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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と狂気の王子(上)
320/500

「手下にはなりません」2

その②※(アベル視点)



「魔女殿が牢へ投獄されました」


 キイと閉じられていた扉が開いて、サッと光が差し込んできた。蝋燭の灯りもない暗い部屋にただ一人、座って待っていた俺の背にかけられた声は、敬愛する父上のもの。柔らかな声音なのにどこか冷たい感触がある。いつも、俺たち兄妹きょうだいにベタ甘な父上の声とは少し違う声音にドキリとした。


「罪をお認めになったそうです」


 父上の言葉にぐっと掌を握り込んでいると、パタンと扉が閉じられ、また、部屋は暗闇に包まれた。カツカツと鋭い靴跡がして気配が右手側に移動する。父上はマッチを一本摩ると燭台にを灯した。


「侯爵令息と令嬢を言葉巧みに誑かし連れ出したのです。本来ならば投獄だけでは済まされません」


 じ、じじ……と蝋燭の火が揺れる。燭台の灯に父上の顔が照らされている。やっぱりいつもの柔らかな表情はそこになかった。いつになく硬い表情ーー軍務省長官としての表情がそこにあった。


「これで良かったのですか?アベル」


 俺とよく似た碧い瞳で射抜かれた。まるで俺の本心を覗き込むように。だから俺はその瞳と目を合わす事ができずにただ「はい」とだけ答えた。


「ソアラは……?」

「ソアラなら泣き疲れて眠ってしまいました」


 二つ年下の妹ソアラ。俺の可愛い妹は、俺のやる事に反対こそするけれど、結局、いつも付き合ってくれる。ソアラの言動がだんだん大人みたいに口煩くなっているのは気付いていたけど、それでも今回ばかりは自分の行動が止められなかった。それ程に興味を引かれたんだ。


「何度も何度も謝っていましたよ」

「そう、ですか……」

「『魔女様に申し訳ない』と言って……」

「っ……」


 嘘のつけない妹に怒るつもりはない。憤りもない。幼いソアラに『探検』を強要したのは俺なんだから。


「本当に、魔女殿が貴方たちを誑かしたのですか?」

「……はい」


 いつの間にか正面にまで近づいて来ていた父上。父上の鋭い視線が俺の顔に突き刺さる。まるで鋭いナイフで身体中を斬られたみたいに痛い。威圧で身体が押し潰されてしまいそうだ。

 それでも俺は口をギュッと引き絞って耐えた。ここで「違う」なんて言えば、騎士に捕らえられ、牢に入れられた魔女の想いをムダにしてしまう。彼女は俺たちの為に自ら牢に入ったのだから。


「そうですか。ならば信じましょう」


 その父上の言葉が合図になったみたいで、身体中にかかっていたプレッシャーがふっと軽くなった。俺はプハッと息を吸って、知らずのうちに止めていた息を吸った。


「そもそも、あの脳筋男が貴方たちに要らぬ事を教えた事が原因なのですから……」


 はぁと息を一つ吐いた父上は丸卓に手をつくと、俺の向かいの椅子に腰を下ろされた。父上の仰る『脳筋男』とはライハーン将軍の事だろうと推測できた。父上はライハーン将軍の事となると、しょっちゅう愚痴っておいでだからだ。それに、俺たちに『賢王の秘せる庭園』の話を聞かせてくださったのは、ライハーン将軍だった。


「アベル。君は今日一日、魔女殿と交流したのでしょう?どうでしたか?噂通りの者でしたか?」


 父上は今度は軍務省長官としてではなく父親として問い質してこられた。幾分か和らいだ表情。柔らかな瞳にほっと息を吐くと、俺は背を正して答えた。


「父上、ウワサとは、本当に怖いものですね?」


 俺たちは今日、第二王子殿下の宮に預けられた。それは、僕たちの父たる軍務省長官が常に誰かから狙われる立場にあるからだ。父上は第二王子殿下の側近。しかも、軍部における全ての責を担っておられる。

 今この国は、国内で戦争を起こしている。主に第一王子殿下と第二王子殿下が王位を争っておられるのだけど、それ以外にも争いの火種はソコカシコにある。これは二人の王子殿下の所為セイじゃなくて、それ以前からーー俺たちが生まれる前からある火種が燻り続けているのだ。

