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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と狂気の王子(上)
315/500

「俺の手下になれ!」1

 

「俺の手下になれ!」


 ビシィッ!と突きつけられる小さな指。フフンッ!と胸を張る自身満々の表情かお。断られる事を知らぬ堂々とした態度。


 ーどうして、こうなったんだっけ?ー


 アーリアは現実逃避とばかりに自身の置かれた状況から目を逸らすと、記憶の棚を漁り始めた。



 ※※※



「いやぁ、申し訳ございませんね?うちの屋敷に来てもらっていた騎士ものを別件に向かわせる事になったのですよ。ーーああ、ご心配なく。ほんの数日の事ですから。ですがその間、私の家族を護衛する者がいなくなる訳でして……これには私も弱りました。私、これでも要職に就いておりましてね、生命を狙われる事がしょっ中なのですよ。私一人ならばどうとでもなるのですが、家族も……となると、仕事中はどうにも厳しい状況になる訳でして。そこで!殿下の温かいご厚意により、子どもたちを王子宮コチラへ預ける事になったのです。ここは外朝からも近いですし、何より()()王子殿下の宮ですからねぇ。早々、馬鹿者共が無謀な手に出る事もないハズです。警備も万全ですし、何より、貴女の警護も兼ねられて一石二鳥。私も最初はどうかと考えたのですが、まぁ、これが最善ベターだと結論付けました」


 インテリ系眼鏡紳士より怒涛のご高説を賜ったこの日この時、アーリアはともとも言えずに固まっていた。シュバルツェ殿下によって引き合わされた軍務省長官ーーゼネンスキー侯爵からは何故ナゼか苛立ち気味な雰囲気が滲み出ており、途中で口を挟もうものなら、どのような目に遭わされてしまうか……ナドと恐怖を覚えた事も、アーリアが沈黙を貫いた理由の一つだった。


「以前にも同じような理由でトアル将軍に子守りをお願いした事があるのですが……子どもたちがあの脳筋バカに変な言葉を習って帰ってきましてね。あの時は弱りました」


 アハハハハ!と笑う軍務省長官の目が全く笑っておらず、アーリアもソウデスカと苦笑いするに留めた。

 軍務省長官の指す『脳筋のトアル将軍』には、アーリアも覚えがあったが、確かに、彼を保父代わりにするのは勇気のいる事だと言わざるを得ない。にも関わらず、彼を保父に選ばざるを得ないとは、余程、人材が足りていないのではないだろうか。それも『信頼のおける人材』が。

 そう思えばこそ、アーリアはライザタニアのーーシュバルツェ殿下陣営に於ける運営面に不安を覚えるのであった。


 ー運営、できてる?ー


 ……と。『狂気の王子』たるシュバルツェ殿下は気に入らぬ者たちを容赦なく斬り捨てている(現在進行形)と聞く。それも文字通りクビを切るのではなく、斬首くびを斬るというやり方で。それではいくら人材がいても、減っていく一方ではないのか?とアーリアが疑問に持ったのは一度や二度ではない。


「あの……質問をしても?」

「どうぞ」

「私をそこまで信用なさっても良いのですか?」


 アーリアは現在、第二王子殿下の宮で保護されていた。しかし、身分はあくまでも『捕虜』である。捕虜ーーつまり、捕らえてきた敵国人だ。アーリアは現在進行形でライザタニアが侵攻をかけている隣国システィナの国境を守護する魔女なのだ。

 シュバルツェ殿下の計らいによって、一応『客人』としての対応を取られてはいるが、捕虜は捕虜。現に室内は魔宝具によって術が施されているし、枷も嵌められている。《隷属》の魔宝具によって、シュバルツェ殿下の意に沿わぬ事は出来ないようになっているのだ。

 いくら人手不足と云えど、要人のご子息たちを捕虜と同じ屋根の下に置くのは危険ではないだろうか。何事か起こってからでは遅いではないか。ーー等と考えてしまうのは、アーリアが根っからのお人好しであるが所以。一方、お人好しとは縁遠い性質を持つゼネンスキー侯爵はアーリアからの言葉にニッコリと微笑むと、満足げに顎を下げた。


「貴女は無垢な子どもに、手など出されませんから」

「……随分と信用されているみたいですね?」

「信用ではありません、事実です」

「……」

「貴女は魔導士。システィナに於いて魔導士とは『確かな倫理観を持つ者』の総称でありましょう?なればこそ、子どもを盾に取るような卑劣な真似など、なされる筈がございません」


