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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と狂気の王子(上)
360/500

※裏舞台17※社交辞令

side:Sistina

 ※(アルヴァンド公爵ルイス視点)


 ー嗚呼! バカだバカだと思っていたが、真性の無能者バカであったか⁉︎ー


 目の前で繰り広げられる喜劇ーーいや、どう考えても、悲劇ではない!ーーを前に、私は痛む額を押さえて、内心、深い溜息を吐いた。



「やめてくれぇぇぇえええ……!」

「君さ、それでもシスティナ貴族なの?システィナ貴族ってのはさ、みんな、剣を手に闘えるの騎士を指すのだろう?それこそ文官でもさ」

「ぎぃゃぁぁあああぁあぁああ……!」

「なんって情けない声を出してるのかな?君も『カッコつけの女好き、歌って踊れるシスティナお貴族様』の一人なんだろう?」

「やややめろぉぉぉおおおおお……!」

「さぁ踊りなよ。システィナ貴族というならば、その手本を示さなきゃね?」



 響く阿鼻叫喚。轟く攻撃魔術。煌く魔力残渣。光が弾ける度に直属の部下である副宰相が氷の弾幕に包まれて見えなくなっていく。溢れる弾幕の中、副宰相はどうにかこうにか剣を振るい、氷の礫を弾き落とそうとしてはいるのだろうが……それも当然の如く対処できずに鋭利な氷が手足を掠め、肉や骨を抉られ始めているに違いない。何せ、相手が悪い。


「宰相、アレは生きているだろうか?」

「陛下、見てはなりません。見なければ他人事でございますよ」

「う、うむ……」


 戦闘ーーそれも一方的な攻撃を、我々はただただ呆然と眺めて……はおらず、壁に目を逸らして黙している。勿論、止めに入る猛者はいない。ここで何よりも重要な事は、自分たちがこの喜劇に巻き込まれ、被害を拡大させてしまう事なのだ。決して我が身が可愛いからの行動ではない!

 そもそも、これは副宰相ランバートがふっかけた喧嘩(タイマン)。部外者が口を挟む事など野暮というもの。

 不用意な発言は自らの破滅に繋がるは必然であり、それは貴族社会で生きる者ならば誰もが理解すべき事項。何より、自分たちが国の中枢にある重鎮だと自覚するからこそ、不用意な発言などしないものだ。しかも、相手が彼の有名な大魔導士『漆黒』殿であれば、当然の対応であろう?


 ー我々に、国家の滅亡願望などないのだからー


 たった一人。そう、たった一人の犠牲で国家が助かるのなら、喜んで生贄(イケニエ)差し出そうというものだ。それが例え直属の部下であったとしても……




 ーー時は数刻前に遡る。




 その日、我々は王宮に大切なお客人を迎え入れていた。

 そのお客人とは漆黒の髪と同色の瞳を持つ青年で、見た目こそ若造と呼べる歳ながら、彼は『漆黒』の二つ名を持つ高明な大魔導士。システィナに四人とおらぬ大魔導士であった。

 凛と佇む姿、美しく整った目鼻立ちは年齢を感じさない。おそらくは二十代後半。私の上の息子たちと同年代であろう。しかし、それにしては老成した面立ちと立ち居振る舞いをする御仁なのだ、この青年は。

 『人は見た目で判断してはならない』という言葉が、最近はよく胸に刺さる。


「この度のこと、誠に申し訳ない!」


 眼前で真紅のローブを纏った壮年の男性が頭を下げた。

 壮年の男性とは何を隠そう我が国の王ーーシスティナ王陛下、そのお人である。

 国王陛下自らが罪を認め、頭を下げておられる。普通ならば、このような事態は有り得ない。例え、この場にあるのが国王陛下と宰相を預かる私、副宰相と近衛騎士団長、そして数名の近衛しかおらぬとはいえ、国王陛下直々による謝罪など異例でしかない。しかし、その異例を行うだけの理由が此処にあるのだから仕方のないことなのだ。

 国王陛下に頭を下げさせるなど、陛下に忠義を捧げる臣下としては本当に情けなく、涙が出そうなほど悔しいものだ。だが、ここは陛下のご好意を無駄にしてはならない。それに陛下は『国王の謝罪一つで済むのなら安いものだ』と笑っておられたのだから、臣下として陛下のご意思を汲む事こそが当然の選択なのだ。


