※裏舞台1※ 黒犬の夢
それはライザタニアによる襲撃より少し前の出来事。
「君、昨日も此処から出てきたね?」
システィナ東の国境ーー軍事都市アルカードに拠点を置く『塔の騎士団』の主要施設の一つ、騎士たちが寝泊りする騎士寮の通用口から出てきたアーリアの足を止めたのは、知らない青年だった。年齢は二十代後半、茶髪の短髪、小綺麗な身形、灰の瞳には怪しい好奇心が覗く。
「えっと……貴方は?」
裏門から入り込んだであろうその青年に対し不信感を抱きつつも、アーリアは一応の礼儀としての言葉を交わした。
「これは失礼。僕はシグニー新聞社の記者オベールという」
「記者……?」
「そう。親民新聞って言えば、この辺りじゃそこそこ名の売れたタブロイド紙なんだけど、その様子じゃ知らないのかな?」
「えっと、ごめんなさい」
「いや、良いんだ。最近の若い子はあまり新聞を読まないそうだしね」
アーリアは『記者』と名乗った青年オベールに対して外見は穏やかに保ってこそいたが、内心は嫌な気持ちがしてならなかった。たが、記者が騎士団の周囲を探っているとなれば、いくら鈍いと云えどもアーリアが警戒するのも当然だったのだ。
システィナ極東の街、軍事都市にある『塔の騎士団』には現在、塔の管理者たる『塔の魔女』が滞在している。だが、それはこの街の人々にとって驚くべき事柄であった。と言うのも、およそ二年半前の戦争の折、魔術を用いてライザタニア軍を退けるに至った『塔の魔女』だが、その後、今日に至るまでその姿を見せる事はなかったからだ。その魔女が、つい最近になって漸く民衆の前に姿を現した。
魔女のお披露目を目的とした祝典以降、アルカードでは魔女の話題で持ちきりであった。その為、『東の塔』と『塔の騎士団』の周囲には、魔女の正体を探ろうとする不埒者がチラホラと現れていた。
ーこの人、記者って言った?ー
アーリアはオベールから視線を外しつつ、様々な考えを巡らせた。
通常、関係者しか入れぬ施設へ入り込んだと思われる記者オベール。しかし、通常、裏門には門番の騎士も配備されている。オベールが騎士たちの包囲を強引に突破してきたとは考え難い。ならば、彼は正式な許可を得て入ってきたのだろうか……?ーーそう、アーリアが考えた時、記者オベールは強引にアーリアの視界に入ってきた。
「君は此処の職員?それとも魔女様お付きの侍女かな?」
「えっと……」
「魔女様はあの塔ではなく騎士団の駐在基地に滞在しているという情報があるんだけど、それは本当の事なのか?」
「それは……」
ペンと紙を片手にズズイと迫る記者オベール。何とかアーリアから魔女の情報を引き出そうとするオベールの目は地上の獲物を狙う禿鷹のようで、その視線にアーリアは思わず唾を飲むと一歩を足を引いて身構えた。
この日の早朝、専属護衛のリュゼを王都へと見送ったアーリアに護衛として着く予定だったのは、リュゼから後を任された騎士ナイルであった。そのナイルは馬房で馬の準備をするとの事で、アーリアは一足先に裏門付近で待っているように言いつけられていたのだが、そこへ思わぬ訪問者が現れた。
オベールは記者であれど唯の一般市民。稀に現れる不審者同様、『即刻御用!』とする訳にもいかない。しかし、自分が押しに弱いことを知るアーリアは、記者の質問から逃げられるとは思えずにいた。
アーリアが視線を泳がせながらアーとかウーとか唸り、背後の通用口に逃げ込むかどうかを真剣に悩んでいる内にも、新聞記事オベールの執拗な質問は続いていく。
「ねぇ、君いくつ?若いね?成人はしてる?よく見るとめちゃくちゃ可愛いじゃん」
「え、あの……」
「サスガは魔女様お付きの侍女だよね。でもオカシイなぁ?騎士寮には女性の職員はいないって聞いたんだけど……?」
魔女はアルカードのーーシスティナに於いて国を守る要の一人。『東の塔』と『塔の魔女』を守護する五百余名もの騎士が存在する。いくら情報が欲しいからと言って、その五百余名もの騎士の守りを躱して魔女の情報を引き出す事は困難だ。騎士の守りは厳重であり、重要拠点である『東の塔』を初め、主要施設に一般市民が近寄る事すら叶わなかったからだ。ならば記者たちはどのように情報を得るかだが、それは実に単純なやり方しかなかった。
