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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と狂気の王子(上)
355/500

※裏舞台13※鬼教官の墓参り

side:Sistina

※(ルーデルス団長視点)



 ー今日は一段と空が高いー


 見上げた空ーー《結界》に空の色が反射し、キラキラと魔力残渣を放ちながら輝いている。眩しさに瞼を窄めていると、突然、木々の隙間から白い小さな鳥が飛び立った。ふと視線を向ければ、燃え残った木の上に新しい巣が作られている。そのまま地に視線を下ろせば、地面からは新たな生命が芽生え始めていた。


 ーやはり、鳥たちもこの森を選ぶか?ー


 ひと月前の火事によって、東の森は実に三分の一が焼失した。塔を囲むように茂る美しい森は今、見る影を失くしている。そしてこの場所、歴代魔女の眠る墓所もまた然りであった。ーーが、あの日焼け焦げた石碑は綺麗に磨かれ、焼け落ちた植木類は再び植え直され、墓所は美しく整えられている。

 歴代魔女たちは、この地に生きる者たちの守護者であった。健やかな日々は、魔女の守護の上に成り立っている。その事実に感謝して止まないこの地の者たちは、そして魔女を守護する役目を担う騎士たちは、十分過ぎるほどに理解していたのだ。だからこそ、この墓所は何処よりも早く整備されたのだが……


「墓参りですか?」


 塔の周辺を警備していた騎士からの一報を受けて足を運べば、報告を受けていたにも関わらず、そこに思わぬ人影を見つけ僅かに目を見開いた。

 背中越しにも分かる清廉な佇まい。上背のある堂々たる体躯。衰えを見せない肉体美。均整のとれた四肢と姿勢。規律と礼節、威厳とが同化し、眼前の御仁から滲み出ていた。


「ーーああ、君か?ルーデルス団長」


 決して短くない瞑目。随分と長い時間を死者への祈りを捧げていた御仁に対し、私は漸く声をかけるに至った。すると、御仁は上体を僅かも動かさずに振り向いて来られた。

 まるで鷹のような漆黒の瞳は眼光鋭く、私の身体に突き刺さる。歳と共に衰える事を知らない美しい銀髪が風に揺れている。最後にお会いした時と何ら変わらぬそのお姿にーーその一分の隙もない所作に、ドキリとさせられた。


「お久しぶりでございます、長官殿」

「元、長官だ。今は一介の官吏にすぎん」

「ハハッ。相変わらず堅苦しいお方だ」


 御仁の御名はクリストファ・フィン・バークレー侯爵。バークレー侯爵家当主そのお人だ。御年五十。国を愛し、国に忠誠を尽くす生粋の大貴族。およそ半年前まで軍務省長官であった元上司殿である。

 また、侯爵は前任の『塔の魔女』ーーソフィア様のご子息でもある。先の戦争でソフィア様を亡くした直後も隙のない指揮振りを発揮され、敵兵をこのアルカードから一歩も国内へと踏み込ませなかった実績を持つ。当時からの渾名あだなは『鬼長官』。『青い血でも流れているのではないか?』との憶測まで生まれたほど冷静沈着な精神を持つのだ、このお方は。


「お噂では財務省に転任後すぐに辞職なさり、領地に引き込まれたとお聞きしましたが……」

「ああ。そろそろ隠居生活も良いかと思っていたのだがね、なかなか人生は上手くいかないものだ。早々、王宮へ引き戻されてしまったよ」

「それはそうでしょうなぁ。優秀な官僚を野放しにするなど、国の損失ですからな」


 バークレー侯爵家は建国よりシスティナ王家を支えてきた名家。特に軍事面に才を持つ者が多く輩出し、ある者は騎士として、ある者は魔導士として、またある者は指揮官として国防に従事されている。バークレー侯爵自体も指揮官としての才に優れ、近衛騎士団から塔の騎士団、そして団長職を経て四十代で軍務省長官へと階段を昇ってかれた。

 侯爵が三年前のライザタニア侵攻の折、前任の魔女様を戦死させた責任を追及されなかったのも、優秀な官僚を手放す方が国の損失であると判じられたからに他ならない。侯爵は前任の魔女ーー御母堂の死を目前にしてもなお、その鋼の精神に一分の狂いもなかったのだから。


「どの部署へ配属なされたのですか?」

「この春より軍務省に於いて『指導教官』の職を拝命した」

「若手の育成ですか」

「うむ。若者相手はなかなか骨の折れる事だな?」


 ハハハッと笑うバークレー侯爵の表情は先程より幾分か柔らかい。壮観な顔つきがより生き生きとして見られた。御年五十というが、長官職にあった頃よりもずっと若々しく見える。


