※裏舞台7※ 焦燥の皇太子
※(皇太子ユークリウス視点)
「ーーどうやら、俺の読みは当たったようだ。ヒース」
俺は《通話》の魔法具を机の上に置くと、側に控えていたヒースへと声をかけた。人払いした執務室には俺とヒース、二つの影しかなく、ユラユラと揺れる灯りが二人の顔を照らすが、どちらの顔色も良くは見えない。ヒースは表情こそ変化はないが、何処となく焦燥感が滲み出ているように見えるのは見間違いではないだろう。近衛第八騎士団を束ねる団長として、そしてこの俺ーー帝国皇太子の副官として多忙な生活を送るヒースだが、これまで根を上げた事は愚か、疲労感を顔に出した事すらない。しかし、今、ヒースの顔には疲れに似た影が射して見える。まぁ、俺も似たような顔色ではあるだろうがな……。
「では、やはり……」
「システィナの東、アルカードが攻め込まれた」
「ライザタニア、でございますか?」
「それしか考えられん。ーーで、ウィリアムにカマをかけたら見事に正解を引いた。あやつめ、この件で相当追い詰められていると見た」
今し方、隣国システィナの王太子を務めるウィリアムと《通話》の魔宝具を使い連絡を取ったのだが、その折に話した『アーリアの持つ婚約の腕輪』云々の話はカマかけに過ぎない。ウィリアムから情報を引き出す為のキッカケなのだ。俺はシスティナで起こった事件の全貌の全てを把握した状態で話していた訳ではなく、あくまでも現段階で知り得た情報を掻い摘み、それっぽい口調で、あたかも全て理解しているような素振りで会談していたのだ。相手方の混乱に乗じた卑怯な策と呼べなくもないが、これは駆け引きなのだ。それに、全てが出任せではない時点で虚言ではないので、後からウィリアムにトヤカク言われる筋合いはない。
にしても、普段から『冷静沈着な王子様』という外面を崩さぬウィリアムが見せたあの動揺っぷり。余程、今回の事件については業を煮やしているに違いない。聞いた話によると、事件からもう十日も経過しておるのにも関わらず、それほど事態の進展が見えぬ状態らしい。次代を担う王太子としては、この度の事件に伴う失態は、大きな傷にもなる恐れもある。だが、逆に千載一遇のチャンスでもあるだろう。この機に乗じて国家の膿を出し切る事ができたならば、システィナの次代は安泰だ。
「それで、アーリア様は……?」
「拉致された」
「嗚呼……」
「そう悲観するな。アーリアは生きている」
「ですが!生きている事が幸福であるとは限らないではございませんか⁉︎」
死ぬよりも辛いーー生きている方が死ぬよりも苦痛に感じる辱めがこの世にはあると言うヒースの視線を受けて、俺は思わず顔を逸らした。そのような事はワザワザ口に出して言われずとも理解していた。だが俺は理解していて敢えて考えないようにしていたのだ。
「そうだな……。だがな、ヒース。ここで俺たちが喚いておっても、アーリアが助かる訳でもあるまい?」
悲痛な呻きを放つ副官を嗜めるように語気を強めた。そして俺からの睨め据えた視線を受けるなり、ヒースはぐっと押し黙った。
ヒースとて分かっているのだ。此処でアーリアの安否をいくら思案しようともーーいくら心を砕こうとも、アーリアの置かれた状況が改善する事などない事を。だが、それでも諦めきれぬ事は誰にでもある。このようにヒースを嗜めている俺自身、ヒースと同等の焦燥感を抱いている。
俺はフッと一息を吐くと、徐に魔宝具を手に取り、それを掌の中でコロコロと転がした。
「もしかすると……アーリアは自身が襲撃者どもに拉致される事で、事態の収拾を得ようとしたのかも知れんな?」
「……と、申されますと?」