「本当にねぇ。よもやこれほど早く私との約束を反故にするなんて。ひょっとして、あなた方には滅亡願望でもあるのかな?」

「申し開きの言葉もない」

「約束ってさ、守る為にあるのだと思わないかい?」

「誠に、申し訳ない」


 それにしても容赦のない御仁だ。

 やはりと言おうか、この度の事件(こと)を水に流し、社交辞令で済ませてくださる気はないのだろう。

 非公式とは云え、そして此処が『謝罪の場』であったとしても、陛下自らが頭を下げておられるのだから、少々手加減をしてくださっても良いものの。いや、それだけ漆黒殿はこの度の事件に怒りと憤りをお持ちなのだ。何せ、我々は大切なご息女を預かっている身でありながら、そのご息女を危険な目に遭わせてしまったのだから。しかも、それは今も現在進行形で。私自身、年頃の娘を持つ父親。彼の怒りも最もだとも思う。


「ーーきっ、貴様!陛下に向かって、なんたる口の利き方かッ⁉︎」


 クレーム処理の店員の様に頭をペコペコとお下げになる陛下と共に頭を下げていると、すぐ側から怒声が上がった。訝しみながら視線を向けると、先ほどまで私の隣で頭を下げていた副宰相が鬼の形相となり漆黒殿に迫っているではないか……!?


「いくら貴様が国家魔導士の地位を持つ者とはいえ、無礼が過ぎるであろう!何人(なんぴと)の許可あっての狼藉なるか!?」


 他人の顔色を読むのが仕事と言っても過言ではない貴族が大多数を占める王宮に於いて、いかな事情があれど表情(かお)に感情を出す事など命取り。王宮に身を置く期間が長くなる毎に(ツラ)の皮が厚くなるのは当然で、宰相を務めるともなると尚のこと。だが、この時の私は思わず顔を顰めていた。

 当然、周囲の者にも緊張感がはしる。その者たちの硬い表情から読み取れる言葉。『ちょっ、コイツなに言い出してんの⁉︎』。代弁するならば、きっとこうだろう。


「えっと……?だれ、君」

「ランバート・フィン・レンベルト。副宰相を務めている」

「へぇ、君があの副宰相殿ねぇ……」


 ランバート・フィン・レンベルト侯爵は宰相である私を支える二人の副宰相の一人。伯爵家の出自ながら侯爵家に婿入りし、現在では侯爵位を得ている。実にシスティナ貴族らしい新進気鋭の野心家だ。数年前に宰相府へ就任し、階を一気に駆け上がり、副宰相という采配権を捥ぎ取った。

 レンベルト副宰相の評判は様々ある。忠臣だという者もあれば逆臣だという者もあり、良くも悪くも目立っていた。最近では上司である宰相(わたし)の采配を待たずに結論を下すという身勝手な行動が目立ち、しかも、注意をすれども軽く流してしまうので、目下、頭痛のタネになりつつあったのだが……


「ここは陛下からの非公式による謝罪の場所だと思っていたのだけど、へぇ、違ったのかな?」


 私が「その通りです」と答えようとした瞬間、副宰相の声が割り込んだ。


「ならば!陛下が謝罪なされたあとは『お気にならさず』と返すのが礼儀であろう!」

「思ってもいないのに、何故そんな事を言わなきゃならないのかな?」

「貴様、社交辞令も知らんのか?」

「ふーん、陛下は社交辞令で頭を下げておられたのか?」


 ー滅相もない!陛下は本気で謝罪されているー


 国の代表として臣下の罪を被る形で頭を下げておられるのだ。寧ろ、我が主君たる陛下にそうさせてしまった自分の不甲斐なさに断腸の思いだ。陛下は我々のツケを代わりに払われているのだから。


「当たり前であろう!でなければ、貴様のような下賤なる魔導士に頭をお下げになるものか!」


 副宰相の言葉は正に陛下のお心を無碍にする発言。呆れを通り越しつて殺意が芽生える。


 ーこやつ、阿呆(アホウ)なのか!?ー


 相手はそれほど迄気を遣わねばならない重要人物なのだ、『漆黒の魔導士』との名を持つ彼は。

 慌てた私が「魔導士殿!申し訳……」と弁明に口を開けた途端、ギロリと魔導士殿からキツイ視線が向けられた。ゾクリと背筋に寒気が疾る。獰猛な肉食獣に無手(むて)で挑む時のような恐怖に、生存本能が警鐘を鳴らす。先ほどまでどこか楽しそうにしていた近衛騎士団長さえ、神妙な面持ちで剣の柄に手を添えるのが視界の端に映った。


