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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と狂気の王子(上)
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「俺の手下になれ!」3

 現王アレクサンドル像のある空間を抜け、月と太陽をモチーフにしたモニュメントが立つT字路を右へと曲がった先を行けば、突然、ポッカリと開けた明るい空間へ出た。

 地下通路であるにも関わらずそこそこ広い空間で、十三本の柱が床と天井とを支えている。特質すべきは床面で、そこには水が並々と張られている事だ。水は青く透き通っているのに水中には生き物一匹いない。底までくっきりと見えるのに、どれくらい深いのか判別がつかない。浅いかも知れないし、とんでもなく深いかも知れない。アーリアは水底を覗き込みなからゾッと背筋を凍らせた。


「お兄さま、また水が……」

「またか。追跡防止用のワナか何かなのか?」

「底が見えますわ」

「プールみたいだな?」


 蹲み込んで水底を覗き込む二人の子どもの肩を、アーリアは背後から掴んだ。小さい身体が転げ落ちるのを心配したのだ。


「飛び込むのは得策じゃないですよ?それに、迂闊に触るのも……。見た目は清水ですけど、無毒かどうかは判りませんからね」


 無色透明の液体が無毒とは限らないと知るアーリアの脳内には、恐ろしい可能性が幾つも過った。


「ならば、どうやってあちら側に渡ろうか……?」


 アベルは立ち上がると回廊内をグルリと見渡した。十三本の柱には十三の神々の彫刻があり、壁面には創世神話の一幕が描かれている。しかし、どれだけ見渡しても、こちら側からあちら側へ渡る為の橋はない。


「お兄さま、見てください!このタイル、とっても可愛いらしいですわ」


 アーリアはキャッキャと上がる声に振り向けば、足元に蹲み込んだまま、床のタイルを指差すソアラの姿があった。アーリアは一歩下がると、足下に並べられた色とりどりのタイルを見た。天秤、聖杯、薔薇、刀剣、矛、弓、糸、鍬、麦、皿、匙、鏡、水瓶……掌台のタイルには様々な模様が描かれている。


「ひょっとして、このタイル……ほら、冒険小説なんかにあっただろう?押せば足場の出来る仕組みとかなんとか」

「ええ。冒険譚にはそのような場面がありましたわ」

「水が関係するならコレ、水瓶じゃないか?」

「あっ!ちょっと待っーー……」


 アーリアが止める間もなく、アベルは足下にある一つのタイルをグッと押した。すると、ガコンと鈍い音が響き、突如として壁面から数本の矢が飛び出して来た。「なんだ⁉︎」と狼狽するアベル、「キャ!」と悲鳴を上げるソアラ。アーリアは「伏せて!」と言うなり小さな二つの身体の上に覆い被さった。


 ーストトトトッー


 矢はアーリアたちの頭上を通り過ぎ、向かい側の壁に突き刺さる。


「ヒィッ⁉︎ なんとキケンなシカケだ!」

「キャア⁉︎ お兄さまっ、不用意な事はなさらないでください!」


 単純な驚きを見せるアベルにソアラはご立腹だ。頬を膨らませながら兄を嗜めている。そんな元気な様子を自分の腕の中に見たアーリアはホッと息を吐いた。


「アベル様、ソアラ様、大事ないですか?」

「ああ、すまなかった」

「私も平気ですわ。兄がすみません!」


 三人は追加で矢が降って来ない事を確認すると、その場にそろそろと立ち上がった。アーリアは二人を連れて更に五歩ほど下がると、迅る心臓の鼓動が治るのを待って話し始めた。


「水瓶は確かに水に関連がありますが、他にも関連のある物はあります。『豊穣の女神』です。ほら、コチラにある女神の像をご覧ください。彼女の手にあるのは豊穣を表す麦。豊かな大地を作るに必要なのもまた水です」


 アーリアは足下にあるタイルの中で麦が描かれた物を指差した。そして、安全を確保する為に二人を更に部屋の外まで下がらせると、一人、部屋の中へ足を踏み入れ、麦の描かれたタイルを押した。ガコンと鈍い音が再び起こる。そしてゴゴゴゴゴと何かが迫り上がる音が水中に響き始め、待つ事数分、水面に足場が出来上がった。


「へぇ……お前、案外役に立つのだな?」


 水面に迫り出して出来た足場を慎重に進み、対岸へと渡り終えたアーリアは、ホッと息をついていた。そのアーリアに向かって掛けられたアベルの言葉は、心底意外そうだった。アーリアは適当に相槌を打つと、閉じかけた唇を開けて「アベル様」と話しかけた。


