「手下にはなりません」1
その①※(アーリア視点)
「ーーで、あの少年の手下になんの?」
ひんやりと冷たい室の中で膝を抱えて蹲っていると、突如、ぶしつけな言葉が投げかけられた。その声音はどこか自分を小馬鹿にしているような嘲笑さが含まれていて、私はムッと鼻をしかめた。
「なるワケないでしょ」
「だよねぇ?あんな子どもの手下にだなんてね……」
顔を上げれば、格子越しに見下ろす二対の瞳。一つは獣のように縦に瞳孔が開いた黄色い瞳、もう一つは優しげに目尻の下がる緑の瞳だ。闇夜に光る猫の目のように黄色い瞳をギラつかさせた青年は、鉄格子を掴むとぐっと鼻先を此方へと近づけてきた。
「でもさ、あんな子どものワガママの為に牢に入るなんて、お人好し過ぎるんじゃないの?」
「私の勝手でしょ」
「君ってさ、子ども相手にはあんなに優しいのに、俺にはちょっと厳しすぎるよね?」
「当たり前じゃない!年齢、考えてよ」
「まーそうだけどさぁ……」
「うるさい、セイ。もう黙って」
「へいへい」
王都の商家ーーその倉庫で分かれたきりの青年がそこにいた。牢屋に収監された罪人と見張りの騎士。それが今の互いの立場であり、偶々『知り合い』だっただけ。
青年ーーセイは元『東の塔の騎士団』に所属した騎士で、『東の塔の魔女』である私ともそこそこの付き合いがあった。自他共に認める女好きの彼は、システィナで浮き世を謳歌していた。その彼が実は敵国ライザタニアの特殊工作員だったと云うのだから、驚きだよね。『女の敵』が『国の敵』だったなんて。
彼ら特殊工作部隊『月影』は第二王子シュバルツェ殿下の命を受けてシスティナへ侵入し、軍事都市アルカードを混乱に陥れた挙句、システィナ国境線を守護する『東の塔の魔女』を誘拐した。魔女を殿下の元へ連行するまでがセイたちの任務だとばかり思っていたけど、あら不思議、こんな所で出会ってしまったというわけだ。
軍務省長官のご子息たちに脅されて(意訳)、探検に連れ出された先ーー賢王の秘せる庭園に彼らは現れた。最初、庭園にいるのはアリス先生だけかと思っていたのだけど、いつの間にか数人の男たちに囲まれていた。それこそが、セイを含めた月影のメンバーたちだった。
その後、私はアベルくんたちを追いかけてきた騎士によって、『軍務省長官の御子息たちを騙し誘拐した極悪人』として捕らえられた。
「セイはどうしてあんな所にいたの?」
「ヒミツ」
ニヤついた笑みを浮かべて即答したセイにイラッとしたのは仕方ないよね。
放り込まれた牢屋は政治犯用の牢じゃなくて罪人用の牢だから、石畳に簡素な寝台が置かれているだけのシンプルな造り。お尻が若干冷たいけど、罪人が文句なんて言えない。
「あ!でも、サスガだよねセイは」
「何が?」
「ほら、魔女を取り押さえた時にね、平気で殴ってきたでしょう?『侯爵令息たちを誑かした極悪人だ』って言って」
私は未だ腫れが引かない私の左頬をチョンチョンと指差した。あの時セイは本気で私に殴りかかった訳じゃないと思うけど、それでも私の頬は見事に赤く腫れ上がってしまった。殴られた拍子に転んで口の中が切れたのも、腫れがなかなか引かない原因だと思う。
「あれは君がお願いしてきたんじゃん。『罪を被りたい』って言ってさ」
「それでも普通、騎士が女性の顔を殴るって、なかなか出来両手る事じゃないよね?」
「まぁ普通の騎士なら出来ない、つーか、しない。貴族に生まれた男なら、幼い頃から『女、子どもは大切に扱うべし』って教わっているからね。擦り込まれてるとも言うけど。それに騎士だったら尚更、騎士道精神ってのが骨の髄まで刷り込まれてるから、女性に対して野蛮な事なんてできないっしょ?」
あったりまえじゃーん!とばかりにヒラヒラとを挙げるセイ。ハァ、立派な騎士服を着てるクセに何言ってるんだか。自分の事を完全に棚に上げてる。めちゃくちゃ偉そうな態度が彼らしい。
「でも、セイには出来ちゃうワケだ?」
と、ツッコミを入れれば……
「騎士道精神って、どうにも馴染めないんだよね?」
と、何食わぬ顔で返される。うん。やっぱり変だ、このヒト。でも……
「お陰で助かったよ。ありがとね、セイ」
「お礼なら、もっと形があるモノがいいなぁ〜〜」
「うわ!現金なヒト」
「例えば?」と問えば「お礼のチューとか?」と笑顔で宣うセイに私が本気でドン引きしていると、セイの隣に佇んでいたもう一人の騎士がセイの頭をボカリと殴った。
痛くもないのに頭を摩りながら「何すんの?ミケさん」と問うセイに対して、隣の騎士はツンと無視を決め込んでいる。
「いててて……てかさ、アーリアちゃん。あの時の殿下、めちゃくちゃ怖かったんだけど?今にも殺されるんじゃないかってくらい……」
