尋問には温かい紅茶を(余談)
どこかで聞いた事のある台詞から始まった尋問は、甘いミルクティーで幕を閉じた。アーリアは軍務省長官より一通りの事務的な尋問を受けた後、屈強な軍人に囲まれながら午後の紅茶の時間を過ごしていた。
「……怖くねぇのか?俺が」
屈強軍人代表ライハーン将軍は小さなカップをソーサーへ下ろしながらアーリアの顔を真上から見下ろしてきた。アーリアはライハーン将軍の顔を見上げながら僅かに首を傾げた。
ライハーン将軍はアーリアの知る男性の中でも特にガタイが大きく、背などはゆうに頭二つ分は差があるように思えた。見るからに筋肉隆々で、手の中のティーカップなどは、ほんの一握りすればパキッと簡単に割れてしまうのではないだろうか。
「俺はこんなナリだ。女子供には恐れられるんだが……?」
アーリアはライハーン将軍から『何』についての恐怖を問われているのかを暫く考えた後、事もなげに答えた。
「ライハーン様のご容姿の事ですか?いいえ、怖くなんてありませんよ。『怖い』でいえば、私はこの国に滞在している事自体が怖いですから……」
アーリアは自分の周囲をぐるりと見渡した。正面に軍務省長官、左隣にライハーン将軍、背後にライハーン将軍の副官、ドアの近くには衛兵二名。ドアの外にも幾人か警備の者が配備されているだろう。そんな者たちに囲まれた一人の若き魔女。四方を敵国の軍人に囲まれながらのお茶会など、普通に考えて、とても楽しめる状況にはない。
「それに、ライハーン様は私を傷つけるおつもりはありませんよね?なら、無意味に怖がる必要なんてないと思いませんか?」
他者の気配を読む能力など持ち合わせていないアーリアであったが、目の前の大男ーーライハーン将軍からは殺意や悪意といった、自分を害そうとする雰囲気がない事は感じ取れていた。それどころか、敵国の捕虜である魔女を案じているかのような素振りさえ見られる。これでどう『怖がれ』というのだろうか。
「お二人は、第二王子殿下を主君とされているのでしょう?」
「何故そう思う?」
「殿下が快く私を送り出したからです。殿下は、今のところは私を殺す気がないようですから……」
殿下はこの場にいる者たちの事を信頼している。アーリアはそのように判断していた。
狂気を持つとの噂の第二王子殿下は、部下に命じて拉致させた敵国の魔女を自身の宮で監禁している。本来ならば捕虜として扱うべき魔女を投獄ではなく監禁ーー保護しているのだ。これはどう見ても、魔女の身を案じての事に違いなかった。
第二王子殿下は実に用心深い男で、後宮で働く使用人にまで目を光らせている。そんな殿下が軍務省から『魔女を尋問したい』と言われて『是』と簡単に手渡すだろうか。尋問の最中に『不慮の事故』と称して『始末(意訳)』される可能性もあるというのに。にも関わらず、第二王子殿下は迎えに来たライハーン将軍に『煮るなり焼くなり好きにしろ』とばかりに手渡した。これは、将軍らが主君の命令に忠実であると信頼しているからではないだろうか。
「だから貴方たちも、私に危害を加える事はない」
キッパリと断言したアーリア。
「……我々が偶発的に貴女に危害を加える事があれば、主君であるシュバルツェ殿下の意志を踏みにじる行為にあたるでしょう。それは即ち、殿下の顔に泥を塗る行為となる」
「そのようなこと、殿下に忠誠を誓う貴方たちが行う筈がない。違いますか?」
軍務省長官ゼネンスキー侯爵の言葉にアーリアは頷いた。
「それにここへ来た直後、ゼネンスキー様は尋問が『芝居』だと仰いました。この尋問は、『どうしてもしなければならないもの』では、なかったのではありませんか?」
彼らは魔女からの情報を必要としていない。尋問は外部の目を晒す為のパフォーマンス。アーリアはこの無意味な尋問は、大方そのような事情の下で行われたのではないかと考えた。
自国システィナや帝国エステルでもそうであるように、王宮機関は一枚岩ではない。各々独立した省庁が様々な思惑を持って国を動かしている。一つの決定事項に対して求められる結果が決まっていても、その過程までは決められておらず各省庁に一任されている。所謂、一定量の『自由な裁量権』が与えられているのだ。だが、その自由な裁量権の中で、国家が不利となるような『勝手な行動』を起こす者がいないとは言い難い。
