捕虜の日常と招かれざる客人3
※(アーリア視点)
「じゃあ、ライハーン様になら……なんて、私が素直に答えると思います?」
ライハーン将軍はこれまでの話の流れから、私が素直に魔宝具の効果について答えると思っていたのね。将軍は私の言葉があまりに意外だったのか、口を開いたまま頭の上には疑問符まで浮かべている。
「例え嘘偽りのない言葉だと言われても、それを鵜呑みにするほど愚かじゃない。ここは敵国。貴方は敵国人。私と貴方とは敵同士。なのに何故、素直に口を割らなければならないの?」
これがシュバルツェ殿下主体の取り調べなら、私は口を割らざるを得なかったかも知れない。彼は私の生命の糸を握っているのだから。
でも、これは正規の取り調べじゃない。ここで私が大声を出せば、いくら人払いが施してあるとしても、使用人たちは駆けつけるに違いない。そうすると目的を果たせなくて困るのは将軍の方だ。シュバルツェ殿下からの反感をも買うに違いない。事態が大きくなる事で不利になるのは将軍の方なのだ。ーーとの予測から私はやや興奮気味に息を吐けば、暫く呆けていたライハーン将軍が何故か破顔した。
「ふっ、は……はは、ははははは、アハハハハハ!」
突然、声を上げて笑い出したライハーン将軍。額に手を当て、涙を零さんばかりの顔。その様子に私はえぇ!?と顔を痙攣らせた。
「なんて女だ!ーーああ、これは失礼。見た目で人を判断するのは愚か者のすること。俺の目も耄碌したと云う事か?」
将軍は瞼に溜まった涙をサッと親指で拭うと、パンと両膝を叩いた。そして、これまでを仕切り直すように姿勢を整えると、私の目をジッと見つめてきた。
「お前のその警戒心は正しい。いくら俺が『魔宝具を悪用せぬ』とこの場で明言したところで、なんの意味もない。それを理解しての発言、実に理に適っている。さっすがあの殿下が認めた魔女だな?」
ライハーン将軍の最後の一言に、私の気持ちは萎えた。めちゃくちゃ萎えた。自身の言葉に対しての賛辞だったとしても、あの殿下のお墨付きだと聞かされては喜ぶ気も起きない。喜ぶ気なんてなかったけど。
口を黙み嫌そうに眉根を寄せていると、将軍は「悪い悪い」と咳払い。そして将軍は口元に苦笑いを乗せたまま、「よっぽどあの殿下には煮湯を飲まされているのだな?」と余計な一言を放ってきた。勿論、私の気分は氷点下まで落ちた。
そうだよね、ライハーン将軍の裏表ない言動に騙された私が馬鹿だった。性格の良い貴族なんて存在しない。それをこれまで散々学んできたのに、何を期待していたんだろ。
ハァァと深い溜息を一つ。将軍には早々にお帰り頂こう。そう決めた私は、机上に置かれた魔宝具を指差し「この魔宝具の効果は……」と説明し始めた。すると、将軍は訝しみ「教えてくれるのか?」と問うた。
「ライハーン様は、この魔宝具の効果をお知りになりたいのですよね?」
「できれば、な……」
「だから教えて差し上げますよ」
今度は眉根を寄せたのは将軍の方だった。
「お前は、魔宝具が使われる事態を忌避していたんじゃねぇのか?」
「ええ」
「ならば……?」
「良いんです。もう使えませんから」
「は?」
「だからこれは使えません。効果が発揮できないと言った方が分かるかな?」
「はぁ?」
将軍の眉根は益々深くなる。元々堀深い顔なのに、もっと渋い表情になっている。この素直な反応はちょっぴり面白いかも。
「《使用禁止》を施しました。この魔宝具にはもう置き物としての価値しかありません」
「なに!? いつの間に……」
人の数だけあると云われるスキル。種類は膨大で、しかも全てを解明なされている訳じゃないけれど、大きく『身体能力に関わる』スキルと『精神能力に関わる』スキルとに分けられる。《使用禁止》は精神能力ーーつまり魔力に関わるスキルだ。魔宝具職人が使うスキル《鑑定》もその一つ。そして《使用禁止》はスキルというより魔術に近く、『使用者を制限する』という効果があり、拘束力も強い。魔宝具の悪用を防ぐ最終手段ともいえる使用者制約を設けた荒技だ。
本来なら、魔宝具を生み出した製作者自身にしか弄れない設定だけど、これは『未設定』の魔宝具。謂わば『誰の手のモノでもない』もの。だからこそ、手を挟む余地があったのだけれどね。
