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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と狂気の王子(上)
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長官のグチと尽きぬ頭痛のタネ1

 ※(ゼネンスキー侯爵視点)


 正直、戦争に一ミリの利益もない。私はそう断言する。何故ならば、人間同志の殺し合いは資源の浪費でしかないからだ。

 戦争には資源ーーカネが必要なのだ。資源がなくば戦争状態は維持できない。であるのに、我が国には潤沢な資金も資源もない。帝国のように広大な国土を維持できるだけの農耕地も目ぼしい産業もなく、どのように国民を食わせていくというのか。慢性的な赤字運営にはほとほと疲れ果て、毎日のように上がる不正報告にはもう溜め息も出ない。唯一の慰めは、家族が健やかに過ごしていると言う事だけ。それも第二王子殿下様々なのだが……。

 要するに戦争などロクデモナイと云う事だ。やるだけ損。損失の連鎖を生むだけ。このような非生産的な産業に意欲を見出せるのは戦争屋くらいだ。

 所謂、武器商人と呼ばれる戦争屋は武器のみならず奴隷、違法薬物、違法魔宝具を売り捌き、制服軍人は安く仕入れた奴隷を薬漬けにして違法魔宝具を持たせ戦地へ投入、安全な場所で高見の見物を決め込む。侵略した地を己が領土とし、富を搾取し、異民族を奴隷として人員補充する。胸糞悪いと言わざるを得ない。とてもマトモな思考を持った人間の所業ではない。


 ー軍務省長官たる私が言えた義理ではないがー


 だが、時に人間ひとは合理性よりも理性を優先する事がある。

 感情で戦争を起こすなどバカげた事なのだが、そのバカげた事を嬉々として始めたのが我が国の国王であったのだ。何の冗談だろうな。

 現王陛下は賢王の血を色濃く継いでおり、剣舞の才に誉れ高いお方だ。しかし、如何せん栄養の殆どを筋肉へ偏らせ過ぎておいでだった。国王たるもの、働かせるべきは頭脳であって筋肉ではない。国と国民の平和を願い、国政に努めるべきなのだ。

 にも関わらず、あのバカーー失敬、現王陛下は国政を長年蔑ろにしてこられた。それ故に、近年に於いて自国の資源・資金が枯渇し、他国との戦争状態を維持するに難しくある実情をつくり出したというわけだ。なにせ、戦争を起こして利益を上げたのは戦争屋であって国家ではない。正確を期して言えば、戦争商人を操る貴族どものみが利益を得るのだ。嗚呼、本当に頭が痛くなる。

 流血を好み、悲鳴を好み、人の不幸を蜜とする……それが現王アレクサンドル陛下の持つ特殊極まりない性質、為人ひととなり。国家の導き手たるリーダーが戦狂いなのだ。どんな悪夢か!

 現王は人間ひとを人間とも思わぬ残虐非道な狂人であった。自身の欲求さえ満たせれば良いとばかりに幾度となく他国へ侵攻し、無辜むこの民を虐殺し、喜んだ。

 特質すべきはその剣技。現王は戦闘狂でもあり、軍隊の先頭に立って指揮し他国の兵の多くをその手にかけた。

 国守が軍隊の先頭に立つ事は兵士たちの指揮を上げる上でも喜ばしい事だ。しかし、その理由が『死に瀕する者の悲鳴を聞き、血飛沫の飛ぶ様を間近で見たいから』などと云うロクデモナイ理由では、とてもではないが、私にはついて行けそうにない。

 しかし、そのロクデモナイ悪癖のおかげでこの国は軍事国家としての体裁を成し、恐怖の対象として他国より余計な干渉をされずに済んできたのも真実。決して褒められた理由ではないが……。


「それでだ、長官はこの事態をどう見ておられる?」


 ーーと、思考の最中、軍部を指揮するライハーン将軍の視線が私を射抜いた。どうやら、会議を放ったらかして考え事に耽っていた事がバレたようだ。私は姿勢を正すと、長官しごと口調で答えた。


