※裏舞台12※孤独な英雄
それはライザタニアが国と認められておよそ一世紀と少し、近隣諸国との戦の絶えなかった時代のこと。ライザタニアは常に戦争と隣り合わせの生活を余儀なくされていた。賢王の築いた治世は去り、主だった産業政策に尽く失敗していたライザタニアは、富を得る為に略奪行為を行わざるを得なくなっていた事も、戦争状態を助長させる所以であった。
ー何故、他者は我を『英雄』と呼ぶ?ー
その男は常に孤独だった。しかし、心の内に燻るその感情が孤独であるとは気づいてはいなかった。
物心つく頃には浮かび上がっていた特異点。自身と他者との隔たり。自身と世間とのズレ。それは成長する毎に大きくなり、終いには、埋めようのない程の差異となって現れていった。
ー何故、我のような『殺人者』が『英雄』と呼ばれるのか?ー
戦場に立ち相手を殺す事は、勝利へ続く『過程』であり、遣らなければならない『通過儀礼』だ。相手側の陣地に侵攻し、侵略し、指揮官の首を奪る事こそ、戦争に於ける勝利条件なのだから。
稀に、指揮官を殺さずともーー生け捕りないし指揮官の逃亡ーー勝利条件を満たす事はある。しかし、それでもそこに至るまでには、幾つもの屍を越えねばならない。戦争とは、如何に相手側の兵士を多く殺すかで決まるものなのだから。
『屍の上の勝利』とは良く言ったもので、人間の死の数が勝敗を別つ。だからこそ、自軍の兵士を如何に殺させないかという方に重きを置くは必須事項。
だから、男は自ら先頭に立った。
戦場に於いて指揮官が最奥から指揮を下す場合と、先頭で指揮を奮う場合とでは、後者の方が勝利確率が上がる。
勿論、指揮官の資質にも違いはある。男のように戦場に於いて勇猛果敢な姿を見せずとも、作戦に於ける信頼を得る事で兵士からの忠誠心を集める者も在る。何も『勇猛さ』だけが指揮官に必要ない資質ではない。指揮官たる者、『知力』や『先見の才』、時には『誠実さ』など個々の性質でさえも必要になるのだから。
その点、この男には他者を惹きつけて止まない『才覚』が、他者を圧倒する『武力』があった。建国の父『賢王』の再来とまで謳われた『剣舞の才』が、自身を英雄の座に押し上げる事になろうとは、男にとっては全く予測の外の未来であった。男にとっては自身の才覚は生まれ持ってのモノであり、例え他者から剣舞の才を褒められた所で、気を良くする事などなかったからだ。
ー確かに、我には他者を圧倒する力がある。だが、それが何だと云う?ー
男が剣を一振り奮うだけで相手は死に至る。それは己が強いのではなく相手が弱いからではないのか。
そのように考えるようになってから、男は益々、戦場に赴く事が増えた。戦場に赴けば、いつか己を負かしてくれるような強者に出逢えるのではないかと考えたのだ。
それは決して自殺願望に類するような考えではなかった。
男は単純に『戦闘』という行為に生への喜びを見出していたのだ。己が性質を『生きる事は死ぬ事と同義なのだ』と本能的に見抜いていたのだ。『戦場に於いてこそ、我の欲望は満たされるのだ』と……!
だからこそ、男には解せぬ点が幾つもあった。
ー何故、人殺しを生き甲斐とする我が『英雄』ともてはやされる?ー
男は自身が善人でない事をよく理解していた。『平時ではとても生きられぬ性質だ』、『もしも、自身が戦争のない時代に生きていたならば、【英雄】と呼ばれる事もなかったに違いない』のだと……。
『人殺しを好む』と豪語する男ではあるが、決して殺人を推奨する『快楽殺人者』ではなかった。何故ならば男は、『弱者を虐げる』事を善とせず、『強者との生命を賭けた戦い』を善としていたからだ。
だが、男の思想を理解できぬ周囲の者たちは、『英雄』ともてはやす傍らで、『戦闘狂』と畏怖した。男を見る周囲の視線、感情には益々差異が広がり、程なくして男を真に理解する者はいなくなっていた。
そしてその状況故に、男の精神を更に歪ませる結果となる……。
己が性質を誰からも真に理解される事なく『快楽殺人者』のレッテルを貼られた男は、間もなく、その名の示す通り、快楽を求めて殺人を犯すようになった。
圧倒的な武力を持って相手を死に至らしめる行為こそが、自身のアイデンティティを認め、自己の欲望を満たす唯一の方法なのだとして。無意識に己が尊厳の維持、そして精神の拮抗を保つ為に、全身全霊を賭して他者をーー他国を攻め入るを『国政』と定めた。
