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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と獣人の騎士
33/497

東の塔の魔女4

 

「アイツだ!白き髪の娘がここにいるぞ!」


 背後からかかる男の大声に、その場にいた大勢の人間たちが不審な顔をした。

 そもそも『白き髪の娘』など、ここには大勢いる。何せ、今は街を救ってくれた『東の塔の魔女』に感謝をする祭りの最中。しかも、これからその祭りのクライマックス、後夜祭が始まろうとしている。祭りの参加者たちの中には、白い髪のカツラを被ったり変装したりして祭りを楽しむ者も多く、その数は相当なものだ。


「くそっ!どけっ」


 祭りの参加者たちを押しのけ、鬼の形相で白い髪の娘を探し追いかけて来る男の姿は異様でしかない。何事かと人々の騒めき、徐々に不安が広がっていく。


 ー逃げなきゃ!ー


 アーリアはその声に振り返る事なく、人々の間を歩く。ジークフリードが手を引いてくれるので、それを頼りにして、どうにか逸れないように気をつけた。

 しかし、大勢の祭りの参加者に行く道を遮られ、なかなか思うように進めない。互いに身体に肘や肩をぶつかるので、謝罪をしながら進むしかなかく、これ以上の目立つ行動は自身を不利にしかねない。事が大きくなることは絶対に避けたかった。

 緊張からか、自然、手に力が入る。緊張と不安が心を閉める。その不安を感じ取ったなか、ジークフリードはアーリアの手を軽く握り返した。


「アーリア、もう少しだ」


 ジークフリードがこっそりと声をかけると、アーリアは僅かに顎を下げた。


「オイ、待て!そこの娘!」

「え?わたし……?」

「ええい違う!そうじゃないっ」


 背後から騒めきが近づく。追撃者だけでなく、参加者たちも混乱している。


「アーリア大丈夫だ、焦らずについて来てくれ」

『は、はいっ!』


 漸く二人は人の波から抜け出すと、街の外へ出る為に領主館のエントランスを目指した。

 軍事都市と名を持つだけにアルカードは特殊な造りになっており、東門は領主館の一階エントランスを抜けた所にある。平時は人の出入りを確認するのだが、祭りの最中は人の出入りも激しいため、24時間一般開放されているとアーリアは聞いていた。しかも、身分証の確認もされない。戦時でもないので、国内を移動するのは割と自由がきく。それでもこれほど出入りが自由なのは稀だろう。

 誰にも咎められずに街から出られる。それをアーリアたちは好都合だと捉えていたが、このように騒ぎを起こす者まで野放しなのは考えものだとも思った。


「もう少しだ」


 既にアーリアの息は上がり始めていた。

 右足に左足が絡まりそうになり、その度、ジークフリードに引き起こされて走った。


「アーリア、辛いなら抱えて走ろうか?」

『ま、まだ、自分で走れますっ』


 領主館へ入ると人の数は幾分少なくなった。エントランスの天井に半円形のステンドグラス。回廊のようなエントランスは街の外へと向かって伸びている。

 アーリアたちがエントランスを駆け抜けている最中にも、祭りに参加する為に街の中へ入ろうとしている人たちが幾人もいた。もう間も無く、後夜祭最大のイベントが始まる時間帯だけに、街から出る人はほとんどいない。そんな中、街へ入って来る人々に不審がられながら走ると、漸く出口が見えてきた。

 背後からは「アイツらだ!」「捕まえろ!」「待てー!」と言った声が聞こえて来るが、二人はその全て無視して突き進む。

 次第に東門の出入り口を仕切る扉が近づいてくる。扉は開け放たれており、そこから夜風が回廊に向かって入り込んできていた。


『ジークさん、もう少しで出口ですよ……』


 向かい風に前髪を巻き上げられつつ口を開けたその時、急にジークフリードが立ち止まり振り返った。当然、アーリアはジークフリードの胸に顔から突っ込んだ。


『ひゃわっ……⁉︎』


 間の抜けた悲鳴。アーリアの身体を軽々と受け止めたジークフリードの手には、いつ抜いたのか、長剣が握られていた。

 長剣が一閃。甲高い金属音とカランと乾いた音。

 足先にコツリと当たるソレ。見下ろせば、折れた矢が二本に分かれて転がっていた。


『ええっ⁉︎』


 二人の背後から迫り来ていた矢を、ジークフリードが剣の一振りで叩き落としたのだと分かった瞬間、アーリアの心臓は急にドッと激しく動き始めた。矢が自分を狙っていたなど、全く、気づかなかったのだ。