「襲撃者どもの起こした襲撃の目的は『東の塔』をーー軍事都市を陥す為の攻撃ではないと、気づいたのではなかろうか?寧ろ、全ては『塔の魔女』を誘拐する為の陽動作戦ではないか、と……」
アーリアは己の置かれた立場、その状況を把握していた筈だ。でなくば、護衛騎士を己から遠ざけたりはすまい。
俺とウィリアムの策略によりエステル帝国へ拉致された事件をキッカケに、アーリアの持つ警戒感が激増したのだと思われる。アーリアは帝国に於いて、他者の目から見た『塔の魔女』の価値が自身の想像していたものよりも高く、また、多様な価値観を持って評価されている事実を目の当たりにした。だからこそ、アーリアは帰国後も相応の対処や対策を立てていたに違いない。『今後、自身が襲われたならどう対処するのがベストか』と。だが、『仲間の裏切り』という想定外の理由によって、それらの対策は呆気なく泡と消えた。
「アルカードをーーシスティナを本気で陥す為の作戦だったならば、これだけの被害に留まってはおるまいよ。今頃は他国の知る所となっていただろう。だが、現在そのような危機的状況に陥ってはいない。何故ならばーー」
「当初より、ライザタニアの目的はあくまでも『塔の魔女』を誘拐する事であり、アルカードへの侵入及び攻撃はその為の囮作戦であった、と……?」
「だろうな。アーリアは騒動の最中、襲撃者の狙いが『塔の魔女』だと気付いた。だから……」
「自分から襲撃者について行ったと?バカな……⁉︎」
「いや、そこまで能動的ではなかったであろうな。あの娘の事だ、抵抗くらいはしたであろうが……」
燃え盛る街、傷つく領民、苦戦を強いられる仲間、それらを目の当たりにして、アーリアはどのような想いに囚われただろうか。お人好しのアーリアの事だ。その全ての原因が自身の存在に帰依すると理解するや否や、深い絶望感に襲われたのではあるまいか。
「自発的について行くなどあり得まい。あの娘はエステルでも、常に、親元へ帰る事だけを願っておったのだから」
「アーリア様はあまりフィールドワークは好まれませんからね。見ず知らずの土地へ一人赴かねばならぬなど、嫌がりましょう」
俺たちはアーリアがエステル帝国に拉致られて来た時の事について思い出していた。
アーリアは『仲間の護衛騎士を如何にして守るか』を優先して考えていた。護衛騎士の生命を守る為だけに、俺の脅しに屈し、俺の仲間となった。仲間となった以降も、『如何にして生き残るか』を中心に考えていたと聞く。他国ーーしかも、敵国で殺されずに生き残り、無事に親元へと帰りつく事だけを念頭においていたのだ、と……。
だからこそ、やっとの思いで帰国したアーリアが、愛しい家族のいるシスティナから自発的に敵国へと渡る筈があるまい。それに、アーリアは根っからの研究者堅気な性格。外へ出て活発的に動きたいと思うタイプではない。『魔宝具作りに最適な希少な素材を採りに行かないか?』とでも言って誘わない限り、ライザタニアなどには参るまいよ。
「アーリア様には甘い部分がございますからね」
「ああ。仲間を見捨てる事など、到底できまい」
ーーまして、大切な護衛騎士ならば……。
そう。アーリアを『唯一の主』と忠誠と愛とを捧げる護衛騎士の生命を、当のアーリア自身が大切にしている。クソ忌まわしい事に、護衛騎士の生命は俺の生命よりも優先度が高いのだ。
俺の表情に苦いものが疾ったのを目敏く見つけたヒース。その涼やかな目線の端で苦笑したのが分かった。このような時、『幼馴染み』というのは度し難い。伝わらなくともよい気持ち迄バレてしまうのだから。
「それにしても、『仲間の裏切り』ですか……?」
「襲撃者は皆、アルカード内の各組織に入り込んでいた元仲間たちだそうだ。であるなら、この混乱具合も納得できようものだな……」
