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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と狂気の王子(上)
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※裏舞台4※ 領主としての矜恃2

 ※(アルカード領主カイネクリフ視点)



 パチパチと火が爆ぜ、炎は柱を、壁を、家具を焼いていく。天使の彫刻が施された柱が、幾何学模様が描かれた壁のタペストリーが焼け爛れ、煙を立てて燃え上がる。炎はもう間近まで迫っている。


「リロード。騎士団との連絡は?」

「不通です、領主」

「魔力妨害。それとも思念妨害か……防火装置が動かないのもその所為か。姑息な真似を……!」


 側近リロードに問えば即座に答えが返ってきた。その可愛げのない答えに苛立ちを覚える。しかし、それは決して側近リロードの所為ではない。領主館に火を放ち、今正にアルカードに争乱の最中に放り出さんとしている不埒者共の所為なのだ。

 通常、領主館とアルカード各所に点在する各施設には直通する連絡手段が存在する。手段と言っても魔宝具《通話》を用いた直通回線が設置されてあるだけなのだが、それらの魔宝具を作動させれど各施設との連絡が不通なのだという。魔力を込めるだけで魔宝具に備わっている魔術効果が発動される。だが、それが効果を発動されないとなると、その原因はそれほど多くはない。魔力妨害および思念妨害だ。魔力を操作する行為そのものを妨害する《魔力妨害》、魔術を操作する行為に必要な思念を妨害する《思念妨害》だが、そのどちらをも可能とする魔宝具の実在はシスティナでは確認されていない。ただ、三年前のライザタニアとの戦争の際に、それらが使用された形跡があるというだけというニワカ情報があるのみだ。けれど、現在の状況を見れば、やはりそのような魔宝具が秘密裏に製造されているのは確かなようだ。全く、困ったものだね。


「ご領主、素が出ていますよ?」

「この場には麗しい女性がいないから問題はないだろう?」

「そうですね。今の貴方の表情(かお)を見たら、きっとお嬢様方は震え上がりますよ」


 こんな時までリロードの生真面目さは崩れない。馬鹿みたいに眉を寄せて私の顔を覗き込んでくる。思わず舌打ちしそうになり、苦々しげに顔をしかめた。


「煩いよ。リロード、この火災は領主館だけではないのだろう?」

「はい。街の中にも火の手が上がったと報告がありました」


 チッと舌打ちが出る。領主や領主館が狙われる事は良くある事だ。狙われるのも仕事の内だ。

 アルカードはシスティナの東の要所、軍事都市だ。兵士や兵団、騎士や騎士団の駐屯基地としての機能がある。隣国ライザタニアからの侵攻に対処する為、領主としての役割は他の街よりも多岐に渡る。勿論、責任に付随する地位も高い。だが、それをどう勘違いしたのか、領主(わたし)を害し、その地位を得ようと考える馬鹿が一定数存在する。鬱陶しい事この上ないが、これも仕事の内と諦めている。しかし、このように堂々と領主館を襲撃し、火を放つなどといった気合の入った夜襲は初めてだった。しかも、火災が発生さてなお消火の魔宝具が起動しないともなれば、計画的な犯行としか思えなかった。


「ーー御領主様!もう間も無く火がこちらまで廻ってきます。お早く退避をッ」


 領主執務室に数名の護衛騎士が駆け込んで来た。


「領主館職員は皆、退避できたか?」

「はい。完了致しました。後は此方の皆様だけです」


 《魔力妨害》か《思念妨害》かは分からないが、魔宝具という魔宝具が作用しないが為に、火災を容易に鎮火できていない。水魔術で生み出した水をぶっ掛けて火を鎮火するしか方法がないのだ。人海戦術で作業するにも、先ずは非戦闘員を非難させる事が重要だった。この際多くの重要書類は諦めるしかないと考え、最低限の書類を職員たちに持たせて非難させるしかなかった。


