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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と狂気の王子(上)
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第二王子2

 現王アレクサンドルはその身に妖精族の血を持つが故の長命さを持ち合わせており、五十を過ぎても三十代のような若々しさを保っているという。切れ長の柳眉を持つ美丈夫であるにも関わらず、どこか人間離れした獰猛さを感じさせる様は、確かに妖精族の濃い血を有していると云え、その証拠、現王は丈夫な肉体に加え身体能力も人間を超越したものを有していた。それは特に剣技や武技の才能に現れ、戦闘に於いては百戦錬磨を誇った。それ故に戦場にあっては戦略よりも戦術を優先させる思考を持っていたとされる。

 賢王イスタール時代より時を数え百五十年余り。他国への侵略行為を繰り返すこと数十度、ライザタニアは広大な国土を有する大国へと成長を遂げた。

 そして遡ること数十年前、先王から王位を継いだ現王アレクサンドルは、王太子時代から燻らせていた欲望を爆発させ、富と権力を欲しいままにした。現王の欲望は止まる事を知らず、更なる富を得る為、遂には武力を持って他国へ侵攻する事になる。


 だが、暴虐非道を極めた現王の政策に反発を覚える者はいた。時の大臣たちの中には甘言ではなく諫言を持って国王の行いを正そうとした者は確かに存在していたのだ。そして、その筆頭となったのは、現王の血を分けた実子ーー二人の王子であった。


 第一王子は『常識』を持って政治を正そうとし、第二王子は『恐怖』を持って政治を掌握しようと試みた。


 第一子でありながら側妃を母に持つ第一王子イリスティアン。イリスティアン殿下は妖精族が筆頭ーーエルフ族の血を濃く引く側妃殿下の美しさを受け継いでおり、幼い頃より側妃腹でありながら現王の寵愛を受けた。優れた容姿に加え、剣術の才に於いては現王ちちおやの血を強く受け継いでいた。彼は素晴らしい剣技の才の持ち主であったのだ。

 しかし、彼はそろそろ立太するという頃になり、暗殺者からの襲撃を受ける事になる。そして、暗殺者によってつけられた傷が原因となり、生涯剣を振るえぬ身となってしまう。その頃、現王の政策に反発する考えを持っていた事も要因となり、現王からの寵愛は遠のき、次第に距離を置かれるようになる。

 一方、異国より嫁いだ正妃からの生まれである第二王子シュバルツェ殿下は幼い頃より現王からの覚えも高く、その頭脳明晰さは周囲の大人たちからも一目置かれ、現王政権に於いても貴族官僚たちからの期待は非常に高かった。その為、現王より距離を置かれ始めた第一王子に変わり、寵愛を一身に受ける事になる。

 シュバルツェ殿下は現王のどんな政策に対しても、決して否を唱える事はなかった。現王の提案には全て賛同し支援した第二王子殿下は、十代の中頃には現王の右腕として政権の中枢へ立つようになる。その事は現在にも功を奏しており、現王が病床について以降も現王派閥の大半を引き継いだ。


 二人の王子は、どちらも思い描く未来を同じくしていた。自国ライザタニアの未来あす現在きょうよりも豊かにしたいという『想い』を抱いていたのだ。

 しかし、その手段が真逆であったが故に、現在、二人の王子は国を二分させる争いをするに至った。



 ※※※



 現在、政治機関である王宮は第二王子シュバルツェ殿下の支配下にあった。

 およそ二年半前、二人の王子による反乱によって王宮は第二王子殿下が掌握し、第一王子殿下は王宮を追われ東の地へ逃れた。以降、第二王子は病床の現王の名代として中枢にてライザタニアの政治を動かしている。


 その日、ライザタニア王宮の審議室にはライザタニアのおもだった大臣たちが集まり、定例会議を行なっていた。現王が病床であっても政治に休みなどない。いや、国王不在だからこそ、政治は通常通りに運営せねばならならぬもの。

 王政を開始してからおよそ百五十年と歴史浅きライザタニアだが、王政という形を取るまでも各部族ごとに民族を取り纏め、民族運営を行なってきたのだ。現在はその規模こそ違うものの、やり方そのものが全く異なる訳ではない。百五十年の時を費やし、他国の政治の遣り方を真似てきたライザタニア王国は、ライザタニア特有の政治機関を形成し、現在は他国と然程変わらぬ様相を見せていた。