『仲間の裏切り』。一言で言えば其れ迄なのだが、実際に体験したならば、かなりの動揺を誘う出来事であろうよ。もしも、今の今まで語らっていた友が突然背後より斬り掛かってきたとしたらば……想像しただけでも身の毛が逆立つ。
だが、蛮国の襲撃者どもは実に上手い部分につけ込んだと言わざるを得まい。蛮国にも頭の回る者はいたという事か。どの組織も外部からの攻撃に対しては防御する術を持っているが、内部からの攻撃には脆いものなのだ。
しかし、その現場に居合わせたアーリアは、相当、辛い選択に迫られただろう。仲間だった者を『斬る』か『斬らぬ』かという選択を。だが、『やはり』と言おうか、一時期的にでも仲間だと思ってきた者たちを即座に敵とみなして斬れるほどの冷徹さを、アーリアは持ち合わせてはいなかった。
「ーーだからこそ、アーリア様は襲撃者たちに半ば自主的について行かれたのではないかと、殿下はお考えになられたのですね?」
「まあな。『己の身一つで騒動が収まるならば』と考え、行動した可能性が高いとは思わんか?現に、システィナに被害らしい被害は出てはおらぬ。『塔の魔女』の生命が危機に晒されている事以外、システィナに目立った被害はないのだ、皮肉な事にな。ハッ!この分ならば、領主含め主要な貴族官僚たちも無事であろうよ」
「でしたら、領民たちも無事でありましょうね?」
「守護騎士たちも、な……」
ふと顔を上げれば、冷ややかな表情で「情けない」と呟いているヒースの姿が目に入った。そのまま横目で見やれば、眼鏡を押さえる手のその奥に余程穏やかではない瞳が見え隠れしている。アルカード内に襲撃者どもの侵入を許した事、守るべき者を守れなかった事、その他諸々の理由を含め、『塔の騎士団』のあまりの不甲斐なさに、憤りを覚えているのだろうと判じられた。
「システィナ国内へ間諜にやっていた者たちからの報告では、騎士団の中には年若い魔女をーーアーリア様を『塔の魔女』と認めようとしない若手騎士がいたそうだぞ?」
「愚かなッ!そのような者たちに『騎士』を名乗って頂きたくはございませんっ」
ヒースは声を荒げるなど珍しい。俺は僅かに目を見張ったが、それも無理からぬ事だと思い同意した。騎士の忠誠心を注がれるべきは国だ。だからこそ、騎士が特段、いち個人に忠誠心を捧げなくとも構わない。忠誠心を抱く事自体、個人意思であり、強制されるものではないからだ。だからこそ、騎士には揺るぎなき愛国心が問われる。愛国心があるならば、国の害をなす事など起こすまい。皇族ーーまたは王族としては、優秀な一人からの忠誠心は大変有り難い事ではあるが、同様に、その他大勢の一般的な忠誠心も重要なのだ。極論、仕事さえ満足に熟せるならば忠誠心が多少薄かろうが許せると言うもの。
だが、アーリアの置かれた状況は、一般的な騎士団としてーーいや、国家としても異様だとしか表し難かった。
ー何故、騎士が国から下された命令に背くのだ?ー
「アーリア様を『偽物』として認めず、『平民』だと嘲り、『少女』だと侮った。遂には綱紀粛正措置が執られ、ウィリアム殿下自ら断罪なされたそうですね?その事もあり、アーリア様は騎士団員の事をあまり信頼なさってはおられなかった」
「当たり前だ。そのような者たちを誰が信じる⁉︎ もし、集団にそんなバカが一人でもいてみろ?見えぬ場所に十人は居るに決まっているではないか!」
