元料理人の苦悩は続く
※(ミケール視点)
セイから『預かっといて』と押し付けられた荷物。その中身は何と件の魔女アーリア様だったのです。
「ーー!? アーリア、さま……!?」
「み……ける、さん……⁇」
ローブの中顔を出し、ぷはと息を吐くアーリア様。その顔には驚きの表情がありました。ですが、その表情はすぐに苦いモノに変わりました。アーリア様は小さく呻くと苦しげに咳き込まれたのです。
「どうされました?」
「く、びを……」
「あぁ、これは酷い……」
私はアーリア様の首元を覗き込みました。すると、そこには赤い手跡がついているではありませんか。恐らく何者かに首を絞められた跡でしょう。暗がりでも分かる程、赤く腫れています。
「とりあえず、この場から離脱しましょう」
「み、け……さん?」
「確か近くに川があったはず」
腕の位置をズラしてアーリア様を落とさないように抱き上げ直すと、私はその場を仲間たちに任せて戦線を離脱した。
山賊たちの怒号を片耳に聞きながら獣道を下って行くと、木々の切れ間に差し掛かった。すると、視界が開けた先に目の前に川が現れた。視線を巡らせ、川の淵に人が座れる程度の平らな岩を見つけると、そこへアーリア様を下ろす事にした。
「下ろしますよ?」
アーリア様は私の問いかけにコックリと首を縦に振り、手の力をゆっくりと抜いていかれた。私の肩や腕に掴まっておられたアーリア様の手には力が入っていた。そのように怖がらなくても落とす事はないのですが、アーリア様は運動神経があまり宜しくないそうなので致し方ないのかも知れません。それに、私に対してーーいえ、私たち『裏切り者』に対して信頼は無いのでしょうからね。
アーリア様は平らな岩の上に腰を下すと、はぁ、と一つ息を吐かれた。地面に下ろされた事で安心されたのでしょう。
「少し、首を上げてください」
アーリア様は私の言葉に大人しく従い、首を少し上げてくださった。私は「失礼します」と声をかけてから、細い首に手を触れた。その瞬間、小さな肩がビクリと揺れる。チラリと視線を向ければアーリア様はその目をギュッと閉じていた。私はそれを見なかったフリをしてアーリア様の顎を少し持ち上げると、白い首にくっきり残る傷跡を目に留めた。首の側面には爪の食い込んだ跡まで見られ、大変痛々しい。
「ー月の女神イシスよー」
指先に魔力を集めるとアーリア様の首に指を這わした。
「んっ……」
鼻にかかる声が頭の上から落ちてくる。何とも甘い声音ですが、今は治療に専念するべきですね。そっと指を首の腫れへ沿わせると、ジワジワと赤みが引いていった。
「あとは軟膏を塗っておきましょう」
腰のポーチから掌サイズの缶を出すと蓋を捻り、クリーム色の軟膏を指につけると、それをアーリア様の首の傷へと塗り込んだ。
「っ……」
「滲みましたか?」
「だ、大丈夫、ですっ!」
涙目なのは気のせいと思っておきましょう。きっとその事を指摘された所で良い気持ちはなさらないでしょうからね。
「喉に違和感はありますか?」
「少しだけ」
「声は出るようになりましたね?」
アーリア様はコックリと頷かれた。先ほどま枯れてまともに出ていなかった声。可愛らしい声が今は普通に出ている。
「喉の痛みは二、三日で治まるでしょう。他に何処か痛い所はありませんか?」
私の問いかけにアーリア様の視線はウロウロと動いた。
「あ、あしを……」
「脚ですか?」
私はアーリア様の足元に屈み込むと、同意を得てから身体を包む黒のローブを捲り上げた。パッと見た限り、膝が擦り剥けて血が滲んでいる事が分かった。転んだのでしょうか。よくよく見れば彼方此方に沢山傷が出来ていた。
「どの様にしてこれらの怪我を負われましたか?」
「その……男に足首を掴まれて、転んで、倒されて……」
「なるほど」
「ごめんなさい。鈍臭くて」
徐に下げられる頭。私はアーリア様からの謝罪に目を僅かに見開いた。
「何故、謝るのです?」
「ミケールさんに手間を取らせてしまっているから……」
「そんな事を気にして?」
アーリア様はずっと私と視線を合わそうとはなさらなかった。どこか気まずそうに視線を逸らしたまま、口を開けたり閉じたりして言葉を探しておられる。
「大丈夫ですよ。これも仕事の内ですから」
「そう、ですか?」
「ええ。ですからアーリア様、痛い箇所を全て教えてください」
