表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔宝石物語  作者: かうる
魔女と狂気の王子(上)
353/500

その二人、王子

 ほぅと息を吐けば、窓が白く曇る。春にしては肌寒いこの夜、シュバルツェ殿下は柱に凭れ掛かりながら空に浮かぶ月を眺めてやり、ポツリと呟いた。


「『精神的無防備になった相手を説得する』とは、よく言ったものだな……」


 しとしとと滴る雨粒が窓を伝う様は、まるで静かに涙を流すかのよう。今朝から降り頻る雨はまるで誰かの心を反映している様にも思え、狂気の王子は溜息を吐くとそっと目蓋を伏せ、隣室から届く声音に耳を傾けた。


「ー記憶を精神の水底に封じ、鍵をかけよー」


 精神支配、精神錯乱、精神操作といった『呪術』はライザタニアのお家芸。精神に図りかけ相手を意のままに操作する『呪術』に関して、ライザタニアの右に出る国はないとも云われている。

 元を正せば、呪術とは魔法より派生した術。その起源は古く、同じく魔法より派生した魔術よりも歴史は長い。ライザタニアは建国より百五十年と他国よりも歴史は浅いが、魔法との付き合いはシスティナよりも深く、エルフ族を始めとした妖精族が数多く住まう地ならではの魔法技術は、エステルと比較しても遜色はないとシュバルツェ殿下は自負していた。記憶を操作する事など造作もない、それが精神的無防備になった者相手なら尚更だ、とも……。


 ージ、ジジジ……ー


 洋燈ランプがゆらゆら揺れ、小さなが室内に影をつくる。長椅子ソファの背に深く凭れ掛かる小さな身体。投げ出された四肢はカモシカのようにしなやか。牡丹のような唇。真珠の髪が洋燈ランプの光をうけて白金に輝く。


 ー眠れ 眠れ 眠れー

 ー大地のうろ

 ー草木のかいな

 ー泉の清水せいすい

 ー風の息吹いぶき

 ー廻れ 廻れ 廻れー

 ー光の水面みなも

 ー森々の月影つきかげ

 ー還れ 還れ 還れー

 ー光は闇へー

 ー闇は光へー          


 呪の粒。言の葉の流れ。浮き上がる精霊宝珠。呪言コトノハに魔力を乗せ、掌を通して魔女の精神へと絡みつかせていく。


「さぁ、辛い記憶など全て忘れてしまいなさい。此処には貴方を苦しめる者など、いないのだから……」


 口ずさまれる言葉に偽りの色は見えない。己が行動の責、不本意にもその一端を背負うに至った魔女を、()は斬り捨てる気にはなれなかったのだろう。

 シュバルツェ殿下自身、()の意見には全面的に同意であった。

 全てが全て、自国を担う者たちが背負うべき業。何故、赤の他人に背負わせるようか。何故、魔女の人生を犠牲にして得られる未来を責も負わずに甘受できようか。国へ戻れないのなら、このまま留まれば良い。この城ある限り、永劫、守り続けよう。ーーそれこそが唯一の償い。


「精霊よ集え 集えよ精霊」


 ()が手を離せば、閉じられた目蓋の間から涙が滲み、頬を伝い落ちた。宛ら宝玉のようなソレは口に含めばさぞ甘いに違いない。


 ー眠れ 眠れ 眠れー

 ー大地のうろ

 ー木のかいな

 ー泉の清水せいすい

 ー風の息吹いぶき…………


 精霊の羽ばたき。魔力残滓の煌めき。小羽を羽ばたかせた精霊は術者の願いを叶えるべく、そして魔女を護るべく集い、唄い、舞い、踊れば、忽ちそこは精霊の園となった。


「もう、充分では?」


 神聖な空間を切り裂くオト。張り詰めていた空気が瞬時に弾ける。同時に謳い、歌い、謡い、詠う精霊たちが舞い散った。

 これまで誰からも嗜められる事のなかった()の行動にストップをかけたのは狂気の王子。シュバルツェ殿下が空を斬るようにその空間へ割り入めば、瞬間、睫毛を上げた()視線が合った。

 黄金の髪がフワリと揺れ、翡翠のような瞳が怪しく揺らめく。弧を描いた唇は蠱惑的であり、その微笑を見た者を尽く虜にしてしまうような魅力がある。しなやかな肢体。所作は実に優雅。女性的にしなる腕は宛ら天女の様。額を伝う汗すら美しい。