 首を巡らせば、東門の出口からも複数の男たちが迫り来ており、その内の数人が出口を封鎖するように塞いでいる。先回りして待ち構えていたのだろう。

 男たちは全員二十歳そこそこの若者だ。皆が皆、貴族の装いを纏っている。

 若者たちはアーリアたちを逃すまいと、前後に立ち塞がった。その手には剣や弓などの武器。ジークフリードに対しては嘲りを、アーリアに対しては憐みを隠すことなく向けてくる。


「おい貴様、その娘をこちらへ渡せ!」

「断る」


 レイピアをチラつかせた若者の一人がジークフリードへと声を掛けた。長身の細面の顔をした青年だ。その表情は明らかに二人を見下している。態度には、如何にも他人に命令し慣れた感じが見て取れた。


「失せろ。刃向かえば斬る」


 ジークフリードはゆっくりと切っ先を男に向けた。

 刀身の波紋が怪しい光湛え始めた。ジークフリードの魔力を受けて紅い輝きを帯びたのだ。


「我々は貴族だ、平民風情が刃向かうつもりか⁉︎」

「関係ない」

「オイオイ、物騒なモノは仕舞ってくれ。その娘を俺たちに引き渡してくれたなら、お前には一生遊べるだけの金を渡そうじゃないか。な、悪い話じゃないだろう?」

「……もしこの娘を渡したら、お前たちはこの娘をどうする?」

「悪いが娘には死んでもらう。それが我々に与えられた命令なんでな。あの方は、その娘が生きていると不都合なんだとさっ!」

「そうか……」


 ジークフリードは溜息を一つ吐くと突如膝を折り、アーリアを荷物のように担ぎ上げた。


『きゃっ!』

「アーリア、すまないな……」

『え……?』

「交渉は決裂だ。ーー強行突破する」


 ジークフリードはアーリアにだけ聞こえる声で呟くと、アーリアを左腕で抱えたまま右手に持つ長剣を振り上げつつ男たちの間に割って入った。

 先ずはいの一番に話しかけて来た若者目掛けて間合いを詰め、無言で剣を振り下ろす。

 響き渡る悲鳴。飛び散る血の飛沫。血飛沫はジークフリードとアーリアのマントに染みを作った。

 ジークフリードはその勢いのまま、近くにいた若者たちを同時に二人切りつけた。そのままジークフリードは武器を持っている者もそうでない者も分け隔てなく、容赦なく切り捨てていく。


『っーー!』


 アーリアはその光景に身体が一瞬強張った。その理由は切り捨てられていく男たちでも、男たちの返り血でもない。不意にジークフリードの謝罪の理由を理解したからだ。

 ジークフリードはアーリアの前で殺人を犯したくなかった。だから事前に一言謝ったのだ。その事にアーリアは胸が押しつぶされそうになった。自分こそジークフリードに謝るべきだと。

 男たちの狙いはアーリアであり、寧ろジークフリードには関係がなかった。その無関係な彼に殺人を犯させている自分に嫌悪した。だからこそ、この殺人の罪は自分の責任として、記憶に留めるべきだと自身に課した。


 ー目を逸らしちゃ、ダメー


 ジークフリードはその場にいる者、総てを敵と位置づけ、無慈悲に切り捨てていく。相手が武器を手にしていなくても関係なく剣を振るう。そこに罪悪感などカケラもなかった。男たちはアーリアを「殺す」と言った。明確な殺意を持っていた。そもそも、殺意を持って向かってくる相手に慈悲などない。『殺す』という事は『殺される』覚悟が伴わなければならないのだから。