一、騎士たちに直接話を聞く。
一、騎士団の主要施設に務める職員に話を聞く。
一、処罰を覚悟して突撃取材する。
一、騎士の出入りする店などで聞き込みする。etc…
一番簡単な方法としては、騎士が立ち寄る場所ーー高級レストランや軽食屋、それこそ高級娼館などでの聞き込みだ。
酒の席では性格の硬い騎士も自ずと口が軽くなるものだし、娼婦相手のピロートークで本音をポロリと零す事もままある。そこを狙って情報を仕入れる記者は少なくない。
だが、騎士の口から出た情報である為に信憑性は高いと思われがちだが、酒の席での言葉である為に信憑性は低い。それは娼婦からの情報も同じくしてた。
そもそも騎士たちが利用する高級娼館は一般市民が立ち入る事ができぬ程敷居が高く、高価な場所であり、そのような場所で働く娼婦は貴族騎士というお得意様からの信用を得る為にも、情報を流す事はしないものなのだ。
ならば、やはり一番確実に情報を得るには自分の足で歩いて稼ぐしかない。有り体に言えば『騎士団員の集う各施設への直接取材』だ。本来ならば事前に連絡を取って会談時間を設ける必要がある。だがしかし、それで得られる情報には限りがあり、既に誰もが知っているものばかりだと考えられた。
そのような情報に誰が興味を示すだろうか。いや、居るまい。民衆がーー記者が求めている情報は、『塔の魔女』についての新鮮且つ確かな情報なのだから!
「ま、いっか。君、これから時間ある?僕とお茶でもどう?勿論、僕のオゴリだよ」
「あの、ごめんなさい」
「イイじゃないか、少しぐらい大丈夫だろう?」
「これから用事があるので……」
「用事って何、お使いかな?それなら僕が荷物持ちになってあげるよ」
「あの、本当に結構ですから……」
アーリアはジリジリと後退り、記者から距離を取る。オベールはその分の距離を一歩で詰め寄ると、背を向け立ち去ろうとしたアーリアの手を強引に掴んだ。
「やっーー⁉︎」
「逃げなくても良いじゃないか。楽しいお茶の時間を過ごさないかって誘っているだけなんだよ?まぁ、その『ついで』に魔女様の事を教えてくれると嬉しいのだけどね」
「話せる事なんてありません。離してください!」
記者オベールに左腕を掴まれたアーリアは、拒絶反応を表した。一見すると爽やかな紳士風に見えるオベールだが、あからさまに嫌がる女性の腕を掴み、追い詰めるようににじり寄るやり方は、とても紳士的とは言えなかった。
「心配なんてないよ。相応の情報には相応の対価を支払う用意もある。君はほんの少し、魔女様のお話をしてくれるだけで良いんだから」
「痛いっ!離してっ」
グイッと左腕を捻り上げられたアーリアは悲鳴に近い声を上げた。その時……
ーバウワウッ!ー
「うわぁッ⁉︎ な、なななんだ、この犬はーー⁉︎」
アーリアと記者オベールとの間に大きな黒い影が割り込んだ。真っ黒で毛むくじゃらのソレはアーリアからオベールを引き離すと、そのままオベールの身体に飛びついた。
オベールは自分の身体よりも大きな物体に飛びつかれ、必然的にその重みから地面へと押し倒される。そして、受け身も取れず背をしこたま打ち付けたオベールは目を白黒させ、自分の身体を押し潰す物体を見上げた。
「い、犬なのか⁉︎」
毛足の長い四つ足の動物。空に立つ三角の耳。赤く光る双玉。フォルムこそ犬のソレだが、犬にしては大き過ぎるのではないだろうか。少なくともオベールの知る犬よりも2倍どころか3倍以上大きいように思えた。
「レオ!」
アーリアは突然現れた愛犬の姿に驚きはしたが、逆に安堵もした。オベールが一般市民だと思って油断していたアーリアだが、突然手首を掴まれた時には流石にドキリしたのだ。
「ご無事ですか⁉︎」
「ナイル先輩……!」
よろけたアーリアの肩を背後からナイルが支える。オベールに掴まれた腕をさすっていたアーリアは肩越しにナイルとーーその背後にセイの姿を捉えて、ほっと息を吐いた。
「遅れて申し訳ございません。お怪我は?」
「大丈夫です。それにナイル先輩が謝る事じゃないですよ」
「いいえ。私どものミスですので……」
「そーだよ。門番が仕事してなかったんだからさ!」
「どういうこと、セイ……?」
