※裏舞台16※騎士団長の溜息
side:Sistina
※(第一小隊長スレイ視点)
私は第一小隊の隊長を務める名をスレイと言う。騎士団内の序列では第四位。在歴は騎士団の中でも最古参の中に入る。物事を裏の裏まで読む性格から現実主義を通り越してネガティブ思考と言われる事が多い。ポジティブ思考であるルーデルス団長とは真逆に位置するのだが、不思議と気が合うと言うか、それもと馬が合うと言うか……まぁどちらにせよ、団長とはそこそこ長い付き合いがあるのは確か。第一小隊は団長麾下の小隊でもある事から、自然と副官の立場を務める事が多く、この夜もまた、団長のサポート役として付き添って参った次第だ。
ーあぁ、まただ……ー
隣で深い溜息が聞こえてきた。未練や後悔とは無縁の人物から齎されたそれ。本人は無自覚のまま溜息を吐いているに違いない。
チラリと視線を送れば、視界に映った眉間に刻まれた溝の深さに、今回の騒動に於ける彼のーー騎士団長ルーデルスの憂いの深さを理解させられた。獅子を思わせる紅い立髪が夜風に弱々しく揺れている。どこかガックリと肩を落として見えるのはきっと気のせいではない。そう思えばこそ、知らずの間に団長の背を追っていた。
ルーデルス団長は腰に手を当てた仁王立ちの状態で夜空を見上げている。木々の間から見えるは大きな丸い月。嗚呼、美しい。満月か。透き通る夜空には薄雲が東へ流れている。『満月には襲撃は向かない』という定義があるが、相手はそれを逆手に取ったのかも知れない。
「なんだ?スレイ。シケた顔をして。美男子が台無しだぞ?」
いつの間にか視線で追われていたのは私だったようだ。ルーデルス団長は腰に手を当てたままの姿勢のまま、私の方へその大きな身体を向けていた。
「私はそれほど優れた容姿をしていませんよ」
「ハハッ!謙遜を。スレイ、お前が数多くの女性を袖にしてきたのは有名な話だぞ?」
「いつの話ですか、それは」
呆れた。此処東の地へ配属されて以降、ろくに王都へは戻ってはいない。勿論、夜会等の強制イベントは仕事を理由に不参加。アルカードではムサイ騎士たちに囲まれて鍛錬、訓練の日々。その何処に女っ気があるというのだろうか。ーーと考えていれば、団長から思わぬ言葉が出てきた。
「王都へ行くと、何故か俺がお前宛の手紙や見合いの釣書を預かるんだかなぁ……」
「……お手間をおかけします」
思わず頭を下げる。すると、団長はフッと笑って腰を屈めてきた。
「まだお前の親父殿は諦めてないようだな?」
「ハァ……家督は弟へ譲ると言ってあるのですがね。諦めの悪い人ですよ」
「長兄が優秀だからだろう?爵位と領地を守るには優秀な人材が必要だ。特に家長ともなれば」
「だから私は弟に家督を譲るのですよ。弟は騎士の私なんぞより余程優秀な官吏です」
私は団長のように騎士養成学校から王都の騎士団、近衛騎士団を経て『塔の騎士団』へとストレートに上がってきた王道騎士ではない。若い頃に一度、官吏として王宮勤めしていた過去があり、しかも、一念発起して官吏を辞め、騎士養成学校へ入学し、年月を経て『塔の騎士団』へと配属された異例騎士なのだ。その為、未だに騎士一辺倒の騎士から見下される、『官吏騎士』と揶揄われるのだ。
そんな者たちを私は愚かだと思わざるを得ない。官吏が騎士に劣ると思っている者たちに現実を見せてやりたいものだ。政界のトップ、現宰相アルヴァンド公爵閣下が良い例だろう。一度、阿保な騎士たちを閣下にぶつけてみたいものだ。きっと、閣下は笑って瞬殺してくださるだろう。
「スレイは官吏としても有能であろうがな?」
「……団長。暗にそれは、私に騎士を辞めろと仰りたいのですか?」
「そう思うのか?」
「どう思われようと、私は騎士を辞める気はございませんよ」
「ならば、俺の言葉になんぞに振り回されるな」
ルーデルス団長は私の頭に手を置くとガシガシと撫でた。嗚呼、団長のこう言うトコロは好きではない。私の事を弟のように扱ってくださるのは光栄な事ではあるのだが、他者の目のある場合には居た堪れない気持ちになるのだ。有り体に言えば『恥ずかしい』。
「スレイ、お前は有能な騎士だ。この騎士団にお前の代えはない。それに、俺はお前に辞められると困る」
団長はこういう事をサラリと言うからタチが悪い。頼られている、必要とされていると言われて嬉しくない訳がないではないか。
「それにな、最近じゃ酒の相手をしてくれる者もいなくてな……」
「アーネスト殿がいらっしゃるではありませんか?」
「アーネストは禁酒中だ」
「何でまた?」
「『願掛け』だと聞いたがな……」
「願掛けですか……あのお人らしい……」
真面目なアーネスト副団長のことだ。『あのお方を無事に取り戻すまで酒は呑むまい』と決めておられるのだろう。
「酒を飲もうが飲むまいが、結果は変わらぬと思うのだがな?」
「それ、ご本人の前で仰ってないでしょうね?」
「言う訳なかろう!」
「それは良かった。貴方は時々、無神経な言動をしますからね?」
「スレイ……それをお前が言うのか?」
「何か問題でも?」
「いいや……」
私も団長と同じ考えだ。どれだけ神に祈ろうが、願をかけようが、待ち受ける結果に違いはない。結果というのは『それまでにどれだけ準備に万全を期したか』という一言に尽きる。努力の結果、望むべき未来に繋がっているのだ。