「領主館前広場まで避難した後、そこに対策本部を設置する。先発した者たちが既に準備を進めている」

「承知しました」


 私の言葉にリロードは頷き退避を目で促した。私は護衛騎士たちの先導を受けて火の中を駆けた。魔術で水を掛けていた騎士の間を抜け、正面玄関より領主館前広場へと駆け抜けていく。広場の中央では既に天幕(テント)が建てらていた。当分、此処が臨時領主館となるだろう。

 天幕の中に入ると、アルカードの地図が広げられている(テーブル)の前へと進み出た。そこへ領主の到着を待っていた職員たちや兵士騎士たちが集まってきた。彼らの視線を受けると、私は一言「報告を」と告げた。先ず報告を上げたのは領主館所属のアルカード騎士団の者だった。


「城壁内に上がった火は少なくとも三十ヶ所以上。特に大きな火災となっているのは五ヶ所です。一つ、南区役所。一つ、北区役所。一つ、東区役所。一つ、西区役所。一つ、中央鐘楼。そこから飛び火して被害は今尚、拡大しております」


 予想以上の被害に私の眉根が僅かに潜められた。正体不明の襲撃者。街の要所を的確に突いた襲撃にはぐうの音を出ない。争乱や災害に対して指示を出さねばならない者たちが被害者となってしまっては、収まる騒動も収まらぬというもの。有能な兵士も騎士も、それを使う指揮者がいて初めて本来の力が発揮できる。個としての力がいくら高いからといっても、向かう方向が違えば烏合の衆でしかない。

 まだ見ぬ襲撃者は『集団』というモノの本質を知った上で、的確に弱点を射抜いてきている。私にはそう思えてならなかった。


「図書館はどうなった?」


 掌をぐっと握り込むと次の報告者へと顔を上げた。眼鏡を掛けた神経質そうな優男。彼は書物を愛していると言って憚らぬ変人だ。書物は国の貴重な文化財だと理解する事は出来ても、私には彼のように愛する事はできないだろう。


「早期消火が間に合いました。現在、そちらを救護施設に充てております」


 一つ頷くと、視線を次の者へと移した。


「『東の塔』の様子は?」

「『東の塔』の周囲が森林火災に見舞われております。騎士団の第一師団が巡回中との情報を得ました」

「《結界》は無事なのだな?」

「は、今のところはとしか申せませんが」


 知らずホッと息を吐く。『東の塔』と《結界》が健在であること。これは、国境防衛の任を担う軍事都市(アルカード)として、何よりも重視せねばならぬ案件だった。ライザタニアがシスティナ侵略を諦めていない現状で《結界》を解く事ーー解かれる事などあってはならないのだ。《結界》の消滅などといった事態になれば、ライザタニア軍はこぞってシスティナへの侵入を果たすだろう。


「国境付近は?」

「ライザタニア軍に動きはありません!」


 一つ頷き喉を鳴らす。すると、バサリと天幕の扉が開かれ、一人の騎士が姿を現した。


「ーー失礼致します!塔の騎士団より連絡が入りました」

「聞こう」

「駐屯基地内で火の手が上がり、現在、総力を上げて消火及び魔女様の保護を行っているとのこと。指揮は副団長アーネスト様が務めておられます」

「ッーー!魔女殿はご無事かっ!?」

「申し訳ございません。魔女様の情報は入っておりません」


 私の周囲に集う部下たちがヒュッと息を飲む音が耳に届いた。或いは自分の喉が鳴った音かも知れない。それほどに齎された情報は私たちの精神を揺さぶるものだったのだ。

 魔女ーー『東の塔』を統べる管理者。国境防衛の要である《結界》は魔女ひとりの力で保たれている。魔女はおよそ三年前のライザタニア軍侵攻の折、斃れた前魔女に代わり《結界》を敷いたアルカードの救世主なのだ。魔女の正体は不明とされていたが、この三月前に突如、『塔の定期点検』の為に訪れた際に騎士団により保護され、不運にも囲われてしまったのだ。それ以来、魔女は『塔の騎士団』の駐屯基地に生活基盤を置いていた。

