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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と狂気の王子(上)
303/500

※裏舞台4※ 領主としての矜恃1

 ※(アルカード領主カイネクリフ視点)



 温かな日差しの差し込む談話室(サロン)。苺や林檎、蜜柑などのフルーツ、色とりどりのマカロン、生クリームがたっぷり乗ったケーキ。所狭しと並べられた甘味(スイーツ)は目と舌を同時に楽しませてくれる。まぁ、私はそれら甘味に舌鼓を打つよりも、嬉しそうな表情で甘味を頬張る少女を眺めている方が万倍楽しくあるのだがね。

 眼前の少女と云えど彼女は立派な淑女(レディ)。しかし、十八歳の成人を迎えたと耳にしたが、そうは見えない。特に生クリームを頬張った時の表情などは一際幼く見える。生クリームのような白い髪。苺のような赤い唇。見る角度で色を変える虹色の瞳。彼女はまるで幼い頃に読んだ御伽話の精霊姫のようだ。この無垢で穢れない少女を己が手で手折ったならば、と誘惑に駆られた瞬間、すぐ側に控えた部下から殺意に満ちた視線で射抜かれてしまった。付き合いが長いので私の思考が簡単に読まれてしまうのだ。


「カイネクリフ様」

「なにかな?アーリア嬢」


 眼前の少女ーーアーリア嬢に向かってにっこりと微笑めば、アーリア嬢はカチャリとカップをソーサーに降ろして私の瞳をとっくりと見つめて来た。虹色の瞳がキラキラと輝く。飴玉のように甘そうな瞳だ。


「私のこと、そこまで監視なさらなくても大丈夫ですよ。きっと、カイネクリフ様が恐れておられる様な事態(こと)にはなりませんから」


 私はハタと手を止めた。


「……気づいていたのかい?」


 アーリア嬢からの思わぬ言葉に驚きを持って尋ねれば、彼女は微笑んで「ええ」と頷いた。


「カイネクリフ様の部下の皆さんは容姿美麗な方が多いですよね?」

「ハハッ!そんな理由で身バレするとは思わなかった」

「容姿が良いと、やっぱり街中では目立っちゃいますよ?」


 秘密裏に私の部下たちをアーリア嬢の監視につけていたのだが、それが本人によってアッサリ看破されていたのだ。しかも、その理由というのが『監視員が容姿端麗だったから』とのこと。予想外の事態過ぎて逆に笑いがこみ上げてきた。


「それで、私が恐れている事態とは何かな?」

「強いて挙げるなら三点。特定の貴族と繋がりを持つこと、国や王家を裏切ること、そして私がーー」

「『塔の魔女』が害されること、かな?」


 笑いを止めると私は頬に手を置いて小首を傾げた。すると、アーリア嬢は一つ頷いて私の問いに答え始めた。迷いなく答えてきた三つの項目は、まさに私が『恐れている事態』だった。

 『塔の魔女』とはシスティナの東の国境を守護する者の総称。人が通行可能であるライザタニアとシスティナの国境全域に《結界》を施し、その維持に努めるのが魔女の責務だ。

 これまで『塔の魔女』の選出には貴族子女が選ばれてきた。国境は隣国との境目。隣国との政治的な交流を行う事も想定されている為の選出だ。また、『塔の魔女』は外交官の役割も担う。その為、貴族である事は優位に働く。

 だが、今現在『東の塔の魔女』を勤めるのは眼前の少女アーリア嬢だ。彼女は力ある魔導士ではあるが平民の出。保護者はシスティナの至宝ーー等級10の称号を持つ『漆黒の魔導士』殿ではあるが、出生出自の不確かな少女を『塔の魔女』としておく事に否を唱える者は少なくない。それは、彼女の後見として王太子ウィリアム殿下および宰相アルヴァント公爵が務めておられる現在も鳴り潜んでいない。平民魔導士が欲に駆られて王家や王宮に不利な動きを取るのではないか、悪徳貴族の傀儡になるのではないか、そう考える貴族の中には、『国の不利益となる前に魔女を闇に葬ってしまおう』などと過激な考えを持つ者もいるのだ。現に、魔女の滞在する騎士団には大なり小なり夜襲があるとの報告も受けている。

 私からすれば、そのような貴族の行動は浅はか極まりないと言わざるを得ない。後見に王太子殿下および宰相閣下という、国でも超重要人物がついておられるという事は、魔女本人が彼らからの信頼を得ているに他ならない。その魔女を亡き者にしようとは、王太子殿下と宰相閣下を敵に回すと宣言するも同義だ。