黒光りするアレのように、一匹発見すれば物陰に十匹は存在しているに違いない。どの組織にも己の私欲にしか関心のない者は存在する。帝室に所属する各政治組織、各騎士団など、帝室の組織に属する人の数は何千、何万と存在する。俺自身、末端にいる人間まで把握できている訳ではなく、職員同士であっても互いの名も知らぬ者すらいるのは致し方ないこと。だからこそ、巨大組織の中に於いて、一々、個人の思想まで把握する事はしないーーいや、できない。審問官によって各組織には定期的に査察が入り、個人を評価し、審問し、断罪がなされる。審問時さえ巧く潜り抜ければ、どんな危ない思想犯でも首が繋がるのだ。あまりに目立つ行動をとる者ならば兎も角、その様な小悪党はなかなかに頭が回る。しかも、悪知恵を発揮する場面にのみ、頭が回るのだ。仕方ないとは云えども、偶にそのような勘違い貴族がーー自身を過信し勘違いしている馬鹿野郎ーーしゃしゃり出て来ては、俺の仕事を邪魔するから面倒で仕方ない。こそこそしている分には見逃してやるから、俺の邪魔をするな!と言ってやりたいものだ。
「アーリアはバカが嫌いだからな」
「ええ。仕事を仕事と割り切れぬ若手騎士など眼中にないでしょう」
エステル帝国でも同じような出来事があった。アーリアの事を『偽の姫』だ『偽の婚約者』だと喚き立てる貴族や官吏に対し、アーリアは実に冷めた態度をとっていた。事実、その通りなのだが、アーリアを『システィナの姫』、『皇太子殿下の婚約者』と認めたのはエステル帝室ーーしかも、皇帝陛下であったのだ。勿論、システィナもアーリアが姫である事を『事実』と認めていた。加えて、当の皇太子が認めた『事実』を『虚偽』だと喚くなど、帝室にーー皇族に反抗心があると言っているようなもの。そのような反逆的思考の貴族官僚を真面目に相手するのは無駄というものだ。当時のアーリアもそのように判断し、徹底的に無視を決め込んでいた。
「そのような者たちにアーリア様を任せなければならなかったなど、リュゼ殿もご苦労が絶えなかったでしょうね?」
「ああ。『前門の虎 後門の狼』との古事があるが、いち騎士には防ぎようのない状況であったのではなかろうか?」
「彼は優秀な騎士ではありますが、身分や権力を持ちません。騎士団と云えども貴族子弟の集う貴族社会集団。手出し口出しの出来ぬ場面も多くあったかと」
「それでも、あの男ならばノラリクラリと躱しそうだがな?」
あの男は俺の部下たちの中には居ないタイプの騎士だ。経歴からして余程『普通』とは言い難い騎士であり、元来の騎士ですらなく、専属護衛としてアーリアにくっついてきたドラ猫であった。しかし、『何があってもアーリアを守り通す』という強い信念のみで我が国で騎士となった強者でもあった。アイツはこの俺の前ですらあのニヤついた笑みを隠そうともしなかった。『何者にも呑まれぬ』という不屈の精神は、なかなかどうして見上げたものだが、いかんせん、アイツは俺とアーリアとの仲のを引き裂こうとする邪魔者なのだ。面と向かって何かあった訳ではないが、アイツは俺の事を強く警戒していたように思う。いや、アレは最早、威嚇だな。
「ですが、躱せぬ事態もございましょう?」
「まぁな。だが、アイツはこの俺にさえも威嚇を飛ばして来たのだぞ?いい根性していると思わんか?」
「それは、まぁ……。それで、リュゼ殿は……?」
「怪我を負ったが命は無事だとの事だ。それも、アーリアのおかげでな」
「それは……?」
「アーリアの魔術で《転移》されたそうだ」
「嗚呼……ッ!」
あの男は常にヘラヘラした笑みを浮かべ、何事に於いても動揺など抱かぬ精神を持っているようであったが、流石に今回は精神的に参ってはいるだろう。なにせ、誰よりもーー己の生命よりも大切な女性を、その生命を賭して守らねばならない状況に於いて、当の魔女の魔術によって強制的に戦場から離脱させられたのだ。忠誠を誓う主君から『護衛騎士の力など信頼できない』と突きつけられたも同然。しかも、それが愛する女性から突きつけられたなら、騎士としてはどうだろうか……。
