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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と狂気の王子(上)
329/500

※裏舞台7※リュゼとカイト

side:Sistina



「ーーお前って姫さんのどんなトコが好きなワケ?」


 アーリア救出の為にエステル帝国を訪れたリュゼ。騎士の師匠カイトより熱烈な歓迎(意訳)を受けたリュゼは、その晩、カイトと酒を酌み交わしていた。

 既に何本もの空ボトルが床に転がり、ザルのリュゼでもほんのりと酔い初めた時だった。以前からリュゼのアーリアに対しての恋心を知っていたカイトは、面白半分、そして興味半分で質問した。したらば意外や意外、普段ならばノラリクラリと躱されそうなその手の問いに、リュゼは真顔でこう答えてきた。


「顔」

「身も蓋もねぇな」

「んじゃ、性格」

「ザックリすぎねぇか?」


 カイトはリュゼからの返答にダメ出しをした。するとリュゼはムッと口を尖らせ、今度は吟遊詩人のような語り口でアーリアを賛美する言葉を吐き出した。


 〝肌は白雪。髪は清水のように滑らか。朝露に濡れた薔薇の唇。触れた箇所から溶けそうなほど柔らかな肌……〟


「ハイハーイ、ストップ」

「……なんだよ?」

「俺はそんなんじゃなくて、お前の『素直な気持ち』が知りたいワケよ」

「ワガママだなぁ?そんなん聞いたって、なんも面白くないでしょ?」

「んなコトねぇって」


 実は酔ってんのか?コイツ。そう思ったカイトだったが、これは丁度良いとばかりにリュゼの想いを聞き出す事にした。

 アーリアはカイトの主君ーー皇太子ユークリウス殿下の妃候補。偽装工作の一環として一度は婚約まで為った女性だ。今もその偽装工作は継続中であり、カイトとしてはアーリアが平民出身だとしても何ら問題はなく、本当に皇太子の下へ嫁いで来てくれても一向に構わないとまで考えていた。と云うのも、元来、次期皇帝の妃が一人だけで済むワケがないからだ。帝国の存続と発展の為、血筋を残す事は必須事項。今後、次期皇帝たるユークリウス殿下には複数の妃が充てがわれるだろう。正妃を初め側妃を娶る事になるユークリウス殿下の下に魔女アーリア一人が加わったところで問題はない。しかも、皇太子殿下の心がアーリアに向いていると知っている忠実な臣下からすれば、皇太子のワガママを一つ叶えるくらいバチは当たらないとも考えていたのだ。

 しかし、それは皇太子ユークリウスサイドの心情であって、魔女アーリアサイドの心情ではない。心を寄せる女性を側に置く事ができる皇太子ユークリウスは幸せだろう。しかし、大勢の妃の中に放り込まれるハメになる魔女アーリアには、決して幸せとは言えない現実が待ち構えている。しかも、アーリアの気持ちが皇太子殿下に向いていない以上、カイトとしては無責任な言葉を口にする訳にはいかなかった。


 ーリュゼの気持ちもあるしなぁ……ー


 リュゼはアーリアを主君あるじとしてのみならず、愛すべき他者としても好意を寄せている。リュゼの想いに気づかずにいるのは当の魔女だけなのだ。


 ー何とか報われると良いがなー


 カイトはリュゼを弟子のように可愛がっていた。

 アーリアと共にエステル帝国へと流されて来たリュゼ。当初のリュゼは『護衛騎士』とは名ばかりの騎士モドキだった。騎士と名乗るにはお粗末な所作、剣術、知識、そして主君あるじへの忠誠心。『騎士道精神を完璧にマスターしろ』と迄は言わないが、騎士としてそれなりに行動できなければ、本人よりも守るべき主君あるじに恥をかかせる事になる。

 その為、アーリアを『システィナの姫』となるべく教育が施された時、同様にリュゼも『護衛騎士』になるべく教育が施されたのだ。その時リュゼにつけられた教官がカイトだった。

