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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と獣人の騎士
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魔力の限界2

 一瞬の瞬きの間に目の前の風景が変わっていた。


 ジークフリードは驚きを隠せぬまま周囲を確認した。先ほどまで居た場所とは全く別の場所への一瞬の移動。《転移》が行われたのだとしか思えなかった。


 ジークフリードは《転移》など今まで経験した事がない。しかしこの状況はそれとしか考えられなかった。

 だが《転移》は魔術の中でも最も難しい術だと聞いていた。等級7のアーリアでも無理だと言っていたのだ。そんな術を何のアクションもなく行った青年に対して驚愕を感じた。

 目の前に佇むの青年はどう見てもジークフリードよりも年下だ。アーリアよりは上だろうが、せいぜい二十歳過ぎにしか見えない。そんな彼が高度な魔術を駆使する魔導士には失礼ながら見えなかったのだ。


 アーリアの額に手を当てていた青年がゆっくり立ち上がる。

 ジークフリードは青年を目で追い、そして辺りを見渡した。

 そこは診療所のような場所だった。柔らかな色の木の壁に囲まれた清潔感のある部屋には、白いシーツの被せらせた清潔な治療台が二つ。様々な薬が並ぶ背の高い棚。部屋を漂う消毒液の匂い。


「アンタさ、アーリアをその台に寝かせてくれる?」


 向かいに佇む青年が、何事もなかったかのようにジークフリードに指図した。


「こ、こは……?」

「ここがどこかなんて意味のない質問っしょ?アンタはアーリアを助けたくないの?」


 青年はジークフリードの言葉に更に不機嫌そうになりながら、棘のある言葉を投げつける。

 だがそんな青年の言葉を無視して、ジークフリードはこの不思議な状況と自分たちの置かれている状況を確認しようと、周囲を必要に見渡したのだった。


 ジークフリードが青年に視線を戻すと、青年は腕を組みながら明らかに不機嫌な表情をして二人をーーいや、ジークフリードを見下ろしていた。

 ジークフリードに対して好意はカケラも持っていないのは明確だが、アーリアに対しては殺意や悪意といった感情を向けられていない。

 ジークフリードは青年の痛いほどの鋭い視線を受けて、アーリアを抱き上げながら立ち上がると、大人しくアーリアを診察台に寝かせた。


「で、アンタはコレ飲んで」


 青年はジークフリードに瓶を差し出してきた。ジュースの瓶程の大きさのそれの中には透き通った薄桃色の液体が並々と入っている。


「……これは……?」

「〜〜いいから飲め!!」


 先程からイライラしていた青年は急にキレると、ジークフリードの口に瓶を突っ込んでその中身を無理矢理飲み込ませた。

 ジークフリードは訳の分からないモノを飲まされて慌てた。しかし口に広がる甘ったるい中にも苦味のある味はかつて飲んだことのある物を思い起こさせた。知った味を感じた次の瞬間、目の前が暗転し、ジークフリードはその場にぶっ倒れた。


「チッ!騎士なんだからグダグダ考えずに大人しく飲めよ、この脳筋が!」

「こーらこらこら!本性が出てるよ〜」


 青年 ー弟子その1ー の背後から美しい黒髪の魔導士が白いローブを翻して現れた。エメラルドように青く美しい瞳がキラリと輝く。その瞳は悪戯っ子のようだ。

 弟子その1はいつもの笑顔を顔に貼り付けて師匠の方へ振り向く。笑顔なのに目が笑っていないのは気のせいだろう。


「えーやだなー師匠〜!騎士職なんて、魔法魔術職の天敵っすよ?脳筋野郎と俺たちが気が合わないコトなんて、天地が創造された頃から決まってるじゃないっすか〜〜」

「まあ、ね〜」

「それに、コイツはアーリアを泣かせたんで、殺されても文句言わせないっす!」

「……」


 師匠も同意なのか、目を細めて床にぶっ倒れている青年に視線を向けた。

 先ほど弟子その1がジークフリードに飲ませたのは体力回復のポーションだ。だが、ただのポーションではない。ポーションの中に即効性の睡眠薬を混ぜたシロモノだ。竜でも一発で夢の中。傷の回復したジークフリードに必要なものは、体力の回復と、回復の為の睡眠のみ。弟子その1は実に効率の良い薬を処方したと言えた。飲ませ方に問題はあっても文句など言われる筋合いはない。

 それに、このまま起きて要られては自分たちの不都合と言う意味合いもある。


「ま、彼の事はシルキーに任せましょ」


 シルキーとは家に付いて家事を熟す精霊の一種だ。師匠がベルを鳴らしてシルキーを呼ぶと、メイド姿の可愛らしい女性が現れて床に転がっているジークフリードをその細腕で軽々と抱えて部屋を出ていった。


「さっ、始めますか?えーと……」


 師匠はアーリアに手をかざして魔力を編む。


「《洗浄》、《脱水》、《乾燥》!」


 まずは生活魔法でアーリアの身体を清める。さっきまでのアーリアは血と泥とに塗れてひどい状態だった。お風呂要らずの術の連続で汚れた服もあっという間に新品のようになった。

