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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と狂気の王子(上)
342/500

※裏舞台10※現王と二人の王子

 ※(シュバルツェ王子視点)


 私には七つ年上の兄いる。それはそれは優秀な王子かたで、豊かな才覚と見識を持ち、父王譲りの剣舞の才は賢王の再来とまで言わしめた程であった。

 兄は第一側妃のお生まれ。側妃様はエルフ族の血を濃く引かれており、その美しい黄金色の髪と美貌もさる事ながら、知謀も優れていらした。兄は父王よりも側妃様の血を濃く引かれたのだろう。父王のように交戦的な性格をなさってはおられなかった。

 父王は血に飢えた獣のような方で、隣接した小国に攻め込んでは蹂躙し、国を滅ぼしてその地にある富を接収する事で自国に富を齎すーー政策とも呼べぬ政策を強行なさっていた。それ故に、兄は父王のやり方に否を唱えられ、未来ある政策を提案なさっていた。

 その兄の提案こそが現状へと繋がる要因となってしまったのだろう。父王は次第に兄を遠ざけるようになったのだ。


 ーーそして悲劇は起きた。


 あれは私がまだ十歳とおにも満たぬ時の事だったと思う。幼い私には未だ政治に関わる事は許されてはおらず、王宮の奥宮に於いて各分野の教師より教育を受けていた。

 一方、次期王と目されていた兄は徐々に頭角を現されており、現王の御代として各領地への視察へと赴かれていた。そしてその日、道中にて兄のお乗りになっていた馬車が事故に遭ったとの報告を受けたのだ。

 だが実際には事故とは名ばかりであり、兄は突如として獣の群れに襲われたとの事だった。王子の乗る馬車には護衛は勿論のこと、魔宝具による防御策がとられている。獣や魔物が寄って来れぬように馬車に魔物除けの呪を掛けて置くのは当然の策であり、これは王侯貴族でなくとも平民の商人でも使う策。にも関わらず、獣の群れは第一王子あにが搭乗する馬車を襲った。護衛騎士が応戦するが数の上で勝る獣が優勢を期し、兄は馬車ごと谷底へと落とされてしまった!その事故で兄は生命こそは助かったものの、王子人生を左右する程の大怪我を遭われてしまったのだ……


「兄上!」


 私は事故を知るや否や近侍に強請り、急ぎ兄の見舞いへ訪れた。すると、兄は訪れた私に笑みこそ向けてくださるものの、聡明さに影が落ちるほど憔悴なさっておいでだった。美しい相貌に落ちた影に、私は幼いながら事態の深刻さを痛感した。


「あぁ、シュバルツェ。来てくれたのか?」


 私が兄の側へと駆け寄ると、兄は寝台から半身を起こされた。そして手を伸ばす私へと手を持ち上げようとなさったのだが、その時、兄の柳眉を潜められた。


「っーー……」

「あ、兄上……?」


 寝台の下から兄の苦痛に満ちた表情を見上げて、私はハッと息を飲んだ。白いシャツから見える首元から腕にかけて巻かれた包帯から、ジワリと血が滲んで見えたのだ。

 すぐさま近侍が医師を呼んだ。しかし兄の傷の処置を行っている最中、私はただただ言葉なく立ち竦んでいた。兄の利き腕は事故によって半ば切断されている状態で、傷ついた筋は魔法による治癒では、遂に、元通りに治す事が出来なかったと聞いた。賢王の再来とまで謂われた剣技は、事故を境に見ることは叶わなくなったのだ。


「いいか、シュバルツェ。お前は従順でいるんだ。何があっても逆らうな」


 兄は『誰に』とは仰らないけれど、それが『誰』を指しているのかは言われずとも分かった。掴まれた手から顔を上げれば、兄の美しい容貌が痛々しげに歪んでいた。治療を終えた兄は近侍や側近たちを下がらせると、再度私の手を取って語り始めた。


「兄上は、どうなさるおつもりですか?」

「私が的となる」


 私は兄の手を握りしめた。思った以上に冷たい手にドキリとしたのを今でも覚えている。


「そんな事をしたら、今度こそ兄上が殺されてしまいます!」


 そう。私はこの時、兄の事故がただの事故ではない事に気付いていた。私は幼くとも第二王子という地位にあった。正妃を母に持つ王子として教育を受けていた私は、第一王子と第二王子ーー私と兄上を巡る次期王擁立の派閥に不穏な空気を感じ始めていたのだ。

