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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と狂気の王子(上)
334/500

奴隷少年1

side:Sistina

 ※(リンク視点)



 その日、俺は一人の少年に会った。俺と同じ年頃。俺とそっくりな赤髪。俺と似通った背格好。早朝から桶を担いで水汲みに勤しむ姿こそ同じだけど、俺と彼とでは立ち位置が全く違ったんだ。



 ※※※



 陽も明け切らぬ早朝。俺は馬の世話の為に桶を担いで井戸に向かった。そこには既に数人の使用人らしき人たちが並んでいたから、俺もその列に大人しく並んだ。まだハッキリしない意識の中、欠伸を噛み殺しながら列に並んでいると、何気に見えるその風景ーー正しくは、列に並ぶ使用人たちの姿に違和感を感じて首を傾げた。


 ーあれ?みんな子どもだ……ー


 井戸に並んで黙々と順番を待っている使用人たちは皆、子どもだったんだ。

 歳頃は俺と似たり寄ったり。背の高い者も低い者もいるけど、どう見積もっても成人には届いてないと思う。よくよく見ると服装は俺よりも簡素だ。シャツにズボンに靴。そのどれもが煤汚れていて、見窄らしいとまではは言わないけど、とてもこの屋敷ーー伯爵家に仕える使用人とは思えない。


 ー昨日会った侍従たちはもっと立派な服装だったけどな?ー


 エステルから来た行商人一行。(嘘は言ってない、出身地をボカしてあるだけで)。俺たちを快く迎えてくれたシュティームル伯爵。伯爵は巷で有名な行商人兄弟ーーナイル兄とリンク兄の事だーーを屋敷に招いて、トアルお方に引き合わせた。そして、そのトアルお方との話し合いの後、行商人兄弟はそのまま夜会へと招かれ、その夜は伯爵家の屋敷に泊まる事になったんだ。伯爵は実に太っ腹な貴族ヒトで、商人兄弟だけじゃなくて、小間使いの俺たちまでに屋敷の部屋を当てがってくれた。


 ーま、俺たちは馬車小屋で寝たんだけどなー


 やっぱり、俺たちにはあんなフカフカな寝床は向いてない。清潔で柔らかな寝台に寝転がった瞬間はめちゃくちゃ興奮したけど、暫くしたらソワソワしてきたんだ。根っからの貧乏体質ってやつだね。父ちゃんなんて最初はなから屋敷内で泊まる事に拒否感を示して、とっとと馬車小屋に引き上げちまったくらいなんだ。父ちゃんは俺には当てがわれた部屋で泊まるように言ったんだけど、結局は俺も父ちゃんのいる馬車小屋で寝る事にした。


 ーやっぱ、人間、分不相応ってのがあると思うー


 で、明けて朝。俺は身支度もそこそこに、馬の世話の為に屋敷の裏にある井戸まで水汲みに来たってワケだけど……。

 生まれ育ったシスティナでも朝の水汲みなんかは子どもの仕事だ。下町には水道の通ってない家も珍しくなくて、俺と父ちゃんが二人で住んでた集合住宅ボロアパートじゃ、裏庭に組み上げ式井戸と手押し井戸が一つずつあっただけ。それを集合住宅の住人で代わりばんこに使ってた。

 魔宝具マジックアイテムの発達したシスティナじゃ、家事を魔宝具で補う家庭が少なくない。水を出したり火を出したりする家事用の魔宝具は割とポピュラーで安価だ。けど、平民の中でも底辺にいる俺たちみたいなもんには、なかなか手が届かない代物なんだ。


 ーライザタニアにもシスティナ産の魔宝具が出回ってるって聞いたけど……?ー


 正確には、『システィナ産の魔宝具を改造した違法魔宝具』が出回ってるってハナシ。なんでも、ライザタニアじゃシスティナ産の魔宝具を軍事用に改造した魔宝具モノが出回ってるんだとか。はぁ〜〜何処にでも悪いヤツってのはいるんだな?生活を豊かにする為に創られた魔宝具を、わざわざ人殺しの道具に変えたってんだから。