「ゼネンスキー侯爵、第二師団が西の国境に入ったとの事ですが……いつから軍部は貴殿の玩具に成り下がったのか?」


 円卓には二十人程度の貴族官僚が様々な様相を浮かべながら座していた。その中の一人、こげ茶色の髭を蓄えた壮年の男性は向かいに座る黒髪の男性へと鋭い目線を投げつけた。


「ハハハ。まるで私が独断で軍を動かしたかのような言い方をなさるのですね?バルカン伯爵」


 ゼネンスキー侯爵と呼ばれた黒髪の男性は此処に座す誰よりも若く、未だ二十代のようにも見えた。実際には三十代前半と、やはり、他の大臣たちと肩を並べるには歳若いのだが、その整った相貌には傲慢とも云える程の笑みが浮かんでいた。


「違うとでも?」

「ええ。違いますとも」


 髭の男ーーバルカン伯爵の恫喝に、ゼネンスキー侯爵は余裕の表情を崩す事はない。その口元には不適な笑みまで浮かぶ。


「貴殿は何の詮議があって私を非難なさるか?」


 バルカン伯爵は兼ねてからゼネンスキー侯爵の遣り方には疑問を持っていた。

 ゼネンスキー侯爵は軍務省の尚書ちょうかんになるには些か歳若い。それもその筈であり、彼は前任者ーー実の父親を殺害してその地位を引き継いでいたのだ。

 ゼネンスキー侯爵の父親はおよそ二年半前、王宮内で起きた事件の際、第二王子殿下の暗殺を企んだ叛逆者として、実子である現ゼネンスキー侯爵の手によって討たれたのだ。その功績を持ってゼネンスキー侯爵は軍務尚書の座を第二王子殿下より承った。元より侯爵位を継ぐ身であったゼネンスキー侯爵は、その時期を待たずして現在の地位を得る事になった訳だ。

 だが、その事をよく思わぬ貴族も多い。そもそも、貴族として国の中枢に身を置き、官僚として勤めた所で、尚書の地位にまで昇りつける者は稀なのだ。確かな実力、才能、才覚、信頼……それこそ『時の運』まで味方につけねばならない。そう、ゼネンスキー侯爵は正に『時の運』を味方につけた者と言えるだろう。


 ー無能ではない。が、食えぬ男だー


 バルカン伯爵も無闇やたらとゼネンスキー侯爵を嫌っている訳ではなかった。いくら歳を重ねようとも、才覚が伴わぬ官僚ものなどゴマンと居る。ただ歳を食ったというだけで尚書の地位につかれてしまうなど、それこそ溜まったものではない。ならば、前途洋洋たる新進気鋭の若者が相応しい地位についた方が、まだ未来がある。

 ゼネンスキー侯爵はその傲慢な態度とは違い、仕事は実に堅実、実直だ。それこそ、亡くなった父親よりも随分マシーーいや、かなり優秀だと云えた。

 だからこそ、バルカン伯爵は『何故?』と問わざるを得なかった。他の省庁に一切の詳細が伝わらぬままに行われた第二師団遠征。今回の件は異例過ぎた。軍隊は個人の判断のみで動かして良い機関ではない。官僚たちで話し合って、慎重に決める事柄であるのだ。にも関わらず何故、と……?


「バルカン伯爵、何をそこまで憤る必要がある?」

「なに⁉︎」

「システィナを攻めるに理由など必要なかろう。彼の国は悪魔の国なるぞ?」


 扇で顔を仰ぎながらバルカン伯爵を小馬鹿にする発言を呈したのは初老の男性。小太りでべっとり油の乗った体格の男性を、バルカン伯爵は嫌悪感を隠しもせずに睨みつけた。


「レイル男爵、私は軍部を私物化する危険性を説いておるのだ!」


 バルカン伯爵はドンと机を叩くと、声を荒げた。


「第二師団は第一師団に続き、王都の守りが主な任務であろう?未だシスティナに《結界》がある状況下、第二師団が出しゃばる意味が何処にある!にも関わらず、侯爵が我々との協議もなく軍を動かしたとなれば、それは立派な反逆行為となるのですぞ⁉︎」


 現在、ライザタニア国内は未曾有の内紛中。次代を担う二人の王子たちが国を二分して争っているのだ。第二王子が王宮を掌握し政治機関を動かしているとは云え、その機能が十分に機能しているとは言い難い。第一王子派閥へと流れた半数の貴族官僚の穴を、残りの半数が埋める事など、現状では到底不可能であったからだ。現状、暗雲の只中にあると言っても過言ではなかった。