 そうでしょう?ーーと眼鏡をクイと上げる軍務省長官のドヤ顔に押し黙るアーリア。確かにアーリアには子どもを盾に取って何事かをなそう等という考えは、待ち合わせていなかった。


「それに、此処なら優秀な護衛が大勢おりますから」

「大勢?」


 アーリアは周囲をグルリと見渡した。室内には軍務省長官と二人の子ども、第二王子殿下みやのしゅじん、侍女アンナ、侍従ハンス、二人の護衛騎士……アーリアを合わせて9名しかいない。護衛と名のつく者は部屋の外に捕虜担当の騎士が二人のみ。それの何処どこが『大勢』になるのだろうか。アーリアが怪訝な顔をして首を傾げた時、軍務省長官はクスリと笑い、即座に拳で口元を隠した。


「ーー失敬。兎に角、ここならば安全です。なぁに、数日の間、貴女と共に宮に置いて貰うだけです。貴女には何のお手間もとらせませんよ」

「そうですか。それなら、私も彼らとはなるべく離れて過ごすことにします」


 そう言ってコクリと顎を下げるアーリアを軍務省長官は苦笑して頷きを一つ。背後を振り返ると、自分の背中に隠れていた小さな身体を二つ、押し出した。

 クリクリとした瞳。ぽっちゃりとした頬。右巻きの旋毛から伸びる髪がフワフワと揺れる。


「ーーほら、お前たち。ご挨拶を」

「アベルです」

「ソアラです」

「「よろしくお願いします」」


 やや緊張した面持ちで挨拶したのは二人の子ども。黒髪に碧い瞳を持つ人形のように愛らしい子どもたちだ。一人は十歳とおほどの男児、もう一人は男児よりも一つ二つ下に見える女児。二人は軍務省長官のご子息とご息女だ。


「アベル様、ソアラ様。お初にお目にかかります。わたくしはアーリアと申します。どうぞよろしくお願いします」


 アーリアはスカートの裾を摘むと、幼い子ども相手に深々と頭を下げた。それは公式な場で貴族同士が行う挨拶方法の一つだ。アーリアは目下の者が目上の者にする対応を取る事で、アベルたちライザタニア貴族のご令息、ご令嬢に対して敵対の意思がない事を伝えた。

 その対応に、幼い子どもたちは勿論、背後にいた大人たちも同様に僅かな動揺を持ったのだが、頭を下げているアーリアはその事に気づく事はなかった。

 その後、何事もなかったように大人たちは忙しなく動き始めた。出勤時刻が差し迫ったからだ。


「父上、お仕事がんばってください!」

「お父さま、お気をつけて行ってらっしゃいませ!」

「嗚呼、私の愛する子どもたち!爸爸パパは今日もお前たちの為に頑張ってくるからね!」


 ()()軍務省長官がこのように甘々な表情を浮かべているなど、同じ省庁にいる職員や部下たちは知る由もないだろう。裏では『鬼』だの『鬼畜』だのと呼ばれる軍務省長官だ。冷たい視線で見下された事はあっても、優しげに微笑まれる事などない。もし、万が一、優しげに微笑まれるような事があれば、それは『破滅へのフラグ』と捉えらるだろう。


「「いってらっしゃーい!」」


 二人の天使たちに見送られ、後ろ髪を引かれるように出勤して行った軍務省長官。ーーいや、実際に立ち止まって引き返そうとした所、呆れた第二王子殿下に問答無用で首根っこを掴まれ引き摺られて仕事へ向かったのは、なかなかに見ない光景だった。アーリアはそんな平和な光景を複雑な気持ちを持って見ていた。



 ーーそして、何事もなく数日が経った。



 春麗かな陽気が窓から差し込み、読書には最適な日よりだった。

 アーリアはライザタニア語で書かれた本を辞書片手に読んでいた。軍務省長官のご子息たちとは朝方挨拶をして以来顔を合わせてはおらず、寧ろ、避けるように宮の一室へと引き篭もっていた。後宮の一角にある第二王子の宮には数多くの部屋があり、やりようによっては、一日中、顔を合わせずとも過ごせてしまうのだ。