しかし、他国への侵略行為の目的こそ『自国の富と平和の為』と謳っているものの、その行為、即ち戦争は次第に苛烈さを極めていく。
略奪行為を生業としていた遊牧民時代には起こり得なかった『無意味な搾取』、『人権侵害』。侵略した領土を植民地と化し、領民を奴隷に貶める行為。人間を人間とも思わぬ残虐非道な行いーーそのどれもが男の思想や思惑とは異なっていたとしても、最早、男には自身を止める術はなく、また、周囲の認識や意識を変える力もなかった。
『ーー陛下、隣国への侵略行為をもう廃めにしませんか?』
そう男に進言したのは、先王から王位を継いで王となった男の血を引く一人目の王子イリスティアンであった。
暫く前に王太子と定めた第一王子は、側妃から受け継いだ美しい瞳を真っ直ぐ向けてきた。
ー何故、我の行動に否を突きつける⁉︎ー
男は正妃を含め多くの側室を娶っていたが、特別、可愛がっていたのは正妃ディアナと側妃リャハンティーニャであった。正妃ディアナは大陸の覇者エステル帝国との情勢を加味して行われた政略結婚で得た姫であったものの、男は聡明且つ美貌の姫を気に入り、正妃に遇して大切に扱っていた。だが、その正妃よりも愛着深かったのは、東の地より娶った側妃リャハンティーニャであった。
東の地より娶った側妃はエルフ族の血を濃く引く姫であり、その美しい金の髪と翡翠の瞳は、戦場しか知らぬ男を魅了して止まなかった。しかし、その人目を魅く容姿よりも気に入っていたのが、側妃の知識の深さであった。側妃の持つ知識は多岐に渡っていたが、特に男の感心を惹いたのは、軍師に牽けを取らぬ戦の知識であった。
いつしか男は、側妃に戦の相談を持ちかけるようになり、側妃も男の相談に細々と乗った。その内、男は側妃に心開くようになり、次第に己が想いまで聞かせるようになっていた。
そんな愛する側妃の産んだ王子を、男は側妃同様に愛していた。いや、この時までは愛している筈であった。
『ならん!ーー何様のつもりか⁉︎ お前に意見具申を許した覚えはないッ!』
憎悪。嫌悪感。狂気を孕んだ瞳。殺意すら含む威圧感。男はこれまで一度として、第一王子に向けた事のない感情をぶつけた。
第一王子は側妃に似て聡明で見目麗しく、また、男の持つ剣舞の才も受け継ぐ、まさに『理想の息子』であった。これまで一度として男に反発した態度をとった事はなく、戦に赴く際は、男の代わりに王都の守りを任せる程に信頼をしていたほど。
なのに、この時、第一王子は国王の政策に真っ向から反発を見せたのだ。
ーお前もなのか!?ー
気に入らぬと殺し、欲しいからと犯し、富を欲しては侵し、他国を侵略しては金品物資の数々を奪っていた男。自身が欲しいと思ったモノならば他者から取り上げる事にも何の罪悪感も抱かぬ男の性質を見て、他者は『狂乱の王』と呼んだ。男はその事を知りつつも、己が想いが万人に受け入れられるものではないと悟っていたからこそ、『知る者さえ知っておれば十分だ』と自身に言い聞かせていた。
にも関わらず、己が想いを知る者ーー愛する側妃の産んだ王子が、己が想いを否定する言葉を投げかけてきたのだ。
信じていた者に裏切られた胸の痛み。
耐え難いほどの激しい衝撃を受けた男は、男の叱責を受けて固まる第一王子を射殺さんばかりに睨みつけた。
『お前もなのか、イリスティアン……』
男に次ぐ権力を持つ第一王子にして王太子は、そう遠くない未来、現在の国王からその王座を受け継ぐ予定であった。親から子へ、次代を受け継ぐは自然の摂理。男自身も先王より譲られた王位を王子へと譲り渡す事は当然だと思っていた。だからこそ側妃の生まれにも関わらず第一王子を王太子と定め、幼い頃より教育を施してきたのだ。
側妃の聡明さを受け継ぐ第一王子には、それほどの期待を抱いていたーーいや、男は無意識にも、己が性質を理解しているであろう息子だからこそ、王位を譲りたたいと考えていたのかも知れない。
だからこそ、自身の思惑とは外れた言動をとる第一王子を見て、男は愕然としたのだと思われる。『お前もなのか?』、『息子も周囲の者たちと同じように見ているのか?』とーー……!
