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魔宝石物語  作者: かうる
幕間4《誘拐編》
286/497

※裏舞台6※ 焦燥の王太子

  アルカード急襲の報を聞き、急遽、王国軍から兵を選抜編成し、自らを指揮官としてアルカード入りを果たした王太子ウィリアム殿下。しかし、時は既に遅し、アルカードは火の海に包まれた後であった。そして、何よりも守らねばならない『塔の魔女』は襲撃者によって連れ拐われた後であった……。


『塔の魔女』の消息が絶たれて十日余り。事態に進展がないまま、暦表カレンダーだけが一日一日と捲られていた。

 ウィリアム殿下は辛うじて焼失を免れた騎士団の執務室にて、日々、様々な処理に追われていたが、その中でも襲撃者の割り出しが急務であった。何故なら、襲撃者の中には現役の騎士がいたという、遽に信じられぬ事実があったからだ。

 ライザタニアの者がシスティナ国内へと侵入を果たす事自体、ハードルの高いこのご時世。両国が戦時中である事もあり、国境線ラインは屈強な騎士たちによって二十四時間監視、警備されている。その中をどのようなを使って入国を果たしたのかーー考えるまでもなく、自国内に敵国への内通者が存在する事を意味していた。

 調査を進める内に、ライザタニアの襲撃者は騎士団のみならず、各施設の職員に扮していた事が徐々に判明していった。騎士、兵士、治療士、料理人、図書館司書、馬舎の管理人、役所の職員……よくぞここまで入り込めたものだ……と、自国の杜撰ズサンな管理体制には、王太子ウィリアム殿下も思わず頭を抱えたくなったのは言うまでもない。加えて、自国の貴族たちの腐敗が広く浸透しているという事実は王太子殿下の頭痛を更に強める効果があり、同時に、自国内の浄化に務めなければならないという使命感が胸の奥から立ち上がったのは、為政者たしてのサガであろう。自身が国王となった時の治世の為にも、今事件の早期解決を謀らなければならず、自身がどれ程の頭痛に襲われたようとも、襲撃者の隠れ蓑になった偽の身分ーー自国内に実在する貴族の洗い出しに専念せざるを得なかったのである。

 拐われた魔女の救出こそが急務である事は、誰の目にも明らか。しかし、国境線ラインの向こう側には常にライザタニア国軍が控えているという現状では、例え『侵略行為』でなくともーー『魔女の救出』という名目の元に国境を突破しても、隣国からは侵略行為と見做されてしまうーー宣戦布告と捉えられてしまうのだ。ライザタニアとの戦争を回避したいシスティナとしては『宣戦布告』など持っての他であるが故に、現状に於いては国境線ラインを越える行為そのものが憚られる歯痒い状態にあった。


 不幸中の幸にして、魔女が誘拐されて十日余が経とうというのに、『東の塔』の《結界》は以前と何ら変わらずその効果が維持していた。その事実こともまた、システィナが『魔女の救出』に踏み切れない要因となっていた。

 王太子殿下の命により隠蔽工作が成された『塔の魔女の誘拐』という事実を国民が知れば、確実に国内の混乱を招く。同時に、ライザタニアに限らずシスティナの富を狙う他国にも漏らす事のできない事実であった。それほどまでに、『塔の魔女』という存在はシスティナ国民の心の支えであり、他国からの侵略行為の抑止欲となる程の強大な存在であったのだ。


 ウィリアム殿下は『魔女誘拐』の事実を受け、これを隠蔽する事を決定した。その決定は即座に『塔の騎士団』へと通達され、事実を知る騎士は勿論、アルカードを拠点とする王国軍の兵士たちーーその誰もが口を噤まざるを得なかった。

 己があるじである魔女を誘拐さた騎士たちの心情たるや、考えるまでもない。だが、騎士がどれほどの焦燥感を待とうとも、王太子殿下の下した決定に異論を唱えられる訳はない。また、敵国ライザタニアの国内情勢が不透明で不安定な現状に於いて、無策で突っ込んで行く事の危険性は騎士の誰もが理解していた。魔女が『何処ドコ』の『ダレ』に誘拐されたのか不明であるという情報不足の否めぬ現状。そのような状況下、不用意に敵国内ライザタニアを突き、下手に波風を立てる事は、拐われた魔女の生命を更に危険に晒す行為。そう結論付けたからこそ、騎士たちは己が魔女あるじの生命の為にも、真実から目を晒し、口を閉ざす事を『是』と受け入れたのであった。