「そもそも、最近の魔宝具の卸値は何なのだ?普段の二倍ところか三倍以上ではないか。王侯貴族相手に足下を見ているのではないか、貴様!」


 副宰相の怒りの罵声は陛下への礼を失した事に留まらず、漆黒殿が王宮や王家に卸されている魔宝具(品物)にまで及んだ。


「これでも良心的な価格だよ。嫌なら他の魔導士と取引をすればいい」

「なんと尊大な態度か!貴様との契約など、いつでも切ってしまえるのだぞ!?」

「ハハッ!君、それで脅してるつもりなんだ?」


 口元は笑っておられるが目元は冷たく鋭い。

 長く政治期間である王宮に身を置くのなら、相手がどのような感情を持っているかを伺う事など当たり前にできるのだが、副宰相は相対している漆黒殿の感情を全く慮っていない。恐らく、慮る相手ではないと漆黒殿を見下しているのだろう。ーー嗚呼、胃が痛くなってきた。


「魔宝具を作る職人など我が国には山ほどいる。貴様に依存しなくとも、王宮はーー……」


 その時、副宰相の言葉がピタリと止まった。漆黒殿は副宰相からの視線を無視すると、ふと我々の方へ視線を向けてこられたのだ。


「宰相閣下。貴方も大変ですね?こんなのが直属の部下だなんて」

「も、申し訳ない……」

「陛下、心中お察し申し上げます。せっかく下賤な魔導士なんかに頭をお下げになられたのに……」

「う、うぅむ。面目次第もない……」


 嗚呼、居た堪れない。今まさに、外部者である漆黒殿に気を遣われている状況。頭と胃の双方がキリキリ痛んで仕方ない。

 副宰相は『代わりの魔導士ならいくらでもいる』とは言うが、漆黒殿の代わりとなる魔導士などそうはおるまい。最早何故と問うには馬鹿らしい話。漆黒殿は等級10を持つ我が国でも最高峰の魔導士のお一人であり、しかも他の大魔導士の方とは違い隠遁なされてもいない。これがどれほど貴重で有難い事か、理解できぬ筈がないのだが。

 真の魔導士とは己の研究と真理の追求にのみ興味がある物を指す。言い方が悪いが奇人変人が多い。そんな中、漆黒殿は割とマトモな方だ。魔導士として驕る事も力に溺れる事もなく、弟子を育成しながら慎ましやかに暮らしておられる。しかも、等級10を冠する魔導士にしか創れぬ魔宝具(アイテム)を王宮へ卸してくださっている。その魔宝具の恩恵に肖っているのは、何も王族だけではない。


「陛下、それに閣下も!何故、このような者にそこまで気を遣われるのですか!?」


 漆黒殿からまるで可哀想な子を見るような視線を向けられていた私と陛下に、副宰相からの非難の言葉が向けられる。だが、その言葉に返答したのは私ではなかった。


「無知じゃないからだよ」

「は?」

「彼らは懸命だ。この国を守る為にね」

「なにを……?」

「滅亡させたくないんだよ、この国を」


 ポカンと口を開ける副宰相。漆黒殿の言葉の意味を図れていないのだろう。それが分かったからこそ、漆黒殿が副宰相に向ける表情は生温かい。そして、上司である宰相と陛下の表情も。


「ッ〜〜も、もう我慢できん!貴様の発言、とても許せるものではないッ!」


 誰にも擁護されぬ状況。屈辱を受けたと感じたのだろう。ワナワナと震え始めた副宰相は拳を握ると、人差し指を突き出した。


「なら、どうするのかな?副宰相殿」

「貴様をこの場で断罪する!」


 私の「待て!」との言葉は副宰相には全く届かなかった。副宰相は腰の剣をスルリと抜くと、その切っ先を漆黒殿へと向けた。すると間を置かずアハハハハと漆黒殿の笑い声がそれほど広くない室内に響いた。漆黒殿は美しい黒髪を掻き上げ、腹を抱えながら笑い出されたのだ。