『父上……それ程までに……』
怒りに任せて怒鳴りつけた男は、視界の先にある第一王子の顔を睨め据えた。第一王子は美しい顔を真っ青にして佇んでいた。その青い顔に浮かぶ感情は『動揺』、『混乱』、そして『納得』であった。男には『それ程までに……』に続く言葉に思い当たったのだ。
ーそれ程までに、ご自身の玉座が大切なのですか?ー
当時、口数もない周囲の者は、『国王は己が治世を永遠のモノにしたいと画策しているのだ』との流言飛語していた。そんな事は生命ある人間には物理的に無理だと分かっている。にも関わらず、周囲は『盲信に囚われた国王は己が治世を危ぶむ王太子を危険視し始めた』などと、あらぬ噂まで捏造した。
男はその流言を『馬鹿な!』と一刀の下にした。
そもそも、男が関心を持つのは国政ではなく戦争なのだ。国王という地位を持つからこそ、好きなだけ戦争状態を生み出せる。言い換えれば、男にとって玉座とは『血の渇きを満たす道具』でしかなかった。
男はそんな自身の性質を歪なモノだと認めていた。いずれ誰ぞに生命を狙われるだろう事も、失脚に追い込まれるであろう事も承知の上であった。
『裁かれるのが愛する息子たちであったなら、我は喜んで玉座を差し出そう。勿論、互いに剣を取り合い戦った上でだがーー……』
この様な戯言を側妃と語らっていた男は、眼前の第一王子が、周囲の妄言に踊らされているのだ知らされ、誰よりも己が性質を理解しといると思っていた家族に裏切られたと感じた。
以降、男は第一王子を避けるようになる。それは、精神の平穏を保つ為に仕方ない事でもあったのだ。
『陛下、一大事であります!王太子イリスティアン殿下が事故でーー……!』
その半年後、男は第一王子の乗った馬車が崖から落ちたとの報告を受ける。しかもその事故は意図して起こされたもの。国王が差し向けた暗殺者に襲われたのだという。
第一王子は一命を取り留めたとはいうが、利き腕に大きな傷を負い剣の震えぬ身体となったと報告を受けた。
『馬鹿な!誰が一体そのような愚行をッ!?』
唖然と驚愕。自身の預かり知らぬ所で事態が動いている。しかもこの様に馬鹿げた事件を起こした者たちは、真に良かれと考えて行動に移したに違いない。もしかせずとも、『国王の想いを代弁した』とでも考えているのだろう。
そう思考した男は手中のグラスを力任せに握りつぶした。割れた硝子が皮膚を食い破り、鮮血が飛び出すを構わず、男は怒りに打ちひしがれながら身体を震わせた。
『そんなになって欲しいならば、なってやろうではないか?【狂乱の王】とやらに……』
怒りが男の中の何かを壊した瞬間、浮かんだのは妖艶な微笑であった。側にいた側近が、そして妻たちがゾッと背筋を震わせ、掛ける言葉をなくしたのは言うまでもない。
男はその宣言通り、周囲の者たちの『意向』に沿うように狂気さを深めていく。
気に入らぬ者は斬り捨て、歯向かう者と刃を交え、侵し、冒し、犯し……周囲の求める『狂気の王』を演じ、次第に、男の精神は闇の底へと堕ちていった。そして終にはーー……
『なぜ……こんな……』
折り重なる二つの骸。流れ出る鮮血は石の床に水溜りを作る。正気のない顔に浮かぶ絶望の表情。魂はもうそこには無い。
『何故とは何だ?この者らは我を拒絶した。だから殺した。それの何が不思議か?』
第一王子の言葉にそう吐き捨てた男の声に感情はない。人を殺した事への罪悪感は勿論なく、それよりも、自身を不快にさせた相手への不快感の方が勝っていた。それに気づいた第一王子は顔を歪めると戦慄いていた拳を握り、唇を噛み締めた。
男の視界に映る屍は、第二王子の婚約者とその侍女のもの。不幸にも、ライザタニアの闇に囚われてしまった女たちの末路であった。
ーその様な目で見るでない。時期に我も其方へ参るのだ。謝罪はその時でも遅くはなかろう?ー
絶望の色を残して死んだ女たちの骸にそう語りかけると、男は血に濡れた剣を鞘に収めた。
男には殺された女たちへの哀れみはあっても同情はなかった。ライザタニアの闇に囚われたのは、何も、この女たちだけではない。自身こそがこの国の誰よりも深く囚われており、しかも死してなお抜け出す事は叶わぬであろうと考えて。
だからこそ、男はこの時、自身以上に深い闇に囚われている人間の存在に気づけなかった。男のすぐ側で静かな微笑を浮かべている者の存在にーー……
ー嗚呼、ここは寒いな……ー
指一本動かせぬままに目線だけを動かせば、視界一杯に水の瀑布が広がっている。男が視感するのは皮膚で感じる寒さではなく、皮膚の中ーー精神の寒さであった。そしてそれは間違いなく、孤独から起こる感情であった。
掛け間違えたボタン。そのキッカケは『何』であったのか、それは果たして『幾つ』あるのか、最早、その様な些事を思考する段には非ず。しかし、それでも男が考えるのは『叶わぬ願い』であった……
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裏舞台10『孤独な英雄』をお送りしました。
第一王子、第二王子、そして現王。三者三様の異なる想い。親兄弟といえど互いに理解し合えている訳ではありません。それでも、ここまでボタンを掛け違った親子も稀ではないでしょうか?
けれど、周囲の環境と状況とに翻弄された彼らが望む未来は、それほど異なったものではなく、寧ろ、同じくしているように思えます。
次話も是非ご覧ください!