 そんな最中だから、軍部を一手に掌握する軍務省長官ちちうえを亡き者にしようと企む貴族やつが後を絶たない。しかも、貴族やつらが最初に狙うのはドコか……それは、軍務省長官のアキレス腱とも呼べる俺たち兄妹きょうだいなのだ。


 ー母上も、凶刃にお倒れになったー


 ソアラが生まれて間もない頃、母上が亡くなった。ライザタニアの闇に囚われた現王陛下の凶刃に掛かって。あの時俺はまだ三つだったけど、母上の流した血の温かさを未だに覚えている。きっと一生、忘れる事はないと思う。

 母上が凶刃にお倒れになってから、父上は変わられた。祖父を追い落として、その地位と身分を受け継がれたのだ。何故って?それは、祖父が母上が殺された原因を作ったからさ。


「アベル。どうしてそのように思ったんだい?」

ウソである事がさも真実ホントウであるように流れているからです」


 今日、俺たちが預けられた先には『ウワサ』の魔女がいた。第二王子殿下が隣国システィナから拐って来た『アルカードの魔女』が。

 魔女はライザタニアでは『悪魔国の魔女』『無慈悲なる魔女』『極悪魔女』などと呼ばれている。ライザタニアの侵攻を阻んでいる最大の障害らしい。魔女が『強力な魔術を用いて人間を丸焼きにしてしまう』や『呪詛を使って兵士をゾンビに変えてしまう』なんてホラ話を本気で信じてる国民も多い。そんな噂を信じすぎて『システィナの魔女を早く焼き殺せ!』と声高に叫ぶ狂者すらいるという。現に、俺たちの家庭教師は会った事もない魔女を悪様に言っていた。ライザタニア国民を苦しめる貧困状態が長引くのは、システィナの魔女の所為だと。


 ーでも、それってオカシイだろう?ー


 子どもの俺たちだって、オカシイと首を傾げる内容だ。ライザタニアの貧困は今に始まった事じゃない。それは歴史を見れば分かる事だろう?

 ライザタニアには主な産業がなくて、どうしても外国からの輸入に頼らなきゃならない事が多い。なのにこの国が年中戦争してばかりだから、なかなか産業が発達しない。戦争には人足が必要で、特に若くて丈夫な男が連れて行かれるものだから、国民の生活が滞っている。慢性的な人不足はここ十年二十年だけの話じゃないって話は、父上からもお聞きした。なのに、何故、魔女の所為だって言い切れるのだ?


『アベル様、ソアラ様。お初にお目にかかります。アーリアと申します。どうぞよろしくお願い致します』


 そう言って頭を下げた白髪の魔女は、俺が想像していた人物とは全く掛け離れていた。髪は噂通り真っ白だったけど、老婆のように艶のない髪じゃなかった。ツヤツヤと光る純白の髪はまるで天使の羽のように美しく、宝石みたいに輝く虹色の瞳は妖精みたいに神秘的だった。『悪魔の魔女』だと言われた魔女は、妹のお気に入りの絵本に出てくる精霊女王みたいだったのだ。

 しかも、魔女は俺たちみたいな子どもを一人前として扱ってくれた。子どもだと侮る事なんて一度もなかったのだ。


『貴女は無垢なる子どもに手など出されませんから』

『貴女は魔導士。システィナに於いて魔導士とは『確かな倫理観を持つ者』の総称でありましょう?であれば、子どもを盾に取るような卑劣な真似など、決してなさいません』


 そう言った父上の言葉を魔女は否定しなかった。だから俺は、魔女が『敵国の悪魔』だと知った上で、父上は俺たちを魔女と同じ宮に預けたのだと思った。そうだ、父上は初めからご存知だった。魔女が噂通りの者じゃないって。

 だからって、すぐにホイホイ信じたりできない。俺たちの周りは悪い大人が多い。だからこそ、俺は自分の目で見た事を重視するって決めていた。


『ーーおい、お前。シケた顔してるな?それでも敵国の魔女なのか?』


 不躾に背後から声をかけたのに、魔女はちっとも怒らなかった。読みかけの本をそっと下ろして『そうですよ』と返した。

 魔女がとても理知的な人間だって事は少し話しただけで分かった。何せ、俺に向けて忠告までしてきたのだ。


『アベル様、私のような者とは言葉を交わしてはなりませんよ。私は貴方たちの敵ーー敵国の魔女なのですから』


 なんと、魔女は俺たちの身を案じたんだ。魔女に関わる事で生まれる弊害ヘーガイを考えて。

 でも、そんな事は俺にも分かっていた。なのに、敵国の魔女に忠告されるなんて、やっぱり、なんだかオカシイだろう?だから俺は無気になって『それは俺が決める』って言ってしまった。

