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魔宝石物語  作者: かうる
幕間4《誘拐編》
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神の花嫁

 目の前に置かれた長方形の箱。木の香りが実に芳しい。桐の箱だ。箱の外面は真白。表面は綺麗に研磨され、汚れや傷の一つもなく、特殊な塗料が塗られた箱の側面には銀の塗料で草や花を模した模様が描かれていた。模様は一針一針、緻密に織られたタペストリーのように美しい。箱の上部には蓋がピッタリと嵌っており、金の塗料で幾何学模様が描かれていた。まるで宝石箱のように美しい箱だ。だが、その箱は宝石箱のように掌に収まる大きさではない。人間ひと一人が入れるほどの大きさがあったのだ。


「何ですか?これ……」

「見て判らないか?」

「えっと……」

「棺桶だ。システィナでは形が違うのか?」

「いえ……そんなコトはナイデス」


 アーリアの質問に対して隊長レオニードは淡々と答えた。レオニードの表情は真面目そのもの。しかも、文化の違いにすら気を回されている始末。だが、アーリアもそのような事はワザワザ尋ねずとも分かってはいたのだが、分かっていてたとしても『念の為』と尋ねたい気分になる心情というものは、時としてあるもので……。


「えぇっとぉ……?」


 アーリアは桐箱ーー棺桶と自身の纏う衣服とを交互に見比べた。額には困惑の汗が光る。


棺桶コレに入れってコトかな?」


 一応とばかりに問えば、レオニードは無言でコックリと頷いた。


 今朝方、馬車の荷台で目覚めたアーリアに手渡されたのは、アーリアの為だけに用意された真白のワンピースだった。アーリアに拒否権はなく、いそいそと真白のワンピースを身に纏った所で手渡されたのが、これまた真白の長衣と真白の靴であった。

 地毛の色も相まって、衣装を纏ったアーリアは頭の先から爪先まで真っ白になってしまった。

 渡された衣装を見た時から嫌な予感がヒシヒシしていたアーリアであったが、虜囚の身であるからして拒否権など存在せず、大人しく指示に従うしかなかったのだ。衣装を着た後、美麗治療士アリストルの手によって軽く化粧が施され、薔薇の香りの芳しい精油を髪に撫でつけられて、櫛で何度も梳かれて整えられた。そして、最後に白薔薇の花束ブーケを手に持たされたとき、『まさか』との予感は過ぎったのだが、その嫌な予感はこうして現実となってしまったワケだ。


 システィナで真白の衣装を身につける機会は人生に二度ある。結婚式と葬式だ。

 結婚式には新郎は白の礼服、新婦は白のドレスを着るのが通常だ。たまに奇抜な結婚式を挙げたいと、新婦がカラードレスを着る事もあるが、基本的には白一択だと聞く。アーリアもアルカードで街探検をしている最中に、トアル神殿にて結婚式を挙げているカップルと出逢った事があったが、真白のドレスに真白のベールがとても美しかったのを覚えている。

 そして葬式。葬式にも真白の衣装を身につける。と言っても、衣装を身に纏うのは生者ではなく死者だ。死者は真白の衣装を身につけて棺桶へと納められる。システィナでは土葬よりも火葬が一般的で、棺桶へと納められた死者は、生前に親しかった者たちと別れの式を行った後、魔術の炎によって天へと還される風習がある。

 さて、今一度、アーリアの衣装を見てみよう。くるぶしまで隠れる真白のワンピース。簡素シンプルなデザインで、裾にレースが施されているだけで、他には飾り気一つない。そして、手に持つ白薔薇の花束ブーケ。結婚式には愛を表す赤薔薇の花束ブーケを持つが、葬式には白薔薇だと相場が決まっていた。地域や季節によって白百合しらゆり石楠花しゃくなげになる事もあるが、流石に赤薔薇になる事はない。

 アーリアの知る結婚式と葬式の文化はシスティナの物だが、どうやら、国境を跨いだライザタニアでもその文化に差はないようであった。


「綺麗よ。アーリアちゃん」

「ありがとうございます……?」


 褒められているのだろうか?とアーリアは小首を傾げた。身に付けているのは死装束。似合う・似合わないという基準はあるのだろうか。しかし、何故か美麗治療士は白いハンカチを目頭に当て、感動の涙(?)に咽いでいる。まるで、新婦を見送る母親(?)のようだ。


