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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と狂気の王子(上)
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計画的内乱2

side:Sistina

 ※(ナイル視点)


「ようこそ!君たちが巷で話題の商人兄弟だね?」


 目の前で爽やかな笑みを浮かべる壮年紳士。紳士の装いから貴族だという事が見て取れる。サッと差し出された手を反射的に握り返せば、すぐさま彼が軍人である事を判じた。身のこなし、立ち居振る舞い、筋肉、厚い掌ーー長剣を振るう者特有のマメがその証拠だ。

 私が相手を瞬時に判じたように、相手も私をただの商人だとは思わなかったに違いない。だが、相手はこの場でその疑問を口に出すような愚者ではなかった。


「お初にお目にかかります、シュティームル伯爵。わたくしはナイル・リグレッドと申します。こちらは義弟おとうとのリュゼです」

「リュゼと申します。お招き頂き、有難く存じます」


 社交辞令的な笑みを浮かべると、壮年紳士ーーシュティームル伯爵に向けて儀礼的な挨拶をする。リュゼ殿は私の一歩後ろに下がった場所からシュティームル伯爵に向けて頭を下げた。貼り付けられた微笑が実に爽やかだ。


「ハハハ!どちらも噂にたがわぬ美男子だ!これは妻が騒ぐのも無理もない」

「滅相もございません。我々のような一介の商人に目を掛けて頂けた事、光栄の極みにございます」


 どちらからともなく手を離す。変わらず満面の笑みを浮かべたままのシュティームル伯爵。笑みで内心を隠す(すべ)をお持ちのようだ。しかし、得意先の主人との面会とあっては、商人としては頭を下げるしかない。私は営業スマイルを浮かべたまま、有体な会話を続行した。本来なら、このような会話はリュゼ殿の方が得意なのだが、我々の設定が『隣国より参った義兄弟商人』となっている手前、弟役であるリュゼ殿が兄役である私を差し置いて話す訳にもいかない。


「お陰様で、奥様には御贔屓にして頂いております」

「ハハッ!君は商人にしては腰が低い。君たちが扱う商品は品質が高いと、この界隈では有名だ。今ではシスティナ産の真珠の装飾品アクセサリーが東側社交界一番の流行だよ」

「有難い次第で御座います」


 それもこれもリュゼ殿の商才のおかげだ。騎士一辺倒の私には商売のイロハなど分かる筈もなく、当初などは商人に身を窶した情報収集の任であるにも関わらず、どれ程の情報を集められるものかと不安を感じていた程だった。


「このような場所での立話はよそう。奥で我があるじがお待ちになっておられる」


 シュティームル伯爵は我々を見定めるように幾度となく頷かれると、屋敷の奥へと我々二人を誘った。


 この屋敷へ来たのは商売をする為ではない。情報を得る為だ。

 エステル帝国との国境ーー北の国境からライザタニア入りを果たし、王都のある中央都市へ向かい南下しながら情報を集めていた我々は、この街の領主を務めるシュティームル伯爵の奥方を始め、ご令嬢、ご友人方を中心に商売を行なっていた。

 我々が工作員スパイとしてライザタニアに侵入するにあたり、商人の偽装をとるように本国より指示を受けたのだが、その為に用意された物はシスティナを始めドーア、エステル、エストニアなど近隣諸国の上質な品ばかりであった。どうやら、当初より我々が情報収集にあたりターゲットとすべきは『王侯貴族』と絞られていたようだ。

 宝石、絹、薬、酒……一般市民でも一部の裕福層にしか手に届かない商品の数々。それを一目見た時、リュゼ殿は本国から示された意図に素早く気づかれた。


『これ、完璧に貴族層を狙えってコトだよね?』


 ーーと。私は恥ずかしながら、リュゼ殿に言われて初めて、本国からの命令に隠された意図がある事を気づくに至った。


『ルイスさん、まぁ〜た誰かと揉めてるのかな?』


 ポリポリと頭を掻きながら呟くリュゼ殿。その呟きに本国ーーシスティナも一枚岩とは限らない事を悟らざるを得なかった。

 考えれてみれば分かる事なのだが、我々『システィナの騎士』が敵国ライザタニアへ侵入を果たす事は、多量の危険性を孕む行為だ。それに『否』を示す貴族官僚も少なくはないだろう。我々が敵国の捕虜になれば、少なからず情報漏洩の可能性があるのだから。