 国境防衛の為の《結界》設置は容易な事ではない。何しろ、国境高域に物理攻撃、精神攻撃の双方に対応した防御結界を施す必要があるのだ。その為、『塔の魔女』には力ある魔導士が選ばれるのは必然であり、現魔女はその中でも過去類を見ない程の力の持ち主であった。三年に渡りどの様な攻撃に対しても微動だにせぬ《結界》。その信頼度は高い。今日(こんにち)のアルカードのーーシスティナの平和はこの《結界》の存在が大きく影響しているのだ。

 《結界》への信頼度が高ければ高い程、隣国ライザタニアが受ける脅威も高くなるというものだ。国境防衛が一人の魔導士の手によるものだと知るライザタニアは勿論、システィナ征服を目論む他国からの刺客は後を絶たない。そのような不埒な襲撃(モノ)たちから魔女を守るのが『塔の騎士団』に所属する五百余名の騎士なのだ。だが現在、その騎士団が駐在する駐屯基地にも、領主館同様に火が放たれたという。


 ードンッー


 怒りで震える拳が卓を叩いた。


「……これら全ての火災は『塔の魔女』を狙って起こされたものだ」


 領主館職員たちの顔に影が落ちる。


蛮族ども(ライザタニア)めッ!」


 ギリギリと握り叩きつけた拳は卓を揺らす。

 領主館を含め街中に火が放たれ、アルカードを混乱に導くその目的は、アルカードで最も尊ばれるべき者ーー『東の塔の魔女』の生命(いのち)。ライザタニアからの襲撃は予測できた事態なのだ。であるにも関わらず、私はーー我々は突きつけられた事態に混乱し困惑し、対応が後手に回ってしまっている。しかも事態は刻一刻と深刻化しており、事態の回復は容易ではないときている。


「ーーご領主!西区と北区の間で暴動が発生しました!負傷者多数。応援を要請しております」

「ーーご領主!東の城門外に亜竜(ワイバーン)の群れが出現したとのこと!ただ今、アルカード騎士団第三小隊が対応中」

「ーーご領主!混乱した市民が領主館前広場に殺到し始めました。現場の職員だけでは捌き切れません」


 悔しさから身体に震えを覚える時間も束の間、臨時の対策本部には続々と報告が齎されたてくる。この争乱の収集を指揮する者はこのアルカードには領主ーー私しかいない。どれだけ焦燥感に苛まれようとも、今は個人の感情を優先して良い場面にはないのだ。


 ー私の肩にはアルカード領民十万人の生命がかかっているー


 息を整え擡げていた顔を上げると、この場に集まる部下たちへと指示を与え始めた。


「アルカード騎士団第一、第二小隊を塔の騎士団へ回す。第四小隊は第三小隊に合流。第五、第六、第七小隊はアルカード市内の消火と暴動の鎮圧に当たれ。第八小隊は市外の巡回。第九、第十小隊は領主館前広場で民間人の保護及び救護を担当せよ。リロードを領主代理として領主権の一部を委任する。この場にて指揮に努めよ」


 命令に対して部下たちの『御意』との了解の言葉を受けると、私は一つ頷いて卓をトンと叩いた。


「お待ち下さい!領主、何処へ行かれます?」

「私はアルカード騎士団へ合流する」


 自らの身を翻し、天幕を後にしようとした私を第一側近リロードが制止した。


「なりません!何処に襲撃者が潜んでいるとも分からないのですから」


 リロードは側近という役目と共に私の専属護衛の役目を持つ男だ。リロードとの付き合いは長い。その長い付き合いの中で、彼は私の政策が至らぬ時には諫言を持って止めるほどの信頼を得ていた。

 リロードは私の専属護衛として制止を口にしたのだろうが、今、彼の制止は私の行動を止めるには至らない。


「だからだ。この火は『中』から上がった。即ち、襲撃者はアルカード内に潜んでいるという事だ。領主館ですらこの様だ。ならば、『塔の騎士団』はどのような状況に晒されているかなど大方の想像がつく」