そして、アーネスト副団長はーーいや、我々騎士団はこの一月、準備を怠らなかった。来るべき日に向けて一つずつ石を積み重ねてきたのだ。ならば、待ち受ける未来は我々の望むものである筈なのだ。
ー万に一つも、ないー
再三の溜息。やはり本人には自覚がないのだろう。それ程に、団長が今回の事を気に病まれているのだと知れた。
「団長、お辛くはございませんか?」
バークレー侯爵殿がこのような騒動の中心におられると知って……とは口にしなかった。言わずとも団長には言葉の続きが分かると思ったのだ。
案の定、団長はハッとした顔をなさった。そして再び出かけた溜息を抑えるように口元を手で覆うと、「いいや」と頭を振った。
「あーーいや、そうでもないな。これは『辛い』という感情なのかも知れんのか……」
団長は素直に自身の心を受け止めるや否や、気持ちを入れ替えるようにハァァと目に見えて大きな息を吐き、フッと息を吸って姿勢を整えた。すると、見る見る内に常時の威厳を取り戻した。
「確か団長は、バークレー侯爵殿とは古馴染みでしたよね?」
「ああ。長官殿とは縁戚でもあってな。それも彼方側のな……」
ルーデルス団長は未だバークレー侯爵殿の事を『長官殿』と呼ぶ。現在の長官はエルラジアン侯爵。彼の手前、私などは元長官を長官と呼ぶのは些か憚られるのだが、団長はそのような些事は気にしておられないようだ。
団長とバークレー侯爵殿とは王都時代からの馴染みであり、一時期はペアとして背を預け合った仲だとも聞いた事がある。そして、彼らには騎士同士の絆以外にも切っても切り離せない接点があるという事も、私は知っていた。
「スレイは知っていたな?俺がライザタニアからの亡命者であると……」
コクリと小さく顎を下げ、肯定を示す。
ルーデルス団長は元来からのシスティナ国民ではない。この事実は騎士団でもごく一部の者しか知らない極秘事項だ。システィナ国内でもそれ程に知られてはいない。しかし、特段と隠している事実でもないと団長は語る。『俺のような者は珍しくない』とも……。
そもそも、婚姻によって他国からシスティナへ、システィナから他国へと人が行き来するのは、珍しくない事なのだ。現に、システィナ国王の王妃様の母君はエステルから輿入れされた姫だという話は、誰もが知るところ。その他にも、つい最近では帝国の皇太子とシスティナの姫との婚約の話も上がっている。
婚姻と亡命との差はあれど、他国民がシスティナ国民へと国籍を変える事はままある事なのだ。
しかし、元来からのシスティナ国民と他国からの亡命者の間には、妙な隔たりがあるようにも思える。ーーいや、隔たりを生んでいるのは、元来から住まうシスティナ国民の矮小な心なのだ。特に亡命二世、三世が優秀な者であればあるほど、その才能を妬んだ者たちは彼らを厭う傾向がある。馬鹿な話だ、と笑い飛ばせるほど、この話は簡単ではない。
「なぁに、あの国ではありふれた話。国王派貴族が利権欲しさにあの策この策と手を回して祖父を罪人に仕立てあげた。国家に背く思想犯だと言ってな。大方、我が家の領地と全財産をあの者たちは羨んだのだろうよ。我が家はあの国にしては裕福な方でな……。鉱山で採れる鉱石がシスティナにとっては珍しい物だったらしく、高値で取引きできたのだと聞いていた」
ルーデルス団長は亡命に至った過程を語って聞かせた。
「俺が七つの時だ。祖父と共にシスティナへ亡命したのは。その時に頼ったのがバークレー侯爵家だった。バークレー侯爵家とは数代前に縁戚関係を結んでいたのでな、当時のバークレー侯爵は私たちを快く受け入れてくれた」
ルーデルス団長と古馴染みーーいや、それどころか幼馴染みか義兄とも言える存在。それが現在のバークレー侯爵殿であったのだ。昔からの友、それも血の繋がりのあるバークレー侯爵殿は、ルーデルス団長からすれば尊敬すべき義兄にも等しいのではないだろうか。
「陛下への恩顧に報いる……言葉にすればなんと美しい響きであろうな?しかし、あの国のどれほどの貴族が、自らの生命を賭してまで国に報いる気があるかどうか、実に怪しいものだが……」
苦笑の「いやはや……」と団長は頭を掻く。実体験から来るライザタニア貴族の実情への嘆き。それは私の舌に苦いモノを奔らせた。
「団長……侯爵殿は何の考えなしにこの様な馬鹿を仕出かす様なお方ではないでしょう?」
「だと思う。長官殿はきっと、俺たちの預かりの知らぬお考えをお持ちなのだ。そして、それは自身の利権利己の為では決してない。あの方の中心には常に『国家』がある。システィナの為にならぬ事をなさる訳があるまいよ」
私は団長の言葉に頷くと同時に問題点を提示した。
「ですが、彼とライザタニアとの繋がりは無視できません。もしかすればあの襲撃もーー」
「長官殿には恩義がある。しかし、それとこれとは別問題だ。いくら長官殿のお考えーーそれも、我が国の為だとしても、我が主を傷つけ拉致したは事実。俺がそれを許す事など断じてない!」
この期に及んでは、いくら昔馴染みであろうと、世話になった相手であろうと関係はない。守るべき者を傷つけられた騎士が『国家の為』と言われて大人しく黙ると思ったら、大間違いだ。我々に命令を下せるのは、国王陛下お一人なのだから……!