「この事態というと、あの叛乱軍の事か?」

「ああーー第一王子殿下麾下の軍隊を『叛乱軍』と呼ぶのなら、そいつらの事だ」

「どうもこうもない。我々は課せられた責任を果たすのみ。差し当たって、治安維持に努めるとしよう」


 我が国で『軍隊』を呼称できるのは、王都にある正規軍のみ。正規軍全軍の運用は軍務省長官に一任されており、全軍の指揮は総司令官に一任されている。つまり軍務省長官わたしと眼前に座すライハーン将軍とに一任されているのだ。

 正規軍以外の軍隊など軍隊に非ず。王宮に刃向かう者の集団の呼称など賊軍、若しくは叛乱軍で十分だろう。


「だな。んじゃあ、ラクロスを攻めて来た奴らの処置は俺に一任して貰えるのだな?」

「勿論。『正義』や『正当性』を唄う若者の鼻っ柱を折ってやりなさい。時勢も読めぬバカなど、この国には必要ない」

「了解、長官。ーーってもシュバーン辺りがケリをつけそうではあるが……」


 ライハーン将軍はどこか嬉しげに口角を上げた。議論中はダルそうにしていたライハーン将軍だが、今は水を得た魚のように生き生きとしている。

 ラクロスーー王都の東方にある小都市を攻めて来たのは、大方、第一王子殿下の麾下と名乗る下っ端貴族どもに違いない。我が国は内輪揉めの最中である為、国中、何処ドコ彼処カシコも落ち着かず騒然としている。派閥ごとに分かれているとは云え、自国のーーそれも無辜の民を相手に剣を振るう貴族ものなど、ライザタニア貴族の風上にもおけない。いくら二人の王子殿下による骨肉の争いの直中であろうとも、ここは『我らが故郷』なのだ。貴族同士、軍人同士の争いに無辜の民を巻き込むなど、あってはならないではないか。


 ーだが、ふるいにかける意味ではちょうど良いー


 我が国に必要なのは『自国の為の行動ができる』貴族だ。自己利益にのみ疾るヤカラなど必要ない。

 いずれーーいや遠くない未来、この骨肉相食の争いは終わりを迎える。その時に必要なのは、より良い国を作る為に身を粉にして働く事のできる貴族だ。利己利益を追求する為に国を利用し、戦争をーー国民を食い物にする性根の腐り切った貴族など、一害あって一利なし。


「この国の未来を憂い、現状を嘆く事のできる貴族。そのような貴族を我々は欲している。ただでさえ国の再建には時間と労力がかかる。今のうちに使えるモノと使えないモノを分別しておきたい」


 私の言葉に、作戦本部に集まる面々たちは三者三様の表情を浮かべた。

 神妙な表情を浮かべるのは南方を統括するモンフェラート将軍。浅黒い肌、彫りの深い輪郭、小麦の髪、臙脂の瞳。脳筋集団にありながら、彼はなかなかに思慮深い男だ。一方のライハーン将軍など、まるでヤンチャ盛りの男児のように嬉しそうな笑みを浮かべている。獅子の鬣を思わせる髪は黄金。獲物を狙う鳶のような赤色せきしょくの双眼。ほどよく陽に焼けた肌。襟首に見える大きな傷跡からは生々しい戦場の匂いを感じさせる。


「さっすが長官。無駄を嫌う貴方らしい考え方だ」


 ライハーン将軍の言葉に頷く寡黙な将軍モンフェラート殿。ライハーン将軍にもモンフェラート将軍の寡黙さの1ミリでも備わっていれば良いものの……天は二物を与えぬという事だろうか?