 肩に置かれた手が私の行動を阻もうとする。


「《結界》は消えてはおりません」

「『未だ』な」

「ーー!」


 私は肩に置かれたリロードの手を外した。


「このアルカードで最も重要な人物は誰かなど、分かり切っているだろう?勿論、領主(わたし)ではないよ。彼女ーー魔女アーリア殿だ」


 リロードは口を閉じ、真横に引き絞った。生真面目な顔ーー眉の間に強いシワがはしる。


「一人の人間の生命より百の人間の生命を選ぶのが領主の責。だが、あの少女を救わねば百以上の人の生命が危険に晒されてしまうのだ」


 私は領主を守る為に配置された顔馴染みの護衛騎士に視線を投げると、コートに袖を通しながら再度指示を繰り返した。


「リロードはこの場にて領主代理を務めよ」

「……御意。領主、お気をつけて」


 苦々しく頷くリロードは、最早、私の考えに反対する事はなかった。私が護衛騎士に「行くぞ」との声を掛ければ、背後からは領主代行リロードの「負傷者の収容急げ!」との声が上がる。同時に領主の命令を実行に移すべく、職員たちはそれぞれの役割と責任を果たすべく動き出した。



 ※※※※※※※※※※



「全く、君は本当に規格外の魔女だよ」


 あれからひと月余り。襲撃者によって齎された争乱によって混乱状態が続いたアルカードも漸く普段通りの静けさを取り戻しつつある。それもこれも、『東の塔の魔女』の存在が大きな要因となっている。今現在も、東の空に輝く《結界》が民衆の心の拠り所になっているのだ。

 実際には『東の塔の魔女』はライザタニアからの襲撃者によって拉致され、未だ生存は勿論の事行方すら判明していない。『魔女は無事である』と民衆には虚偽の情報が流され緘口令が敷かれてはいても、気づく者は気づき始めている。このままでは魔女の不在を隠し果せるかは微妙なところだ。


「いくら『魔女(自分)の生命の心配はするな』と言われていても、ねぇ……」


 魔女不在の現在(いま)も『東の塔』の《結界》は維持され、ライザタニアからの侵攻を阻んでいる。互いの国で牽制の意味でも威力偵察が繰り返されてはいるが、システィナ側には被害らしい被害は出ていないと聞く。『東の塔の魔女』の《結界》のお陰だ。彼女は自身の生命が危険に晒されてなお、自国の平和を守っているのだ。

 王都から秘密裏に力ある魔導士が送られて来た。だがしかし、その魔導士の力を持っても閉ざされた『東の塔』の術を解く事は叶わず、未だ、門すら潜れないという。その状態を見た者たちは皆、改めて魔女アーリアの力を再確認させられたという。


「君は領主(わたし)の事をーー私たちの事を見縊り過ぎているよ。『見捨てろ』と言われて大人しく『(はい)』と言うとでも思ったのかい?」


 ライザタニアからの一方的な侵略行為に防戦一方。一度ならず二度迄も魔女の命を犠牲にして生き永らえたアルカード領民。悲しみが憤りへと変化を遂げるのは必然だ。アルカード領民が何時迄も唯々諾々と王宮の指示を呑む筈が、ない。


「受け身ばかりでは未来を切り開く事なんて、できはしない」


 停滞は腐敗に繋がるのだ。偽りの平和を真の平和に導くのは国民一人ひとりであるべきだ。ただ一人の生命を犠牲にして享受する平和など、平和だとは言わない。


 ー領主としての矜恃を舐めてもらっては困るなー


 私は唇に笑みを浮かべると、瞳に強い意志を宿して東の空を見上げた。




お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、本当にありがとうございます!とても励みになります!!


『裏舞台4:領主としての矜持2』をお送りしました。アルカード領主カイネクリフの独白でした。

カイネクリフはアルヴァント公爵家の血筋。国家と王家、国王陛下への忠誠心は人一倍濃く持ち合わせています。しかし、それは盲目的な忠誠心ではありません。一方的に心酔するをヨシとせず、国家の安寧の為ならば、敢えて肉を斬らせて骨を断つをヨシとしています。

その心情は領主だけではありません。同じ地で過ごす領民たちもまた、領主と気持ちを同じくするでしょう。


次話も是非ご覧ください!

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