「ならば、この騎士団を落第になった騎士たちの再教育も長官が?」

「教官だ、ルーデルス君」

「はっ、バークレー教官殿!……嗚呼、これは若い頃を思い出されますな、アハハハ」


 若い時分、私は王宮勤務をしており、丁度その頃にバークレー侯爵の指導を受けていたのだ。侯爵は私の先輩騎士でもあるのだ。王宮勤務時代は直属の上司と部下、先輩と後輩の間柄として、日々、指導を仰いでいた。

 侯爵の厳しい指導は若い頃から有名であった。しかし、侯爵の厳しさは何も他者へ向けられたものだけでなく、ご自分に向けられた厳しさの方が強い事を知っていた後輩たちは、侯爵の厳しい指導に文句を言える筈もなく、逆に触発されたかのように食らいついていった。お陰で331期生は猛者揃いと揶揄されるほど優秀な人材で溢れた。


「ご迷惑をおかけしております」

「なに、構わんよ。若者の指導は年長者の仕事でもあるからな」

「で、ありますか?」

「ああ。それに、特に高く伸びた鼻っ柱をへし折るのは、なかなかに愉しいものだ」

「ああ、それはそれは……」


 落第騎士たちーー我が騎士団を去った者たちだが、彼らは身体能力こそ高いものの、騎士となる過程で一番大切な精神ココロを育て損ねた者たちでもある。

 騎士とは国に、いや、国王陛下に揺るぎない忠義を持つ者を指す。騎士とは試験に合格パスすれば成れるもいうものではない。陛下からの拝命を受けて初めて騎士となるのだ。

 陛下の御為に国を、そして国民を守るの事が騎士に課せられた使命。その中でも我が騎士団ーー『東の塔の騎士団』に配置された騎士たちは、国境の地アルカードにある『東の塔』の守護を任じられている。『東の塔』には国境を守護する役目を担う魔導士がおり、騎士団はその魔導士のーー『東の塔の魔女』様を守護する事を第一の任としている。

 歴代の『塔の魔女』様方は国境に特殊な《結界》魔術を施され、隣国からの攻撃や侵攻を防ぐ役割を担っておられる。『システィナ国防の要』とも云われる魔女様方だが、私は魔女様方こそが『システィナの守護神』であると断言する。

 魔女様方の《結界》が我がシスティナのーーアルカードの平和な日常を作り出している。だが、その引き換えに魔女様方は『塔』に囚われ、自由にご自身の人生を送る事が許されず、束縛された人生を送らざるを得ない。そう、我々の平和な日常は魔女様方の人生を犠牲として成り立っているのだ。


 ーだが、彼女たちがその事実コトに不満を漏らした事などないー


 なんと慈悲深い心、気高き魂か。

 私が国王陛下の次に忠誠心を捧げ、身を呈して守るに相応しいお方ーーそれが『塔の魔女』という方々なのだ。

 しかし、昨今『塔の騎士団』に配属された若き騎士たちは、自分たちが守るべき主君あるじーー魔女様に対して敬意を抱かぬどころか、軽視し、蔑視し始めた。己が日々、平和な生活を送れているのは『誰』のおかげなのかも理解せずーーいや、考えもせずに日常に甘んじる騎士たちの何と浅はかな事か!彼らは魔女様をーーアーリア様を軽視した挙句にその言動を持って、アーリア様のお心を傷つけたのだ!!


 ー騎士に在るまじき醜態さー


 『落第騎士』とは言い得て妙だが、実に的を得た表現だ。彼ら落第騎士たちは断罪を受け、身柄を王都へと送られた。王宮からの沙汰あるまで自宅待機を余儀なくされたのだ。

 中には己の所業に猛省し、騎士として再出発できた者もいるだろう。彼らは『東の騎士団』に配属される程の実力を持つ者ばかり。元来、優秀な者たちばかりなのだ。精神的な未熟さを補う事さえできれば、有能な騎士として復帰できる事だろう。


 ーこの鬼教官殿ならば、或いは……ー


 いやはや。彼らの未来は明るいのか暗いのか……判断し難いものだ。


「『忠誠心』を履き違えた騎士というのは、なかなかに厄介なものだな、団長?」

「差様ですな。重ね重ね、面目ない……」


 自身の指導不足が彼らのような落第騎士を生んでしまったのだ。しかもそのツケをーー尻拭いを元上司につけさせようとしている。これはもう、頭を下げるしかないではないか。

 しかし、教官様は大の男がペコペコと頭を下げるのを良く思わなかったのだろう。元々、『言い訳』等といったモノを好まぬ鬼長官殿だ。彼は私の頭を下げる仕草を止めるように手で制すると、徐に腰の剣を鞘ごと抜きさった。