 第一王子であるが側妃の生まれの兄上と、第二王子であるが正妃の生まれの私。いずれ起きるであろう争いに、幼いながらに私は不安を抱いていた。

 当時から私は聡明な兄こそが次期王の座に着くべきだと考えており、自分は兄の第一の臣下になれれば良いとの未来を思い描いていた。

 しかし、その考えを実現するには、周囲の環境が全く整っていなかった。整っていないばかりか、周囲は私たちを利用して自身の利益を得る為の画策に疾る者たちばかりだったのだ。しかも、私たちの敵は周辺の貴族だけではなかった。現王ーー父上もまた、自身の地位を脅かす第一王子むすこたちが煩わしかったのだ。

 ライザタニアの民は妖精族の血を色濃く継ぐ者が多く皆、長命。賢王などは齢百を越えて尚、五十代のような若々しさを保っていたという。現王もまたその血を強く受け継いでおり、先代より王位を継承した父上の治世は長く続くであろうと予想されていた。だからこそ、父王は兄の事が目障りになったのだ。そう考えればこそ、不可解な事故の原因にも得心がいった。


「お前が殺されるより遥かにマシだ。私は側妃の子。お前は正妃の子なのだから」


 兄上は私の手を握り絞め、そっと目を伏せられた。


「僕は、兄上に死んで欲しくなんかありません!」


 兄の冷たい手を握って、私は必死に訴えた。幼い私には兄と対等に話し合うだけの知識も語彙力もなく、素直な言葉と目で訴えるしか方法はなかった。

 兄はこの時も現在いまも尊敬して止まない王子だ。侵略行為ばかりを繰り返す父王とは違い、言葉での平和的交渉と交流に於いて、他国と渡り合うべきだと提言しておられた。その未来を見据えた改革に私も賛同していた。何より、このような講釈など必要ない程に私は兄が好きだった。理不尽な結果、生命を落として欲しくはなったのだ。


「ありがとう、シュバルツェ。私も簡単に死ぬつもりなどないさ。でもね……私とお前、二人とも殺されるなんて、あってはならない事態ことなんだよ。私はライザタニアの為にもシュバルツェ、君には生き残って欲しい」


 兄は私の肩を抱き寄せた。兄の柔らかな金の髪が頬を擽り、同時に鉄錆に似た匂いが鼻腔を刺激して、胸の奥がグッと熱くなった。目頭が熱くなって我慢出来ずにポロポロと涙が溢れ落ちた。


「その為に私がお前の盾になるよ。可愛い弟、ルツェ……」


 私は兄の肩に顔を埋めて「兄上、兄上……」と嗚咽を零し続けた。



 ※※※※※※※※※※



「ーーよもやお前が裏切るとはな?シュバルツェ」


 遠い過去の思い出に想いを馳せていた時、私を現実世界に戻したのは血の繋がった肉親であった。


「意外ではありませんでしょう?父上」


 窓の外の景色を見るでもなく眺めていた私は、その身体ごと視線を声の主へと向けた。この国で私ーー第二王子の父たるはただお一人、現王アレクサンドル陛下そのお人だ。

 父は私の魔法によって囚われて尚、獣のような獰猛さをほんの一部も失わせてはいなかった。父はライザタニア建国の祖、賢王ワーゲストの血が色濃く出たのだろう。淡く揺蕩う黄金のかみと深紅の瞳とが、まるで妖精族の中でも特段闘争本能が強いと謂れる獅子獣人のようだ。

 妖精族の血が父上の血を奮い立たせるのだろう。血が流れるを好み、特に自ら陣頭に立ち戦闘行為によって人の生命を断つ時の感触を何より好んでおられた。戦闘狂、獣人王、吸血王、破壊と殺戮の王……どの渾名あだなも現王の人柄を褒め称えるたぐいのものではないが、父上はそのどれもを笑って受諾されたという。


 ー人に恐怖を植え付ける事で治世を為すー


 正にそれを現実のものとしているのだから、侮れないとも思えた。


「お前は我にいつも従順だった。しかし、その態度に裏があることくらい、随分以前から気づいておったぞ?」


 父は堂々たる姿勢を保ったまま、胸を張り顎に手を置いた。

 既に父の半身は氷で覆われており、今尚、上半身へ向けて蔦のように氷の膜は拡がりつつあった。にも関わらず、父はそのような事態にも何ら動じてはおられない。何処か楽しそうな笑みを浮かべ喉をクツクツと振るわせる様子さまに、戦闘に血を踊らせる戦闘狂というのはあながち外れた渾名あだなではないのだ、と確信した。