「少々、貴女の事を侮っていたようです」
軍務省長官はズレてもいない眼鏡を押し上げる。眼鏡の下にある眼光が鋭く光る。アーリアが突き刺さる眼光にゴクリと唾を飲んだ時、長官の口から「もしもーー」と『システィナの魔女』の性質を見定めるような問いが発せられた。
「もしもその枷が外されたなら、どうなさいます?」
ゼネンスキー長官の問いかけの意味を考えるより早く、アーリアの口からごくあっさりした答えが出た。
「暴れたりしませんよ。無意味ですから」
「無意味、ですか?」
「ええ。無意味です」
「枷が外れていつでも逃げ出せる状況になっても、ですか?」
「ええ」
アーリアはゼネンスキー長官から視線を外すと、ティーカップの中のミルクティーをじっと覗き込んだ。クリーム色の液体がぐるぐると渦巻いている。それがまるで自分の心の中のようだと、アーリアは感じた。
「破壊の限りを尽くした後、たった一人で国境にーーシスティナに向かうには無理がある。魔力にも限界がある。尽きてしまえばそこでお終い。第一、私には体力がない。それに……」
アーリアは敵国の捕虜となった直後からこの日まで、脱出方法を考えないでいた訳ではない。勿論、考えたのだ。だが、どの脱出方法をとっても、最後には自分の体力のなさという情けない問題にぶつかってしまった。魔力さえ戻れば、その場しのぎの対処なら可能だ。どんな屈強な男さえ手玉に取ることができるに違いない。しかし、それは一対一だった場合に限る。相手が複数になればなるほど確率は下がっていく。そしてこの敵国にあっては、敵が増える事はあっても減る事はないのだ。そう考えればこそ、最後に必要になるのは敵から逃げ切る為の『体力』だと行き着いた。
ーそれに私は『裏切りの魔女』。他国の手に堕ちた段階で私に帰る場所なんて、ないもの……ー
他者の耳に届くか届かぬかという程小さな囁き。その小さな呟きこそがアーリアの本音だった。だが、それを唇の動きから読み取ったゼネンスキー長官は、腕を組み顎を擦りながらフムと唸った。その目線が魔女の左手首にある金の腕輪へと向かう。紫色の美しい宝石の嵌まった腕輪に。
「だから心配しないでください」
顔を上げた魔女から淡い笑みを受けたゼネンスキー長官は「心配などしていませんが……」と言葉を濁らせる。捕らえた魔女が自国に対して何の期待も寄せていない事に、色々と考えさせられたのだ。魔女は自国に於いて、あまり良い扱いを受けてこなかったのではなかろうか。加えて、腕にある金の腕輪にも然程ーーいや、微塵も期待を寄せていない事にも頷ける、と……。
「ライザタニアにはライハーン様のように屈強な戦士が大勢いらっしゃいますもの。彼らの手に掛かれば、私なんて一捻りでしょう?」
「ハハハ!タイマンか?その場合、反応速度の差になるな?お前が魔術を放つ方が先か、俺が剣を抜く方が先か」
「間合いも関係あるでしょうね?」
こと戦闘の事になると嬉々とした表情を見せるライハーン将軍。ニヤリと嗤えば口の端で犬歯が光る。
「ならば……もし、その枷が外れてだな、お前がこの部屋からの脱出を図ろうとしたなら、どのような手段を取る?」
「これは尋問の続きですか?その……どうしても答えなければいけませんか?」
「いんや、興味本位だ。だが、答えてくれると嬉しい」
アーリアは腹の探り合いのような会話より、このように裏表のない会話の方を好んだ。相手の顔色を読み言葉の裏を読む作業は大変な労力が必要で、何より、疲れて仕方ないのだ。それよりも打算も利益も関係ない他愛もない会話は楽で良かった。
アーリアはライハーン将軍のワクワクした表情にこっそり苦笑を溢しつつ、ウーンと顎に手を当てると「そうですねぇ……」と考え始めた。
「手の内を見せるのは不本意なのですが……私なら、まず、この部屋に施された結界を無力化する所から始めますね」
「結界……?」
「はい。この部屋には外部からの干渉を防ぐ為の結界が施されていますよね?それを無力化します」
「結界が、あるのか?この部屋に……⁇」
「はい……え⁉︎」
ライハーン将軍の言葉にアーリアはポカンと口を開けた。アーリアが思わずライハーン将軍の顔を見上げれば、獅子のような獰猛な表情に垂れた耳を見たアーリアは、思わずクスっと笑っていた。屈強な大男を見て『可愛い』などと思ってしまったのだ。