ー俺なら泣くなー
ああ、泣くだろう。流石にキッツイ。いくらアーリアが魔術に於いては無双を誇る強さを有していたとしても、愛する女をその手で守りたいと考えるのは、男として当然の想い。であるのに、相手から三行半を突きつけられた挙句、強制的に戦線離脱させられるなど……!泣くにも泣けまいて。
「今回の件、システィナは公式発表などはせぬであろうよ。ライザタニアと戦争を構えるにしても情報が少なすぎる。『東の塔』が堕ちておらぬ以上、『東の魔女が存命であり、東の国境は不落』としておかねばならん」
「自国内の洗浄が終わらぬ内に、他国より攻められるような状況を作るのは得策とは云えませんからね?」
俺がウィリアムと同じ立場であっても、同じ判断を下したであろう。例え拉致されたのが愛しい女であったとしても、一人の生命と全国民の生命、秤に掛ければどちらが大事かは考えずとも判かる。
「辛い選択ではあるが、な……」
そうだ。ウィリアムとて、無碍にアーリアを見捨てたい訳ではあるまい。出来ることなら助けたいと思っているだろう。しかし、時に『立場』がそれを許さぬ場面がある。いち騎士ならば兎も角、一国を背負って立つ王太子ならば、己の判断一つで国家を露頭に迷わす恐れすらあるのだから。
「ユリウス殿下。殿下もお辛いのではございませんか?」
ヒースの言葉に俺は肯定も否定もせず、僅かに眉を潜めるに留めた。
およそ十日前の晩、俺の胸を得体も知れない不安が襲った。それはアーリアからの救難信号だったのだ。救難信号はこの十日間、強まる事はあれど弱まる事を知らない。婚約の腕輪は俺の魔力で魔法が施されている為、これまでも、アーリアの体調や精神が不安定ない時はその判断できてはいた。だがそれは、あくまでも『今日は元気なようだ』、『今日は体調があまり良くないようだ』といった薄ボンヤリとした感覚だったのだが、ここ最近では、俺の心を掻き乱すほどの強い不安が荒波の様に伝わってきていた。
『辛い』、『痛い』、『帰りたい』、『帰れない』、『悲しい』……等といった断片的な想いではあるが、そのどれもが、これまでアーリアから発せられた事がない類の感情であった。暗く深い悲しみで満ちた感情の海。嵐の海のように渦巻く感情。我が国に居た時でさえここまでの感情を吐露した事のないアーリアがーー見栄っ張りで辛い事もトコトン我慢するアーリアが、無意識の内に腕輪を通して俺に助けを求めてくるのだ。『どうにかして助けてやりたい』と思うのは当然ではないか。だが、しかし……
「俺にも立場がある」
「……先なき事を申しました。申し訳ございません、殿下」
頭を下げて謝罪するヒースに「許す」と一言告げた後、俺は手の内にある資料をヒースに投げて渡した。
「これは?」
「現在のライザタニア、その内情だ」
ライザタニアは多数の民族による集合国家。建国から百五十年と歴史は浅い。しかし、精霊の一種だと云われる妖精族の住まう地域にある事、ライザタニアの国民の多くが妖精族の血を色濃く継ぐ事から、これまで精霊国家は積極的に亜人国家へと攻め入る事はなかった。
だが、一方、ライザタニアの現王は実に好戦的な野蛮人で、ライザタニア側からが帝国へと攻め入った事は、これまでも幾度となくあった。だがその都度、ライザタニアはエステルの空挺部隊の追撃に遭い、敢えなく敗走している。何とも情け無いハナシだ。
そんな現王には二人の子息がおり、一人目は見目美しい側室の生んだ第一王子、二人目は政略結婚により迎えた正室の産んだ第二王子だ。