 いくら『ライザタニアの国内情勢調査』の名目であろうと、私のような一介の騎士に工作員スパイの真似事をさせるほど、システィナには人材がいない訳ではない。間諜スパイに特化した専門の者たちを使う方が安全性が高く、また、正確な情勢が掴む事ができるだろう。それでも私がーーいや、我々がライザタニアに送られるに至った理由。それは単純に、『東の塔の魔女』との関わりが深かったからに他ならない。


『しかし、我々はウィリアム殿下より『魔女を救え』との御命令を頂戴した。いくら何でも、殿下のご意向に背く者など……』

『うん、ふつーは居ないでしょうね。でも、『東の塔』が襲撃者に襲われたのは、ライザタニアの思惑だけじゃないよね、きっと』

『それ、は……』


 ーシスティナ内部にライザタニアの襲撃者を支援する貴族ものがいるー


 暗にそう言われた私は、無意識に現実を直視する事を避けた。すると、リュゼ殿はいつもの笑みを消して私の目をスッと見つめてきた。


『ナイル先輩。現実は想像よりもずっと酷いもんですって』


 リュゼ殿からの視線ーーその琥珀色の瞳は冷たい光を宿していた。その時、私は不覚にもリュゼ殿の瞳に釘付けにされてしまった。


『第一、『魔女を救え』って言葉も、取り方によっては色んな意味合いがありますよね……?』

『……?』

『先輩は気づかないフリをしてる?それとも気付きたくないのかな……?』


 ヒヤリと首筋に寒気が疾る。リュゼ殿の身に纏う空気が冷え込んでいく。同時に私の背にゾクリと冷たいモノが疾り抜けた。


『アーリアが囚われて半月余り。彼女がライザタニアでどのような扱いを受けているのか分からない。もしかしたら、もう、この世の人じゃーー……』

『それは無いッ!彼らはアーリア様を生きたまま拉致する事に固執していた!ならば、アーリア様を簡単に死なせる事など無い筈だ!』

『うん、僕もそう思う。でも、アーリアは『敵国の魔女』なんだよ。ライザタニアにとっちゃ仇敵でしかない。そんな彼女が五体満足で平穏無事な生活を送っているとは思えない』


 ギリリと手を握り込んだ。爪が皮膚を突き破る感触がするが構いはしない。


『それにもし、アーリアが敵のに堕ちていたら……?彼女の持つ魔術の知識が敵の手に落ちていたら?』

『それは……!?』

『そう。彼女自身がシスティナの脅威と成り得るんだ』


 アーリア様の魔導士としての資質は非常に高い。等級9を保持する魔導士など、システィナでも滅多に誕生しない。彼女が古くから魔導に精通した血筋の貴族なら理解もできよう。だが、彼女は一般市民。血筋だよりの貴族ではなく、地から発生した生粋の魔導士なのだ。それこそ、システィナ国内でも彼女を取り込もうとする貴族ものは少なくなかったはず。だからこそ、王太子殿下と宰相閣下という大物が後見についたのだと考えられた。

 アーリア様の技術が他国に漏洩する。それこそ、システィナが恐れている事ではないのか。ならば、『魔女を救え』という言葉の真意は……!?


『そうだよ、先輩。システィナはアーリアを『始末しろ』と言っているんだ』

『ーーーー‼︎』


 私はリュゼ殿の言葉に驚愕を表した。一方、リュゼ殿は腰に手を当てると私から目を晒し、フゥと溜息を吐かれた。その横顔には焦燥感。


 ーリュゼ殿も本当は楽観視したいに違いないー


 そのように見て取れた。リュゼ殿ほどアーリア様を大切に守護なさってきた騎士はいない。情けないことに、現実、『塔の魔女』を守る『塔の騎士団』と云えど、アーリア様に忠誠を誓っていた者ばかりではないのだろう。中には職業騎士として『仕事』と割り切っている騎士もいるだろう。