 リュゼは当初カイトが思っていたよりもずっと努力家で、教官カイトからのどんな教えにも全て『はい』と応えた。どれほどキツイ訓練であっても弱音一つ吐かずに耐えたリュゼに、カイトは教官として、唯一のあるじを持つ騎士として、応えてやりたいと考えた。そしてリュゼは、そのカイトの期待に応えるように『護衛騎士』としてメキメキと成長を遂げていったのだ。


 ーリュゼには幸せになってほしいってもんだー


 元来からの騎士ではないリュゼはアーリアと同様、平民の出。爵位や権力を持たない二人が貴族社会に溶け込む事は困難だ。それは当初ハナから分かり切った事だった。それでも二人は自分たちの未来の為に互いを叱咤激励し、支え合いながら困難に立ち向かっていった。そして現在イマもリュゼはアーリアの為に、そして自分の為に、アーリアを助けに行こうとしている。


 ー助けになってやりてぇー


 実の所、カイトは主君の恋心より、弟子の恋心を応援したいと考えていたのだ。


「ーーで、どーなんさ?」


 ートクトクトクトク……ー


 カイトはワインボトルを素手で掴むと、桐子細工の施された硝子の器に並々と酒を注ぐ。濃縮された蜜のような紅い液体。それをリュゼは一気に仰ぐと、ほんのりと赤くなった頬を緩めながら語り始めた。

 しかし、後にカイトは自分の行動を呪う事になるなど、この時には想像だにしていなかった。


「……ちょーっと悪戯するだけで白くて小さな顔が真っ赤に染まっちゃうワケよ。それがめちゃくちゃ可愛いのなんのって」

「ふぅーん……で?」

「手なんかこぉ〜んなに小さいワケよ。握力あんの?って感じ。瓶の蓋もろくに開けられないんだよ〜」

「確かに小さいかったな……」

「それに、あの雪みたいな髪がふわふわしてて触り心地最高!触り心地と云えばあの小さな身体全部そーなんだケドさ。どこもかしこも綿飴みたいに柔らかくって、触っただけで溶けちゃいそうなんだよねぇ……」

「お前、そりゃセクハラだろ?」

「あのクルクル変わる表情はどれだけ見てても飽きないんだよ。公的行事ん時も本人は真剣そのものなんだけど、全然そーは見えないワケよ」

「舐められやすいんじゃねぇか、ソレ?」

「普段、ふわふわしてるモンだから、怒った時とのギャップがすごいのなんのって。キレるとめちゃくちゃ怖いからね、アーリアは。あんの容赦ない鉄槌!痺れるわ〜〜」

「分かる!良いよなぁ、キレてる時の姫さん……!」

「それに、魔術オタクはダテじゃないね〜〜僕も知らない魔術バンバン使うワケよ。しかもサラーっと。何事もないよってフリして。青竜殺った時はすんごかったなぁ〜〜」

「雪山んときだろ?アレはオレも衝撃だった。一撃粉砕って感じでさッ!」

「あの顔で現実主義者だよ?銭にならないコトはしないって言いきってる。そこがまた良いんだよねぇ。ムダなコトはムダだってスッパリ切れる女って、そーはいないデショ?」

「帝国からも給料しっかり貰って帰ったってホントなのな?」

「その割に抜けてんの。押しには弱い弱い。んで、押し負けて結局は承諾しちゃうワケよ。その後、トボトボ歩いてる時のアーリアの顔がまた可愛くてさっ。抱き締めてあげたくなるんだよねぇ……」


 語り始めたリュゼは冗舌そのもの。弾丸のようにペラペラと話すリュゼは水を得た魚のようだった。顔には何時もの軽薄な笑み以上にニヤついていて、目はトロトロに溶けていた。