「アハハ。父上、貴方に気づかれていたなら、私の偽装もまだまだですね?」


 我が父ながら脳筋だと断定していた男が、そこまで単細胞でもなかった事に驚きを憶えた。


「して、どうする?せがれよ。我を殺して王位を奪うか?」

「王位など、放っておいても転がってくるもの。父上を廃すのは王位を欲しての事ではございません」

「ほう。ならば、お前は何を成す為に参ったのだ?」

「それが分からぬお方だからこそ、この国は腐っているのです」

「なに?」


 魔法で身体を戒められながら余裕を無くす事のなかった父も、私の言葉には遂に驚きの声を上げた。


「帝国とその数を競うように他国への侵略行為を繰り返すこと数十年。自国にて自給自足の叶う帝国と我が国ライザタニアとでは、元より比ぶる事など出来はしなかったのです」


 千年もの間、大陸に君臨する大帝国エステル。彼の国は原初の王と精霊女王とによって建国された国であり、その歴史は古く、同一の王朝をより長く続ける治世はその在り方を確立している故に、安定した自治力と生産力とを有している。肥沃な大地、大穀物地帯は自足自給を可能にしており、例え鎖国したとしても飢える事はない。だが一方、我が国ライザタニアはと云えば、建国より百五十年と年若い国。酪農こそ特化しているが、牛や羊の数に対して穀物生産の追いつかぬ現状があり、自給自足は困難を極めている。だからこそ、侵略した国を属国とし、足りない穀物を献上させていたのだという事も理解できるが……。

 隣国でありながらエステルが我が国へ手を出して来なかったのは、単に我が国に精霊の一種である妖精族が数多く住まう地であったが為。決してライザタニアを恐れた為ではない。

 帝国は精霊を神の遣いと崇め信仰している。ともすれば狂信的とまで思える信仰心を持つ彼ら帝国の民にとっては、妖精族もまた信仰の対象となり得た。だからこそ、妖精族の住まいと心安らかなる生活を害す事を否としたのだ。

 帝国と我が国ライザタニアとでは国としての基礎国力に大きな差がある。それは政治の在り方や国としての在り方も然りであり、帝国の在り方を真似する点こそあれ、侮る点などありはしない。だとするのに、帝国相手に『腑抜け』『狂信国』と罵る自国の貴族の無能さには、頭痛を覚えてならない。


 ーそう、この現王おとこも……ー


 父は私に己が思想を罵倒されたと知り、その目を血走らせ始めた。


「精霊信仰などと目にも見えんモノを信ずる帝国と妖精の血を引く我がライザタニアとでは、我らの方が種族として上位である。それを知らしめんが為の侵略行為であった」

「民族重視思考など今どき流行りませんよ、父上。どのような種族であろうと栄える時には栄え、滅びる時には滅びるのです。人間の生に始まりと終わりがあるように国家にも始まりがあり、そして終わりがある」

「貴様は国家の滅亡を望むのか!?」

「いいえ。私は国家の存続を望みます。だからこそ父上、貴方が邪魔なのです」


 私は父にして現王アレクサンドルが邪魔であった。

 父に王位がある限り無用な出兵は繰り返えされ、無用な血が流れ、後には塵も残らない広野が広がる。侵略による一時の富などあってないようなもの。未来に繋がる投資なら兎も角、何の生産性もない侵略行為を何時迄も容認する訳にはいかない。


「貴方は自身の血に流れる妖精の血に溺れ、富と権力に溺れて我が国を内部から蝕んだ害虫だ」

「貴様、父に向かって何たる口の利き方か!」

「我が親なればこそ申しているのです。他人だったならばどれほど良かった事かッ……!」


 もし私が現王が他人であったなら、もし一貴族いちきぞくであっなら、どれほど楽だっただろうか。

 現王の行いに激昂し、背信を叫び、仲間を集って弾劾するのに何の躊躇いもなかっただろう。

 しかし自身は現王の血を引くライザタニアの王子の一人なのだ。未来を無視してその場の勢いのみで無責任な背信行為を行う事などあってはならなかった。行うべきは、未来に繋がる反逆行為でならなければ意味がない。ライザタニアの未来を紡ぐ政策の断行。それは現王の息子としてーー次代を担う者として負うべき責務だ。