「どうだ、久方ぶりに手合わせなどするか?」

「宜しいので……?」

「ああ、それくらいの時間はとれる」



 ※※※



 ーカァン、カン、カァン……ー


 森の中に響く甲高い金属音。二つの影が木々の隙間に揺れ動く。


「ーー教官殿は、今回の争乱を受けてこの地へ呼ばれたのですか?」


 唸る剣。空を斬る刃。私はバークレー教官の剣を紙一重で避けると、教官のアルカード訪問に於ける本来の事情を問うた。本来、王宮にあって騎士たちの指導者たらん教官殿が、このような東の果てに脚を運ぶ理由が、ただの『墓参り』な筈がない。


「そうだ。ーー既に殿下と領主殿への挨拶は済ませてある。現長官であるエルラジアン侯を王都より動かす事はできんのでな。代替措置だろう。それに……まぁ言っては何だが、私はこの塔には詳しい方であるからな」

「成る程。それはご足労を……」

「謝罪は不要。必要以上に責を負おうとする必要などない。今回の件、騎士団だけの責ではない事を、誰もが理解している」

「ですが、我々騎士団が犯した罪は明白でありましょう?」


 ライザタニアからの襲撃を受け、アルカードは争乱に晒された。そして争乱の最中、最も守護すべきお方を襲撃者たちに拉致されてしまった。魔女様ーーアーリア様は騎士団内部に侵入していた襲撃者たちに拉致され、ライザタニアへと連れ拐われてしまったのだ。


「二度も、この地をライザタニアに侵されるなど!」


 ーなんたる無様!なんたる罪かッ!!ー


 我が騎士団にライザタニアの工作員が紛れ込んでいた。しかも、我々はその事を襲撃を受けるまで気づかなかった。仲間だと思っていた騎士たちに牙を剥かれるまで、仲間が敵になる事など、思いもつかなかったのだ。


「まぁ、そう憤る事はない。起こってしまった事を振り返る時間など、ムダでしかあるまい。現在いまできる事をする。それこそが大切なのだ」


 憤りを隠せぬ私に、バークレー教官殿は淡々とした口調で諭した。『過去を振り返る事などムダだ』と。


「……以前も同じ事を仰いましたな」

「であるか」


 およそ三年前、ライザタニア軍が猛攻して来た際、前任の魔女様は『私を守っていないで領民を助けに行けッ!』と、塔から騎士を放り出した。だが、ライザタニア軍は塔が手薄になった隙を突いて猛攻し、移民族を利用してポーラ様を殺害した。

 その後、現魔女様が形成なされた《結界》のおかげで持ち直したアルカードだが、私は時期を見て、主君あるじを亡くした責任を取って騎士団長を辞する事を決めた。しかし自宅に自主的謹慎していた私の元を訪れた前軍務省長官ーーバークレー侯爵殿は、辞職を申し出る私に向かって喝を入れてくださった。『前任の魔女が命を賭して守った塔を最後まで守れ!』とーー……。

 実の母親を亡くされたバークレー侯爵。何を置いてでも守らねばならなかった主君あるじを死なせてしまった騎士団長。本来なら、侯爵殿は責任を果たせなかった騎士団長わたしを恨んでおられても不思議はない。それなのに侯爵殿は私に対して『恨み事』を申された事などないのだ。


 ー現在いままで、一度も……ー


「長官は何故、そのように強くあれるのですか?」


 私がバークレー侯爵殿の立場だったならば、そのように強くあれただろうか。大切な家族を亡くして尚、国を第一に考え、動く事ができただろうか……?