 ダメだと言われたら余計にソワソワするあの感覚に似てる。俺はもっと魔女の事を知りたいって思った。

 だから俺は、予め用意してきた計画を実行する事に決めた。賢王が愛した王妃の眠る墓ーー『賢王の秘する庭園』を求めて『探検』を開始したのだ。勿論、魔女を巻き込んで。


『さぁ、行くぞ!』


 隠し通路へ誘う俺に……


『ーーえ!? いやいやいや、ダメでしょう!?』


 ……と、常識人ぶった魔女が首を振ったのは、面白かったな。


『頭硬いなぁ。それでも魔女か?』

『さすがに怒られちゃいますよ!勝手に居なくなったら心配もされますでしょうし。何より、隠し通路を遊びに使うなんて……』


 まさかここまで常識的な発言をされるとは思わなくて、開始早々から俺の中の魔女像はガラガラと音を立てて崩れ去った。会う前はもっとヤバイ発想の持ち主だと思っていた。それなのに、首と手をブンブン振り回して拒絶する魔女にはある意味ガックリきた。ホント、もう、ノリが悪すぎて。だから俺は早々から最終手段に出た。


『大丈夫だ。俺たちは魔女に『唆された』んだから』


 フフンと鼻を鳴らして魔女を指させば、魔女は『はぁ!?』と抗議の声。


『魔女から隠し通路の話を聞いた俺たちは子ども特有の好奇心を発揮し、促されるままに隠し通路を発見。しかし、良識を思い出した俺たちが魔女に許否感を示すも、あの手この手と絆され、ついには通路へと足を踏み入れる……』

『ちょちょちょっと待って!何ですか、そのストーリーは。止めましょう!怪我でもしたらどうします?きっと、お父様も心配されますよ』

『それじゃ、俺たちだけでも行くけど良いのか?この場合、『魔女に脅された上、身の危険を察知してやむなく通路へ隠れた』ってストーリーになるけど?』

『ひぃっーー!?』


 どう転んでも悪者となる仕組み。それが分かった時の魔女の狼狽具合は見ていて楽しかった。オロオロと目を白黒させて、口を開けたり閉めたりする仕草が可愛いと思ったくらいだ。年上の淑女レディなのにちっとも年上らしく思えない魔女が、俺には普通の女に見えたんだ。

 初めて見た時は理知的で理性的なイメージを持ったんだけど、実際には押しに弱くてめちゃくちゃお人好しの魔女だったのだ。だって、魔女は終始俺たち兄妹きょうだいの安否ばかり心配していて、ちっとも自分の心配はしていなかったのだから。

 その後、隠し通路をライハーン将軍に聞いた通りに進んで地上へーー庭園へと出た。途中、色んな罠があったけど、それらの解除には嫌々ついて来た魔女が手を貸してくれた。中には降り行く矢から身を呈して守ってくれた事もあった。


 ー怪我を負ってまで……ー


 そして、魔女は俺たちの為に牢に繋がれた。俺たちが犯罪者となってしまわないように……。


「信じる信じないは本人の判断に委ねられている。それが噂というものなのです」


 父上は俺の瞳をジッと見つめてこられた。だから俺も父上の瞳をジッと見つめた。


「しかし、政治の世界では流言うわさを使って策略を練る事も多い。情報操作は常套手段オハコですからね」


 父上の言葉と魔女の言葉が重なった。『アベルが好きに決めればいい。私が【極悪魔女】かどうか、それを決めるのはアベル自身だよ』、そう語った魔女の言葉と。


「父上は己の目で見て自ら判断せよと仰られた。決して、他人の言葉に惑わされるなと」

「良く覚えていましたね?」

「はい。他ならぬ父上のお言葉です。忘れる筈がありません」


 そこで区切ると、俺はもう一度背筋を正して父上に真正面から向き直った。


「ーーだから、私は自分の目で見て、耳で聴いて、心で判断します」


 決してウワサに流されてしまわないように。世間の流れに飲み込まれてしまわないように。どんな噂であっても、自分で判断していない事を鵜呑みにしたりなんて、しない。全て、自分自身で判断する。


