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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と狂気の王子(上)
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大儀は我らにあり!

 ※(ルベライト男爵視点)



『私は現在のライザタニアに憂いている。本来、人間ヒトが人間ヒトを支配するなどあってはならない。だが、現在の我が国には奴隷制度から始まる人種差別は絶えず、他国との経済格差は広がるばかり。この問題は緩慢たる政治構想にあると私は考える』


『王都を解放した暁には、私はライザタニアの国民に人間力を培わせたいと考えている』


『国民一人ひとりが自己の未来を思い描く事のできる思考力。それこそがこの国の未来をつくっていく』

『このまま国民が王家に頼りきりでは、ライザタニアに経済の発展はあり得ぬではないか』


『国民一人ひとりが【より豊かな生活】を求めるのは決して悪い事ではない。それどころか、豊かな生活を求めて新たな技術を生み出す事こそが我が国の発展に繋がると私は考えている』



 ー嗚呼、なんと崇高な御心か!ー


 麗しの第一王子殿下のお言葉に、甘く胸を締め付けられる。女神の如き容貌、あの美しい瞳で見つめられたなら、例え性別がどうであれ、天にも昇る気持ちになるというもの。あの方こそ『選ばれし者』なのだ。


「人の本質とは何か、それは身分であろう?」


 天に神が、地に精霊が、そして世に人間ヒトがある。

 我が国ライザタニアは古くから妖精と交わりを得ている。それ故に、我々ライザタニア人の血肉には少なからず神の力が宿っている。トクベツなのだ、我らライザタニア人は。

 その中でも第一王子殿下は別格だ。神が創りたもうた芸術品なのだ。あのお方こそ、我が主人に相応しきお方。あのお方こそ仕えるに値する主人。

 あろう事か第二王子殿下の麾下にある跋扈貴族共、平民、農民、奴隷、異民族……卑しき者共は誰もがあのお方に近寄ってはならない。いや、近寄らせてはならない。だからーー……


「貴方様の憂いは全て、このわたくしが取り払いましょうぞ!」


 汚らわしい他国の諜報員などに任せてはおけぬ。我が国、ライザタニアの未来なのだから。



 ※※※



 朝焼けを受けて煌めく銀の甲冑。青い軍服は澄んだ青空の如く閃く。朝靄に霞む空に一羽の鷹が甲高い鳴き声をあげて飛んでいく。嗚呼、なんと美しい朝日だろう。正に、戦いに赴くには絶好の日和だ。


「ーー男爵閣下。総員準備、整いましてございます」


 朝靄をかき分け、背後より現れたのは信頼厚き我が側近。側近に言葉に、視線を向けぬままウムと満足げに顎を下げる。視界に映るは青一色。空色の軍服を着込み、銀の甲冑を身に纏った軍勢の数は優に五千を超える。騎兵およそ千、歩兵およそ四千の兵が私の合図一つで動く。これほどに気分の高揚する事があるだろうか。


「賊軍の様子はどうか?」

「王都へと続く砦ーー城塞都市ラクロス前方二十キロに中央軍が陣を敷いております」

「数は?」

「二千にも満たぬかと……」


 側近の報告、二千という数に思わずほくそ笑んだ。我が軍勢の襲撃に集まりし中央軍は正しく烏合の衆。この度の急襲に、アチラは対処できていないに違いない。何せ、奴らは『賊軍』。統率など無きに等しい。


「勝機は我らにある」

「は」


 現在、王都は第二王子殿下の手中にあり、王国軍を指揮する権限をもお持ちになるが、そもそも、それが間違いなのだ。第二王子ーーシュバルツェ殿下は王太子たる第一王子殿下を王都より追放され、病床の現王陛下から玉座と玉璽を奪取し、政権を思うままにしている『簒奪者』であるのだから。

 私はかの簒奪者から玉璽を奪還し、玉座を『正統の王』へと返還する。その為に兵を挙げた。


『現在のライザタニアは、偽りの支配者によって混沌の中にあります。混乱した国民たちは貧困に喘ぐ毎日を過ごしているのです。国民を混沌の海から救い出す事が出来るのは殿下、貴方様に課せられた使命なのです!』


 ー正にその通りです、シュバーン将軍閣下!ー


 思い返すはあの夜会ーー東都へとのがれられた第一王子殿下を迎えたシュティームル伯爵によって開かれた夜会にて、私は初めて、第一王子殿下のお顔を拝顔した。黄金に輝く御髪、翡翠に輝く御双眸、あの輝く美貌に胸が熱くなった。イリスティアン殿下こそ、我が主たる相応しいお方なのだと。

 第一王子イリスティアン殿下は幼い頃より神童と誉高く、賢王の再来と言わしめる程の剣技の才から、近来稀なる国王の誕生になるだろうと誰もが未来に夢を見たという。しかし、殿下は間もなく不幸な事故に遭遇され、その時の怪我が原因もとで、現王陛下からの寵愛が遠のいてしまわれたのだ。