 ※※※


 ※(ウィリアム殿下視点)



 あの夜から十日余りが経った。だが、未だアルカードは混乱の最中にあると云えた。後に『アルカード事変』と呼ばれる襲撃事件の全貌が霧の中に隠されたまま時だけが経ち、同時に、私の中には焦燥感だけが募っていった。


「なに……?帝国ーーユリウスから……?」


 無駄とも思える事務処理にも飽き飽きしていたこの日、王太子わたしの元にエステル帝国よりの通信が齎された。その相手がエステル帝国次期皇帝、皇太子ユークリウス殿下であったが為に、俺はその通信を無碍に突っぱねる事ができなかった。

 相手は旧友にして悪友ユリウスだが、この度の通信は決して私的なものではなく、彼は大帝国の皇太子として隣国システィナの王太子に向けて直接繋ぎを求めてきたのだ。その意味を察知できぬ私ではなかった。

 私は側近を使って人払いを促すと同時に、執務室の内部に防音結界を施させた。そして、準備が整ったのを見計らうと、側近ラルフより《通信》の魔宝具を受け取った。


「待たせてすまない、ユリウス」


 鳥の形を模したブローチ型の魔宝具マジックアイテムを机の中央へ置くと、私は徐に話し始めた。


『構わない』


 魔宝具の向こうから落ち着いた声音が響く。久々に聞くユリウスの声だが、この落ち着きのある声音からはどうにも通信を断り難い威圧感が滲み出ている。


「少々、立て込んでいてな。会談を後日に回しては貰えないだろうか?」

『忙しくしている所、すまないな。だが、こちらも急を擁しているのだ』


 ユリウスの声音に対して私の声音はいささか落ち着きを欠いたものであった。声音は実に私の心情を表しており、魔宝具を通してさえ、相手ユリウスにも十分伝わるものであったと思う。だが、しかしーーいや、『やはり』と言おうか、忙しさを前面にアピールした私の提案は即座に棄却される事となる。時世を読んだ上で私との通信を繋いだユリウスは、この会談を簡単に済ませるつもりはなかったのだ。


「……では、手短に頼む」

『そのつもりだ』


 私は一筋縄ではいかぬ友人に対してひっそり溜息を吐くと、覚悟を決めて椅子に深く腰掛けた。帝国皇太子との会談が『手短』に終わるとは考えられなかったのだ。無意識にも居住まいを正したこと。それこそが、私の内心を如実に物語っていた。


『この十日の間、システィナ内部で変わった事はなかったか?』


 社交辞令による挨拶や前置きもなく、ユリウスは予想の斜め上を行く言葉を豪速球で放ってきた。

 ユリウスから齎された『変わった事』という単語を聞くや否や、私はギクリと肩を竦めてしまった。こんなにも早く、帝国内部へシスティナの騒動が伝わっているのか⁉︎ と、心穏やかではなかった。国内での情報統制は為されている。しかし、人の口には戸を立てられぬ事もまた人間社会の摂理なのだ。


「変わった事、とは?」

『東の塔』

「ッーー!」

『ウィリアム、ライザタニアと何ぞかあったな?』

「……」


 どうにか平静を保ちつつ聞き返せば、ユリウスは私の心情を知ってか知らずか、更に思わぬ単語を放り込んで来た。しかも、事の原因を『ライザタニア』と限定してくる当たり、既に帝国皇太子ユリウスにはシスティナ国内の情勢が知られた後なのだと確信し、私の心は忙しなく揺れ動いた。