ふに落ちない表情でセイはそんな事を言ってきた。セイの言葉に「そうだったかな?」と当時の状況を思い返してみる。うーん……捕らえられてからはずっと俯かされてたから、殿下の顔色なんて良く見えなかったし、どうだったか知らないかも。
「そうだよ!どうしてくれるのさ、減俸でもされたら。軍の給料って結構シビアなんだよ?」
「しーらない。セイは黒竜なんだし、霞でも食べとけば?」
「ひどっ。アーリアちゃんはホンッと俺に対してダケは冷たいよね」
半眼で見下ろしてくるセイにやっぱりイラッとしてしまう。でも、セイの減俸なんて私にはこれっぽっちも関係ないしね。それに、これだけ身勝手な男性他に見ないもの……。あ、あのも大概かも。『自分勝手が合法』って、ひょっとしたらライザタニアの国民性なのかな。そう考えると、ちょっとゾッとしちゃう。うーん、やっぱり、私には肌に合わない気がする。
「セイ相手には肩肘張らずに話せるんだよね」
「あらま。それは良いこと聞いた」
「そ?」
「うん。トクベツって感じがするーーね?ミケさん」
改めて考えてみても、ここまで他人をぞんざいに扱っているのは、セイが初めてかも。そう言う意味での『肩肘張らずに』発言なんだけど……どうも、セイは良いように受け取ったみたい。本当にポジティブで、都合の良い男だよ、セイって。
「アーリア様。この男の言葉にはお気をつけくださいね?全く信用のならない男ですから」
それまで主君に仕事を命じられたいち騎士として、任務に従事していた青年ーーミケールさんが溜め息混じりに忠告してきた。同僚セイの事を語るミケールさんの眉間にはクッキリとシワが寄っている。同僚の態度に憤っているーー見張りである騎士が捕虜と仲良くお喋りしている事だと思うーーと分かっていても、何だか、私まで居た堪れなくなってしまう。
「ミケールさん、ごめんなさい。私のワガママの所為で罪人の見張り番なんてさせてしまって……」
「お気になさらず。これも仕事のうちですから」
「でも、ミケールさんから殿下に申し出てくれたんですよね?『管理責任が果たせなかった責任を取る』って……」
「事実ですからね。まさか、あんな小さな子どもたちが画策してーー捕虜を連れだって隠し通路から逃げるだなんて、誰一人として想像しておりませんでしたからね」
「アハハ、私もです」
先ほどセイは秘密だと言っていたけど、多分、彼らは第二王子殿下周辺に潜んでいるんじゃないかな。彼らは偽装工作が得意だから、騎士や従者なんかに化けたりして……。そんは彼らの仕事には、魔女の監視も含まれていたんだと思う。
「っーー」
急にズキッと痛んだ頬にぐっと顔を顰めた。左手に持った氷嚢を頬に押し当てると、少しだけ痛みが和らいだ気がした。
「アーリア様、その頬……」
「これですか?もう随分とマシになりましたよ」
ミケールさんの表情が僅かに曇る。私は大丈夫だと言う意味を込めて笑って見せた。
頬の治療は施されていない。私が『罪人』だと周囲に理解されなきゃならなかったからね。最も信頼を置く重臣の御子息だからこそ後宮に預けられたにも関わらず、第二王子殿下と父親の両方に泥を塗ってしまったんだもの。こうでもしなきゃ、幼いアベルとソアラが罰を受けなければならなかったに違いない。多少、やり方は強引だったけど、ある意味、セイのお陰で何とか思う通りに事が運んだから良しとしなきゃ。
あの通路を歩きながら、アベルくんたちの責任をどう躱すかばかりを考えていた。でも、よくよく考えれば、私は元から捕虜だし『極悪魔女』だものね。アベルくんたちがどう言い繕っても、罪は全て敵国の魔女に還るようになっていたんだ、きっと。
「それをやった男は、心底クズだと思いますよ」
吐き捨てるミケールさんの顔には同僚に対する嫌悪感がハッキリと現れている。あ、ちょっぴり、セイが傷ついてる。
「まぁ、そのおかげでこうして無事、牢に入れて貰えたワケですし……」
「しかし、本来なら貴女が牢へ入る必要なんてなかったでしょう?」
気遣うような優しげな視線が心に滲み入る。ライザタニア人にしとくのは惜しいくらい良い人だよね、ミケールさんって。
「いいえ、これで良いの」
私は痛む頬をなんとか動かして笑みをつくると、気遣ってくれるミケールさんに向けて微笑んだ。
「これこそ『正しい在り方』だから」
そう。これこそが『敵国の魔女』を扱う上での『正しい在り方』なの。
これまで私は保護の名目で『第二王子殿下の客人』という立場に置かれていたけど、どう考えても可笑しな扱いだよね。殿下の態度も捕虜を扱うものじゃないもの。尋問(?)もあったけど、彼らは拷問によって捕虜から情報を引き出すという手段にも出なかった。そして、現在に至るまでずっと『放し飼い』状態が続いている。