 ー師匠アーリアが怒ってたのも肯けるよー


 魔術の師匠であるアーリアは魔導士であると同時に魔宝具職人マギクラフトでもあるそうで、魔術の次に魔宝具をこの上なく愛してた。魔宝具職人である事に誇りを持っていて、『魔宝具は人々の暮らしを豊かにする為にある!』と断言していたくらいなんだ。そんなアーリアにとってライザタニアの蛮行はとても許せるもんじゃない。あの温厚なアーリアが見せた怒りの表情。普段大人しい人ほど怒ると怖いって聞くけど、アレはホントだと思うね。


 ーあの時のアーリア、めちゃくちゃ怖かったもんー


 けど、ここの使用人たちを見てると魔宝具を使ってる素振りはないから、ライザタニアではそれほど生活用の魔宝具が出回ってないのかもな。

 眠い目を擦りながら上の空でそんな事を考えてたんだけど、ふと視線を感じて前を向けば、俺の前に並んでる一人の少年が俺の方をジッと見ている事に気づいた。


 ー……。俺の顔に何か付いてんのか?ー


 寝癖を撫でつつジト目で見てくる少年ーーつっても年は同じくらいだーーの顔を見返す。


「なんだよ?」

「……別に」


 ー別にって何だよ⁉︎ー


 フツー、他人の顔をここまでガン見しないだろう?ってくらい見てくる少年に、心ん中で即ツッコミを入れる。けど、その心の声を口に出さない程度のシツケはされてる。俺たちはシスティナから来た行商人の皮を被った工作員スパイなんだ。下手な争いで注目を集めるなんて愚策は侵せない。


「……お前、伯爵様のお客様じゃなかったのか?」

「ん……あ、ああ。そりゃリュ……ご主人様たちの事だ。俺はその小間使い」

「ふーん……じゃ、俺と同じか……」

「……何が『同じ』なんだ?」

「お前も奴隷なんだろ?」

「……はぁ?」


 俺は『奴隷』って言葉に首を捻った。コイツーー目の前の赤毛の少年は『俺と同じ』って言ったんだ。つまり『俺と同じ奴隷』ってコトで、少年コイツは伯爵家の奴隷ってコトなんだろ?


 ーそっか。ライザタニアには奴隷制度があるんだったな?ー


 システィナじゃ馴染みのない『奴隷制度』。

 めちゃくちゃ貧しくてその日暮らしを余儀なくされる平民もいるし、ぶっちゃけ奴隷と大差ない生活をしてる平民もいるけど、平民は平民以上にも以下にもなれない。それがシスティナだ。爵位を金で買った成り上がり貴族トカ、後天的貴族ーー優秀な魔導士や戦士には爵位が与えられるっていうトンデモ制度ーートカがいるとは聞くけど、そんなのはごく一部。『例外』だ。

 平民の中には貴族の邸宅や金持ちの家なんかに奉公人バイトに行ってるヤツも山ほどいる。けど、奉公人にはキチンと給金が支払われるし、労働環境が気に入らなけりゃ個人的理由を言い分にして仕事を辞める事もできる。どんな仕事にもある程度、個人の自由意志が尊重されているんだ。

 でも、奴隷は平民とは違うと聞いた。個人の自由意志なんてない。もしかしたら個人の尊厳もないかも知れない。主人となる者に人生そのものを『買われた』のが奴隷なんだ。


「お前、奴隷なのか?」

「だったら何だ?」

「別に、なんもないよ」


 俺も少年コイツの真似をして『別に』という言葉を使ってやった。そしたら少年コイツはあからさまに機嫌を悪くしたみたいで、ムッとした表情カオで俺の事を睨んでくる。


「なんだ、お前は奴隷じゃないのか?」

「違う、けど……」


 少し口籠ったのは考えが纏まらなかったからだ。だけど、俺が口籠った事と無意識に怪訝な表情をした事が気に入らなかったんだろうな。目の前の少年コイツはさっきよりもずっとイラついた表情カオになった。


「なら、なんでこんな所へ来てる?」

「は……?水汲みに来ただけだけど?」

「水汲みは奴隷の仕事だ」

「ふーん、へぇ……」


 どうりで、少年コイツと似たり寄ったりのカッコの子どもたちばかりがウロウロしてると思った。どの子どもも不健康そうな表情ツラしてる。病弱に痩せこけた奴は居ないけど、十分な栄養を摂ってるって感じじゃない。

