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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と狂気の王子(上)
298/497

割り切れぬモノ

side:Sistina

 ーー街が寝静まった夜中、飄々とした足取りの青年がある高級宿の門を潜った。


 青年は宿の受付フロントで夜間勤務の従業員に帰宅を告げると部屋の鍵を受け取り、その足で自室へと上がった。絨毯の敷かれた廊下は足音を吸収してくれる。そのおかげで、夢の中へと旅立っている客たちに気配を悟らせる事なく済んだ青年は、そのまま二階の突き当たりまで歩を進めた。突き当たりの部屋は他の部屋よりやや広い二人部屋だ。セミダブルベッドが二つ、それも衝立ではなくきっちりと二部屋に分かれて配置されており、個人のスペースを保った造りとなっている。その部屋の扉に鍵を差し込もうとした青年は、鍵を片手にその動きを止めた。室内に人の気配ーーそれも動きのある人の気配があったのだ。


 ーギィィ……ー


 青年は扉のドアノブに手をかけて押し開いた。すると部屋の中は闇に包まれてはおらず、窓際の丸卓テーブルの上の洋燈ランプには火が灯っているではないか。


「あら?」


 青年のマヌケな声がポツンと落ちる。青年が目を細めて窓際の丸卓テーブルへと視線を向けると、そこに椅子に腰掛けて月明かりと洋燈ランプの灯りを頼りに読書を嗜む黒髪の青年の姿があった。


「お早いお帰りですね?」

「ん。まーね」


 丸卓テーブルの上に読んでいた本を伏せると、黒髪の青年ーーナイルは帰宅したリュゼに向かって声をかけた。リュゼはナイルの言葉を受けてやや首を竦めた。そして手早く入室を果たすと着ていた上着を脱いで、扉の近くに配置されたハンガーへと掛ける。


「リンクが随分と気にしていましたよ」


 ナイルはリュゼに向かい側の席を勧めると、予め用意してあった空のカップに作り置きの冷茶を注いだ。リュゼは勧められた席に着くと、会釈しながらカップを受け取った。


「ハハッ、子供リンクにはまだ早かったかな?」

「まぁ。大人でもそうと割り切れる者は少ないかと」

「そ?ナイル先輩は割り切れてそうだけど?」

「仕事と思えば大体の事は割り切れるでしょう。だが子どもはそうもいかない」

「そーかもねぇ?」


 リュゼは情報収集の名目で、日中、商品を売る為に訪れていた貴族の屋敷へと出かけていたのだ。その情報収集の仕方と言うのも、絹をお買い上げになった将校夫人と甘やかな夜を過ごし、閨の場で内部情報を得るというもの。いくら情報を得る為とは云え人妻の寝室に間男よろしく忍んで行くのは、子どものリンクからすれば驚愕だったに違いない。その事でリンクがリュゼに対して偏見を持つ事はないだろうが、意味を理解するまでには至らないだろう。


「あーでも、ナイル先輩は意外とドライなんだね?」


 子どもによらず、他人の妻を寝取る行為など許せぬ事だと憤りを覚える者は少なくない。騎士団一の常識人と呼ばれている騎士ナイルは如何にも潔癖そうだと思っていたリュゼは、ナイルの言動を意外性を感じた。リュゼはてっきり、子どものリンクよりも先にナイルから嫌悪感を向けられと思っていたのだ。


「リュゼ殿ほどではないが……それに、私は貴殿が思うほど潔癖症ではない。必要な事が何か、私は弁えているつもりです」


 ナイルはリュゼの意外そうに見開かれる琥珀の瞳を目に留めて、緩やかに首を振った。騎士道精神が骨の髄まで染み込んでいるナイルだが、リュゼの行動を否定的に取っていなかったのだ。寧ろ、あるじを救う為に自ら身体を張って行動する姿を、好ましくさえ思っていた。


 ライザタニアの国内事情は情報統制が敷かれている為にシスティナへと情報が漏れては来ない。その中で漏れ出た情報を拾い集める事は困難を極めた。だからこそ、騎士団は秘密裏に工作員スパイを送り込む事を強行したのだ。その工作員スパイの一人がナイルでありリュゼであった。