「それで、西方はどうなっている?」


 そう問えば、モンフェラート将軍の隣に座す青年が資料の挟んだファイル片手にザッと立ち上がった。軍人らしい機敏な動きだ。


「西の国境線は……」

「ベルフェナール将軍、発言は座ったままで構わない」

「は。申し訳ございません」

「お前のそのクセ、なかなか直んねぇな」

「ハハ、お恥ずかしい限りです」


 彼はベルフェナール将軍。つい半月前まで西部の管理を任されていたルグランジュ将軍の副官だった。

 ルグランジュ将軍は現王派閥に属する人物で、戦狂いの現王と同類の思考を有する狂人であった。しかし彼は現王とは異なり安全な場所から死地へ軍人を送り込む、ある意味『模範的な制服軍人』でもあり、現王の指揮した作戦ーーシスティナ攻略に於いては、現王の手足となり、意を汲み取った戦略でシスティナの東の国境を追い詰めた。無辜の民、奴隷を洗脳し、死をも恐れぬ兵士に仕立てると最前線へ送り込み、自爆攻撃によってアルカードを血の原に変えたのは記憶に新しい。また、移民を使いシスティナの東の魔女を誘き出し殺害せしめたのも、この将軍おとこの策による。将軍はこの功績によって勲章を授与されている。

 だが、ルグランジュ将軍の栄光は間もなく終了を迎えた。現王が()()()()により病床に着いた時期を境目に、ルグランジュ将軍は将軍の座から降ろされたからだ。

 傲慢を極めたルグランジュ将軍は、現王に変わり政権を指揮する第二王子殿下に反感を持ち、行動が過ぎて、先頃、第二王子殿下自らの手で処罰ーー処刑された。以降、ルグランジュ将軍の副官であったベルフェナールが将軍の座を引き継ぎ、西の国境の守護任務に就いている。

 ベルフェナール将軍はあの下衆ゲスーールグランジュ将軍の下にいたにも関わらず、実に真面目一辺倒な軍人だ。彼は上官の言動やその在り方に異議申し立てをし、牢獄に繋がれていた経緯を持つ。その見た目からは分からぬ熱さを胸に抱いている。


「依然、国境線ライン)に動きはありません。互いに偵察しながら出方を伺っている状態です。マッカラン一佐より『大筒の連続使用の間隔を開けたい』との申請が挙がっておりますが……」

「許可を。無駄玉を打てる余裕など我が軍にはない。ーーが、まだシスティナには国境線に目線を引きつけておきたい実情もある」

「は。了解しました」


 建国より築かれたライザタニア軍は、今や『狂気』の称号を持つ。第二王子殿下麾下にあってもその渾名を欲しいままにしている。『軍が政治を離れて暴走』との流言は愚かな貴族が流した虚言だが、それが他国と対峙する上での一つの武器になっているのも確か。近隣諸国は噂に左右されて内乱中のライザタニアに横槍を入れて来ない現状、まだ『狂気の軍』と思われていた方が何かと都合が良い。

 ベルフェナール将軍は書類にペンを走らせると、背後の部下へと書類を手渡した。早速、手配にはしるのだろう。


「北方はどうか?」


 この場に居らぬ北方将軍に代わり、北方領土の状況について答えたのはライハーン将軍だった。


「北はサーヴェル将軍が城壁に篭ったきりだ。あの様子では、内部でどれほどの争乱が起こったところで穴蔵から出ては来れぬであろうさ」

「まさか、帝国に動きが……?」

「いんや。帝国軍が『飛行訓練』と称して、北の国境付近を飛んでるだけだ」

「な、何とも容赦のない……!」

「カカカ、だろう?やっぱり帝国のやる事はえげつねぇよな!」


 闊達な笑い声を耳にした途端、顳顬こめかみに痛みが疾った。帝国の無言の圧力が私の頭に重く伸し掛かってくるようだ。嗚呼、頭が痛い。

 我が軍には国土の維持と他国への侵攻に対応する専用の組織ーーライザタニア国軍がある。広い国土を東西南北中の五つに分け、五人の将軍が管理を任されている。中央軍を率いるライハーン将軍。彼は全軍の指揮も任されている将軍たちの長だ。ベルフェナール将軍は西方を、モンフェラート将軍は南方を指揮し、この三軍は第二王子殿下麾下にある。