「私の何をどう断罪するのかな?ハハハ、まさかこんな茶番が待っていたなんてね。アーリアが苦戦している理由がよぉく分かったよ。とてもじゃないが、付き合ってられない」

「漆黒殿、どうか早まったことは……」

「宰相閣下。彼は私を断罪するという」

「ざ、残念ながら……」

「ではコレの意思は君たちの総意ではないのだね?」

「当然です!」


 魔導士殿に対して非公式ながら謝罪を行ったのは、社交辞令の面も勿論ある。しかし、謝罪なされた陛下のお気持ちは本心からのものだ。彼のご息女が置かれている現状は、私の統治能力が不足している故なのだから。


「なら、コレは私と副宰相とのタイマンだ」


 キラリと漆黒殿の瞳が光った。漆黒殿の意図を察した私はグッと顎を下げると、近衛騎士団長に促されるままに陛下と共に壁際まで下がった。


「さぁ、副宰相殿。始めようか?」

「舐めるなよ、魔導士。システィナ貴族は皆誰もが騎士だ。官吏であっても魔導士風情に遅れを取る事はない!」

「ハハッ。その意気や良し!己の意思で剣を抜いたんだ。最後まで後悔ないようにね?」

「後悔などするものか!貴様を断罪し、陛下と王宮の憂いを払ってくれるわ!」




 ーーそして数刻後。




「君たちは、あの()どれだけ利用すれば気が済むのかな?」

「……」

「そろそろ、その腐った選民意識をどうにかした方が良いと思うよ。この国を滅亡させたくなければね」

「…………」

「魔導士に『正しい倫理観』とらやを強要しているんだ。君たち王侯貴族もそれなりの倫理観を持たなきゃね」

「………………」

「って、もう寝てんじゃないか。ああ、ツマラナイ」


 ペチペチペチと頬を叩く音。叩かれた男の反応は無い。

 目の前で泡を吹いて転がる副宰相を馬車に踏まれた蛙を見るような目線で見下ろす漆黒殿。そもそも、漆黒の瞳には初めから副宰相の姿など写ってはいなかった。結果は始まる前から決まり切っていた。我が国最高峰の魔導士に喧嘩を売って、タダで済むわけがないのだから。それこそ、滅亡願望でもなければ喧嘩など売らないものだ。だからこそ、陛下は筋を通す上でも謝罪を行われた訳だが、副宰相には陛下のーーいや、王宮の総意と謝罪の意図というものが、全く読み取れていなかった。


 ー残念だー


 また、新進気鋭の野心家を一人失ってしまった。

 野心家はそのプライドさえ満たしてやれば良いだけに、彼は実に扱い易い男であった。多少暴走するクセがあるが、それも愛嬌だと見ていたのだが……。


「漆黒殿、迷惑をかけたな」

「お気になさらず、陛下」


 再び頭をお下げになった陛下に向けて、謝罪は不要だと漆黒殿は首を振られた。「貴方のお気持ちは充分受け取りました」と付け加えて。


「さて、契約の件だけど……どうされます?あの男が言ったように、契約破棄なされますか?」

「契約継続でお願い致します。卸値はそちらの言い値で構いません」

「ハハッ。宰相閣下は太っ腹だ」

「迷惑料も含まれておりますからね」


 陛下も私の言葉にウムと頷かれている。これは副宰相がどう言おうが、元より決められた事なのだ。副宰相に文句があったならば、漆黒殿にではなく上司である私に言えば良かっただけだ。それを身分と爵位から宰相である私には物申さず、身分の低い者を相手取る方を選ぶなど、無知、無能者と言われても仕方がない。

 漆黒殿は私から受け取った納品書をさっと確認すると、「では、私はこれで失礼するよ」とあっさりと身を翻された。バサリと広がる真白のローブ。足下に広がる真紅の魔術方陣。術が発動する直前、私は「漆黒殿」と背に声をかけた。するとーー


「宰相閣下は気苦労が多いね。大丈夫、私はこの国を滅ぼしたりなんてしないよ。そんな事をすれば、あの娘が帰る場所がなくなってしまうからね」


 魔力残渣が消える瞬間に見え微笑み。漆黒殿のその表情はまさに子を思う親ーー父親のものに見えた。




お読み頂きまして、ありがとうございます!

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裏舞台17『社交辞令』をお送りしました。

麗しのお師匠様ご登場!

愛する娘アーリアを拐われたまま大人しく黙ってはいまいと思われていましたが、ちゃっかり国王陛下からの謝罪を取り付けておりました。

自己中を自認するお師匠様ですが、娘に関する事なれば途端常識人ぶり、マトモな判断が下せるようです。これも『愛ゆえに』ですね?


主人公不在の話が続きますが、是非、次話もご覧ください!

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