 武器を持つという事は、相手を死に至らしめる場合があるということだ。

 ジークフリードは騎士として武器を扱う者となったその時に『覚悟』を持った。騎士として、この国の民として、王を、国を守るという事は確固たる覚悟と忠誠心が必要だ。守りたい者を守る為に必要ならば、向かってくる敵を殺すことに躊躇などしてはならない。一瞬の躊躇で守りたい者が守れないなど、あってはならないからだ。

 ジークフリードがアーリアに謝ったのは、敵を殺すことに対してではない。この様な無残な現場を見せたくなかったからだ。決して敵を殺したくなかったからではなかった。


「しっかり掴まっていろ」


 ジークフリードが敵を粗方排除すると、アーリアを抱えたまま東門へと走る。既に追ってこようとする者はいなかった。

 この場から早く離脱しなければ、有らぬ疑いをかけられるだろう。自治領の兵士に拘束された末に尋問などされている時間はない。尋問され素直に話したところで話を理解される事などないのだ。手を掛けた男たちは、自分たちを『貴族』だと名乗ったのだから。


「……これだから、特権階級ってやつは面倒だな」

『ジークさん?』

「いや、何でもない」


 ジークフリードはアーリアを抱えたまま東門の扉をようやく潜った。

 突如、上空から無数の光の矢が降り注ぐ。アーリアは上空からの魔力に反応して、担がれていた体制から身を起こし、ジークフリードの頭を庇った。炎の矢はアーリアに接触する寸前に魔宝具による結界に阻まれて霧散した。


「ーー! アーリア、無茶は……」

『ジークさん、門の上に……』

「新手か……?」


 アーリアはジークフリードの頭から身を起こすと、東門の上部を指差した。ジークフリードは門の上にある人影をチラリと見ると、森に向かって走り出した。


『っえ……?』

「無視だ無視!構っている時間はない!」


 ジークフリードは新手の敵を無視する事に決めた。魔術の使える敵が降りて来るまで待つ理由がない。子どものヒーローごっこじゃないのだ。今は形振り構わず『逃げる』一択だ。

 だが、このジークフリードの思惑は外れた。ジークフリードは全力で走っているのに、後ろから気配がーー殺気が近づいてくるのだ。しかも、そうしている間にも、森の入り口から二つの影が飛び出してきた。


「ーーおっと、ここから先は有料だ」


 一人はガタイの良い男。手にはバスターソードを構えている。もう一人は弓矢を持つ中肉中背の男。そして背後からは眼鏡をかけた背の高い男。三人とも二十代半くらいの歳に見える。先ほど東門で囲まれた男たちは皆上等な身なりをしていたが、こちらの三人の雰囲気は異なる。三人三様に戦える服装ーー戦士の装いをしているのだ。身に纏う空気も違って見えた。


「よお、色男。この前の借りを返させてもらうぜ?」


 言うなりガタイの良い男が剣を振り上げて迫ってくる。ジークフリードはその剣を避けて向かいくる矢を叩き落とした。

 背後からは魔術の気配。アーリアはジークフリードの肩越しにが手を伸ばすと魔宝具の結界が形成され、降り注ぐ氷の礫を弾いた。


「ぐ……」


 ジークフリードが呻く。


「ハッ!傍がガラ空きだぜ?」


 ガタイの良い男の切っ先がジークフリードの脛を浅く切る。致命傷ではないが無視できない痛みがあるのだろう。その隙を突いて鋭く唸る矢が飛び来る。ジークフリードは避けようとして体勢を崩した。


『ジークさん!』


 アーリアはジークフリードの腕から転げ落ち、地面に転がる。急いで起き上がるが、目の前にはガタイの良い男と眼鏡をかけた男が迫り来ていた。

 アーリアはポーチから急いで小さな赤い宝玉を取り出す。以前にも使った事がある宝玉それは、弾けると周囲に赤い霧が発生する仕様で、その霧を吸うと涙と鼻水が止まらなくなるという代物だ。アーリアが以前、女性の痴漢対策として作った魔宝具だった。