 ーだが、この者は男だー


 性別を間違えて生まれてきたのではないかと思われる麗人。幼少時からのその成長過程をつぶさに見てきたシュバルツェ殿下でさえ、年々美しくなっていく麗人に対して、ある種の不信感を抱くほど。麗しい容姿に磨きが掛かるのはこの際良いとして、この女性的な口調と所作はどうしたものだろうか、と今日では眉根を顰める次第とまでなっている。


「……少し、休まれては如何か?治療士殿」


 存在感を示すように歩むシュバルツェ殿下を、彼ーー治療士アリストルは咎めなかった。治療士の側をフワリと舞う光の精霊たちを無視し、許可も得ぬままに魔女の側まで立ち寄れば、そっと身を屈め、力なく長椅子ソファに沈む少女の顔色を伺った。


「眠っているのか?」

「ええ」

「呪が混じり合っているようだが……」

「厄介だわ」


 麗人の伸ばした手が眠る少女の頬に触れる。長い指がスルリ、スルリと髪と肌の間を滑る。少しも傷つけぬように触れる仕草に気遣いが感じられた。


「何とか解こうとしているのだけど……」

「なかなかに面倒な代物のようだな?」

「ええ。何処ドコ無能貴族バカだか知らないけど、このを呪ってなんの意味があるのよ?」

「それが分からぬから無能なのだ」


 狂気の王子こと第二王子シュバルツェ殿下の指示により隣国より拐われてきた『東の塔の魔女』。魔女は名目上捕虜として王宮へ囚われているが、その待遇を良く思わない者が幾許か存在する。第二王子殿下主催の狂宴に於いて『魔女は愛玩動物ペット』との位置づけを受けたにも関わらず、『第二王子殿下の寵愛を受けている』と歪曲して捉えた者がいたのだ。

 現在、ライザタニアの次期を担う二人の王子には、世継ぎはおろか伴侶となる王子妃すらいない。国内情勢が不安定だとの理由で婚約者すら選ばずにいるのだが、その状況に少なからず不安を覚える貴族はいるのは確か。だとしても、正面から苦言を呈するのではなく、このように魔女を亡き者にせんと呪を放つのは如何なものだろうか。


「はぁ、やんなっちゃうわよね?」


 手を頬に当てて苦笑する麗人の表情には、憂いが浮かぶ。麗人が心底この魔女の事を大切に思っているのだと知れた。


「その気持ち悪い口調、私の前では止めて欲もらえませんか?」

「えぇ〜良いじゃない?これこそが本来のわ・た・しの姿なんだから!」

「……」


 シュバルツェ殿下の眉間にシワが寄る。思わずジト目で視線を投げつければ、丁度、紅い唇に微笑を浮かべた麗人がクネリと手足を曲げたところだった。

 天上の女神であれば似合いの姿勢ポーズであっただろう。しかしそれはシュバルツェ殿下にとってはどうにも受け入れ難く、常々、どうにかならないものかと思案する類のもの。麗人か赤の他人であったのなら、全く関心などなかっただろう。趣味や主張、性癖など個人の好きにすればよいと。だが、女神を模った神像に有りがちなポーズを取るこの麗しの美丈夫と自身とが血を分けた()()となければ、話は別となる。


「恥ずかしくはありませんか?ーー兄上」


 シュバルツェ殿下はこの世で唯一敬愛すべき者へと言葉をかけた。すると、麗人は柳眉を動かして見据えると鼻を鳴らして宣った。


「ぜーんぜん」

「そうですか」


 フフンと胸を張る麗人。麗しの治療士アリストル改め、第一王子イリスティアン殿下のドヤ顔に向ける第二王子シュバルツェ殿下の視線はややーーいや、かなり冷たい。

 エルフ族の血を引く側妃を母に持つ第一王子イリスティアン。彼のその美貌は老若男女を虜にしてやまない。しかし、傾国たらん美貌もその怪しげな口調と仕草とで帳消しになっている。

 シュバルツェ殿下はどこか諦めの境地で口から出そうになった愚痴を喉奥に押し込んだ。


 ーラチもないー


 そもそも、第一王子の称号を持つイリスティアン殿下が、王都王宮こんなところに在る事自体に違和感を持つべきだ。

 事実、第一王子イリスティアン殿下と第二王子シュバルツェ殿下とは犬猿の仲であり、周囲からは仲違いして数十年とも見られている。何より、現在彼ら兄弟は国を二分した内戦の最中にあるのだ。