「私の身にも貴方の血が流れている。悍しい事だ」

「それは我ら父たる賢王より受け継がれた尊き血だ。だがーーいや、だからこそ、貴様は今の権威を持ち得ているのではないか」

「ええ。だとしても、私にとっては忌まわしき血でしかないのですよ」


 私は私に流れる賢王の血が忌まわしく思えてならなかった。

 ライザタニア国民のその多くには多かれ少なかれ妖精族の血が混ざっている。それが顕著に現れる者とそうでない者と多少の差はあれど、総じて長命長寿とされている。他国の者に比べても身体つきをも頑丈だ。

 我が国には奴隷制度があり、侵略した国家の民を奴隷とする事が倣いだが、殊更に他国の民を嘲笑する帰来がある。それは国の長たる現王こそが、自覚もなくその風潮を作り出しているからに他ならない。


何故なにゆえ、先代が貴方に王座を譲って隠遁したのか、貴方にはお分かりですか?」


 パキ、パキと音を立てて氷の膜は拡がりを見せる。父の身体を覆う氷の膜は膝を越え胸の辺りまで到達していた。それでも父の顔色に変化は見えない。事ここに来てこの状況を打破する策など無いと云うのに、父の余裕ある態度は崩れる事は未だない。


「我に才覚さいがあったからこそ、父上は我に権威を受け渡されたのだ」


 私は父の思考がやはり単細胞だと断じた。そして一刀の下に斬り捨てた。


「いいえ。絶望したからですよ。祖父王あのかたはこの国が自らの理想と程遠い所に在る事実ことに気づいてしまわれた。そして、内部の腐敗はもう止まらぬ所にまで侵食していると知ったからこそ、貴方に王位を譲られたのです」

「父上は我が才覚を持って国を導くように仰られた」

「アハハハッ!貴方はお祖父様の言を鵜呑みになさっておられたのですね?」

「何が可笑しい」

「ええ……ええ、貴方にはある意味、優れた才能がございますよ。そう、国の腐敗を早める細菌としての才能がね!」


 祖父王は絶望し疲れ果て、自らの犯した罪を償う事なく王座を父に譲渡なされた。責任を取って自らが国の改革を行わねばならなかったと云うのに。現王が自分より遥かに未来を見据えていないと知りながら、王座を明け渡して現実からお逃げになったのだ。

 だが、今から思えば、それがあの当時の最善の策だったのかも知れない。私は近頃では当時の祖父王の考えに裏があったのではと考えるようになっていた。


「先代の読み通り、貴方は軍を私物化し他国への侵略行為を再開させた。そしてついには、手を出してはならぬ国に手を出したのです」

「どこだ?まさか帝国エステルか!」 

「いいえ。システィナですよ」

「システィナ?あ、ああ、魔導士オタクどもの巣窟か。あの豊かな港を手に入れたならば、我がライザタニアは恒久的な富を手に入れられるではないか?」


 父は未だ凍らぬ両腕を掲げると口角を上げて宣い始めた。口の端から犬歯が見え隠れし、言葉は勢いを持って唾を飛ばす。


「しかも彼の国には魔宝具という便利な道具がある。それを戦争の道具と変えた我は、魔導士以上の天才かもしれぬな。何せ、あの国の者は『国民の平和の為』などと偽善ぶった言葉を平気で口にする愚かな者どもの巣窟。我が統治した方が何倍も豊かになるというもの」

「そして滅びるのですよ。四百年前の惨事を再現させて」


 システィナとは我が国の西側にある魔導国家。帝国より生まれた魔法を基に魔術を生み出し、誰もが扱えるようにと魔術の込められた魔宝具マジックアイテムをも創り出した天才奇才の国だ。しかし、システィナは今のような国の在り方になるまで、およそ四百年前、システィナの前身であった国が一度となく滅びている。歴史の教科書には『魔術の暴走により滅亡』と記載されるのみだが、それは間違いなく魔術を争いの道具にした結果である事は、考えるまでもなく明白だった。


「システィナは四百年前と同じ鉄を踏まない為に、魔宝具の軍事転用を禁じているのですよ」


 実際にシスティナは魔宝具の軍事転用を禁じただけに留めてはいない。魔宝具の利用方についても国の法に定め、魔導士を監視下に置き、管理して、国内に不穏な影が落ちぬよう様々な策を立てたている。国民も国の定めた法と方策に理解を示し、自ら遵守しようと心掛けた。だからこそ、システィナは建国より三百五十年もの間、大きな争いや国の滅亡に繋がるようは事故もなく、平和を保って来られたのだ。