 アーネスト副団長は騎士二人を工作員スパイとして敵国ライザタニアに送り込むに当たり、ライザタニアから移民した親子に目をつけた。移民親子はアーネスト副団長からの依頼を即座に承諾。移民親子は商人として、騎士二人は商人親子の護衛として敵国へと潜り込む事となる。

 商人に擬態して情報収集するには限度がある。その事に一早く気づいたのはリュゼであり、一般人相手の商売から貴族相手の商売へと方針変更を提案したのもリュゼだったのだ。


 リュゼは大切な魔女あるじを取り戻す為、工作員スパイの真似事をする事には何の躊躇いも持ってはいなかった。だが、国家と王家に忠誠を捧げた騎士中の騎士であるナイルが、騎士道精神を曲げてまで工作員スパイとなる事を安易に受け入れる事ができるだろうか。当初はそのような疑問を持っていたリュゼだったが、予想したより柔軟なナイルの言動には、考えさせられるものがあった。

 瞬き二つ分思案したリュゼは冷茶を一口喉に流し込むと、茶器を卓の上に置いた。


「そ?ーーでも、僕もそこまでドライとは言えないかなぁ?プラスマイナス五歳くらいが限度だし」

「それじゃあ……」

「コナかけられたからって一々相手になんてしないよ。適当に呑ませて酔わせたダケ」

「なんと」


 口元にニヤリと笑みを浮かべ肩を竦めるリュゼに、今度はナイルの方が驚きの表情を浮かべた。


 将校夫人の誘いに応じて屋敷へ忍んで行ったリュゼであったが、誘いを受けた当初から夫人に手を出すつもりはサラサラなかった。女なら誰でも抱ける男もいるだろうが、リュゼはそうではなかったのだ。

 確かに、男は相手に対して愛情を抱かずとも肉体関係を持てる生き物だ。道端で可愛い女の子が居れば、例え隣に自身の彼女や妻が居たとしても、自然に目線が吸い寄せられていく事もしばしばある。子孫の繁栄の為に動かされる動物的な生殖本能や生存本能。それが女性よりも男性の方が強いかも知れない。そう思うリュゼであったが、それでも食指が動く範囲はそれ程広くはなかったのだ。せいぜい自分の年齢を基準としてプラスマイナス五歳が限度。いけて年上なら十歳以内ではないかと推測していた。

 リュゼは将校夫人に夜のお誘いを受けた。屋敷に忍んで行ったリュゼは将校夫人を酒に酔わせると、甘い言葉で誘導して情報を引き出し、その後魔術で眠らせると、そそくさと屋敷を抜け出して来たのだ。要するにリンクが期待するような展開にはならなかったという訳だ。

 リュゼから情報収集の手口を聞いたナイルは、最初は呆れ、ついには感心した。


「それで?あのご婦人から何か有益な情報は聞き出せましたか?」

「ライザタニアの国内事情を大まかに聞いたかな?」


 ライザタニア国内は内紛の最中。それも王族がーー次代を担う王子たち争っているという。国内の貴族勢力が二人の王子たちの何方ドチラにつくかで揺れ動き、遂には二分化されているとのこと。この街に集う軍隊たちは第一王子イリスティアン殿下の命を受けた者たち。その命令とは、国境警備ならびに第二王子殿下派閥の軍隊をエステル国境へと近づけぬ事であった。


「二人の王子たちが王位をかけて争っている?」

「ん〜〜そーなるのかなぁ?」

「そうとしか考えられないが……?ライザタニアには二人の王子がいるが、王太子は定まっていなかったはず……」

「へぇ?普通は次代の為にも王太子を定めて、自国の強化を図るものなんじゃないの?他国との付き合いもあるでしょうに?」

「ああ。ですが、ライザタニアは現王の威光が強すぎるのでしょう。三年前までは現王の噂を聞いても王子たちの噂までは流れて来てはいなかった……」


 ライザタニアの民は他国民よりも頑丈で長寿だが、不老不死という訳ではない。歳は相応に取るし寿命もあるのだ。不滅の王国はないのと同じく、不滅の王位など存在しない。いくら自身の王位が大切だと云えども永劫に国王として国家の頂点にある事など不可能だ。国家の存続を願うのならば、優秀な後継者を育て、次代に備える事が不可欠となる。その為の王太子制度であり、王太子を含め王太子を補佐する王子たちの育成が何より重要となってくるのだ。