 思えばこの日、この時、私は連日の執務によって、強い心労が溜まっていたのだろう。でなければ、相手が悪友とは云え、ここまでの醜態を晒さなかった筈なのだから……。


『沈黙を肯定と受け取るが、良いか?』


 上手い切り返しが思いつかず黙り込む中、ユリウスは情報の正否を問うた。悪友を自称するユリウス。帝国皇太子たる彼が私の心情の揺れをーー隙を見逃す筈がなかった。

 俺ははぁぁぁと深い溜息を吐くと、思わず浮き上がっていた腰を椅子へと押し戻した。


「……何故、と聞いても?」


 早くも諦めの境地。ユリウス相手に打算で挑んだ所で意味がないと知る私は、机に両肘を着くと指を顔の前で組み、その間に鼻を押し付けた。


『俺にも独自の情報網はある……と言いたい所だが、残念ながら今回は違う』

「と、言うと?」

『アーリアに持たせている腕輪。その腕輪からの信号がシスティナより消えたのでな……』


 ユリウスがアーリアに持たせた腕輪とは何だ?そんな物あったか?と首を傾げそうになった時、私の隣で何故か盛大に溜息を吐いて顔を左右に振っている側近ラルフが『エステルの伝統装飾ですよ。ほら、婚約の証に贈られるという……』と耳打ちしてきた。その時になってやっと、私はアーリアが左腕につけていた金の腕輪に思い至った。


「ーー!婚約の腕輪か⁉︎」

『そうだ。あの腕輪には私の血によって呪が施してある。よって、装着者に何事かあれば、術者()にも判るようになっていたのだ』

「なんと!そうなのか⁉︎」

『ああ。だから十日程前、俺はアーリアの身に何事か起こったと気づくには至ってはいたのだが……』

「成る程、そう云うことか……」


 再び溜息が漏れた。まさか、エステル伝統の『婚約の腕輪』にそのような効果が付随していたとは、露とも思わないではないか。そもそも、私は装飾品の類にはめっぽう疎い。立場上、身に守る為の魔宝具マジックアイテムを身につけてはいるが、それさえも面倒に感じる時がある程なのだ。魔術と魔宝具の国ーー魔導国家の王太子が何事か⁉︎ と思われるかも知れないが、私の性格が元よりこうなのだから、致し方ないではないか。


『アーリアに何事かあったという事が確かならば、関連するのは『東の塔』しかあるまい?だが、システィナとライザタニアが再び開戦したという情報はない。また、『東の塔』が堕ちたという情報もな……』


 悪友の推理に舌を巻く思いだった。しかし、それは相手をーーユリウスを侮っていた事と同意だった。ユリウスに限らず、どの国にも優秀な者は大勢おり、聡い者ならばシスティナの異変に気付くのは時間の問題だったのだ。ならば、いの一番にユリウスにバレた事は凶ではなく吉ではないだろうか……?


「情報規制を掛けていたつもりだったが?」

『どの国にも諜報部員くらいおろうが?』

「確かに」

『それに、システィナにライザタニアが攻め込んだとなれば、近隣諸国も穏やかではあるまいよ。そしてそれは、我が帝国であっても同じことだ』


 諜報部員スパイを他国に潜り込ませているのはどの国も同じ。誰も表立って口には出さぬが、それは伝統芸能のようなものーー暗黙の了解なのだ。

 システィナはエステルやライザタニアに比べれば小国の部類に入るが、温暖な気候と豊かな大地、西には外国と繋がる海と港を有する、稀に見ぬ豊かな国なのだ。また、魔法と魔術とを操る魔導士を有し、魔宝具を生み出す産業にも盛んである為、他国からも一目を置かれている。

 だが、豊かさを羨む近隣諸国からの攻撃が絶えぬの事は辛い現状であった。対策ーー対抗措置として、優秀な魔導士を育成する事に力を入れざるを得ないとあう実情があり、また、他国の街一つを一瞬の内に焼き払える能力を持つ高位魔導士の存在は、他国への抑止力となっているのも事実であった。

 特に抑止力として最も他国より注目されているのが『塔』による防衛システムだ。システィナの東西南北を守る四つの『塔』。そこに配備された高位魔導士。そして高位魔導士が施す《結界》は、システィナを守る大きな力と云える。