 《洗浄》は本来、衣服の洗濯や食器や器具などの洗浄に使われてる事が多い術だが、師匠は風呂に入るのが面倒な時はこの術で清潔感を保っているズボラ魔導士の一人だ。


「ねぇ、結界は張れてるよね?」

「ハイ。一応、張ってはあるっすけど」

「じゃあもう一つ上から貼っとこうか?《光の壁》、《屈折》、そして《擬装》」


 師匠は息でもするように、魔力を編み魔術を行使する。そこになんの苦労も感じさせない。速くて正確。師匠は何事にも無駄の無いスタイルを好む。魔術においては『いかに効率的か』を追求しているのだ。


 師匠はアーリアの額に手を伸ばす。そっと触れてよしよしと撫でた。見つめる瞳にはアーリアに対する愛情が滲み出ていた。


「アーリア、無茶をしたみたいだね?」

「そうみたいっす。……それに今月は定期点検メンテナンスしてなかったっしょ?」

「あ〜〜あれはタイミングがね〜〜。全部バルドの所為だから!あとアーリアの無駄な行動力の所為」

「……まぁ、アーリアは今回けっこー頑張ってるんで、大目に見てくださいっす」

「そうだよね〜〜」


 師匠はアーリアの柔らかな前髪を掻き分けて、両瞼の上に手を置いた。そこから自分の魔力を流し込んで身体の様子を探る。


「あーーだいぶん魔力も身体のバランスも乱れてる。バルドの術も変に作用してるのかも……」

「禁呪っすか?アイツ、まだそんな研究してるんすね」

「そうみたい。でもその禁呪もアーリアが大方解呪しちゃってるみたいだね。あー……というかほぼ取れちゃってる。魔力使い果たしちゃったみたいだし、その時取れたのかな?」

「じゃあもうアーリアを回収しちゃってもいいんじゃないっすか??姉貴アネキも心配してますし」

「え〜〜ダメだよっ。アーリアにはもう少し、場を掻き混ぜてもらわないと!」

「師匠……マジ鬼畜っすね?まだ働かせますか?」

「私たちが出て行っちゃ、敵が安心して出てこれないでしょ?アーリアには敵を残らず全部誘い出してもらわないといけないからね?」


 弟子その1は師匠の鬼畜な考えにため息を吐いた。アーリアが聞いたら物凄く怒りそうだ。自分が敵の悪意を惹きつけて引っ張り出す囮なのだ。勿論、もれなく命の危機付きで。

「師匠、面倒な事は嫌いだもんな」と弟子その1が独り言ちる。師匠が一石二鳥ならぬ一石三鳥を狙っていても不思議では無い。


 師匠は掌の中で魔力を編み込む。少し複雑な様式の紋様が、アーリアの瞼に当てているその手の内に浮かび上がる。


「《命の雫》、《聖なる光》、《師匠からの課題》!」


 アーリアの瞼の上を起点として、身体に柔らかで清らかな光りが包み込んだ。そして術式がアーリアの身体に染み込むように沈むと、何かがカチリとハマる音がした。


「あの〜〜。師匠?始めの術はいいとして、最後の《師匠からの課題》って……?」

「え……ナイショ!」


 師匠は片目を瞑って人差し指で弟子その1の額を可愛らしく小突いた。29歳成人男性のその仕草に可愛らしさなどカケラもなかったが、弟子その1は文句の一つも言えなかった。彼には師匠がどんな術を掛けたかが分からなかったのだから。文句を言えるのは、その術を掛けた瞬間に術の本質を言い当てられる者だけ。弟子その1はまだまだ師匠の足元にも及ばないのだから、仕方のない事だと諦めるしかなかった。


「あーあ。もう少しアーリアの苦難な旅は続くっすね?」

「『獅子は我が子を千尋の谷に落とす』って言うでしょ?」

「聞いたことないっすわ〜〜」


「本当に深い愛情を持つ相手にワザと試練を与えて成長させる」。アーリアに対しての愛情はたっぷりあるから、自分も同じコトをしても大丈夫!と自信満々に言うの師匠を見て、弟子その1は額を抑えた。


「師匠のこと、マジでこれから師匠と書いて鬼畜と呼ぶっすからね?」


 ※※※※※※※※※※


 ジークフリードは見知らぬ部屋のベッドの上で目が覚めた。部屋にはベッドが二つ並べてあり、その片方にはアーリアが健やかな寝息を立てて眠っていた。窓の外は明るく、陽が既に空高く上っていた。少し開かれた窓からは潮の匂いと共に爽やかな風が吹き込む。

 ジークフリードは目を閉じたり開いたりしたが、自分の記憶が異常に曖昧過ぎて頭を振っても何があったのか直ぐには思い出せない。

 何がどうなって、今こうしているのかがさっぱり分からい。まるで狐につままれたようだった。


 ジークフリードがベッドから上半身を起こすと、一枚の紙がハラリとベッドの下へ落ちた。それを拾い上げて見ると、その紙にはとんでもない言葉が書かれていた。


 ー今度泣かせたらマジでコロスー


 ジークフリードは驚愕し、震え上がった。

 それは誰からの言葉なのか察せずとも、その言葉の意味は充分納得できるものだった。要するに『しっかり守れ』という忠告なのだ。

 ジークフリードにはその言葉が激励のようにも思えた。


 ジークフリードはその紙を大事に畳むと密かに胸の中へと仕舞い込んだ。自分の新たな決意と共に。


 この手紙をアーリアに見せる必要はないのだから。





お読みいただきありがとうございます!

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ついに子弟が表舞台に登場です。

でも、すぐにまた裏舞台に引っ込みそうですね?

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