 にも関わらず、ライザタニアには現在『王太子』が存在しない。次代を担うリーダーが不在なのだ。これでは争いにならぬ方がオカシイというもの。


「それにしてもさ。ナイル先輩は本当に割り切れちゃうもんなの?」


 情報が不足している以上、現段階では憶測の域を出る事はない。リュゼは早々に考えるのをやめて他の話題に移した。


「どうでしょう?貴方のように上手くは躱せないかも知れませんがね」

「ナイル先輩には婚約者がいないと聞いたけど……」

「それはアーリア様から?はい、私には婚約者はいませんし、これから作る気はーー」

「ーーない?なんで、って聞いても?」

「私の心は矮小なので、忠誠心以外は入らないようでしてね」


 ナイルはリュゼの質問に対して特段、怒りは持たなかった。ナイルは自分がそれ程器用な人間ではない事を知っていたのだ。加えて、若い時分から騎士の世界へ入ったナイルにとって『騎士以外の生き方ができない』とまでの確信があった。剣や槍を振る事や誰かを守って闘う事でしか、己の持つ忠誠心こころを示す事ができない男だと……。

 そんなナイルにとって、どんな事でも小器用に熟すリュゼはある意味で羨望の対象だった。忠誠を誓った大切なあるじの為にーー大切な女性の為に、平民でありながら護衛騎士とまでなったリュゼ。そんな男と自身とを比べれば、自分の不器用さと狭小さが浮き彫りになるというもので。


「……。彼女個人に忠誠を誓ったんだ?」

「ええ。私の忠誠心こころはあの方のもの。諦めてください。私は、心を誓った相手を簡単に手放す事などできはしない」


 騎士にとって忠誠を誓ったあるじは唯一の存在なのだ。『塔の騎士団』の騎士たちの大半は国にーー国王と王家とに忠誠心を持つ。要は、国を守る為に『塔の魔女』アーリアを守っていたのだ。

 中には魔女個人に忠誠心を抱く騎士も存在したが、これまでその事を明確に示した騎士はなかった。だが事ここにきて、リュゼは騎士団一の堅物、真面目一辺倒騎士のナイルが魔女個人に忠誠を誓っていた事を知った。騎士の忠誠心が底無し沼の如く深く、そして何者にも破られる事のない程に強固ものだと云う事を知るリュゼとしては、文字通りゲッソリするしかなかった。しかも、ナイルはリュゼの気持ちを見越しているにも関わらず『諦めてください』とまで宣った。その言葉には『一度忠誠を誓ったあるじを手放しはしない』という意味が含まれる。リュゼが何をどう言おうが、ナイルは後生魔女に付き纏うだろう。


「困ったなぁ……彼女には僕だけでじゅーぶんなのに……」


 リュゼは心底、困ったように眉根を潜めた。リュゼの魔女を想う気持ちは忠誠であって忠誠ではない。魔女を救い出す為ならばどんな仕事でも割り切れる自信のあるリュゼも、魔女に対してのみ、決して割り切れぬ想いを持っていた。それは、狂おしいまでの愛だった。


 眉を潜めたまま絶句するリュゼに、ナイルは含み笑いを浮かべると、再度「諦めてください」と念を押した。



 ※※※



 移民の子リンクの存在は騎士団にとっては意外でしかなかった。何故、自他共に合理主義者と認める魔女が移民の子どもの命を助け、魔術を教えるに至ったのか。騎士団員たちは『塔の魔女』アーリアの心理を測れずにいた。


 アルカード領民と移民族との関係は、簡単に語り尽くせない事柄であった。

 国境が近いアルカードは昔からライザタニア国民との交流が盛んであり、その為、アルカードにはライザタニアからの移住者が多く住んでいる。移住者は二種類に分類され、一つは商売等で訪れたまま住居をシスティナに定めた者、もう一つはライザタニアでの暮らしを捨てた者だ。そのどちらも国籍をライザタニアからシスティナへ移し、システィナの民としてアルカードで生活するに至る。その中には国を越えて夫婦になる者たちもおり、必然的にその者たちの間には両国の血をひく子どもが生まれた。