「生きたまま棺桶に入る事になるなんて、思ってもいませんでした」


 アーリアが溜息混じりに言えば、レオニードを始めとした『月影』の隊員たちは急にしんみりした表情を浮かべた。


「……え?まさかこの場で殺される訳じゃないですよね?」

「そのような事はしない。ただ、少しの間、眠ってもらうだけだ」


 レオニードの言葉は淡々と続く。


「お前は此処からは棺桶コレに入れられて運ばれる事になる。棺桶には空気穴があるので呼吸の心配はない」


 アーリアは別に空気穴の心配をしていた訳ではなかったが、此処まで来て問答無用で殺される事にはならないと判り、「そうですか」と適当に返答した。すると、レオニードの後ろでソワソワしていたセイが口を尖らせながら文句を言ってきた。


「え〜〜⁉︎ なになに?めちゃくちゃ素っ気ないじゃん。俺たち、ココでお別れなんだよ?俺と別れるの、寂しくないの?」

「全然」

「うわッ!即答されたよ、オレ」

「そもそも、何で寂しなる必要があるの?」


 セイがガックリと肩を落としているけれど、アーリアからすれば、何故、セイたちとの別れに寂しさを抱かなければならないのか、理解できそうになかった。


「セイたちは任務しごとで私を拐った。そして、その仕事を完結させるべく、私をアナタたちの主人の下へ送り届ける義務がある。でしょ?」

「まぁね〜〜そぉなんだけどさぁ〜〜」

「じゃあ、寂しがる必要なんてないじゃない?」


 何を拗ねているんだ、この男は。とアーリアは眉を潜めた。


「だってさ、俺とアーリアちゃんとはこの旅で関係を深めて、こんなにも仲良くなったのに、離れ離れになるなんて、寂しいじゃん?」

「はぁ?関係を深めて?仲良く?」

「だってそうでしょう?ーーホラッ!」


 ガバッと突然アーリアを抱きしめてきたセイに対して、アーリアはギャッと可愛くない悲鳴をあげた。そして、露骨に嫌な顔をしてセイの身体から離れるべく腕に最大限の力を込めた。


「他の人にはこんな露骨な態度は示さないでしょ?」

「変態!セイ、離してっ!」

「ほら。こーんなアーリアちゃんの素顔、僕の他には見た事がないと思うよ?」

「ヒィッーーーー」


 アーリアが嫌がると益々イイ笑顔を浮かべるセイ。そんなセイの顔がアーリアの頬に近づき、アーリアは轢かれたヒキガエルなような悲鳴を上げたその時……


 ーベシンッバシッゴギッグシャリッ……!ー


 アーリアの助け舟は一人ではなかった。


「止めろ、セイ」

「やめないか、セイ」

「やめなさい、セイ!」


 レオニード、ミケール、アリストルの順番に叱りの声が上がり、他の隊員からは怒りの鉄拳が無言で振り下ろされた。しかし、無駄に丈夫なセイには、そのどの攻撃も効いていないようだ。


「え、ええっ、いた、いたい、いたいイタイ!ちょ、ちょっと……⁉︎」

「離れなさい、この発情男!」

「なんか酷くない?この扱い」

「アナタという男は……⁉︎」

「ミケさん、目がマジでコワイっす!」

「自業自得だ。お前には再教育を施す必要があるな」

「隊長までーー⁉︎」


 アーリアから引き剥がされたセイは隊員たちに囲まれて説教タイムへと突入した。これまで黙ってきた他の隊員たちも、セイの言動には耐え兼ねた様子。セイと自分たちとが『同じ』だと思われるなど屈辱以外のナニモノでもナイ、とその目は語っていた。

 これでも彼ら『月影』部隊はライザタニアに於いてはエリートの部類に属する。月影は亜人第一世代のみで構成されており、厳しい訓練と試験とを突破した者だけが配属を許されている玄人集団プロフェッショナル。その身に流れる妖精族の血を完璧に制御できる事は必須事項であり、人間社会に溶け込み工作活動する為だけに様々な技能と資格を取得したという特殊な軍人集団ーーそれこそが、『月影』という部隊の特徴であった。