 第二王子殿下の策謀によって王都から追放された第一王子殿下は東の地にて仲間を集い、王都奪還に向けて着実に力を蓄えている。最近の動向では、イリスティアン殿下は次期国王たる『血の正統性』を掲げ、王都奪還を目指して仲間を募いつつ、王都を目指し進軍中との報もある。先頃など、義勇軍(仮)と名乗る一軍が王都の東にある平野にて第二王子陣営麾下の軍と衝突し、小競り合いの末に敗退している。

 こういう緊迫した状況にあるにも関わらず、今この場に、王都王宮にあるべきでないイリスティアン王子の姿がある。供も付けず単身、敵の本拠地である王都王宮へ入り込んでいるのだ。この状況を訝しむ者は大勢いるに違いない。


「このように頻繁に往来されていても、宜しいのですか?」

「平気よ。だって、東都アチラにはちゃんと影武者ヒュリスを置いてきているカラ」

「可哀想に。兄上の影武者など、苦労が尽きぬのではありませんか?」

「アハハ。第二王子アナタの部下よりも気楽なモンよぉ〜」


 ヒラヒラと手を振る第一王子殿下あにのアッケラカンとした表情に、第二王子殿下おとうとは頭痛を覚えると同時に、部下たちの苦労を推し量った。第一王子は乳兄弟であるヒュリスを影武者とし、第一王子殿下が潜伏中である東都にて、己の代わりに指揮を振るわせているのだ。その気苦労は如何ばかりか。

 シュバルツェ殿下はかつての兄王子、その凛々しい横顔を思い出してコッソリと溜息を吐いた。


 ー昔は()()ではなかったのだがな?ー


 元々、王位を継ぐべく育てられたのは第二王子殿下ではなく第一王子殿下であった。しかし、ある事件をきっかけに、第一王子殿下は幼少から発揮された剣舞の才を、現王によって封じられてしまったのだ。

 『軍神』とまで讃えられた現王であったが、次代の王となるべく育てられた第一王子殿下が、己よりも力をつける事に恐れを抱いたと謂われている。猜疑心に苛まれた現王は、事もあろうに第一王子殿下に暗殺者を差し向け、運良く生き延びた殿下の片腕にわざと後遺症を残したのだと。

 第一王子殿下暗殺事件を境に側から有力貴族が離れ始めた。更には第一王子殿下の後見人であった前副宰相が暗殺され、終に、第一王子殿下は自ら政界から距離を置いた。その時、第一王子殿下に代わって登壇したのが第二王子殿下という訳だ。

 特質すべき才覚がないと思われるよう己が性質をひた隠してきたからこそ、シュバルツェ殿下はずっと現王に目をつけられる事なく生命を守り続けてこれた。それこそが第一王子殿下からの助言であった事は、兄弟以外に知る者はいない。


「お父様のシツケが原因じゃないかしら?あのヒト、本当にお厳しかったから……」

「その反動とでも?」

「そ。貴方アナタのそのひん曲がった性格もそうよね?」


 兄王子は現王に見限られた事によって落ち込み、絶望し、そして吹っ切れた。それが今現在の性格形成に影響したのだと語る。弟王子も似たような事を体験してきただけに、ニワカに否定できずにいた。


「貴方にだけは言われたくはない」


 今や、性質タチの悪さにおいてシュバルツェ殿下の右に出る者はいない。しかし、それは何も先天的のものではない。後天的要因が大きく関わる。そう思うからこそ、シュバルツェ殿下は面と向かって言われるのはシャクに触るとばかりに渾身のイヤミを、兄王子に向けて放ったつもりであった。ーーが、この時何故か、兄王子は弟王子の嫌味に嬉しそうに口端を上げた。とても嬉しそうに。


「まったく、お前はいつまでも変わらないな!」


 腰に手を当て振り返った第一王子殿下の姿に、シュバルツェ殿下はハッと息を飲んだ。煌く黄金の髪が、まるで王冠を戴いているように見えたのだ。



 ※※※



 兄王子と弟王子が反発は完全なるデマ。兄弟による現政界の破壊こそが真の目的。そう。我ら兄弟は、国の命運を賭けた改革の最中であった。

 『最早、破壊の後にしか再生はない』と、それまでのライザタニアという国の概念を壊す為に、内外から攻撃を仕掛けたのだ。


東方あちらはどうですか?」

「心配はない。シュバーンが巧く纏めている」


 仕草一つ、口調一つで様相がガラリと変わった兄王子の姿に、シュバルツェ殿下は内心舌を巻いていた。立ち居振る舞いは勿論のこと、身体に纏うオーラすら違うのではないだろうか。バサリと真紅のローブを翻す姿には、王者の風格すら感じられた。