 けれど、そんなバカ貴族の動向よりも私が案じている事は、この魔女が『不慮の事態』に巻き込まれはしまいかと云う事とーー


「私の意思でどこかの貴族と繋がりを持つなんて事はありません。ルイス様……アルヴァント公爵様を裏切る事になりますから」


 私の想いを知ってか知らずか、アーリア嬢は叔父上の名を出して『貴族と繋がりを持つ事はない』と明言した。


「君は伯父上を好いてくれているのかい?」

「はい。王都ではリディエンヌ様にもお世話になりました。それにジーク……ジークフリード様にも」


 彼女の口から『ジーク』の名が出た事に、私は何故か面白くない気分になった。ジークフリードとは私の従兄弟にあたる男で、アルヴァント宰相閣下の四番目のご子息だ。自分たちからすれば『何処が?』首を捻る事態なのだけど、どうも他者から見ればジークと私の容姿には似通った点があるらしい。アーリア嬢も初対面時に私の顔を見てジークの名を口に出した事があった。

 ジークとアーリア嬢には目には見えぬ絆がある。前宰相サリアン公爵に嵌められ、逃亡の日々を送らざるを得なかったジークをアーリア嬢が救った経緯があるのだ。

 追手から逃げる日々。頼れるのは互いだけ。二人っきりの逃亡旅。その様な状況下、二人の間に強い絆が生まれたとしても、何ら不思議ではない。


 ー二人は恋仲ではないと聞いたが?ー


 私がこのような可憐な少女と二人っきりで旅をしたならば、今頃、深〜〜い仲になっている筈だ。『敵の追撃を躱しながらの逃亡旅』など、恋や愛が生まれて然るべき環境ではないか。それをあの男、一体何をしていたのか!?

 いや、この際、何もしていなかったと言おうか。心の中で『腑抜け』『甲斐性なし』と何度ナジってやった事か。そう思ったのは決して私だけではない筈だ。けれど、あの男は私たちの心情など意にも介さず、王宮に戻るや否やアッサリと騎士復帰を決め込み、現在では近衛騎士として熱苦しい日々を送っている。

 しかし、アーリア嬢とは別の人生を歩む事を決めたのはあの男の方であるというのに、どうやらあの男ーージークにはアーリア嬢に対して未練があるらしい。しかも滴る程に。これはジークのすぐ上の兄アルフレッド情報だ。


「それに、私は王家を裏切ったりなんてしませんよ。この国で生きていけなくなっちゃう」

「フフフ。そこは『王家に忠誠心を持っているから』とは言わないのだね?」

「私は王家の皆様を尊敬してはいます。けれどそれは『忠誠心』とは言えないから……」


 苦笑を浮かべるアーリア嬢。システィナに住んでいるから、王宮の官吏として働いているからといって、全ての者が国家や王家に対して忠誠心を持って仕えている訳ではない。『忠誠心』とは目には見えぬ感情。他者から己の中にある想いの全てが判る筈もなく、同じ相手に対する『忠誠心』と云えども、それらが全く同じ感情とは限らない。

 国家と王家、国王陛下に対する確かな忠誠心。鋼の忠誠心を持つ近衛騎士。彼らの忠誠心ですら同一であるなどと私が判じる事はない。同じ人間などとこの世には存在しないのだから。

 だから、例えアーリア嬢が王家への忠誠心を持ち合わせていなかったとしても、私は一向に構わない。責めるつもりもない。寧ろ、『忠誠心』を傘に着たニワカ貴族や騎士よりも、こうして素直に自身の気持ちを表すアーリア嬢の方が好感を持てると言うもの。


「なるほど。それにしても随分と素直に話してくれるのだね」

「言わなくとも、カイネクリフ様ならば既にお気づきのことでしょう?」

「まぁね。君から示唆されたその三点ならば、私は君が他者に害される事態を一番に恐れているよ」

「私の周囲には『塔の騎士団』の皆さんがいらっしゃるのに?」

「ああ。君が籠の鳥のように騎士たちによって守られていても、いつ如何なる時に危機的な状況に陥るかなんて、分からなかいからね」


 アーリア嬢の背後に控える騎士たちの表情が僅かに動いた。彼らは領主たる私から自分たち『塔の騎士団』の力に不信感を抱かれたとでも、感じたのだろうね。騎士という者たちは正義と愛と忠誠心に燃える種族。アルヴァント公爵家と血の繋がりを持つ私が言えたギリはないが、私は中途半端な忠誠心を振り翳す者たちが心底嫌いだ。口では『騎士の誇り』だ『忠誠心』だナドと言っておきながら、結局のところは自分たちの精神(こころ)が一番大事なのだとする騎士たちが。暫く前に騎士団より解雇(クビ)になった若手騎士たちが良い例だね。