「バカは放っておいて。ーーアーリアちゃん」

「はい?」


 アリストルは手をアーリアの両肩に置くと、しんみりした表情かおでアーリアの顔をトックリと覗き込んできた。


「こんなコト言えた立場じゃないけど、これから行く場所では十分に気をつけてね?」

「はい。気をつけ方が分からないですけど、気をつけます」

「背中の傷はまだ治り切っていないわ。ムチャはしちゃダメよ?」

「それは難しい相談ですね?」

「分かっているわ。アーリアちゃんは顔に似合わず好戦的ですもの」

「否定はできません。今は皆さんが支持する主君に会う事が、実は楽しみでなりませんから」


 アーリアはそう言うとにっこりと微笑んだ。そこに悲壮感などない。『もう此処までくれば腹を括るしかない』。そう、アーリアは此処へ至る迄に腹を括っていたのだ。

 彼ら『アルカードの襲撃者』にして『ライザタニアの特殊工作部隊』に連れられて、とうとう、ライザタニアの王都まで来てしまった。この場所は彼らのセーフハウスの一つなのか、広い部屋に幾つもの商品が並ぶ棚がある事から、商人を偽装している屋敷のようであった。そして、部屋の中央に並べられた幾つかの棺桶。その内の一つの棺桶を取り囲む兵士たち。実にシュールな光景だ。


 屈強な部隊員たちから無手で逃げ切れる可能性などなく、アーリアは逃走する事を早々に断念していた。だが、かえって断念してからの虜囚生活はなかなかに快適だったと云えた。彼らは虜囚の身であるアーリアに対しても実に紳士的であり、身の回りの世話から三回の食事まで至れり尽くせりの日々であった。

 三食昼寝付き、但し、変態チャラ男の護衛セイ付き。元々、引き篭もりのアーリアにとっては、馬車や天幕の中でダラダラと過ごす事自体、さして苦にはならず、見張りを兼ねた護衛セイもその性格さえ除けば、実に良い暇つぶしの相手だった。レオニードは普段は無口すぎて、睡眠時の抱き枕にするのは良いのだが、話し相手としては役不足だったのだ。

 そんなこんなで、アーリアはセイと素で話す仲にはなったのだが、それが『仲良し』と言うには、些か早計ではないだろうか。

 アーリアはセイのーーセイたちの事を今も『許してはいない』のだ。いくら彼らが『任務の為』『仕事の為』だとアルカードを襲い、アーリアを襲ったのだとしても、アルカード領民やアーリアが彼らの事情しごとに付き合う義理はない。自分の健やかな生活を乱した彼らに対して、良い感情を抱く事などできはしないのだ。

 今のアーリアは、ただただ自分の置かれている状況を諦めて受け入れざるを得ない状況だった。だがしかし、その反面、諦めと反比例するかのように、復讐心はメラメラと燃え上がってきていた。


「うふふ。あのヒトは一筋縄ではいかないわよ?」


 アリストルの言う『あのヒト』とは、恐らくライザタニアの第二王子シュバルツェ殿下のことであろうとアーリアは予測していた。王都を追われた第一王子殿下が第二王子殿下の目を潜り抜けて隣国に手を出したとは、到底考えられなかったからだ。

 アーリアが耳にした情報では、第二王子殿下という人物は、尊敬と畏怖とが同居する遽に信じられない性質のモノばかり。その為、アーリアの頭の中には既にかな〜り強面コワモテの王子様の想像図が出来上がってきていた。


「頑張ります!」


 ぐっと拳を握ったアーリアに、アリストルは「何をがんばるのよ?」と呆れ顔だ。


「じゃあアーリアちゃん。この中に入って貰える?」

「はい。ーーあ、靴は脱いだ方が良いですか?」

「そうね。後で隅にでも入れておくわ」


 パカっと開けられた棺桶の蓋。中には白い布が敷かれている。布には中綿が入っているようで、足を踏み入れたアーリアには、足裏からその柔らかさを感じる事ができた。白薔薇の花束ブーケをアリストルに預けて棺桶の中に足を突っ込むと、まずはしゃがんでお尻を床面についた。そして、棺桶の縁に手をつけてヨイショと足を伸ばす。後は寝転ぶだけ……と頭を枕の上に下ろす前に、隊員たち一人ひとりの顔を見渡して確認すると、最期とばかりにニッコリと微笑んだ。