「ヒュリスが影武者と知る者も知らぬ者も、実に上手く踊ってくれている。面白いようにね」

「篩にかけるには丁度よいと?」

「そうだ。この国に莫迦は必要ない。お前が治める事になる、新たなライザタニアにはな……」


 ニッコリと微笑む兄王子の表情には一点の曇りもない。本当に何の迷いもなく、弟王子にライザタニア政権の全てを明け渡すつもりでいるのだ。

 破壊の後に再生を果たしたライザタニア。『新生ライザタニアに相応しい王は、第二王子シュバルツェである』と、第一王子殿下は信じている。そうあるべきだと夢見て、疑う事もなく、自身の信ずる道を歩まれている。その姿に、シュバルツェ殿下は目眩にもにた憧憬を抱いた。


「兄上、この国の王には貴方こそ相応ーー」

「シュバルツェ。そのハナシはもう随分前に結論を出しただろう?」


 兄王子から視線を受けたシュバルツェ殿下はぐっと唇を閉じたが、どうやらその瞳には、どこか納得できないという風な色が滲んでいたのだろう。兄王子は困ったように眉を潜めフッと苦笑した。


「私はとうの昔に廃太子とされた王子だ」

「それは……!あの現王おとこが勝手に決めた事であり、時の大臣たちは誰一人として賛成などしておりません」

「それでも、現在陛下が下した判断ーー御命令は絶対なんだよ。上官の下した命令を部下が遂行すると同じく、陛下の下された御命令を遂行するが臣下の務め。私はこの国の王族として、この神聖不可侵な規則ルールを破る事などできない」


 兄王子の意志はとても強固である事は知れた。兄の意志を尊重したい。たが自身は到底納得など出来ない。そんな焦燥感はシュバルツェ殿下は身体の内から溢れ出し熱を持った。

 狂気の異名を持つシュバルツェ殿下が怒りで打ち震えている。自身の置かれた状況ではなく他者のーー兄王子の置かれた状況を嘆いて。それは常に強気で、常に相手の上位に立たんとする威圧に満ちた第二王子の姿とはまるで違っていた。そこに居たのは、兄の境遇に嘆く一人の弟の姿であった。


「シュバルツェ。お前の気持ちはとても嬉しいよ」


 拳を握り、硬く俯く弟王子の姿に、兄王子はふんわりと微笑んだ。そして、これ程にない極上の微笑みを浮かべ、弟王子の拳にそっと触れた。


「さっ。もう、このハナシは終わりにしましょ?」

「兄上……」

「ノンノンノン、違うでしょう?治療士の時は『アリスお姉様』と呼んでくれないと!」


 シュバルツェ殿下が塞いでいた顔を上げた時には、兄王子の顔にはすっかり『第一王子イリスティアン』は其処そこにはなかった。

 揺れる小麦の髪に指をくるくると這わし、気持ち悪いほど似合いのウインクを投げつけてくる治療士アリストル。兄と慕うイリスティアン殿下とはまるで違うオーラを纏った麗人の姿に、シュバルツェ殿下はハァとため息を落とした。


 ーいつから、こうなってしまわれたのか?ー


 物心ついた頃からずっと背を追い続けてきた存在。尊敬すべき兄王子。シュバルツェ殿下にとって、イリスティアン殿下とは兄としてだけではなく、王族として、王子として、常に目指すべき目標であった。

 だが、第一王子イリスティアンと現王陛下の間に確執が生まれて以来、イリスティアン殿下はシュバルツェ殿下の目から見ても少しずつ変質していったように思えた。

 今でも、シュバルツェ殿下にとってイリスティアン殿下は尊敬して止まない兄には違いない。だが、このような姿ーー最初目にした時は気が狂ってしまわれたのではないかと心配したーーを見る度に、『何故こうなってしまわれたのか』『もしかすると自分の所為なのか』と苦悶してしまうのだ。