 ーあんな騎士(バカ)どもが一番嫌いだよー


 口元に笑みを目元に怒りを浮かべる私の微笑に、その場の空気が冷えていく。

 騎士たちも私から向けられた威圧感を感じたったのだろう。硬い表情を浮かべながら沈黙を貫いている。私たち二人の会話の邪魔をしない程度の常識は持ち合わせているようで何よりだ。


「大丈夫ですよ、カイネクリフ様」


 冷え切った空気を破ったのは、この場において一番騎士とは程遠い存在である魔導士だった。肉体労働を得意とする騎士と頭脳労働を得意とする魔導士。裏と表、月と太陽、水と油、月とスッポン……あ、コレは違うか。兎に角、このような関係ではあるが、二者は特段敵対している訳ではない。戦乱や争乱、災害に於いて共闘する場面もあるくらいだ。

 アーリア嬢は私から放たれた威圧感に気づかなかったのか、それとも気づいていて無視したのかは分からないけれど、冷えた空気を切り裂くように言葉を発した。


「私の身に何が起きたとしても『塔』の《結界》は消えたりしません」

「それは、『魔女()生命(いのち)に危険が及んだとしても』か……?」


 笑みを消した私は十歳(とお)以上も歳下であるうら若き乙女アーリア嬢の瞳を鋭く射抜いた。しかし、アーリア嬢は私からの威圧にたじろぐ事も怯える事もなく、真っ直ぐと私の瞳を見つめ返してきた。


「だから、領主様は安心して領主業に専念なさってください」


 前魔女は不幸な事故によって生命を落とした。領民たちを救う為に塔を降り、野に出て、敵の手にかかったのだ。魔女の落命と共に国境を守護する《結界》は失われた。騎士たちは主たる魔女を守り切れなかったと知った。領主(わたし)はその時、『どうにもならぬ状況があること』を骨身に染みて理解させられた。

 どれだけの人間が同じ想いの下に戦おうとも、どれだけの人間が守りたいと尽力しようとも、『最悪の事態』を回避する事が不可能な状況が生み出されてしまう事があるのだと。いくら魔女が周囲に気をつけて生活していようとも、いくら騎士たちが魔女を守っていようとも、『避けられぬ事態』の前には無力なのだ。


 ーこの魔女は、気づいているのだろうか?ー


 王宮の奥深くで守られていようが、塔の騎士団の下へ保護されていようが、襲いくる悪意の手の前ではどちらも大した差はない。隣国の状況、そしてこの国の在り方が変わらぬ事には、この歪な状況に何の変化も起こらない。

 私は詰めていた息をフウと吐き出すと、眉を寄せて苦い笑みを浮かべた。


「君の身に何事かあらば、私はルイス伯父上に殺されてしまう。伯父上も君に好意を持っていらっしゃるからね。それに、そのような事態になれば、君を大切に想う者たちが黙ってはおるまい?」


 ルイス伯父上ーーアルヴァント宰相閣下はこの少女の事に対して甚く関心をお持ちだ。サリアン前宰相を断罪する折に獣人とされ監禁生活を余儀なくされていた伯父上をお救いしたのが、アーリア嬢と彼女の専属騎士だという。また、サリアン前宰相に暗殺されかけていた第二王子ナイトハルト殿下のお命を救い、サリアン前宰相を断罪するに至る状況を助けたのも彼女たちだと聞いた。その事件を機に、伯父上からアーリア嬢へ直接コンタクトをお取りになり、その際、アーリア嬢の置かれた微妙な状況を慮られると、自らが後見人となる事を宣言なされた。アーリア嬢は魔導士としては優秀なのだが、いかんせん身分が低過ぎる。貴族社会に於いては身分がモノを言う事も多く、いくら実力があろうとも、振りかざされた権力の前には無力なのだ。

 公爵家筆頭たるアルヴァント公爵家の当主が後見人となる事。それは即ち、アルヴァント公爵家がアーリア嬢の責任を肩代わりするという事なのだ。ルイス伯父上がアーリア嬢を守る盾としての役割を買って出たこと。それはアーリア嬢にそれだけの価値があると名言したに他ならない。加えて、好色家でもある(この場合、悪口ではない)アルヴァント公爵ルイスが身体を張って魔女を守る事を宣言したともなれば、アーリア嬢がどれほど伯父上から好かれているのかが窺えるというもの。