第一王子は賢王の血を色濃く引いており、類稀なる剣舞の才を持っていた。しかし、第一王子が強く賢く成長するにすれ、現王は自分の治世が脅かされる未来を予見し、第一王子を恐れるようになった。その為、第一王子は徐々に賢王より遠ざけられ、やがて父親から命をも狙われる事となる。それが現実のものとなったのはおよそ十年前。第一王子が『不慮の事故』に遭い、命こそは助かったものの剣を二度と握れぬ身体となってしまったのだ。
第二王子は政略結婚により迎えた正室ーー正妃から生まれた。第二王子は正妃に似て知的で聡明、そして魔法の才に恵まれる。他者の言動に思慮し、慮り、何より父王の意見を重視して引き立てた。しかし、それは第二王子の本性を隠す為の仮の姿であったらしい。ライザタニアには第一王子が次代の国王になる慣しがある。だが、第二王子にはそれが気に食わなかったのだとの噂が昇る。
ーそして噂は真実となるー
噂が流れてからおよそ二年後。第二王子は病床の父王から政権を奪取し、その後、父王を離宮へと隔離してしまう。その父王の病すらも、第二王子によって毒を盛られたのではないかとの黒い噂がある。また、実母である王妃、兄王子の実母たる側妃をも幽閉し、命令に従わぬ宰相以下官僚たちを手ずから惨殺した。その折、第一王子は有力な貴族たちを引き連れて王宮から東の古都へと移ったとのこと。
そして現在、ライザタニアでは国内を東西に分け、第一王子派閥と第二王子派閥による勢力争いが繰り広げられている。
「虚偽が真実か判断がつかぬ情報であろう?」
「はい。御伽話のようにも聞こえますが……?」
「そう。これは御伽話だ。奴らはこぞって国内外に御伽話を流しているのではなかろうか……?」
情報の全てが全て虚偽とは限らない。だが、真実の部分もまた、他者からは判断し得ないのだのも事実。なれば、この事態こそが、ライザタニア国内にいる何者かの望んだ結果ーー情報統制の一種に違いないのだ。
「バカバカしい話ではあるが、何時迄も騙されてばかりでは格好がつかぬ。帝国皇太子として、何とも情け無い状態ではないか。なぁ?ヒース」
「はい、殿下。帝国の威信が掛かってございます」
「そうだ。それに、我が愛しの婚約者をあの蛮国に拐われたのだ。黙っておれる訳がなかろう!」
座して待つのは今日で終いだ。帝国には大陸の覇者たる誇りと尊厳がある。折り良く、ライザタニアには我が愛しの婚約者が囚われの身となっている現状があり、この現状を足掛かりとしてライザタニアへ乗り出すうってつけのタイミングではないか!と俺は判断を下す。
「殿下。素直に『アーリア様が心配だ』と仰られたら宜しいのでは?」
「バーー馬鹿者が!それは建前に過ぎんっ」
「全く、素直ではありませんねぇ……」
これ見よがしに額に手を当て、ハァと溜息を吐く副官に舌打ちすると、俺は椅子を回して背を向けた。
硝子窓の向こうーー見上げる空には半月。月の女神が住まう地だ。月の女神は世の全ての女性たちの味方だと聞く。ならば、こう願うのが最適であろう。
ー願わくば、アーリアが無事でありますようにー
と……。
お読み頂きまして、ありがとうございます!
ブックマーク登録、感想、評価など、とっても嬉しいです(*≧∀≦*)/ ありがとうございます!
裏舞台7『焦燥の皇太子』、久々のユークリウス殿下のご登場第二段、ユリウス殿下視点で物語をお送りしました。
ユリウス殿下は相変わらず黒いーーあ、違った、素敵な考えの持ち主で、『愛しい婚約者』と言って憚らぬアーリアの事を心配しつつも、彼女が敵国へ囚われの身であるにも関わらず、この機を逃すかとばかりに使う気満々のドS皇太子です。
そんなユリウス殿下ですが、アーリアの事を本心から心配してはいます。だからこそ、忙しい合間を縫って、情報不足のウィリアム殿下に連絡まで入れ、情報の横流しを画策したのです。
次話も是非ご覧ください!