 異民族国家として興ったシスティナだが、近年では閉鎖的な性質を持つシスティナ国民にとって、他国民をすんなりと受け入れる事は困難であった。平和な時世に於いても何かと問題や争いは起きるもの。それが戦時中となればどうなるかなど、想像に難くない。

 アルカード領民はライザタニアからの度重なる侵攻を受けて激昂し、無関係なライザタニアの移民者を弾圧した。移民者たちは謂れのない暴言、暴力を受けたのだ。


 そして悲劇は起こる。


 ライザタニア国軍は元自国民であったライザタニアからの移民者を盾に、『塔の魔女』を脅し、殺害するに至ってしまったのだ。


 アルカード領民の怒りは益々、移民者へと集っていった。しかし、敬愛する魔女が命を賭して守った者たちを弾圧する事に、アルカード領民の良心は揺らいだという。現在、倦厭されつつもアルカード領内に移民が住まう事が許されているのは、亡くなった魔女の心を汲んでの事だった。


 現在の『塔の魔女』は二年半の期間を置いてアルカードへ現れた。その為、アルカード領民の生活にはそれ程の知識はなかった筈なのだ。なのに、魔女は移民の子どもをーーそれも犯罪に加担する事でしかマトモな食事にありつけない低所得者に手を差し伸べた。

 『気まぐれ』と呼ぶには奇妙な事件に、騎士たちの心中は複雑だった。魔女が助けたのはその親子たちだけではなかった。魔女は領主館に市街整備と治安維持を願い出て、移民者の住まう北区を整備させていたのだ。領主館が魔女の願いをアッサリ受諾したのは、領民同士の歪んだ関係を修復する為の『キッカケ』を欲していたからに他ならない。そして、敬愛する『塔の魔女』からの願いを無碍にする者など、アルカード領内には存在しなかった。


 専属護衛騎士を務めるリュゼは魔女が移民親子を助けた由縁ゆえんと、その時の心理をこのように憶測していた。リンクの存在は『助けの糸』だと……。

 『塔の管理者』との名目でカセを嵌められた魔女は、次第に己の胸の内に深い闇を広げていった。常に浮かべていた『微笑』がその証拠であると、思われる。誰に対しても『同じ笑み』を浮かべるようになった魔女。魔女の笑顔は自分の感情を読ませぬ為のフェイク。自身の内面に入ってこられなくする為の柵であったのだ。

 複雑な生い立ち故に、他者に共感し、共存する意識に疎い魔女にとって、『国の為に尽くす』事は苦痛でしかない。

 魔女にとって『国』とは、自身が大切に想うごく少数の者たちが住まう『場所』であり、その少数の者たちが幸せに暮らす為に必要な『土台』でしかない。そんな魔女が『国の為に働く』など、到底不可能であったのだ。

 だからこそ魔女は『塔の魔女としての責務を果たす為』、止む無く、『大切な人たちの為に国を守る』という選択をしたに過ぎなかった。

 だが、それでも魔女にとってはアルカードでの日々は苦悩の連続であった。

 『国』に忠誠心を持つ騎士たちに囲まれて『塔の魔女』と崇められる日常。騎士たちとの衝突を防ぐ為、常に『理想の魔女』を演じなければならない精神的苦痛ストレス。それらは、日に日に大きくなっていた。

 そんな魔女の『救いの糸』となったのが、移民の子リンクとの出会い。家族への望郷の想いを、リンクを弟のように接する事で、己の身の内に積もる闇を発散させていった。ーーそう、リュゼは判じていた。


「なぁ、父ちゃん」

「なんだ?リンク」

「『忠誠心』って何なんだ?」


 アーネスト副団長により危険極まりない任務を申し付けらた移民親子。リュゼからそのように思われているとも知らぬリンクは、拐われたアーリアを救いたいとの純粋な想いを胸にライザタニアへ入国していた。