「あ、はい……」
アーリア様を治療する事を『仕事』だと言えば、アーリア様は納得したご様子でした。アルカードを襲ったライザタニアからの襲撃者ーー私たち『月影』の隊員にから渋々面倒を見られる事がお嫌だったのでしょう。渋々であろうと仕事は仕事。これも仕事の内だと考えればら、治療する方もされる方も、どちらも納得せざるを得ません。それに、アーリア様にとっては『仕事』と割り切られて相手をされる方が、ずっと気楽に思えるのではないでしょうか。
もう一度頷いて促すと、アーリア様は怪我の箇所を教えてくださった。足首、膝、太もも、腰、掌、腕、肩……と、全てが左側ばかり。どうやら左足首を持って引き倒された際に受け身も取らずに転んだようですね。本人も仰っていましたが『鈍臭い』とは実に的を得た言葉です。
「靴を脱がせますよ?」
「え……じ、自分で脱げます!」
「動かないでください。また転けますよ?」
「ーー!」
「はい、ローブの裾を持ち上げて。大人しくしていてください」
「……。ハイ」
どこか不服そうな声音ですが、これも一切を無視する方が無難なようですね。
私はアーリア様の足から靴を脱がせると、その小さな足を手に取って様子を見た。月明かりのみが頼りだが、私は元来より視力が良いので問題はない。
私を含め『月影』のメンバーは大概、月の無い夜間でも昼間と同じように活動できる。視力云々というよりも、私たちの血が普通の人間とは異なるからです。時と場合によって良し悪しはありますが、亜人の血は我々に様々な恩恵を与えてくれているのです。
「こちらに曲げると……あぁ、痛いようですね。ではこちらは……?」
私はアーリア様の顔の表情から怪我の具合を確かめると、清潔な布に水を染み込ませ、足首から膝へとついている泥を落とし清めていく。そして、出来るだけ丁寧に汚れを落とすと、最後に軟膏を塗り足首にはテーピングを巻いていった。
「魔法は使わないの?」
私の治療方法に疑問を持ったのでしょう。掌の擦り傷に軟膏を塗り込んでいた時、アーリア様はこの夜初めてご自分から言葉を発せられたのです。
「えーーはい。治療魔法は簡単に身体の不調を治しますが、本来ならば人間に備わっている治癒能力で治した方が良いのです」
「それは……ライザタニア独自の考え方ですか?」
「おそらく。ライザタニアでは魔導の力よりも自然の力を重視します。寧ろ、魔導の力に頼り過ぎるのは良くないとされているのです」
生き物には元来より治癒能力が備わっています。怪我をした時、病気になった時、身体は病原菌を体外へ追い出す為に熱を発したり、抗体を作ったりするのですが、治癒魔法に頼り過ぎれば人間が本来持っている治癒能力が損なわれてしまうと考えられています。だからこそ、ライザタニアの民は自然治癒できる怪我なら、なるべく魔法を使わず治すように心がけているのです。
「アーリア様?」
ふと視線を上げた時、キラキラと輝く美しい宝玉が視界に入った。鼻が触れ合うほどに近くにある白肌、白い髪に、私はドキリと胸を高鳴らせた。アーリア様は私の顔を覗き込むような体勢で、私の拙い話に耳を傾けておられたのです。
「魔法も魔術も……良い効果を齎すばかりじゃないのね?」
「そ……そう、ですね。『身体は資本』とは言いますが、それには適切な運動と食事、そして休養が必要ですから。何事も一朝一夕とは為らないものです」
「なるほど……」
アーリア様は顎に手を置いて仕切りに頷いておられる。その表情には、先ほどまでの怯えは見られなかった。
ーあるのは純粋な知識欲でしょうか?ー
このようなお姿は騎士寮に居られた時と何ら変わりがなかった。何かに夢中になるとそれ以外の一切が目に入らなくなる性分。声をかけなければ寝食も忘れて夢中になってしまう根っからの職人気質。そんなアーリア様の一面を私は知っておりました。だからこそでしょうか。先ほどセイと言い争っておいでだったアーリア様のお姿には驚きを持ったと同時に、何故か胸の奥に騒つきを覚えたのです。
「先ほどセイと、何を話しておいでだったのです?」
私の問いの中に『セイ』の名を見つけたアーリア様の顔色が露骨に変わりました。これまで見たことのないような表情。何と言いましょうか……『苦虫を噛み潰したような』という表現が近いでしょうかね。
