夫を三度(みたび)亡くした伯爵夫人は、三十代半ばでありながら少女のような肌艶を持つ。金の巻毛。小さな顔。媚びる様な瞳。華奢な体つき。自らの髪を梳かした事もない指。苦労の知らぬ手。太陽の光を知らぬ肌。多くの使用人によって磨かれた身体は、実年齢よりもずっと若い見た目を保っている。しかし、夜空の三日月のように美しい副団長を見つめる瞳は、少女のソレではない。

 我慢を知らぬ傲慢さ、強欲、そして欲情。

 それらに恋する乙女のような清らかさはない。『欲しいと思ったモノは必ず自らのモノにする』という意志は確信に近い。我儘ではない。これまで培われた経験が伯爵夫人をそうさせるのだ。『叶わぬ願いなどない』と。


「嗚呼、貴女の肌は本当に艶やかですね。まるで無垢な少女のように……」

「アッ!アーネスト様……」


 伯爵夫人の欲情に気づかぬのか、それとも気づいていての言葉なのか、アーネスト副団長は伯爵夫人の手に手を重ねると、その長い指で伯爵夫人の指を絡め取った。そして、開かれた伯爵夫人の指をとっくり見つめると、柔らかく微笑む。副団長の柔らかな栗毛が揺れ、銀の瞳が自身を写した途端、ぽうっと伯爵夫人の頬が少女のように薔薇色に染まった。


「白くきめ細やかで、月光に映える」

「あぁ……」

「貴女を手に入れる事ができた夫君たちに、嫉妬してしまいそうです」

「そんな、嫉妬なんて……!」


 アーネスト副団長は笑みを浮かべたまま伯爵夫人の左手ーーその指一本ずつに指を這わせる。親指、人差し指、中指、そして指輪の嵌った薬指。伯爵夫人の瞳から視線を離さぬまま、ゆっくりと薬指から指輪を外す。


「これで貴女はもう、ひとりの女」

「ええ。何者にも囚われていない、ひとりの女ですわ」

「嗚呼、そんなに震えて……怖いのですか?」

「いいえ、嬉しいのです。アーネスト様が私を選んでくださった事が……!」


 アーネスト副団長は外した指輪を一見すると、益々笑みを深め、再度、頬を紅潮させる伯爵夫人の顔を見つめ「チェックメイト」と呟いた。唇が重なるその瞬間を今か今かと待っていた伯爵夫人は、言われた意味が分からず「え?」と口を開ける。そこへ、ノックもなく扉が開かれ、一人の青年が入室を果たした。


「茶番は終わりですよ、伯爵夫人」

「お、お前は……!?」

「さすがに俺の顔は忘れていなかったみたいですね」

「ラルクヘッド!」

「お久しぶりです、叔母上。何を意外そうな顔をされているのです?甥である俺がこの屋敷を訪れる事に、何の驚きがありますか?」


 伯爵夫人を伯母上と呼ぶこの青年の名はラルクヘッド・フォフ・ラベンソン伯爵子息。以前、魔女アーリアに突っかかり、粛清の後、ついうっかり魔女に忠誠を誓ったヤサグレ騎士であった。ラルクヘッドは「そもそも、伯母上が俺をメッセンジャーに指名したのでしょう?」と首を竦めると視線をアーネスト副団長へと戻し、敬礼をひとつ。上官へ報告をあげた。


「副団長、屋敷の周囲及び内部の制圧は完了致しました。後はこの女だけです」

「ご苦労。こちらも任務完了です」

「な!?何を……」

「伯爵夫人の持つ不正の証拠。それを記した金庫を開ける鍵だけがネックでしたからね」

「対になる鍵でしか開けられない仕組みですか。しかもその鍵は一種の魔宝具。無理矢理開こうものなら、中身諸共に燃えてしまう仕様にしてあるなんて、サスガ我が伯母!実に悪役が板につく」

「ラルクヘッド!伯母たる私を馬鹿にするの!?」

「実際、馬鹿でしょう?こんな見え見えの色仕掛けに惑わされるのだから」


 伯爵夫人の手を掴んだままのアーネスト副団長は、引き摺るように伯爵夫人を椅子から立たせた。アーネスト副団長は騎士としては細身に入る体躯だが、衣服の中に隠された肌が脆弱である筈がない。着替えはおろか入浴さえ一人で熟した事のない女を取り押さえるなど、造作もない事だ。