 俺がキョロキョロと視線を動かしてると、奴隷少年は不審そうに眉を潜めて小声で問いかけてきた。


「……お前、この国のもんじゃねぇのか?」

「まあね」

「どこだ?ドーア?エステル?マルヤム?まさかシスティナ?」

「えっと……エステル、だけど……」


 そーいや、エステル経由でライザタニア入りしたんだ。こんなところで馬鹿正直に出身地を答えてどーする?現時点でもライザタニアの敵国として認定されているシスティナの民だとバレでもしたら一大事だ。俺たちの正体を怪しまれでもしたら……と内心ドギマギしたけど、奴隷少年に俺たちの情報が知られたからと言って、どーなる事もないハズだな、多分。


「エステルから来たのか。珍しいな」

「ま、まーな」

「ふーん。行商人の小間使いねぇ……」

「なんだよ?」

「別に」


 コイツの口癖は「別に」なんだろうな。俺もたまに使う言葉だけど、こんだけ頻繁に使われるとイライラする。


 俺たちは揃って水汲みを終えると、揃って重い桶を担いで馬小屋まで歩いて行った。奴隷少年コイツも馬屋番だったんだ。

 俺は大切な商売道具ーー二頭の馬に水をあげてから乾草を用意して食べさせた。その間に馬小屋の掃除。糞を片付けて新しい藁を敷く。そんで馬の身体を洗ってからブラッシング。馬具の掃除と点検。その間、父ちゃんは特別な油を馬具に塗って撥水加工していた。

 ライザタニアの東の地は森林地帯も多くてめちゃくちゃ湿気が多いんだ。土地によっちゃ、晴れてる日より雨が降ってる日の方が多いくらいだと聞いた。南の地には砂漠化した所もあって、遊牧地もあるからもっとカラッとしてるらしいけど、東の地は妖精族エルフの住まう大森林地帯にも面してるから、そもそもからして降水量が違うらしい。一説には人間をこれ以上東の地に入り込ませない為の妖精族エルフの秘術だというハナシもある。

 ま、それは良いとして、父ちゃんは雨対策として馬車のほろや馬具に撥水性を高めるオイルなんかを塗り込んでる。特に馬具が錆びて壊れないように点検を怠らないようにしてる。筋肉隆々な見た目だけど、ああ見えて几帳面だからさ、父ちゃんは。


「お客人方、こちらに朝食が用意してあります。どうぞお召し上がりください」


 仕事がひと段落した時、一人の少年ーー今朝、井戸で会った少年だーーが、俺たちに声をかけてきた。


「これは有難い」


 よっこらしょと父ちゃんは立ち上がると、頭の帽子を取ってペコリと頭を下げる。俺もそれを真似て頭を下げると、少年は目尻をピクリと動かした。


「どうぞコチラへ」


 澄ました顔して俺たちを案内する少年。その所作は朝の時より礼儀正しい。これは『客人用』の所作なんだろうな。俺がナイルの兄ちゃんから厳しく躾られたように、これが伯爵家の奴隷として恥ずかしくない礼儀ってヤツを仕込まれているんだろう。

 俺たち親子は奴隷少年に連れられて食堂へ行くと、そこで伯爵家の使用人たちと混じって朝食を食べた。そこには奴隷の姿は殆どなかった。もう少し身なりの良い使用人たちの姿があったんだ。きっと平民の使用人たちなんだろう。侍女や侍従ってのは下級貴族の子息子女が殆どだって聞いたから、一概に『使用人』って言っても奴隷、平民、貴族で使用する棟がキッパリと分かれているんだと思う。だから俺たち親子は平民の棟に入れられたワケだ。


 朝食を食べ終わると、俺は父ちゃんと一緒に馬車小屋へ帰った。いつでも出発できる準備をして、ナイルの兄ちゃんとリュゼの兄ちゃんが来るのを待つんだけど、ひょっとしたら今回は数日の間、この伯爵家に滞在するのかも知れないな。

 昨晩、リュゼ兄に聞いた話じゃ、伯爵を通じて出会ったトアルお方から得た情報の中には、俺たちが探し求めている女性ひとに関わる有力な情報があったんだ。伯爵とトアルお方はその女性ひとの情報をチラツカセて、兄ちゃんたちの助力を促してきた。要するに脅してきたんだ。『情報が欲しければ我々の助けになれ』って。

 きったねーよな!俺たちがその女性ひとの為ならどんな小さな情報でも得たいって考えているのを利用しようってんだから。俺たちがシスティナの工作員スパイだって分かっていながらその立場を逆手に取って利用しようなんて、どんなワルだよ⁉︎ って思った。貴族って詐欺師の代名詞だったみたいだ。


 ーなーんかムシャクシャすんなぁ……ー


 苛立ちながら馬に人参おやつをやってたら、背後から「オイ」と声をかけられた。振り向くと、そこに今朝方出会った赤毛の奴隷少年が仏頂面で立っていた。手に藁を整える為に使うスキを持ってる所を見ると……コイツ、仕事途中で声をかけてきたんじゃないか?