蕾が綻び花が開くかのような笑みに、その場にいた軍人たちは思わず目を見張る。だが、口元に手を置いて視線を晒していたアーリアにはその事に気づきはしなかった。
「ライハーン様、ほら、あそこ……部屋の四隅に赤い宝石が埋まっているのが分かりますか?あれは魔力が込められた宝石ーー魔宝石です」
アーリアはライハーン将軍に一言謝ると、部屋の隅を指差して説明を始めた。将軍が魔法や魔術に疎い人なのだと判断したのだ。
戦場の最前に立つ者は往々にしてある事なのだが、自身の戦闘能力が高いが為に、魔法や魔術といった工作に疎くなる傾向にある。特に、ライハーン将軍ほど実力を持つ者は、下手な小細工を講じるよりも、その間に単身突っ込んで敵を斬り捨てる方が手っ取り早いに違いない。
そのように判じたからこそ、アーリアはライハーン将軍に説明する気になった。自分の手の内を晒す気になったのだ。何より、アーリアはライハーン将軍を気に入り始めていた。ライハーン将軍の魔術の疎さを知って、アーリアの信頼する騎士と似通った雰囲気を感じていたからかも知れない。
「へぇ?俺はてっきりタダの装飾だと思っていたが」
「魔宝石には魔力を増強させる作用があります。この部屋は魔宝石を用いて、結界魔法を強化補強しているのだと思われます」
「魔法なのか、魔術ではなく?」
難しい表情をして眉を潜めるライハーン将軍。アーリアは将軍の思考を助ける為の言葉を重ねていく。
「これは《四方聖十字結界》ですよね?エステルでもこれと同じ魔法を見ました」
「帝国でも?」
「ライザタニアでは魔術をあまり用いませんよね?どちらかと言えば、魔法の方が良く使われている。違いますか?」
異種族混合の異民族国家である魔導国家とは違い、ライザタニアはエステル帝国の流れを大いに汲んでいる。エステルは大陸の覇者。千年にも及ぶ大帝国だ。新興国家の大半は帝国の在り方を見本に国を興す事が多い。長い歴史を持つ帝国は良くも悪くも見本になるのだ。帝国の組織運営を見本にして王宮内の政治機関を制定した国も多い。かく云うシスティナもそうであり、ライザタニアもそうであろうとアーリアは考えていた。
何より、ライザタニアは数多くの妖精が住まう土地でもある。自然、人間の創り出した魔術よりも精霊の力を借りた魔法の方が受け入れ易い筈。加えて、ライザタニア国民には魔術への抵抗感はあるが魔宝具への抵抗感はない。それはライザタニア国民の中にある妖精の血に原因があるのかも知れない。そうアーリアは考えた。
ライザタニアのように魔宝具を軍事用に転用するといった発想はシスティナにもあった。しかし、製造しようとする者はいなかったーーいいや、国家かそれを許さなかったのだ。だが、ライザタニアではそれが可能になっている。この事から、魔術や魔宝具に対しての認識に『差』がある事が理解できた。
「あの結界をどのように停止させる?」
「うーん……例えば、結界魔術などを使ってあの宝石の一つを隔離します」
「ふぅん。それで?」
「それでお終いです。《四方聖十字結界》はあの四つの魔宝石を起点として発動しています。だから、その一つを隔離してやれば、結界は停止せざるを得なくなります」
「はぁ〜〜成る程な。んで、その後は……?」
「ここにいる皆さんを動けなくしてから、この部屋を出ます」
箇条書きのような簡単な説明を聞き終えたライハーン将軍は片眉を上げると、大きな身体をアーリアの方へ傾けた。将軍の体重がギシリと椅子を軋ませる。頭上に影が射しかかり熱を間近に感じたアーリアはドキリと胸を鳴らした。
ー怒らせた?ー
将軍相手に答え方が拙かったか、それとも……などと考えが巡るが、アーリアの心配は杞憂に終わった。
ライハーン将軍はいつの間にかすべり落ちていた膝掛けを拾い上げ、それをアーリアの膝に掛け直したのだ。
「簡単に言ってくれるが、俺はそう簡単に拘束されはせんぞ?」
「そうですね。でも……」
「お前には可能か?」
甲斐甲斐しく膝掛けをかけ直されたアーリアは強張った表情のまま、ライハーン将軍にぺこりと頭を下げる。すると将軍は「そう固くなるな」と、子ども相手のようにアーリアの頭に手を置いた。
「ーーならば、やってみますか?」
それは正に鶴の一声であった。ライハーン将軍と魔女とのやり取りを黙って聞いていたゼネンスキー長官が、徐に提案してきたのだ。