 一方、サーヴェル将軍率いる北方、シュバーン将軍率いる東方は第一王子殿下麾下にあり、本来、この円卓の空いた席が彼らのあるべき場所。

 イレギュラーはレオニード将軍率いる部隊。王家にのみ仕える特殊工作部隊は現在、第二王子殿下の指揮下にあると思われる。というのも、特殊部隊でありながら管轄が軍務省にないのだ。システィナの東の魔女を拐って来たのもこの部隊。私がそれを知ったのは、の国の魔女が第二王子殿下の命により拐われたのを知った後だった。


「確か、シュバルツェ殿下宛に親書が届けられておりましたよね?」


 モンフェラート将軍の言わんとする『親書』の意味をこの場にいる者たちはきちんと理解していた。三人の将軍と長官わたしーー統合作戦本部のトップ四人は、常に情報を共有している。例え主語を暈かそうとも会話が成立するのはその為だ。


「モンフェラート将軍、君は耳聡いな。『我が花、手折る事なかれ』とのこと」

「あぁ、それは完璧なオドシ文句では?」

「まさしく」


 こればかりはモンフェラート将軍の言葉に激しく同意する。

 帝国は我が国より襲撃を受けたシスティナよりもいち早く、先んじて新書を寄越してきていた。それも、皇太子ユークリウス殿下から第二王子シュバルツェ殿下を名指しにした新書だった。

 内容は簡素を極め、『我が花、手折る事なかれ』と一言のみ。だが、その一言のみで帝国の皇太子殿下の意志が『何処ドコ』にあるのか、『ナニ』を指しているのかは明白。即ち、『システィナより拉致してきた魔女ーーアーリア嬢が傷つくような事があれば、彼女の生死に関わらず、帝国はライザタニアを敵国と見做し、侵攻を開始する』と要約する事ができるのだ。つまり、ライザタニアの何者であろうとアーリア嬢に指一本でも触れたなら最後、帝国は我が国の敵となる。

 帝国は我が国を標的とした戦争を行うと宣言したのだ!端的に言えば『調子に乗っていると滅すぞ』との意味になる。これを『完璧なオドシ文句』と云わず、何と云う⁉︎


「皇太子ユークリウス殿下か。顔に似合わず過激なお方だな?」

「モンフェラート、お前もそう思うか?」

「ああ。現に、北方では空挺部隊の存在をチラつかせている。開戦となれば真っ先に北を陥し、最大戦力で王都に攻め込んで来るだろう」

「おお怖ぇッ!」


 モンフェラート将軍の見立てに「怖い怖い」と呟きながらも口角を上げ、嬉しそうに八重歯を光らせるライハーン将軍。ライハーン将軍は生来からの軍人気質を持つ男。しかも、戦闘に血を滾らせるたぐいの男だ。そんな男が強敵と相対するとなれば、例え勝つ事が容易でない相手であろうともーーいや、強敵であるからこそ、より強い闘志を抱く。

 私は脳筋将軍の『闘いたくて仕方がない』とウズウズしている様子に呆れると同時に安堵を覚えた。帝国の恐怖に屈せぬ将軍である事に、心強さを感じて。


 ーこのような思い、本人には知られたくはありませんねー


 きっと調子に乗るに違いない。この男は、行き渡らせるべき栄養の殆どを頭脳ではなく各筋肉へ分配した『脳筋男』なのだから……!



お読み頂きまして、ありがとうございます(*'▽'*)

ブックマーク登録、感想、評価等、本当に嬉しいです!ありがとうございます!


『長官のグチと尽きぬ頭痛のタネ1』をお送りしました。

『狂気の軍』を指揮する軍務長官ゼネンスキーの頭脳のタネは数多あれど、専ら北の国境を挟んだ先にある帝国のーーそれも皇太子殿下から齎された親書にあるようです。

千年にも及ぶ帝国のプライドを受け継ぐ皇太子殿下が、仮の婚約者と云えど、アーリアを放っておく訳はなかったのです……!


次話、『長官のグチと尽きぬ頭痛のタネ2』も是非ご覧ください!


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