「何度も言うが敬称はいらない。アベルでいい、ソアラも。俺たちに敬語を使う必要もない」

「私は捕虜ですよ?それに、立場的にも身分的にも、許されませんよ」

「俺たちは成人していない。爵位を名乗るのを許されるのは、成人してからだ」


 アベルの言い分は如何にもだが、それが敬称抜きで話す理由にはならない。そもそも身分と成人の有無は関係がないのだから。

 身分や爵位は生まれながらのものが大半であり、まれに、婚姻によってそれまでの爵位よりも高い爵位を得る事もあるが、貴族は貴族でしかない。爵位を金で買った平民という例にあるが、そんな者が貴族と認められるには、数代経ても没落しない才覚が必要だ。だが、どれだけ才覚があったとしても、ニワカ貴族として罵られる可能性が大である。

 アーリアは平民の出自。所謂、民間人だ。現在、魔導士として得た『等級』と塔の管理人という『立場』には偶々(たまたま)貴族位が付属されているが、アーリアはその貴族位を名乗る気はなかった。貴族社会とは、ほとほと肌に合わないと考えていたからだ。


「アベルさ……アベルくんは普段、幼年学校に通っているの?」


 アーリアはアベルの威圧を含む眼光に押し負けて、一つ息を吐くと敬称を省いた。


「いや、ライザタニアに幼年学校はない。その代わり国立の学園がある。学園は中等部と高等部に分かれている。学園に入るまでは家庭教師をつけて勉強を教わるのが普通だ」

「そうなんだ」

「だけど、俺の家の家庭教師は長続きしない。大半が何処ぞから送り込まれてくる刺客だからな」

「刺客?」

「ああ。俺たちは『弱点』だから……」


 アベルは自分たち兄妹きょうだいを『鬼の軍務省長官のスネ』だという。

 王宮は第二王子殿下派閥陣営が占めているが、その中の全てが第二王子殿下の味方という訳ではない。中には形式だけ第二王子殿下の味方を装っている貴族もおり、仲間だと表明していながら味方ではない貴族たち、そのような者たちが一番タチが悪いという。日和見貴族は、第二王子殿下から第一王子殿下へと寝返る可能性が高いからだ。しかも、国内には第三勢力である神殿派閥が目を光らせている。神殿派は表面上中立の立場を装っておきながら、何を仕出かすか分からないという。

 軍務省長官ゼネンスキー侯爵ーー幼い兄妹きょうだいの父親は第二王子殿下派閥に於けるトップ。第二王子殿下の片腕であり頭脳である事は公然。しかも軍部を掌握している。巨大な暴力組織の親玉なのだ。

 ゼネンスキー侯爵は軍部を私物化していた現王政権に於いて軍部の長であった父親を自らの手で殺害し、その身分と地位を継いだという。そんな長官の一番の弱点が、家族ーー彼ら兄妹なのだ。


「じゃあ、なんで探険に行こうなんて思ったの?」


 アベルは自身が父親の枷になっている状況に少なからず不満を抱いている。だが、その不満は父親に対してではない。父親の弱点だとされる自身に対してだ。自分の身を自分で守れる力があれば、父親の迷惑にはならないのに……と、アベルの表情からアーリアはそう感じ取った。


「そこに浪漫ロマンかあるからさ!」

「「……」」


 それまで、若干憂いを醸し出していたアベルから、一切の憂いが立ち消えた。暗雲から太陽が顔を出したかのような晴れ晴れとした笑顔を浮かべると、グッと胸の上で拳を握ったのだ。アーリアは死んだ魚のような目をして、『冒険』『探検』といった言葉に胸躍らせるアベルを見た。妹ソアラは慣れているのか、幼いながらどこか達観した表情をしている。


「『王宮には賢王の愛した花園がある』。それは『後宮から続く地下通路より到る』と、ライハーン将軍から教わったのだ!」


 ーやっぱり、あの将軍ヒトか……ー


 アーリアは通路を歩きながらずっと『誰が王宮の機密を子どもたちに教えたのか』と考えていたが、そんな機密事項をペロリと話してしまう人物の心当たりが一人しかいなかった。父親であるゼネンスキー軍務省長官は良識人。例え愛する息子であろうと、重要な機密事項を子どもに漏らす筈がない。ならば誰が……と考えた先に、一人の筋肉軍人が思い浮かんだ。


「賢王様は愛妻家アイサイカだったという。愛する奥方が亡くなって、何もかもやる気がなくなってしまうくらいに」

「へぇ意外……三度の飯より戦好き!みたいな王様かと思ってた」

「だろう⁉︎ なんだか父上に似ているなって……」


 こんな機会もなければ一生行く事はないだろう、と続くアベルの言葉にアーリアは苦笑を浮かべた。王子殿下の住まう後宮に足を踏み入れられるのは、王族に侍る事を許された者たちだけ。基本的に関係者以外立入禁止なのだ。どれだけ王族に尽くそうが、そこへ踏み入れる事は先ず無い。

 偶発的な事情があったとしても、そんな場所に立ち入れてしまった事で、アベルは己の中にあった欲望を抑え切れなくなってしまったのだろう。


「……確か、魔女わたしが君たちを『唆した』んよね?だったらアベルくん。きちんとゴールまで『誑かされた』ままでいてね?」


 立入禁止である場所に立ち入れば、例え子どもの悪戯であっても厳しく罰せられるだろう。お説教だけで済めば良いが、軍務省長官ちちおやの顔もある。最終的な判断は、第二王子殿下の匙加減にかかっていると言っても過言ではない。