 ライザタニアはこの大陸に於いてエステルに次ぐ国土を支配する大国だが、いかんせん、謎に満ちた国でもある。領土内に妖精の里が点在する事もまた、ライザタニアの謎を深める由縁であった。遊牧民族による羊産業。乳製品の生産。良質な樹木の輸出。希少鉱石レアメタルの採掘。穏やかな国だと思われたライザタニア。だが、およそ三十余年前、ライザタニアに現王が立ってからというもの、その方向性は百八十度転換する事となる。

 ライザタニアは現王の指揮下、他国への侵攻を開始し、幾多の小国を滅ぼし、国土の拡大を謀っていった。その標的に隣国であるシスティナが定められたのも、致し方ない事ではあった。


「すまない、ユリウス!帝国そちらに情報を齎す事ができず……」

『構わんよ。システィナにはシスティナの事情があろう?俺はこれでも、ウィリアムの立場を理解しているつもりだ』

「恩に切る」


 ライザタニアが再び動き出したとなれば、所詮は他国の事だと他人事になってもいられまい。システィナの次は自国かも知れぬのだから。

 私は自国を優先し、他国を後回しにした。いや、後回しにせざるを得なかったのだ。私はシスティナの王太子。自国に争いの種を齎さず、芽吹かせず、平和な日常を維持する事が王太子わたし課せられた使命なのだから。

 そんな私の立場と心情に、ユリウスは理解を示してくれている。帝国の皇太子たるユリウスは、私と同じく次代を担う責任を有する者だ。同じような立場を有するからこそ、ユリウスは私の立場に理解がある。加えて、ユリウスの粗野に見えて繊細な心遣いーー時折見せる彼の優しさには、いつも助けられてばかりであり、この時もまた、ユリウスには頭の下がる思いだった。


『それで、一体何があった?』


 私はユリウスに包み隠さず事実を伝える事にした。どうせバレる真実コトならば、私の口から伝えておいた方がマシだと考えたゆえの告白でもあった。


「アルカードが攻め込まれた」


 この言葉には、いつも飄々としているユリウスの気配が一瞬の内に緊張感に包まれた。


『なんと。それでは……』

「いや、開戦してはいない。『塔』も堕ちていない」

『では、アーリアは?』

「ライザタニアからの襲撃者によって拉致された」

『嗚呼……!だからか……合点が行った』


 魔宝具を通して、ユリウスが溜息を吐くのが聞こえた。その吐息は深く重い。

 アーリアはエステルとシスティナの国交を密にする為、『システィナの姫』に身を窶し、帝国皇太子との婚約を結んだ経緯を持つ。政略上の偽装婚約だが、ユリウスはアーリアの事を『大切な女性』だと公言している。その『想い』が偽りではない事を、私は知っていた。


 ーアーリアが他国に拉致されたと聞いて、心穏やかである筈がないではないか!ー


 私は見えぬ相手に向かい、頭を深々と下げていた。


「すまない!」

『……ウィリアム、謝罪には及ばない。いくら我が愛しの婚約者の事であろうとも、な……』


 そう語るユリウスの言葉に覇気はない。隣国の次期指導者同士の会談の為、言葉に嘘を乗せる事は出来ないのだが、この時のユリウスの言葉はーー想いは本心ではないと判じる事ができた。

 私が抱いた疑惑が魔宝具越しにも伝わったのだろうか。ユリウスは溜息一つ吐くと、もう一度、念押しをしてきた。


虚言ウソではない。東の塔が堕ちてもおらぬ現状で、ライザタニアに向けて『攫った魔女を返せ』などとバカ正直には言えまい。言えばライザタニアにつけ込むスキを与える事になってしまうからな』

「しかも、ライザタニアは王家を真っ二つに分けての内紛中だと聞く。アーリアがそのどちらの手に堕ちたのかも知れぬのだ。下手な手など打てん」

『アーリアの生命いのちの為にも、システィナは沈黙を守るしかない訳か……』

「そうだ。だから私はーーーー」


 そこで私はぐっと言葉に詰まった。息が喉の奥に詰まり、苦しさ紛れに瞑目すると掌を強く握り込んだ。


『ーーウィリアム。俺はお前がアーリアを見捨てたのだとは思っていない』


 暫くの沈黙の後、ユリウスは静かに語り出した。


「……っ!だが、そう思われても仕方がない!」


 ドンと机に拳を叩きつければ、カタンと《通信》の魔宝具が揺れた。

 ユリウスは魔宝具越しに俺の焦燥感を感じ取っている事だろう。なにせ、彼は私なんかとは違い、精霊に愛されし血を持つ精霊帝国エステルの皇太子なのだ。魔法の才能を多分に有しており、感情の機微を拾うのにも長けている。そんな彼に隠し事などできぬ。