 ーだからこそ、このデブがその席につけるのだがな!ー


 バルカン伯爵は今も尚、馬鹿話を巻き散らかす男性を睨め据えた。


「ゼネンスキー侯爵、貴殿は誰方どなたからの指示があって第二師団を動かされたのか⁉︎」


 バルカン伯爵の問いにゼネンスキー侯爵は嘲笑さえ浮かべ、余裕綽綽と肘を机につけると、ゆったりとした動作で両の手を組んだ。


「勿論、殿下からのご指示ですよ」

「「「ーー⁉︎」」」


 ザワリッと空気が揺れる。ゼネンスキー侯爵の口から飛び出した『殿下』の一言に、その場の誰もが息を飲んだ。そして、詮議中にも関わらずザワザワと私語が飛び交い始めた。


「では、やはりあの噂は本当なのか……?」

「だが、《結界》は消滅していないと聞くが?」

「どの部隊が動いたのだ?まさか……」


 バルカン伯爵は若造ーーゼネンスキー侯爵の言葉に呆然とし、次いで愕然とした。そして、驚愕冷めやらぬまま滑からな肘掛けに手を付くとガックリと腰を下ろした。そのまま茫然自失のままに、他の貴族官僚たちの騒めきを聞き流していたその時、侍従武官によって「シュバルツェ殿下ご入室」の声が響き届いてきた。

 バルカン伯爵を始め、他の貴族官僚たちも直ちに雑談を止めると素早く自席を立ち、大扉へと身体ごと向けた。


 開かれた大扉より一人の青年が姿を現した。


 柔らかな青みがかった銀の髪。蜂蜜のような光沢を放つ金の瞳。鼻筋の通った美しい容姿。背は高いが細身の体躯。だが、決して弱い雰囲気は感じられない。眉尻に向かう美しい曲線。琥珀を溶かしたような瞳からは強い威圧感が放たれており、その堂々とした佇まいからは王者の風格が感じらた。見目麗しい青年ーーシュバルツェ殿下が自席へ着くと、貴族官僚たちは一斉に着席した。


「遅れてすまない。ーーそれで?」


 謝罪の言葉ですら威圧感を伴うシュバルツェ殿下の言葉に対し、その場にいる誰も疑問に思う事はない。この二年半もの間、ライザタニアは第二王子シュバルツェ殿下の手中。この場に在る貴族たちは第二王子自らが集めた官僚なのだ。第二王子殿下に対して反発など出る筈がない。


「はッ。ゼネンスキー侯爵に対し、第二師団の動向の有無を問うておりました!」


 バルカン伯爵の偽りのない実直な言葉に、シュバルツェ殿下は「ほう?」と呟くと、面白そうに瞳を細めた。


「……殿下、わたくしは『特殊工作部隊(月影)がアルカードを攻略し塔の魔女を連れ帰った』との情報を、小耳に挟んだのですが……真実なのでしょうか?」


 額に汗を流すバルカン伯爵の問いに対し、シュバルツェ殿下はフッと笑みを浮かべた。


「バルカン伯爵、貴殿の耳は随分と広範囲を聞き通せるのだな?」

「と、申されますと……?」

「ああ。その噂は真実だ」


 シュバルツェ殿下は背後を侍る護衛騎士に向けて目線で合図を送る。すると暫くして……


 ーじゃら、じゃら、じゃら……ー


 殿下の背後ーー天幕の奥から金属の擦れるような音が響ききた。不気味なほど鎮まり返った審議室に響く怪音。貴族官僚たちの視線が自然と音の鳴る方に向けられた時、天幕の奥から場違いな少女が現れた。


「「「ーーーー⁉︎」」」


 天山に架かる雲のような真白の髪。肌は雪のように透き通っており、朝露に濡れた牡丹の花のような唇がなんとも艶めかしい。歳は二十歳にも満たぬ乙女。背丈は平均的な成人女性よりもやや低く小柄。神の花嫁が纏う死装束ーー純白の衣装を身に纏ったその少女の身体は、ライザタニアの一般的な女性よりも一回り小さく見えた。

 しかし、彼らの目を引いたのはその容姿の美しさよりも女性の目元を隠す布、首に嵌る金の輪、そして足輪から伸びる鎖の方であった。

 屈強な騎士二人に挟まれた状態で鎖を引かれながら連行されてきた様はまるで囚人と同じ扱いであった。足下に目を向ければ、やはりそこには裸足がある。ライザタニアに於いて靴を履かせぬ行為こそが、囚人の扱いであったのだ。


「殿下。その娘、が……?」


 シュバルツェ殿下は自席より立ち上がると騎士から鎖を受け取り、徐に鎖を手前へ引き寄せた。すると、騎士によって連行させられてきた純白の少女は、首輪と足輪とを同時に引かれ、地面へと崩れ落ちた。少女は苦しげに小さな呻き声を上げた。そして、擡げていた顔をゆるりと上げたその時……