ナイルの背後からひょっこりとセイが頭を出した。
「ココの門番さ、この記者に買収されちゃったみたいでさぁ〜〜」
「買収?」
「そ。買収」
アーリアが裏門付近へと視線を向けると、ナイルの部下たちが門番の任を担う騎士たちを次々に拘束しているのが見えた。
「全く、情けない話です。我が騎士団に買収に応じる者が居たとは……」
「あの騎士、何かマズイ情報でも握られてたんじゃないですかね?」
そのセイの予測は正しかった。門番を務める騎士は王都に妻子が居ながらアルカードの高級娼婦にのめり込み、その娼婦との間に子どもまで設けていたのだ。その娼婦から『子どもを認知しなければ、王都の家族に自分たちとの関係をバラす』と脅され、子どもの養育費という名の金品を要求されていたという。
家同士の繋がりの為の政略結婚が主流である貴族が、他所に愛妾や子どもを設ける事は良くある事だ。だがこの騎士の場合、妻よりも立場が弱かった。この騎士は入り婿だったのだ。
子爵でしかなかったその騎士は金で妻と伯爵位を買ったのだ。しかし、この騎士の妻は、不幸とは言い難い生活を送っていた。伯爵家としての地位はあれど金はなかった妻は、騎士と結婚して以降、これまでとは比べようにない裕福な生活を送っていたのだから。
その情報を脅しのネタにされた騎士は、本来ならば関係者しか通さない裏門から新聞記者を通したのであった。
「くそっ!どけっ、このっ……!」
新聞記者オーベルの腹の上に鎮座している黒犬レオは、脚の下で手足をバタつかせて呻く人間の事など無視し、飼主であるアーリアを見上げた。
同じくアーリアも記者を無視して愛犬レオの瞳を見つめ返した。そしてアーリアが一言「レオ」と声をかけると、黒犬はのそりと重い腰を上げた。黒犬はワザとオーベルの顔を踏みつけながら地面に降りると、トコトコとアーリアの前まで歩み寄ってきた。
「ありがとう、レオ」
アーリアは愛犬レオの前で屈むと、その首にギュッと腕を回した。その時、レオは犬らしくワフッと鳴くと飼主の顔に鼻を擦りつけた。その時、愛犬は飼主の身体の震えを敏感に感じ取っていた。だから黒犬は、飼主の気持ちが落ち着くまで好きにさせる事にした。
「アーリア様。申し訳ございませんが、本日は騎士寮の中でお過ごし願えますか?」
騎士ナイルは記者オベールが部下たちにより引っ捕らえられて行くのを見送ると、未だ愛犬の身体に顔を埋めて毛並みの柔らかさを堪能しているアーリアへと声をかけた。アーリアはナイルの言葉に素直に首を縦に振ると、愛犬を連れて騎士寮へと戻っていった。
※※※
※(愛犬レオ視点)
ーだから、どうしてこうなる?ー
私は自分の置かれた状況に溜息の出る思いだった。
此処は『塔の騎士団』の駐屯基地の一角、騎士たちの生活拠点『騎士寮』だ。私の仮の飼主たる『東の塔の魔女』は現在、騎士寮の一室に居を構えていた。
彼女の仕事は『東の塔』の管理だが、管理と言っても塔を起点として国境を守る為の《結界》を施す事が役目であったが、実質、その《結界》さえ維持できていればそれ以上の仕事など無いようなものであった。
《結界》を施す事にしても、魔女にとっては然程の労力を必要とせぬようで、思い出したかのように塔へ赴くだけであり、その他は好きなように過ごしているように見えた。
運動を好まぬ引篭気質な魔女の趣味は魔宝具の作成であり、新しい魔宝具を思案するのに日がな一日部屋に引き籠る事も屡々だった。
ーフィールドワークはあまり好まぬのだな?ー
私はシスティナの東の隣国ライザタニアより魔物の蔓延る高い山や深い谷を越えてシスティナへと入国を果たした。魔女の施した《結界》はシスティナへの敵対意志を持たぬ者ーー野山で生活する動植物には反応せず、有り体に言えば人間以外ならば素通りできるのだ。その事を知った私は獣体の形を取って国境を越えた。既に一年以上前よりシスティナ入りを果たしている部下たちも同じ方法を取っていた。
私は国境を越えた後、『東の塔』を有するアルカードという街に潜入するに当たり、一度、アルカードの東に広がる森に潜伏した。今思えばそれがいけなかった。
喉の渇きを覚え、清水の湧き出る泉に近づいたその時、私は運悪く獣用の罠に掛かってしまったのだ。
