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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と狂気の王子(上)
308/500

境界線

 ※(シュバルツェ殿下視点)



「なんだ、コレは?」


 私は目の前に横たわるソレに思わず落とした言葉に力はない。


 月も天に登り切った真夜中。王宮に於いて朝から晩まで政務を熟し、その後、小休止もなく夜会へ参加した。馬鹿貴族たちの自慢話に飽き飽きしながら無為な時間を過ごし、漸く、面倒な夜会から解放されて宮への帰宅を果たした。そして香水の匂いの染み付いた衣服を脱ぎ捨て、入浴を済ませ、やっとの思いで寝室へと辿り着いたところであった。

 日がな一日、金と権力にしか興味のない貴族(アホ)どもの相手をしてきたのだ。寝室でくらいゆっくりと過ごしたい。そう思っても何のバチは当たらないだろう。それが例え、『狂気の王子』と呼ばれるライザタニアの第二王子わたしであっても、許される贅沢ではないだろうか。


 ーなぜ『王子』と呼ばれる私が、馬車馬のように働かねばならん⁉︎ー


 眩暈が起きそうになる現状に、日々、頭痛が絶えない。他国からの評価の低さに同意するべきでない立場だと解っていながら、同意せざるを得ない状況を目の当たりにすると、自国の腐敗の深さに溜息が出るというものだ。思わず鋭い痛みに顳顬こめかみを押さえること幾多。馬鹿貴族を粛清した後、優秀な貴族を起用し、私直々の指揮の下、国政に従事させ始めてニ年が経つが、国内情勢が好転した兆しはない。内乱の最中であるがゆえに『目に見えた変化』を期待するのは時期尚早だとしても、少しぐらい兆候が現れても良いとは思うのだが。愚王を離宮に押し込み馬鹿貴族共を容赦なく粛清したにも関わらず、この変化の無さは何なのだろうか。


 ー善政を敷いた側から潰されていくのだ。良くなる筈もないー


 見える箇所からでもと悪習を潰し歩けど、その傍から悪習は生まれ出でる。まるでタチの悪い雑草のように、表面の草を刈り取っても地中にはまだ根が残っており、暫くすればまた芽が地上へと顔を出すのだ。側近がなどは『“イタチごっこ”とはこの状況ことですかね?』と乾いた笑いを浮かべていたが、同意せざるを得ない現状がそこにはある。全く、何の冗談であろうなぁ?


「こちら側は私のテリトリーです」

「ふむ、それで……?」

「こちら側には入って来ないでください」


 寝台の上にドドンッと置かれた大きな長枕は、寝台を左右に隔てる境界線の役割を果たしているようだ。この娘は枕一つで境界線を引いたつもりでいるのだ。なんとも可愛いものではないか。そう思ってしまうのは、私が疲れているからであろうな?

 思わず笑みの溢れそうになる微笑ましい状況。胸に沸き起こったこの感情は、尋常ではない疲労感が引き起こした異常エラーに違いない。

 どこか必死な形相を見せる娘。月明かりのみの室内に於いても、その白い頬がほんのりと色づき、僅かに高揚しているのが見て取れた。その高揚感と云うのはもしや、枕を境界線に見立てた己の策に、余程の自信があったからではなかろうか。そう思えばこそ、私は呆れから笑い声が漏れそうになるもの。こんなモノで満足するのなら、好きにさせておけばよい。

 この程度のワガママなどワガママの範疇にも入るまい。魔術の使えぬ魔女など、驚異にもならないのだから。


 この半月余り、この宮には隣国システィナから拐って来た魔女が保護(意訳)されている。それは状況的に見ても甚だ不自然と呼ばざるを得ない。何故なら、本来敵国の捕虜を放り込んでおく場所は、捕虜収容施設か特設の牢獄で十分の筈なのだから。

 魔女を捕らえた目的は殺害ではなく、隣国の動きを牽制する為。故に、悪環境でうっかり死なれて困るのだ。だからこそ、『政治犯よりもやや上質の環境を』との配慮から使われていない後宮で保護する事に決めたのだが、これが何故か上手くいかなかった。