「では、月影の皆様。これまで大変お世話になりました。今後の皆様のご活躍をお祈りしております」


 浮かべられた微笑みは天使のような慈悲と慈愛に満ち溢れたものだった。まるで、本心からの言葉のように聞こえる別れの謝辞に、隊員たちは思わず息を呑んでアーリアの表情に魅入ってしまっていた。

 アーリアはそんな隊員たちの内心などには気づきもせず、もう一度にっこり微笑むと、レオニードに指示される前に棺桶に寝そべり、そっと目蓋を閉じた。



 ※※※



 目を閉じたアーリアに眠りの魔法をかけたレオニードは、棺桶の中で眠る魔女の姿をとっくりの眺めた。

 清楚な死装束に身に包み白薔薇の花束ブーケを持つ魔女は、神秘的な美しさを放っていた。白い髪はまるで朝日に輝く雪のようで、何者にも汚せぬ清純な雰囲気が漂っている。ライザタニアで『死を迎える』事は『神の下へ迎えられる』という意味があり、特に若い娘が天に召された際には『神の花嫁』になるのだとされる風習があった。それでいけば、今、正に、レオニードは『神の花嫁』と対面している事になる。


「嗚呼、なんて美しい花嫁でしょう」


 ホウと感嘆の溜息混じりに呟いたのは麗しの治療士だった。


「さっきのあの台詞コトバは……?」

「何というか、心に刺さりましたね……?」


 アーリアの捨て台詞ともいえる謝辞の言葉に冷や汗を流す隊員を横目に、アリストルは苦笑を浮かべた。


「そう?でも、あの言葉は本心からの言葉ものだと思うわよ?」 

「「「ーーは?」」」


 棺桶の隅にアーリアの脱いだ靴を揃えて入れながら呟かれたアリストルの言葉に、またまた隊員たちは目を剥いた。


「『恩には恩を、仇には仇を』。師の教えらしいわ。ふふふ。この、こんな私たちにも恩義を感じたのね?」


 アリストルはアーリアの髪を梳いて整えると、フゥッと溜息を吐いた。


「でも先生。それじゃ俺たち、これから仇討ちもされるってコトなんじゃないですか?」


 セイのツッコミにアリストルの赤い唇が弧を描く。


「あらセイ。アナタ、鋭いじゃない?」

「そりゃあねぇ……。オレ、アーリアちゃんから『絶対に丸コゲにしてやる!』って宣言されてるもん。あの時の目、めちゃくちゃ本気マジだったからさぁ!」

「あらあら。彼女からの『死刑宣告』を受けているなんて、妬けちゃうわねぇ〜〜」

「でしょーー!俺、楽しみにしてるんだよねぇ〜」


 嫌味を言ったつもりであったのに満面の笑みを浮かべてきたセイに対して、「なる程、これが変態ってやつね?」とアリストルはアーリアの先ほどの言に同意を示した。


「じゃあ、これが最期の別れになる事がないように、神に祈りましょうか?」


 アリストルは穏やかな眠りにつくアーリアの頬をそっと撫でると、美しい花嫁の姿を目に留めるように、とっくりと眺めた。

 その後、レオニードの指示により棺桶の蓋はしめやかに閉じられた。そして、棺桶は豪奢な馬車に乗せられ、第二王子殿下の待つ王城へと運ばれて行くのであった。





お読み頂きまして、ありがとうございます!

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『神の花嫁』をお送りしました。

アーリアを安全に王城に移送する為に用いられた策が、『棺桶に入れて運ぶ』というものでした。

アーリアもまさか死体に化けさせられ、生きたまま棺桶に入れられるなどとは、思ってもいませんでした。生きていると色んな事が起こるなぁ……と、若干、鬱になり気味のアーリアですが、いよいよ、狂気の王子との対面です。


次話も是非ご覧ください(*'▽'*)

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