罠は私の魔力を吸い上げ、次第に体力を奪っていった。一度は獣体から人間体へと戻ってはみたが、魔宝具を外す術は見当たらず、そのまま七日を泉の前で過ごす事になった。
流石に生命の危機を覚え、左腕を犠牲にしてでも罠をどうにか外さなければと考えていた折、私は一人の少女と出会った。
精霊神山の頂に降り積もる雪のように美しい純白の髪。晴れた小雨の後に架かる虹のように神秘的な瞳。朝露に濡れる薔薇のように瑞々しい唇。
ー月の精霊が舞い降りたのか?ー
そう私に思わせたほど美しい少女は、普通の犬とは考え難い私の存在には当然驚きを見せた。私の方も突然現れた人間に警戒心を抱き、獣のような低い唸り声を上げていたのだから、少女が怯え様は仕方ない事であった。
人間が脅威を感じる魔物は討伐の対象。今思えばあの時、少女は私を何時でも討てたのだ。少女は魔導士であったのだから。だが予想に反し、少女は野獣である私を助けた。野獣に腕を噛みつかれながらも罠を解除し、野獣相手に治癒まで施したのだ。
後に、私を助けたその少女こそが『東の塔の魔女』その人だったと分かった時には、驚きを隠せ得なかったものだ。
私の目的は、部下たちを率いてアルカードに混乱を齎し、『塔の騎士団』の所有する騎士駐屯施設へと侵入し、騎士たちの包囲網を抜けて、騎士たちが後生大事に守護する『東の塔の魔女』を拉致する事にあった。その作戦の為だけに部下たちはシスティナ貴族の手を借りて各施設に入り込み、その日が来るのをひたすら待っていた。
私は隊長としてその作戦を決行すべくシスティナ入りしたに他ならず、その時までは、まさか自分が飼犬として飼われる事になろうとは、考えてもいなかった。
件の魔女は何故か普通の犬らしくない私の事を、全く疑う事はなかった。それどころか私の事を愛犬と言って憚らず、深い愛情を注いでくれたのだ。温かな寝床を与え、温かな食事を与え、温かな愛情をも与えてくれた。それを私は決して嫌だとは思わなかった。寧ろ心地よいとも感じた。これほど穏やかな日々を過ごした事など、これまでにあっただろうかと……。
ーしかし……ー
私は目の前の少女を仰ぎ見た。白いブラウスの袖から白く細い腕が覗く。その手でスボンの裾を膝の辺りまで捲り上げると、魔宝具に魔力を込めた。すると魔宝具から清らかな水が湧き出し始めた。
ーザァァァァアアアア……ー
「あれ、レオは水が怖いのかな?」
白いタイルの上に水が流れていく。湯気が上がり出した所を見ると、その魔宝具は温度を調整してお湯が湧き出すような仕組みになっているのだろう。
「大丈夫だよ。ほら、早く入っておいで」
少女は右手には石鹸を左手には魔宝具を持つと、私にその部屋の中へーー浴室へと入って来るようにと促した。
ーこの娘、もう少し貞操感を養った方が良いのではないか?ー
そう考えたが、私は小さく頭を振った。
今の私は飼犬。人間ではなく、大人の男でもない。
少女は私を唯の犬だと思い込んでおり、今は汚れた飼犬の身体を洗ってやろうと考えている。それらは全て好意から来る感情であって、悪意などない筈だ。だから、ここでこうして私が意固地になるのは無意味な行為なのだと思う。思う、が……
「ほら、はやく!」
「……」
私は色々諦めて浴室へと足を踏み入れた。少女の前に両足を揃えて座ると、少女は私の身体にそろそろと湯をかけ始めた。少女は野獣である私にいちいち「熱い?」、「大丈夫?」、「滲みる所とかある?」などと言葉を掛けてくる。人間の言葉で応える訳にいかぬ私はその度に少女の目に訴えかける事しかできなかった。
少女はその内に鼻歌混じりで泡立てた石鹸水で、私の身体を隅々まで洗っていった。そもそも、システィナには生活魔法がありるのだから、飼犬の身体を洗うのに手ずから行わなくてもよいのだ。《洗浄》、《脱水》、《乾燥》の魔術は、何も皿洗いや洗濯のみに使われている訳ではないのだから。入浴の代わりに魔術を使われる事も屡々なのだ。
だからこそ、これこそ正に『至福の時間』、『贅沢な時間』なのだと言えた。
ーなんと心地の良い時間だろうかー
少女の柔らかな手で洗われる快感にうっとりと目を細めていると、少女はお湯で泡を洗い流し、柔らかなタオルで身体を拭いて、ブラシで毛並みを整えながら体毛を乾かしてくれた。