 囚われの魔女は隣国ーーいや、敵国システィナの守護の一柱を担う『塔の魔女』であったが為に、彼女はその生命いのちを多方面より狙われる身にあった。そして、魔女の生命を狙う者は我が国ライザタニア内の貴族だけに留まらず、隣国システィナの貴族も含まれていた事が、保護を容易にさせなかった原因だろう。


 ー生きている事こそが罪ー


 魔女が生きているだけで不利益を被る貴族ものたち。そのような貴族ものたちから己が生命いのちを狙われた魔女。理不尽な状況に囚われ、身に覚えのない悪意に晒された魔女。現王の敷いた悪政により、ライザタニア国民たちは無意識に隣国システィナを憎むように仕向けられているライザタニア情勢に於いて、『敵国の魔女』本人の受ける扱いが捕虜以下の対応になってしまったのは、必然とも思えた。


 ーまさか、王宮の侍女たちの良識さえ侵されていたとは!ー


 子は親の姿を写す鏡。子は親の言動を受けーー教育を受けて人格構成されるもの。親の言動を側で受け続けた子は、親の持つ感情を善だと刷り込まれるのだ。つまり、親が隣国を、そして隣国の魔女を悪し様に言えば、子もまた隣国の魔女を悪しき存在として認識する。それは決して馬鹿には出来ない現象であり、現在この国に巣食う害悪の基になっていた。


「なるほどそうか、わかった」

「え……あの、ほんとに……?」

「ああ。解っているとも」


 寝台の奥ーー窓際に座る魔女の必死な顔を余所目に私はドサリと寝台に腰を下ろした。そしてそのままゴロリと横になると寝台の上に手足を投げ出し、腕を頭の上で組むとハァと息を吐く。

 もし、この場に侍女アンナや侍従長ハンスが居れば『はしたない』と叱責されるであろう行為だが、寝室ここにはそれを咎める者は誰もいない。唯一の同居人ーー寝台の奥にいる子猫がビクリと身体を震わせたが、彼女は私の行動にとやかく言う事はない。


「こ、こっちには入って来ないでくださいね?」

「そなた、意外にシツコイな。解ったと言っているではないか……」


 視線さえ寄越さずに適当に返事を投げれば、納得できないのか、はたまた信用できないのか、魔女から困惑気味な空気が漂ってきた。

 まぁ、信用されないのも仕方がない。

 魔女本人は捕虜という立場に甘んじているが、第二王子が招いた賓客との立場ならば王城にて遇されて然るべきだ。『塔の魔女との外交』とすれば当たり前だろう。

 それが何をどうしたのか、捕虜として牢に隔離される事も、王族の賓客として遇される事もなく、王宮の奥宮でーーそれも、自身を攫うように命じた主犯と寝食を共にせねばならぬのだ。『何の冗談だ⁉︎』と魔女が混乱するのも無理はない。自身をこのような境遇に堕とした主犯、それこそが『狂気の王子』と呼ばれる私なのだから。


 ー不運な魔女おんなだー


 つくづくそう思わざるを得ない。だが不運は魔女にだけ訪れたのではない。このようにプライベートまで仕事に侵されてしまった第二王子わたしもまた、『不運な王子』と言い表しても良いのではなかろうか。


 ーまぁ、それも自業自得か……?ー


 チラリと視線を投げれば、子猫はおっかなびっくりと云うていで、シーツの端を掴んでいる。そして暫くの間、此方の出方を見ていた子猫も、此方に何の動きがないと分かるや、観念したようにシーツの中へスルリと足を入れ、此方へ背を向けてコロリと横になった。

 サラサラと肩から背へと流れる白髪が月明かりを受けて清涼な水のようだ。

 シンと静まりかえる寝室。互いが互いの吐息に耳を欹てていたのも束の間、寝台の奥から小さな寝息が聞こえ始める。刻は真夜中。ワザワザ私の帰りを待っていた子猫、その緊張の糸もとうとう切れたと見える。