「ほんと、災難ね……」

「……この娘の事ですか?」

「それ以外にないでしょう?」


 苦しげに吐息を漏らす少女。眉根に寄るシワと額を流れる汗。麗しの治療士は胸元からハンカチを取り出すと、そっと額に浮かぶ水滴を拭いとった。


「この、ムダに適応能力が高い所為で危機管理能力が欠如しているみたいなのよねぇ」

「だから拉致されておきながら、これほどの平静さを保っていられるのか……?」

「そ。本当なら発狂しちゃうわ、こんな環境」


 拐われた先の敵国で、悪の親玉の下で共同生活を余儀なくされている魔女アーリア。アリストルは今の魔女を取り巻く境遇を作ったのが自分たちだと分かっていながら、まるで他人事のように魔女の置かれた境遇を分析した。


「境地に陥入れば、大抵はそこから逃げ出そうとするもの。なのに、このはそこに馴染んでしまええるのね」


 治療士アリストルの云う不運とは、囚われの魔女アーリアの『適応能力の高さ』を指していた。


「きっと執着心がないのね」

「それは『生』に対してですか?」

「そして『死』に対しても。この娘の生死感はあまりにイビツよ。自分だけじゃなくて他者に対してもね」


 治療士は魔女の汗で張り付いた髪を丁寧に剥がし、指で梳き始めた。第二王子は治療士の行為を止める事もなくボンヤリと眺めた。


「自尊心が低いようには感じましたが……?」

「確かに自尊心もあまり高くはないけど、それと生死感とは少し違うわね。ひょっとしたら、このは自分かこの世界の住人ではないように感じているのかもね……」


 サラリサラリと長い指が魔女の白い髪の間を滑る。すると忽ち光沢が生まれ始めた。


「異界人だとでも仰るのですか?」 


 何処か不機嫌そうに眉根を潜めたシュバルツェ殿下の言葉に治療士は首を振った。


「まさか。言わないわよ、フィクションじゃあるまいし。この娘は確かにこの世界の住人よ。地位もあれば役職もある。この娘を大切に想う者たちもいる。なのにこの自身はその全ての事に疑問を抱いているの。ここに居ても良いのかしら?って……」


 治療士あにの言葉の意味が読み取り切れなかったのだろう。シュバルツェ殿下の眉間は益々険しくなっていく。


「この娘の生い立ちは知らないのだけと、きっとルーツに関係があるのね」

「こんな容姿を持っているのだから、出生の秘密の一つや二つはあるでしょうが……」

「白髪ってだけでも珍しいのに、ましてこの瞳じゃねぇ……?」


 魔女の『出生の秘密』など知らない王子たちであっても、やはり、魔女アーリアの容姿は人界に自然発生するには不自然ではないだろうかと考えてしまうモノであった。特に、髪色ではなく七色の輝きを抱く瞳には、一際、注目も集まると云うもの。


「帝国では精霊の瞳と呼ぶと……」

「みたいね。別名『精霊女王の瞳』。精霊を惹きつけてやまない精霊宝珠オパール。この精霊石ひとみに見つめらたらどんな精霊でも従わざるを得ないというわ。ウフフ……私たちライザタニアの民も、この瞳の前では無力かも知れないわよ?」

「では、近頃の雨もやはり……」

「ええ、この娘が降らせている。無意識みたいだけど……」


 眠る魔女の白髪かみを梳きながらウットリと笑みを浮かべる治療士の横顔に、第二王子殿下は内心まさかと目を見開いた。魔女を見つめる治療士の瞳。それはまるで『愛しい女性もの』を見る男性ものの瞳であったからだ。その見た事のないような柔らかな微笑みに、やはりと確信を深めると共に、治療士の気持ちに気づかぬフリをする事にした。


「さぁ、最後のツメだシュバルツェ。多くの犠牲を無駄にしてはいけない」

「勿論です、兄上」


 治療士は名残惜しそうに魔女の髪から指を離すと、その場から音もなく立ち上がった。そして眠る魔女をその腕に抱くと、二人連れ立って室を後にした。




お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、本当に感謝です!励みになります(*'▽'*)


『その二人、王子』をお送りしました。

二人の王子の密かな邂逅。エルフの血を引く第一王子イリスティアンの正体は、美貌のあの人で……。


《ネタバレ》

※月影のメンバーたちが気づかなかったのは、特殊な暗示がかけられていたから。

※リュゼたちが気づかなかったのは、イリスティアン殿下に似た影武者だったから。

※必要に応じて暗示や呪を多用しています。


次話も是非ご覧ください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