 ーシュルー


 シュバルツェ殿下の手により、少女の目を覆っていた布が解かれた。


「システィナの東の魔女だ」


 オオッと大臣たちは喚いた。隠された布の奥ーー魔女の開かれた瞳がオパールのような七色の光を放っていた。


「おぉ、この瞳は……!」

「この魔女はまさか……?」

「あの噂は真実であったか……!」


 次々に声を上げる管理たちの姿に、シュバルツェ殿下は満足げにニヤリと笑んだ。


「そのまさか、この魔女は帝国皇太子が即位の際に迎えるという『システィナの魔女姫』に相違なかろう」


 シュバルツェ殿下は立ち上がるとツカツカと音を立てて少女ーーシスティナの東の魔女へと近寄り、魔女の背後より顎を掴むと、強引に顔を上向かせた。


「この瞳こそがその証拠。このような不可思議な瞳を持つ者など、この世に幾人もおらぬであろう?」


 複数の奇怪な目から視線をーー顔を晒そうとする魔女。シュバルツェ殿下はその背後から左手でその白い髪を掴むと、右手で強引に顎を掴み上げた。苦痛に歪む魔女の顔。だが、その非道な扱いに対して非道だと顔を背ける貴族ものは少ない。勿論、反感を持つ者はいる。捕虜であろうとも、相手はうら若き女性なのだ。だが、そんな常識を持ち合わせる貴族よりも目立ったのは、口元に嫌らしい笑みを浮かべ苦痛に喘ぐ魔女を見下ろす貴族たちであった。


「さぁ、良く顔を見せろ」

「ーー!」

「お前に逃げ場などない」

「ッーー」


 シュバルツェ殿下は魔女の真白の髪を背後から引き上げると、その耳元にそっと囁いた。ヒュッと息を呑む魔女。僅かに震える肩にシュバルツェ殿下はほくそ笑むと、鎖を引き上げて貴族たちを喜ばせた。

 大臣たちは殿下から許可を得て席を立つと、魔女の周りに輪を作るように群がった。


「ほうほう、これはこれは!何と美しい姫でありましょうか?」

「彼の国、帝国の皇太子殿下が御執心である理由がよく分かりますなァ」

「これは『精霊の瞳』でありましたかな?誠にに美しい!」

「殿下、この瞳を抉って飾るのがよろしいのでは?」

「パルマ伯爵は美術品のコレクターでありましたな?殿下よりも貴殿の方がこの瞳をコレクションに加えたいのでは?」

「ハッハッハッ。バレましたか?」

「コレクションするならば、魔女そのものを剥製にするが宜しかろうて」


 連れて来られた当初こそ気を張り気丈さを見せていた魔女も、貴族たちの狂気に満ちた目に晒されていく内に、表情を陰らせていく。


「嗚呼、これは柔らかな髪ですな」


 一人の貴族の手が魔女へと伸びた。


「この色は本物ですか?これはまるで神殿の姫巫女の御髪ーーいいや、ひょっとすると姫巫女の物より美しいのでは?」


 男が脂ぎった手で魔女の髪を触ろうとした矢先、魔女の身体は後方へと引かれた。魔女の背中がしなり、背面から倒れるように身体が傾ぐ。


「シュバルツェ殿下……?」

「……それ以上は止すがよい」


 シュバルツェ殿下は自身の方へと倒れてきた魔女を受け止めると、その細腰に腕を回し、己が胸の中へと引き寄せた。


魔女コレは私のモノだ。モッドレ伯爵」


 シュバルツェ殿下はうっそりと微笑んだ。その微笑から得体も知れぬ威圧を感じ取ったモッドレ伯爵は、思わずギクリと背筋を震わせた。


「それにな。魔女コレには未だ調教が済んでいない。《隷属》の輪で服従している状態にあるとは云え、この者はシスティナの魔女。何を仕出かすか判ったものではないぞ?」


 言うなり、シュバルツェ殿下は魔女の細い手首を捻り上げた。すると、そこにはいつの間にか握られた短刀ナイフが。魔女はモッドレ伯爵たち貴族官僚に囲まれた際、誰かの腰から短刀ナイフを抜き取っていたのだ。