敵国システィナから『塔の魔女』を攫っておきながら、何故、魔女を利用しないのだろうか?ーーそう考えたのは一度や二度じゃない。
その疑問を直接、第二王子殿下に問い質した事もあるーー我ながら大胆だと思うーーけど、彼はハハッと笑ったきり答えてくれなかった。
ー魔女を捕らえた段階で、役目は終わっているのだとしたら?ー
考え過ぎかな?いやでも、なんだかその考えがしっくりくる気がする。システィナから『塔の魔女』を拉致する事こそが目的。その後は魔女が生きている事が重要とも言わんとする『隔離』。だから、第二王子殿下は事更魔女の生命維持に目を配る。虐め、貶し、貶めても、生命だけは奪おうとしない。
「そっか……」
知らず知らずの内に口から言葉が出ていたみたい。突然黙り込んだ私を二対の異なる瞳が覗き込んでいた。
「何か仰いましたか?」
「何か言った?」
顔を覗き込むように尋ねてくる二人に「気にしないで」と首を振る。
「それにしてもさーーあの坊や、なかなか大物になると思わない?」
「アベルくんのこと?ふふふ、私もそう思う」
「でしょ?」
「うん。ライザタニアの未来は安泰だね!」
十歳だと自己申告した小さな紳士を思い出して、自然と笑いが溢れた。笑う度に頬が引き攣る。痛いけど一度笑い出したらなかなか笑い止めないから不思議。
「『俺の手下になれ!』だって……ふふふ、可愛い」
「可愛い⁇ 笑ってるけどさ、アレって告はーームグムグ!?」
「小説の中の悪代官みたいだったよね?ーーってあれ?どうしたの、セイ?それにミケールさんも」
「お気になさらず」
ミケールさんはセイを背後から羽交い締めしながら口元を手で覆い「滅多な事を言うな!」と叱責している。意味が分からず首を傾げていると、「お疲れでしょう?今夜はもうお休みになってください」との忠告を受けてしまった。確かに今日は慣れない事ばかりで疲れているのは確かだし、眠気があるのは確か。体力回復の為にも休んだ方が良いよね。
『心配するな。きっと迎えに来る。いや、案外、近くまで来てるかも知れないぞ?』
アベルから言われた言葉を反芻すると、私はトアル部隊長から受け取った黒マントに包まり、膝に顔を埋めた。もしも『その時』が来たら、私はどんな顔をして彼らに会えば良いか……ナドと考えながら、夢の中へと落ちていった。
※※※※※※※※※※
ーコツコツコツ……キィ……ー
足音に続いて鉄格子が開かれる音が耳に届く。ボソボソと交わされる会話。低い声が闇に溶け込む。徐々に気配が側まで近づいてくる。だけど、閉じた瞳は開かずら火照った身体は動きそうにない。
ーピタリー
額に張り付く髪をスルリと退け、そこにひやりと冷たいモノが当てられた。すると、暫くして「高いな」との声が落ちてきた。
「やはり熱が出たか」
「……?」
「そのまま楽にしておれ」
「やっ……」
「このワガママ娘め」
包んでいたマントごと身体が強引に引き起こされ、あっという間に持ち上げられた。すると、浮遊感から胸が圧迫され嘔吐感に襲われた。
「っ……」
「気持ち悪いのか?我慢せず吐くがよい」
顔をどこかに押し当てられ、背を優しく摩られる。芳しい香が鼻を擽る。温かな吐息が頬に落ちる。
「殴られれば熱も出よう。バカな事をしたものだ。あの様な手段に出ずとも良かったものを……」
なるべく揺らさぬように配慮されつつ、何処かへ移動させられている。ヤダ、どこに連れていくの?イヤイヤと首を振り身体を捻ろうにも、がっしりと掴まれた腕に行動を阻まれてしまう。
「暴れるでない。貴様の仕置きはもう終いだ。全く、我以外にキズなどつけられおって……」
ふわりと頬に柔らかな物が当てられた。するとジワリとそこから温かくなっていって、スウッと痛みが引いていった。
「そのまま寝ているがよい。悪戯の過ぎる子猫への躾は起きてからにするゆえ……」
きつい口調とは裏腹に優しい仕草。
「おやすみ、アーリア」
その言葉を最後に私の意識は夢におちた。
お読み頂きまして、ありがとうございます!
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「手下にはなりません」1をお送りしました。
アーリアは探検に連れ出した悪戯小僧たちの罪を被り、投獄されました。その見張りを務めるは、久々登場のセイとミケール。
セイはアーリアが素の状態を見せられる希少な人物です。きっとリュゼ相手にも、これ程の態度を見せないでしょう。
次話、「手下にはなりません!」2も是非ご覧ください(*'▽'*)