「レオ、どう?気持ち良い?」
毛布の上でブラッシングされながら、私は生まれて初めて味合う心温かな時間を過ごしていた。私は伏せていた目をスウと開けると、ジッと少女の顔を見上げた。すると、少女は私の目を見つめ、徐ににっこりと微笑んだ。
ー私はこの娘を、この幸せな空間から連れ出すのだな?ー
そう、私は彼らにとっての敵ーー襲撃者なのだ。これからこの街は炎に包まれる。少女は混乱の最中にあって仲間の裏切りに見舞われ、自身を守る騎士たちの死屍を見下ろしながら拐われる事になる。
私はその襲撃者たちを指揮する指揮官。少女の幸せを奪う代表なのだ。その時はもう間も無く訪れる。それは避けられえぬ未来なのだから。
我々は少女の未来を犠牲にして我が国の未来を掴もうとしている悪漢だ。そうと知っていても、私は少女の未来よりも自国の未来を選ぶ。それが私に課せられた任務であり、忠誠を誓ったあの方への想いの返し方なのだから。
「くしゅん!ーーやっぱり、私も着替えようかな?」
少女は徐に立ち上がると、目の前でブラウスのボタンを外し始めた。一つ、また一つと外れるボタンの隙間から白く滑らかな肌が覗いてくる。
ーバウワウッ⁉︎ー
「えっ⁉︎ な、なな、なに?レオ⁉︎」
突然吠えた私に驚きの声を上げる少女。私は少女の背に回ると、鼻先でグイグイと押して寝室へと足を運ばせる。そしてエイヤ!と少女をドレッサーの前に押しやると、私は早足で寝室から出ていった。
ーだから、もう少し貞操感を持てと言うのに!ー
私は犬は犬でも雄犬なのだ。
少女は自らの性別と容姿とに無頓着過ぎる。不審者の来襲は今日に始まった事ではない。一時期などは若手騎士からも不埒な行動を起こそうとする者がいたくらいなのだ。それら変質者共を、どれだけ私が追い出してきたか……!
ー嗚呼、仕方ない。今暫くは番犬の役目を果たそうかー
その日がくるまで、私は飼犬として飼主に恩を返すとしよう。
※※※
ー夢を、見ていたのか?ー
擡げていた首をゆるりと上げると、私の身体を湯たんぽ代わりにする少女の姿が視界に入ってきた。
少女の顔色は青く、とても健康的とは言い難い。それもその筈であり、少女は我々ライザタニアからの襲撃者によって親しい者たちから引き剥がされ、敵国へと拉致されてきたのだから。しかも、その際に負ったキズによって熱が上がり、満足に食事が喉を通らない日々を過ごしていた。
ーまさか、この娘が死を選ぼうとするとは……ー
アルカードで飼主と飼犬として過ごしたニか月、少女の心の内を全て理解できたとは言い難いが、側で観察する内に、少女がそこらの娘とは何処か異なる感情を持っているように思えていた。常に笑みを浮かべる少女であったが、その心の内側が目に見えている物と同じ、笑顔とは限らない事に気づいたのはいつ頃であろうか。ニコニコと笑みを浮かべたと思えば、どこか遠くを見つめて押し黙る少女の表情に、なんとも言えぬ感情を持ったのは一度や二度ではなかった。
『お前が死ねば悲しむ者がおろう?』
ポロリ、ポロリと涙を零す少女の頬に舌を這わせ涙を舐めとると、私は再度、少女の側に横になる。すると、少女は自然と私の身体に身を寄せて顔を埋めてきた。
『本当に、お前の貞操感はどうなっている?』
口移しで薬を飲ませた後は毛を逆撫でした子猫のように怯えていた少女であったが、私が再び犬の姿をとれば、騎士寮での時の様に擦り寄ってくる始末。複雑な心境になって仕方ない。
ー今暫くは愛犬としてお前を守ろうー
少女を大切に想う騎士の代わりに……。
私は少女の身体を抱き込むと、ゆるゆると目を閉じた。
お読み頂きまして、ありがとうございます!
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『裏舞台1:黒犬の夢』をお送りしました。
アーリアがレオたち襲撃者に連れ拐われた直後のお話です。無事(?)アーリアを第二王子殿下の下まで運び込んだレオたちは、現在、別任務についています。これからもチラホラ現れる予定です。忽ちはあのヒトのご登場になります。それは……
次話も是非ご覧ください!