 バークレー侯爵殿はーーバークレー侯爵家の人たちは心底『国』を愛し『国』に仕えておられる。『国』という大きな存在の前では『自分』という存在などは『国』を生かす為の道具でしかない。この方たちこそが『忠臣』と称されるシスティナの大貴族なのだ。

 この評価は現在に至るまで変化はない。それは、侯爵殿に久々に対面した今日こんにちも。

 だが、それは私の妄想であったのかもしれない。そう思われる発言が侯爵殿の口から飛び出した。


「強くは、ないよ……強くはないのだよ……」


 侯爵殿は私の剣を軽くいなすと、手の中の長剣をザクリと地面に突き刺した。

 これまでに見た事の無いほど儚げな表情。今にも泡となって溶けてしまいそうなその横顔に、私は思わず立ち竦み「長官殿?」と声をかけた。すると長官殿は普段通りの厳しい表情で「教官だ。何度言えば解るのか?」と叱咤を飛ばしてこられた。

 その普段通りの表情にホッと胸を撫で下ろすも、先程一瞬目にした表情は目の裏に焼き付いて離れない。


「それにしても……いつでも現役復帰できるのではありませんか?」


 誤魔化しだと分かっていながら放った言葉に、バークレー教官殿は苦笑混じりに答えてくださった。


「何を言うか。何時迄も年寄りが現場を彷徨いては、若者に煙たがられるではないか」

「ハハハッ!長官殿はまだまだお若いではありませんか?」

「生意気な事を。年長者を揶揄うものではない」

「これは失礼を、長官殿」

「教官だ」

「はい。教官殿」


 中央にて長官職にあったバークレー侯爵殿だが、その剣技は寸分の衰えも感じさせなかった。下手な若手騎士よりもずっと手堅い剣技。一撃一撃が重厚感のある剣技は、十分、現役でも通ずるだろう。心よりそう思って幾度か頷いていると、バークレー侯爵は話題を変えてこられた。


「今代の魔女殿は随分と型破りな女性のようだな」

「そうですなぁ……先代様とは雰囲気の違いがありますが、私にとっては『尊敬すべき主君あるじ』である事は確かです」

「ほう」

「中央で魔女様ーーアーリア様が『塔の魔女』である事での賛否が上がっているのは存じています。ですが私は、アーリア様だからこそ、このシスティナは今も戦争を回避できているのだと思っておるのです」


 この問題はアーリア様が平民出身であること、出自が不明であること、かの魔導士殿の養い子であることなど、様々な要因が絡んでいる。しかし、このアルカードではアーリア様の出自出身など些細な事なのだ。

 アーリア様はその確かな才覚で『東の塔』の管理しておられる。何より、施された《結界》はアーリア様不在の現在も、他国からの侵攻を阻んでいる。そのおかげでアルカードはーー延いてはこの国は、今日も平穏な日々を送れている。


 ー慈悲や慈愛など何の役に立つ?ー


 これは私が前回の戦争を経て学んだ事だ。『目に見えぬ慈悲や慈愛よりも重要なのは結果なのだ』と。

 口先だけでどれだけ偉そうな言葉を叫ぼうが、結果が伴わなければタダの虚言妄想ハリボテ。騎士団を去った騎士モドキのように、口先だけの忠誠心を振りかざす騎士など騎士に非ず。

 謂れなき中傷の的になった魔女様。言い訳など不要とばかりに己の信念を貫く魔女様。慈悲を武器に取らぬ魔女様の何と気高き事か……!これこそが、私がアーリア様を『尊敬すべき主君あるじ』だと評する所以ゆえんだ。


「この塔は何人の魔女の生命いのちを吸い取る気であろうな……」


 バークレー侯爵殿は空を見上げながら小さな呟きを溢された。あるじなき塔は森林火災の後も何ら変わらぬ美しさを保っている。《結界》はその効果を油断なく発揮し続けている。


「もう、あのような悲劇は起こさせません」


 私はバークレー侯爵殿の横顔を見据えながら、ハッキリと言い切った。


「この塔は『平和の象徴』。民の心の拠り所たる塔が汚される事態を、許す事はありません」


 これは私のーー我々『塔の騎士団』に所属する騎士たち一同の決意。もうこの地で悲劇は起こさせない。我らが主君あるじアーリア様を取り戻す。そして今度は魔女様に自由な生活を送って頂けるよう、我々『塔の騎士』が『システィナの守護人』となろう。そう、我々は誓い合った。

 バークレー侯爵は誓いを口にした私を視界に、僅かに眉を震わせると「そうか」と一言。そして……


「では、お前たちは己の信念のままに行くがよい」


 その言葉に、長官殿が我々の在り方に理解を示してくださったのだと、私は理解した。




お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、とても嬉しいです!ありがとうございます(*'▽'*)


裏舞台13『鬼教官の墓参り』をお送りしました。

火災騒動から漸く落ち着きを取り戻したアルカードに予期せぬ客人が訪れ。前軍務長官バークレー侯爵の登場は、ルーデルス団長の心にほんの少しの影を落としました。

次話、裏舞台14も是非ご覧ください!



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