「なんだよ?」

「少し、いいか?」

「えっ……う、うん、少しだけならね」


 父ちゃんに目配らせしたらオーケーサインが来た。少しだけなら仕事を抜けても大丈夫だってさ。

 俺たちは馬房の外へ出ると、汚れた馬具を持って屋敷の端を流れている小川へと移動した。仕事もせずにくっちゃべっても良い場所なんて、何処にもナイからだ。フリだけでも仕事してるっていうていを見せなきゃなんない。


「んで、なんだよ?」


 汚れたすきをざぶざぶと洗いながら話を切り出せば、奴隷少年は手にある馬具を束子タワシで擦りながら切り返してきた。


「エステルには奴隷制度がないんだってな?」

「あ〜〜ないな、確か」

「確かってなんだよ?」

「ないよ」


 俺のハッキリしない言葉に怪訝になる奴隷少年。悪りぃな。俺、エステルの事はあんま知らないんだ。でも、確かなかったハズ。奴隷に近い生活をしてる奴ならどの国でもいるだろうけど……と、考えていると、奴隷少年はポツリと聞いてきた。


「どんな感じなんだ?」

「何がだよ?」

「お前のやってる仕事はこの国じゃ奴隷の仕事だ。だけどお前は奴隷じゃない。平民なんだろ?」


 聞けば、馬屋番を務めるこの少年ーーマルスは伯爵家に仕える奴隷らしい。元はエステルに滅ぼされたマルヤムの生まれで、いざ国家滅亡となった時、エステルに取り込まれるか他国に逃げるかと選択を迫られたらしい。

 でも、ここで大きな問題が生まれた。エステル国民となるには『魔法の素質があること』が必要不可欠だったんだ。精霊信仰が国家の基盤ともいわれるエステルの中で魔法の素質がない者の末路は暗い。肉体労働者としての価値しか見出されない者たちは、貧しい生活を課せられる。元々、侵略され滅ぼされた国の末路なんて、どう見積もっても良い方向に向かって行くワケがない。それでも、人間としての尊厳が認められた生活ってのは望むもんだ。んで、マルスたち一家は元マルヤムの地でエステル国民として生きていく事を決めた。


「でも人生ってのは上手くいかないもんでさ……」


 と続く奴隷少年マルスの声は乾いていた。

 マルスたち一家はエステルで奴隷のような扱いを受けながら生活し、そしてある日、奴隷商人によってライザタニアへと売られたらしい。実にアッサリと。


「もうさ、十把一絡げってやつだったよ。俺たち家族はーーマルヤム人は領主に騙されて二束三文で売られた。そんで気づいた時にはライザタニアで奴隷人生が始まってた」

「ふーん。誰も文句はなかったのか?」

「文句?ンなもんねえよ。此処ライザタニアでの生活は彼処エステルでの生活よりずっと良いんだぜ?笑えるだろ?」


 いや、笑えねえケドな。平民の生活より奴隷の生活の方が豊かなんて、どんな状況だよ?ってツッコミたくなる。しかも、コイツの生活体験はシスティナでの俺たちの生活と重なるもんがあって、決して笑って受け取れるもんじゃなかった。


「ま、俺は物心つく前から奴隷だったから、エステルにいた時の事なんて覚えちゃいないけどな」


 マルスはタライに汚れの落ちた馬具を一つずつ置くと、フゥっとため息を吐いた。


「でさ、平民ってどういう感覚?仕事自体は俺らと変わらないみたいだけど……?」


 そう聞いてくるマルスの声はーーその表情はどこか不安げに揺れていた。




お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、とっても嬉しいです!ありがとうございます(*'▽'*)


『奴隷少年1』をお送りしました。

リンクがライザタニアで出会った同じ年頃の少年マルス。彼との出会いで、リンクはライザタニアの実情を少しずつ学んでいきます。


次話『奴隷少年2』も是非ご覧ください!

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