「ちょっとした口論ーー喧嘩です!」
「はぁ……喧嘩、ですか?」
「はい。セイったら本当に酷いんですよ⁉︎ 無茶苦茶で、野蛮で、変態で……ほんっとーに大嫌い!」
突如、怒り出されたアーリア様。思い出しただけで一瞬にして怒髪天がついたようで、アーリア様は両手をぐっと握り込むと、そのままブンブンと振り回された。その怒った仕草が何ともお可愛らしい。
「私を餌か何かだと思っているのかな?だからってあんな運び方はないと思う」
「あぁ……黒竜となったセイに運ばれたのですね?」
「そうなんです!彼の手に握られたまま空中を運ばれた時、私がどんな思いだったか……!彼って本当に無神経。女心がちっとも分かってない」
「それは……そうかも知れませんね」
「ミケールさんもそう思います?」
「ええ、まあ……」
否定はマズイと考え咄嗟に肯定を述べました。ですが、聞けば聞くほどアーリア様の言い分の方が正しいように思えてくるので、この場に居らぬセイには悪いですが、怒られて当然ではないでしょうかね。
「そもそも、私は竜の類が好きじゃないの!だって、竜って爬虫類みたいでしょう?鱗がヌメヌメ光っているし、なんて言ってもあの顔!ああ、思い出しただけでも、もう……!」
アーリア様は自分の言葉に自分で嫌悪感を示すと、両手で両肩を擦って首を左右に振っておられる。相当嫌な目に遭ったようですね。それにしても……
「セイとは随分、打ち解けられたのですね?」
私の問いかけを受けたアーリア様は口をアングリと開けると、「とんでもない!」と叫ばれた。
「どこをどう見たら『打ち解けた』ように見えるんですか!?」
「それは……随分、砕けた物言いで話されていたので……?」
このように答えると、私がセイの立場を羨ましがっているように聞こえてなりません。ーーいいえ、きっと私はセイが羨ましいのでしょう。どのような感情であろうとも、アーリア様からよ『想い』を正面からぶつけて貰えているセイの事が……
「気のせいです!」
「そーー」
「気のせいです‼︎」
「はい」
アーリア様は私の想いになど、まるで気づかぬご様子。セイへの怒りが振り切れているのか、私の言葉もキッパリと全否定された。
「それに私、セイには宣戦布告したんです。絶対に許さない。必ず黒竜を丸焼きにするって!」
「それはそれは……なかなか穏やかではありませんね?」
「あんな男、生かしておいたら世の中の為にならないもの!女の子の敵!」
「あの……セイが貴女に何か不埒な事でも?」
「の、の、の、ノーコメントです!」
「……。そうですか」
ー殺しましょうー
私はそっぽ向かれたアーリア様の赤い頬を見て、同僚であるセイの殺害を心に決めました。ええ、ええ、アーリア様。仰る通りです。セイは『女性の敵』ですね。
前々から同僚としてーーいえ、同じ男として『それはどうなのか?』と思う所が多々ありましたが、アルカードでのセイの素行は以前に増して、酷く思える事がありました。仮にも騎士という職にありながら、付き合う女性を取っ替え引っ替えしながら遊ぶのは如何なものでしょうか?そもそも、騎士団に入団するにあたって、彼は騎士道精神を学ばなかったのでしょうか⁇
更に言えば、セイには付き合った女性に対して『責任』を取る気など皆無でした。女性からすれば最悪でしょう?そんな男は。
ー取れませんしね、『責任』ー
我々はライザタニアの人間。潜入工作中に想い人ができたとしても、『責任』など取れる筈がございません。セイはそれが分かっていて女性と遊んでいたのですから、『大概な男』としか言えません。
「すみません。同じ男として情け無く思います」
「み、ミケールさんが謝る事では……」
「いいえ。貴女が嫌な想いをなさった事は事実なのです。同じ隊員として謝らせてください」
頭を下げて謝るのがスジと言うものでしょう。きっとセイは謝罪などしないに決まっています。同じ隊員として、同じ男として、私の頭で良ければ幾らでも下げます。
そう思っていたのですが、謝罪を受けたアーリア様はワタワタと手と顔を振り、大変困った様子になってしまわれたのです。
「ミケールさん、頭を上げてください」
「ですが……」
「良いんです。この怒りは全てセイにぶつけるので」
このアーリア様の言葉に何故か苛立ちを覚えた私は、実に妙な言葉を口走っていた。