 よくよく考えればこの子猫、こんな時間まで私の帰りを律儀に待っていたのだ。宮のあるじよりも先に寝なかったのは殊勝な心がけと言えなくもない。


 ーそれに、このお人好しの魔女には、私の寝首をかく事など出来はしまいー


 子猫には自身を不幸に貶めた主犯第二王子の『寝首をかく』といった思考そのものがないように思える。いや、その事自体を思いついていない節すらある。それ程にお人好しとも呼べる善良な精神を、子猫はーー隣国の魔女は有している。

 しかも、魔女はその善良さこそが自身をこのような窮地に追い込んだのだと理解してはいても、その善良さを捨て去ろうとはしていないのだ。

 王宮に運ばれてきた当初こそ、魔女の瞳には『復讐心』と『闘争心』とがあったが、時が経つにつれ、魔女が抱いていた『遺恨』や『憤怒』といった感情が次第に薄らいでいくようになったのは、他人わたしの目から見ても明らかだった。


 『魔導士は確かな倫理観を持たなければならぬ』


 精霊の力を操り、世界に干渉し、自然の法則を曲げて奇跡を起こす者ーー魔導士。精霊の力を駆使する魔法士わたしとはその在り方がまるで違う。

 彼ら魔導士は世界にすら干渉し得る強大な力を制御する為に、『確かな倫理観』を持たねばならないそうだ。それがシスティナにおける魔導士の規定。魔導士は世界を簡単に壊してしまえる暴力チカラを有しているからだとの理由だ。だからこそ、魔導士たる者は徹底した道徳教育を施されるのだという。


 ー皮肉なものだなー


 ライザタニアの民が『残虐非道の魔女』だと罵って憚らない魔女。その魔女の方がよっぽどライザタニアの民よりも確かな倫理観と道徳心とを併せ持つ『良識人』であったのだから。

 それに魔女が良識人である事は、システィナのみならずライザタニアにも庇護を齎す結果となっている。事実、魔女が国境に施す《結界》は自国内を守るに留まらず、《結界》を挟んだ此方側ーーライザタニアまで守る事となっているからだ。


 不要な戦争状態を起こさぬこと。それこそ、魔女が齎らした最大の戦果だと云える。


 もし、私が『塔の管理者』であったならば、ライザタニアなどとっくの昔に焦土と化しているだろう。ライザタニアはシスティナに向けて一方的に宣戦布告し領土侵攻しようと企てたのだ。もしも我が国がそのような蛮行を受けたならば、ライザタニアはその蛮行を許す事はなく、時を待たずして開戦の口火を切ったに違いない。

 もしライザタニアに魔導士という存在があったのなら、もし私がその魔導士であったのなら……私は迷わず、蛮国の兵士を討ち滅ぼしていたのは間違いない。


 だが、そんな『もしも』の現実はなしにはならない。


 システィナには恒久平和を願う精神が深く根付いている。その事が、システィナが我がライザタニアとの戦争状態を望まぬ現状へ至ったのだと考えられた。

 そもそも、システィナにはライザタニアに攻め入る理由はない。

 システィナには豊かな大地があり、豊かな大海がある。肥沃な大地で作る農作物。大海で漁れる海産物。最近では酪農にも取り組み始めたと聞く。また、一般家庭にまで流通する魔宝具マジックアイテムは国民の生活をより豊かにしている。そのような国がリスクを犯して他国を侵略する筈もない。

 システィナは建国より現在に至るまで他国に侵略行為を行った歴史はなく、戦争中の国に対しても徹底した中立の立場を示している。中立の姿勢をとるシスティナに対し近隣諸国は『日和見主義』『八方美人』と悪し様に言う事もある。だが、戦争状態を引き起こさない状態ーー恒久平和こそが最上の選択と言えるのではなかろうか。少なくとも国民に戦争状態を望む者はいない。そう。平和な日常に代わり得るモノなどない事を、システィナ国民はどの国の者より深く理解しているのだ。

 現にシスティナは『防御一辺倒』の態度を貫いている。国内の東西南北にそれぞれ『塔』を設置し、管理者に力ある魔導士を配置し、《結界》魔術により国防を強化しているのは、他国の兵を自国内に攻め込ませぬ事に重きを置いているに他ならない。