 長い年月をかけて国民一人ひとりに道徳心を根付かせたシスティナ。魔宝具は今現在も『人々の生活に根差した道具』として万人から受け入れられている。もしも、システィナに於いて魔宝具が軍事のーー人を傷つける為の道具となっていたならば、ここまでの発展はなかっただろう。発展する前に、再度、滅びを迎えていたに違いない。


「魔宝具を扱う者が持つべき道徳心。それが我が国の民には備わっていません。にも関わらず、魔宝具を戦争の物としてしまった罪は、必ず、我々自身に返ってくるでしょう」

「どうなると言うのだ?魔法も魔術も魔宝具も、全ては己が力を示すモノではないかッ!その力を持って他国を征服し、自国を豊かにせしめんとする我が政策の何処が間違っている?現に、前王時代よりも裕福な暮らしを送れているではないか」

「貴方は一時の富に酔って未来が読めなくなっておいでなのですね?他者から奪った富など、使えばすぐになくなってしまうというのに……」

「なくなったならばまた奪えば良い」

「……だから、貴方ではダメなのです」


 愚かなる統率者。そう他国から呼ばれている事を父はご存知ないのだろうか。自国の民からその渾名あだなで呼ばれるならまだしも、他国の者からそのように呼ばれている現状を。それは即ち『国を私物と化し、行うべきは責を負わず、政治を蔑ろにする愚かな王』との評価を受けているに他ならない。他国の者から見ても我が国の現状は散々たる物なのだ。なのに何故、自国の民には現状理解ができぬのだろうか。


 ー歴史隠匿の為せる技か?ー


 我が国が軍事機密の名の下に歴史隠匿を繰り返してきたのは、何も今に始まった事ではない。何十万もの将兵を殺し敗退した戦いであっても『歴史的勝利』として国内で触れ回った事は、一度や二度ではない。我が国の民は王族と貴族に政治を一任し、考えりべき責務を放棄している。だからこそ今現在、我が国の国民は自国の制度に疑問を持つ事も不満に声を上げる事もないのだ。


「貴方と話していても平行線にしかなりませんね」


 どれだけの会話を、議論を交わした所で噛み合う事のない政策おもいの数々。互いの口から紡がれる言葉は交わる事もなく、永遠に平行線のままなのだろう。


 だからこそ私は断行に踏み切った。

 踏み切らざるを得なかった。


「さぁ、父上ーーいえ、陛下。お休みの時間ですよ。後は夢の中にて、我らの遣り方をご覧になっていてください」


 私は魔法による術の効果を強めると、父の身体の全てが氷の膜で覆われていく。程なく頭の先まで氷の彫刻と化すだろうとなったとき、父は不敵な笑い声を上げたのだ。


「フハハハハッ!面白い。この度の戦、大人しく負けを認めてやろう。だがな、次はないぞ?」

「次などありません。陛下が次にお目覚めになる時は退位の儀式が済んだ後になりますからね」

「いいや!このままお前の思い通りになるなどとは、ゆめゆめ思わぬ事だ!」


 父はそう言い切ると、再びフハハハハッと断末魔のような笑い声を上げて氷の中へと閉じ込められていった。



※※※



 暫くの間、眼前に佇む氷の彫刻に視線を置いた後、私は厚い天井の向こうへーー現実の先にある未来へと思いを馳せると、深い深い溜息を吐いた。


「分かっておりますよ、父上。これまで思い通りになる事など一度もなかったのです。国王陛下あなたが在らぬからと云って何もかも上手く行くなど、思う訳がありますまい?」


 敵は現王だけではない。それ以上にタチの悪い者たちーー醜悪な貴族たちとの攻防だけでも溜息物だと云うのに、無知を理由にする国民に対しての意識改革までもが待っているのだ。全てが全て、思うがままに過ごして来た現王のように王宮を、そして国を好き勝手に出来る筈はない。

 しかし、私は自ら決起した。自らの判断によって。ならば、最後までその責を果たさねばならぬではないか。


「さよなら、陛下。次代でお会いしましょう」



お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、本当にありがとうございます!!めちゃくちゃ嬉しいです(*^▽^*)


裏舞台7『現王と二人の王子』をお送りしました。

過去編ではありますが、漸く、ライザタニア騒乱の原点にして元凶のお出ましです。(今は呑気に夢の中ですが)

現在、睨み合いの続く二人の王子たちですが、その実、仲の良い兄弟のようで……?


次話も是非、ご覧ください!

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