 ー今回みたいにー


 俺の覚悟を黙って聞いてくださった父上。いつもみたいな甘々な表情とは違って、とても真剣な表情をなさっている。そんな父上が突然、詰めていた息を吐かれた。そして、丸卓越しに俺の肩に手を置くと、真剣な表情を更に硬くなされた。


「アベル、君の意志を理解しましょう。ですがッ!もう、こんな無茶はしないでください。君たちは私の宝ーーこの世で最も大切な『愛する者たち』なのですから」


 父上は母上を亡くされてから俺たち兄妹に寂しい思いをさせないように、始終、笑顔を絶やさずおいでだった。母上の分も父上がたっぷりと愛情を注いでくださった。それは、父上が俺たち兄妹を心の底から愛してらっしゃるからだ。


「ご心配をおかけしました、父上」

「ええ、ええ!心配しましたとも」

「本当にごめんなさい」

「分かれば良いのです」


 こんな事なら、最初から素直に謝れば良かった。そんな事を思ったけど、それじゃ自白と同じだ。魔女がせっかく牢にまで入ってくれたって言うのに、無駄にしてしまうじゃないか。

 大人たちにはきっと全てがバレている。それなのに大人たちが追求してこないのは、魔女が俺たちの罪を全て被ってくれたからだ。『騙された子どもたち』という被害者カテゴリーに入れてくれたからだ。でなければ今頃は父上は勿論、第二王子殿下からもキツイお叱りを受けていたはずなのだ。


「それにしても……本気なのですか?『魔女殿を手下にしたい』というのは……?」


 何故か歯に物が挟まったかのように歯切れの悪い言い方だ。心なしか父上の眉がきゅっと寄っている。だけど、この時は父上が俺の言葉にそこまで悩まされていただなんて、気づかなかった。


「はい!あの魔女を私の手下にします。そうすれば、殿下や父上の手を煩わせずとも、おかしな奴らから守ってやれるでしょう?……あいつ、めちゃくちゃ寂しそうだったから、毎日遊んでやろうと思って……!それに今回、不可抗力にも魔女に怪我をさせてしまいました。怪我が原因で嫁ぎ先がなかったら可哀想ですよね?幸い、私は侯爵家の生まれ。貴族が愛人アイジン愛妾アイショウを持つのは、そんなに可笑しなコトではありませんよね?ライハーン将軍も『女の一人や二人囲うのはアタリマエだ』と仰っていましたし……。だから、魔女に帰る先がないのならーーライザタニアに留まるなら、私が魔女を預かっても良いかと考えていたのですが……って、あれ?父上、どうなさいました??」


 気づけば、いつの間にか父上は丸卓の上に突っ伏して苦しそうに呻いておられた。握った拳をワナワナと震わせて「アイジン?アイショウ??」ナドと、ぶつぶつと何やら呟いておられる。


「どうなさいました!? 具合でも悪いのですか??」

「嗚呼、マリア。私は父親失格だ……!アベルが、私たちの愛しい息子が……ッ!」

「大丈夫ですか!? 父上、父上!!」


 俺は丸卓に顔を押し付けたまま身体を震わせる父上の為に侍従に治療士を呼びに行かせた。血相を変えてやって来た執事、侍従長、治療士に囲まれた父上は何処か上の空で「嗚呼!これが反抗期というものなのですか!?」などとワケの分からない言葉を連呼するばかりだった。




お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、本当にありがとうございます!!励みになります(*'▽'*)


「手下にはなりません」2をお送りしました。

やはりアベルはゼネンスキー侯爵の実子。彼ら親子は自分の考えが正しいと思うと、他者からの目線など気にせず突っ走るクセがあります。

そして、アベルの「アーリアを手下にしたい」発言は本気も本気。しかし、愛人や愛妾などと言ってはいますが、アベルが魔女アーリアを好きになったからとかいう意味では決してありません。その辺、アベルは実に貴族らしい発想なのです。


次話も是非ご覧ください!

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