 その中、唯一の『専属護衛』として終始側に居られたリュゼ殿だけが、アーリア様の『唯一の騎士』なのだ。

 リュゼ殿が今の状況、本国の情勢、敵国の状態、その全てに焦燥感を覚えるのは当たり前だ。どれ一つとっても『アーリア様の生命』を左右しかねないのだから。


『僕もこんなネガティブなコト、言いたくて言ってる訳じゃないよ』


 リュゼ殿は僅かに瞳を伏せて静かに独白していく。


『宰相サマ、そして王太子殿下にしても……彼らの敵は隣国ライザタニアだけじゃない。すぐ側にも潜んでいるんだ。彼らがアーリアの事を大切に思ってくれているのは知ってる。けど、だからこそ、迂闊にアーリアの『味方』を公言する訳にはいかないんじゃないかな……?』


 『魔女を救え』とは、『囚われた魔女を救い出せ』と云う意味と、『魔女が敵の手に堕ちていたなら始末をつけろ』との二つの意味があり、しかも、この場合の『始末』とは『確実に息の根を止めろ』との意味合いが強い。情報のみで魔女の『死』を確認するのではなく、己が目で確認せよとのお達しなのだ。そうする事こそ、真の意味でアーリア様の『尊厳を守る』=『魔女を救う』事になるのだと……。

 このような命令を出した殿下の心中をお察しし、私は胸が締め付けられる思いであった。


『けどね。僕はアーリアを『救う』つもりだよ。たとえそれが、『国のため』にならないとしてもーー……』


 ふっと儚げな微笑を浮かべたリュゼ殿の顔が、今でも時折、脳裏によぎる。同時に、『もしも』の時が来た時、自分はどのような行動取るのだろうか。


『システィナに忠誠を誓った騎士として』の行動。

『アーリア様に忠誠を誓った騎士として』の行動。


 浮かぶのはあの時のアーリア様の笑顔。嗚呼、貴方のその笑顔を守れるのなら、私はーー…………



 ※※※



 シュティームル伯爵の案内を受け、屋敷の奥まった場所へと足を踏み入れた。貴族の屋敷には珍しくもない奥宮ーー安全性を考えて隠し通路や敵を迎撃する設備の整えられた場所は、普段、外部の者には公にされない。そこへ一介の商人如きが足を踏み入れる事。これこそが異例であると云えた。


『『正体を知られている』と考えて良いだろうな』

『だね。僕たちを通じてシスティナとの繋ぎを取ろうとしているんじゃないかな?』


 隣を歩くリュゼ殿と《念話》の魔宝具マジックアイテムを使い会話を交わす。頭で考えた事を相手の頭に直接伝える《念話》。能力スキルとして使用できる者もいると聞く。これは実に便利な道具であり、口にも顔にも出さずに会話が行えるので、この旅では大変重宝している。


『誰が出てくるんだろう?』

『そうだな……ここまで厳重な警備が布かれているとなれば……』

『ここはやっぱり『大物の登場!』ってやつかな?』

『おそらくは……』


 リュゼ殿の言葉は至ってラフだ。私の方もリュゼ殿相手に砕けた口調になっていた。この旅の序盤からリュゼ殿の提案を受け、言葉遣いを変えていた。


『僕らって義兄弟キョーダイ設定でしょ?なら、兄が弟に敬語ってオカシイと思うな。それに元々、僕の方が年下だし』


 そう言われてしまえばにべもなく、私はリュゼ殿ーーいや、リュゼからの提案をすんなりと受け入れた。たまに癖で敬語が出る時もあるが、追々、慣れてくるだろう。

 そもそも、上官でも年上でもないリュゼ殿に対して敬語を使っていたのは、『塔の魔女の専属護衛』という彼の立場を慮っての事だ。

 『専属護衛』というのは『塔の魔女』からの全幅の信頼を得ていなければつく事の出来ない要職であり、信頼があるからと言って誰でもなれる訳でもない職だ。しかも、任命権は宰相府長官にしかない。軍務省に籍を置きながら軍務省とは隔絶された職業であるのは、軍務が政権を離れて暴走する時の事を考えてのことだろう。勿論、そのような惨事を起こさない為に貴族官吏がいるのだが、それでも、軍隊という目に見えて強大な力を持つ武力集団が暴走した例は後を絶たない。加えて、第一に優先すべきは『塔の魔女の生命』とする『専属護衛』の特質ゆえに、軍務省管轄ではなく宰相府管轄とされた所以ゆえん。だからこそ……