「一時的に貴女の行動を制限する《隷属》の魔宝具、ソレの効果を緩めましょう。それで貴女は魔術を使う事が可能になります」
「そりゃ面白そうだ!」と賛同するライハーン将軍を横目に、アーリアは額に汗を流した。ニヤニヤと嬉しそうな表情を浮かべるのは将軍の周囲では、この提案に危機感を覚えた幾人かの者たちがギクリと顔を強張らせている。
「あのぉ……私には全くメリットがないのですが?」
「アハハ、良いではないですか?私は貴女の魔術が見てみたい」
『見てみたい』と言われてもできる事ならやりたくない。それがアーリアの本音だった。魔術を使えれば周囲にどれほど屈強な戦士がいた所で、対等に戦う事ができるだろう。アーリアはそれほど対人戦が得意ではなかったが、経験がない訳でもなかった。それどころか、このように自分の力が知られていない状況ーーいや、はっきり言って嘗められた状況ならば、確実に脱出は成功するだろう。しかし……
ー何の意味があるの?ー
アーリアにとっては何の意味も利益もない。寧ろデメリットだらけだ。手の内を晒した上、更に、力の一部まで知られてしまうのだから。
アーリアが「断っても構いませんか?」と口にしようとした時、「どんな結果になったとしても、貴女を咎めたりはしませんよ」と軍務省長官が先回りする。
ジッと互いに見つめあったまま数十秒、やはりアーリアが先に折れた。『捕虜に拒否権などない』のだという事を理由にして。
「えっ……⁉︎」
アーリアが了承を口にする前に、魔宝具《隷属》の効果が薄らいでいく。目線の先で軍務省長官が笑みを浮かべていた。長官がアーリアの返答を見越して魔宝具の効力を弱めたのだ。
アーリアは突然身体中を血のように巡り始めた魔力に目眩を感じて頭を押さえた。精霊の力をすぐ側で感じて、濃度の濃さにゴホゴホと咳込む。
ーさすが、妖精族の住まう土地だけはあるー
アーリアはスウッと息を吸った。深く、深く、深く……!魔力が正常に体内を巡り始める。瞳に輝きが戻っていく。
「どうした、気分でも悪くなったか?」
「だ、大丈夫。久しぶりの感覚だったので……」
アーリアの変化に腰を浮かせて様子を伺っていたライハーン将軍。『戦場の野獣』と呼ばれるライハーン将軍が敵国の捕虜とはいえ少女相手に気を遣う様に、軍務省長官はじめ他の将校が小さな驚きを持っているなど、本人たちは気づいてはいない。
「……ライハーン様。敵国の魔女相手に油断は禁物ですよ?」
言うなりアーリアは音もなくその場に立ち上がり、驚くライハーン将軍らを横目に扉へ向かって歩き出した。
「オイ、待て……って、ハァッ⁉︎」
「なーー⁉︎ こ、これは……」
アーリアは驚愕の声を頭の後ろで聞きながら、誰にも妨害されずにスタスタと扉まで歩き切る。そして、最後に手を伸ばすとドアノブに手を掛けた。
「これでご満足頂けましたか?」
ドアノブを掴みながら振り向くと、そこには鈍く光る鎖に身体を拘束された軍人たちの姿があった。彼らは誰一人としてアーリアの行動を阻む事が出来なかったのだ。魔女が魔術を発動させるのを黙って見過ごしてしまった。ーーいや、無言で行われた魔術の発動に気づけず、目の前にいた魔女にまんまと出し抜かれてしまったのだ。
軍務省長官は「これ程とは」と口を歪ませ、ライハーン将軍は「くそっ!コレどうなってんだ⁉︎」と魔術による鎖を引き千切らんと力任せに暴れている。
アーリアは溜息を吐くと無言で魔術を解いたその時ーーバンッと背後で扉が開き、現れた数名の軍人によって抵抗する間も無く、アーリアは床へ引き倒されていた。
「っーーーー」
頭を押さえられたアーリアは苦痛に顔を歪ませた。状況を確認すべく首を巡らせようとした時、両腕を掴む男の力が強まり、アーリアは声もなく床へ這いつくばった。
「長官、この魔女は危険です。王宮へ返す前にこの場で処刑すべきです!」
「このような奇怪な魔術を使う魔女をシュバルツェ殿下のお側に置くなど、危険過ぎるとは思われませんか⁉︎」
「魔女が主君の憂いの素ならば、我々の手で取り去るべきではありませんか⁉︎」
アーリアは苦痛の言葉を口の中に飲み込んだ。唇の内側に痛みを感じたあと、鉄錆のような味が口中に広がったが、そんな事よりも注意を向けるべき出来事が起こる。軍人の一人が腰の剣を抜き放ち、アーリアの首目掛けて振り下ろそうとしたのだ。