 自身の身分はこれ以上堕ちる所がなく、虜囚である事に変わりがない。だから、アベルたちを唆した悪い魔女として罰せられても構わない。そうアーリアは結論づけた。自分が罪を被れば良いとして。



 ※※※



「そう言えば、追手が来ないね?」


 突き当たりを左へ折れ、間もなく小さな講堂のような開けた場所へ出た時、アーリアは背後をチラリと振り返った。隠し通路へ入り、もう随分と時間が経つというのに、追手の気配がまるでないのだ。アーリアの言葉にアベルは生返事をしたきり黙りこくった。


「それで……?何を仕掛けて来たの、アベルくん」

「何をって何だよ?」

「魔法、使えるんだよね?」


 ギクリと肩をびくつかせたアベルは後方ーーアーリアの方を振り返るなり、「バレたか?」と小さく舌を出した。


「大した事はしていない。風魔法を使って、俺たちの声をあの部屋に届けているだけだ」


 アベルの言う事には、『部屋の中に声を届けて自分たちがあの部屋に留まっているように偽装した』そうだ。キャッキャと聞こえる子どもたちの声は、少しだけ開かれた扉から部屋の外まで響く。そういう仕組みらしい。


「それだけじゃないでしょ?」

「ふぅーん。お前、案外鋭いのだな?」

「……それで?」

「悪い悪い。ーー追って来た騎士を惑わすように精霊に言っておいた」


 そう言うなり、アベルは空中を漂っていた風の精霊へ声をかけた。精霊を見る事ができる者にとって、精霊と語らう事は容易いこと。精霊とはいつも側にいる隣人なのだ。だが、ずっと側に精霊が居る状態とはストレスの溜まるもの。精霊を見る事ができる者たちは自身の視界を切り替えてーー精霊が見えない状態にしてーー過ごしているのが一般的だ。


『うふふ。騎士たちは迷宮の中を彷徨っているわ』

『同じ場所をグルグルとね』


 アーリアの周りをクルクルと飛ぶ小さな精霊が楽しげに笑う。精霊によって惑わされている騎士たちを想像したアーリアの頭には痛みが奔り、胃がキリキリと痛んだ。

 精霊たちに揶揄われた騎士ニンゲンたちは、当分、地下迷宮から抜け出せないだろう。本来、精霊とは遊び好きであり、当然、悪戯も大好きだ。カモにされた騎士たちは、精霊たちが飽きるまで遊びに付き合わされるに違いない。

 

「お前は驚かないのだな?」

「精霊のこと?」

「ああ」

「驚かないよ。私にも見えるからね」


 アーリアは自分の周囲を飛び回る小さな精霊たちを視界に入れると、精霊たちは入れ替わり立ち替わり、嬉しそうに笑いかけてくる。


「やっぱり、お前は『魔女』なのだな?」

「何を今更……?」

「俺の周りにはお前のようなヤツはいない」

「ライザタニアにもアベルくんのように魔法を使う人はいるでしょう?ライザタニアには『亜人』なんてヒトたちも存在するくらいなのだし……」

「あれは別格だ。だが、妖精族の血が混じっているからといって皆が皆、魔法が使えるとは限らないの、さッ!」


 アベルは講堂に一つだけある大扉に手をかけると、ググッと力を込めた。ギ、ギギギ……と鈍い音を立てて扉が外側へと開いていく。するとフワリと鼻先に風が掠めていった。


「お兄さま、風が……?」

花園ゴールが近いのか……⁉︎」

「将軍が仰ってらした話は本当でしたのね!」


 アベルとソアラが碧く澄んだ瞳をキラキラと輝かせた。ソアラは兄アベルの行動にはどこか拒否的な感情を現していると思っていたアーリアは、その考えを改めた。どうやらソアラもこの状況を少なからず楽しんでいたようだと。

 その考えは正しかったようで、アベルはソアラの手を取ると足早に扉を潜ると、分かれ道を迷いなく右へ曲がり、その先の階段を足軽に駆け上がって行った。


 するとーー……



お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、本当に嬉しいです!!ありがとうございます(=´∀`)人(´∀`=)


『「俺の手下になれ!」3』をお送りしました。

引き続き魔女と小さな冒険者たちの地下迷宮探検です。アベルは幼いながらにゼネンスキー侯爵家の跡取りとしての自覚を持っています。しかし、まだ十歳という幼さから、出来ない事の多さに歯痒さを抱いています。

《備考》

アベルの趣味は世界各地の冒険譚を読む事。

ソアラの趣味は世界各地の恋物語を読む事。

因みに父ゼネンスキー侯爵の趣味は世界各地の料理本を読む事です。


次話「俺の手下になれ!」4も是非ご覧ください!

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