「アーネスト様!私を騙していらしたの!?」

「騙して?人聞きの悪い。騙してなどいませんよ。私は真実しか語っておりませんからね」

「えっ!?」


 伯爵夫人は騙されたと憤ってはいるが、それはそもそも自身の落ち度でしかない。


 一、『甥子殿(ラルクヘッド)から話は聞いている』

 一、『騎士団が取り扱う魔宝具について話を伺いたい』

 一、『夫君を亡くされた伯爵夫人をお慰めしたい』


 アーネスト副団長は以上の3点を記した手紙を伯爵夫人へ送っただけで、『伯爵夫人の裏の事業に加担したい』とは一言も言っていない。勿論、これまで行った不正への加担や商品のやり取りもフェイク。伯爵夫人が勝手に妄想し解釈しただけ。ただほんの少し、伯爵夫人がその気になるような噂を流しはしたが。


「あ、アーネスト様!?」

「気安く触らないでください。私の手は貴様の様な薄汚い悪党を守るものではない」


 システィナ極東にある街アルカード。ここは隣国ライザタニアとの国境とほど近く、ライザタニアからの侵攻を防ぐ要塞各種が点在し、軍事都市と位置づけられている。アルカードには国境を守護する『塔の騎士団』をはじめ、普通の街にはあまり類を見ない施設が幾つか存在する。

 その内のひとつ『後方機動部』は後方支援を担当する部署であり、主に物資各種を提供する。因みに、伯爵夫人率いるライズ伯爵家との癒着が怪しまれているのもこの部署だ。

 物資には兵糧や武器だけでなく、人員も含まれる。本来人事を担当する部署のは王宮にあるが、『どこの部署へ何名の騎士を』といった具合に人員補充を行うのは後方機動部に一任されている。たかが後方支援だと侮るは愚者だろう。潤滑な支援なくば、何事も行えない。特に、隣国からの侵攻が止まないアルカードでは、常に装備を充満に整えておく事は必須であった。


「あの襲撃で、我が騎士団の行動は後手後手にまわっていた。魔宝具の不具合。騎士たちの不調。考えれば誰でも行き着く答えではありましたね……」


 アルカードの東に建つ『塔の騎士団』、その副団長の仕事には団長をサポートするだけでなく、団内の物資人材の確保も含まれている。実際には、各方面を担当する職員へ指示を出し、報告を受け取るというもので、一々、細部まで口を出す事はない。担当職員は後方機動部から派遣されている為、彼らに指導の必要はないのだ。

 補給の内容は多岐に渡り食料、武器、防具、軍馬、魔宝具、衣服、人員……それこそ、騎士の下着まで、団員の要望を受けて事務員が用意する。ただ補給といっても膨大な量となる。必然と、目の届かなくなる場所が出てくる。


「まさか、あのような()を使って団内へ届けていたとは。私の目も曇ったという事でしょうか」


 ラルクヘッドから渡された指輪。それを手の中に握り締め、奥歯を鳴らす。

 いくら部下たちに「副団長の所為ではありません」と慰められた所で、アーネスト副団長は自分の責任から逃れる事を善とはしなかった。補給に関わる事柄に不正があれば、それらの責任は全て副団長へと帰するのだ。例え、相手の方がうまく裏をかいていたとしても、それを見過ごしてしまった事への責は生じる。

 だからこそ副団長アーネストは今宵この場へ来た。自身の責と向き合う為に。

 

「騎士たちの意識を逆手に取った手法。『予め魔宝具の不具合は仕組まれていた』!ーーそう、この魔宝具には本来あるべき効果が備わっていない。我々はガラクタを掴まされていたのですよ!」


 嘲笑。自身へ向けた叱責。騙されていた、見過ごしていた、疑う余地はなかった……どんな言い訳も意味はない。呵責。明確な罪だ。


「実際、ボロ儲けでしょうよ。『魔術の込められていない魔宝具』なんて、そりゃタダの偽物(イミテーション)だ。しかも、ついでとばかりにジャミング効果を混ぜた悪意満々の仕様とくれば、副団長のお怒りも十分過ぎる程分かるってもんだ。《解毒》魔術が発動しなかった故に、睡眠薬を盛られても気づかず、騒動の最中にも関わらず自室で寝こけていた騎士たちの憤りも……」

「ラルクヘッドッ、あ、貴方、どうして……?」

「俺が伯母上を裏切り、塔の騎士として現れた事がそんなに不思議ですか?」


 伯爵夫人は甥であるラルクヘッドをある意味信頼していた。ラルクヘッドは『塔の騎士団』へ入団を果たした優秀な騎士だが、その内面が謹厳実直とは言い難い事を知っていた。自信があるのは良い事だが、強い自信から他人を見下しがちで、常に他者より優位に立つべく立ちまわっていた。慎み深く真面目な人柄でもなく、誠実で律儀な人柄でもない。そんな甥子に伯爵夫人は利用価値を見出した。


「あの魔女を悪様に言っていたのは、ウソだったの?私を騙していたの!?」

「あ〜〜、それを言われるとイタイな……。それ、俺の黒歴史だから、忘れてくれるかな?」

「えぇ!?」

「俺は『東の塔』に所属する騎士。俺の忠誠は国王陛下と、そしてあの魔女様に捧げられているんでね」

 