「私にぶつけてくださっても、構いませんよ?」
「……え?」
「私もセイと何ら変わりません。貴女をシスティナから無理矢理連れ出したのですから……」
私とセイとの間に違いなどありません。アーリア様の現状ーーライザタニアから入り込んだ襲撃者に囚われ、何処とも分からぬ場所へと連行されているーーを作り出したのは、セイだけの意思ではございません。私もまた、襲撃者の一味なのです。
ーああそうか。私もまたセイと同じように責められたかったのですね……?ー
何と都合の良い考えでしょうか。罪の意識から逃れる為に責められたいなど、自分よがりの感情も甚だしい。愚かな感情、愚かな考えです。
「すみません。それは我儘と言うものでした」
困惑して私の顔を見下ろしてくるアーリア様に、私は再度頭を下げました。
「我々は祖国の為に自らの使命を果たしたのです。貴女に許しを乞うなど、可笑しなこと。申し訳ございません」
どれだけ罪悪感を抱こうとも、この道を選択したのは自分自身なのです。使命を全うする為にアーリア様をーー『システィナの東の魔女』を拉致した。その事に後悔を覚えるなど、本来ならあってはならなかったのです。
その事に気づいた私は、自分の心の浅ましさと醜さに恥いる思いがした。
「そうですよ。ミケールさんが私に謝る事なんて、何一つないんです。貴方は貴方に課せられた仕事をーー任務をこなした。ただ、それだけなんですから……」
スッと差し出された手が私の髪に触れ、優しく頭を一撫でした。驚いて顔を上げると、虹色に輝く美しい瞳と視線が合わさった。
「あ。やっと顔を上げてくれましたね?」
ニッコリ微笑まれたアーリア様の表情は、アルカードの食堂で見たあの笑顔とそっくり同じものでした。
「ミケールさん、私はセイに怒ってるの。セイは私を無事に主君の下まで連れて行かなきゃならないのに、彼ってばその事がてんで分かってないみたい。それに、『男の子は女の子には優しくする』っていうのは常識だと聞いていたのに、セイに至っては違ったみたいで……」
そこまで話された時、アーリア様の腹がグウと鳴った。アーリア様は恥ずかしげに苦笑なさると……
「喋ってたらお腹が空いてきました」
その表情がなんとも可笑しくて、私の顔からはそれまでの強張りが取れ、口元には自然と笑みが浮かんでいました。
「ふふふ。アーリア様は何処にいてもお変わりありませんね?」
「そうですか?さっきセイから『変わった』って言われた所ですよ?」
「いいえ。お変わりありませんよ。これまでのセイが貴女の事を良く見ていなかっただけです」
これは断言できます。自身にかけられていた暗示が解け、本来の使命を思い出して以来、セイはアーリア様を避けていた。だから、アーリア様の事を良く知らないままだったに違いない。
アーリア様は聡い。人の本質を見抜く目をお持ちです。アーリア様に隠し事をするなどナンセンス。嘘など立ち所に見抜かれてしまうでしょう。現に、我々『月影』の隊員がアーリア様にどういう感情を抱いているかなど、薄々、気づいておられるはずです。だからこそ、アーリア様は我々に『怒って』いるのです。仕事を仕事とも割り切れぬ中途半端な私たちを見てーーーー
「ふふ。そんなアーリア様にはコレを差し上げましょう」
私は腰のポーチから小さな包みを出すと、それをアーリア様の掌の上に乗せた。
「これは?」
「開けてみてください」
「あっ!チョコレート!」
封を開けた途端にカカオの香ばしい香りが立ち昇ってきました。
「あの、これ……?」
「どうぞ、お食べください」
「いいの?」
「ええ」
「でも……」
「毒なんて入っていませんよ?」
「そう?じゃあ……」
アーリア様はかなり迷ってから私の顔を窺うようにして、チョコレートを一粒、口の中に含まれた。その途端……
「ん〜〜〜〜!おいし……!」
花も綻ぶ笑顔とはこの事でしょうか。アーリア様の何とも形容し得ぬ幸せそうな笑顔に、心の中がポカポカ暖かくなっていきます。
ー私はこの笑顔が見たかったのですね……?ー
料理人でなくなった現状に於いて、もうこのような笑顔を見せて頂く事は叶わないのだと思っておりました。しかしーーいえ、たからこそ、目の前の少女の浮かべる微笑みに、私は心からの幸せを感じる事ができたのです。
「全部食べたら勿体ないかな?」