 ー私は彼らに惹かれたー


 互いに支え合う主従。

 彼らのその在り方に。


『いよいよ黒幕ーーじゃなかった、高貴なお方のご登場かな?』

『リュゼ。もう少し緊張感を持てないのか?』

『緊張?してるしてる。だって、ココでとちったら、僕たちきっと蜂の巣にされちゃうよ?』

『それが分かっているなら、もう少し緊張感を持ってだな……』


 ワクワクといったたぐいの雰囲気がリュゼから伝わってきた。この《念話》というのは言葉だけでなく、相手の考えや様子、気分まで筒抜けになるのだ。回線が開いた者同士なら体調の良し悪しまで分かってしまう。

 先ほどから、リュゼからある種の期待に満ちた感情が流れてきていた。やけに明るい雰囲気に、一人緊張感を覚えていた自分が馬鹿馬鹿しく思えてくる。


『お堅いなぁ、先輩は。大丈夫だって』

『その根拠は何処から来るのか、不思議になる』

『ん~~?それはカンかな』

『カン!?』


 私は常々最悪を想定してしまい、要らぬ負担を課せられると言うのに、リュゼときたら己のカンだけでここまで楽天的になれるのだ。


『大丈夫、大丈夫。僕たちの正体を知った上でコンタクトを取ろうっていうんだ。出会った瞬間バッサリ!なんて事態コトにはならないと思うよ、たぶん』


 リュゼの言葉に頷きで肯定を示す。もし、この場で斬られる事になれば、ライザタニアとシスティナとの断絶は確固たるものになってしまう。ライザタニアがどの国とも交流を持たず自国内に留まって閉鎖的な生活をしたいのならいざ知らず、他国との交易で生活を潤そうと考えているのなら、他国ーーいや、近隣諸国との交流は不可欠だ。今、この段階でライザタニアがシスティナに手を出しても無益なだけ。何の実りもない。それどころかシスティナを始め、もれなく大国エステルとの関係も悪化するだろう。


『先ずは相手の出方を見ようか?』

『了解』


 私の出した答えにリュゼが是を応えた事で方針は決した。相変わらず表情だけは真面目なフリをしているリュゼの器用さに舌を巻きながら、己が顔にも鉄仮面を貼り付ける。


 ー漸く手に入れた機会なのだー


 そう。これはアーリア様救出の第一歩なのだ。商品を餌にライザタニアの情報を得てきた末に掴んだ機会チャンス

 どれほどの大物を吊り上げたのかは分からないが、この目で吟味する他、状況の本質を見極める事などできはしまい。


 様々な状況を想定し思案を巡らせていれば、回廊を通った先にポッカリと緑の空間が広がった。青々と茂る木々ーーそこは春の草花が咲き誇る庭園だった。中央には楼閣。楼閣の周囲をグルリと覆うように静水で満ちた泉が揺蕩う。我々がシュティームル伯爵の先導で楼閣へと続く橋に踏み入れれば、楼閣の中に人影があるのを目が捉える事ができた。

 黄緑を基調とした長衣。後ろ姿だが、長身痩躯の身体からは高貴な香が立ち昇っていた。眩い黄金色の髪が稲穂のように揺れ、次の瞬間、その人物はこちらへ向けて振り返ってこられた。天使の如く整った容姿、そこに浮かべられた朗らかな微笑が我々義兄弟を出迎えた。


「初めまして、システィナの商人たちーーいや、塔の騎士たちと云えば良いかな?」




お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価等、ありがとうございます!とても嬉しいです(*`▽´*)


『計画的内乱2』をお送りしました。

命令ことば一つとっても様々な答えに行き着く状況に困惑のナイル。自国システィナの思惑、敵国ライザタニアの思惑、そして自分自身の意志ーー……。

ナイルはシスティナの騎士として、そして一人の男として、どのような決断を下すのでしょうか?


次話『計画的内乱3』もぜひご覧ください!


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