 信じていた甥の裏切りに驚く伯爵夫人。しかし、当の甥に悪びれた様子はない。


「そ、そう……やっぱり信じられるのは自分だけという事ね……?」


 プツリ。何かの切れる(オト)。ラルクヘッドの「ア、ヤベ。鬼婆(オニババ)がキレた」と呟く声が静間に響く。唐突に沸き起こる殺気。アーネスト副団長は掴んでいた伯爵夫人の手を離し、その場から飛び退いた。


 ーヴァ!ー


 忽ち広がる火炎。伯爵夫人を中心として、炎の渦が取り巻いていく。見れば、伯爵夫人の足下に《火炎》の魔術方陣が広がっているではないか。


「残念ね。本当に残念だわ、アーネスト様。私たち、良いパートナーになれると思っていたのに……」

「アハハ!それは無理です。私は貴女のような女性は好みではありませんので!」

「ッーー!?」


 屈辱に顔を歪ませる伯爵夫人は、とても無垢な乙女とは思えない。嫉妬に狂う女。本性を著した伯爵夫人を、アーネスト副団長は一瞥のもと嘲笑する。


「ゆ、許さないわ!」


 絶叫。伯爵夫人の金切り声に呼応し、炎は増加。室内温度が急激に高まり、炎の塊はアーネスト副団長と甥ラルクヘッドを襲った。が、しかしーー


「なッ!こんな、コトって……?!」


 炎の塊は二人の騎士へ届く寸前、見えぬ壁に阻まれた。そして、アーネスト副団長が左手を掲げると、室内を包んでいた炎が一切合切たち消えてしまった。


「貴女が魔術を扱う事は彼から聞いていました。対策を講じるのは当然では?」


 今一度左手を掲げるアーネスト副団長。今度はその手から輝く銀の鎖が伸び、瞬く間に伯爵夫人を拘束した。拘束された伯爵夫人は先程の自信に満ちた表情を一変させ、驚愕と不安が入り混じった表情をしてアーネスト副団長を見上げている。


「伯爵夫人、貴女は誤解している。我が主は貴方の言うようなチンケな小娘ではない。我々が主と仰ぎたり得る力をお持ちなのですよ」

「ま、まさか、その魔宝具も……?!」

「優秀な職人であるだけでなく可憐で心優しい魔女。それこそ我が主、アーリア様というお方です」


 アーネスト副団長の眉根が和らいでいく。此処には在らぬ魔女を想いを馳せ、慈しみ深い微笑みを浮かべる。それこそまるで恋する男のように。


「アーネスト、さま……」

「気安く触れないでください。私のこの手は我が主を守る為のもの。貴様のような悪党と連む為にあるのではないッ!」


 未だ自身に起こった事が判らないのか、呆然と手を伸ばす悪女を、アーネスト副団長は冷たく突き放す。

自身の罪を自覚せぬ伯爵夫人を、甥ラルクヘッドはヤレヤレと首を振りつつ立ち上がらせると、駆けつけた先輩騎士たちへアッサリ身柄を引き渡す。すると、我に返った伯爵夫人は甥に向かって「この裏切り者!」、「受けた恩を忘れたの!?」と声高に罵る。そんな伯爵夫人の言動は己の立場を全く理解していないからのものに違いなく、益々、騎士たちから嫌悪の視線を向けられていくのだが、それすら気づかずにいるのだから、伯爵夫人の性質(タチ)の悪さが分かるというもの。

 喚く伯爵夫人が去り、漸く静かになった室内。燃え爛れたカーテンの隙間に、柔らかな光を湛える三日月を見たアーネスト副団長は、フッと溜息をひとつ。そして、誰に言う事なく「待っていてください。もうすぐです……」と呟く。その背へ「副団長」と遠慮がちに部下の声が掛かった。


「ええ。分かっています。急ぎ伯爵夫人の背後を洗いなさい。彼女一人の独断ではない筈ですから」


 そう命じると、硬く頷く部下と共にアーネスト副団長は伯爵夫人の屋敷を後にした。







お読み頂きまして、ありがとうございます!

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裏舞台18『三日月の誓い』をお送りしました。

鬼の副団長とヤサグレ騎士という異色のコンビ。

ヤサグレ騎士がウッカリ魔女に忠誠を誓い、副団長派へ寝返った事を知らない伯爵夫人は、使えるコマとしてヤサグレ騎士を利用しようとしましたが、その迂闊な行動によって元凶の一人として発覚→捕縛の流れとなりました。

※因みに、ヤサグレ騎士はあの夜の襲撃には関わっていません。ウッカリ寝こけてはいましたが。


次話からまた、ライザタニアにある者たちの動向に視点が移ります。是非ご覧ください!



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