 ーベタ惚れじゃん。コイツー


 アーリアの喜怒哀楽、その全ての感情、全ての表情がリュゼのドストライク。どんなアーリアもリュゼにかかれば可愛く写ってしまう色眼鏡が標準装備されている。


 ーこりゃダメだわー


 会話が成り立っているようで成り立っていない。これまで見たことないようなイイ笑顔のリュゼに、カイトは白旗を挙げた。


「すまん。俺、もうお腹いっぱいだわ」

「なんだよ。カイトが聞いてきたんだろ?最後まで聞きなよ!」

「軽い気持ちで尋ねた俺がバカだった。お前の姫さんへの執着心、ハンパなかったわ!」

「うるせぇ!なら、初めから聞くなっての!」


 両手を机について額が丸卓テーブルの上につくほど頭を下げるカイトに、リュゼはブーブーと文句を垂れた。そして、暫くの間、カイトはリュゼの文句を聞いた後、ふと頭の中を過った疑問を敢えて口にしてみた。


「……お前、姫さんに『もしも』の事が起きたらどーすんの?」


 すると、リュゼはニッコリと唇を弧にしてこう答えた。


「元凶を殺して僕も死ぬよ」


 ーやっぱりそうなるわな……ー


 アーリアのいない世界で生きていたって仕方がないからね、と続いたリュゼの言葉にカイトは深々と息を吐いた。

 リュゼのアーリアへの依存は病人のソレだ。カイトはリュゼの生い立ちまでは聞かされていなかったが、普段から笑みで本心を隠しているリュゼの心の奥底には深い闇が蟠を巻いており、決して半端な気持ちで踏み込んではいけないと感じていた。


「アーリアはね、ああ見えて鋼の精神力を持ってる。誰にも屈しない強いココロを。でも、ある一点を突いたら脆く壊れてしまうんだ」


 最初にリュゼが詠んだ詩には続きがあった。


 〝肌は白雪。髪は清水のように滑らか。朝露に濡れた薔薇の唇。触れた箇所から溶けそうなほど柔らかな肌……しかしその精神ココロは鋼。強き意志は魔導士としての矜恃。魔宝具職人マギクラフトとしての誇り。不安定な生から人間ヒトへの強い憧れを持つ孤独な魔女姫……〟


「だから側にいてあげなきゃなんない。放っておいたら雪みたいに溶けちゃうからさ……」

「……そうか。なら、早く迎えに行ってやらにゃいかんな?」


 カイトは赤い顔して丸卓テーブルに突っ伏したリュゼの頭にそっと手を置いた。


「あんま、無理すんなよ?お前が倒れたら元も子もないだろ?」


 きっと、リュゼが倒れる事などアーリアは望んでいまい。リュゼを生かす為だけに自ら敵の手に下ったアーリア。カイトはその事実を聞いた時、アーリアもまたリュゼの事を唯一にしているのだと確信した。


「似合いだよ、お前ら」


 不安定なピースを合わせるように支え合う主従、互いに互いを唯一だと定めた主従に、カイトは何とも言えない気分を抱いた。そして、つくえに頬をつけたまま愛しい魔女の名を譫言うわごととして呟くリュゼの、その猫毛のように柔らかな髪を一撫でする。


「気をつけて行ってこいよ、リュゼ」


 ーー魔女姫ヒメのピンチを救うのは騎士ナイトの務めだと相場は決まっているんだからな?


 そうして翌朝、カイトはリュゼたちシスティナの工作員一向を見送った。



お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、とても嬉しいです!励みになります(=´∀`)人(´∀`=)


小話3『リュゼとカイト』をお送りしました。

リュゼを『年の離れた弟』のように可愛がっているカイト。彼は皇太子殿下の騎士として忠義を持って仕える一方で、他国のリュゼとアーリアの置かれた状況や立場をずっと慮っています。そんな彼の気持ちを少しならず受けているからこそ、リュゼもカイトの事を『頼れる兄』として見ているのかも知れませんね。


次話も是非ご覧ください!

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