 それに、彼女の背後にはシスティナ最強と謳われる『漆黒の魔導士』殿が控えている。()の魔導士殿は国王陛下と直接交渉できる程の権力を有していると聞く。未だ若輩者の部類を出ない歳でありながら幾人もの養子と弟子を育てる魔導士殿は、子煩悩である事も知られている。もしもアーリア嬢の身に何事かあらば、犯人は勿論のことシスティナにも明日はない。


 ーそれに、任務とは別としてアーリア嬢を守らんとする者は少なくないー


 現在、私に対して射抜かんばかりの視線を投げかけてくる茶髪と黒髪の二人の騎士。彼らは私の言葉がアーリア嬢の心に影を落とすのではと心配しているのだろう。彼女の身体だけではなく、精神(こころ)をも守らんとする心意気からは、騎士としての矜恃を感じなくもない。


「私の世界はとっても狭いんです。私の大切な人たちが暮らす場所を守りたい。私にはただ、それだけしかないから……」


 恥いるように俯くアーリア嬢。彼女のその言葉は、聞く者が聞けば身勝手に思えるかも知れない。けれども、それは誰だって同じではないか。

 見知らぬ者の生活や幸せにまで責任を持つ事など、誰ができるというか。国家とてそうだ。自国の平和と平和な日常を願いはしても、国民一人ひとりの生活に責任を持つ事はできない。道路を整備し、飲料水を確保し、領地を管理する。生活基盤の整備と管理は行えども、それ以上の事ーー個人の生活は個人で責任を負わねばならないのだ。何もかもを国が行うなどナンセンスでしかない。そんなもの、とても『健全な国家』とは言えない。


「恥いる事はない。個人の平和が国家の平和となるのだ。己の信念の為に生きる君を卑下する事のできる者など、この世の何処にもいない」


 私は立ち上がるとアーリア嬢の座る椅子の側へと歩を進めた。そして、俯くアーリア嬢の顎に手を添えるとそっと上向かせ、その柔らかな頬に指を這わした。


「私は領民を守る為に魔女()を見殺しにする事などしない。今や君も私の大切な領民の一人なのだからーー……」


 大きく開けたアーリア嬢の(オパール)が一際美しく煌めいた。

 私の言葉に拍子抜けしたのだろうか。少女の惚けたような表情は実に愛らしい。私は両手で柔らかな頬を挟むと、額にそっと唇を落とした。そして、ポカンと開いた唇にツゥと親指を這わせば、パッと頬が薄桃色に色づいた。益々、大きく見開かれる瞳は今にも零れ落ちそうだ。


「ふふふ、アーリア嬢。騎士なんて不粋な男たちは止めてさ、やっぱり、私と恋をしない?大人の恋を教えてあげるよ?」


 鼻が触れるほど近くで囁けば、顔を真っ赤に染めたアーリア嬢は力一杯「しませんっ!」と断ってきた。う〜ん、君とは良い恋ができそうな予感がしているのだけどね。ジークや騎士の小僧よりも私の方がずっとオススメなのだけど残念だ。そう思っていると、いつの間にやら側まで近づいて来ていた側近と幼馴染みの騎士によって、私はアーリア嬢から引き剥がされてしまった。しかも、二人揃ってガミガミと説教までし始めた。頭の硬い連中だよ、あ〜〜ヤダヤダ。


 ー恋愛に身分や年齢は関係ないのにね?ー


 アーリア嬢に向かってウインクすれば、ポッと頬がスモモのように赤く染まる。初々しい表情(かお)がなんとも私の心を擽るよ。君に絆されるのは伯父上と従兄弟殿だけで十分だと思っていたけれど、やはり私自身も恋多きアルヴァント公爵家の一員なのだと、ため息を吐いて諦める事にした。




お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、とっても嬉しいです‼︎ありがとうございます(*'▽'*)


『裏舞台4:領主としての矜持1』をお送りしました。

ご領主カイネクリフの女誑しは相変わらずのようです。しかし、彼は領主としてシスティナの貴族として、国家の安寧を誰よりも願っています。その為領主は、隣国ライザタニアと接するアルカード領を守る算段を思案すると共に領民の健やかな暮らしを願い、対策を立てています。


次話『裏舞台4:領主としての矜持2』も是非ご覧ください!


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