「ヒッーー!」


 短刀ナイフは魔女の手を離れ、カランと床へと滑り落ちた。短刀が床に転がった瞬間、ザッっと貴族官僚たちの輪が大きく広がった。


「この者は我が国を散々苦しませてきたシスティナの魔女なるぞ?このように捕らえて尚、システィナ国境の《結界》は消えぬという。ただの小娘な筈がなかろう?」


 警告とも取れる言葉。だが、言葉とは裏腹にシュバルツェ殿下は柔らかな笑みを浮かべると、捻り掴んでいた魔女の右手首を引き寄せ、その甲に唇をぐっと押し付けた。まるで愛しい恋人へ送る仕草のような。

 シュバルツェ殿下を見留める貴族官僚たちの瞳には、益々畏怖の色が滲み広がっていく。


「発言をよろしいか?殿下」

「許そう」

「殿下は、その者をどうするおつもりか?」


 誰もが口を黙み、第二王子殿下の言動から目を離せずにいたその時、一人の老貴人が発言した。


「バルドレート公爵。どう、とは?」

「その娘が真に『システィナの東の魔女』ならば、我が国の敵ーー捕虜となりましょう。ならば、見せしめに殺すのもよろしかろう。しかし、その娘が真に『システィナの姫』ーー帝国皇太子の婚約者ならば、他に使い道もありましょう?」


 問われている間、シュバルツェ殿下の表情は一片の変化もなかった。それはそれは穏やかな笑みを浮かべていただけであった。だが、狂気の王子に捕まった魔女の方は違った。気丈だった表情を歪ませ、隠しようのない程の不安を滲ませたていた。


「バルドレート公爵、貴殿はこの魔女をどのような処遇に置くべきだと思うか?」

「殺すのはいつでも出来ましょう。システィナ攻略に掛かるその時まで生かしておくべきかと、具申致します」


 そう言って胸に手を置き、こうべを垂れるバルドレート公爵の頭を見ながら、シュバルツェ殿下は口元の笑みを深めた。他の貴族官僚たちは固唾を飲みながら、シュバルツェ殿下の判断を待った。

 シュバルツェ殿下は現王の気質を引き継いでいる。しかも狂気なる気質をだ。自分の意に沿わない意見具申をする者がいたならば、身分を問わず処罰を下す。処罰には時間の掛かる審議など必要としない。断行、斬首、惨殺だ。その事をこの二年半もの期間あいだ、ライザタニア貴族たちは身に染みて理解させられていた。


『下手な意見は身を滅ぼす』


 ……と。だからこそ、貴族たちは『狂気の王子』たる第二王子殿下の意向に沿う言葉を述べる事ばかりに神経を注ぎ、それ以外は疎かにしてきた。第二王子殿下の挙げた政策について、マトモな意見を奏上する者はこれまで殆ど居なかったのだ。


「貴殿の意見に理解を示そう。この魔女おんなの使い道は多い。今暫くは我が玩具として手元に置こうぞ」

「は。意見を聞き届けくださり、恐悦至極でございます」


 バルドレート公爵が深々と頭を下げた時、周囲の貴族たちがあからさまに息を吐くのが見て取れた。例え自分事でなくとも、同僚が目の前で斬り捨てられるのは寝覚の良いものではない。つい先日、前財務尚書が不正を働き、シュバルツェ殿下に叩き斬られたという事例があるだけに、彼らの内心は穏やかではなかったのだ。


「では、我はここで失礼する」


 シュバルツェ殿下のその言葉が合図となり、騎士2人が魔女を左右から挟み込むように両腕を拘束した。そして、殿下自身は魔女の首と足へと繋がる鎖を持つと、その身を大きく翻した。


「貴殿たちはこのまま残り、この魔女の使い道について論議せよ」


 シュバルツェ殿下はこうべを垂れる貴族たちを置いて、一人、審議室を後にした。第二王子殿下の前を魔女が連行される様はさながら奴隷か飼犬のようであり、貴族官僚たちもその異様な光景には生唾を飲むばかり。

 傲慢で横暴、気に入らない事があれば激昂し、反発する臣下を躊躇う事なく斬首する『狂気の王子』。現王の気質をそのまま受け継いだ第二王子シュバルツェ殿下。その狂気の片鱗をまざまざと見せつけられた貴族たちは、殿下の背に現王の影を見て、自身の背中を震わせるのであった。



お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、とても嬉しいです(*'▽'*)ありがとうございます‼︎


『第二王子2』をお送りしました。

第二王子が『狂気の王子』ならその周囲に集う貴族たちも『狂気の貴族』でした。

親は子に似るように、第二王子を支持する貴族もまた第二王子の気質に似ていくのでしょう。しかし、中には常識を失わぬ貴族も在るようで……。


次話『第二王子3』も是非ご覧ください!


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