 アーリアはそれに魔力をほんの少し込めると男たちに向かって転がした。程なく、パチンと魔宝具が弾けて赤い霧が発生する。がーー


「同じ手には食わねーよ!」

『え⁉︎』


 ガタイの良い男と眼鏡をかけた男がそれを軽く避けて、アーリアの前へと進み出る。手のバスターソードは月明かりを浴びて鈍い光を放っている。無情にも、命乞いも許さず男はアーリアに向けて剣を振り下ろした。


「アーリア!」


 ジークフリードの悲鳴じみた声がアーリアの耳に届く。アーリアは振り下ろされる剣が避けきれないものと悟り、思わず目を閉じた。しかし、予想された衝撃はなくーー


 ーヴァンー


 魔宝具による結界がその刃を受け止めた。


「チッ!やっぱりかってぇな」

「どいてなさい。《氷の矢》!」


 眼鏡をかけた青年の魔術がアーリアを襲うが、また結界に阻まれて霧散した。


「……確かに硬いですね。ならば、こういうのはどうです?」


 そう言うと眼鏡をかけた青年が魔術を編むと、その手をアーリアではなくアーリアへと駆け寄るジークフリードに向けた。

 その意味に気づいたアーリアは、驚愕から目を見開いた。背筋に悪寒が走る。全身の毛が逆立つようだ。


「《光の矢》」

『ジークさんッ!』


 ジークフリードは己の持つ長剣で《光の矢》を防ぎつつ身体を捻るが、完全には避けきる事は出来なかった。胸から肩にかけて熱線が疾る。瞬間、肩から強烈な痛みが発した。強い痛みが全身を突き抜け、その痛みに身体が支えられず、その場に膝をついた。長剣を支えに身体を倒さないように踏ん張るが、その度、肩からは大量の血が流れ出した。


『ジークさんっ!』


 アーリアはジークフリードに駆け寄ると庇うように三人の男へと立ちはだかる。その背中にジークフリードは倒れこむ様にもたれ掛かってきた。重さに振り返る。大きな肢体が地面へと崩れ落ちる。足元に広がる赤黒い液体。時が止まったかのように感じた。


『ジークさん‼︎』


 頭の中が真っ白になったまま、アーリアは無意識のまま蹲み込むとジークフリードの身体を起こそうとした。たが、重量のある成人男性の身体を持ち上げる事は叶わず、ただ、血に染まる両手の平に声にならない声を挙げた。


「案外あっけないな」

「こりゃ死んだか?」

「それなら好都合です。我々の目的はその女ーー魔女の奪取。それのみですから」


 三人の男たちがアーリアを囲むようにゆっくりと近づいてくるが、アーリアにはそんな三人の言葉は耳に入ってこない。ただただ、恐怖、絶望、後悔……様々な感情が嵐の様にアーリアの心を掻き乱す。


『イヤ……ダメ……ジークさんが死んじゃう……ヤメテ……助けて……』


 願って叶うなら、誰も不幸にはならない。


『ーーーーーーーー‼︎』


 声にならない悲鳴。絶叫。アーリアの頭の中で何かがガチャンと壊れる音が響いた。そしてアーリアの身体から膨大な魔力が溢れ出した。魔力は激しい風となって唸り、嵐となって周囲に吹き荒れた。



 ※※※※※※※※※※



「……師匠」

「ああ、解っている」


 弟子その1は、窓から夜空を彩る星々と暖かな光を放つ月を眺めている師匠へと声をかけた。

 師匠は何もかも理解しているようだった。その声には焦りも憤りも怒りもない。あるのはただ一つ。それは『慈愛』。


「準備は?」

「出来てるっす」


 師匠は弟子その1の言葉に頷き一つで返すと、白いローブを翻した。


「《転移》」



お読みいただきありがとうございます!

ブクマ登録ありがとうございます!

読んでくださる皆さんが、私の心の励みとなっています。


ジークフリードとアーリアのピンチに師匠は?

師匠が素直に助けてくれるとは思えませんね。

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