アーリアは目を見開くと咄嗟に《結界》を展開させようと魔術を練った。その時ーー
「やめろ!」
「やめなさい!」
ライハーン将軍とゼネンスキー長官、二人の制止の声が室内に響く。だがその声に反応したのは剣を振り上げた軍人たちへではなく、なんと、軍人たちに拘束されている魔女だったのだ。
「あぁッ!くぅ……!」
パキンと乾いた音を立てて転がる長剣。鈍色の鎖で拘束された軍人たち。そして、その側で呻き声を挙げながら床に蹲る魔女。
「ーーどけ!おいっ、大丈夫か⁉︎」
ライハーン将軍は一足飛びで床に倒れた魔女へと近寄ると、制止する部下を怒鳴りつけ、蹲る魔女の小さな身体をそっと起こした。魔女はぐったりと力なく、額に汗を流し、苦しげに目を閉じている。
「これはどういう事だ?長官」
「《隷属》による精神支配です。ああ、これ程の効果があるとは、浅慮でしたね……」
「ああ、だからコイツは嫌がったのか……?」
ひょいっと魔女を腕に抱き上げたライハーン将軍は長官ーーゼネンスキー軍務省長官に問いかけた。ゼネンスキー長官は自身の浅慮な言動に反省しているようで、嗚呼と嘆くと首を緩やかに左右に振った。
「さてーー貴方たちの処罰を言い渡しましょうか?」
ゼネンスキー長官は勝手な行動を起こした部下たちに対して氷のような瞳で眇めた。
「処罰⁉︎ 何故、我々が処分されるのですか!」
避難の声を挙げる部下。
「無断でこの部屋へ入って来ただけでも、処罰の対象ですが……それに加えて、殿下が保護なさっている捕虜を勝手に処刑しようなどとは……呆れて物も言えませんよ」
「手前勝手な正義なんざ、他人にとっちゃ迷惑なだけだ」
ゼネンスキー長官に続きライハーン将軍にまで叱責された部下たちは、それぞれ、蒼ざめた表情で口を開閉させた。それでも「我々は殿下の憂いを取って差し上げようと……」などと、自分たちの行動を正当化しようとする部下に対して、上官がかける言葉は非常に冷たい。それも刺し殺さんがばかりの目線で……
「ありがた迷惑ですね、それは」
「お前らの心情なんざ関係ねぇよ。お前らは軍の駒にすぎねぇんだからなーー……」
軍とは縦社会だ。上官に対して意見具申しても構わないが、命令無視に当たる言動はしてはならない。有益な言葉ならば聞くに値しよう。しかし、団体行動を乱す言動は邪魔にしかならない。上官がaと言えば例え自身の意見がbであったとしてもaに従わねばならないのだ。
突然現れた軍人たちは軍という組織にいながら、組織から離れた行動を取った。いくら相手が敵国の捕虜であったとしても、罰せられるのは勝手な行動を起こした軍人であるのだ。
「どうしたものでしょうね?」
「意識改革か……殴って済みゃ楽なのにな……」
「貴方と云う人はッ。何でも殴って直そうとするそのクセ、どうにかならないのですか?」
二人は魔女を害そうとした軍人たちが拘束されて連行される様を見ながら、ライザタニアに根付く選民意識と悪しき習慣に溜息を吐いた。現王の布いた悪政は未だ国民たちの意識を犯したままなのだ。
「とりあえず、意識が戻るのを待ちましょうか?」
このまま殿下の下へお返すのは憚られますし、と長官の続く力のない言葉。
「そうだな。ーーチッ!奴らの所為でせっかくの紅茶が冷めちまった」
ぐったりと意識のない魔女を長椅子に横たえたライハーン将軍は、そっと乱れた髪を撫でつけた。その仕草が思った以上に優しいものであり、また、子猫の毛繕いをする親猫のようでもあり、ゼネンスキー長官はフッと表情を緩ませた。
「せっかく仲良くなれたのに、残念でしたね?将軍」
意地悪く揶揄う長官の言葉に将軍はチッと舌打ちすると、「全くだ」と恥し紛れに長官の視線から顔を背けた。
お読み頂きまして、ありがとうございます!
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『尋問には温かい紅茶を(余談)』をお送りしました!
※犬に吠えられ猫に逃げられる将軍ライハーン。実直で獰猛果敢、頼れる将軍ライハーンは部下には好かれますが、常に女・子どもには怖がられています。少年時代より軍隊という女っ気のない世界を歩んで来た為、未だ婚約どころか婚姻も果たしていません。その実、可愛いモノが好きで、いつかは猫か仔犬を飼ってみたいと考えています。
次話も是非ご覧ください!