『そうだな。だが、案外、アイツにはお前の考えがーー想いが伝わっていると思うぞ?』


 この時、私はユリウスの言葉に懐疑的であった。


「そう、だろうか……?」

『アーリアは聡い。自国がどういう状況に置かれているか、教えていなくとも自分で気づくだろう』

「本当、か……?」

『ハハハ!我が婚約者は帝国で【精霊の魔女姫】と認められし者だ。見た目だけに惑わされるなどお前らしくも無いなッ!』


 嘲笑とも取れるユリウスの言葉。しかし、彼の言葉には私を励ます気持ちが込められていた。


『【精霊の瞳】を持つからと言って、守られているだけの女を、誰が認めると言うのか?己が才覚を持って他に己が実力を示す。それ無くして、他者の上には立てまいよ。現に、アーリアは【東の塔】に於いて、騎士たちから主君あるじと認められてはおらなかったか?』


 ユリウスが評価する『アーリア』という魔女と、私の中の『アーリア』という魔女に差異があり、私は暫くの間、考え込んだ。


 ー私は未だ、彼女を見定められてはいなかったのだな?ー


 システィナ王家からの全面的な後方支援バックアップがあったからと言って、平民出身の魔導士がエステル帝国で『システィナの姫』と認められるだろうか……?


 ーいや、否だー


 大陸最大の国土と千年の歴史を誇る大帝国エステル。彼の国の王侯貴族がそれほど甘い訳がないではないか。

 アーリアは敵に周囲を囲まれた状態で耐え抜き、強者だらけの彼の国からの生還を果たした。しかも、帝国から『システィナの姫』と認められた状態で……。

 そのような娘が、見た目通り『か弱い』魔女である筈がない。彼女の精神ココロには、何者に屈せぬ鋼の精神と強い信念があるのだ。だからこそ、王族や貴族たちから責任ある仕事を任される。そして、彼女は任された仕事に臆する事はない。そんな彼女を『塔の騎士団』の騎士たちは『己が主』と仰ぎ、忠誠心を捧げ、守護してきた。


 ーだからこそ、私はアーリアに『東の塔』を任せたのだー


 一度は『東の塔』の管理業務を返還すると申し出たアーリアに、私は再び管理者として赴任するように命じたーーいや、頼み込んだ。アーリアが私の信頼に応える事のできる人物だと確信していたからこそ、頼み込んだのだ。私は彼女が己に課せられた仕事を必ず果たすであろうと信じた。そして、真実、その信頼は今日こんにちに於いても揺るぎない。


「確かに……あぁ、確かにそうだ……!」


 私は幾度となく頷いた。


『ウィリアム……お前だってそうだろう?アーリアがタダのお飾りの魔女だったならば、これ程までに心砕いてはおるまい。無能者であったならば、今頃とっくに見限っていた筈だ。違うか?』

「あぁ、違いない」

『ならば大丈夫だ。アーリアはお前のーー国の判断を理解できている。ならば、お前は王太子として今できる最善を尽くせ』

「ありがとう、ユリウス」


 私は心からの感謝の意をユリウスに伝えた。自然と下がる頭。目頭がじんと熱くなる。しかし、私は感動もそこそこに、擡げていた頭をパッと上げた。頭の隅にトアル事実が横切ったのだ。


「ーーところで、ユリウス」

『何だ?』

「お前、先ほどからアーリアが生存している前提で話をしているが……」


 そうだ。ユリウスは会話の初めから、アーリアの生存を疑っていない節があったのだ。


『漸く気づいたか?アーリアは生きているぞ』

「ーー!そ、そうか……!」

『ああ。一時、体調が不安定な時期もあったが、今は比較的安定している』

「拐われる際に負傷したようでな……」

『それでか……途中、かなり危うい状況だったのでな。流石の俺も焦った』


 アーリアは生きている。それを聞いた私は、心の奥底から安堵し、ホッと息を吐いた。負傷させられた状態での拉致。アーリア拉致の経緯を聞いてからというもの、この十日間、彼女の死を覚悟していたのだ。