 しかし、第一王子殿下は政治中枢から遠ざかられてなお、全てを諦めてはおられなかった。ライザタニアの置かれた現状に、ずっと心を痛めておられたのだ。


 ーなんと慈悲深きお方か!ー


 我が国は、建国より百五十年と歴史が浅く、他国より舐められがちであった。特に千年の歴史を持つエステル帝国や、歴史が浅くも魔宝具の生産国であるシスティナなどからは『蛮国』と罵られているのだ。それがどれほど屈辱的であるか、解るだろうか⁉︎


 ーなければ奪う。それは当たり前であろう?ー


 何故、他国は侵略や掠奪行為に対して憤りを持つのだろうか。侵略行為による領土の拡充等は、どの国も同様に行っているではないか。千年王国たるエステルでは近年まで他国に侵略しては領地を広げ、いま現在の国土になったのであろう。なのに何故なにゆえ我が国だけが悪様に言われねばならないのか……⁉︎

 武神と誉高き現王陛下は偉大なるお方だ。貧困に嘆く民の為に兵を興し、他国へ侵攻された。我々ライザタニア国民の為に自ら陣頭に立たれたのだ。


 ーそしてまさに今、イリスティアン殿下が陣頭にお立ちになられた!ー


 現在のライザタニアは、偽りの支配者によって混沌の中にある。これはシュバーン将軍の受け売りだが、正しく、私もそうだと考える。

 恐れ多くも現王陛下を病床の人とし、王座を自らの物とし、更には国を己が物のように動かす簒奪者、第二王子シュバルツェ殿下。シュバルツェ殿下は、国政を我が物となさっている。ーーいや、している!


 ー現王陛下とは本当に罪なお方だー


 陛下は現在に至るまで、次期国王たる『王太子』を立てずにおられたのだから。どの国も、次代を担う王太子を立て、経験と研鑽とを積ませ、国と未来へとを繋ぐ橋となされるのだが……我が国にはその未来への架け橋がない状態。何とも心許ないと言わざるを得ない。

 本来なら、我が国の後継者たるは第一王子殿下であるべきだ。しかし、実際には現王陛下に物言える者などいない。口惜しいと思えども、そのような不敬極まる言の葉を口端に乗せる事など、できないのだから。

 だが今ーー現王陛下が病床におられ、王都が第一王子殿下に占拠された今ならば可能だ。

 イリスティアン殿下は我がライザタニアの第一王子シュバルツェ殿下。本来ならば王太子ーー次期国王たるお立場にあられる。況して、第一王子殿下を差し置いて狂気の王子たる第二王子が玉座を手にするなど、あってはならない!!


『私は現在のライザタニアに憂いている。本来、人間ヒト人間ヒトを支配するなどあってはならない。だが、現在の我が国には奴隷制度から始まる人種差別は絶えず、他国との経済格差は広がるばかり。この問題は緩慢たる政治構想にあると私は考える』


 イリスティアン殿下は、次期国王として我々臣下にこう語られた。


『王都を解放した暁には、私はライザタニアの国民に人間力を培わせたいと考えている』


 ーーと。正直、学の乏しき私はイリスティアン殿下の言わんとされている事の本質が一欠片も理解できなかった。だからこそ私はそっと手を挙げ、『人間力、それはどのようなものですか?』とお聞きした。すると、イリスティアン殿下は無知な私をお笑いになる事なく、優しい笑みを浮かべてお答えになった。


『国民一人ひとりが己の未来を思い描く事のできる思考力。それこそがこの国の未来を作っていく。私はそう考えている。このまま国民が王家に頼りきりでは、ライザタニアに経済の発展はあり得ぬではないか』


 確かに、我が国は奴隷制度による身分差別を採用している。王家主体とした政治形態だ。

 私はその制度に不満などない。貴族には貴族の、平民には平民の、奴隷には奴隷の、どの身分にも責任がついてまわるもの。平民がどのように見ているかは知らぬが、遊んで暮らせる貴族ばかりではない。我々は『誇り深きライザタニア貴族とはどのようにあるべきか』と、幼少より叩き込まれているのだから。


『殿下。国民の自由意識が強くなれば、国民は王家を蔑ろにし始めるのではありませんか?』


 イリスティアン殿下のお考えが理解し切れず不安な表情を見せれば、それを見越したようにシュバーン将軍閣下が殿下に問われた。


『それは恐れるに足りぬよ、侯爵。国民一人ひとりが【より豊かな生活】を求めるのは決して悪い事ではない。それどころか、豊かな生活を求めて新たな技術を生み出す事こそが我が国の発展に繋がると私は考えている』


 麗しいご尊顔と聡明さから『妖精王子』との異名を持つ第一王子イリスティアン殿下のお言葉。我らは第一王子殿下を御旗とし、運命を共にすべく集った者たちだ。イリスティアン殿下を玉座に押し上げ、国家運営を担う次代国王陛下の幕僚となるまでは、この振り上げた手を振り下ろす事などできはしない。