事実、我々『塔の騎士団』が主と仰ぐ対象者ーー『塔の魔女』様は、現在も隣国へと拐われたまま。あの夜、隣国からの襲撃者によって傷つけられた傷は癒えようと、精神に負った傷は未だにグズグズと焼け爛れたままだ。未だ、痛みと共に怒りも燻り続けている。守るべき者を守れずして何が騎士か!と、自身を責め続けながら……。
「お可愛そうに。あれからもう、三月近く経ちます」
「ああ……」
「日々健やか……では、ないでしょうね?きっと……」
「捕虜であるからな。生命こそ取られはしないだろうが……うぅむ……アヤツらの道徳心に頼るしかないのが、何とも心細くあるな」
ルーデルス団長はふと東の空を見上げ、目線を細くした。闇夜の星々の中にオーロラのように輝く薄い幕が張られているのが見て取れた。それは、今日もこの国を平和に導いている《結界》であった。
「今宵も《結界》に異常はなし。さすが我が主君の魔術だなぁ、スレイ」
「そうですね。あの方は常に我々の予測の上を行かれる」
そう言って私は癖のように前髪を掻き揚げながら深い溜息を漏らした。
以前、私は不敬にも守護すべき魔女に向かって尋ねた事があるのだ。『貴女が塔におられない時に隣国からの攻撃を受けるような事があったとき、塔と《結界》はどうなるのか?』と。今思えばかなり不躾で、しかも、かなり無礼な発言だと思う。
あの時、私は魔女様の生命の心配よりも自国の心配を優先した。にも関わらず、魔女様は私の発言に不快感を示されたりはなさらなかった。ただ笑って『大丈夫』だと頷かれただけだった。
そして、その言葉に偽りはなかった。『東の塔』は炎にまみれても尚、その美しさは健在しており、魔女様が隣国へ拉致されて尚、《結界》の効力に代わりはない。
「やはり、信頼関係を築く前に破綻しましたね」
私は以前、若手騎士による暴走の結果、魔女様に盛大な迷惑をかけまくり、騎士団との関係に亀裂が入った時、団長から『これから関係を修復し、新たに信頼関係を築けば良い』との言葉に『築く途端から崩れていそうだ』と答えた事があった。
今思えば、実に良く未来を見通せていたのではないか、と自画自賛したい気分だ。騎士団内部に入り込んだ襲撃者。襲撃者によって翻弄された結果、騎士団は二度も主君を敵の手に渡してしまったのだから。
「スレイ!お前のそのネガティブな発想は何とかならんのか!?」
「何とかと言われましてもねぇ……真実でございましょう?」
声を殺して喚く団長にハンッと鼻を鳴らせば、あろう事か団長は「大丈夫だ。我々には『ナイル』という切り札がある!」との反論を口にした。
「あのナイルも、流石に自分一人に責任を背負わせられる事に拒否感を示すのでは?」
「あいつには超がつくほどの生真面目さがある!」
「ソーデスネー。アッと……そろそろ見えて来ますからお静かに、団長」
ガサッと草木を踏み分ければ、木々の向こうに黒い影の集団が此方へ向かい疾走してくるのが見えた。先頭を疾るは見事な赤髪の軍馬。バークレー侯爵殿の愛馬だ。長官職を降り、現在は騎士を養成する教官職を務めているとは聞くが、現役の騎士と何ら遜色ない体躯。しかも、後を続く若者たちよりも卓越した乗馬の技術を持っている事が見て取れた。
ーはぁ〜〜これだから官吏は厄介ですよー
頭が切れる。にも関わらず騎士と遜色ない技術と技能をも併せ持つ。これを厄介だと言わずして何というのか。
「さて、参りましょうか?団長」
ーーかつての上官の下へ。
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裏舞台16『騎士団長の溜息』をお送りしました。
ネガティブ騎士スレイの独白により、騎士団長の出自が判明。同時にバークレー侯爵への信頼度の高さも判りました。
ともすれば盲目的に思える騎士団長からの信頼。バークレー侯爵の目にはどう写っていたのでしょう?
次話も是非ご覧ください!