 それは一時的な処置に留まらず、このように敵国ライザタニアから一方的な侵略を受けて尚、その体制が揺ぐ事はなかった。


 ー現在イマもそうだー


 システィナを守る東西南北の一角、『東の塔』。その守護者たる魔女が敵国の手に落ちた現在イマもなお、システィナに体制変化はない。


 ー実に好都合だー


 それこそが我らにとっての狙い。好都合な状況、予測された状況、予見された未来なのだ。内乱状況にあるライザタニア国内に他国民を踏み込ませない為の布石。現状こそ、我らが望んだ未来なのだから。


 ー使われた魔女にとっては悲惨でしかないがー


 使われた本人とは言わずもがな、大きな枕を境界線に見立てて寝台の端で静かな寝息を立てている子猫ーー『東の塔の魔女』のこと。彼女こそ真の被害者と云える人物なのだ。


「ぅ……ん……」


 寝苦しげに小さな声を上げる子猫。寝台のど真ん中に大きな枕が横たわろうと、子猫が休むスペースは十分なものがある。元々、この寝台は大の大人が三、四人横になっても余裕ある大きさがあるのだ。そこへ何処かから持ち込んできた枕が置かれようとも、大した圧迫感は生まれない。ま、邪魔ではあるがな。


「それほど私の隣で寝る事が嫌なのか……?」


 確かに、婚姻関係にない年頃の男女が同じ寝台の上にある状況は好ましくない。その程度の事は私自身も充分に理解している。だがこの宮この室以外に、魔女の生命を守り得る場所が用意できなかったのだから仕方ないではないか。

 私とて自分の室でくらいゆっくり休みたい。魔女にも不都合はあろうが、私にも不都合ある状況だ。

 我慢をしている自覚もある。第二王子という地位を有している私とて、健全な精神と肉体を持ったライザタニアの紳士。人並みの性欲や肉欲も持ち合わせている。しかし、いや、だからと言って、嫌がる女を無理矢理襲う趣味などない。にも関わらず、侍従長・侍女長たちのアノ目はなんであろうか。まるで信用のないあの目線。自分のあるじを何だと思っているのか……?


はなはだ心外だ」


 ポツリと零せど、ここには肯定する者も否定する者もいない。

 ハアと幾度目かの溜息が口から溢れ落ちた。静まり返る寝室内にあるのは二つの鼓動、二つの吐息。

 ラチもない考えを止め、そろそろ夢の中へと旅立とうかと考えたその時、側で気配が動き、閉じかけていた瞳を押し開けさせた。気配の方に視線を動かせば、背を向けて寝ついていた筈の子猫の顔が此方側に向きを変えいるのが見て取れた。しかも、子猫は己で仕掛けた境界線をーー枕を抱き込むように、枕にすり寄っている。


「そちらから近づいては、境界線を引いた意味がないではないか?」


 抱き枕と化した境界線まくらと子猫とを見比べる私の顔には苦笑。自分から離れる事を望んだ子猫が自分からコチラに近づいてくる始末。親しい者たちから引き離された子猫が人肌が恋しく思うのは理解できる。しかし、側に第二王子わたしという人肌があるのに、その代わりを枕に求めるとは、些か理解し兼ねるな。


「……ゅ……」

「ん……?」


 側で耳を欹てれば、子猫は誰かを呼んでーーいや、誰かを求めているのが分かった。同郷の者だろうか。親しい親族であろうか。それとも愛しい誰かであろうか……?


 ー誰であっても会わせてやる事は叶わんー


 先日、私の下に『囚われの魔女を探して隣国システィナより間諜スパイが放たれた』との情報が齎された。それは、彼の国が傍観を止め行動に移った事の証拠であり、制限時間タイムリミットが生まれた証拠でもあった。

 『眠れる獅子を起こした』とも思われるシスティナの行動。しかし、これまで我が国がしでかしてきた暴虐無人の行動の数々を思えば、彼の国の怒りも当然。


「そなたを迎えに騎士ナイトたちが来ておるぞ」


 私は自身と子猫とを別つ境界線まくらを掴み退けると、暖を求めて無意識にすり寄ってきた子猫をそっと抱き寄せた。ふわりと鼻腔を擽る花の香。同じ石鹸を使っている筈なのに、その香は自分の物よりずっと甘く漂ってくる。