「だって、ライハーン様はどうであれ、他の人が使わないとは限らないでしょう?」
「それは、まぁ……だが、これは何とも……」
「卑怯ですか?でも、先ほど『手に取っても?』とお聞きしたとき、ライハーン様は許可を下さったではないですか?」
「そりゃ、随分と意地の悪い遣り方だな?」
「将軍には言われたくないです」
思わず本音が漏れたあと、マズイと思って顔を上げれば、将軍はハハハと笑っただけで、私の発言を咎めるはしなかった。
「魔宝具がこれ一つとも限らないので、意味がないのかも知れないですけど……」
ボソリと呟けば、ライハーン将軍は苦笑したままガリガリと後頭部を掻いた。
「それで、コレは『何』だ?効果と云うのは……?」
「正式名称は知りませんが『魔笛』との名がつけられています。予測ですが、これは謂わば《召喚笛》。この吹き口の部分を咥えてひと吹きすれば、予め設定された《妖精》を呼び出し、使役する事ができるでしょう」
「ほお……」
「先ほど、私は『これと似た物を見た事がある』と言いましたよね?実は、これと似た魔宝具が発動された現場にたまたま居合わせた事があるんです」
あれは私がアルカードを訪れて間のない頃、騎士団内の綱紀粛正を目的とした『特別訓練』の最中、私たちを襲った黒ずくめの盗賊がこれと似た魔宝具を使用したの。盗賊がこの魔宝具をひと吹きすれば、忽ち大蜥蜴の群れが現れた。しかも、大蜥蜴は魔宝具を使った盗賊の命令に従った。
「あの時の状況から、持続時間はおよそ15分間。その間呼び出された大蜥蜴は、周囲5キロ圏内にいた人間を無差別に襲いました」
当時の状況を詳細を端折りながら話せば、将軍の表情はだんだんと険しいものに変わっていった。
「ふむ。無差別となれば、勿論、女・子ども関係なくという事だな?15分というのを長いと見るか短いと見るか……」
顎を指で撫でつつ思案する将軍。
騎士たちでも手を焼いた大蜥蜴だ。もしも大蜥蜴が召喚者により『この場にいる人間を排除しろ』と命令を受けたなら、大蜥蜴は力のない子どもや女性や老人を避けてくれるだろうか。いや、無理だろう。何の慈悲もなく、その場にある人間たちを蹂躙するに違いない。
「自分たちの生み出した魔宝具が使い方次第では武器にもなる。それを理解した上で、魔宝具を生み出した責任は魔宝具職人自身が負わねばならない。なのにこの魔宝具を作った職人は、それがまるで分かってない」
そう言って唇を噛めばライハーン将軍は納得したように頷き、「だからこその措置か、これは」と机上の魔宝具を取り上げた。
「もし、その魔宝具を作った職人が目の前に居たならば、『ふざけるな!』と怒っていたところです」
将軍はフムと口を一文字に引き締める。そして膝の上で組んだ指を一度二度と動かすと、「同感だ」と一言。そして瞑目するとーー
「遠からず、これまでのツケはやがて厄災となって返ってくるだろう。それを理解せねばならんな」
ーーと、誰に言う事なく呟いた。その言葉は意図せずアーリアの心に重く暗い雲を揺蕩わせた。
「……さてと。そろそろお暇するとしようか?」
ライハーン将軍と何気ない世間話をしながら割と楽しい時間を過ごした後、将軍は懐から取り出した時計で時間を確認すると重い腰を上げた。私も客人の帰りを見送る為に立ち上がった。将軍は当たり前のように私の手を取り、扉の前までエスコートしてくれたんだけど、さりげなく腰に回された手にモゾモゾとしてしまった。うーん、どうにも貴族子女扱いが慣れない。
「なかなかに有意義な時間だったぞ、魔女よ」
「それは良かったです」
ライハーン将軍の武骨な手が私の手をそっと掬い上げる。貴族にとって社交辞令的な謝辞だとわかっていても、いざ将軍の唇が手の甲に寄せられると、羞恥心と緊張から喉が詰まった。
すると、将軍は私の手の甲に唇をつけたまま、視線を上げ、まるで挑発するように私の顔をジッと見てきた。きっと、私の頬が僅かに赤くなっているのを見て内心笑っているのね。そう思った矢先、将軍はとんでもない爆弾を投下してきた。
「言葉を覚えるのならピロートークが一番だが、ま、シリトリなら何時でも相手になるぞ?」