「やはりアーリアはライザタニアにいるのだな?」 


 その可能性は八割。そう私は推測していた。因みに残りの二割は『バカな自国の貴族の手によって拉致』というものだ。


『恐らく』

「恐らく?」


 ユリウスにしては明瞭性を欠ける含みのある物言いに、私は首を傾げた。


『システィナではない事は確かなのだ。しかし、ライザタニアも帝国同様、国土が広い。しかも、妖精族の住まう地が点在している故に精霊濃度も濃く、腕輪から発せられる力が拡散されていてな。居所が感知し辛い状態なのだ。辛うじて分かる事は生死のみ』


 私には魔法の事や魔宝具の事はサッパリだが、ユリウスの言葉からは『生死は判別できるが、居場所は不確定』と捉える事ができた。


「それだけでも判明した事は大収穫だ。感謝する、ユリウス」

『なぁに。俺の愛する婚約者の為であるからな」

「ああ。私の可愛い妹の為だからな」


 私からの謝辞の言葉を、ユリウスはやや戯けた声音で返してきた。『愛する婚約者』と口にするユリウスの言葉には嘘はない。そして、『可愛い妹』と称する私の言葉にも……。


「今日はありがとう」


 私は会談の終わりを悟り、最後の区切りにもう一度、悪友に向かって謝辞を伝えた。


『お前からそのように何度も感謝の言葉を聞くなど、気分が悪くなりそうだ』

「ハハ!また帝国へ伝えるべき情報があれば、すぐに連絡を入れる。だからーー」

帝国こちら側からもライザタニアの情報に探りを入れ、判明した事があればまた連絡を取ろう』

「感謝する」


 持つべき者は頼れる悪友。帝国の情報網ならば、システィナよりも多くの情報を集められるだろう。そして、その情報の中には、喉から手が出る程欲しいものもあるに違いない。

 ユリウスは私の言葉に『うむ』と頷いた後に、『その代わりーー』と交換条件を口にしてきた。


『アーリアが無事戻ったなら、いの一番に帝国へ寄越せ』

「それはーー!」

『嫁に寄越せと言いたい所だがな。未だそこまでは言わぬよ。なぁに、こちらにもアーリアに会えず寂しがっている者が大勢おるのだ。少しくらい良かろうが?』


 ユリウスの言葉も最もだ。悪友ユリウスは『愛しい婚約者』と言って憚らぬアーリアと離れ、もう何月も経つ。それは、ユリウスにとって耐え難い状況であるだろう。しかも、今、アーリアは事件に巻き込まれている最中だ。無事に戻って来たならば、直に顔を見たいと思うのは当然だと思われた。


「成る程。そういう事ならば承った」

『その言葉、忘れてくれるなよ』


 ーー忘れるものか。悪友の頼みなのだから。


 私がそう言葉に想いを乗せれば、ユリウスはハハハと楽しげな笑い声を上げた。その声音は会談当初より幾分も明るい物であり、そして、それに応える私の声も明るい物であった。


お読み頂きまして、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、とても嬉しいです(*'▽'*)ありがとうございます!


裏舞台6『焦燥の王太子』をお送りしました。

勢い勇んで出兵したものの空振りを摑まされたウィリアム殿下はアルカードにて絶賛執務作業中です。

内通者のあぶり出しに余念のないウィリアム殿下の下に齎された帝国皇太子ユークリウス殿下からの通信連絡。当初は億劫に思っていたものの、ユリウス殿下から思わぬ情報をーーアーリアの生存を聞いたウィリアム殿下は、人目を憚らず安堵します。ウィリアム殿下は王太子としての立場上、最初にアーリアを切り捨てる覚悟をした人物ですが、決してアーリアに死んで欲しいとは思ってはいないのです。


次話、裏舞台7『焦燥の皇太子』も是非ご覧ください!

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