「そう悲観する事はない。そなたは見捨てられてはおらぬ」


 右手で腰を抱き左手で髪を梳く。その滑らかな指通りは水のよう。柔らかな肌は雲のよう。

 無意識であるにも関わらずグズリ始めた子猫の背をトントンとあやせば、子猫は鼻を鳴らして頬をすり寄せてくる。まるで親猫にでもなった不思議な気持ちが胸の奥から漂ってくる。


「その日までは私で我慢するがよい」


 ーーその日までは……。


 現在、我が国は二人の王子によって内乱状態にあるが、この中にも複雑な派閥がある。それは大きく分けて三つ。


 一つ、第一王子(あにうえ)率いる『解放軍』

 一つ、第二王子(わたし)率いる『革命軍』

 一つ、神殿と巫女が率いる『中立軍』


 現王から政権を奪った第二王子わたしから政権を解放しようと画策する第一王子あにうえ、その双方の共倒れを狙う神殿。しかし、爪先立ちのように立つ三つの組織ーー三竦みの状態は何時迄も拮抗を保っておれはしまい。いずれは『その日』が訪れるのだから。それは決して遠い未来ではない。そして、その日が来ればこの不自由な状況も改善される。


「大丈夫だ、アーリア。そなたは一人ではない……」


 ーだから泣くなー


 『お前など必要とされていない』と責める口で『お前は一人ではない』と口にする矛盾。我が事ながら呆れ果てる性格の悪さ。辟易するこの性格は誰の教育の所為せいであろうか。


「嗚呼、そなたは温かいな……」


 脳裏に過ぎる全ての事柄を排除し、私は子猫を抱いて目を閉じる。そして私は瞬く間に訪れる睡魔に意識を委ね、穏やかな眠りへと落ちていった。



お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、ありがとうございます!本当に嬉しいです!!


『境界線とは』をお送りしました。

自称☆悪代官 第二王子殿下の独白という名の愚痴でした(笑)

監禁生活にストレスを感じていたのはアーリアだけではありませんでした。監禁した側のシュバルツェ殿下もまた、自分の置かれた立ち位置に苦悶していたのです。しかもそれが自業自得だとも自覚していました。それ故、他の誰にも漏らせぬ愚痴だったのです。

そして、第二王子殿下の耳にシスティナの間諜スパイの情報が届きました。間諜たちの同行も気になるところですね?


次話も是非ご覧ください(*'▽'*)




※(余談)※



「えっ⁉︎ 何で……?枕は……?」

「そなたの方から此方へ来たのだぞ?」

「えっ……⁉︎」

「随分と大胆ではないか?」

「ーー⁉︎」


 日が昇り目を覚ましたアーリアは、自身の身体が何故か変態王子の胸の中にある事に混乱した。だがその混乱など狂気の王子にとっては何の意味も持たない。王子はアーリアの柔らかな髪に顔を埋めると、髪を食むように唇を寄せる。


「朝餉までは時間がある。もう少し休まぬか?」

「ひゃ……⁉︎ 殿下、耳元で喋らないでください」


 殿下の声が頭の骨を通してジンと深く響く。すると甘い痺れが全身を包んで、アーリアの手足を痺れさせるのだ。


「ほら、いい子だから……」

「〜〜‼︎」


 寝ぼけているのではないだろうか、そう思えるほど優しい王子の仕草に、アーリアはドキマギと胸を鳴らす。凶悪な表情かおを浮かべて人の嫌がる事を勧んで行う『狂気の王子』シュバルツェ殿下。王子の言動に振り回されているアーリアは、第二王子の性格を測りかねている一人であった。


「殿下、離れて……!」

「まぁ、良いではないか」

「どこの悪代官ですか⁉︎」

「ハハハッ!悪代官か。うむ、それも悪くないな」

「良いワケないでしょ⁉︎ 離れてください!」


 アーリアの叫びは押さえつけられたシュバルツェ殿下の胸の中に消えて、その耳まで届く事はなかった。


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