 ーイリスティアン殿下は、我らライザタニアの為の世界を創ると仰っておられるのだから……!ー


 第一王子殿下こそが我が主たるに相応しきお方。

 イリスティアン殿下こそが未来のライザタニアを創生かたちづくる神。殿下のあのお言葉は、現在の『人間ヒト人間ヒトを支配する』体制ではなく、『精霊カミ人間ヒトを支配する』体制を指しておられるのだから。

 そもそも人間ヒト精霊カミとを同列に並べるからこそ、『人種差別』などという愚かな考えが生まれるのだ。

 我々ライザタニアの民には精霊カミの化身たる妖精族の血が流れている。なればこそ、我々ライザタニア国民が他の国家、延いては他の民族を支配する事に何の不満があろう?他国民は我がライザタニアに喜んで領土と富を差し出すべきなのだ。

 さすれば、『人種差別』などという馬鹿げた考えなどこの世から消え去り、第一王子殿下の憂いもなくなるだろう。


「ルベライト男爵、よろしかったのですか?」

「何がだ?」


 側近に軽く頭を下げて現れたのは、我が配下の一人であった。私はその者の言葉に眉を潜めた。この者は情報収集を得意としており、工作員としても優秀だ。その為何かと重宝してはいるのだが、いかんせん、どうにも頭が硬い。


「今作戦、本当にシュバーン将軍の許可を得られだものなのですね?」

「無論。だからこそこうして閣下は私に兵をお貸しになったのではないか?」


 私は鼻の頭を掻いた。今春、成人を迎えて晴れて大人の仲間入りをしたというのに、このソバカスの所為で年若く見えるようで、他所で若輩者だと小馬鹿にされる事があるが、まさか、この者もその一人なのだろうか?

 確かにシュバーン将軍閣下は私の出兵に、一瞬、怪訝な表情をなされた。けれど、私の並々ならぬ熱意をお知りになり、『そこまで言うのならば、やってみるがよい』と送り出してくださったのだ。『第二王子が視察の為、ラクロスを訪れている今が正に攻め時である』という私の主張を汲んでくださったのだ。


「まだ何か言う事があるのか?」

「いえ……」

「ならば下がれ。間もなく開戦だ」


 男は「は」と頭を下げながらも、納得のいかぬ表情をしている。見ていて不愉快になる表情カオだ。私が軽く手を振ると、渋々といったていで男は背を向けた。すると、入れ替わり側近が言葉をかけてきた。どうやら時間のようだ。


「男爵閣下、お時間です」


 私は側近から手渡された指揮棒を取ると、バッと天に掲げた。


「大義は我らにある!」


 東の空に陽が昇る。指揮棒が太陽光を浴びてキラリと煌めく。我が声にシンと鎮まりかえる群勢。朝靄の空けたる野原に、我が声が響き渡っていく。


「イリスティアン殿下こそ、ライザタニアの国主たるに相応しきお方だ!ーー殿下は、こう仰った。『国民一人ひとりが己の未来を思い描く事のできる思考力。それこそがこの国の未来をつくっていく』と……!」


 私の張り上げた声ーー言葉が兵士に大義名分を与え、大義名分は兵士の力になっていく。


「ならば我らは、イリスティアン殿下と共にライザタニアをより良き国へ導く為の未来を思い描くのみ!」


 そこで私は一度言葉を区切ると、より高く指揮棒を掲げた。


「行くぞ、戦士たちよ!ーー神よ、精霊と神の御名の下、我らを護りたまえ!」

「「護りたまえッ‼︎」」

「突撃ぃーー‼︎」


 指揮棒を真っ直ぐ西へーーラクロスへと向けて突き出した。すると、私の指揮を受けた軍団が一斉に動き始めた。騎兵は軍馬に鞭を入れ、歩兵は膝を蹴り上げる。どちらの手にも鋭く磨かれた槍が装備されており、敵を討つのを今か今かと待ちわびている。


「進めぇーーーー‼︎」


 声高々な命令に、五千の軍勢は猪突猛進する。西へ西へーー王都へと……!

 そして間もなく、我が軍勢ーーその先頭は前方で陣を組む中央軍と衝突となろうとしていた。弾けるのを待つ風船のように張り詰めた緊張感。それが解き放たれる瞬間、パンッ!と光が弾け、朝焼けの空が真白に染まった。

 目映い光の放流が五千の軍勢を包み込む。

 私はあまりの眩さに目を腕で覆い、次に目を開けた時には、想像だにしなかった光景が目の前に開けていた。それは花々が咲き乱れる天の園ではなく、地中深くより煉獄の炎が漏れ出でる地獄の地が開けていたのだーー……




お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、とっても嬉しいです!ありがとうございます(*'▽'*)


『大義は我らにあり!』をお送りしました。

リュゼも参加(強制)した夜会に於いて第一王子殿下にキラキラしい目線を向けていた貴族子息。そう彼です!彼は第一王子殿下の言葉を独自に解釈し、熱意の下、行動を起こしました。

この事から分かるように、根底にある常識が異なれば、行き着く答えも異なってきます。彼は自身の行動を『最良の選択』だと信じていますが、主君と煽ぐ煌きの第一王子殿下は果たして同じ考えなのでしょうか?


次話も是非ご覧ください!

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