「構いませんよ、また作りますから」
「本当?」
「ええ。その時は一番に、アーリア様の所へ持って行きます」
その後も「貴重なカカオはそう簡単に手に入らないのでは?」と不安そうになさるアーリア様に、「大丈夫です。我が隊の予算には余裕がありますので」と伝えれば、漸くホッとした顔で納得なされた。
チョコレートを食べ終えたアーリア様の顔色は幾分良くなって見える。それどころか、ほんの少し火照った顔をして、眠そうに頭をうつらうつらと揺らし……
「ごめんなさい……なんだか、わたし、眠くて……」
目を擦って眠気と戦うアーリア様はまるで日向で微睡む子猫のよう。
「少し休まれますか?」
「ううん。またセイにバカにされるから……ふぁ……がまんする」
「その時は私が貴女をセイからお守りしますので、ご安心ください」
「え?ほんと?」
「ええ。本当です」
私は目の前の揺れる頭に手を添えると、そっと自分の胸に押し抱きました。
「みけ……さん……?」
「大丈夫。そのまま目を閉じて」
私は空いた方の手をズッと突き出した。私の手に握られた長剣の刃は、闇の中から現れた男の胸を容赦なく貫いた。次いで、ぐぐもった声音が赤黒い血と共に落ちてきた。
「……?」
「何の心配もしないで、良いのですよ」
私は腕と掌でアーリア様の耳を塞ぐ。視界と聴覚を奪われたアーリア様は少し不安のようだったが、どうやら睡魔の方が勝ったようで、アーリア様の身体から徐々に力が抜けていった。
そして、完全に身体を預けて動かなくなるのを見計らい、私は男の身体から刃を引き抜いた。
「ーーあらま?寝ちゃったの?」
ゆっくりと地面に崩れ落ちる男の身体を見下ろしていると、前方より件のダメ男が現れた。
「セイですか。ええ、眠って頂きました」
「あっそ」
のらりくらりと現れたセイに、些か冷えた視線を送ってしまったのは仕方がないでしょう。
「じゃ、預けてたアーリアちゃん返して」
ーこんなバカな事を言ってくるのですから……!ー
「嫌ですよ。アーリア様は貴方のモノじゃないでしょう?」
「えぇ〜〜?」
「それに、私はアーリア様と約束しましたから」
「何て?」
「『セイからお守りする』と」
「ーー!」
血に濡れた刃からサッと血を飛ばし鞘に納めると、私はセイに奪われぬ内にアーリア様を抱き上げた。
「そんなぁ……!オレ、あんなに頑張ったのに、ご褒美もナシ?」
「何がご褒美ですか!」
「アーリアちゃんにナジって貰おうと思ってたのに……」
「ナジっ……?」
ーどんな性癖ですか⁉︎ ソレは!ー
アーリア様が毛嫌いなさるのも頷けます。私は思わずセイの顔を『苦虫を噛み潰したよう』な顔で見てしまいました。きっとこの表情は、先ほど、セイの事を話していたアーリア様の表情とまるで同じではないでしょうか。
「兎に角。アーリア様は私がお連れしますからね」
「ええ⁉︎ ズルーイ!」
「ズルくありません。えぇい!引っ付かないでください、気持ちが悪い」
「ひっど!ミケさんまで俺のこと『気持ち悪い』って言うのぉ〜〜」
「仕方ないでしょう?ーーそもそも貴方は女性に対してダラシがないんですよ。それに……」
私はアーリア様を自身の腕で運びながらセイに説教をし始めました。セイは私の説教など聞きたくないでしょうに、アーリア様を運ぶ私に金魚のフン宜しくついて来る始末。
「ですからね……」
「あーはいはい」
口先ではセイへのお小言は一向に止みませんが、心の中は十日ぶりに柔らいでおりました。この夜、私のツマラナイ苦悩は、チョコレートの香に包まれて消えて失くなったのです……
お読み頂きまして、ありがとうございます!
ブックマーク登録、感想、評価など、とても嬉しいです(*'▽'*)ありがとうございます!!
『元料理人の苦悩は続く』
元料理人ミケールの独白2でした。
ミケールもセイ同様、アーリアを拉致した事に罪悪感を持っていました。しかし、それは拉致されたアーリアからすればバカバカしい悩みでしかありません。何故、拉致されたアーリアが拉致した襲撃者たちの心のフォローをせねばならぬのか?と……
しかし、お人好しのアーリアは、一度は絆された元仲間相手にキツく当たる事などできません。そこがアーリアの長所であり短所でもあります。
次話は漸くシスティナサイドへ話が移ります。
よろしければ是非ご覧ください!