「え!? あ、あれは……」
ー聞かれてたっ!?ー
私の拙いライザタニア語を、しかも幼子のようにシリトリ遊びをしていた事を知られて、一瞬にして体温が頭まで昇る。身体が熱くなって顔も火照る。
将軍はアハハハハと高笑い。退室の礼を取るとドアノブに手をかけ、私の抗議の声をまるっと無視して去って行った。
※※※※※※※※※※
「ーー珍しいな。ライハーンが此処に訪れるなど」
数日後、王都へ帰還を果たしたシュバルツェ殿下は自身の居らぬ間の報告を受け、早速、アーリアへ詰問していた。保護者不在の間に捕虜を尋ねた者があったと聞いたのだ。
「奥宮の様子を見にいらして」
「王宮警備は奴の仕事ではないが、余程気に入られたか?」
軍務省主体で捕虜尋問をして以来、ライハーン将軍が何かと捕虜を気にかけている事は周知であった。女の気配の全くなかった猛将だけに噂の広がり方は異様に早く、同時に敵国の捕虜を気にかける将軍を悪様に言う者の姿もチラホラ見られていた。
ーアイツが女にうつつを抜かすワケがなかろうがー
強者と闘う事を何よりも好むライハーン将軍。相手が強ければ強いほど喜ぶ戦士だからこそ、魔女が敵国民であろうとも、その強さを素直ぬ認めているのだろう。ライハーン将軍への信頼は揺るぎない。だからこそ、シュバルツェ殿下にはライハーン将軍への不信感は欠片もなかった。
「これ、お返ししますね」
「なんだ?気に入らなかったか」
「知っていて貸しましたね?殿下」
「何の事だか分からんな」
ムスッとした様子のアーリアから薄い本を受け取ったシュバルツェ殿下は、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。
初心者向けに作られたライザタニア語教則本。ライザタニア国内では割と知られる教本だが、その内容がかなり俗っぽいものだという事を、勿論、シュバルツェ殿下は知っていた。
「そのような言葉の方が、覚えやすいだろう?」
「もう!知りませんっ」
存外マジメな性格の魔女は照れたように頬を染め、ブイっと顔を背けた。その初心さに殿下は苦笑する。
やる事がないからと読書に熱中し、やる事がないからとライザタニア語を覚え始めた魔女。現実逃避甚だしいが、悲観に暮れて自死されるよりもマシだとばかりに、シュバルツェ殿下はそれらの行動を容認していた。自身の監視下に於いてならば、特に問題ないとして。
「またライハーンに余計な事でも吹き込まれでもしたか?」
「……え?」
「前科があるだろう?」
「あ、あれはっ……!」
ライハーン将軍によからぬ事を吹き込まれた子どもたちが、冒険と称して王宮探検をしでかした。隠し通路の存在を確かめるべく、子どもたちが主体になり、止める捕虜を脅して奥宮から連れ出したのだ。
その報告を受けた時、『開いた口がふさがらぬとはこの事か』と、狂気の王子たるシュバルツェ殿下を於いても、呆気に取られたのは記憶に新しい。
ーライハーンに釘を刺しておかねばなー
ニカっと笑う暑苦しい男の姿を脳裏に思い浮かべたシュバルツェ殿下。苦々しいモノが舌の上を疾り、苦味を緩和すべく少し温くなった紅茶をズズっと啜ったその時だった。執務室を去ろうとしていたアーリアが扉に手を掛けたまま「ところで」と声を挙げたのは。
「ところで殿下、ピロートークって何ですか?」
思わぬ反撃。シュバルツェ殿下は飲みかけの紅茶ををグフっ喉に詰まらせた。咽せて咳込む殿下の『狂気の王子』らしからぬ慌てた様子に、アーリアはポカンと口を開けて盛大に眉を顰めた。
お読み頂きまして、ありがとうございます!
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『捕虜の日常と招かれざる客人3』をお送りしました。
※招かれざる客人ライハーン将軍が持ち出した魔宝具は、かつてアーリアがアルカードで見た違法魔宝具でした。どうやらライハーン将軍の管轄外で何事か起きているようで……??
※ライハーン将軍はシュバルツェ殿下が信頼を寄せる一人ですが、殿下に忠実という訳でもない様子。殿下の苦労が偲ばれますね。
次話も是非ご覧ください!