 アーリアは自身がいくら客人として対応されていようとも、自身が捕虜である事を忘れた日はなかった。それどころか、ライザタニアへ来て以来日に日に自分の立場を再確認する程であったのだ。


 何時迄、このような場所に在なければならないのか。

 何時迄、このような無為な日々を過ごしていなければならないのか。


 自分は何者か、敵国に囚われた捕虜ではないか。ならば何故、第二王子殿下は自分を保護するばかりで何もしようとしないのか。尋問すら偽装フェイクであり、これまで一度も本気で口を割らせようとした事もなく、国境の管理者『塔の魔女』から『塔』に関わる重要機密を聞き出そうとした事すらない。ただただ、捕虜である魔女が政敵より殺されないように隔離ほごするのみ。これではアーリアでなくとも疑問を持つ。


「ハァ……」


 ボンヤリと窓の外をーー空へ飛び上がり戯れる二羽の小鳥を見ていたアーリアは、こっそりと室内へ忍び入ってきた存在に気づかずにいた。


「ーーおい、お前。シケた表情カオしてるな?それでも『国境線ラインの魔女』なのか?」


 ふいに掛けられた声は少年のもの。キリリとした瞳が睨み付けるように落ちてくる。切れ長の瞳が軍務省長官にソックリだ。見下ろしてくる瞳を覗きながらそのような事を考えたアーリアは、膝に置いた本を閉じると男児へ向き直った。


「アベル様……ええ、そうですよ」

「ならば何故、このような場所にいる?捕虜ならば牢屋に入るのが普通フツウではないのか?」


 お兄さま!と高い声が上がる。侯爵子息アベルの背後にはオロオロした様子の女児ーーソアラ嬢の姿。兄の言動に驚きを隠せずにいるのが、なんとも可愛らしい。


「それは私も常々疑問に思っております」

「なに⁉︎」

「申し訳ございません。でも、これらは全て、シュバルツェ殿下のご判断です。私にはどうこうする事もできません」

「そ、そうか、殿下のご判断か……。ならば、俺も文句など言えないな」


 とても幼子とは思えぬ洞察力を持つアベルに、アーリアは内心舌を巻いていた。けれどすぐ、生まれながらの貴族とは本来、このようなものなのかも知れないと考えを改めた。この男児はいずれ、ゼネンスキー侯爵家を継ぐ当主となる運命にある。侯爵家の血を絶やす事なく家を盛り立てていくという使命を持つのだ。ならば、例え子どもであろうとも、何者にも隙を見せてはならないのではなかろうか。自身の一挙一動が家の命運を左右するのだから。


「ですからアベル様、私のような者とは言葉を交わしてはなりませんよ。私は貴方たちの敵ーー敵国システィナの魔女なのですから」


 警告と共にアーリアはアベルの澄んだ碧い瞳を見つめた。アベルはアーリアのキラキラと輝く虹色の瞳に魅入られたかのように暫くの間押し黙り、ほんの僅かだけ目線を逸らすと、徐に一言「それは俺が決める」とボソリと呟いた。そして再び目尻をキッと上げると、アーリアを強く睨みつけた。


「お前、ヒマなんだろう?」

「ええ、まぁ……」

「なら、そんなつまらなそうな本など置いて、俺たちに付き合え!」


 アーリアは如何にも尊大な顔で差し出された手を素直に取れず、そのままその小さな手とニヤリと笑む整った顔とを見遣り……


「何をお付き合いすれば……?」


 と尋ねた。するとアベルはハンっと鼻を鳴らし、こう答えた。


()()()()()へ来といて、やる事と言ったら一つしかないだろう?」


 だから何を?とアーリアは首を傾げた。嫌な予感がしてならないのは、気のせいではないだろう。

 そのアーリアの予感通り、アベル少年は益々唇の弧を深めて断言した。


「探検だ!」




お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、本当にありがたいです!励みになります(((o(*゜▽゜*)o)))♡


『「俺の手下になれ!」1』をお送りしました。

※長くなったので分割しました。


ゼネンスキー侯爵は第二王子殿下の側近として、プライベートに於いても殿下と近しくしています。

ゼネンスキー侯爵は第二王子殿下と同世代。侯爵のように殿下と幼少期より引き合わされ、側近たるべく育てられたのが、侯爵をはじめ、現在、殿下の周囲を固める何人かの側近たちなのです。


次話「俺の手下になれ!」2も是非ご覧ください!

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