「えらく難しい質問だな?忠誠心か……」

「うん。俺、騎士の兄ちゃんたちがアーリアを助けたい気持ちが忠誠心からだって言われても、そんなの分かんないよ。だってリュゼの兄ちゃんはアーリアのことーー……」


 そこで口を噤んだリンク。だが、バイセンには息子の言わんとする事の意味を正確に読みとっていた。


 馬車の番を受け持つ親子は今、高級宿の中ではなく馬車小屋の中に併設する部屋で雑魚寝していた。いくら任務の為の偽装工作で商人を装っているとはいえ、高級宿に泊まれる程の大商人を装える自信は彼ら親子にはなかったのだ。当初こそリンクたち親子が商人役を、騎士二人が護衛役をとの役割分担を行なってはいたのだが、早々に断念せざるを得なかった。

 ライザタニアは貴族、平民、奴隷と明確な身分制度ーー棲み分けが行われている国だ。しかも、商人から商品を買うのは裕福な家庭か貴族しかなく、そのような者たちを相手にするには、リンクたち親子は役不足だったのだ。相談の上、騎士二人が商人、リンク親子が御者と小間使いとなったのは、親子たちにとって幸いであった。


「リンク。子どもと大人の差なんてものはな、実の所それ程ない。人は歳をとれば勝手に大人になるのだから」


 バイセンは息子の問いに答えず、別角度から話を始めた。息子リンクも特に疑問も持たず父親の話に耳を傾けた。


「それじゃあ、子どものまま大人になってるヤツもいるって事じゃないか?」

「その通りだ、リンク。見た目は大人でも中身が伴ってないヤツは世の中に大勢いるんだ」


 バイセンはリンクの頭に手を置くと、そのキラキラした赤い瞳を覗き込んだ。


「リンク。大人ってのはな、自分の想いを隠すすべを持った者の事をいう」

「想いを、隠す……?」

「そうだ。できた大人ほど自分の本音を他人に悟らせないように隠す術を知っている」


 金が欲しい、女が欲しい、名誉が欲しい、地位が欲しい。権力が欲しい……アレが欲しいコレが欲しいと自身の欲望を口にする者。口先ばかりで自らは動かぬ者。そんな者たちは自身の願いを叶える為に自身の手を使わず、他者の力をアテにする事が多い。願いは叶うものだと疑わない彼らは、子どもの内に学ぶべき事を学ばず、楽な道を通ってばかり来たに違いなく、彼らは総じて『自分勝手』だ。願いが叶わないとなればその責任の全てを他者に転化し、癇癪を起こす。願いが叶わぬ原因に目を向ける事は決してない。

 そんな彼らを『大人』と呼べるだろうか。子どもの手本となるだろうか。

 それで言えば、二人の騎士ーー特にリュゼは己の想いを押し隠した上で、願いを実現する為に己の手を汚す事を惜しまない者であった。


「正直、騎士様の忠誠心なんてものは俺には分からない。だがな、あの方たちが魔女様を大切に思う気持ちだけは分かっているつもりだ」


 リュゼとナイル。二人は『東の塔の魔女』に仕える騎士だ。しかし、二人が持つ忠誠心の中身が全く同じだとは思えなかった。同じあるじを持つ騎士とはいえ、彼らはそれぞれ独自の個性と価値観を持つ騎士なのだから。


「あははは!なんだ?その顔は……⁉︎ 大丈夫さ、リンク。リュゼ殿も仰ってたじゃないか?魔女様に一途だ、と……」

「そーだけど……」

「俺がお前の母ちゃんに一途なのと同じさ。リンク、お前の思っているような心配など、何もないさっ!」


 口を尖らせ、頬をぶすっと膨らませた息子リンクの顔を両手で挟むと、バイセンはワハハと笑って息子の頬を揉み解した。そして、今は亡き愛する妻をーー妻の忘形見である愛する息子の顔をトックリと見つめながら、息子のこれからの成長を心から願うのだった。




お読みくださりまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、本当に嬉しいです!ありがとうございます(*'▽'*)


『割り切れぬモノ』をお送りしました。

リュゼは先輩騎士ナイルに対して敬意を持っていますが、口調は気軽いものになっています。しかし、ナイルはリュゼに対して敬意を持つか故に丁寧な口調になっています。

二人の間には魔女アーリアの存在があり、魔女を通して関わってきたからこそ、現在、どこか複雑でチクハグした関係になってしまっているのです。


次話も是非ご覧ください!



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